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最終日
1-親子
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カルトルートとクナイが現れ、レムズを助ける為にニキータ村を出てほんの数日。
何も知らないとクリュミケールは感じた。
クナイのことはもちろん、カルトルートのことも、レムズのことも、何も知りきれてはいない。
この、目の前で眠る少年ーーロファースのことなど更に知らない。
水晶の切っ先がこちらに向けられている。
恐らくクリュミケールが近付けば、一斉にこちらに伸びてくるのであろうと容易に想像できた。どうせ近付いてもバリアを張られている為、元よりどうすることも出来ないのだが‥‥
クリュミケールは必死に頭を働かせる。
魔術はもう使えないし、魔物がいなくなった為、武器を持っていない。
「頑張ってるね、リオ」
再びあの少年の声がして、クリュミケールはその方向に振り返った。
「教えてくれ、貴方は知っているんだろう?私が何をすべきなのか」
「ねえ、リオ。君は真っ直ぐだよね。なんで自分がクナイやカルトルートやレムズ、ましてやロファースの為に必死にならなければいけないのか‥‥そんなことは考えずに、どうしたら救えるのか、どうしたらいいのか、ちゃんと考えている」
少年は嬉しそうに笑い、
「こんなのは、どうかな」
そう続けて、少年が少し立つ位置をずらした。するとその背後には、
「カルトルート!?」
気を失っているのか、地面にはカルトルートが倒れていて、
「お前‥‥何かしたのか!?」
「ちょっと眠ってもらってるだけ、気にしないで。それより君に聞いてほしい話があるんだ」
「そんな場合じゃっ‥‥!」
クリュミケールが怒鳴ろうとするも、少年は言葉を止めやしない。
「愛しい愛しいオレの息子、カルトルート」
「ーー!?」
少年の言葉にクリュミケールははっとする。
(英雄の子供‥‥神を愛する者‥‥)
脳裏にはその言葉が浮かんだ。
だが、ザメシアは言っていた。
「君は本当に賢いね、リオ。ほら、そうやってすぐに考える」
「っ‥‥黙れ!」
まるで頭の中を見透かされているようで、クリュミケールは少年を睨み付ける。
イラホーはかつて言っていた。
カルトルートは【回想する者】イラホーを愛し抜いた英雄が先祖だと。
だがクナイは言っていた。
それはイラホーが彼を不安にさせない為、遠回しに言ったのだと。
本当は、その英雄こそがカルトルートの父なのだと。
だが‥‥。
『‥‥今のが、過去の英雄の一人であり、かつての不死鳥の契約者ーーそして、サジャエルの恋人だった』
サジャエルはリオの母だ。だが、目の前の英雄はサジャエルの恋人だったとザメシアは言っていた‥‥
「やはり貴方が‥‥イラホーをかつて愛した【神を愛する者】なのか?だったら‥‥その‥‥」
クリュミケールの問い掛けに、少年は口元を緩めて、
「ああ。オレはイラホーを愛していた。幸せにはなれなかったけれど、それでも。そして、イラホーの意思を受け継いだ女性が居たんだ。オレはその人と結ばれた」
「‥‥」
「美しい女神様。オレがきっと、この世界で一番愛した人。狂ってしまったけれど、リオ‥‥いや、クリュミケール。君が救ってくれた」
クリュミケールが疑問を口にする前に、
「道を開く者、サジャエル」
少年の言葉に、クリュミケールは思考が止まった。
(予想は、していた‥‥だが、本当に?それに私は、サジャエルを救えてはいない。奴は狂ったまま、ザメシアに‥‥)
サジャエルの最期を思い出し、クリュミケールは俯く。
「愛しい我が息子、カルトルート。そして、もう一人。愛しい我が娘、リオ‥‥本当に、大きくなったね」
少年は微笑む。微笑んで、ゆっくりとクリュミケールの側に歩み寄って来た。
「疑問には、感じていた‥‥でも、気のせいだと‥‥だが、どういうことだ!?なんで私とカルトルートが‥‥!」
「君はこの旅で、カルトルートに何か近しいものを感じたはずだ。君達は姉弟なのだから。聞いてくれるかい、リオ。全て話せはしないけれど‥‥」
少年はそう言って、
「サジャエルが狂った日に、君達二人はこの空間の渦に捨てられた。だが、オレはカルトルートを見つけてあげることが出来なかった。リオ‥‥君だけは、なんとか見つけてやれた。不思議と君は、光に包まれていたんだ。サジャエルが狂った時、オレが傍に居れれば良かったんだが、オレは人間だから、とっくの昔に死んでいた」
少年は視線を落とす。
「君が世界に放たれるその日まで、ただの亡霊となったオレは、君を守っていた」
「カルトルートが‥‥私の弟。貴方が‥‥」
確かめるようにクリュミケールは自らの口でそう呟き、
