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最終日
3-帰路
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船が港に着いた時、景色を見てレムズ以外は疑問を感じた。
「レムズ?ここ‥‥大陸が違う。ニキータへ帰らないの?」
カルトルートが尋ねれば、
「うん。ロファースを、会わせてやりたいんだ」
クナイの背で、目覚めないままのロファースを見つめたレムズの言葉に、
「誰に?レイラちゃん?ラズとかフィレアさん?」
クリュミケールが言った。
そう、ここはニキータのあるファイス大陸でなく、フォード大陸だった。
「まあ、フィレア辺りかな」
レムズが小さく笑って言うので、
「‥‥なるほど」
理解して、クナイは頷く。
クリュミケールとカルトルートは不思議そうに二人を見た。
ーー‥‥平原を越えて、レイラフォード国の姿が見えてくる。
クリュミケールは目を細めて国を見つめていた。
それを見たクナイは、
「君にとっても、特別な国なんですね」
そう言えば、
「フォード国は初めて友達が出来た場所で、たくさん失った場所で‥‥全てが始まった場所だからさ。そういえばカシルも今、フォードに居るんだった」
「なんで?」
レムズが聞けば、
「フィレアさんがラズの家に住むことになったんだって」
カルトルートが説明して、
「マジで!?あの二人、いつの間に‥‥」
レムズは驚く。
「そうじゃなくて、ラズとラズの母さんの面倒をフィレアさんが見るってだけだよ。カシルはフィレアさんの荷物運びの手伝い」
クリュミケールが付け足して言った。
「ああ、なるほどー」
それを聞いてレムズは苦笑する。
「さあ、そうこう話してる内に、着きましたよ」
クナイが言った。
城下町に足を踏み入れれば、相変わらずこの国は人々で賑わっていて、クリュミケールは光景に微笑む。
「貧困の差が激しかったあの日々が、本当に嘘みたいだ」
「レイラフォード。名を付けた者、国の再建に尽力した者‘リオ’」
隣でクナイが言い、
「今でもずっと、語り継がれていますよ」
「はは‥‥あの時の私は、亡くなった二人‥‥レイラと女王様の為にフォードを良くしたいって感じだったからなぁ」
「‥‥でも、ありがとう」
クナイが口元に笑みを浮かべて言い、
「僕も、そしてロファース君も‥‥この国は大切でしたから。その点だけは、君に感謝しています」
「ふーん?」
クリュミケールが不思議そうにクナイを見ていると、ラズの家が見えてきた。
「さて、今から説明が面倒だなぁ‥‥」
クリュミケールがため息を吐き、
「特にレムズ君の性格について」
クナイが言えば、
「はあ!?お前の説明についての方が厄介だろ!」
「いやー、愛しの妖精王様に久し振りに会えるの、楽しみですねー」
レムズの反論をクナイはスルーした。
「あっ、ラズとカシルさんが荷物運びしてるよ」
二人の姿が見えてカルトルートが言い、
「本当だ!カルトルート、会うの久しぶりだろ?早く行こう」
「ええ!?ちょっ、お姉さん待ってよ!」
クリュミケールが走り出した為、カルトルートは慌てて追い掛ける。
「ちょっと待てよ!俺らだって久しぶりなんだけど!なんかクリュミケール、さっきからカルー贔屓な気がするなぁ」
レムズの疑問に、
「まあまぁ。じゃあ僕達も仲良く手でも繋いで‥‥」
「やだ、お前はちゃんとロファース背負ってろ」
「冗談なのに、ねえ、ロファース君」
言い合いながらも二人は笑っていて、昔のままだなと、お互い感じていた。
「カシル、頑張ってるね」
「‥‥リオ!?」
急にクリュミケールが現れて、カシルは慌てて振り返る。
「ラズもこんにちは」
次に、クリュミケールはカシルの後ろに居たラズにひらひらと手を振り、挨拶をした。
「クリュミケールさん!?‥‥っと、カルトルート!?なんだか珍しい組み合わせ‥‥って‥‥」
そこまで言ってラズは固まる。
「どうも‥‥」
レムズがペコリと頭を下げ、
「やあ、ヘタレなカシルに愛しの妖精王様」
なんて、クナイが言った。
当然、意味のわからない組み合わせに、ラズとカシルは驚くしかない。
◆◆◆◆◆
「あら‥‥そうなのね。小さな旅をして来たのね」
カチャッ‥‥
紅茶の入ったティーカップをテーブルに配りながらフィレアは言う。
ラズの家は引っ越しの作業途中でちらかっている為、フィレアの家に集まっていた。
「リオ‥‥君、大丈夫なのか!?傷だらけじゃないか!」
カシルがクリュミケールを見て言い、
「いやー、久々に大変だったよ」
と、クリュミケールは苦笑する。フィレアが救急箱を持ってきて、傷口に手当てをしてくれた。
「でも、レムズには驚いたわ、まさかこんなに喋るだなんて」
フィレアに言われ、レムズは居心地悪そうに頭を掻く。
「それで?フィレアさんにロファースを会わせたかったんじゃないの?」
カルトルートがレムズに聞けば、
「え?私に?私、ロファースなんて知らないわよ」
フィレアは首を傾げる。
「‥‥ロファースはアイムの知り合いだったんだ」
レムズの言葉に、フィレア、そしてクリュミケールは目を見開かせた。
◆◆◆◆◆
レムズはロファースを抱え、フィレアと共に彼女の家の庭にある彼女の育ての親ーーアイムの墓の前にいた。
「いつだったかな。たぶん、七十年以上前だったと思う。若き日のアイムに俺は一度だけ会った。ロファースの記憶を感じ取った時、アイムの姿が見えてさ。詳しくは知らないけど、ロファースとアイムは特別な関係だったのかな」
レムズはその場に屈んでアイムの墓を見つめ、ロファースをその場に座らせた。
「ニキータ村‥‥綺麗な場所にロファースの墓を建てた。でも、見てくれ。ロファースは眠り死んでここに居る。もしかしたら、助けることができるかもしれない」
語りかけるように小さく言う。
「そっか‥‥きっとあなただったのね」
ぽつりとフィレアが言ったので、レムズは彼女を見上げた。
「昔、貧困街からアイムおばさんを連れ出そうとしてくれた人がいたって。一度しか会ったことがないけれど、大切な存在だったって。そう‥‥ロファース‥‥貴方、なのね」
もういない、大切な育ての親を思い、ロファースに会わせてやりたかったという気持ちが込み上げ、フィレアの目から涙が溢れ出す。
「俺も、七年前は記憶が曖昧だったけど‥‥」
七年前ーーレムズはカルトルートと共にレイラフォードを訪れ、そこでフィレアはエルフの里へ行き、エルフの血を飲んで魔術の力を手にした。
レムズはそこで一目、年老いたアイムを目にしていたのだ。
「彼女は‥‥幸せそうだったな」
フィレア達と共に在るアイムの姿を思い出して言う。
「ええ‥‥亡くなる時にね、私とラズとラズのお母さんで看取ったわ。私に出会えて良かったと、大事な娘だと‥‥言ってくれた。アイムおばさんは、最期まで笑ってた‥‥それに、リオちゃんのこと、凄く気に掛けてた‥‥リオちゃん、あの頃は行方不明になってたから。アイムおばさんはね、リオちゃんとロファースをよく重ねていたわ。フォード国を救ったリオちゃんに、とても感謝してた」
そこまで聞いたレムズは立ち上がり、
「ありがとう、フィレア。君はアイムの光だったんだな‥‥なあ、アイム。必ずロファースを目覚めさせるよ。必ず、会わせるから」
溢れてくる涙を拭うことなく、アイムの墓に語り掛け続ける。たまらなくなって、とうとうフィレアはその場に泣き崩れた。
アイムはロファースを待っていた。生きていると信じていた。
約束はしなかったけれど、それでも。
その事実が、フィレアとレムズにはたまらなく、辛い。
◆◆◆◆◆
レムズがロファースとフィレアを連れて行ってすぐ、
「さて。じゃあ僕も、ちょっと妖精王様と話があるんですよねー」
と、クナイーークレスルドが言い、
「僕はラズだ!お前と話すことなんか何もっ」
「はいはい、いいから来て下さい」
クレスルドに引きずられるようにして、二人は外に出ていった。
「ーーで、なんなわけ?僕、忙しいんだけど」
連れ出されたラズが子供のようにふてくされながら言うので、クレスルドは息を吐く。
「引っ越しの準備で?はあ‥‥妖精王様とあろう方が‥‥」
「うるさいなぁ。で、なんなんだよ」
「クリュミケールが彼に会ったそうですよ」
「彼?」
「父親に」
「父親って‥‥」
ラズは目を見開かせた。
「実はね、七十年以上前に僕は彼に会ったんですよ。彼がロファース君をずっと護り続けてくれていた‥‥空間の渦で、ね」
「神というものが失われても、彼は変わらぬままそこに在る。私が‥‥人間や神に謀られていなければ‥‥」
ラズは力なく首を横に振り、
「ーー今更、悔いる資格もないな」
消え入りそうな声で呟いた。二人はしばらく沈黙する。
「‥‥だが、お前がレムズと知り合いで、ロファースという友人が出来ただなんて、意味がわからないな。あれだけ他者に関心がなかったのに」
ラズは驚くことばかりで頭がごっちゃになった。
「君は世界に潜んでいたから知らないと思うけど‥‥サジャエルと彼には二人子供がいたんだ」
「二人?クリュミケール‥‥いや、リオ以外にもか?」
「カルトルートーー彼はクリュミケールの弟になります」
「ーー!」
リオとカルトルートは狂ったサジャエルによって空間の渦に捨てられた。しかし、サジャエルは空間の渦に自分の夫の魂が在ることさえ忘れていた。
サジャエルの夫はリオを見つけることは出来たが、カルトルートを見つけることが出来なかった。
だが、運命だったのか。
二人の姉弟は同じ時代の世界に放り出され、同じ時代で出会った。
リオは女神の血を受け継ぎ、カルトルートは人間の血を受け継いだ。
クレスルドはそう語る。
ここまでの話でも、ラズは驚くしかなかった。
次にクレスルドはロファース達実験体の話をする。
「ロファース君の魂は‥‥彼なんですよ。かつてレナ・フォードを愛し、途中までフォード国を導いてくれたーー彼」
「えっ!?」
「‥‥かと言って、魂が入り込んだだけで、もちろん彼の意思はありません。ロファース君はロファース君という個人です。知らないと思いますが、チェアルもね、別の人間に魂を託したりしたんですよ」
そこまで聞いてラズは俯き、
「色々あったんだな。私は同族のことしか頭になく、人間や神々に復讐することしか考えていなかったからな‥‥力を取り戻す何百年も、ずっとそれしか考えてなくて、周りを見ていなかった」
そう言って、空を見上げる。
「で、お前はこれからどうするんだ?ロファースが目覚めても、目覚めなくても」
「これからのことなんて、何も考えていないですねー」
「なんだそりゃ‥‥」
「まあ、久々に腹立たしさというものを思い出してしまいましたよ」
「は?」
何を言っているんだとラズは眉を潜めた。
「クリュミケールを見ていると‥‥本当にイライラしてしまう」
「ーーお前っ」
ラズは思わずクレスルドを睨む。
元を辿ればサジャエルがロファース達を巻き込んだことは今聞いた。
だが、クリュミケールは関係ない。
「ふふ、個人的な感情ですよ」
「余計なことを言ってないだろうな?」
「‥‥」
「そこで黙るな!」
怒鳴った後で深く息を吐き、
「わかるだろう、紅。彼女は‥‥たとえ彼らの血を引いていようとも、全く別人だ。確かに何度か似ているとは思ったさ。だが、彼女は帰って来た。彼らとは違う。大切な者を置き去りにせず‥‥帰って来る道を選んだ」
そう言ったラズをクレスルドは鼻で笑い、
「綺麗な言い回しをしますけどね、クリュミケールは死ぬつもりだったじゃないですか?たまたま‥‥そう、たまたま生きて帰って来ただけ。そんな身勝手で、クリュミケールの代わりとして作られたリオラの命って、なんなんでしょうねえ?」
雲の動きが速くなり、陽が隠れて辺りは少しだけ暗くなる。雲行きが怪しい。
ラズは真っ直ぐにフードで顔を隠し続けた男を見つめ、
「赦せないものがあるのなら、私に愚痴を吐かず、自ら決着をつければいい。でなければ、お前は一生何も変わらない。表情を隠したまま、自分に嘘を吐いて生きていくだけだ。私はもう決着をつけた。クリュミケール達に敗れ、私の為に泣いてくれた者がいた‥‥だから、終わりの日まで‥‥頑張れる。ラズとして」
そう言って、金の目を細めて笑った。クレスルドは視線を落とす。
「お前も考えてみろ。今のお前には、泣いてくれる者や叫んでくれる者がいるんじゃないか?お前の結末を見届けるぐらいはしてやるよ。まあ、僕はクリュミケールさんの味方だけどね!」
と、ラズらしい口調で明るく言い、彼は踵を返した。
クレスルドはしばらく顔を上げることが出来ないまま、暗い足元を見つめ続ける。
