託され行くもの達

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6-相棒

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カルトルートは必死に頭を働かせていた。
レムズとロファースが戻って来たら自分は何を言ったらいいのだろう、どんな表情をしたらいいのだろう。これから、どうしたら‥‥

「カルトルート、大丈夫?」

表情を暗くする彼に、リオラは優しく声を掛けた。

「えっ!?あ、うん、大丈夫、どうして?」

カルトルートは慌てて苦笑いを作る。

「いえ‥‥」

ーークリュミケールの目を通して世界を見て来た。

確かにあの戦いの日々の中、目覚めることの出来なかったリオラはリオの、クリュミケールの目から世界を見て来た。
当然、カルトルートとレムズのこともクリュミケールの目を通して少しだけ。
カルトルートとレムズ。二人はいつも一緒に居て‥‥
そこでリオラははっとする。

(そうだわ。居場所‥‥カルトルートは居場所に悩んでいるのね。クリュミケールはそのことを察して‥‥そうだわ、私も同じ。リオに、クリュミケールにシュイアという居場所を取られたと思っていた、私と同じ)

ーーガチャッ‥‥
扉が開く音がして、ドキッとリオラの心臓が大きく鳴った。

(せっかく気付いたのに)

入ってくる人影を見て、リオラは困ったような表情をする。

「すまない、遅くなったな」

レムズの声だ。
その声を聞いたカルトルートは俯いたまま、顔を上げられない。

「‥‥お邪魔します」

次に、少し控え目な、初めて耳にする声。
恐らくきっと、これがーーロファース。
カルトルートは恐る恐る顔を上げた。

先ほど眠っていた少年が、本当に生きている。

「まあ‥‥本当に目覚めたのね」

フィレアがロファースを見て驚くように言うと、

「彼女が、さっき話したフィレア」

レムズが紹介する。どうやら事前にロファースに説明していたようだ。

「貴女がアイムの‥‥初めまして、ロファースと言います。昔、一度だけ彼女に会ったんです」
「私もレムズから簡単に話を聞いたわ。名前は教えてくれなかったけど、アイムおばさん、よくあなたの話をしていたの‥‥大切な人だったって」

フィレアは柔らかく微笑んで伝える。

「それから、こっちがシュイアとリオラ」

次に、二人を紹介する。

「はっ、初めまして」

ロファースはペコリと頭を下げ、

「ええ、初めましてロファース。ごめんなさいね、関係ない私達にいきなり会って、戸惑うわよね」

リオラが言い、

「確かにな。俺もたまたま立ち寄っただけなのに、いろいろ驚いた」

シュイアは肩を竦める。

「で、あっちがカシル」

レムズは次にカシルを指差した。

「初めまして‥‥!あっ、貴方が神様の女の子の」

ロファースが何かを言い掛けて、

「ロファース!」

レムズが慌てて制止する。
それを見てカシルは首を傾げた。一体ロファースに何を吹き込んだのかと。

「そっ、それから!あれ、あいつら居ないな」

クナイとラズの姿が無いことにレムズは首を傾げつつ、

「‥‥最後に紹介しようと思ったんだがな」

と、カルトルートを見つめる。
それにカルトルートはビクリと肩を揺らした。
理由に気づいたリオラも心配そうに光景を見つめていたが、

「俺の‥‥大事な親友のカルトルートだぜ!」

レムズは満面の笑顔でそう、カルトルートを紹介したのだ。
それに、カルトルートは目の奥が一気に熱くなる。
知らない口調、知らない陽気さ。だが、ずっと一緒にいたレムズなのだ。

「ふっ‥‥あはは、なんだよその紹介」

レムズのたったそれだけの言葉で、カルトルートは今まで悩んでいたというのに、簡単に答えを決めることができた。
ぐだぐだ考えていたことが、馬鹿馬鹿しいと思えるほどに。

「初めまして、ロファース!」

カルトルートは笑って、ロファースに手を差し出す。

「初めまして、カルトルートさん。レムズさんから聞きました。ずっと、知らない俺なんかの墓を建てる旅をレムズさんとしてくれていたと聞きました。本当に、本当にありがとう」