「ーーっ‥‥今は、そんな場合じゃない。私はレムズを、大切な仲間を助けなければいけないんだ。教えてくれ、英雄。どうしたらいいのか」
迷いを振り払うようにクリュミケールが強い目をして言うものだから、少年は薄く笑い、
「本当に‥‥強く育った」
そう、慈しむように呟く。
「残念だけど、レムズを救う方法はオレにはわからない。ただ、この眠り死んでいる少年を目覚めさせること、それが君が生まれて初めて交わした約束だ。だからロファースが目覚めればきっと、止まってしまった全てが動き出す」
するとまた、少年の体が薄れて行く。
「オレの役割はもうお仕舞いだ。また‥‥この空間の渦を漂うだけの亡霊だから」
「貴方は‥‥ずっとここに?どうして‥‥」
しかし、少年はそれを話すつもりはないようで、静かに首を横に振った。
「‥‥カルトルートは、今の話‥‥貴方や私のことを、知っているのか?」
そう問い掛ければ、少年はまた、静かに首を横に振る。
「話すも話さないも、君の自由だよ、リオ」
クリュミケールは目を細めて、薄れ行く少年の姿を見つめた。
勝手だな‥‥と、思った。
結局なんの話もしてくれない。サジャエルや自分の詳しい話を何も。
名前さえ、名乗ってはくれない。
今から何をすべきなのかも教えてはくれない。
そして、目の前から消えようとする。
それは確か、サジャエルも同じようなものだった。
何も知らないまま、何も、知らないまま‥‥
「貴方は‥‥幸せなんですか?」
クリュミケールの口から、そんな言葉が出た。少年の表情が憂いを帯びていたからだ。
けれども、少年は何も言ってくれない。
わからない。わからなかった。
自分は彼に何を言ってやればいいのか。だが、言葉を考えている時間もないのだ。だから、
「ありがとう‥‥父さん。もっと、ゆっくり、話したかった‥‥」
クリュミケールはそう言って、泣きそうな顔をして微笑する。
少年は青い大きな目を更に見開かせ、
「父さんと、呼んでくれるんだね‥‥こんな、オレを。ありがとう‥‥オレもだよ、リオ。君とカルトルートとサジャエルと‥‥家族四人で、もっと過ごしてあげたかった。過去の話を何もしてやれなくてごめんな。でも、知らなくていい。君は前だけを見るんだ。紅の魔術師と、オレ達の友であったザメシア様をよろしくな‥‥」
そして少年は腕を伸ばし、倒れているカルトルートを抱き締め、
「リオ‥‥君のことも、抱き締めていいかな‥‥きっともう、君達がここに来ることは二度とないから。だから、最後に‥‥」
そう言われ、クリュミケールは頷いて少年の側に寄った。
ギュッ‥‥と、亡霊だと言うのに感触や暖かみがあるのだなと、クリュミケールは思う。
少年は幸せそうに笑っていた。
近付いて、ようやくはっきりと見える顔。
「ああ、今とても幸せだ‥‥サジャエル、君が居ないことだけが悲しいけれど‥‥リオ、カルトルート‥‥幸せに、生きるんだよ。いつまでも、愛しているよ」
「‥‥うん、父さん‥‥幸せに、生きるよ」
いつの間にか、クリュミケールがカルトルートを抱き締めていた。
少年の姿や気配は、今度こそはっきりと消えた。
イラホーを愛した【神を愛する者】がサジャエルの夫。
過去に、イラホーとサジャエルと青年の間に何があったかは知らない。
けれども青年は、サジャエルを一番愛したと言っていた。
本当の血が繋がった家族なんてもう居ないと思っていた。真実かはわからないが‥‥今、ここにカルトルートが居る。
クリュミケールは再び泣きそうな顔をして、それから小さく笑い、強くカルトルートを抱き締めた。
(君は‥‥私の家族だったのか‥‥なら、尚更だ。私がレムズのこと、なんとかしてやるからな)
そっと、カルトルートを地面に寝かせてやり、クリュミケールはロファースを見る。
「ロファース。レムズが君の為にずっと旅をしていたそうだ。美しい場所に墓を建ててやりたかったそうだ。君が死んだという場所は、本当に、何もない荒野だったな‥‥あと、クナイっていう奴も、君を救いたいみたいだ。死んでしまった人間をどう救えばいいのかわからないけれど‥‥」
クリュミケールは目を細め、
「私やサジャエルのせいで運命に巻き込まれたとクナイが言ってた‥‥理由はわからない。でも、本当にごめん。だが‥‥なんだろう、とても不思議な気分だ」
クリュミケールはゆっくりとロファースに近づき、
「やっぱり、君と初めて会った気がしない」
チチッ‥‥
クリュミケールが近づく毎に、水晶の切っ先が小刻みに動き出す。
「私は英雄でも神でもない、ただの人間だ」
青年はクリュミケールを英雄と呼んだ。
クナイはクリュミケールを神様と呼んだ。
でも、クリュミケールは知っている。自分はただの人間。
「ロファース。目覚めたら教えてくれ、君達のこと。クナイは何も教えてくれないからさ。だから、そんな場所からとっとと引きずり出してあげるよ!」
