託され行くもの達

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最終日

5-約束

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バサッ‥‥

「ーーっ!?」

肩に軽く何かが触れて、レムズはビクリと体を跳ねさせた。

「クリュミケール!?」

振り向けば、クリュミケールの姿がある。肩に触れたのは、クリュミケールが手にしている花束であった。

「レムズが遅いからさ。カルトルートが心配してた」

そう言われて、レムズは申し訳なさそうに視線を落とす。
クリュミケールはアイムの墓を見つめ、その傍に座らされているロファースに視線を移した。
手にした花束をゆっくりと墓に供えながら、片膝をついて目を閉じる。

「アイムさん‥‥ようやくわかりました。あなたの言葉の意味が」

七年前、最後にアイムに会った時に掛けられた言葉。

『無理に帰らんでいい。約束もしなくていい。旅人は、きっと旅先で何かを見つけるのじゃから。リオ。お前が安心してゆっくりと眠れるような、綺麗な、美しい場所を見つけるといい』

アイムはクリュミケールとロファースを重ねて見ていたとフィレアから聞かされた。
アイムのあの日の言葉は、ロファースに向けたものでもあったのだろう。

クリュミケールは考える。
父もクナイも、クリュミケールがロファースを救えると言っていた。
けれどもクリュミケールにはロファースを救うような術など何もない。特別な力なんてもうないのだ。

「何にも属さない、生まれるはずのない魔術‥‥か」
「え?」

クリュミケールの呟きにレムズは首を傾げる。
クリュミケールはロファースの手を握り、彼を救うことだけを念じた。
知らない者のことを念じるのは、意外に難かしい。
だから、他のことも考える。

ロファースが目覚めたら、レムズもクナイも喜ぶ。
カルトルートもきっと喜ぶ。
そして全部終わったら、ニキータ村で待つアドルとキャンドルも喜ぶはずだ。

そう考えて、口を開く。

『世界よ、闇を打ち砕き、光があらんことを。【遠い昔】より【トモダチ】と呼べる【繋がり】よ、【何処かで】一筋の【道標】となり【生きる証】を見つけ、【遠い約束】を思い返せ。我が【望み】よ、一筋の光よ、我が声を力とし、世界を奏でる。今こそーー無色の唄を‥‥』

あの日、世界を救う際にリオラが唱え、最後にクリュミケールも唱えた呪文。
だが、何も起きはしない。辺りは静かなままだ。

「今のはなんだ?」

レムズが首を傾げて尋ねる。

「世界を救った女神の呪文なんだけどな。人は救えない‥‥いや、もう効果は無しってことか」

クリュミケールは息を吐いた。


◆◆◆◆◆

あの日から、静まり返っていた。何もかもが。
目の前は真っ暗で、音すら聞こえない。
ただ、冷たい空間に居ることはわかった。

これが、眠り死んでいると言う意味か‥‥
ロファースは長き日をかけてそう思う。

だが、先ほど何かが聞こえた。それはまるで、歌のような何か。

(もしかしたら、あの神様の女の子が歌ってくれているのかな)

そんなことを考えてしまう。

(レムズさんも、クレスルドさんも‥‥待っていてくれているだろうか?アイムはどうしているだろうか)

忘れることのない人々を思い浮かべた。

(でも俺は、元から死んでいた人間。そんな俺が、いつか目覚めてもいいのだろうか?セルダーは、俺のせいで死んでしまったというのに‥‥俺は)

俯き、闇に溶けてしまいそうになった時、

「目を開けてごらん、ロファース」
「あっ‥‥!?」

懐かしい声がして、ロファースは開かないと思っていた目を開ける。
だが、目を開けても同じだ。広がるのは、やはり暗闇。

「ロファース。君はとっくに生きている。でも君は恐れてるだけだ。自分は生きていてもいいのかって。だから君はいつまでもこんな所に居る。生と死の狭間‥‥死に近い、世界に溶け込んだ空間の渦に」

声だけの存在に、ロファースは目を細める。

「聞こえただろう?どんな色も持たない、ただ純粋な、救いの歌ーー無色の唄が。時を経て、リオは約束を果たそうとしている。世界は変わった。君が生きていた時代とまるで違う。君の知っていた国は滅び、新たな世界が在る」
「‥‥随分と、時間が経ってしまったような言い方をしますね」

ロファースが言えば、

「君が眠り死んでから、もう何十年も経った。それでもまだ、レムズと紅の魔術師は君を待っている」
「二人が‥‥アイム、は‥‥」
「彼女は普通の人間だ。もう、いない」

それを聞き、ロファースはぎゅっと目を閉じてしまう。

「でも、目を開けたら君の隣に彼女がいる」
「え?」
「さあ、約束の時だ、ロファース。君が進めば、君の知っている人達が遺した声が君の傍を通りすぎてくれるから。だから、歩くんだ、ロファース」

声の主の言葉を聞き、ロファースはゆっくりと、暗闇を進んだ。体が、ちゃんと動く。


『赤髪の騎士さん!』

(ディンオ、さん?)

『頑張れよ、ロファース』

(イルダンさん‥‥)

二人の聞き覚えのある声が隣を通り過ぎる。


『何度生きても、人間はいつしか狂うものですよ』

(‥‥神父様)

次に、エウルドス王の声。


『ロファース』

(ーーっ!セルダー!!)

大切な、親友の声。

『俺達は無理だったから‥‥だから、今度はちゃんと、親友を大事にしてやれよ。ロファース、幸せにな』

(何を‥‥!無理なんかじゃなかった!セルダー、俺達は親友だ!今までも、これからもーー!)

通り過ぎていったセルダーの言葉にそう思いながら、ロファースは更に暗闇を突き進む。


『ロファースよ。我が友、紅‥‥そして我が子、レムズをどうか頼むぞ』

(チェアルさん!?貴方も死んでしまったのか‥‥)

『新たなエルフの長は、お前のよく知る人物じゃ。また、会いに行ってやってくれ。私が全てを託した若者に。レムズと紅と、ずっとずっと、共に‥‥』

(新たな長‥‥)

ロファースが考えていると、

「さあロファース、もうすぐこの空間は終わる。君は空間の渦から解放される」

再び、先ほどから聞こえる声が頭に降ってきた。

「オレの娘が君を呼んでいる。どうかその声を聞き逃さないで‥‥」
「神様の、女の子が‥‥」

あの日見た、金の髪をした小さな女の子。

『ロファースが目覚めたら、レムズもクナイも喜ぶ。カルトルートもきっと喜ぶ。そして全部終わったら、ニキータ村で待つアドルとキャンドルも喜ぶはずだ』

知らない声が聞こえてきて、ロファースはその声に集中した。

『ロファース、目覚めるんだ。大切な人を失う悲しみを、私はよく知っている。お前を待ってくれている人が居るんだ、すぐ目の前に』

ロファースは目を見開かせる。目の前に光が、溢れてきたのだ。

「さあ、振り返らずに行くんだ、ロファース」

ーー英雄の声に言われるが、ロファースは先立った者達を思うとあと一歩が踏み出せない。自分だけが行くなんて、とても‥‥

そんなロファースの迷いを消し去るように、とんっと、背中を押される。

『行ってらっしゃい、ロファース。そして、お帰りなさい、ロファース。私はあなたを‥‥愛していたわ』

懐かしく優しい女性の声がして‥‥ロファースの頬に涙が伝った。
そして、光が優しく全身を包み込み‥‥


「ーーロファース!」

そう叫ぶような涙声が耳に入った時には、レムズはもうロファースに駆け寄り、歓喜のあまり彼に抱きついていた。

「レ、ムズ‥‥さん?」

ロファースは目を丸くして瞬きを数回する。
草木が、青空が、世界があった。

「ううっ‥‥うっ‥‥」

レムズは言葉がうまく出ず、涙を流し続ける。

クリュミケールはその光景を微笑んで見ていた。
まるであの時、レイラを取り戻した時の自分のようだと。
本当に言い表せないくらい嬉しくて幸せだった。だから、今のレムズもきっと、同じだ。

なぜロファースが目覚めたのかはわからない。わからないが‥‥そんなことはどうでも良かった。

すると、いつの間にかロファースと目が合って、クリュミケールは、

「あっ‥‥!そうだ!皆に知らせないとな!」

そう言った。

「君、は‥‥」

ロファースは驚くようにクリュミケールを見つめ、

「あの時の‥‥そうか、君が‥‥」
「初めまして、ロファース。私はクリュミケール。私のことは後でいい、今は、レムズと話してあげてくれ」

クリュミケールはそう言って、静かにその場から立ち去るので、

「あっ!待って‥‥!」

そうクリュミケールに手を伸ばすが、クリュミケールには届かなかった。
ロファースは伸ばした手を下げ、それからレムズに視線を移し、

「‥‥レムズさん」
「ロファース、やっと、起きたな‥‥ほんと、遅すぎるぜ」
「みたい、ですね。本当に長く眠っていた」
「でもなんで急に起きたって言うか、生き返ったって言うか‥‥」

