託され行くもの達

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9-姉弟

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「あれ、クリュミケールさん」

城を出て、雨の降る城下町を走っていると、戻ってきたラズにばったり会った。

「あいつは?」

クレスルドの姿がなくて尋ねれば、

「行ったよ、ちゃんと‥‥あいつの親友達の待つところへ。だから、僕は家に戻れない状態なんだ」

と、彼はヘラっと笑う。
クレスルドが向かったのは、フィレアの家の庭だ。ラズの家はその隣の為、気を利かせてクレスルドを一人で行かせた。

「でも、ごめんね。あいつにも色々と事情があるけど、あいつのことをクリュミケールさんが背負う必要は一切ないのにさ。クリュミケールさんがサジャエルと英雄の子供で、不死鳥の契約者‥‥ただそれだけの理由で、過去になんの関係もないのにさ」

そう言ったラズに、

「たぶん、私はあいつを救えない。でも、いつの時代かに約束をしたらしいんだ。私がロファースを救うって。まあ、勝手に父親って人があいつとした約束らしいけど‥‥」
「うん。その約束は、果たされた」

と、ラズは頷く。
レイラフォード国が見渡せる場所へ行く道中、ラズはロファースが目覚めたことを聞かされた。もちろん、クレスルドには言っていない。

「あいつも本当はわかってるんだ。クリュミケールさんを憎むことに意味はないって。でも、色々過去に因縁の多い奴だからさ、気持ちが落ち着かないんだよ。ロファースと再会して‥‥気持ちが前へ進んでくれたらいいけどな」

ラズーーザメシアは、紅の魔術師に陥れられたと聞いた。だが、そう話す彼の顔は、少しだけ心配そうな顔をしていて‥‥
やはり、旧い時代に生きた者同士、なんらかの情があるのだろうか。
クリュミケールはそれ以上は追及せず、

「あっ!っていうかさ!ロナスのことびっくりした!ラズとレイラは知ってたって!?」
「あ、あはは。クリュミケールさんが帰って来る少し前に現れて。他の人達に言えるような相手でもないから。実は、大昔‥‥僕がザメシアだった頃、あいつが小さい頃に会ったことがあってね」

ラズはそう語り、

「だから、あいつがフォード国に現れた時、正直驚いた。僕の姿は人間になっているからロナスに気づかれなかったけど‥‥」
「妖精王にはちょっとした恩があるって言ってた」
「ああ‥‥昔はね。妖精もエルフも悪魔も‥‥全ての種族、仲が良かったから」

ラズは寂しそうに笑い、

「それよりクリュミケールさん、慌ててたけどどうしたの?雨、酷いのに」

聞かれて、クリュミケールは「あっ!」と、大きな声を出し、

「カルトルートを捜してたんだ!行かなきゃ!他の皆は城にいるよ!」

バシャバシヤと水溜まりを踏みつけ、クリュミケールは再び雨の城下町を走った。カルトルートの名前を聞き、

(そうか。さっき、あいつがバラしたものな。しかし‥‥カルトルートも彼の子供、か。あいつじゃないが、あまりにも過去の残骸がこの時代に散らばっている。私も含めて)

そう思って小さく笑い、ラズは雨の城下町をゆっくりと歩く。


◆◆◆◆◆

『さあ、護ってやれなかったーー愛しい息子よ』

何もない大陸で聞こえた声。今思えば、二年前にペンダントが映し出した英雄の声だった。

『神の子と、人の子になるわね。けれども、この子達は姉弟。私の可愛い子達‥‥神と人として、世界を見守って行く子達よ。本当はリオだけにするつもりだったけれど、もし私の身に何かあった時、リオが一人になったら‥‥そう思って。貴方の名前、ゆっくり、考えるわね。愛しき子』

夢の中で聞こえた声。サジャエルのものだ。

『女の子ならリオ、男の子ならカルトルート、なんてどうかな?昔読んだ本の‥‥』

‥‥カルトルート。自分は本当に、カルトルートという名前だったのだろう。

『くそっ、くそっ‥‥!すまない、すまない!見つけてあげることが、出来なくて、本当に、ごめん‥‥カルトルート!』

必死な英雄の声だった。空間の渦に投げ出されたという自分を捜していたのだろう。

「はは‥‥意味が、わからないよ」

近づいてきた足音に振り向きながら、雨に打たれ、カルトルートは泣きそうな顔で笑った。
雨の為、誰もいない公園。
再建する時に少し形が変わったが、昔、リオがレイラやフィレアと初めて出会った場所だった。

「せっかく風呂を借りたのに‥‥風邪、ひくよ」

そう言って、クリュミケールは今しがた買ってきた二つの傘の内の一つをカルトルートにさしてやる。

「だからお姉さん、さっきから急に僕のこと気に掛けてたんだね」

そう言われ、

「違うよ。さっきからじゃない。君がニキータ村に来て助けを求めてきた時も、気に掛けてた。だって、短い間だったけど、私達は仲間なんだから」

クリュミケールはそう言い、

「英雄は言っていた。過去のことは何も知らなくていいって。だから、無理に受け入れる必要はない。私と君は七年前にラタシャ王国で出会った。それで、いいんだ」
「‥‥」

言われて、カルトルートは俯く。

「あっ!でもさ、ニキータ村の件は考えてくれよな!?あれは、仲間として言ったんだ。ニキータ村では皆、家族だからさ!」

明るく言うクリュミケールに、

「僕は‥‥もう少し、一人で気ままに旅でもしようかと思う」

カルトルートはそう、答えを出した。

「‥‥ん。そっか」

それもそうかとクリュミケールは言葉を詰まらせる。今の気持ちで自分と共にいるというのも、カルトルートにとっては難しい話だろう。
カルトルートはようやくクリュミケールから傘を受け取り、

