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最終話【託され行くもの達】
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俺はなんの為に生まれ、なんの為にまた生きているのだろう。
『他の死体はどうだろう、どんな効果だろう、私はそれが気になって気になって、形振り構わずに戦争を起こした。そして死体を回収し、改良に改良を重ねた薬を飲ませた。そう、ロファースと教会の子らもそうなのですよ!私が形振り構わずに起こした戦争の犠牲者!それに私は命を与えたのです!』
『私は多くの墓標を暴き、いつどこの‥‥誰のものかもわからない屍を薬に混ぜ合わせました。改良を重ねた薬は誰かの魂を移植することも出来たのです。ですから、甦った死者の中に在る魂は本人の者ではなく別の魂‥‥誰のものかは全くわかりませんがね。ですから、ロファースは全くの新しい生命だというわけです』
ぼんやりとした意識の中、エウルドス王がそう言っていたことを思い出す。
もう、昔生きていた頃の記憶は綺麗さっぱり消えてしまって、家族の顔も、死んだ時の光景も、何もかも記憶にはない。
元の自分は、戦争の犠牲者。死人。
一体、自分は誰だったのだろう。
記憶の始まりはエウルドス王ーーいや、神父様との出会い。
そこから俺の新たな人生が始まったらしい。
その生に、果たして意味はあったのだろうか?
エウルドス王国で生きたロファースは、意味のある存在だったのだろうか?
だが、歪められた人生の中で、誰かを救えたのは確かだったようで。
紅の魔術師ーー彼の昔話を聞いて思った。
俺は彼の心を救えたのだと。今はもういない、彼と共に生きた時代の誰かも救えたのだと。
遠い遠い昔の時代の人を、救えたんだと。
レムズさんも言った。
「ロファースとクレスルドが居てくれたから、俺は生きて、そしてカルー達に出会えた。ありがとう」
俺は、レムズさんの未来も救えたのだと、思いたい。
『‥‥ロファース君。君の魂は‥‥僕の知っている人なんだ。信じられないけど、どうして紛れ込んだか知らないけれど‥‥昔、僕が陥れた人物の一人でね‥‥今度は、罪滅ぼしをしようと君に近づいた。まあ、彼もフォードに近しい人物だったから、魂が世界を漂っていたのかもしれないな』
この魂は、誰のものなんだろう?
ただ、不思議だった。
クリュミケール‥‥彼女を見た時、なぜか、泣きそうになった。
この思いは自分のものではないとロファースは理解する。
きっと、この魂がクリュミケールを知っているのだ‥‥
彼女に出会えたことを、この魂は喜んでいた。
ーーそして、引っ掛かることがある。
『本当に‥‥ありがと‥‥な‥‥思い‥‥出せた‥‥俺達は、昔から、ずっと‥‥友達だったんだ‥‥』
セルダーは死の間際、そう言った。
確かに、俺と彼は友だ。
だが、セルダーと過ごしたのは二年と少しなのだ。
彼は『思い出せた』『昔から』‥‥そう言っていた。
もしかしたら、セルダーの中にも誰かの魂がいるのだろうか。セルダーもエウルドス王によって、自分と同じことをされている。
もしかしたら、セルダーは本当に‥‥昔からの、友だったのかもしれない。
もう、それを知る術はないが。
俺は顔を上げる。
信じられなくて、不思議な気持ちに陥っているからだろうか。色々‥‥考えてしまう。
俺は今、彼と再会した。
俺は眠っていたから懐かしい‥‥とまではいかなかったけれど、彼はとても懐かしそうに俺を見ていた。それは、自分が眠り死んでいた七十年の月日を物語っている。
ただ、驚きはした。
チェアルさんの跡を受け継いだのが、まさか彼だったなんて。生きていたなんて。
そうだ、確かに目覚める寸前のあの空間で、彼の魂はなかった。
‥‥色々と、話をした。