かつて、ロファースやレムズのお陰で光を見たような気がした。だが、今はただ、暗い。
「レムズ?ここ‥‥大陸が違う。ニキータへ帰らないの?」
カルトルートが尋ねれば、
「うん。ロファースを、会わせてやりたいんだ」
クナイの背で、目覚めないままのロファースを見つめたレムズの言葉に、
「誰に?レイラちゃん?ラズとかフィレアさん?」
クリュミケールが言った。
そう、ここはニキータのあるファイス大陸でなく、フォード大陸だった。
「まあ、フィレア辺りかな」
レムズが小さく笑って言うので、
「‥‥なるほど」
理解して、クナイは頷く。
クリュミケールとカルトルートは不思議そうに二人を見た。
ーー‥‥平原を越えて、レイラフォード国の姿が見えてくる。
クリュミケールは目を細めて国を見つめていた。
それを見たクナイは、
「君にとっても、特別な国なんですね」
そう言えば、
「フォード国は初めて友達が出来た場所で、たくさん失った場所で‥‥全てが始まった場所だからさ。そういえばカシルも今、フォードに居るんだった」
「なんで?」
レムズが聞けば、
「フィレアさんがラズの家に住むことになったんだって」
カルトルートが説明して、
「マジで!?あの二人、いつの間に‥‥」
レムズは驚く。
「そうじゃなくて、ラズとラズの母さんの面倒をフィレアさんが見るってだけだよ。カシルはフィレアさんの荷物運びの手伝い」
クリュミケールが付け足して言った。
「ああ、なるほどー」
それを聞いてレムズは苦笑する。
「さあ、そうこう話してる内に、着きましたよ」
クナイが言った。
城下町に足を踏み入れれば、相変わらずこの国は人々で賑わっていて、クリュミケールは光景に微笑む。
「貧困の差が激しかったあの日々が、本当に嘘みたいだ」
「レイラフォード。名を付けた者、国の再建に尽力した者‘リオ’」
隣でクナイが言い、
「今でもずっと、語り継がれていますよ」
「はは‥‥あの時の私は、亡くなった二人‥‥レイラと女王様の為にフォードを良くしたいって感じだったからなぁ」
「‥‥でも、ありがとう」
クナイが口元に笑みを浮かべて言い、
「僕も、そしてロファース君も‥‥この国は大切でしたから。その点だけは、君に感謝しています」
「ふーん?」
クリュミケールが不思議そうにクナイを見ていると、ラズの家が見えてきた。
「さて、今から説明が面倒だなぁ‥‥」
クリュミケールがため息を吐き、
「特にレムズ君の性格について」
クナイが言えば、
「はあ!?お前の説明についての方が厄介だろ!」
「いやー、愛しの妖精王様に久し振りに会えるの、楽しみですねー」
レムズの反論をクナイはスルーした。
「あっ、ラズとカシルさんが荷物運びしてるよ」
二人の姿が見えてカルトルートが言い、
「本当だ!カルトルート、会うの久しぶりだろ?早く行こう」
「ええ!?ちょっ、お姉さん待ってよ!」
クリュミケールが走り出した為、カルトルートは慌てて追い掛ける。
「ちょっと待てよ!俺らだって久しぶりなんだけど!なんかクリュミケール、さっきからカルー贔屓な気がするなぁ」
レムズの疑問に、
「まあまぁ。じゃあ僕達も仲良く手でも繋いで‥‥」
「やだ、お前はちゃんとロファース背負ってろ」
「冗談なのに、ねえ、ロファース君」
言い合いながらも二人は笑っていて、昔のままだなと、お互い感じていた。
「カシル、頑張ってるね」
「‥‥リオ!?」
急にクリュミケールが現れて、カシルは慌てて振り返る。
「ラズもこんにちは」
次に、クリュミケールはカシルの後ろに居たラズにひらひらと手を振り、挨拶をした。
「クリュミケールさん!?‥‥っと、カルトルート!?なんだか珍しい組み合わせ‥‥って‥‥」
そこまで言ってラズは固まる。
「どうも‥‥」
レムズがペコリと頭を下げ、
「やあ、ヘタレなカシルに愛しの妖精王様」
なんて、クナイが言った。
当然、意味のわからない組み合わせに、ラズとカシルは驚くしかない。
◆◆◆◆◆
「あら‥‥そうなのね。小さな旅をして来たのね」
カチャッ‥‥
紅茶の入ったティーカップをテーブルに配りながらフィレアは言う。
ラズの家は引っ越しの作業途中でちらかっている為、フィレアの家に集まっていた。