クリュミケールはそう力一杯に言って、ロファースに向かって駆け出した。
しかし、武器も何もない生身のクリュミケールの体を、切っ先は何度も何度も切り裂いていく。
一体、何度繰り返しただろう。
ーー‥‥苦痛に顔を歪め、所々から血を流しながらクリュミケールはその場に倒れていた。
「くっ‥‥どうしたら‥‥」
もう一度立ち上がって、水晶の先を見つめる。
「魔術さえ使えれば、水晶ぐらい壊せただろうなぁ。バリアだって」
小さく笑って、本当に自分は今、ただの人間なんだと実感する。
何も知らなかった、リオだったあの頃と同じ。
目にするものが新鮮で、シュイアの使った魔術に驚いて‥‥
いや、むしろこの感覚‥‥今の状態こそ、普通なのだ。人間として。
「さてと、ここで諦めたらアドルとキャンドルが怒るだろうなぁ」
「でも、手も足も出ない状況ですね」
「まあな‥‥って‥‥」
突如声がして、クリュミケールは目を丸くした。
「お前‥‥クナイ!どこに居たんだよ!ロファースを救ってくれとか言って‥‥ロファースを目覚めさせたらレムズが助かるかもとかなんとか本当にわかんないぞ!何か知ってたのか!?」
「約束しただろう、リオ。救ってくれと、ロファースを」
困惑するクリュミケールにクナイは言う。
『この眠り死んでいる少年を目覚めさせること、それが君が生まれて初めて交わした約束だ』
先ほどの英雄も、そんなことを言っていた。
「私は、お前と何か約束をしたのか?いつ?」
「遠い昔に。でも、やはり僕が間違っていた‥‥救えるはずがないんだ。どうやっても、救えるはずがない。魔術も何もないのだから‥‥」
「‥‥」
クリュミケールはクナイをじっと見つめる。
「お前、そんな簡単に諦めそうな人間じゃないのにな」
「諦めざるを得ないでしょう、こんな‥‥」
「じゃあ、私に話してくれ、お前達のことを。諦める諦めないはそこからだ」
クリュミケールが言えば、
「君に話したって‥‥」
「話さないと何もわからないだろう!私はロファースなんか知らない!お前のことも知らない!レムズのことだってあまり知らない!でも、お前は知ってる‥‥なら、教えてくれ。私はレムズを助けてやりたい。アドルもキャンドルもカルトルートも‥‥皆がレムズを待ってるんだ」
力強く言い放ち、
「お前だって、諦めたくないんだろう?レムズとロファースを」
真剣な眼差しで、表情の読み取れないフードの下を覗き込んだ。
クナイはクリュミケールを見ずに、ロファースの方を見ていて‥‥
「ロファース君は、兵士‥‥騎士だった。レムズ君はまだ何も知らない子供だった。僕は何も持たない亡霊みたいな存在だった」
ぽつりと言葉を紡ぐ。
「ロファース君に出会い、共に行動し、レムズ君と出会い、友になり、最後には‥‥レムズ君の記憶を消し、ロファース君は死んだ」
クナイが話すのは、エウルドス王国とエモイト国という二つの亡国の話。
今から七十年程前に消え去った国らしい。
その二つの国は、自分達が訪れた、この荒野にあったらしい。
サジャエルはエウルドス王国の王子に古びた文献を与えた。
それは、人間を魔物にしてしまう文献。
それをかつて作り出したのが紅の魔術師だと言う。
魔物とは‥‥人間が変異したものだと言う。
そして、ロファースもその犠牲者だというのだ。
ロファースは戦争の犠牲者‥‥すなわち、死体。
王子だった男はエウルドス王となり、死体に命を与えてやったと傲慢なことを吐いていたらしい。
だが、その王も結局はサジャエルに利用されただけ。
サジャエルの目的は魔物を生み出すこと、紅の魔術師の力を借りることだった。
サジャエルは【見届ける者】と勘違いしたリオラを目覚めさせ、リオラを使って世界を滅ぼし、いつかの時代に生まれる【見届ける者】の器ーーリオを待ち続けていた。
‥‥そこまで聞き、クリュミケールは目を閉じる。
(私が過去の時代にサジャエルと出会った。だから‥‥リオラという存在が生まれ、エウルドス王国という悲劇が生み出されたんだ)
サジャエルが王族の子供に文献や秘薬を渡さなければ、ロファースは命を弄ばれることはなかった。いや、ロファースだけじゃない。多くの人々やエルフが犠牲になることはなかった。
「ロファース君は最初から死んでいた。再び命を与えられ、別の魂で生き、しかしもう一度殺された。そして、英雄が言ったんだ。ロファース君は死んだまま眠ることになるけれど‥‥リオ。君がいつか、この空間の渦からいつかの時代に流れ着いて、大きくなったらきっと、救ってくれると」
「それが、約束?」
クリュミケールには約束をした記憶はない。だが、ロファースを見た時、どこかで会ったような気がした。
だから、約束をしたのかもしれない。
それに‥‥
『フィレアさんがエルフの里に行ったって話をした時‥‥オレ、レムズの正体、なんで知ってたんだっけ?』