ようやく全てを思い出したレムズさんは、彼に謝罪と感謝の言葉を述べている。
クレスルドさんによって一部の記憶を消されていたレムズさんを、彼はずっと、チェアルとして見守ってきた‥‥
彼ーー今はチェアルの名を受け継いだ、リンドさん。
彼はまるで、愛しい家族を見るような眼差しでレムズさんを見ていて‥‥
レムズさんもまた、かつてチェアルさんに向けていた眼差しを彼に向けていた。
その光景は確かに、チェアルさんがリンドさんに託したものを、リンドさんが受け継いでいる証だった。
そして、リンドさんは俺の方に振り向き、
「ここが、私と君の終着点だったか」
そう言った。
『私は剣を持って世界を変える。君は君が言うように何も犠牲にせずに世界を変えてみせろーー平和を願う想いは、終着点は、互いに同じだ』
崩壊したファイス国での会話を思い出し、俺は頷く。
「君の理想は叶ったか?」
「いいえ‥‥俺は結局、誰も‥‥何も犠牲にせずなんて、出来ませんでした」
セルダーを救えず、教会の子供達も守れず、エウルドス王を殺めた。エモイト国もエウルドス王国も崩壊してしまった。
「そうか‥‥だが、私もだ。私も君も、理想を成せなかったな」
リンドさんは苦笑する。
「だが君は、とても良い表情をしている。もう、あの日々の、迷いを抱えた少年の表情ではない。君は理想以上の何かを得れたのだな」
「え?」
リンドさんの言葉に俺が目を丸くすれば、
「君にとってそれは恐らく、理想よりも尊いものなのだろう。私は‥‥あまりに失いすぎた」
「‥‥リンドさん」
「だが、チェアルとして生きて、少しの間レムズと過ごして‥‥失ったものを私は‥‥取り戻せたような気がするんだ。家族‥‥弟であるディンオや、イルダンと居た日々を‥‥」
「村長‥‥」
それに、レムズさんは目を擦った。恐らく涙が滲んできたのであろう。
「リンドさん。あなたはこれからも、ここで独りで暮らすんですか?」
かつてエルフは滅びたまま‥‥このエルフの里に他の住人は誰も居はしない。
「ああ。それが、エルフの長との約束だから。近頃、悪魔‥‥ロナスが暮らし始めているしな。今は賑やかだよ」
それでも‥‥と、言いそうになってロファースは唇を噛み締める。
それはとても、孤独なことなのに。
話によれば、リンドさんはチェアルさんから命を託されたことにより、あと数百年は生きるという‥‥
「あっ、あのさ、村長!あっ‥‥いや、リンド!俺、たくさん仲間が出来たんだ!だから、今度遊びに連れて来るよ!ほらっ、前にカルーとフィレアを一度連れて来ただろ?他にもいるんだ、たくさん!」
レムズさんが言い、
「そうか、それは楽しみだな」
それにリンドさんは微笑みを返す。
レムズさんも笑って、それからエルフの里をぐるりと見て来ると言った。記憶を取り戻した今、レムズさんは本当の意味で故郷に帰って来たのだ。
俺もこの時代の里はかつてと変わりないのであろうかと思い、レムズさんの後を追う。
◆◆◆◆◆
「‥‥貴方の言った通りだった」
クレスルドと二人になったリンドは呟くように言い、
「私は手に入れたような気がする。あの日から今日まで、自分の人生の意味を‥‥」
かつてのクレスルドの言葉を思い出しながら言った。
「そうですか。今の君はまるで、親のような表情だ」
クレスルドが苦笑すれば、
「貴方も、表情が柔らかくなったな」
そう返してやる。
「ふふ。僕はロファースとレムズに救われた。そして君はチェアルとレムズに救われた。レムズは君に救われ、ロファースはクリュミケールに救われーーそうやって、僕達は救い救われてきたんだ」
誰かに託され、誰かに託し、託されたもの達はこうしてこの時代に集った。
「そうだな‥‥そして、これから始まるんだな。貴方達の、これからが」
リンドの言葉にクレスルドは小さく頷く。