「リオ‥‥君、大丈夫なのか!?傷だらけじゃないか!」
カシルがクリュミケールを見て言い、
「いやー、久々に大変だったよ」
と、クリュミケールは苦笑する。フィレアが救急箱を持ってきて、傷口に手当てをしてくれた。
「でも、レムズには驚いたわ、まさかこんなに喋るだなんて」
フィレアに言われ、レムズは居心地悪そうに頭を掻く。
「それで?フィレアさんにロファースを会わせたかったんじゃないの?」
カルトルートがレムズに聞けば、
「え?私に?私、ロファースなんて知らないわよ」
フィレアは首を傾げる。
「‥‥ロファースはアイムの知り合いだったんだ」
レムズの言葉に、フィレア、そしてクリュミケールは目を見開かせた。
◆◆◆◆◆
レムズはロファースを抱え、フィレアと共に彼女の家の庭にある彼女の育ての親ーーアイムの墓の前にいた。
「いつだったかな。たぶん、七十年以上前だったと思う。若き日のアイムに俺は一度だけ会った。ロファースの記憶を感じ取った時、アイムの姿が見えてさ。詳しくは知らないけど、ロファースとアイムは特別な関係だったのかな」
レムズはその場に屈んでアイムの墓を見つめ、ロファースをその場に座らせた。
「ニキータ村‥‥綺麗な場所にロファースの墓を建てた。でも、見てくれ。ロファースは眠り死んでここに居る。もしかしたら、助けることができるかもしれない」
語りかけるように小さく言う。
「そっか‥‥きっとあなただったのね」
ぽつりとフィレアが言ったので、レムズは彼女を見上げた。
「昔、貧困街からアイムおばさんを連れ出そうとしてくれた人がいたって。一度しか会ったことがないけれど、大切な存在だったって。そう‥‥ロファース‥‥貴方、なのね」
もういない、大切な育ての親を思い、ロファースに会わせてやりたかったという気持ちが込み上げ、フィレアの目から涙が溢れ出す。
「俺も、七年前は記憶が曖昧だったけど‥‥」
七年前ーーレムズはカルトルートと共にレイラフォードを訪れ、そこでフィレアはエルフの里へ行き、エルフの血を飲んで魔術の力を手にした。
レムズはそこで一目、年老いたアイムを目にしていたのだ。
「彼女は‥‥幸せそうだったな」
フィレア達と共に在るアイムの姿を思い出して言う。
「ええ‥‥亡くなる時にね、私とラズとラズのお母さんで看取ったわ。私に出会えて良かったと、大事な娘だと‥‥言ってくれた。アイムおばさんは、最期まで笑ってた‥‥それに、リオちゃんのこと、凄く気に掛けてた‥‥リオちゃん、あの頃は行方不明になってたから。アイムおばさんはね、リオちゃんとロファースをよく重ねていたわ。フォード国を救ったリオちゃんに、とても感謝してた」
そこまで聞いたレムズは立ち上がり、
「ありがとう、フィレア。君はアイムの光だったんだな‥‥なあ、アイム。必ずロファースを目覚めさせるよ。必ず、会わせるから」
溢れてくる涙を拭うことなく、アイムの墓に語り掛け続ける。たまらなくなって、とうとうフィレアはその場に泣き崩れた。
アイムはロファースを待っていた。生きていると信じていた。
約束はしなかったけれど、それでも。
その事実が、フィレアとレムズにはたまらなく、辛い。
◆◆◆◆◆
レムズがロファースとフィレアを連れて行ってすぐ、
「さて。じゃあ僕も、ちょっと妖精王様と話があるんですよねー」
と、クナイーークレスルドが言い、
「僕はラズだ!お前と話すことなんか何もっ」
「はいはい、いいから来て下さい」
クレスルドに引きずられるようにして、二人は外に出ていった。
「ーーで、なんなわけ?僕、忙しいんだけど」
連れ出されたラズが子供のようにふてくされながら言うので、クレスルドは息を吐く。
「引っ越しの準備で?はあ‥‥妖精王様とあろう方が‥‥」
「うるさいなぁ。で、なんなんだよ」
「クリュミケールが彼に会ったそうですよ」
「彼?」
「父親に」
「父親って‥‥」
ラズは目を見開かせた。
「実はね、七十年以上前に僕は彼に会ったんですよ。彼がロファース君をずっと護り続けてくれていた‥‥空間の渦で、ね」
「神というものが失われても、彼は変わらぬままそこに在る。私が‥‥人間や神に謀られていなければ‥‥」
ラズは力なく首を横に振り、
