新説!ギリシャ神話

マッキー

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宴はまだ続く

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その日の光り輝くオリンポスはより煌めき陽光のようであった。
神殿内はこの日の為に腕を振るったヘパイストスの装飾品とテーブルには供物として捧げられた牛肉や神の飲み物であるネクタルを入れたリュトンが並べられた。普段は別々の場所にいる神々も宴に参加してにぎわいを見せている。
会場を見渡してヘルメスは苦笑した。このような宴もとある神の為に開かれているのだが、肝心の主役がいない。デルフォイの神殿にいなかったからオリンポスの宴に参加していると思ったが……。
目が合ったアルテミスは呆れたように肩を竦めて酒を飲んでいるポセイドンを見た。その意図を読み口元が綻んだ。
なるほど、それも想定内だ。
適当に挨拶を済ませ賑やかな会場を出れば夜の静かな空気がヘルメスを包んだ。美しく管理された庭は奇跡の花が咲き誇る。その中で“光明”が目に入りやはり己の予想は当たっていたと笑みを浮かべる。

「やはりここにいたのですね、アポロン」
「……ヘルメス」
「本日の主役がここにいていいのですか?」

端麗な顔が少し不機嫌そうに歪み長い指で手に持つ竪琴を爪弾いた。ポロン、ポロン……と美しい音を奏でながらアポロンは言う。

「父上や皆に挨拶はした。だがポセイドン伯父上が私に対して不愉快な物言いをするのでな。感に触り抜けてきたのだ」
「なるほど。想像はできますよ」

きっとポセイドンはアポロンに女性関係でなにか言ったのだろう。今の恋人はどれくらい持ちそうか的なことを。脳筋馬鹿な彼に悪気はないだろうが女に悉く振られ碌な恋愛をしていないアポロンにとってうざったい話題であろう。
しかし誕生日を祝う日なのに不快にさせられ、何も言い返さずにその場を立ち去るとは成長したものだ。
アポロンの奏でる心地よい音楽を聴きながら遠い日を思い出す。そうだ、この眉目秀麗な神も存外子どもっぽいところがあるのだ。

「なにがおかしい?」
「いや、出会った時のことを思い出しまして」

思わずにやけさせれば怪訝な顔で彼は手を止めた。

「あの時、あなたは赤子である私にもムキになっていましたね。それを思えばポセイドンに言い返さないなんて……。いやあ大人になりましたね、アポロン」
「あれはお前が私の牛を盗んだのが悪いのだ!」
「でも生まれたての赤子がしたことですよ?そこは笑って許しましょうよ」
「………」

ムカムカとしていているもののヘルメスに言い返すのも馬鹿らしいとばかりに彼は黙って再び旋律を紡ぎ始めた。
その竪琴は彼の牛を盗んだお詫びとして贈ったものだ。仲直りとそして親友の証のそれを、ずっと使ってくれているのが嬉しくてにやけた顏が戻ってきてしまう。アポロンが気持ちを落ち着くために奏でるその旋律は自分が作ったものだ。つまり竪琴は自分のようで、その自己投影したそれが親友の美しい指で綺麗な音を奏でている。そう思えば気分が良い。

音楽を司る神でもあるアポロンが奏でる心地よい音楽を聴きながら、夜の帳に咲いた美しい花々を眺めるという贅沢過ぎる空間を暫しの間堪能した。
どれくらいそうしていたかやがて足音がしてピタっと音楽が止まる。

「おや残念。おれが来たとたんに美しい音楽が消えてしまうなんて。我らが兄上様はこのディオニュソスがよほどお嫌いらしい」

芝居かかった口調で現れたのは葡萄のような髪色が特徴な美青年で名はディオニュソスといった。
厳格で秩序を守るアポロンは狂気と快楽主義のディオニュソスを苦手としていた。嫌いではないが彼のテンションに付いていけないらしい。

「デルフォイで勝手に寝てたのではなかったのか」
「そう、親愛なるアポロンの為に居留守を使ってあげたのだけど何分飽きてしまって。第一牛の匂いを嗅ぐのも鼻が萎える。100頭も捧げろだなんて兄上様はずいぶんと牛が好きらしい。ねえヘルメスさん」
「ええ、そうですねディオニュソス。言いましたっけ?私が赤子の頃……」
「その話はもういい!」

先ほどの赤子による牛盗難騒動を話そうとすれるヘルメスの言葉を遮るようぬぴしゃりとアポロンは言う。
ディオニュソスはへらへら笑ってアポロンとヘルメスの前に腰を下ろした。

「誕生日のお祝いにこのディオニュソス、酒を造って参りましたよ」

とくとくと酒杯に葡萄酒が注がれれば甘くて濃い香りが辺りに充満し鼻腔にするりと入っていく。
その匂いだけで美味と分かる。

「肉が焼けた匂いもいいけどワインの上品な香りも捨てがたいでしょ?」

そう優美に微笑むディオニュソスから酒杯を受け取り二人は頬を緩ませた。
ディオニュソスは自分の分も満たすと酒杯をあげた。

「我らが遠矢射る君に」

ビロードのような酸味が舌を触り香りが口の中から鼻へと抜けていく。流石酒神であるディオニュソスが作ったワインだ、味わい深いそれに思わず舌を巻く。

「悪くないな……」

ボソッと呟かれたその言葉。
この酒の味だけでなくさしずめ賑やかな宴も良いが静かに酒を飲むのも悪くない。いいやお前らと親しい者らに祝ってもらうのはたまらなく嬉しい。
そんなところだろう。
全く本当に素直ではないのだから。


三柱だけの宴はまだまだ続く。
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