「特に、ロファースとレムズの、ね。レムズはようやく自分を取り戻した。そしてロファースは僕の造り出した罪の最後の犠牲者だ。これから始まるロファースの物語を、僕は少しの間、見守るよ。君は、変わらずレムズを見守ってやってくれ。それが‥‥チェアルの願いだ」
そう言ったクレスルドに、
「少しの間、か‥‥やはり、貴方の体は未だ時が止まったままなのか?」
「‥‥ええ。恐らく、ザメシアの体も、です。この身にはまだ、多くの業が、副作用のように残っている‥‥僕も彼も、これ以上は時間が進まないだろうね」
そう言って、軽く地面を蹴る。
「ザメシアは自由に体の成長を繰り返していた。でも、魔力をなくして今の姿で止まってしまった‥‥ははっ。まあ、子供や老人の姿で魔力をなくすよりはマシでしたね。仲間達にはそれを黙っていて、年を重ねていると嘯いているようですが」
手持ち無沙汰なのか、地面の土を何度か蹴り続けるクレスルドを見つめ、
「貴方は‥‥妖精王を愛していたからな」
チェアルの記憶を所持したリンドに言われ、クレスルドは土を蹴るのをやめる。それから、顔だけゆっくりとリンドの方に向け、
「‥‥今も、ですよ」
なんて、少しだけ照れ臭そうな顔をして言った。
(レナ、アル、レーナ、ラリア、クナイーー‥‥ケルト。あの時、僕を憎まずに救ってくれて、本当にありがとう。あの時は、意味がわからなかった。君達を馬鹿だと思っていた。いや‥‥本当にバカだよ、君達は。そんな君達のおかげで、僕は今、此処に居る)
空を見上げる。
こんなに清々しい気持ちで彼らを想える日が来るなんて、あの時代では考えられなかった。
◆◆◆◆◆
少しだけ月日は流れ、多くの大陸を巡った。
村も町も国も歴史も、何もかもが新鮮で、俺達の時代とは遥かに変わっている。
アイム‥‥君はフォードがレイラフォードに生まれ変わった光景を目にしたんだね。フォードから、貧困の差別がなくなったんだね。
クリュミケールさんが、尽力してくれたんだよね。
今の女王‥‥国と同じ名前をしたレイラ・フォード様も、とても素晴らしい方だよ。
でも‥‥あの時代に、もっと早くに、変えてやりたかった。
俺と君が共に生きれた、若き日々に。
そういえば、レムズさんが俺の墓をニキータ村に建ててくれていてね。それはもう必要ないってクリュミケールさん達が撤去してくれたそうだけど。
でも、綺麗な場所に墓を建ててくれてありがとう。レムズさんと、約束してくれたんだね。
そうだ、墓の名前に『ロファース・フォウル』って刻まれていたんだ。
『フォウル』ってなんだろう?俺の名前じゃないんだけど。そう思ってレムズさんに聞いたら‥‥
フォウルと言うのはアイム、君の姓だったんだね。
アイム・フォウル‥‥か。
君の姓を、君の墓を見るまで知らなかった。
と言うより、レムズさんったら恥ずかしいことしてくれるよ。まあ、クリュミケールさん達もレムズさんから聞くまで知らなかったみたいだけど。
ははっ、じゃあ、これからはロファース・フォウルって名乗っちゃおうかな!なーんて。
‥‥アイム。
フィレアさんやクリュミケールさんから君のことを聞いたよ。素敵な、お婆さんになったんだってね。二人共、君にとても感謝していたよ。
見たかったな、一緒に、生きたかったな‥‥
‥‥なあ、セルダー。
俺はまだ、なぜこの時代に生きているのか、この命の理由に迷っているけれど、やりたいことを見つけたんだ。
クレスルドさんから聞いた、昔々の英雄達の時代。
そして、俺達の時代。
クリュミケールさん達が駆けた時代。
そして、これからのこと。
世界は、人々は全く知らない出来事。
それを俺は記録しようと思う。
こうして続く時代の世界の何処かで。
苦しみ、嘆き、憎み、喪い‥‥そして必死に足掻いて何かを手に入れた人々がいたんだということを‥‥
この続く世界を、救ってきた人々がいるのだということを‥‥
たとえ、誰も信じてくれない虚言‥‥物語だと思われても、俺は遺したい。