レムズが言葉に悩みつつも聞けば、

「神様の女の子の声が聞こえてきて、目が覚めたんです」

ロファースはそう答える。

「やっぱり、クリュミケールがそうだったんだな」

じゃあ、あの呪文が鍵になったのか?レムズはそう思う。

「夢みたいだったけど、色んな声が導いてくれて‥‥チェアルさんの声も」

その名に、レムズは反応した。

「あの人と‥‥そして、我が子であるレムズさんを頼むって」
「そっか‥‥まったくよ。知らない内に、死んじまいやがってさ」
「知らない内?レムズさんはチェアルさんが死んだのを知らなかった?」

ロファースが聞けば、

「実はさ、あのフード野郎に俺、記憶弄られてたんだよ!」
「えっ!?」

ロファースは当然驚く。

「もう、本当に色々あってさぁ!!‥‥うん、また、話すよ。これから、ゆっくりと‥‥本当に、たくさん話したいことが、あると思う。ちょっと今は、考えがまとまらないけどさ」

言いながら俯くレムズを見て、ロファースは目を細めた。本当に長い時間を待たせてしまったのだと実感する。

「チェアルさんが新たなエルフの長が居ると言っていて、それは俺のよく知る人物だと言っていたんですが」
「そう、だな。俺はそのことも忘れて‥‥彼を村長なんだと最近まで思い込んでいた。また、一緒に会いに行こうぜ。彼に謝りたい。今まで何も言わずに俺をあの人の代わりに見守ってくれた、彼に」

そう呟いたレムズを、ロファースはますます不思議そうに見つめる。

それから、あの空間で聞こえた言葉。

『目を開けたら君の隣に彼女がいる』

その言葉を思い出し、ロファースは周りを見回す。
隣に、誰かの墓があった。真新しい花が添えられている。

「‥‥アイム」

刻まれた名を、ロファースは静かに呟いた。

「やっぱり、知り合いだったんだな」

レムズは確信するように言う。

「俺も会ったよ。彼女、お前のことを待ってたよ」

ロファースはレムズの言葉を聞きながら墓を見つめた。

「彼女、お前のことが」
「うん、わかってますよ」

レムズの言葉の続きを、ロファースは知っている。
今、目覚める直前に聞こえた声は‥‥確かに『愛している』と言っていたのだから。

「アイム、俺は帰って来たよ。待っていてくれてありがとう」

ロファースは目を閉じて、記憶の中にあの日のアイムを思い描き、

「俺も君を、愛してる‥‥ずっと、会いたかった。もう一度、会いたかった」

そう、彼女の墓に言葉を告げた。


◆◆◆◆◆

「お姉さん」

戻ってきたクリュミケールに、カルトルートは心配そうな表情を向けながら駆け寄ってきた。

「レムズはもうちょっと時間が掛かるかなー」

クリュミケールが言うので、カルトルートは首を傾げる。
それから、ぽんっと、カルトルートの頭の上に優しく手を置き、

「クナイはまだ戻ってないんだな」
「ええ。ラズを連れたままね」

フィレアが答えた。
クリュミケールはカルトルートを見て、しかし視線を外し、

「ロファースが、目覚めた」

そう、遠慮がちに言う。

「‥‥え」

カルトルートは消え入りそうな小さな声で驚き、

「全然起きる気配なかったのにな」

と、カシルが言った。

「ああ。だから今、レムズと感動の再会中ってとこさ」

クリュミケールはもう一度カルトルートに視線を移す。黙り込んでしまった彼の様子からして、まだこれからどうしたいか答えが出ていないのだろう。

「クナイを捜してくるよ。あいつが来たらややこしそうだから、ちょっと‥‥ゆっくり戻らせるようにする」
「どういうことだ?」

シュイアが尋ねるも、クリュミケールは困ったように笑うだけで、

「リオラ。カルトルートをよろしく頼むよ。たぶん、もうすぐレムズとロファースが戻って来るだろうからさ」

言われて、当然リオラは戸惑う。

「君は私の目を通して世界を見て来た。なら、なんとなくわかるはずさ」
「えっ‥‥?」

クリュミケールはそれだけ言って、また外に出てしまった。

レムズとロファースが一緒に居て、カルトルートは複雑な心境になるだろう。
クナイはロファースが目覚めるのを誰よりも心待ちにしていた。
だから、クナイが戻ったらカルトルートが気持ちを整理出来る時間がなくなるだろう。
クリュミケールはそれを思い、クナイには悪いが足止めをさせてもらうことにした。

ーーだが‥‥
何やら路地裏でラズとクナイは口論をしている。しかも、自分の名前が聞こえてくるものだからクリュミケールは出るに出られない。

(なんの話かは知らないが‥‥この様子だと足止めするまでもない、か。一応見張っとこう‥‥カルトルート、頑張れよ) 
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