ロファースは申し訳なさそうに俯き、ギュッと、両の手で差し出されたカルトルートの手を握った。

「やっ、やめてよもう!そんなの気にしないで!僕がレムズを手伝ってやりたいから勝手にしただけだからさ!そんな申し訳なさそうな顔しないでよ!」

カルトルートはそう言ってロファースに笑い掛ける。

しばらく今までの話などをロファースに話し、レムズはとうとう言った。

「これからも、カルーとも一緒に旅をしたいんだ」

‥‥と。

「もちろん、俺も大賛成ですよ!」

ロファースが快く言って、カルトルートはそれがとても嬉しかった。
ロファースという人間が、優しい人物なんだとすぐにわかって安心できた。

「‥‥ありがとう。凄く凄く、嬉しい!」

そのカルトルートの言葉にレムズとロファースも喜んだが、

「でもね相棒。僕は一緒には行けないよ」

カルトルートは笑って答える。とても、とても晴れやかに。
それは、レムズにとって予期せぬ答えだった。
笑いながら言う相棒に、親友に、レムズは困惑の表情を向け、

「カルー!なんでだよ!?」

思わず声を荒げてしまう。
それでもカルトルートはニコニコと笑って‥‥
ロファースも、その光景を見つめるフィレア達も、二人を交互に見た。

「お前は、僕の知ってるレムズじゃないから」
「えっ」

カルトルートの言葉にレムズは目を丸くする。

「なっ、んだよそれ!記憶取り戻して、前の性格と違うからか!?お前は‥‥今まで俺を差別しなかったのに、そんなことだけで差別すんのかよ!」

レムズは涙を流しながらカルトルートに怒鳴りかかった。

「ちょっ‥‥レムズ、カルトルート‥‥」

見ていられなくてフィレアが声を掛けるが、

「差別なんかしてないよ」
「じゃあなんだ!」

レムズとは対照的に、カルトルートは冷静な声音で言葉を紡ぐ。

「九年前‥‥お前が現れて、僕に新しい世界をくれたんだ」

ラミチス村から飛び出したあの日を、カルトルートは思い浮かべながら話した。

「九年間、一緒に旅をしたレムズ。何度も人間達に差別の眼差しや言葉を投げ掛けられたね。でも、お前は挫けなかったよね」
「それは、カルー。お前が‥‥お前が隣に居てくれたから、お前が俺を、認めてくれたから」

先日、クナイも言っていた。
ロファースとカルトルートがレムズを認めたから、それがレムズの支えになったのだろうと。

「ありがとうレムズ。そう言ってくれて、僕は本当に嬉しい」

カルトルートは微笑み、

「僕の大事な親友レムズ。今のお前はーー僕の知ってるレムズじゃないんだ」
「なんで‥‥」
「もう、旅の目的ーー綺麗な場所を探す旅や、ロファースの死んだ場所に向かう旅は終わっただろう?ほらレムズ、隣を見て。お前の隣にはロファースが居る」

言われて、ロファースは申し訳なさそうに俯いた。

「旅の理由なんて、要らないじゃないか!俺達は、そんなんじゃないだろっ!?」

流れた涙を必死に堪えながらレムズは言い、

「まだわからないの?」

それにカルトルートはやはり笑う。

「今のお前は、ロファースの親友のレムズなんだ。ロファースと、クナイの親友。僕は九年もお前と一緒に居た。だからもう、いいんだよ、レムズ」

カルトルートは視線を落とした。言葉を紡ぐ度に涙がこぼれそうになるが、なんとか堪えた。
レムズが泣いて、自分まで泣いてしまったら格好が悪い。

「埋めなよ、空白だったお前達の時間をさ。ロファースの為の、旅だったんだから。これからは、三人で。そうだろう?レムズ」
「カルー‥‥」

ギリッと歯を軋めて、レムズは思う。
自分にとってカルトルートは本当に支えだった。
ロファースを失い、クレスルドに記憶を弄られてから数十年。
独りでたくさんのことに耐え続けていた。
九年前、カルトルートに出会って、もう何も耐える必要がなくなった。
カルトルートが隣に居るだけで、とても心強かった。
自分より遥かに年若いこの青年のお陰で‥‥

