1 / 44
第壱章 出刃包丁と夜の街
-1-
しおりを挟む眼前にはどこまでも続く闇が広がっていた。
地平まで続く大通りには、やけ焦げ崩れた家の跡がまだ残る。
それでも人はたくましい。歳を焼け崩した戦火から、幾年でこれほどまで待ちの形を取り戻しているのだから。
私は街を駆けながら周りを見渡す。もはや必要悪となった闇市の賑わいも、汚れた開襟シャツで働く人々も闇夜では声をひそめる。まだまだ世相は混沌としている。それでも人が人らしく生きていけるようになったのは、敗戦した国としては奇跡的なことだろう。
なんとも人は因果だねえ。それゆえ人は人なのだけど。
それでもかつて街を照らしていた街灯はなく、進む先の見えない闇夜は続く。肩にかけた紫色の薄い羽織が風に揺れる。賭ける私の足に合わせて藍色の着流しは揺れ、編まれた草鞋が砂利を跳ね上げた。左手に持つ白銀色のキセルが熱を持ち続け、鼓動と同じ速度で拍動している。
鼓動が速まりキセルの形は溶けていた。鋼ではなく銀色の糸でバラバラと解けるように形を崩し、私の左手に巻きついていく。巻きつき今度は細長く形を変え、手首に巻きつき頭を伸ばしていった。
肘から手首ほどの長さで、身を揺らしながらマムシにも似た蛇の形を得たキセルは私の眼前へと頭を伸ばす。真っ赤な瞳が私を覗く。
「ようよう。白蛇。ようやく目が覚めたかい。それで付喪はどこにいるんだ?」
「いきなりやなぁ。こっちは寝起きなんやからもっと気をつかってくれへんかな?毎夜毎夜連れ出して。そんなに楽しいんか?付喪払いをすんのが」
白蛇は私を非難する瞳で語りかける。人には見せられない姿だと思った。蛇と会話しているなんてどうかしている。
いや、そもそも蛇が話しているのだ。私よりもその方がおかしい。不可思議である。こんな商いをせずとも、いっそのこと白蛇を見世物にした方がはるかに儲かるかもしれない。いっそのこと見世物小屋でも開くかね。
考えていると左手の白蛇が身を揺らして、僕の眼前へと小さな頭と真っ赤な瞳を伸ばす。
「まーた。金儲けのことを考えているやろ?あかんなぁ。その角ばった頬と眉間のシワが寄ってさらに堀の深い目が物語っとるわ。それになんで油で髪を固めとるねん。椿の匂いは苦手やねんから。なぁ?田雲雀 八代はん?」
「煙に巻くにはそれ相応の格好をしなければならんのだよ。さぁ。付喪の場所を教えてくれ。いい加減走るのは疲れたからな」
「はいはい。まったくいくら鍛え上げられても、日がな一日古道具屋の番をしとったら、体も鈍るんやなぁ。人とはなんとも厄介や。まだまだずっと先や。走っていては間に合わへんかもな」
「付喪は人か? それとも獣か?」
「それはわからん。出会ってからのお楽しみってやつや」
「もうちょっと便利にならんのか? お前の神通力というのか? よくわからん力も」
「神通力なんかと一緒にすんなや。ウチは可愛らしくて立派な付喪神さんなんやから。ほら。さっさと行き」
騒がしくとも話しながら、白蛇の体は光に溶けていく。左手だけがランタンを灯しているかのような淡いオレンジ色の光に包まれて、光が消える頃に白蛇はキセルの姿に戻っていた。
私はキセルの吸い口をくわえ、息を吸い込み吐き出した。火が灯っていないはずの火皿から紫煙がもれ出す。もれ出した紫煙は私の体を風に巻かれて包んでいった。
「おうおう。そんなに人に踏まれて心地よいとは哀れな草履だ。人に踏まれたままで満足し、空を駆けるなんて夢にも思わないんだろうねぇ。やったことがないからできもしないと思う。哀れな草履だ」
紫煙が体へ巻きつきながらスルスルと足元へと降りていく。草履に巻きつくと溶け込むように消えていく。途端に足元が軽くなり、砂利を踏みしめる感覚が薄れ、目線が高く浮かんで行った。駆け出す足は宙をつかみ、地面の抵抗が薄れていく。続けて私は言葉を紡ぐ。
「そしてなんとも怠惰な着流しだ。風をその身に受けるだけ。風に立ち向かおうとは思わないかい?風に流されるままでは気持ちがよいが抗おうともしないとは、見果てた着流しだ」
火口からもれる紫煙は風に乗って着流しへと吸い込まれていく。裾がふわりと浮いて紫色の羽織が翼のように広がった。
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜
西園寺わかば
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。
4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。
そんな彼はある日、追放される。
「よっし。やっと追放だ。」
自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。
- この話はフィクションです。
- カクヨム様でも連載しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる