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最終日
8-後悔
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レイラフォードに戻る途中、雨が降り出した。
「ロナス、どういうことなんだ」
道中、ふよふよと宙を浮きながら同行しているロナスにシュイアは問う。
「んー。なんつーかよぉ、カッコ悪い話、リオちゃんと決着つけたじゃん?あのあと転移したんだよな。いや、ボロボロだったし、不死鳥の剣で胸を貫かれたからよ、一人で死ぬつもりだったんだぜ?」
「ああ、確かにザックリとやったはず。まあ‥‥なんとなく生きている気はしたけど‥‥」
クリュミケールが言えば、
「やー‥‥熱血バカーーあんたの父親に救われたんだよなぁ。ほら、あいつ空間の渦の守人になったじゃん?」
それを聞き、
「守人!?どういうことなんだ!?」
クリュミケールはロナスに詰め寄る。
「おーっと!こりゃ知らなかったか?んー、まあ、妖精王辺りが話す方がいいのかねー」
なんて、話をはぐらかした。
「さっきから気になってたんだけど‥‥クリュミケールの父親って?」
リオラもそこまでは知らないようで、フィレアとカシルも不思議そうな顔をしている。
「それに、カルトルートがリオちゃんの‥‥弟?」
フィレアが言えば、カルトルートはやはり困ったようにクリュミケールを見ていた。
「ふーん?なんかややこしそうだなー?」
「まあ、その話は落ち着いた場所でしよう。だが、なぜロナスとレイラが一緒なんだ?それにロナス。ラズの正体も知ってるのか?」
クリュミケールの問い掛けに、
「実はオレ、二年間空間の渦で療養中だったわけ。で、リオちゃんが帰って来るちょっと前にオレも放り出されてさ、フォード国付近だったんだよな。たまたま王女さんーー女王さんを見掛けたわけ。そしたらガキんちょ‥‥まさかの妖精王だったとは驚いたが、その二人に出くわしたわけよ」
ロナスの言葉に、
「ラズから何も聞いてないわよ。レイラ様からも」
フィレアが言えば、
「ロナスから口止めされていたの。魔術がなくなって、ロナスはただの鳥になったでしょ?だから、なーんにも破壊できなくてつまらないから今は静かにしとくって言って」
「鳥ってなんだ!悪魔の羽だっつーの!」
レイラの言葉にロナスがツッコミを入れる。
「それで?なんでそんな正装を着ている?」
カシルが聞けば、
「嫌なんだよこれー!窮屈だしよぉ!!オレさー、今、そこの女王さんの隠れ護衛みたいなんやらされてるんだぜ!?妖精王に言われて!」
「えっ!?お前がレイラの!?」
クリュミケールは驚くように言い、
「だっ、大丈夫なのか!?レイラ!こんな奴が‥‥だってこいつが君を‥‥」
「今はもう大丈夫よ。ただの鳥だし。護衛って言っても、城にずっといるわけじゃないのよ?だって、悪魔だし、耳が尖って羽がある。普通の人は受け入れられないでしょ?」
レイラの言葉にクリュミケールは頷き、
「そそ。オレは今、エルフの里で暮らしてんだよ。あそこなら人も来ないし、エルフの長しかいないしな!妖精王の依頼としては、月に二回か三回はこの国に来て女王さんの護衛しろって感じ」
「なんでラズはそんなことを?」
別にロナスに頼む必要はないとフィレアは感じた。
「ほらっ!私、よくラズに昔の話を聞くじゃない?でも、ラズも忙しい時があるから、だからロナスからも話を聞けばいいって。隠れ護衛って名目なだけだから、城内の誰も知らないわ。一応、もしもの時の為に服だけはちゃんと着てもらってるのよ」
レイラが言えば、
「妖精王は面倒ごとをオレに押し付けてるだけだぜ!?くそっ、ただのガキんちょだったら断ったが‥‥妖精王にはちょっとした恩があるんだよな。だが性格悪いぜ。あのチビ姿だった頃からオレのこと気づいてたくせにうまいこと知らないフリして‥‥腹黒ー‥‥見たことあるような顔だなって気はしたが‥‥絶対わかんねーっての」
なんて、ロナスはぶつぶつと言う。
確かに、ラズはロナスと何度も顔を合わせていた。だが、ラズはロナスを知っているなんて素振りを一切見せなかった。まあ、ザメシアとしての存在を偽って生きてきたのだから、容易いことだったのだろう。
それから、ロナスはクリュミケールの顔を見て、
「ははっ、腑に落ちないって顔だなぁ、リオちゃん」
「それは、そうだろう。お前には思うところがたくさんあるからな」
「オレは嬉しいぜ?また会えたら殺し合おうって約束したしな!」
そう言ってロナスは宙を高く飛び、
「じゃ、雨が酷いんでオレは適当に戻ってるぜー!」
なんて言って、一人行ってしまった。
「まだ、信じられないわ。あいつが生きていたなんて‥‥」
ぽつりとフィレアが言う。
燃え盛るフォード城から始まった地獄のような日々。それを思い返すと何とも言えない気持ちになる。
「それよりリオ!大丈夫なの!?いっぱい怪我してるけど!あの男、なんだったの!?」
レイラが聞き、
「そっ、そうよ!スルーしてたけど、なんか、なんかいろいろ言ってたわよね!リオちゃんのこと、たくさんの犠牲の上で生きている幸せ者だとかなんだとか!そっ、それにリオちゃん‥‥リボン、良かったの?」
フィレアに聞かれ、クリュミケールは頷きながら微笑む。世界に帰って来た時、ちゃんと手元にはシェイアードから貰ったリボンがあった。それから髪を結んでいたが‥‥
「あいつに言った手前だ。私は、前を向くよ。皆と一緒に」
そう言って、横目でカシルを見る。
『お前はお前の時代を生き、思うままに生きろ。それに、お前を大切に想ってくれる者もいる』
シェイアードはそう言っていたのだから。
ーーようやく山道を下り、一行はレイラフォード国へと足を進める。
「‥‥フィレアさんやラズの家には行かない方がいいか。三人での再会を、邪魔するわけにもいかないからな」
クリュミケールがそう言うと、カルトルートが無言で頷いた。
「よくわからないけど、じゃあ城に遊びに来なさいよ!皆、ずぶ濡れだし」
なんて軽くレイラが言って、
「そっ、そんな簡単にお城に入っていいのかしら」
リオラが目を点にして言う。すると、
「当たり前よ!リオは特別なの。この国を建て直した人なんだから。みーんな、リオのこと大歓迎なのよーーって、そういえばあなた、誰?リオに‥‥似てるわね?リオを女の人にしたみたいな。もしかして、話に聞いたリオラ?」
リオラと初対面のレイラが不思議そうに言えば、
「私も女なんだけど」
と、クリュミケールは呆れるように言った。
「まあ、その辺りも交えて後で話せばいい」
カシルが言う。
「きゃっ!そんなことより私はカシル様とお話がしたいです!」
レイラは飛び付くようにカシルの腕にしがみつき、べったりとくっついた。
そんな二人を見ていると、
「ふふ‥‥相変わらず、だな」
と、クリュミケールは微笑む。まだ、幼かった頃の、十二歳だった頃の自分。
恋も愛も何も知らず、レイラの想いを見ていたあの日々。
そんな昔に想いを馳せていると、後頭部をぱしんとフィレアに叩かれて、
「リオちゃん‥‥いつまでもこの光景に笑ってちゃ駄目よ。それにカシルも!リオちゃんが好きなくせにいつもいつも老若男女に優しくしすぎ!そんなだから何も進展はないのよ!?おまけにまだ付き合ってないんでしょう!?どういうことなの!」
なんてフィレアが怒鳴り、
「おっ、お前!そういうことを大声で言うな!」
カシルは顔を真っ赤にして怒鳴り返し、クリュミケールは困ったように笑っていた。
『恋って言うのかな。そういう幸せは‥‥望まない。でも、違う意味で、幸せになってみようと思う。アドルが‥‥家族が居る、あのニキータ村で』
クレスルドに言った自分の言葉を思い返す。
実際、今、自分は誰が好きなんだろう?
事実、クリュミケールにはそれがわからなかった。
◆◆◆◆◆
本来、あってはならないことだが、一行はレイラフォード城の客間に案内されていた。
しかも雨で濡れた為、風呂まで貸してもらえたという始末だ。
ラズとクレスルドもあの場所から戻ってきただろうか。クレスルドはロファースに再会しただろうか。
クリュミケールはそればかりを考える。
ーーだが。
「じゃあ、話すよ。数時間前、何があったのかを」
クリュミケールはいかにも高級そうな椅子に腰を掛けながら口を開いた。
隣にはフィレアとリオラ。
クリュミケールの正面にはカルトルート。
彼を挟むようにカシルとシュイアが座り、レイラは王様席に座っていた。
クリュミケールが話したのは、カルトルートが気を失っていた時に起こった話である。
【神を愛する者】‥‥英雄が紡いだ言葉。
ザメシアとの戦いで現れた、ペンダントが映し出した英雄。
かつての旅でイラホーが言っていたこと。
カルトルートの先祖は【回想する者】イラホーを愛し抜いた英雄だと。
しかし、クレスルドは言った。
それはイラホーがカルトルートを不安にさせない為、遠回しに言ったのだと。
本当は、その英雄こそがカルトルートの父なのだと。
そして‥‥ザメシアが言ったこと。
『‥‥今のが、過去の英雄の一人であり、かつての不死鳥の契約者ーーそして、サジャエルの恋人だった』
サジャエルはリオの母親だ。
『オレはイラホーを愛していた。幸せにはなれなかったけれど、それでも。そして、イラホーの意思を受け継いだ女性が居たんだ。オレはその人と結ばれた』
英雄は、そう言っていた。
サジャエルが狂った日、リオとカルトルートはサジャエルによって空間の渦に捨てられた。
英雄はカルトルートのことを見つけてあげることが出来なかった。
リオだけが、見つかった。
リオが世界に放たれるその日まで、英雄はリオを空間の渦で守っていた。
「だから、結局詳しくはわからない。私達はいつの時代に生まれたのか‥‥サジャエルが狂った日というのは、凄く昔なんだと思う。凄く昔だったら、私達はもっと歳をとってるはず。空間の渦は、時の流れが止まっているのかもしれない‥‥」
わからないけれど、自分なりの考えをクリュミケールは話す。それから、真っ直ぐにカルトルートを見た。
彼も真っ直ぐにこちらを見ているが、表情は暗い。
「私も聞いたばかりでまだ信じられない。ただ‥‥君が気を失っていた時、父さんは君を、私を抱きしめた。とても幸せだと。サジャエルが居ないことが悲しいと。私達二人に幸せに生きろと、いつまでも愛していると‥‥言っていた」
クリュミケールは目を閉じ、
「たった、それだけの会話なんだ」
そう言って語り終える。
もう一度、カルトルートを見た。ギュッと目を閉じ、肩を震わせている。
いきなりのことで意味がわからないだろう、信じられないだろう。クリュミケールですらそうなのだから。
ーーバンッ!と、大きな音を立ててテーブルに手をつき、カルトルートは立ち上がる。そしてそのまま客間から飛び出して行ってしまった。
「えっ、ちょっと、カルトルート!」
フィレアが驚くように声を上げるが、
「仕方ないさ。受け入れろって方が無理な話だ。私もまだ、半信半疑だし、全部わかってるわけじゃないし」
と、クリュミケールは苦笑する。
「黙って聞いてたけど、あの子がリオの弟ってことなのね?お母様が女神で、お父様が英雄‥‥なんだか不思議な話」
呆けるようにレイラが言い、
「はあ‥‥もうちょっと頭の中をまとめてからカルトルートに言いたかったんだけど、クナイ‥‥紅の魔術師が言っちゃうからさ」
ため息を吐きながら言い、その後でクリュミケールは何かを思い出すように大きく目を開け、隣に座るリオラを見つめて、
「リオラも悪かったな。あいつ、さっき君に酷いこと言ったからさ」
そう言われ、
『リオラ、貴女はクリュミケールのせいで不幸になり、今でも不幸じゃありませんか』
『あはは。あれだけシュイア以外を憎んでいた人の言葉とは思えませんねえ?』
なんて、クレスルドが言っていたことを思い出したが、
「あんなの気にしていないわ。それに、あなたが謝ることないじゃない」
リオラは困った顔をして言う。
「私のせいであいつ、イライラしっぱなしだったからさ」
ヘラっと笑って言うクリュミケールに、
「あんな奴の肩を持つ必要ないわよ!リオちゃんに酷いことばっかり言って、おまけに殺そうとして!」
隣に座るフィレアが怒鳴るように言い、
「肩を持つわけじゃないけど、あいつの言葉はけっこう核心をついてるからさ。お陰で気付かされたよ。私もまだ、過去に囚われていたんだなって」
かつての旅に、シェイアードに、ハトネに、喪った多くに。前へ進んでいるようで、何も変わってはいなかったのかもしれない。
『世界を守らなければいけなかった‥‥!だから【紅の魔術師】や人間達の行いを赦してしまった‥‥ザメシアがラズ君だったなんて、気づかなかった‥‥私は、私は彼を‥‥苦しめた元凶なの!彼らの命よりも、世界を取ってしまった‥‥ザメシアは私を恨み、サジャエルは私を助けようとしている内に狂ってしまった!私は、私が全部わるいの!私がっ‥‥』
創造神としての記憶を取り戻し、悲痛な叫びを上げたハトネの声が鮮明に甦る。
だが、空間の渦の暗闇の中、確かに聞こえたのだ。
ハトネは‥‥皆と出会えて幸せだと言っていた。
赦されるのならば、皆とのあたたかくて優しい思い出を夢見て眠りに就きたいと‥‥
彼女のことを思うと、クリュミケールは引きずり込まれそうになる。
あんなに近くにいたのに、最後まで一緒にいたのに‥‥自分しか、帰ってこれなかった。
たとえ、ハトネが選んだ道だとしても、あまりにも、辛い。
「リオちゃん?」
フィレアの心配そうな声と、手の温もりが背中に伝う。
今、自分はどんな顔をしていたのだろう?後悔ーーだろうか。
気付けばここにいる皆が、心配そうに自分を見ていて‥‥
離れて座っていたレイラが駆け寄ってきて、クリュミケールの両手を握り、
「どうしたのリオ!辛そうな顔してたわよ!やっぱりあの男が言ったことが辛かったの!?辛かったのね!?あの男を見つけたら私がぶん殴ってあげるわ!」
なんて言うので、
「はは。違うよ、レイラ」
と、クリュミケールは首を横に振る。
「ハトネのことを思い出していた。ハトネは、過去に後悔したままだったんだ。でも、私達と生きた日々は幸せだと言っていた。赦されるのなら、幸せな日々を夢見て眠りたいって‥‥結局、彼女は過去に囚われたまま、逝ってしまったんだ」
それを聞き、フィレアはハトネを想い涙を溢してしまう。フィレアにとってハトネは、かけがえのない親友だった。
ハトネの本当の最期を知るのはクリュミケールだけなのだ。だからこそ、それも辛い。
「紅の魔術師を見ていたら、あいつの叫びを見ていたらさ、過去に囚われ続けるのは苦しいことなんだなって。私はハトネに何をしてやれただろう?なんで一緒に帰って来れなかったんだろう。あいつの言う通りだよ。創造神も他の神も死んだのに、リオラに全てを押し付けてしまったのに‥‥私は、たくさんの犠牲の上で生きている」
フィレアが、リオラが、レイラが叫びそうになった。『そんなことはない』と。
シュイアも立ち上がりそうになった。
だが、
「ハトネは本当に幸せだったんだ。俺は知っている」
カシルのその一言に、クリュミケールは顔を上げる。
「俺は何度か彼女と行動を共にした。神としての記憶がなかったとはいえ、君の話ばかりをしていた。君の心配ばかりをしていた。ひたすらに、君を愛していた。君が、レイラを想うかのように」
彼は席についたまま真っ直ぐにクリュミケールを見てそう話し、
「君はハトネに多くのものを与えたと思う。ハトネの願いは、君が心から笑い、心から幸せになることだ。だから、君が本当に笑っていた時‥‥ハトネは幸せそうだったろう?」
その言葉にフィレアがはっとする。言われて気づいた。確かにその通りだったから。
「君は誰かの犠牲の上に生きているわけじゃない。誰かに望まれ、何よりも君が生きたいと思っているから生きているんだ。アドルやレイラーー家族や友の傍らで生きたいから、君は生きているんだ」
その言葉に、クリュミケールはゆっくりと頷く。頷いて、目を細めて微笑んだ。
「カシル‥‥ありがとう。ちょっと弱音を吐いてしまったな。ダメだなぁ‥‥いなくなった人を思い出すと、やっぱ、ダメだなぁ」
そう言って、困ったように笑うと、
「君は今まで抱え込みすぎていたんだよ。君は滅多に弱音を吐かなかったからな。ほら、シュイアですら君のせいにして弱音を吐いていただろ?」
なんて言われて、シュイアはばつが悪そうな顔をした。
「シュイアだけじゃない。もちろん俺も、フィレアも、リオラも、レイラも。ここにいる全員、弱音を吐いたりわがまま三昧だ。君だけが‥‥いつまで経っても何も言わない」
クリュミケールは俯き、
「言うことが、見つからないんだ。心の中で、全部自分の責任だって感じてしまう。やれることをやりたい。紅の魔術師が私を倒すことで過去から解放されるのなら、何かしてやりたい。カルトルートのことも、ちゃんとしてやりたい」
そんな曲がらないクリュミケールの言葉にカシルは苦笑し、
「君は誰かの為に生きすぎているんだ。フィレアにも、他の誰かにも言われただろ?そろそろ自分の為に生きてもいいんだ。言いにくいことがあれば、俺が全部聞いてやる。君がそうしてくれたように。約束してくれただろう?同じ道を行けるようにと‥‥だから、俺が君を支える。アドルが、キャンドルが、皆が、君を支える。それが、仲間で友で、家族だ」
それは全て、いつの日にかクリュミケールが言った言葉の数々に似ている。自分が与えた言葉が、自分に返ってきた。
あの日から大きくなった青年を見つめ、クリュミケールはにっこりと笑った。
「わかった。たまには、何かあったら、愚痴を吐くよ」
そう言ったクリュミケールに、フィレアは目を丸くする。
自分が何を言ってもクリュミケールははね除けてしまったのに、と。
少しだけ、レイラは寂しそうな顔をしていた。好きだった男が大切な親友に優しさを向けているという複雑な光景である。
その場が静まり返った時、
「えーっ!やっぱそうなったのかよ!」
なんて声がして‥‥
「ちょっとロナス!どこから入ってきているの!」
レイラの視線の先を見れば、大窓からロナスが一室に入り込んで来たのだ。
「鍵開けっ放しにしてるとかヤバいじゃん。それより、リオちゃん!結局カシルとそーなったわけ!?マジで!?オレの入り込む隙間なし!?」
ロナスの言葉を聞き、クリュミケールは嫌な顔をする。
「なんでカシルの言うこと素直に聞くわけよ!しかもカシル優しすぎてゲロ甘!!」
「リオはアドルの言うことも素直に聞くぞ?」
何を言っているんだという風にカシルも嫌そうな顔をして言えば、
「あーっ!なんなんだよこの二人!無意識!?マジで家族ごっこ中!?」
一人で喚き散らすロナスの翼をシュイアが掴み、
「空気を読め、鳥」
「はぁ!?鳥じゃねー、悪魔だ!女王さんみたいなこと言うな!」
クリュミケールは肩を竦め、
「‥‥はあ。私はカルトルートを捜してくるよ。やっぱりちゃんと、二人で話してみる」
そう言って踵を返し、扉の外へ出た。その背を見送った後、フィレアはカシルを見て、
「驚いた。リオちゃん‥‥あんたやアドルには素直になったのね。あんなに頑固だったのに。でも、そういえば‥‥二年前にリオちゃん、シュイア様に初めて本心を叫んだ日がありましたよね」
言われて、あの時のことを思い出しながらシュイアは頷く。
「昔なら俺がリオを支える役だったが、フッ‥‥まさかカシルがな‥‥こんな大勢の目の前で堂々と鳥肌が立つような台詞を吐くとは‥‥」
含み笑いをしながら言うシュイアをカシルは睨み付けた。
するとレイラが、
「でもでも!リオとカシル様って付き合ってないんですよね!なんでなんです!?いつまでもそんなだと、私しんどいんですけど!」
なんて言ってきて、
「確かに。クリュミケールって、カシルのこと好きなのかしら?私がクリュミケールの目を通して世界を見ていた時は、全くそんな感情はなかったから‥‥」
今までなんとなくそう思いながら誰も言い出さなかったが、リオラのその言葉に、その場はしんと静まり返ったーーロナス以外は。
「ははっ!リオラちゃんさぁ、けっこうズバッと言ってくれちゃうねー!!」
