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最終日
2-救い
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バチバチ‥‥
クリュミケールが水晶を引き付けてくれている間に、クナイはバリアの前に立つ。
(‥‥全く。ロファース君を護っていてくれたのはいいけれど、何もこんな厳重にしなくてもいいのに。もう、魔術は存在しないんですよ)
クナイはため息を吐いた。それから、ロファースの方を見上げる。
「久しぶりですね、ロファース君。君と別れて、あれからもう、七十年以上経ちましたよ。でも、僕はもっと長い年月を生きてきたから、七十年なんてついこの間みたいなものでね。君が隣に居たことや、レムズ君が笑ったり泣いていたことを、凄く鮮明に覚えている。君達二人のこと、そしてチェアルのこと‥‥片時も忘れたことがない」
ーー‥‥クナイがロファースに語りかけているのを確認し、クリュミケールは水晶を引き付けながら水晶を止める方法はないだろうかと辺りを見渡した。
ドンッーー!
「痛っ‥‥」
無限に広がっていると思った空間だが、これもバリアであろうか、透明な行き止まりにぶつかった。
「くそっ!こっちはダメか‥‥じゃあ‥‥」
走る方向を変えながら、クリュミケールはあることに気がつく。
もしかしたら、これは賭けになるかもしれない。だが‥‥
「クナイ!」
クリュミケールはクナイの名を呼び、彼が声の方に振り向けば、クリュミケールがこちらに向かって走って来るではないか。
「ちょっと避けてくれ!」
そう言われてクナイはすぐに気づいた。
「まさか‥‥水晶の切っ先でバリアを壊すつもりですか!?」
「うまくいくかはわからないが、それしか手はない!行くぞ!」
クリュミケールはバリアの手前ギリギリのところで速やかに自らの体を横に投げ出す。
ガンッーー!!と、大きな音を立てて水晶の切っ先はバリアにぶつかり、ヂヂヂヂ‥‥と、貫く音がした。切っ先がバリアから抜けることが出来ず、徐々に食い込んでいく。
ヂヂヂヂ‥‥ガシャンーー!!
クリュミケールとクナイが見つめる中、バリアは切っ先により、多きな音を立てて硝子のように割れた。
同時に水晶の切っ先も衝撃に耐えきれず、ボロボロと崩れていく。
「おお、一石二鳥ってやつか‥‥はぁー、疲れたー。くそ、意外にあっさり壊れたなー。もっと早くこの手に気づけば良かったよ」
汗を拭いながらクリュミケールはそう言い、くるりとクナイに顔を向け、
「やったぞ。これでたぶん、邪魔なものは全部壊れた。ほら‥‥行ってこいよ」
クナイは何も言わずに静かに歩き出した。
クリュミケールはそれを見送り、気を失ったままのカルトルートの傍に行って座り込む。
「はあ‥‥私、何してるんだか。でも、私も今、とても会いたい人がいる」
クリュミケールは目を細めて笑い、
「シュイアさんに‥‥会いたい」
父に、会ったからであろうか。
クリュミケールにとっては本物の父よりも、シュイアがそうであったから。
未だ再会できていない彼に会いたい気持ちが強くなった。
「カルトルート。きっとレムズはもうすぐ目覚めるさ」
言いながら、ロファースの元へ向かうクナイを再び見た。
◆◆◆◆◆
「あれ?」
アドルの声にキャンドルは首を傾げ、
「どうした、アドル」
そう声を掛ければ、
「レムズさんが‥‥」
眠るレムズをアドルは指した。なんだろうと思い、キャンドルはレムズの顔を覗き込む。
「何か、夢でも見てるのかもな」
キャンドルはそう言った。
レムズの頬に、涙が伝っていたのだ。
◆◆◆◆◆
クナイーーいや、クレスルドはロファースの前に立ち、
「ロファース君‥‥約束通り、三人で世界を見て回りたいね。世界は美しくなったんだよ、争いもなく、神も居なくて。フォード国の貧困の差も、とうとうなくなったんだ‥‥皮肉にも、リオの頑張りでね‥‥でも、彼女はもう、いなくなってしまったけれど‥‥」
それからクレスルドは言葉を止めた。
魔術も何も無い世界。
今では自分も、もはやただの人間。ロファースを目覚めさせる術もない。
「どうしたら‥‥」
弱音がもれて、一瞬視界が真っ暗になった気がした。
『諦めんなよ』
声がして、クレスルドは顔を上げる。
「クリュミケール?」
いや、違う。違う声だった。これは‥‥
「はは‥‥レムズ君」
まるで、彼の声が聞こえた気がした。そんなはずないかと苦笑する。だが、
「そうですね、レムズ君。諦めたら、駄目ですよね。君の記憶を弄った責任もありますし‥‥」
ーー七十年余り。
ずっとずっと、恐れていたことがある。
ロファースは、とうとう自分を憎んでいるのではないかと。
こんなに月日が流れてしまった。
レムズだって、もし記憶を取り戻したら、自分を怒るんじゃないかと。
それでも、レムズの行動を見て気づかされた。
僅かに残してあげたロファースの記憶。
それを頼りに、レムズは旅を続けていた。
せめて、ロファースとレムズだけでも、今度こそ幸せになってほしい。人生を、やり直してほしい‥‥
「遅くなって、本当に、ごめん‥‥」
噛み締めるように言って、クレスルドは眠り死んでいるロファースの手を掴んだ。
