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託され託し行く
エルフの里
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ーーエウルドス王国崩壊から四日。
チェアルに命を託されたあの日から、四日が経った。
リンドは目的が見付からず、ただ、エルフの里で燃えずに残った民家、そこで眠り続けるレムズを看ていることしかできない。
幸いなことに、里の奥までは燃えきっておらず、果実を宿した木々や、泉の水も枯れてはいなかった。
ぼんやりと、リンドは考える。
あの日、赤髪の少年騎士と交わした会話。
『リンドさん‥‥あなたのような立派な騎士なら、平和な世界を作ることが出来るのかもしれない。誰もが戦争を当たり前だと思うこの時代を、あなたなら変えてくれるのかもしれない』
チェアルの記憶の中にも、その少年は居た。
(レムズと紅の魔術師‥‥そして、ロファース)
リンドは自分の中に在るチェアルの記憶を辿る。
そして、三人の【友】の姿。
(世界を変える、か。エウルドスが滅んだ今‥‥私は一体何を変えていけばいい?)
歪みきった、狂ったエウルドス王国を滅ぼして世界を変える。リンドはずっとそれを願っていた。だが、エウルドスが滅びた今、リンドには明確な目的がなかった‥‥なくなってしまった。
世界を変えるーー今は、何から世界を変えればいいと言うのか?
「‥‥ふう」
小さくため息が出て、リンドは部屋から出ようとした。
「‥‥うっ」
その時、小さく声が聞こえて、リンドは眠ったままのレムズを見る。
目を閉じたまま、夢でも見ているのだろうか。彼の頬には涙が伝っていて‥‥
ーーそれから時間が過ぎ、夕刻となった。
何もすることがなく、チェアルに託されたこの里を見て回り、焼け焦げて見るに耐えなくなった木々や草の手入れをする。
レムズが目覚めた時に、また彼が絶望しないように。
‥‥これは、チェアルの意思だろうか?
「‥‥何‥‥してるんだ、村長‥‥」
ゆっくりと、区切るような声が背後から聞こえて、リンドは振り返る。
「‥‥目が覚めたのか!もう歩いて大丈夫なのか?」
視線の先にはレムズが立っていた。
「なんの、ことだ‥‥村長」
「?」
リンドは首を傾げる。
「今日は‥‥寝過ぎて、しまったな‥‥もう、夕方か‥‥」
「レムズ?」
どこか様子のおかしい彼を見て、リンドは疑問げに名前を呼ぶ。呼んで、あることを思い出した。
『彼は、もう僕を忘れてしまいました。
レムズ君の記憶を少々いじりました。目覚めたら、いろいろと彼の記憶は曖昧になっているかもしれないが、どうか話を合わせてやって下さい。レムズ君の幸せの為にも』
ーー幸せの為にも。
(まさか‥‥紅の魔術師は、レムズに幸せな記憶だけを残したというのか!?)
そう思い、リンドは目を見張る。
「‥‥村長?」
そんなリンドを見て、レムズは不思議そうな顔をしていた。
「あ、いや‥‥」
そういえば、レムズはなぜ、自分を村長と呼ぶのだろう。嫌な予感がして、リンドは尋ねる。
「レムズ‥‥チェアルという者を、知っているか?」
その問いに、レムズはーー‥‥
レムズは、里をエウルドスに奪われたことを忘れていた。
ましてや、多くの仲間が死んだことすら‥‥
いや違う。
最初から里には自分とリンド以外、居なかったことにされているのだ。
先ほどの質問に、レムズは、
「チェアルは‥‥あんた、だろ」
そう、リンドを指差して言ったのだ。
レムズの記憶から、チェアルすらも消えた。
彼の記憶の中は今、リンドが里の長ーーチェアルになってしまっている。
(そんな‥‥こんな悲しいことがあっていいのか?記憶の中のチェアル殿は、レムズを子のように愛していた。それは、レムズも‥‥)
しかし唯一、彼に残された悲しい記憶があった。それはロファース。
「‥‥友達が、死んだんだ‥‥俺の、せいで」
レムズはそう言っていたのだ。
だが、ロファースがなぜ死んだのか、どこで死んだのか‥‥レムズはそれを覚えていない。
ただ、【自分のせいで彼は死んだ】んだと、それだけが記憶にあるようで‥‥
リンドはただ、彼の話に頷く。
紅の魔術師が言っていたように、レムズの話を否定せずに聞いてやる。
リンドが出会った時のレムズと、チェアルの記憶の中にある無邪気なレムズはどこに行ってしまったのか‥‥
今のレムズはどこかぼんやりとしていて、不安定に見えて。
記憶をいじった副作用みたいなものだろうか。まるで、人形のようだ‥‥
(紅の魔術師よ、これで本当に、レムズは幸せなのか?)