なんて、バサバサと翼を羽ばたかせ、彼は腹を抱えて笑う。
「ロナス、どういうことなんだ」
道中、ふよふよと宙を浮きながら同行しているロナスにシュイアは問う。
「んー。なんつーかよぉ、カッコ悪い話、リオちゃんと決着つけたじゃん?あのあと転移したんだよな。いや、ボロボロだったし、不死鳥の剣で胸を貫かれたからよ、一人で死ぬつもりだったんだぜ?」
「ああ、確かにザックリとやったはず。まあ‥‥なんとなく生きている気はしたけど‥‥」
クリュミケールが言えば、
「やー‥‥熱血バカーーあんたの父親に救われたんだよなぁ。ほら、あいつ空間の渦の守人になったじゃん?」
それを聞き、
「守人!?どういうことなんだ!?」
クリュミケールはロナスに詰め寄る。
「おーっと!こりゃ知らなかったか?んー、まあ、妖精王辺りが話す方がいいのかねー」
なんて、話をはぐらかした。
「さっきから気になってたんだけど‥‥クリュミケールの父親って?」
リオラもそこまでは知らないようで、フィレアとカシルも不思議そうな顔をしている。
「それに、カルトルートがリオちゃんの‥‥弟?」
フィレアが言えば、カルトルートはやはり困ったようにクリュミケールを見ていた。
「ふーん?なんかややこしそうだなー?」
「まあ、その話は落ち着いた場所でしよう。だが、なぜロナスとレイラが一緒なんだ?それにロナス。ラズの正体も知ってるのか?」
クリュミケールの問い掛けに、
「実はオレ、二年間空間の渦で療養中だったわけ。で、リオちゃんが帰って来るちょっと前にオレも放り出されてさ、フォード国付近だったんだよな。たまたま王女さんーー女王さんを見掛けたわけ。そしたらガキんちょ‥‥まさかの妖精王だったとは驚いたが、その二人に出くわしたわけよ」
ロナスの言葉に、
「ラズから何も聞いてないわよ。レイラ様からも」
フィレアが言えば、
「ロナスから口止めされていたの。魔術がなくなって、ロナスはただの鳥になったでしょ?だから、なーんにも破壊できなくてつまらないから今は静かにしとくって言って」
「鳥ってなんだ!悪魔の羽だっつーの!」
レイラの言葉にロナスがツッコミを入れる。
「それで?なんでそんな正装を着ている?」
カシルが聞けば、
「嫌なんだよこれー!窮屈だしよぉ!!オレさー、今、そこの女王さんの隠れ護衛みたいなんやらされてるんだぜ!?妖精王に言われて!」
「えっ!?お前がレイラの!?」
クリュミケールは驚くように言い、
「だっ、大丈夫なのか!?レイラ!こんな奴が‥‥だってこいつが君を‥‥」
「今はもう大丈夫よ。ただの鳥だし。護衛って言っても、城にずっといるわけじゃないのよ?だって、悪魔だし、耳が尖って羽がある。普通の人は受け入れられないでしょ?」
レイラの言葉にクリュミケールは頷き、
「そそ。オレは今、エルフの里で暮らしてんだよ。あそこなら人も来ないし、エルフの長しかいないしな!妖精王の依頼としては、月に二回か三回はこの国に来て女王さんの護衛しろって感じ」
「なんでラズはそんなことを?」
別にロナスに頼む必要はないとフィレアは感じた。
「ほらっ!私、よくラズに昔の話を聞くじゃない?でも、ラズも忙しい時があるから、だからロナスからも話を聞けばいいって。隠れ護衛って名目なだけだから、城内の誰も知らないわ。一応、もしもの時の為に服だけはちゃんと着てもらってるのよ」
レイラが言えば、
「妖精王は面倒ごとをオレに押し付けてるだけだぜ!?くそっ、ただのガキんちょだったら断ったが‥‥妖精王にはちょっとした恩があるんだよな。だが性格悪いぜ。あのチビ姿だった頃からオレのこと気づいてたくせにうまいこと知らないフリして‥‥腹黒ー‥‥見たことあるような顔だなって気はしたが‥‥絶対わかんねーっての」
なんて、ロナスはぶつぶつと言う。
確かに、ラズはロナスと何度も顔を合わせていた。だが、ラズはロナスを知っているなんて素振りを一切見せなかった。まあ、ザメシアとしての存在を偽って生きてきたのだから、容易いことだったのだろう。
それから、ロナスはクリュミケールの顔を見て、
「ははっ、腑に落ちないって顔だなぁ、リオちゃん」
「それは、そうだろう。お前には思うところがたくさんあるからな」
「オレは嬉しいぜ?また会えたら殺し合おうって約束したしな!」
そう言ってロナスは宙を高く飛び、
「じゃ、雨が酷いんでオレは適当に戻ってるぜー!」
なんて言って、一人行ってしまった。
「まだ、信じられないわ。あいつが生きていたなんて‥‥」
ぽつりとフィレアが言う。
燃え盛るフォード城から始まった地獄のような日々。それを思い返すと何とも言えない気持ちになる。
「それよりリオ!大丈夫なの!?いっぱい怪我してるけど!あの男、なんだったの!?」
レイラが聞き、
「そっ、そうよ!スルーしてたけど、なんか、なんかいろいろ言ってたわよね!リオちゃんのこと、たくさんの犠牲の上で生きている幸せ者だとかなんだとか!そっ、それにリオちゃん‥‥リボン、良かったの?」