クレスルドさんとレムズさんも協力してくれるって言ってくれた。
俺たち三人が知っている時代を合わせれば、十分な記録になるだろう。ほとんどは、全ての事柄をほぼ把握しているクレスルドさん頼りになるけれど。
俺は、それを託されたんだと思うんだ。
イルダンさんやディンオさん、エウルドス王、チェアルさんや、セルダー、アイム。
もう居ない、あなた達の生きた記憶を、忘れないように、忘れられないようにと。
俺は、あなた達から託されたものを遺す為に生きているんだと。
俺が生かされた理由を、俺はこれからも己に問い続けよう。
そして、精一杯生きよう。
一日一日を、精一杯に。
あなた達が託してくれた、これからを。
親友と、仲間と。
ーーさて、今回の日記はここまでにしよう。
じゃあアイム。また、旅の続きをしてくるよ。
また、会いに来るから、大切な、君に。
いつか‥‥共に眠れるその日まで。
「おーい、ロファース!フィレアがお茶の準備が出来たってさ!」
家の中からレムズの声がした。
「妖精王さ‥‥じゃなくて、ラズはまだ寝てるんですか?ははっ。僕が来ていると知ったら驚くでしょうね。ほらっ、ロファース君、お嬢さんが呼んでるよ」
クレスルドの声がした。
「すぐ行くよ!」
俺は満面の笑顔で二人の声に頷く。
今書いた日記をそっと、彼女の墓に添えながら。
世界を見て、そしてかつて胸に掲げた理想を今度こそ形に出来るように。
歴史を刻み、後の世に託していけるように。
もう、後悔ばかり残したまま死にたくはない。
俺達は、託されて生きているんだ。
それは『物』だったり‥‥『者』だったり。
目に見えないものもあるかもしれない。
でも、心には刻まれている。
輝く青空を見上げ、空の下、歩き出す。
ーーさあ、俺の終着点はまだまだ先だ。
~『託され行くもの達』<完結>~
『他の死体はどうだろう、どんな効果だろう、私はそれが気になって気になって、形振り構わずに戦争を起こした。そして死体を回収し、改良に改良を重ねた薬を飲ませた。そう、ロファースと教会の子らもそうなのですよ!私が形振り構わずに起こした戦争の犠牲者!それに私は命を与えたのです!』
『私は多くの墓標を暴き、いつどこの‥‥誰のものかもわからない屍を薬に混ぜ合わせました。改良を重ねた薬は誰かの魂を移植することも出来たのです。ですから、甦った死者の中に在る魂は本人の者ではなく別の魂‥‥誰のものかは全くわかりませんがね。ですから、ロファースは全くの新しい生命だというわけです』
ぼんやりとした意識の中、エウルドス王がそう言っていたことを思い出す。
もう、昔生きていた頃の記憶は綺麗さっぱり消えてしまって、家族の顔も、死んだ時の光景も、何もかも記憶にはない。
元の自分は、戦争の犠牲者。死人。
一体、自分は誰だったのだろう。
記憶の始まりはエウルドス王ーーいや、神父様との出会い。
そこから俺の新たな人生が始まったらしい。
その生に、果たして意味はあったのだろうか?
エウルドス王国で生きたロファースは、意味のある存在だったのだろうか?
だが、歪められた人生の中で、誰かを救えたのは確かだったようで。
紅の魔術師ーー彼の昔話を聞いて思った。
俺は彼の心を救えたのだと。今はもういない、彼と共に生きた時代の誰かも救えたのだと。
遠い遠い昔の時代の人を、救えたんだと。
レムズさんも言った。
「ロファースとクレスルドが居てくれたから、俺は生きて、そしてカルー達に出会えた。ありがとう」
俺は、レムズさんの未来も救えたのだと、思いたい。
『‥‥ロファース君。君の魂は‥‥僕の知っている人なんだ。信じられないけど、どうして紛れ込んだか知らないけれど‥‥昔、僕が陥れた人物の一人でね‥‥今度は、罪滅ぼしをしようと君に近づいた。まあ、彼もフォードに近しい人物だったから、魂が世界を漂っていたのかもしれないな』
この魂は、誰のものなんだろう?