そして、同時に思う。
弟は、ディンオは幸せだったのだろうか?
騎士の道を歩み、いなくなってしまった友を捜し、エウルドスを憎み‥‥そして、エウルドスと共に滅びた。
幸せなはずがないーー‥‥悔やむようにそう思い、リンドは目を細めてレムズを見る。
レムズはその場にしゃがみこんで地に生える葉を見つめていた。
リンドも遠目からそれを見て、それがハーブの葉だとわかる。
『幸せ』とは、なんなのか。
リンドには何が正しいのかわからない。
紅の魔術師が正しいのかすらわからない。
ただ、せめて見守ることにした。
チェアルの大切な子を、ロファースと紅の魔術師の友を、幸せになれなかった弟の代わりに、せめてレムズは幸せになってほしいと、いつか彼に幸せな日々が訪れますようにと‥‥
これは自分の弟への思いが強いのか、それともチェアルのレムズへの思いが強いのか‥‥
今は不安と絶望しかないけれど、チェアルに命を託された意味を、託されて良かったと思える日がいつか来ることをリンドは願う。
視線の先には、僅かに微笑んでハーブの葉に触れるレムズが居た。
【壊れた記憶と遺され、託されたもの】
チェアルに命を託されたあの日から、四日が経った。
リンドは目的が見付からず、ただ、エルフの里で燃えずに残った民家、そこで眠り続けるレムズを看ていることしかできない。
幸いなことに、里の奥までは燃えきっておらず、果実を宿した木々や、泉の水も枯れてはいなかった。
ぼんやりと、リンドは考える。
あの日、赤髪の少年騎士と交わした会話。
『リンドさん‥‥あなたのような立派な騎士なら、平和な世界を作ることが出来るのかもしれない。誰もが戦争を当たり前だと思うこの時代を、あなたなら変えてくれるのかもしれない』
チェアルの記憶の中にも、その少年は居た。
(レムズと紅の魔術師‥‥そして、ロファース)
リンドは自分の中に在るチェアルの記憶を辿る。
そして、三人の【友】の姿。
(世界を変える、か。エウルドスが滅んだ今‥‥私は一体何を変えていけばいい?)
歪みきった、狂ったエウルドス王国を滅ぼして世界を変える。リンドはずっとそれを願っていた。だが、エウルドスが滅びた今、リンドには明確な目的がなかった‥‥なくなってしまった。
世界を変えるーー今は、何から世界を変えればいいと言うのか?
「‥‥ふう」
小さくため息が出て、リンドは部屋から出ようとした。
「‥‥うっ」
その時、小さく声が聞こえて、リンドは眠ったままのレムズを見る。
目を閉じたまま、夢でも見ているのだろうか。彼の頬には涙が伝っていて‥‥
ーーそれから時間が過ぎ、夕刻となった。
何もすることがなく、チェアルに託されたこの里を見て回り、焼け焦げて見るに耐えなくなった木々や草の手入れをする。
レムズが目覚めた時に、また彼が絶望しないように。
‥‥これは、チェアルの意思だろうか?