フィレアに聞かれ、クリュミケールは頷きながら微笑む。世界に帰って来た時、ちゃんと手元にはシェイアードから貰ったリボンがあった。それから髪を結んでいたが‥‥
「あいつに言った手前だ。私は、前を向くよ。皆と一緒に」
そう言って、横目でカシルを見る。
『お前はお前の時代を生き、思うままに生きろ。それに、お前を大切に想ってくれる者もいる』
シェイアードはそう言っていたのだから。
ーーようやく山道を下り、一行はレイラフォード国へと足を進める。
「‥‥フィレアさんやラズの家には行かない方がいいか。三人での再会を、邪魔するわけにもいかないからな」
クリュミケールがそう言うと、カルトルートが無言で頷いた。
「よくわからないけど、じゃあ城に遊びに来なさいよ!皆、ずぶ濡れだし」
なんて軽くレイラが言って、
「そっ、そんな簡単にお城に入っていいのかしら」
リオラが目を点にして言う。すると、
「当たり前よ!リオは特別なの。この国を建て直した人なんだから。みーんな、リオのこと大歓迎なのよーーって、そういえばあなた、誰?リオに‥‥似てるわね?リオを女の人にしたみたいな。もしかして、話に聞いたリオラ?」
リオラと初対面のレイラが不思議そうに言えば、
「私も女なんだけど」
と、クリュミケールは呆れるように言った。
「まあ、その辺りも交えて後で話せばいい」
カシルが言う。
「きゃっ!そんなことより私はカシル様とお話がしたいです!」
レイラは飛び付くようにカシルの腕にしがみつき、べったりとくっついた。
そんな二人を見ていると、
「ふふ‥‥相変わらず、だな」
と、クリュミケールは微笑む。まだ、幼かった頃の、十二歳だった頃の自分。
恋も愛も何も知らず、レイラの想いを見ていたあの日々。
そんな昔に想いを馳せていると、後頭部をぱしんとフィレアに叩かれて、
「リオちゃん‥‥いつまでもこの光景に笑ってちゃ駄目よ。それにカシルも!リオちゃんが好きなくせにいつもいつも老若男女に優しくしすぎ!そんなだから何も進展はないのよ!?おまけにまだ付き合ってないんでしょう!?どういうことなの!」
なんてフィレアが怒鳴り、
「おっ、お前!そういうことを大声で言うな!」
カシルは顔を真っ赤にして怒鳴り返し、クリュミケールは困ったように笑っていた。
『恋って言うのかな。そういう幸せは‥‥望まない。でも、違う意味で、幸せになってみようと思う。アドルが‥‥家族が居る、あのニキータ村で』
クレスルドに言った自分の言葉を思い返す。
実際、今、自分は誰が好きなんだろう?
事実、クリュミケールにはそれがわからなかった。
◆◆◆◆◆
本来、あってはならないことだが、一行はレイラフォード城の客間に案内されていた。
しかも雨で濡れた為、風呂まで貸してもらえたという始末だ。
ラズとクレスルドもあの場所から戻ってきただろうか。クレスルドはロファースに再会しただろうか。
クリュミケールはそればかりを考える。
ーーだが。
「じゃあ、話すよ。数時間前、何があったのかを」
クリュミケールはいかにも高級そうな椅子に腰を掛けながら口を開いた。
隣にはフィレアとリオラ。
クリュミケールの正面にはカルトルート。
彼を挟むようにカシルとシュイアが座り、レイラは王様席に座っていた。
クリュミケールが話したのは、カルトルートが気を失っていた時に起こった話である。
【神を愛する者】‥‥英雄が紡いだ言葉。
ザメシアとの戦いで現れた、ペンダントが映し出した英雄。
かつての旅でイラホーが言っていたこと。
カルトルートの先祖は【回想する者】イラホーを愛し抜いた英雄だと。
しかし、クレスルドは言った。
それはイラホーがカルトルートを不安にさせない為、遠回しに言ったのだと。
本当は、その英雄こそがカルトルートの父なのだと。
そして‥‥ザメシアが言ったこと。
『‥‥今のが、過去の英雄の一人であり、かつての不死鳥の契約者ーーそして、サジャエルの恋人だった』
サジャエルはリオの母親だ。
『オレはイラホーを愛していた。幸せにはなれなかったけれど、それでも。そして、イラホーの意思を受け継いだ女性が居たんだ。オレはその人と結ばれた』
英雄は、そう言っていた。
サジャエルが狂った日、リオとカルトルートはサジャエルによって空間の渦に捨てられた。
英雄はカルトルートのことを見つけてあげることが出来なかった。
リオだけが、見つかった。
リオが世界に放たれるその日まで、英雄はリオを空間の渦で守っていた。
「だから、結局詳しくはわからない。私達はいつの時代に生まれたのか‥‥サジャエルが狂った日というのは、凄く昔なんだと思う。凄く昔だったら、私達はもっと歳をとってるはず。空間の渦は、時の流れが止まっているのかもしれない‥‥」
わからないけれど、自分なりの考えをクリュミケールは話す。それから、真っ直ぐにカルトルートを見た。
彼も真っ直ぐにこちらを見ているが、表情は暗い。
「私も聞いたばかりでまだ信じられない。ただ‥‥君が気を失っていた時、父さんは君を、私を抱きしめた。とても幸せだと。サジャエルが居ないことが悲しいと。私達二人に幸せに生きろと、いつまでも愛していると‥‥言っていた」