「ラミチス村で僕は育ったって話したでしょ?」

そう口を開いた。

「この大陸の北西にあったんだ。今は、跡地だけどね」
「跡地?」
「うん。言わなかったけど、僕がレムズと村を出てから二年程経った時に、村はなくなったんだ。身寄りの無い子供達が多く集められ、育てられて来た場所だったんだけどね」

そう話し、カルトルートの目が真剣なものになる。

「後に知ったんだ。僕や他の子供達は優しさで救われてきたわけじゃなかった。ラミチス村は子供達を素直な人間に育てて、十五を過ぎた頃に色々な場所に子供を売り払っていたんだ。レムズと旅をしていた時にたまたまそんな話が耳に入ってね‥‥ラミチス村は小さな村だったから、今まで目につかなかったらしい」
「そんな‥‥」

クリュミケールは口元に手を当てる。

「売り払われるのを恐れた何人かの子供達が行動を起こしたんだって。そしてそれが世間に広まって‥‥と言っても、そこまで大きく取り上げられたわけではなくて、ラミチス村の存在は今でも知らない人の方が多いみたい」

カルトルートはレムズと旅立ってから一度も、ラミチス村の成れの果てに訪れていないと話した。

「だから、もしあの日、レムズがラミチス村を訪れなくて、僕がレムズと一緒に行きたいと思わなければ‥‥今頃、僕はどこに居ただろう?たまにそう考えるとゾッとするんだ。だから、レムズには本当に感謝してる。あいつの存在が、僕を救ってくれたんだーーレムズには話してないけどさ」

そう言って、カルトルートは苦笑いをする。

「私がシュイアさんに見つけてもらえたのと同じだな。仕組まれたことだとしても、私は二十年前にシュイアさんに救われた‥‥でも、カルトルートは赤ん坊の頃から十三年間もラミチス村にいたんだな‥‥ずっと、知らなかったとはいえ、そんな場所に‥‥」

クリュミケールは恐らく六歳の頃に空間の渦から放り出され、シュイアに見つけられた。
カルトルートは赤ん坊の頃に。

クリュミケールは一時不老だった為、今は二十歳になる前の姿だが、実年齢は二十六歳になる。
カルトルートは今、二十二歳だ。

カルトルートが空間の渦から出たのが二十二年前だとすると、クリュミケールはその頃、四歳になる。
ということは、カルトルートはクリュミケールよりも二年早くこの世界に投げ出されていたということだ。
父がカルトルートを見つけられなかったのも、それが原因なのかもしれない。

なら、カルトルートはずっと孤独に近かったのだ。クリュミケールはすぐ、シュイアに見つけられた。
カルトルートは十三年経って、レムズに出会った‥‥

「気を失っている時、ハトネさんやサジャエルの夢を、見たんだ」

ぐるぐる考え込んでいるクリュミケールは、その言葉に顔を上げる。

「カルトルートとリオっていうのは、英雄とサジャエルが読んだことのある絵本の中に出てきた名前だって」

それを聞いたクリュミケールは、

『名前は‥‥リオよ。あの人がくれた、物語の主人公の名前よ』

かつて、記憶の中で見たサジャエルの言葉を思い出した。

「なんていうか、だから‥‥僕らは本当に、姉弟ーーなのかもしれない、ね?」

困った風にカルトルートが言って、クリュミケールは頷く。

「僕はレムズと一緒には行かない。だから、初めて一人で自由に生きてみる。ゆっくり、色々考えてみる。誰かの為じゃなく、僕の為に!だから‥‥お姉さん‥‥ううん、姉さん‥‥今は一緒にはいれないけど、いつか、ニキータ村に‥‥行くよ」

そう、カルトルートは目を細めて笑った。サラッと前髪が揺れ、いつも隠れていた彼の右目が露になる。それを見て、クリュミケールはぽかんと口を開けた。

「生まれつき、なんだ」

と、カルトルートは笑う。紫色した彼の目。右目には膜を張るように濁りが生じていた。
生まれつき右目は視えないんだと彼は笑う。
その時にはもう傘を放り出し、クリュミケールはカルトルートを抱きしめていた。
本当に、自分はカルトルートのことを何も知らない‥‥そう痛感してしまう。
クリュミケールの体が小刻みに震えていて、

「姉さん‥‥泣いてるの?」

カルトルートが聞くが、それに返事はない。
二年前、シェイアードが、シュイアが、レイラが‥‥クリュミケールに抱きしめられている姿を見ていた。だから、なんの関わりもないと思っていた自分が、

(こんな風にこの人に抱きしめられる日がくるなんて、考えたこともなかった‥‥)

そう感じる。
お互いに言葉が出ない。
今さら姉弟だと、家族だと知らされても、どんな対応をしたらいいのかもわからない。
父親と母親のことだって、同様に。
冷たい雨に打たれながら、カルトルートもクリュミケールの背中に腕を回す。

冷たい雨に打たれ、いつの間にか陽の光が差し、空には虹が掛かっていた。 
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