それは酷く、冷たい手。
ロファースが目を覚ます気配はなかった。呼吸すら、していない。
「ん?」
遠くで見守っていたクリュミケールは首を傾げた。
「なんだ?空間が‥‥」
突然、空間が激しい揺れを引き起こす。
それは一瞬の出来事だった。
辺りは空間の渦に来る前の荒野に戻っていて‥‥
隣には変わらずカルトルートが横たわっている。
「外に、出れた?でも、ロファース達は‥‥」
「ここに、居ます」
クナイの声がして後ろを振り向けば、眠ったままのロファースを抱き抱えるクナイの姿があった。
「ロファースは目覚めていないのに、いったい‥‥」
クリュミケールは眉を潜める。
クナイは黙ったままで、クリュミケールはますます頭を悩ませた。
「‥‥出れたとしても、どうやってこの荒野から帰ればいいんだ?船も無いし、ロファースも目覚めない、レムズもどうなったかわからない、カルトルートも気を失ったまま‥‥絶望的だな」
クリュミケールが項垂れると、
「まさか君と心中する羽目になるとは」
なんてクナイが言うので、
「‥‥はは。まだ冗談を言う元気はあったんだな」
クリュミケールは苦笑する。それからふと、眉を潜めて、
「あ。そういえば」
「なんです?」
「あの英雄‥‥父さん。サジャエルを愛してるって言ってたけど、【神を愛する者】は本物のイラホーを愛し抜いていたんだよね?一体、どういうことなんだ?」
「いろいろあったんですよ、いろいろ、ね。でも安心して下さい。彼はちゃんと、イラホーのこともサジャエルのことも愛していましたから」
「それって、二股‥‥」
「あはは、それ以上でしたねぇ」
焦るクリュミケールを横目にクナイは笑い、
「‥‥ロファースとレムズが目覚めたら、気が向いたら聞かせてあげますよ。妖精王様と共に、あの時代の真実を、ね」
言われて、クリュミケールは俯く。
「そうだな。まずは、レムズとロファースを‥‥」
ブォー‥‥ブォー‥‥
遠くから汽笛の音が聞こえてくる。
クュミケールは立ち上がり、海の方を見た。
「船の音じゃないか!?もしかして、船長さん戻って来てくれたの!?」
「‥‥」
クナイはロファースをゆっくりと地面に寝かせてやり、同じように立ち上がる。
「‥‥クリュミケール、いや、リオ」
「ん?」
名を呼ばれてクリュミケールが振り返る前に、後ろから腕を回されて抱き締められた。
「なっ、お前また‥‥」
「ありがとう」
「えっ?なんでお礼‥‥まだ、ロファースは目覚めていないぞ?」
クナイの言葉にクリュミケールは首を傾げて言う。
「君に触れていると、なんだか落ち着くんだ」
「‥‥嫌いなくせに?」
「そう」
そう言って、抱き締めていた腕を離した。
「‥‥人のこと嫌ってるくせに、変な奴」
クリュミケールは苦笑する。
そうして、もう一度海の方に目をやれば、
「あっ!やっぱり船だ!」
この大陸に船が向かって来た。
「でも、なぜ?」
クナイが疑問げに言うと、
「船長さんが私達を心配してくれてたんじゃないか?」
クリュミケールが言えば、クナイはそんなものか?と、考える。
「とりあえず行ってみよう、もう大陸に着きそうだ!」
クリュミケールは言いながらカルトルートを背負い、クナイを促した。
二人は海辺の方へ足を進め、船が大陸に着いたのを確認する。
やはりクナイは疑問に思うが、帰る手段にはなるからそれはそれでいいかと思った。
すると、船から人影が降りてくるのが見えて、
「船長さんか?」
と、クリュミケールが言えば、
「いえ、違うみたいですね」
クナイが言う。
降りて来た人影はこちらに気付いているのか、走って来て‥‥
「あれは‥‥えっ!?」
クリュミケールが目を凝らし、クナイも驚くように前を見つめた。
「無事だったか‥‥!」
まだ少し離れた場所から走ってくる人影はそう声をあげる。
それから、呆然と立ち尽くすクリュミケール達の側に辿り着き、
「ひっ‥‥久しぶりだな、クリュミケール!生きてて、無事で、良かったよ‥‥そっか!あんたが、神様の女の子だったんだな!」
「えっ?あっ、うん?」
掛けられた言葉にクリュミケールは戸惑うように、疑問げに声を詰まらせた。
「カルーも、本当に悪かったな‥‥巻き込んじまって」
次に、クリュミケールの背で気を失ったカルトルートにそう呟く。
そうして次にクナイの方を見て、
「久し振り、本当に、久し振りだ。ロファース‥‥やっとこの日が来たんだな。神様の女の子が、お前を救ってくれる日が‥‥」
クナイの腕に抱えられたロファースに、穏やかな口調で言った。最後にクナイを見て、
「ちょっと、ロファースを離してくれるか?」
そう言い、クナイは無言でロファースを再び地面に寝かせてやる。
「よーし、俺は今からお前を殴る!覚悟はいいな!」
「え?あ‥‥あの、レムズ、くん?」
そう、船から降りて来た人物は、レムズだったのだ。
「記憶‥‥が?僕のことが、わかるんですか?」
「当たり前だ馬鹿野郎!二年前再会してたことも思い出してほんっと苛々してるんだこっちは!お前は勝手すぎる、いつだってな!」
レムズは早口で声を荒げ、
「っ‥‥でも、なんで記憶が?」
「なんでって、お前が解いてくれたんじゃないの?」
レムズが疑問を口にすれば、