「ーー今更、悔いる資格もないな」
消え入りそうな声で呟いた。二人はしばらく沈黙する。
「‥‥だが、お前がレムズと知り合いで、ロファースという友人が出来ただなんて、意味がわからないな。あれだけ他者に関心がなかったのに」
ラズは驚くことばかりで頭がごっちゃになった。
「君は世界に潜んでいたから知らないと思うけど‥‥サジャエルと彼には二人子供がいたんだ」
「二人?クリュミケール‥‥いや、リオ以外にもか?」
「カルトルートーー彼はクリュミケールの弟になります」
「ーー!」
リオとカルトルートは狂ったサジャエルによって空間の渦に捨てられた。しかし、サジャエルは空間の渦に自分の夫の魂が在ることさえ忘れていた。
サジャエルの夫はリオを見つけることは出来たが、カルトルートを見つけることが出来なかった。
だが、運命だったのか。
二人の姉弟は同じ時代の世界に放り出され、同じ時代で出会った。
リオは女神の血を受け継ぎ、カルトルートは人間の血を受け継いだ。
クレスルドはそう語る。
ここまでの話でも、ラズは驚くしかなかった。
次にクレスルドはロファース達実験体の話をする。
「ロファース君の魂は‥‥彼なんですよ。かつてレナ・フォードを愛し、途中までフォード国を導いてくれたーー彼」
「えっ!?」
「‥‥かと言って、魂が入り込んだだけで、もちろん彼の意思はありません。ロファース君はロファース君という個人です。知らないと思いますが、チェアルもね、別の人間に魂を託したりしたんですよ」
そこまで聞いてラズは俯き、
「色々あったんだな。私は同族のことしか頭になく、人間や神々に復讐することしか考えていなかったからな‥‥力を取り戻す何百年も、ずっとそれしか考えてなくて、周りを見ていなかった」
そう言って、空を見上げる。
「で、お前はこれからどうするんだ?ロファースが目覚めても、目覚めなくても」
「これからのことなんて、何も考えていないですねー」
「なんだそりゃ‥‥」
「まあ、久々に腹立たしさというものを思い出してしまいましたよ」
「は?」
何を言っているんだとラズは眉を潜めた。
「クリュミケールを見ていると‥‥本当にイライラしてしまう」
「ーーお前っ」
ラズは思わずクレスルドを睨む。
元を辿ればサジャエルがロファース達を巻き込んだことは今聞いた。
だが、クリュミケールは関係ない。
「ふふ、個人的な感情ですよ」
「余計なことを言ってないだろうな?」
「‥‥」
「そこで黙るな!」
怒鳴った後で深く息を吐き、
「わかるだろう、紅。彼女は‥‥たとえ彼らの血を引いていようとも、全く別人だ。確かに何度か似ているとは思ったさ。だが、彼女は帰って来た。彼らとは違う。大切な者を置き去りにせず‥‥帰って来る道を選んだ」
そう言ったラズをクレスルドは鼻で笑い、
「綺麗な言い回しをしますけどね、クリュミケールは死ぬつもりだったじゃないですか?たまたま‥‥そう、たまたま生きて帰って来ただけ。そんな身勝手で、クリュミケールの代わりとして作られたリオラの命って、なんなんでしょうねえ?」
雲の動きが速くなり、陽が隠れて辺りは少しだけ暗くなる。雲行きが怪しい。
ラズは真っ直ぐにフードで顔を隠し続けた男を見つめ、
「赦せないものがあるのなら、私に愚痴を吐かず、自ら決着をつければいい。でなければ、お前は一生何も変わらない。表情を隠したまま、自分に嘘を吐いて生きていくだけだ。私はもう決着をつけた。クリュミケール達に敗れ、私の為に泣いてくれた者がいた‥‥だから、終わりの日まで‥‥頑張れる。ラズとして」
そう言って、金の目を細めて笑った。クレスルドは視線を落とす。
「お前も考えてみろ。今のお前には、泣いてくれる者や叫んでくれる者がいるんじゃないか?お前の結末を見届けるぐらいはしてやるよ。まあ、僕はクリュミケールさんの味方だけどね!」
と、ラズらしい口調で明るく言い、彼は踵を返した。
クレスルドはしばらく顔を上げることが出来ないまま、暗い足元を見つめ続ける。
かつて、ロファースやレムズのお陰で光を見たような気がした。だが、今はただ、暗い。
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