「親友だと呼んでくれて、本当に嬉しかったよ。本当の自分を取り戻せて、本当に良かったね、相棒!それから‥‥」

カルトルートは一息置いて、

「僕を救ってくれてありがとう。お前と出会わずラミチスにずっと居たら、僕はカルトルートと名乗らなかったし、あの大人達と同じように育ってしまったと思う。今の僕がここに在るのは、お前が出会ってくれたからだよ」
「‥‥っ」

レムズはもう、何も言わなかった、言えなかった。
カルトルートの決意は固いものだったから。

「カルトルートさん‥‥」

ロファースが名を呼ぶので、

「あっ、謝らないでよ、ロファース!その顔は謝る顔でしょ!」

カルトルートは可笑しそうに言い、

「相棒のこと、よろしくね」

そう、ロファースに託した。

ーーそこで、ガチャッ‥‥と、本日何度目かのドアが開けられる。

「あ、お姉さん」

クリュミケールが戻って来て、カルトルートがにっこりと笑う。
カルトルートは晴れやかな顔をしていたが、逆に、レムズの目が赤く腫れていて‥‥

「ラズ達は?」

カシルに聞かれ、

「ん?ああ、まだ‥‥」
「あの」

クリュミケールは言葉の途中でロファースに声を掛けられ、

「ん?ああ、そうだ、アイムさんの所に行っててくれないか?」

クリュミケールが言った。

「え?」

ロファースはクリュミケールと話がしたかったのだが、

「ほら、君のもう一人のお友達。そろそろ呼んで来てやるからさ」

クリュミケールがそう言い、

「あの‥‥ひとつだけ」
「ん?」

クリュミケールは目を細めて何か言いたそうなロファースを見る。

「俺は、生きてても、いいんですか?」
「‥‥へ?」

当然、間の抜けた声しか出ないし、周りにいる一同もぽかんとした。

「俺は、あなたの声に導かれて目覚めたんです」
「えっ、そうなの?」
「はい。でも、俺は死んでいた人間です。時代だって、違う」

俯くロファースにクリュミケールは小さく笑い、

「私もね、死ぬはずだったんだ。でも、二度‥‥ある二人の女の子に助けられてこうして生きている」

かつてレイラに救われ、最後はハトネに救われてここに生きている。

「それだったら、私もよ。私は死んでいたけれど、ここに居る皆や、クリュミケールに救われて、また命を手に入れたの」

リオラが言った。

「時代がどうとか言ったら、こっちもかつては不老だった。普通に歳を重ねていたらとっくに死んでいる」

次いで、シュイアが苦笑しながら言う。

「でも‥‥たくさん、死んでしまった。友達も、国の人々も、国も滅びた‥‥たくさん‥‥」

肩を震わせるロファースに、

「詳しくは知らないけど、同じとは言えないかもしれないけど‥‥私もたくさん失った。私だけじゃなく、ここに居る皆が、たくさん失ってきた」

クリュミケールはロファースの肩に手を置き、

「大切な人が死んだ。大切な友が。母親を‥‥何も知らずに憎んだ。目の前で、救えずに死んでしまった人もいた。それでも、こんな私でも生きている。それにロファース、君を必要としている人達がいるんだ」

クリュミケールがレムズに視線を移せば、レムズはぼろぼろと泣いていた。

「だから、君が生き返った理由はわからないし、君が生きてきた経緯も知らない。けど、君が生きることで救われる人もいる。けど、答えを見つけるのは君自身だよ、後悔しないように‥‥」
「‥‥はい」

ロファースはゆっくりと頷く。

「レムズも行っておいで。あいつが揃うことで‥‥やっと完全な再会だろ?私が声を掛けておくからさ」
「そう、だな‥‥ありがとう、ありがとうな、皆」

涙を拭ってレムズは礼を言い、

「行こう、ロファース」
「はい‥‥!」

二人は顔を見合わせ、フィレアの家から出て行った。
それ見送って、クリュミケールはやれやれとため息を吐く。

「言うことが大人になったな、リオ」

シュイアに言われて、クリュミケールは苦笑いをした。

ーーそして、今さっきのカルトルートとレムズが何を話したのかをクリュミケールは聞かされ、

「そうか。カルトルート‥‥ちゃんと決めたんだな。永遠の別れってわけじゃないんだ。レムズのことだ、もし旅に出たとしても、お前にちゃんと会いに来てくれるさ」
「‥‥うん」