「解けるわけがないでしょう!魔術はこの世界にもう存在しないんですよ!」
「なっ、なんだって!?」
クナイの発言に驚いたのはクリュミケールだった。
「お前!私をここに連れて来たらレムズにかけた術が解けるかもとか言ったじゃないか!確かに途中からなんか変だなとは思ったけど!」
「君を連れてきたのはロファース君が目覚めるかもしれないからで、ロファース君が目覚めたら、何かしらレムズ君にも影響が出るんじゃないかと‥‥」
「まあまあ、怒るなよクリュミケール。コイツはこんな奴なんだ。俺の記憶より、ロファースのが大事なんだよコイツは」
レムズが鼻で笑って言えば、
「そんなわけないだろう!僕は‥‥」
クナイはそこまで言って、冷静さを失った自分にため息を吐いた。
「じゃあ、私は最初からロファースの為に連れて来られてたの?結局、何も役立ってないけどさー」
深く深く、クリュミケールはため息を吐いてその場に腰をおろした。
「レムズの性格とか、なんでここに居るのかとか‥‥クナイにもいろいろ聞きたいけど、二人で話、あるんだろ?質問は後でするよ、私は今から黙っとくから」
ヒラヒラと両手を横に振って、クリュミケールは二人を見つめる。
「はは、ありがとな、クリュミケール。ちょっとだけコイツと話してから船に行こう」
レムズは苦笑し、再びクナイを見た。
「とりあえず、久し振りになるかな、二年前は別として」
「レムズ君‥‥僕はずっと君の幸せを願っていた。全て思い出した君は、本当に幸せなのか?」
クナイの問いにレムズは笑い、
「当たり前だ。ずっと何かが欠けていた‥‥お前の記憶がさ。それで思い出して、やっと、欠けてたものが埋まって‥‥そして里のことも、村長のことも、全部、思い出した」
レムズは目を伏せ、
「辛い記憶もあるけど、取り戻して良かった。俺の生きてきた記憶を、大切な人達との思い出を‥‥今は居ない人達のことを‥‥まあ、なんだ!早く船に乗ってニキータへ行こう!そっから、ロファースがどうしたら目覚めるか考えようぜ!話もまたたくさんゆっくり‥‥」
「その前に、一言だけ言わせてくれますか?」
クナイは小さく言って、レムズの頬に手を軽くあてた。
「お帰り、僕の大切な親友‥‥レムズ君」
「‥‥ただいま、親友」
互いに微笑み合って、今でもずっと、大切な友なんだと確信した。
七十年の年月を経て、ようやく再会できた。
(全く、恥ずかしい連中だなぁ)
静観していたクリュミケールは、ただただ苦笑する。
ーー‥‥しばらくしてから船に乗り、レムズに船室へ案内された。
レムズは無理に船長にこの大陸まで船を出してほしいと頼んだらしく、船長に礼を言ってくると言い、クリュミケールとクナイ、そして気を失ったままのカルトルート、動かないままのロファースが残される。
「あのさ。レムズって、あんな感じなの?」
クリュミケールが聞けば、クナイは首を傾げるので、
「性格‥‥口調かな。今までおとなしめだったから」
「昔はあんなでしたよ。だからあれが本当の彼。僕の魔術が原因で、レムズ君はいろいろと失いましたから‥‥けれどなぜ魔術が解けたのか、わかりません」
クナイが言い、
「あの空間からなぜ出られたかもわからないしな」
クリュミケールはそう返す。そして、あの空間には今も、父がいるのだろうかと考えてしまう。
「神が居なくなった世界なのに、なんだかなぁ。英雄の意思は遺ってるし、変な空間はあるし、普通の世界じゃないな」
「そうですね。君とリオラのやり方が中途半端だったってことですかね」
「ちょっと!私のことはいいけどリオラのことは‥‥」
そこまで言って、クリュミケールは言葉を止めた。クナイは首を傾げ、
「リオラのこと、引きずってるんですか?」
と、クリュミケールに聞く。
ガチャーー‥‥そこで船室のドアが開けられ、レムズが戻って来た。
「‥‥なんかお取り込み中だったか?」
「いや、何でもないよ」
深刻な雰囲気を感じ取ったのか、クリュミケールはレムズに笑い掛ける。
「それより驚いたよ。本当の君はよく喋るんだな」
「へへ、前の方が良かった?」
レムズが苦笑いして聞くので、
「ううん、今のレムズ、とても素敵だよ。カルトルートが目を覚ましたら、いっぱい喋ってやってくれ」
クリュミケールは微笑みを返した。
「それより、レムズはいつ目覚めたんだ?私達がニキータを発ってから四日ぐらいだけど、よく追い付いたね」
クリュミケールの言葉にレムズは首を傾げる。
「俺が目覚めたのは一昨日だ。それに、お前らが発ってから一週間は過ぎたとアドルが言ってたぞ」
「え?」
クリュミケールはクナイの方に顔を向けた。
「あの空間の中は、恐らく時間が歪んでたということでしょう。僕らは恐らく数日あの空間に居たことになるんでしょうね」
「なっ、なんかこわいな‥‥それよりクナイ。お前も最初からちゃんと言えよな!レムズを助ける方法知らないなら知らないって」
「まあ、助かったからいいじゃないですか」
開き直るクナイにクリュミケールは肩を竦める。
「まあ、こっからが問題だよな。ロファースは本当に目覚めるのかどうか」
レムズはじっとクリュミケールを見つめ、
「きっと、クリュミケールがなんとかしてくれるんだよな?」
レムズに期待の眼差しを向けられ、クリュミケールはぶんぶんと首を横に振る。
「それにしても、カルトルート君も目覚めないですね」
クナイが言い、クリュミケールは目を細めてカルトルートを見た。
◆◆◆◆◆
「女神ではなく、男なのだな」
「ええ。神の子と、人の子になるわね。けれども、この子達は姉弟。私の可愛い子達‥‥神と人として、世界を見守って行く子達よ」
「名前は?」
「それがまだ決めていないの。本当はリオだけにするつもりだったけれど、もし私の身に何かあった時、リオが一人になったら‥‥そう思って」
「そうか‥‥」
「貴方の名前、ゆっくり、考えるわね。愛しき子よ」
◆◆◆◆◆
「ザメシアが!?」
「私が行く」
「私も‥‥」
「お前にはこの子達が居るだろう。私は全ての神。そしてザメシアが私を憎むのも全ては私の責任。大丈夫、すぐに戻る、友よ」
◆◆◆◆◆
「くそっ、くそっ‥‥!すまない、すまない!見つけてあげることが、出来なくて、本当に、ごめん‥‥カルトルート!」
◆◆◆◆◆
「女の子ならリオ、男の子ならカルトルート、なんてどうかな?昔読んだ本の‥‥」
◆◆◆◆◆
目を開ければ、白い天井が映った。
「カルトルート!」
呼ばれた声に、カルトルートはベッドから身を起こし、ぼんやりとクリュミケールを見つめ、
「‥‥リオ」
そう、呟いた。
「カルトルート?」
クリュミケールが心配そうに呼ぶので、
「あっ‥‥あれ?ごめん、お姉さん‥‥なんか、変な夢、見ちゃって‥‥って、そんなことよりここは!?あれ、なんでレムズ!?あっちのベッドで寝てるのは誰!?」
気絶している間に何があったのか、当然カルトルートは状況に混乱した。
「なんでか知らないんだが、レムズはクナイの術が解けたらしく、全部取り戻したみたいで‥‥それから、あっちがロファース。全然、目覚めないんだがな。まあ、何があったかは追々話すよ。今は‥‥」
クリュミケールはレムズの方を見て、
「ほら、レムズ。何か言うこと、あるんじゃないか?」
言われて、レムズは照れ臭そうに頭を掻く。
「あ‥‥のさ、カルー。今まで、本当にありがとうな。色々、巻き込んじまって。今回の件で、ますます実感したよ。お前は‥‥素晴らしい相棒だって。本当に、ありがとう」
レムズはそう言って、カルトルートに手を差し出した。
「‥‥なんだ、お前、ちゃんと喋れるじゃないか。そうか‥‥これが、本当のお前なんだな。ううん、僕こそ。ありがとうレムズ。お前が居たから、僕は世界に旅立てたんだ、本当に、ありがとう。目覚めて本当に、良かった。お前の友達、絶対に助けてやろうな!」
カルトルートは差し出された手を握り返して、にっこりと笑ってみせた。
「それで?クリュミケールからカルトルート君に言うことは?」
クナイの言葉にカルトルートとレムズは首を傾げ、クリュミケールは苦い顔をしてクナイを見る。
「えーっと、とりあえず、カルトルートやレムズはこれからどうするんだ?あ、これからってのは勿論、ロファースをどうにかした後な」
クリュミケールの言葉に、クナイが後ろでため息を吐いていたがそれを無視した。
恐らくクリュミケールとカルトルートの関係のことを言えと促したのだろうが‥‥
今はそれよりも。
「今まではカルトルートとレムズが一緒に旅してたよな?目的はロファース。そしてクナイは‥‥レムズとロファース、三人で旅したいみたいに言ってた。お前達が今後どうして行くかは、お前達次第になる」
クリュミケールの言葉に、
「もちろん、カルーも一緒に‥‥!」
レムズは言うが、カルトルートは静かに俯いて、
「カルー?」
それにレムズは不安そうに彼の顔を覗き込んだ。
(カルトルートからしたら、これは難しい選択だ。レムズとクナイとロファース。詳しくは知らないけど、三人の絆はとても強い。その中に、自分が居てもいいのかと‥‥彼らの空白を埋める時間を邪魔してもいいのかと‥‥思い悩んでいるはずだ)
クリュミケールはカルトルートの隣に立ち、
「カルトルート。もう一つの選択肢だってある」
「え?」
「もし、君がどうしても決められない時は、もう一つの選択肢を選ぶんだ」
クリュミケールの言葉にカルトルートは疑問しか浮かばない。
「レムズと行くなら行く。行かないなら、もう一つの選択肢を用意してるからさ」
「お姉さん?」
もう一つの選択肢‥‥
カルトルートはそれが何か全くわからなくて、ただただクリュミケールを見つめた。
クリュミケールが水晶を引き付けてくれている間に、クナイはバリアの前に立つ。
(‥‥全く。ロファース君を護っていてくれたのはいいけれど、何もこんな厳重にしなくてもいいのに。もう、魔術は存在しないんですよ)
クナイはため息を吐いた。それから、ロファースの方を見上げる。
「久しぶりですね、ロファース君。君と別れて、あれからもう、七十年以上経ちましたよ。でも、僕はもっと長い年月を生きてきたから、七十年なんてついこの間みたいなものでね。君が隣に居たことや、レムズ君が笑ったり泣いていたことを、凄く鮮明に覚えている。君達二人のこと、そしてチェアルのこと‥‥片時も忘れたことがない」
ーー‥‥クナイがロファースに語りかけているのを確認し、クリュミケールは水晶を引き付けながら水晶を止める方法はないだろうかと辺りを見渡した。
ドンッーー!
「痛っ‥‥」
無限に広がっていると思った空間だが、これもバリアであろうか、透明な行き止まりにぶつかった。
「くそっ!こっちはダメか‥‥じゃあ‥‥」
走る方向を変えながら、クリュミケールはあることに気がつく。
もしかしたら、これは賭けになるかもしれない。だが‥‥
「クナイ!」
クリュミケールはクナイの名を呼び、彼が声の方に振り向けば、クリュミケールがこちらに向かって走って来るではないか。
「ちょっと避けてくれ!」
そう言われてクナイはすぐに気づいた。
「まさか‥‥水晶の切っ先でバリアを壊すつもりですか!?」
「うまくいくかはわからないが、それしか手はない!行くぞ!」
クリュミケールはバリアの手前ギリギリのところで速やかに自らの体を横に投げ出す。
ガンッーー!!と、大きな音を立てて水晶の切っ先はバリアにぶつかり、ヂヂヂヂ‥‥と、貫く音がした。切っ先がバリアから抜けることが出来ず、徐々に食い込んでいく。
ヂヂヂヂ‥‥ガシャンーー!!
クリュミケールとクナイが見つめる中、バリアは切っ先により、多きな音を立てて硝子のように割れた。
同時に水晶の切っ先も衝撃に耐えきれず、ボロボロと崩れていく。
「おお、一石二鳥ってやつか‥‥はぁー、疲れたー。くそ、意外にあっさり壊れたなー。もっと早くこの手に気づけば良かったよ」
汗を拭いながらクリュミケールはそう言い、くるりとクナイに顔を向け、
「やったぞ。これでたぶん、邪魔なものは全部壊れた。ほら‥‥行ってこいよ」
クナイは何も言わずに静かに歩き出した。
クリュミケールはそれを見送り、気を失ったままのカルトルートの傍に行って座り込む。
「はあ‥‥私、何してるんだか。でも、私も今、とても会いたい人がいる」
クリュミケールは目を細めて笑い、
「シュイアさんに‥‥会いたい」
父に、会ったからであろうか。
クリュミケールにとっては本物の父よりも、シュイアがそうであったから。
未だ再会できていない彼に会いたい気持ちが強くなった。
「カルトルート。きっとレムズはもうすぐ目覚めるさ」
言いながら、ロファースの元へ向かうクナイを再び見た。
◆◆◆◆◆
「あれ?」
アドルの声にキャンドルは首を傾げ、
「どうした、アドル」
そう声を掛ければ、
「レムズさんが‥‥」
眠るレムズをアドルは指した。なんだろうと思い、キャンドルはレムズの顔を覗き込む。
「何か、夢でも見てるのかもな」
キャンドルはそう言った。
レムズの頬に、涙が伝っていたのだ。
◆◆◆◆◆
クナイーーいや、クレスルドはロファースの前に立ち、
「ロファース君‥‥約束通り、三人で世界を見て回りたいね。世界は美しくなったんだよ、争いもなく、神も居なくて。フォード国の貧困の差も、とうとうなくなったんだ‥‥皮肉にも、リオの頑張りでね‥‥でも、彼女はもう、いなくなってしまったけれど‥‥」
それからクレスルドは言葉を止めた。
魔術も何も無い世界。
今では自分も、もはやただの人間。ロファースを目覚めさせる術もない。
「どうしたら‥‥」
弱音がもれて、一瞬視界が真っ暗になった気がした。
『諦めんなよ』
声がして、クレスルドは顔を上げる。
「クリュミケール?」
いや、違う。違う声だった。これは‥‥
「はは‥‥レムズ君」
まるで、彼の声が聞こえた気がした。そんなはずないかと苦笑する。だが、
「そうですね、レムズ君。諦めたら、駄目ですよね。君の記憶を弄った責任もありますし‥‥」
ーー七十年余り。
ずっとずっと、恐れていたことがある。
ロファースは、とうとう自分を憎んでいるのではないかと。
こんなに月日が流れてしまった。
レムズだって、もし記憶を取り戻したら、自分を怒るんじゃないかと。
それでも、レムズの行動を見て気づかされた。
僅かに残してあげたロファースの記憶。
それを頼りに、レムズは旅を続けていた。
せめて、ロファースとレムズだけでも、今度こそ幸せになってほしい。人生を、やり直してほしい‥‥
「遅くなって、本当に、ごめん‥‥」
噛み締めるように言って、クレスルドは眠り死んでいるロファースの手を掴んだ。
それは酷く、冷たい手。
ロファースが目を覚ます気配はなかった。呼吸すら、していない。
「ん?」
遠くで見守っていたクリュミケールは首を傾げた。
「なんだ?空間が‥‥」
突然、空間が激しい揺れを引き起こす。
それは一瞬の出来事だった。
辺りは空間の渦に来る前の荒野に戻っていて‥‥
隣には変わらずカルトルートが横たわっている。
「外に、出れた?でも、ロファース達は‥‥」
「ここに、居ます」
クナイの声がして後ろを振り向けば、眠ったままのロファースを抱き抱えるクナイの姿があった。
「ロファースは目覚めていないのに、いったい‥‥」
クリュミケールは眉を潜める。