二年前の疑問。
【見届ける者】の力か何かかと思っていた。だが、違うのかもしれない。
知らず知らずの内に、クリュミケールの記憶にはロファースやレムズ、クナイのことが埋め込まれていたのかもしれない。【約束】と共に‥‥
「そして、僕はレムズ君の記憶を弄った。あまりに可哀想だったから」
「その方が‥‥可哀想じゃないか‥‥」
クリュミケールはそう感じてしまう。
「これ以上は何も話しません。たくさんの人々が居て、歴史があったけれど‥‥話すのはここまでです。わかったでしょう?サジャエルの‥‥君の‥‥【見届ける者】なんかのせいで、過去に様々なことがあった」
「‥‥そうか」
クナイの言葉を、クリュミケールは真摯に受け止めた。過去のことなんか知らないが、それでも。
瞬間、ぐいっーーと、クナイはクリュミケールの胸ぐらを掴んだ。
「そういうところが嫌いなんですよ。なんでもかんでもわかったような顔をして、なんでもかんでも受け止める‥‥君達のそういうところが、たまらなく嫌いだ」
クナイの言葉にクリュミケールはぽかんと口を開ける。
「リオ‥‥君を見ていると気持ちが悪い。嫌な記憶ばかりが思い起こされる。自分自身に吐き気を感じる‥‥君の存在は、僕にとって害だ」
「‥‥そうか」
理由はわからないが、この旅が始まった時からわかっていたことだ。クナイは明らかにクリュミケールを嫌悪していた。
ただ、ロファース関連だけかと思っていたが‥‥
「だが、お前は一体、私に誰を見ているんだ?お前が本当に嫌悪しているのは、誰なんだ?」
「‥‥」
手を伸ばし、押し黙るクナイの顔を覆い隠すフードに触れた。
抵抗されるかと思ったが、それはあっさりと外れて‥‥
銀の髪と、紅い目が露になる。
エメラルド色した目で、真っ直ぐに紅を見つめた。その目には、クリュミケールを見て明らかに憎悪が宿っている。
一体、何を映しているのか‥‥
クリュミケールは肩を竦め、ゆっくりと微笑む。
「なあ、クナイ。今は、私のこと云々じゃないよ。目の前に、お前の親友がいるだろう?」
ロファースを指し、クリュミケールはクナイの肩に力強く手を置いた。
「今の話じゃ、まだいまいちお前らの関係はわからないよ。ただ、お前はロファースとレムズを大切に思ってる。サジャエルの望みのせいでロファース‥‥いや、命を弄ばれた人達が居る。彼女の娘である私にも責任があるのは確かだ。だから、今はロファースを助ける方法を考えよう。私のことが嫌いなら、全部終わってから、その話をしよう」
ようやくクナイは胸ぐらを掴んでいた手を離し、ゆっくりと息を吐きながら、
「大人だね、君は。本当に、僕は君が大嫌いですよ。更に確信しました」
「ふふ。私もお前のことは好きじゃないよ」
クナイの皮肉にクリュミケールはそう返す。
再び紅い目と視線が交わり、気づいた時には腕を引かれ、クナイの腕の中にいた。
「ありがとう‥‥僕の、神様」
「‥‥え」
そう言って、クナイはすぐにクリュミケールを離し、フードを被り直すと、
「あんまり君とべたべた馴れ合いたくないんです。帰った時に彼に嫉妬されても嫌ですし」
「なっ、なんだよ、自分から抱き締めたくせに!別にカシルはお前になんか嫉妬しな‥‥」
「ほう?そこでカシルの名前が出ますか。この前、誰が好きか聞いた時、はぐらかしたくせにねぇ?」
「だっ、だってカシルは‥‥じゃなくて!いいからロファースを助ける方法を考えるぞ!」
顔を真っ赤にして言い放つクリュミケールを鼻で笑ってやり、
「で?具体的に何をどうしたらいいんです?」
「他人任せかよ!まあ、そうだな。どっちかが水晶を引き付けて囮になってる間に、残った方がロファースに近付くしかないかな」
クリュミケールの言葉にクレスルドは「なるほど」と言って、
「まあ、ありきたりな策ですがいいでしょう。では、囮役よろしくお願いしますね?クリュミケール」
「まあ、そうなると思ったけどさ。ロファースを知らない私より、お前がロファースの方に行く方が正しい結果だし‥‥ん?」
クナイがこちらを見て口元をにやつかせているものだから、クリュミケールは首を傾げる。
「ふふ。なんだか昔を思い出して。君は本当に‥‥」
クナイが口ごもるので、
「父に似てるって?」
そう言ってやれば、クナイは顔を上げてクリュミケールを見た。
「お前が来る前に会ったよ、英雄‥‥【神を愛する者】に。それで聞いた。私とカルトルートのこと。まだ、信じられないけど」
「‥‥そうですか」
「まあ、聞いてもお前は何も教えてくれないんだろ?さっさとロファースを起こして、レムズのところに帰ろう。私が水晶を引き付ける。ただ、バリアが張られててロファースの間近には近付けないから、そこから先は自分でなんとかしてくれよ?」