ただ、不思議だった。
クリュミケール‥‥彼女を見た時、なぜか、泣きそうになった。
この思いは自分のものではないとロファースは理解する。
きっと、この魂がクリュミケールを知っているのだ‥‥
彼女に出会えたことを、この魂は喜んでいた。
ーーそして、引っ掛かることがある。
『本当に‥‥ありがと‥‥な‥‥思い‥‥出せた‥‥俺達は、昔から、ずっと‥‥友達だったんだ‥‥』
セルダーは死の間際、そう言った。
確かに、俺と彼は友だ。
だが、セルダーと過ごしたのは二年と少しなのだ。
彼は『思い出せた』『昔から』‥‥そう言っていた。
もしかしたら、セルダーの中にも誰かの魂がいるのだろうか。セルダーもエウルドス王によって、自分と同じことをされている。
もしかしたら、セルダーは本当に‥‥昔からの、友だったのかもしれない。
もう、それを知る術はないが。
俺は顔を上げる。
信じられなくて、不思議な気持ちに陥っているからだろうか。色々‥‥考えてしまう。
俺は今、彼と再会した。
俺は眠っていたから懐かしい‥‥とまではいかなかったけれど、彼はとても懐かしそうに俺を見ていた。それは、自分が眠り死んでいた七十年の月日を物語っている。
ただ、驚きはした。
チェアルさんの跡を受け継いだのが、まさか彼だったなんて。生きていたなんて。
そうだ、確かに目覚める寸前のあの空間で、彼の魂はなかった。
‥‥色々と、話をした。
ようやく全てを思い出したレムズさんは、彼に謝罪と感謝の言葉を述べている。
クレスルドさんによって一部の記憶を消されていたレムズさんを、彼はずっと、チェアルとして見守ってきた‥‥
彼ーー今はチェアルの名を受け継いだ、リンドさん。
彼はまるで、愛しい家族を見るような眼差しでレムズさんを見ていて‥‥
レムズさんもまた、かつてチェアルさんに向けていた眼差しを彼に向けていた。
その光景は確かに、チェアルさんがリンドさんに託したものを、リンドさんが受け継いでいる証だった。
そして、リンドさんは俺の方に振り向き、
「ここが、私と君の終着点だったか」
そう言った。
『私は剣を持って世界を変える。君は君が言うように何も犠牲にせずに世界を変えてみせろーー平和を願う想いは、終着点は、互いに同じだ』
崩壊したファイス国での会話を思い出し、俺は頷く。
「君の理想は叶ったか?」
「いいえ‥‥俺は結局、誰も‥‥何も犠牲にせずなんて、出来ませんでした」
セルダーを救えず、教会の子供達も守れず、エウルドス王を殺めた。エモイト国もエウルドス王国も崩壊してしまった。
「そうか‥‥だが、私もだ。私も君も、理想を成せなかったな」
リンドさんは苦笑する。
「だが君は、とても良い表情をしている。もう、あの日々の、迷いを抱えた少年の表情ではない。君は理想以上の何かを得れたのだな」
「え?」
リンドさんの言葉に俺が目を丸くすれば、
「君にとってそれは恐らく、理想よりも尊いものなのだろう。私は‥‥あまりに失いすぎた」
「‥‥リンドさん」
「だが、チェアルとして生きて、少しの間レムズと過ごして‥‥失ったものを私は‥‥取り戻せたような気がするんだ。家族‥‥弟であるディンオや、イルダンと居た日々を‥‥」
「村長‥‥」
それに、レムズさんは目を擦った。恐らく涙が滲んできたのであろう。
「リンドさん。あなたはこれからも、ここで独りで暮らすんですか?」
かつてエルフは滅びたまま‥‥このエルフの里に他の住人は誰も居はしない。
「ああ。それが、エルフの長との約束だから。近頃、悪魔‥‥ロナスが暮らし始めているしな。今は賑やかだよ」
それでも‥‥と、言いそうになってロファースは唇を噛み締める。
それはとても、孤独なことなのに。
話によれば、リンドさんはチェアルさんから命を託されたことにより、あと数百年は生きるという‥‥