クナイは黙ったままで、クリュミケールはますます頭を悩ませた。
「‥‥出れたとしても、どうやってこの荒野から帰ればいいんだ?船も無いし、ロファースも目覚めない、レムズもどうなったかわからない、カルトルートも気を失ったまま‥‥絶望的だな」
クリュミケールが項垂れると、
「まさか君と心中する羽目になるとは」
なんてクナイが言うので、
「‥‥はは。まだ冗談を言う元気はあったんだな」
クリュミケールは苦笑する。それからふと、眉を潜めて、
「あ。そういえば」
「なんです?」
「あの英雄‥‥父さん。サジャエルを愛してるって言ってたけど、【神を愛する者】は本物のイラホーを愛し抜いていたんだよね?一体、どういうことなんだ?」
「いろいろあったんですよ、いろいろ、ね。でも安心して下さい。彼はちゃんと、イラホーのこともサジャエルのことも愛していましたから」
「それって、二股‥‥」
「あはは、それ以上でしたねぇ」
焦るクリュミケールを横目にクナイは笑い、
「‥‥ロファースとレムズが目覚めたら、気が向いたら聞かせてあげますよ。妖精王様と共に、あの時代の真実を、ね」
言われて、クリュミケールは俯く。
「そうだな。まずは、レムズとロファースを‥‥」
ブォー‥‥ブォー‥‥
遠くから汽笛の音が聞こえてくる。
クュミケールは立ち上がり、海の方を見た。
「船の音じゃないか!?もしかして、船長さん戻って来てくれたの!?」
「‥‥」
クナイはロファースをゆっくりと地面に寝かせてやり、同じように立ち上がる。
「‥‥クリュミケール、いや、リオ」
「ん?」
名を呼ばれてクリュミケールが振り返る前に、後ろから腕を回されて抱き締められた。
「なっ、お前また‥‥」
「ありがとう」
「えっ?なんでお礼‥‥まだ、ロファースは目覚めていないぞ?」
クナイの言葉にクリュミケールは首を傾げて言う。
「君に触れていると、なんだか落ち着くんだ」
「‥‥嫌いなくせに?」
「そう」
そう言って、抱き締めていた腕を離した。
「‥‥人のこと嫌ってるくせに、変な奴」
クリュミケールは苦笑する。
そうして、もう一度海の方に目をやれば、
「あっ!やっぱり船だ!」
この大陸に船が向かって来た。
「でも、なぜ?」
クナイが疑問げに言うと、
「船長さんが私達を心配してくれてたんじゃないか?」
クリュミケールが言えば、クナイはそんなものか?と、考える。
「とりあえず行ってみよう、もう大陸に着きそうだ!」
クリュミケールは言いながらカルトルートを背負い、クナイを促した。
二人は海辺の方へ足を進め、船が大陸に着いたのを確認する。
やはりクナイは疑問に思うが、帰る手段にはなるからそれはそれでいいかと思った。
すると、船から人影が降りてくるのが見えて、
「船長さんか?」
と、クリュミケールが言えば、
「いえ、違うみたいですね」
クナイが言う。
降りて来た人影はこちらに気付いているのか、走って来て‥‥
「あれは‥‥えっ!?」
クリュミケールが目を凝らし、クナイも驚くように前を見つめた。
「無事だったか‥‥!」
まだ少し離れた場所から走ってくる人影はそう声をあげる。
それから、呆然と立ち尽くすクリュミケール達の側に辿り着き、
「ひっ‥‥久しぶりだな、クリュミケール!生きてて、無事で、良かったよ‥‥そっか!あんたが、神様の女の子だったんだな!」
「えっ?あっ、うん?」
掛けられた言葉にクリュミケールは戸惑うように、疑問げに声を詰まらせた。
「カルーも、本当に悪かったな‥‥巻き込んじまって」
次に、クリュミケールの背で気を失ったカルトルートにそう呟く。
そうして次にクナイの方を見て、
「久し振り、本当に、久し振りだ。ロファース‥‥やっとこの日が来たんだな。神様の女の子が、お前を救ってくれる日が‥‥」
クナイの腕に抱えられたロファースに、穏やかな口調で言った。最後にクナイを見て、
「ちょっと、ロファースを離してくれるか?」
そう言い、クナイは無言でロファースを再び地面に寝かせてやる。
「よーし、俺は今からお前を殴る!覚悟はいいな!」
「え?あ‥‥あの、レムズ、くん?」
そう、船から降りて来た人物は、レムズだったのだ。
「記憶‥‥が?僕のことが、わかるんですか?」
「当たり前だ馬鹿野郎!二年前再会してたことも思い出してほんっと苛々してるんだこっちは!お前は勝手すぎる、いつだってな!」
レムズは早口で声を荒げ、
「っ‥‥でも、なんで記憶が?」
「なんでって、お前が解いてくれたんじゃないの?」
レムズが疑問を口にすれば、
「解けるわけがないでしょう!魔術はこの世界にもう存在しないんですよ!」
「なっ、なんだって!?」
クナイの発言に驚いたのはクリュミケールだった。