クリュミケールはそう言うと、水晶に向かって走り出す。
「‥‥そうですね」
クナイは小さく呟いて、自分も水晶へと向かった。
何も知らないとクリュミケールは感じた。
クナイのことはもちろん、カルトルートのことも、レムズのことも、何も知りきれてはいない。
この、目の前で眠る少年ーーロファースのことなど更に知らない。
水晶の切っ先がこちらに向けられている。
恐らくクリュミケールが近付けば、一斉にこちらに伸びてくるのであろうと容易に想像できた。どうせ近付いてもバリアを張られている為、元よりどうすることも出来ないのだが‥‥
クリュミケールは必死に頭を働かせる。
魔術はもう使えないし、魔物がいなくなった為、武器を持っていない。
「頑張ってるね、リオ」
再びあの少年の声がして、クリュミケールはその方向に振り返った。
「教えてくれ、貴方は知っているんだろう?私が何をすべきなのか」
「ねえ、リオ。君は真っ直ぐだよね。なんで自分がクナイやカルトルートやレムズ、ましてやロファースの為に必死にならなければいけないのか‥‥そんなことは考えずに、どうしたら救えるのか、どうしたらいいのか、ちゃんと考えている」
少年は嬉しそうに笑い、
「こんなのは、どうかな」
そう続けて、少年が少し立つ位置をずらした。するとその背後には、
「カルトルート!?」
気を失っているのか、地面にはカルトルートが倒れていて、
「お前‥‥何かしたのか!?」
「ちょっと眠ってもらってるだけ、気にしないで。それより君に聞いてほしい話があるんだ」
「そんな場合じゃっ‥‥!」
クリュミケールが怒鳴ろうとするも、少年は言葉を止めやしない。
「愛しい愛しいオレの息子、カルトルート」
「ーー!?」
少年の言葉にクリュミケールははっとする。
(英雄の子供‥‥神を愛する者‥‥)
脳裏にはその言葉が浮かんだ。
だが、ザメシアは言っていた。
「君は本当に賢いね、リオ。ほら、そうやってすぐに考える」
「っ‥‥黙れ!」
まるで頭の中を見透かされているようで、クリュミケールは少年を睨み付ける。
イラホーはかつて言っていた。
カルトルートは【回想する者】イラホーを愛し抜いた英雄が先祖だと。
だがクナイは言っていた。
それはイラホーが彼を不安にさせない為、遠回しに言ったのだと。
本当は、その英雄こそがカルトルートの父なのだと。
だが‥‥。
『‥‥今のが、過去の英雄の一人であり、かつての不死鳥の契約者ーーそして、サジャエルの恋人だった』
サジャエルはリオの母だ。だが、目の前の英雄はサジャエルの恋人だったとザメシアは言っていた‥‥
「やはり貴方が‥‥イラホーをかつて愛した【神を愛する者】なのか?だったら‥‥その‥‥」
クリュミケールの問い掛けに、少年は口元を緩めて、
「ああ。オレはイラホーを愛していた。幸せにはなれなかったけれど、それでも。そして、イラホーの意思を受け継いだ女性が居たんだ。オレはその人と結ばれた」
「‥‥」
「美しい女神様。オレがきっと、この世界で一番愛した人。狂ってしまったけれど、リオ‥‥いや、クリュミケール。君が救ってくれた」
クリュミケールが疑問を口にする前に、
「道を開く者、サジャエル」
少年の言葉に、クリュミケールは思考が止まった。
(予想は、していた‥‥だが、本当に?それに私は、サジャエルを救えてはいない。奴は狂ったまま、ザメシアに‥‥)
サジャエルの最期を思い出し、クリュミケールは俯く。
「愛しい我が息子、カルトルート。そして、もう一人。愛しい我が娘、リオ‥‥本当に、大きくなったね」
少年は微笑む。微笑んで、ゆっくりとクリュミケールの側に歩み寄って来た。
「疑問には、感じていた‥‥でも、気のせいだと‥‥だが、どういうことだ!?なんで私とカルトルートが‥‥!」
「君はこの旅で、カルトルートに何か近しいものを感じたはずだ。君達は姉弟なのだから。聞いてくれるかい、リオ。全て話せはしないけれど‥‥」
少年はそう言って、
「サジャエルが狂った日に、君達二人はこの空間の渦に捨てられた。だが、オレはカルトルートを見つけてあげることが出来なかった。リオ‥‥君だけは、なんとか見つけてやれた。不思議と君は、光に包まれていたんだ。サジャエルが狂った時、オレが傍に居れれば良かったんだが、オレは人間だから、とっくの昔に死んでいた」
少年は視線を落とす。
「君が世界に放たれるその日まで、ただの亡霊となったオレは、君を守っていた」
「カルトルートが‥‥私の弟。貴方が‥‥」
確かめるようにクリュミケールは自らの口でそう呟き、
「ーーっ‥‥今は、そんな場合じゃない。私はレムズを、大切な仲間を助けなければいけないんだ。教えてくれ、英雄。どうしたらいいのか」
迷いを振り払うようにクリュミケールが強い目をして言うものだから、少年は薄く笑い、
「本当に‥‥強く育った」