クリュミケールは目を閉じ、
「たった、それだけの会話なんだ」
そう言って語り終える。
もう一度、カルトルートを見た。ギュッと目を閉じ、肩を震わせている。
いきなりのことで意味がわからないだろう、信じられないだろう。クリュミケールですらそうなのだから。
ーーバンッ!と、大きな音を立ててテーブルに手をつき、カルトルートは立ち上がる。そしてそのまま客間から飛び出して行ってしまった。
「えっ、ちょっと、カルトルート!」
フィレアが驚くように声を上げるが、
「仕方ないさ。受け入れろって方が無理な話だ。私もまだ、半信半疑だし、全部わかってるわけじゃないし」
と、クリュミケールは苦笑する。
「黙って聞いてたけど、あの子がリオの弟ってことなのね?お母様が女神で、お父様が英雄‥‥なんだか不思議な話」
呆けるようにレイラが言い、
「はあ‥‥もうちょっと頭の中をまとめてからカルトルートに言いたかったんだけど、クナイ‥‥紅の魔術師が言っちゃうからさ」
ため息を吐きながら言い、その後でクリュミケールは何かを思い出すように大きく目を開け、隣に座るリオラを見つめて、
「リオラも悪かったな。あいつ、さっき君に酷いこと言ったからさ」
そう言われ、
『リオラ、貴女はクリュミケールのせいで不幸になり、今でも不幸じゃありませんか』
『あはは。あれだけシュイア以外を憎んでいた人の言葉とは思えませんねえ?』
なんて、クレスルドが言っていたことを思い出したが、
「あんなの気にしていないわ。それに、あなたが謝ることないじゃない」
リオラは困った顔をして言う。
「私のせいであいつ、イライラしっぱなしだったからさ」
ヘラっと笑って言うクリュミケールに、
「あんな奴の肩を持つ必要ないわよ!リオちゃんに酷いことばっかり言って、おまけに殺そうとして!」
隣に座るフィレアが怒鳴るように言い、
「肩を持つわけじゃないけど、あいつの言葉はけっこう核心をついてるからさ。お陰で気付かされたよ。私もまだ、過去に囚われていたんだなって」
かつての旅に、シェイアードに、ハトネに、喪った多くに。前へ進んでいるようで、何も変わってはいなかったのかもしれない。
『世界を守らなければいけなかった‥‥!だから【紅の魔術師】や人間達の行いを赦してしまった‥‥ザメシアがラズ君だったなんて、気づかなかった‥‥私は、私は彼を‥‥苦しめた元凶なの!彼らの命よりも、世界を取ってしまった‥‥ザメシアは私を恨み、サジャエルは私を助けようとしている内に狂ってしまった!私は、私が全部わるいの!私がっ‥‥』
創造神としての記憶を取り戻し、悲痛な叫びを上げたハトネの声が鮮明に甦る。
だが、空間の渦の暗闇の中、確かに聞こえたのだ。
ハトネは‥‥皆と出会えて幸せだと言っていた。
赦されるのならば、皆とのあたたかくて優しい思い出を夢見て眠りに就きたいと‥‥
彼女のことを思うと、クリュミケールは引きずり込まれそうになる。
あんなに近くにいたのに、最後まで一緒にいたのに‥‥自分しか、帰ってこれなかった。
たとえ、ハトネが選んだ道だとしても、あまりにも、辛い。
「リオちゃん?」
フィレアの心配そうな声と、手の温もりが背中に伝う。
今、自分はどんな顔をしていたのだろう?後悔ーーだろうか。
気付けばここにいる皆が、心配そうに自分を見ていて‥‥
離れて座っていたレイラが駆け寄ってきて、クリュミケールの両手を握り、
「どうしたのリオ!辛そうな顔してたわよ!やっぱりあの男が言ったことが辛かったの!?辛かったのね!?あの男を見つけたら私がぶん殴ってあげるわ!」
なんて言うので、
「はは。違うよ、レイラ」
と、クリュミケールは首を横に振る。
「ハトネのことを思い出していた。ハトネは、過去に後悔したままだったんだ。でも、私達と生きた日々は幸せだと言っていた。赦されるのなら、幸せな日々を夢見て眠りたいって‥‥結局、彼女は過去に囚われたまま、逝ってしまったんだ」
それを聞き、フィレアはハトネを想い涙を溢してしまう。フィレアにとってハトネは、かけがえのない親友だった。
ハトネの本当の最期を知るのはクリュミケールだけなのだ。だからこそ、それも辛い。
「紅の魔術師を見ていたら、あいつの叫びを見ていたらさ、過去に囚われ続けるのは苦しいことなんだなって。私はハトネに何をしてやれただろう?なんで一緒に帰って来れなかったんだろう。あいつの言う通りだよ。創造神も他の神も死んだのに、リオラに全てを押し付けてしまったのに‥‥私は、たくさんの犠牲の上で生きている」
フィレアが、リオラが、レイラが叫びそうになった。『そんなことはない』と。
シュイアも立ち上がりそうになった。
だが、
「ハトネは本当に幸せだったんだ。俺は知っている」
カシルのその一言に、クリュミケールは顔を上げる。
「俺は何度か彼女と行動を共にした。神としての記憶がなかったとはいえ、君の話ばかりをしていた。君の心配ばかりをしていた。ひたすらに、君を愛していた。君が、レイラを想うかのように」