「お前!私をここに連れて来たらレムズにかけた術が解けるかもとか言ったじゃないか!確かに途中からなんか変だなとは思ったけど!」
「君を連れてきたのはロファース君が目覚めるかもしれないからで、ロファース君が目覚めたら、何かしらレムズ君にも影響が出るんじゃないかと‥‥」
「まあまあ、怒るなよクリュミケール。コイツはこんな奴なんだ。俺の記憶より、ロファースのが大事なんだよコイツは」
レムズが鼻で笑って言えば、
「そんなわけないだろう!僕は‥‥」
クナイはそこまで言って、冷静さを失った自分にため息を吐いた。
「じゃあ、私は最初からロファースの為に連れて来られてたの?結局、何も役立ってないけどさー」
深く深く、クリュミケールはため息を吐いてその場に腰をおろした。
「レムズの性格とか、なんでここに居るのかとか‥‥クナイにもいろいろ聞きたいけど、二人で話、あるんだろ?質問は後でするよ、私は今から黙っとくから」
ヒラヒラと両手を横に振って、クリュミケールは二人を見つめる。
「はは、ありがとな、クリュミケール。ちょっとだけコイツと話してから船に行こう」
レムズは苦笑し、再びクナイを見た。
「とりあえず、久し振りになるかな、二年前は別として」
「レムズ君‥‥僕はずっと君の幸せを願っていた。全て思い出した君は、本当に幸せなのか?」
クナイの問いにレムズは笑い、
「当たり前だ。ずっと何かが欠けていた‥‥お前の記憶がさ。それで思い出して、やっと、欠けてたものが埋まって‥‥そして里のことも、村長のことも、全部、思い出した」
レムズは目を伏せ、
「辛い記憶もあるけど、取り戻して良かった。俺の生きてきた記憶を、大切な人達との思い出を‥‥今は居ない人達のことを‥‥まあ、なんだ!早く船に乗ってニキータへ行こう!そっから、ロファースがどうしたら目覚めるか考えようぜ!話もまたたくさんゆっくり‥‥」
「その前に、一言だけ言わせてくれますか?」
クナイは小さく言って、レムズの頬に手を軽くあてた。
「お帰り、僕の大切な親友‥‥レムズ君」
「‥‥ただいま、親友」
互いに微笑み合って、今でもずっと、大切な友なんだと確信した。
七十年の年月を経て、ようやく再会できた。
(全く、恥ずかしい連中だなぁ)
静観していたクリュミケールは、ただただ苦笑する。
ーー‥‥しばらくしてから船に乗り、レムズに船室へ案内された。
レムズは無理に船長にこの大陸まで船を出してほしいと頼んだらしく、船長に礼を言ってくると言い、クリュミケールとクナイ、そして気を失ったままのカルトルート、動かないままのロファースが残される。
「あのさ。レムズって、あんな感じなの?」
クリュミケールが聞けば、クナイは首を傾げるので、
「性格‥‥口調かな。今までおとなしめだったから」
「昔はあんなでしたよ。だからあれが本当の彼。僕の魔術が原因で、レムズ君はいろいろと失いましたから‥‥けれどなぜ魔術が解けたのか、わかりません」
クナイが言い、
「あの空間からなぜ出られたかもわからないしな」
クリュミケールはそう返す。そして、あの空間には今も、父がいるのだろうかと考えてしまう。
「神が居なくなった世界なのに、なんだかなぁ。英雄の意思は遺ってるし、変な空間はあるし、普通の世界じゃないな」
「そうですね。君とリオラのやり方が中途半端だったってことですかね」
「ちょっと!私のことはいいけどリオラのことは‥‥」
そこまで言って、クリュミケールは言葉を止めた。クナイは首を傾げ、
「リオラのこと、引きずってるんですか?」
と、クリュミケールに聞く。
ガチャーー‥‥そこで船室のドアが開けられ、レムズが戻って来た。
「‥‥なんかお取り込み中だったか?」
「いや、何でもないよ」
深刻な雰囲気を感じ取ったのか、クリュミケールはレムズに笑い掛ける。
「それより驚いたよ。本当の君はよく喋るんだな」
「へへ、前の方が良かった?」
レムズが苦笑いして聞くので、
「ううん、今のレムズ、とても素敵だよ。カルトルートが目を覚ましたら、いっぱい喋ってやってくれ」
クリュミケールは微笑みを返した。
「それより、レムズはいつ目覚めたんだ?私達がニキータを発ってから四日ぐらいだけど、よく追い付いたね」
クリュミケールの言葉にレムズは首を傾げる。
「俺が目覚めたのは一昨日だ。それに、お前らが発ってから一週間は過ぎたとアドルが言ってたぞ」
「え?」
クリュミケールはクナイの方に顔を向けた。
「あの空間の中は、恐らく時間が歪んでたということでしょう。僕らは恐らく数日あの空間に居たことになるんでしょうね」
「なっ、なんかこわいな‥‥それよりクナイ。お前も最初からちゃんと言えよな!レムズを助ける方法知らないなら知らないって」
「まあ、助かったからいいじゃないですか」
開き直るクナイにクリュミケールは肩を竦める。