そう、慈しむように呟く。
「残念だけど、レムズを救う方法はオレにはわからない。ただ、この眠り死んでいる少年を目覚めさせること、それが君が生まれて初めて交わした約束だ。だからロファースが目覚めればきっと、止まってしまった全てが動き出す」
するとまた、少年の体が薄れて行く。
「オレの役割はもうお仕舞いだ。また‥‥この空間の渦を漂うだけの亡霊だから」
「貴方は‥‥ずっとここに?どうして‥‥」
しかし、少年はそれを話すつもりはないようで、静かに首を横に振った。
「‥‥カルトルートは、今の話‥‥貴方や私のことを、知っているのか?」
そう問い掛ければ、少年はまた、静かに首を横に振る。
「話すも話さないも、君の自由だよ、リオ」
クリュミケールは目を細めて、薄れ行く少年の姿を見つめた。
勝手だな‥‥と、思った。
結局なんの話もしてくれない。サジャエルや自分の詳しい話を何も。
名前さえ、名乗ってはくれない。
今から何をすべきなのかも教えてはくれない。
そして、目の前から消えようとする。
それは確か、サジャエルも同じようなものだった。
何も知らないまま、何も、知らないまま‥‥
「貴方は‥‥幸せなんですか?」
クリュミケールの口から、そんな言葉が出た。少年の表情が憂いを帯びていたからだ。
けれども、少年は何も言ってくれない。
わからない。わからなかった。
自分は彼に何を言ってやればいいのか。だが、言葉を考えている時間もないのだ。だから、
「ありがとう‥‥父さん。もっと、ゆっくり、話したかった‥‥」
クリュミケールはそう言って、泣きそうな顔をして微笑する。
少年は青い大きな目を更に見開かせ、
「父さんと、呼んでくれるんだね‥‥こんな、オレを。ありがとう‥‥オレもだよ、リオ。君とカルトルートとサジャエルと‥‥家族四人で、もっと過ごしてあげたかった。過去の話を何もしてやれなくてごめんな。でも、知らなくていい。君は前だけを見るんだ。紅の魔術師と、オレ達の友であったザメシア様をよろしくな‥‥」
そして少年は腕を伸ばし、倒れているカルトルートを抱き締め、
「リオ‥‥君のことも、抱き締めていいかな‥‥きっともう、君達がここに来ることは二度とないから。だから、最後に‥‥」
そう言われ、クリュミケールは頷いて少年の側に寄った。
ギュッ‥‥と、亡霊だと言うのに感触や暖かみがあるのだなと、クリュミケールは思う。
少年は幸せそうに笑っていた。
近付いて、ようやくはっきりと見える顔。
「ああ、今とても幸せだ‥‥サジャエル、君が居ないことだけが悲しいけれど‥‥リオ、カルトルート‥‥幸せに、生きるんだよ。いつまでも、愛しているよ」
「‥‥うん、父さん‥‥幸せに、生きるよ」
いつの間にか、クリュミケールがカルトルートを抱き締めていた。
少年の姿や気配は、今度こそはっきりと消えた。
イラホーを愛した【神を愛する者】がサジャエルの夫。
過去に、イラホーとサジャエルと青年の間に何があったかは知らない。
けれども青年は、サジャエルを一番愛したと言っていた。
本当の血が繋がった家族なんてもう居ないと思っていた。真実かはわからないが‥‥今、ここにカルトルートが居る。
クリュミケールは再び泣きそうな顔をして、それから小さく笑い、強くカルトルートを抱き締めた。
(君は‥‥私の家族だったのか‥‥なら、尚更だ。私がレムズのこと、なんとかしてやるからな)
そっと、カルトルートを地面に寝かせてやり、クリュミケールはロファースを見る。
「ロファース。レムズが君の為にずっと旅をしていたそうだ。美しい場所に墓を建ててやりたかったそうだ。君が死んだという場所は、本当に、何もない荒野だったな‥‥あと、クナイっていう奴も、君を救いたいみたいだ。死んでしまった人間をどう救えばいいのかわからないけれど‥‥」
クリュミケールは目を細め、
「私やサジャエルのせいで運命に巻き込まれたとクナイが言ってた‥‥理由はわからない。でも、本当にごめん。だが‥‥なんだろう、とても不思議な気分だ」
クリュミケールはゆっくりとロファースに近づき、
「やっぱり、君と初めて会った気がしない」
チチッ‥‥
クリュミケールが近づく毎に、水晶の切っ先が小刻みに動き出す。
「私は英雄でも神でもない、ただの人間だ」
青年はクリュミケールを英雄と呼んだ。
クナイはクリュミケールを神様と呼んだ。
でも、クリュミケールは知っている。自分はただの人間。
「ロファース。目覚めたら教えてくれ、君達のこと。クナイは何も教えてくれないからさ。だから、そんな場所からとっとと引きずり出してあげるよ!」
クリュミケールはそう力一杯に言って、ロファースに向かって駆け出した。
しかし、武器も何もない生身のクリュミケールの体を、切っ先は何度も何度も切り裂いていく。
一体、何度繰り返しただろう。