カルトルートはとうとう目に涙を浮かべ、少しだけ寂しそうに笑って頷き、

「あっ‥‥それで?お姉さん、僕はちゃんと答えを出したよ。もう一つの選択肢ってやつ、教えてよ」

そう尋ねてクリュミケールを見つめる。

「その前に一つ質問。お前はこれからどうするつもりだ?」
「え、だってお姉さん、選択肢が‥‥」
「それが無かった場合、お前はこれからどうするかってことさ」
「うーん‥‥」

いきなり言われてもなと、カルトルートは頭を悩ませた。
答えは出したが、自分がこれからどうして行くかは、実のところ考えていなかったのだ。

一人で旅をしながらいろんな場所で何か仕事でもしようかな。それともどこかで落ち着くべきかな。

いろいろ考えるも、すぐにはまとまらない。

「はは、やっぱ、なんも考えてなかったか」

答えを返せないカルトルートを笑い、

「もう一つの選択肢ってのはな」

クリュミケールは真っ直ぐにカルトルートを見つめ、

「私達と一緒に、ニキータ村で暮らさないか?」
「え?」

カルトルートはぽかんと口を開き、いきなりの提案にあたふたとする。

「アドルとキャンドルは快く大歓迎してくれるよ。なあ、カシルだって大歓迎だよな」
「そうだな。俺は構わない」

カシルが言った。

「すぐじゃなくていい。お前が決めることだからな。一つの選択肢として考えてくれ。ただ‥‥」

続く言葉に、カルトルートは耳を傾ける。

「お前は大切な仲間だ。でも、なんだか‥‥弟、みたいに思ってる。今回、一緒に旅をして感じたよ」

本当の弟だと、喉から出かけたが、クリュミケールはそれを呑み込んだ。

それを聞いたカルトルートは、クリュミケールの自分に対する扱いにようやく納得がいく。
そしてどこか‥‥自分もクリュミケールを近しい存在に感じていたのは確かだ。

(おかしいな、仲間なだけで、他人なのに)

真実を知らないカルトルートはぼんやり思う。

「じゃあ、そろそろクナイに声、掛けてくるよ。怒られそうなんでな」

言って、再び外に行こうとするクリュミケールに、

「お姉さん、ありがとう。真剣に考えてみるよ」

カルトルートはそう言った。
クリュミケールとしては、カルトルートに傍に居てほしい。
急に、弟だなんて真実を知らされたのだ。放ってなどおけないし‥‥
なんらかの情が‥‥恐らく愛情が、湧いてきてしまったのだ。
大切な、本当の家族という、愛情。

「でも、いいわね。私達もニキータ村で暮らそうかしら、シュイア」

なんてリオラが言うものだから、

「リオラはいいが、シュイアは駄目だ」

カシルが言う。

「あら、ありがとうカシル、嬉しいわ」

リオラは笑った。

「ちょっと待て、リオラもリオラだ。冗談は程々に‥‥」
「ふふ、冗談じゃないんだけどな。クリュミケールも居るし、アドルも居るし、キャンドルさんの料理は美味いのよね。食べてみたいわ」

呆れるシュイアに、リオラは小さく笑みをこぼす。

「シュイア様が住むんだったら、私もニキータに住みたいわ!」

フィレアが話に乗って、

「あら、ライバルね」

と、リオラがクスクス笑う。

「仲良いな、お前ら」

カシルが苦笑しながら言って、

「ふふ。こっちは冗談よ、冗談。私はちゃんとラズとラズのお母さんを見守るつもりだから」

フィレアが言った。

「カルトルートがどうするか、ね」

リオラはカルトルートを見つめ、

「あはは、ゆっくり、考えてみるね」

そう、答えた。
クリュミケールはそんな光景を眩しそうに見つめながら扉を開ける。

ーーだが、

「‥‥ん、呼びに行くまでもなかったか」

遠目に、ラズとクナイが戻ってくるのが見えた。
だが、クリュミケールは目を細める。
嫌な感じがしたからだ。
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