「あっ、あのさ、村長!あっ‥‥いや、リンド!俺、たくさん仲間が出来たんだ!だから、今度遊びに連れて来るよ!ほらっ、前にカルーとフィレアを一度連れて来ただろ?他にもいるんだ、たくさん!」
レムズさんが言い、
「そうか、それは楽しみだな」
それにリンドさんは微笑みを返す。
レムズさんも笑って、それからエルフの里をぐるりと見て来ると言った。記憶を取り戻した今、レムズさんは本当の意味で故郷に帰って来たのだ。
俺もこの時代の里はかつてと変わりないのであろうかと思い、レムズさんの後を追う。
◆◆◆◆◆
「‥‥貴方の言った通りだった」
クレスルドと二人になったリンドは呟くように言い、
「私は手に入れたような気がする。あの日から今日まで、自分の人生の意味を‥‥」
かつてのクレスルドの言葉を思い出しながら言った。
「そうですか。今の君はまるで、親のような表情だ」
クレスルドが苦笑すれば、
「貴方も、表情が柔らかくなったな」
そう返してやる。
「ふふ。僕はロファースとレムズに救われた。そして君はチェアルとレムズに救われた。レムズは君に救われ、ロファースはクリュミケールに救われーーそうやって、僕達は救い救われてきたんだ」
誰かに託され、誰かに託し、託されたもの達はこうしてこの時代に集った。
「そうだな‥‥そして、これから始まるんだな。貴方達の、これからが」
リンドの言葉にクレスルドは小さく頷く。
「特に、ロファースとレムズの、ね。レムズはようやく自分を取り戻した。そしてロファースは僕の造り出した罪の最後の犠牲者だ。これから始まるロファースの物語を、僕は少しの間、見守るよ。君は、変わらずレムズを見守ってやってくれ。それが‥‥チェアルの願いだ」
そう言ったクレスルドに、
「少しの間、か‥‥やはり、貴方の体は未だ時が止まったままなのか?」
「‥‥ええ。恐らく、ザメシアの体も、です。この身にはまだ、多くの業が、副作用のように残っている‥‥僕も彼も、これ以上は時間が進まないだろうね」
そう言って、軽く地面を蹴る。
「ザメシアは自由に体の成長を繰り返していた。でも、魔力をなくして今の姿で止まってしまった‥‥ははっ。まあ、子供や老人の姿で魔力をなくすよりはマシでしたね。仲間達にはそれを黙っていて、年を重ねていると嘯いているようですが」
手持ち無沙汰なのか、地面の土を何度か蹴り続けるクレスルドを見つめ、
「貴方は‥‥妖精王を愛していたからな」
チェアルの記憶を所持したリンドに言われ、クレスルドは土を蹴るのをやめる。それから、顔だけゆっくりとリンドの方に向け、
「‥‥今も、ですよ」
なんて、少しだけ照れ臭そうな顔をして言った。
(レナ、アル、レーナ、ラリア、クナイーー‥‥ケルト。あの時、僕を憎まずに救ってくれて、本当にありがとう。あの時は、意味がわからなかった。君達を馬鹿だと思っていた。いや‥‥本当にバカだよ、君達は。そんな君達のおかげで、僕は今、此処に居る)
空を見上げる。
こんなに清々しい気持ちで彼らを想える日が来るなんて、あの時代では考えられなかった。
◆◆◆◆◆
少しだけ月日は流れ、多くの大陸を巡った。
村も町も国も歴史も、何もかもが新鮮で、俺達の時代とは遥かに変わっている。
アイム‥‥君はフォードがレイラフォードに生まれ変わった光景を目にしたんだね。フォードから、貧困の差別がなくなったんだね。
クリュミケールさんが、尽力してくれたんだよね。
今の女王‥‥国と同じ名前をしたレイラ・フォード様も、とても素晴らしい方だよ。
でも‥‥あの時代に、もっと早くに、変えてやりたかった。
俺と君が共に生きれた、若き日々に。
そういえば、レムズさんが俺の墓をニキータ村に建ててくれていてね。それはもう必要ないってクリュミケールさん達が撤去してくれたそうだけど。