ーー‥‥苦痛に顔を歪め、所々から血を流しながらクリュミケールはその場に倒れていた。
「くっ‥‥どうしたら‥‥」
もう一度立ち上がって、水晶の先を見つめる。
「魔術さえ使えれば、水晶ぐらい壊せただろうなぁ。バリアだって」
小さく笑って、本当に自分は今、ただの人間なんだと実感する。
何も知らなかった、リオだったあの頃と同じ。
目にするものが新鮮で、シュイアの使った魔術に驚いて‥‥
いや、むしろこの感覚‥‥今の状態こそ、普通なのだ。人間として。
「さてと、ここで諦めたらアドルとキャンドルが怒るだろうなぁ」
「でも、手も足も出ない状況ですね」
「まあな‥‥って‥‥」
突如声がして、クリュミケールは目を丸くした。
「お前‥‥クナイ!どこに居たんだよ!ロファースを救ってくれとか言って‥‥ロファースを目覚めさせたらレムズが助かるかもとかなんとか本当にわかんないぞ!何か知ってたのか!?」
「約束しただろう、リオ。救ってくれと、ロファースを」
困惑するクリュミケールにクナイは言う。
『この眠り死んでいる少年を目覚めさせること、それが君が生まれて初めて交わした約束だ』
先ほどの英雄も、そんなことを言っていた。
「私は、お前と何か約束をしたのか?いつ?」
「遠い昔に。でも、やはり僕が間違っていた‥‥救えるはずがないんだ。どうやっても、救えるはずがない。魔術も何もないのだから‥‥」
「‥‥」
クリュミケールはクナイをじっと見つめる。
「お前、そんな簡単に諦めそうな人間じゃないのにな」
「諦めざるを得ないでしょう、こんな‥‥」
「じゃあ、私に話してくれ、お前達のことを。諦める諦めないはそこからだ」
クリュミケールが言えば、
「君に話したって‥‥」
「話さないと何もわからないだろう!私はロファースなんか知らない!お前のことも知らない!レムズのことだってあまり知らない!でも、お前は知ってる‥‥なら、教えてくれ。私はレムズを助けてやりたい。アドルもキャンドルもカルトルートも‥‥皆がレムズを待ってるんだ」
力強く言い放ち、
「お前だって、諦めたくないんだろう?レムズとロファースを」
真剣な眼差しで、表情の読み取れないフードの下を覗き込んだ。
クナイはクリュミケールを見ずに、ロファースの方を見ていて‥‥
「ロファース君は、兵士‥‥騎士だった。レムズ君はまだ何も知らない子供だった。僕は何も持たない亡霊みたいな存在だった」
ぽつりと言葉を紡ぐ。
「ロファース君に出会い、共に行動し、レムズ君と出会い、友になり、最後には‥‥レムズ君の記憶を消し、ロファース君は死んだ」
クナイが話すのは、エウルドス王国とエモイト国という二つの亡国の話。
今から七十年程前に消え去った国らしい。
その二つの国は、自分達が訪れた、この荒野にあったらしい。
サジャエルはエウルドス王国の王子に古びた文献を与えた。
それは、人間を魔物にしてしまう文献。
それをかつて作り出したのが紅の魔術師だと言う。
魔物とは‥‥人間が変異したものだと言う。
そして、ロファースもその犠牲者だというのだ。
ロファースは戦争の犠牲者‥‥すなわち、死体。
王子だった男はエウルドス王となり、死体に命を与えてやったと傲慢なことを吐いていたらしい。
だが、その王も結局はサジャエルに利用されただけ。
サジャエルの目的は魔物を生み出すこと、紅の魔術師の力を借りることだった。
サジャエルは【見届ける者】と勘違いしたリオラを目覚めさせ、リオラを使って世界を滅ぼし、いつかの時代に生まれる【見届ける者】の器ーーリオを待ち続けていた。
‥‥そこまで聞き、クリュミケールは目を閉じる。
(私が過去の時代にサジャエルと出会った。だから‥‥リオラという存在が生まれ、エウルドス王国という悲劇が生み出されたんだ)
サジャエルが王族の子供に文献や秘薬を渡さなければ、ロファースは命を弄ばれることはなかった。いや、ロファースだけじゃない。多くの人々やエルフが犠牲になることはなかった。
「ロファース君は最初から死んでいた。再び命を与えられ、別の魂で生き、しかしもう一度殺された。そして、英雄が言ったんだ。ロファース君は死んだまま眠ることになるけれど‥‥リオ。君がいつか、この空間の渦からいつかの時代に流れ着いて、大きくなったらきっと、救ってくれると」
「それが、約束?」
クリュミケールには約束をした記憶はない。だが、ロファースを見た時、どこかで会ったような気がした。
だから、約束をしたのかもしれない。
それに‥‥
『フィレアさんがエルフの里に行ったって話をした時‥‥オレ、レムズの正体、なんで知ってたんだっけ?』
二年前の疑問。
【見届ける者】の力か何かかと思っていた。だが、違うのかもしれない。
知らず知らずの内に、クリュミケールの記憶にはロファースやレムズ、クナイのことが埋め込まれていたのかもしれない。【約束】と共に‥‥