彼は席についたまま真っ直ぐにクリュミケールを見てそう話し、
「君はハトネに多くのものを与えたと思う。ハトネの願いは、君が心から笑い、心から幸せになることだ。だから、君が本当に笑っていた時‥‥ハトネは幸せそうだったろう?」
その言葉にフィレアがはっとする。言われて気づいた。確かにその通りだったから。
「君は誰かの犠牲の上に生きているわけじゃない。誰かに望まれ、何よりも君が生きたいと思っているから生きているんだ。アドルやレイラーー家族や友の傍らで生きたいから、君は生きているんだ」
その言葉に、クリュミケールはゆっくりと頷く。頷いて、目を細めて微笑んだ。
「カシル‥‥ありがとう。ちょっと弱音を吐いてしまったな。ダメだなぁ‥‥いなくなった人を思い出すと、やっぱ、ダメだなぁ」
そう言って、困ったように笑うと、
「君は今まで抱え込みすぎていたんだよ。君は滅多に弱音を吐かなかったからな。ほら、シュイアですら君のせいにして弱音を吐いていただろ?」
なんて言われて、シュイアはばつが悪そうな顔をした。
「シュイアだけじゃない。もちろん俺も、フィレアも、リオラも、レイラも。ここにいる全員、弱音を吐いたりわがまま三昧だ。君だけが‥‥いつまで経っても何も言わない」
クリュミケールは俯き、
「言うことが、見つからないんだ。心の中で、全部自分の責任だって感じてしまう。やれることをやりたい。紅の魔術師が私を倒すことで過去から解放されるのなら、何かしてやりたい。カルトルートのことも、ちゃんとしてやりたい」
そんな曲がらないクリュミケールの言葉にカシルは苦笑し、
「君は誰かの為に生きすぎているんだ。フィレアにも、他の誰かにも言われただろ?そろそろ自分の為に生きてもいいんだ。言いにくいことがあれば、俺が全部聞いてやる。君がそうしてくれたように。約束してくれただろう?同じ道を行けるようにと‥‥だから、俺が君を支える。アドルが、キャンドルが、皆が、君を支える。それが、仲間で友で、家族だ」
それは全て、いつの日にかクリュミケールが言った言葉の数々に似ている。自分が与えた言葉が、自分に返ってきた。
あの日から大きくなった青年を見つめ、クリュミケールはにっこりと笑った。
「わかった。たまには、何かあったら、愚痴を吐くよ」
そう言ったクリュミケールに、フィレアは目を丸くする。
自分が何を言ってもクリュミケールははね除けてしまったのに、と。
少しだけ、レイラは寂しそうな顔をしていた。好きだった男が大切な親友に優しさを向けているという複雑な光景である。
その場が静まり返った時、
「えーっ!やっぱそうなったのかよ!」
なんて声がして‥‥
「ちょっとロナス!どこから入ってきているの!」
レイラの視線の先を見れば、大窓からロナスが一室に入り込んで来たのだ。
「鍵開けっ放しにしてるとかヤバいじゃん。それより、リオちゃん!結局カシルとそーなったわけ!?マジで!?オレの入り込む隙間なし!?」
ロナスの言葉を聞き、クリュミケールは嫌な顔をする。
「なんでカシルの言うこと素直に聞くわけよ!しかもカシル優しすぎてゲロ甘!!」
「リオはアドルの言うことも素直に聞くぞ?」
何を言っているんだという風にカシルも嫌そうな顔をして言えば、
「あーっ!なんなんだよこの二人!無意識!?マジで家族ごっこ中!?」
一人で喚き散らすロナスの翼をシュイアが掴み、
「空気を読め、鳥」
「はぁ!?鳥じゃねー、悪魔だ!女王さんみたいなこと言うな!」
クリュミケールは肩を竦め、
「‥‥はあ。私はカルトルートを捜してくるよ。やっぱりちゃんと、二人で話してみる」
そう言って踵を返し、扉の外へ出た。その背を見送った後、フィレアはカシルを見て、
「驚いた。リオちゃん‥‥あんたやアドルには素直になったのね。あんなに頑固だったのに。でも、そういえば‥‥二年前にリオちゃん、シュイア様に初めて本心を叫んだ日がありましたよね」
言われて、あの時のことを思い出しながらシュイアは頷く。
「昔なら俺がリオを支える役だったが、フッ‥‥まさかカシルがな‥‥こんな大勢の目の前で堂々と鳥肌が立つような台詞を吐くとは‥‥」
含み笑いをしながら言うシュイアをカシルは睨み付けた。
するとレイラが、
「でもでも!リオとカシル様って付き合ってないんですよね!なんでなんです!?いつまでもそんなだと、私しんどいんですけど!」
なんて言ってきて、
「確かに。クリュミケールって、カシルのこと好きなのかしら?私がクリュミケールの目を通して世界を見ていた時は、全くそんな感情はなかったから‥‥」
今までなんとなくそう思いながら誰も言い出さなかったが、リオラのその言葉に、その場はしんと静まり返ったーーロナス以外は。
「ははっ!リオラちゃんさぁ、けっこうズバッと言ってくれちゃうねー!!」
なんて、バサバサと翼を羽ばたかせ、彼は腹を抱えて笑う。
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