でも、綺麗な場所に墓を建ててくれてありがとう。レムズさんと、約束してくれたんだね。
そうだ、墓の名前に『ロファース・フォウル』って刻まれていたんだ。
『フォウル』ってなんだろう?俺の名前じゃないんだけど。そう思ってレムズさんに聞いたら‥‥
フォウルと言うのはアイム、君の姓だったんだね。
アイム・フォウル‥‥か。
君の姓を、君の墓を見るまで知らなかった。
と言うより、レムズさんったら恥ずかしいことしてくれるよ。まあ、クリュミケールさん達もレムズさんから聞くまで知らなかったみたいだけど。
ははっ、じゃあ、これからはロファース・フォウルって名乗っちゃおうかな!なーんて。
‥‥アイム。
フィレアさんやクリュミケールさんから君のことを聞いたよ。素敵な、お婆さんになったんだってね。二人共、君にとても感謝していたよ。
見たかったな、一緒に、生きたかったな‥‥
‥‥なあ、セルダー。
俺はまだ、なぜこの時代に生きているのか、この命の理由に迷っているけれど、やりたいことを見つけたんだ。
クレスルドさんから聞いた、昔々の英雄達の時代。
そして、俺達の時代。
クリュミケールさん達が駆けた時代。
そして、これからのこと。
世界は、人々は全く知らない出来事。
それを俺は記録しようと思う。
こうして続く時代の世界の何処かで。
苦しみ、嘆き、憎み、喪い‥‥そして必死に足掻いて何かを手に入れた人々がいたんだということを‥‥
この続く世界を、救ってきた人々がいるのだということを‥‥
たとえ、誰も信じてくれない虚言‥‥物語だと思われても、俺は遺したい。
クレスルドさんとレムズさんも協力してくれるって言ってくれた。
俺たち三人が知っている時代を合わせれば、十分な記録になるだろう。ほとんどは、全ての事柄をほぼ把握しているクレスルドさん頼りになるけれど。
俺は、それを託されたんだと思うんだ。
イルダンさんやディンオさん、エウルドス王、チェアルさんや、セルダー、アイム。
もう居ない、あなた達の生きた記憶を、忘れないように、忘れられないようにと。
俺は、あなた達から託されたものを遺す為に生きているんだと。
俺が生かされた理由を、俺はこれからも己に問い続けよう。
そして、精一杯生きよう。
一日一日を、精一杯に。
あなた達が託してくれた、これからを。
親友と、仲間と。
ーーさて、今回の日記はここまでにしよう。
じゃあアイム。また、旅の続きをしてくるよ。
また、会いに来るから、大切な、君に。
いつか‥‥共に眠れるその日まで。
「おーい、ロファース!フィレアがお茶の準備が出来たってさ!」
家の中からレムズの声がした。
「妖精王さ‥‥じゃなくて、ラズはまだ寝てるんですか?ははっ。僕が来ていると知ったら驚くでしょうね。ほらっ、ロファース君、お嬢さんが呼んでるよ」
クレスルドの声がした。
「すぐ行くよ!」
俺は満面の笑顔で二人の声に頷く。
今書いた日記をそっと、彼女の墓に添えながら。
世界を見て、そしてかつて胸に掲げた理想を今度こそ形に出来るように。
歴史を刻み、後の世に託していけるように。
もう、後悔ばかり残したまま死にたくはない。
俺達は、託されて生きているんだ。
それは『物』だったり‥‥『者』だったり。
目に見えないものもあるかもしれない。
でも、心には刻まれている。
輝く青空を見上げ、空の下、歩き出す。
ーーさあ、俺の終着点はまだまだ先だ。
~『託され行くもの達』<完結>~
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ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
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