「そして、僕はレムズ君の記憶を弄った。あまりに可哀想だったから」
「その方が‥‥可哀想じゃないか‥‥」
クリュミケールはそう感じてしまう。
「これ以上は何も話しません。たくさんの人々が居て、歴史があったけれど‥‥話すのはここまでです。わかったでしょう?サジャエルの‥‥君の‥‥【見届ける者】なんかのせいで、過去に様々なことがあった」
「‥‥そうか」
クナイの言葉を、クリュミケールは真摯に受け止めた。過去のことなんか知らないが、それでも。
瞬間、ぐいっーーと、クナイはクリュミケールの胸ぐらを掴んだ。
「そういうところが嫌いなんですよ。なんでもかんでもわかったような顔をして、なんでもかんでも受け止める‥‥君達のそういうところが、たまらなく嫌いだ」
クナイの言葉にクリュミケールはぽかんと口を開ける。
「リオ‥‥君を見ていると気持ちが悪い。嫌な記憶ばかりが思い起こされる。自分自身に吐き気を感じる‥‥君の存在は、僕にとって害だ」
「‥‥そうか」
理由はわからないが、この旅が始まった時からわかっていたことだ。クナイは明らかにクリュミケールを嫌悪していた。
ただ、ロファース関連だけかと思っていたが‥‥
「だが、お前は一体、私に誰を見ているんだ?お前が本当に嫌悪しているのは、誰なんだ?」
「‥‥」
手を伸ばし、押し黙るクナイの顔を覆い隠すフードに触れた。
抵抗されるかと思ったが、それはあっさりと外れて‥‥
銀の髪と、紅い目が露になる。
エメラルド色した目で、真っ直ぐに紅を見つめた。その目には、クリュミケールを見て明らかに憎悪が宿っている。
一体、何を映しているのか‥‥
クリュミケールは肩を竦め、ゆっくりと微笑む。
「なあ、クナイ。今は、私のこと云々じゃないよ。目の前に、お前の親友がいるだろう?」
ロファースを指し、クリュミケールはクナイの肩に力強く手を置いた。
「今の話じゃ、まだいまいちお前らの関係はわからないよ。ただ、お前はロファースとレムズを大切に思ってる。サジャエルの望みのせいでロファース‥‥いや、命を弄ばれた人達が居る。彼女の娘である私にも責任があるのは確かだ。だから、今はロファースを助ける方法を考えよう。私のことが嫌いなら、全部終わってから、その話をしよう」
ようやくクナイは胸ぐらを掴んでいた手を離し、ゆっくりと息を吐きながら、
「大人だね、君は。本当に、僕は君が大嫌いですよ。更に確信しました」
「ふふ。私もお前のことは好きじゃないよ」
クナイの皮肉にクリュミケールはそう返す。
再び紅い目と視線が交わり、気づいた時には腕を引かれ、クナイの腕の中にいた。
「ありがとう‥‥僕の、神様」
「‥‥え」
そう言って、クナイはすぐにクリュミケールを離し、フードを被り直すと、
「あんまり君とべたべた馴れ合いたくないんです。帰った時に彼に嫉妬されても嫌ですし」
「なっ、なんだよ、自分から抱き締めたくせに!別にカシルはお前になんか嫉妬しな‥‥」
「ほう?そこでカシルの名前が出ますか。この前、誰が好きか聞いた時、はぐらかしたくせにねぇ?」
「だっ、だってカシルは‥‥じゃなくて!いいからロファースを助ける方法を考えるぞ!」
顔を真っ赤にして言い放つクリュミケールを鼻で笑ってやり、
「で?具体的に何をどうしたらいいんです?」
「他人任せかよ!まあ、そうだな。どっちかが水晶を引き付けて囮になってる間に、残った方がロファースに近付くしかないかな」
クリュミケールの言葉にクレスルドは「なるほど」と言って、
「まあ、ありきたりな策ですがいいでしょう。では、囮役よろしくお願いしますね?クリュミケール」
「まあ、そうなると思ったけどさ。ロファースを知らない私より、お前がロファースの方に行く方が正しい結果だし‥‥ん?」
クナイがこちらを見て口元をにやつかせているものだから、クリュミケールは首を傾げる。
「ふふ。なんだか昔を思い出して。君は本当に‥‥」
クナイが口ごもるので、
「父に似てるって?」
そう言ってやれば、クナイは顔を上げてクリュミケールを見た。
「お前が来る前に会ったよ、英雄‥‥【神を愛する者】に。それで聞いた。私とカルトルートのこと。まだ、信じられないけど」
「‥‥そうですか」
「まあ、聞いてもお前は何も教えてくれないんだろ?さっさとロファースを起こして、レムズのところに帰ろう。私が水晶を引き付ける。ただ、バリアが張られててロファースの間近には近付けないから、そこから先は自分でなんとかしてくれよ?」
クリュミケールはそう言うと、水晶に向かって走り出す。
「‥‥そうですね」
クナイは小さく呟いて、自分も水晶へと向かった。
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