「まあ、こっからが問題だよな。ロファースは本当に目覚めるのかどうか」
レムズはじっとクリュミケールを見つめ、
「きっと、クリュミケールがなんとかしてくれるんだよな?」
レムズに期待の眼差しを向けられ、クリュミケールはぶんぶんと首を横に振る。
「それにしても、カルトルート君も目覚めないですね」
クナイが言い、クリュミケールは目を細めてカルトルートを見た。
◆◆◆◆◆
「女神ではなく、男なのだな」
「ええ。神の子と、人の子になるわね。けれども、この子達は姉弟。私の可愛い子達‥‥神と人として、世界を見守って行く子達よ」
「名前は?」
「それがまだ決めていないの。本当はリオだけにするつもりだったけれど、もし私の身に何かあった時、リオが一人になったら‥‥そう思って」
「そうか‥‥」
「貴方の名前、ゆっくり、考えるわね。愛しき子よ」
◆◆◆◆◆
「ザメシアが!?」
「私が行く」
「私も‥‥」
「お前にはこの子達が居るだろう。私は全ての神。そしてザメシアが私を憎むのも全ては私の責任。大丈夫、すぐに戻る、友よ」
◆◆◆◆◆
「くそっ、くそっ‥‥!すまない、すまない!見つけてあげることが、出来なくて、本当に、ごめん‥‥カルトルート!」
◆◆◆◆◆
「女の子ならリオ、男の子ならカルトルート、なんてどうかな?昔読んだ本の‥‥」
◆◆◆◆◆
目を開ければ、白い天井が映った。
「カルトルート!」
呼ばれた声に、カルトルートはベッドから身を起こし、ぼんやりとクリュミケールを見つめ、
「‥‥リオ」
そう、呟いた。
「カルトルート?」
クリュミケールが心配そうに呼ぶので、
「あっ‥‥あれ?ごめん、お姉さん‥‥なんか、変な夢、見ちゃって‥‥って、そんなことよりここは!?あれ、なんでレムズ!?あっちのベッドで寝てるのは誰!?」
気絶している間に何があったのか、当然カルトルートは状況に混乱した。
「なんでか知らないんだが、レムズはクナイの術が解けたらしく、全部取り戻したみたいで‥‥それから、あっちがロファース。全然、目覚めないんだがな。まあ、何があったかは追々話すよ。今は‥‥」
クリュミケールはレムズの方を見て、
「ほら、レムズ。何か言うこと、あるんじゃないか?」
言われて、レムズは照れ臭そうに頭を掻く。
「あ‥‥のさ、カルー。今まで、本当にありがとうな。色々、巻き込んじまって。今回の件で、ますます実感したよ。お前は‥‥素晴らしい相棒だって。本当に、ありがとう」
レムズはそう言って、カルトルートに手を差し出した。
「‥‥なんだ、お前、ちゃんと喋れるじゃないか。そうか‥‥これが、本当のお前なんだな。ううん、僕こそ。ありがとうレムズ。お前が居たから、僕は世界に旅立てたんだ、本当に、ありがとう。目覚めて本当に、良かった。お前の友達、絶対に助けてやろうな!」
カルトルートは差し出された手を握り返して、にっこりと笑ってみせた。
「それで?クリュミケールからカルトルート君に言うことは?」
クナイの言葉にカルトルートとレムズは首を傾げ、クリュミケールは苦い顔をしてクナイを見る。
「えーっと、とりあえず、カルトルートやレムズはこれからどうするんだ?あ、これからってのは勿論、ロファースをどうにかした後な」
クリュミケールの言葉に、クナイが後ろでため息を吐いていたがそれを無視した。
恐らくクリュミケールとカルトルートの関係のことを言えと促したのだろうが‥‥
今はそれよりも。
「今まではカルトルートとレムズが一緒に旅してたよな?目的はロファース。そしてクナイは‥‥レムズとロファース、三人で旅したいみたいに言ってた。お前達が今後どうして行くかは、お前達次第になる」
クリュミケールの言葉に、
「もちろん、カルーも一緒に‥‥!」
レムズは言うが、カルトルートは静かに俯いて、
「カルー?」
それにレムズは不安そうに彼の顔を覗き込んだ。
(カルトルートからしたら、これは難しい選択だ。レムズとクナイとロファース。詳しくは知らないけど、三人の絆はとても強い。その中に、自分が居てもいいのかと‥‥彼らの空白を埋める時間を邪魔してもいいのかと‥‥思い悩んでいるはずだ)
クリュミケールはカルトルートの隣に立ち、
「カルトルート。もう一つの選択肢だってある」
「え?」
「もし、君がどうしても決められない時は、もう一つの選択肢を選ぶんだ」
クリュミケールの言葉にカルトルートは疑問しか浮かばない。
「レムズと行くなら行く。行かないなら、もう一つの選択肢を用意してるからさ」
「お姉さん?」
もう一つの選択肢‥‥
カルトルートはそれが何か全くわからなくて、ただただクリュミケールを見つめた。
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