「‥‥何‥‥してるんだ、村長‥‥」
ゆっくりと、区切るような声が背後から聞こえて、リンドは振り返る。
「‥‥目が覚めたのか!もう歩いて大丈夫なのか?」
視線の先にはレムズが立っていた。
「なんの、ことだ‥‥村長」
「?」
リンドは首を傾げる。
「今日は‥‥寝過ぎて、しまったな‥‥もう、夕方か‥‥」
「レムズ?」
どこか様子のおかしい彼を見て、リンドは疑問げに名前を呼ぶ。呼んで、あることを思い出した。
『彼は、もう僕を忘れてしまいました。
レムズ君の記憶を少々いじりました。目覚めたら、いろいろと彼の記憶は曖昧になっているかもしれないが、どうか話を合わせてやって下さい。レムズ君の幸せの為にも』
ーー幸せの為にも。
(まさか‥‥紅の魔術師は、レムズに幸せな記憶だけを残したというのか!?)
そう思い、リンドは目を見張る。
「‥‥村長?」
そんなリンドを見て、レムズは不思議そうな顔をしていた。
「あ、いや‥‥」
そういえば、レムズはなぜ、自分を村長と呼ぶのだろう。嫌な予感がして、リンドは尋ねる。
「レムズ‥‥チェアルという者を、知っているか?」
その問いに、レムズはーー‥‥
レムズは、里をエウルドスに奪われたことを忘れていた。
ましてや、多くの仲間が死んだことすら‥‥
いや違う。
最初から里には自分とリンド以外、居なかったことにされているのだ。
先ほどの質問に、レムズは、
「チェアルは‥‥あんた、だろ」
そう、リンドを指差して言ったのだ。
レムズの記憶から、チェアルすらも消えた。
彼の記憶の中は今、リンドが里の長ーーチェアルになってしまっている。
(そんな‥‥こんな悲しいことがあっていいのか?記憶の中のチェアル殿は、レムズを子のように愛していた。それは、レムズも‥‥)
しかし唯一、彼に残された悲しい記憶があった。それはロファース。
「‥‥友達が、死んだんだ‥‥俺の、せいで」
レムズはそう言っていたのだ。
だが、ロファースがなぜ死んだのか、どこで死んだのか‥‥レムズはそれを覚えていない。
ただ、【自分のせいで彼は死んだ】んだと、それだけが記憶にあるようで‥‥
リンドはただ、彼の話に頷く。
紅の魔術師が言っていたように、レムズの話を否定せずに聞いてやる。
リンドが出会った時のレムズと、チェアルの記憶の中にある無邪気なレムズはどこに行ってしまったのか‥‥
今のレムズはどこかぼんやりとしていて、不安定に見えて。
記憶をいじった副作用みたいなものだろうか。まるで、人形のようだ‥‥
(紅の魔術師よ、これで本当に、レムズは幸せなのか?)
そして、同時に思う。
弟は、ディンオは幸せだったのだろうか?
騎士の道を歩み、いなくなってしまった友を捜し、エウルドスを憎み‥‥そして、エウルドスと共に滅びた。
幸せなはずがないーー‥‥悔やむようにそう思い、リンドは目を細めてレムズを見る。
レムズはその場にしゃがみこんで地に生える葉を見つめていた。
リンドも遠目からそれを見て、それがハーブの葉だとわかる。
『幸せ』とは、なんなのか。
リンドには何が正しいのかわからない。
紅の魔術師が正しいのかすらわからない。
ただ、せめて見守ることにした。
チェアルの大切な子を、ロファースと紅の魔術師の友を、幸せになれなかった弟の代わりに、せめてレムズは幸せになってほしいと、いつか彼に幸せな日々が訪れますようにと‥‥
これは自分の弟への思いが強いのか、それともチェアルのレムズへの思いが強いのか‥‥
今は不安と絶望しかないけれど、チェアルに命を託された意味を、託されて良かったと思える日がいつか来ることをリンドは願う。
視線の先には、僅かに微笑んでハーブの葉に触れるレムズが居た。
【壊れた記憶と遺され、託されたもの】
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