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七日目-3
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クレスルドはフードを深く被り直し、もう動かない‥‥眠ってしまったロファースを見つめ、意識を失ったままのレムズに目を遣り、
「‥‥レムズ君、せめて君だけは」
そこまで言ってクレスルドは言葉を止める。
レムズが小さく呻いて、うっすらと赤い瞳が開かれたのだ。
「‥‥ロファ、ス‥‥は」
レムズがそう言えば、クレスルドは首を静かに横に振る。
体を起こし、レムズはゆっくりと立ち上がった。地面に横たわり、まるで眠るように死んでいるロファースを見つめる。
「さっき、視えたんだ。俺が死ぬ光景が視えた」
「!?」
「ロファースやお前に出会わなくても‥‥エウルドスはエルフの里を襲っていた。そして、その中で俺も死んでいたんだ」
レムズは悲しげに笑い、
「ロファースとお前に出会わなければ‥‥俺は死んでたみたいだ‥‥はは、俺はお前達に、命を救われたんだな‥‥」
未来を見通す力は、起こり得なかったものも視えるのかとクレスルドは驚いた。
だが、そんなレムズの言葉を聞き、ずっとずっと、思い悩んでいたこと。
ロファースとレムズと出会ったことは、決して、間違いじゃなかったんだと、クレスルドは気づけた。
「‥‥僕はね、ロファース君の言っていた夢の話を信じてみようと思います」
「え?」
「神様の女の子がいつか、ロファース君を救ってくれると言う話」
クレスルドの言葉にレムズは目を細めた後で、柔らかく微笑みを返す。
「そう、だな。俺も信じてみる。俺たち三人は、親友だもんな!」
「はは‥‥親友、ね。友達と親友って、何が違うかよくわかりませんけどねぇ」
くすくすとクレスルドが笑い、
「俺もよくわかんないけど、満更でもないだろ?」
レムズも悪戯げに笑った。
そして、
「え‥‥」
と、クレスルドは呟く。
急に景色が変わったのだ。
光が満ち溢れた空間に‥‥ロファースもレムズも居ない‥‥
「信じてくれて、ありがとう」
背後からそんな声がして、クレスルドは振り返らずに、
「やはり、君か」
と、言った。
「久しぶりだな、紅の魔術師」
「‥‥君の娘、か。本当に、君の娘はロファース君を助けてくれるのか?救えるのか?」
その問いに微かに笑って、
「必ず。この子がいつか、この空間の渦からいつかの時代に流れ着いて、大きくなったらきっと君と巡り会う。全てが始まったフォード国に、きっと、この子も惹かれるだろう。紅の魔術師‥‥クナイの遺志を引き受けて、フォード国を見守ってくれて、ありがとう」
それにクレスルドは、
「君達を欺き苦しめた僕にまた礼を言うのか。君達はどこまで馬鹿なんだ?」
「オレも、ケルトもラリアも、レナもクナイもレーナも皆も‥‥もう、お前を憎んでなんかないよ。だって君は、フォード国を見守ってくれている。たとえお前のフォードを美しいと思うその心がクナイの感情だとしても‥‥それは紛れもない、お前さ」
穏やかな声だった。きっと声の主は微笑んでいるのだろう。
「フォード国でロファース君に出会った。あの国はどこまでも、始まりを生み出す場所だな」
クレスルドは呟く。
「‥‥紅の魔術師。お前に忠告だ。もうすぐ、狂った彼女が行動を起こすーーいや、もう起こしている。そして近い未来、神々とザメシア様が‥‥動く」
「‥‥ザメシアが?彼はやはり、どこかに身を潜めているのか?ならなぜ‥‥今まで動かなかった‥‥?」
クレスルドが疑問げに聞けば、
「ザメシア様は優しい王だ‥‥今も悩んで、苦しんでいると思う。でも、もし時期が合ってしまい、この子とザメシア様が同じ時代で出会ってしまったら‥‥神々は動き、ザメシア様も行動を起こすはずだ‥‥それぞれが、過去の因縁を抱えて争うはずだ」
青年は悲しそうな声でそう話した。クレスルドは俯き、それからやっと、青年の方に振り返った。振り返って、微笑む水色の目を見た。
「その子の名前は?」
眠る少女を見つめて聞けば、
「この子はーーリオ。彼女はこの子を忘れてしまったけれど‥‥そしてもう一人、護れなかった息子‥‥名前すらあげられなかった子。その子も、リオと同じ時代に流れ着いてくれたら‥‥どんなにいいか‥‥」
青年は遠くを見て言う。
「君は本当に馬鹿だな、神なんか愛さなければ良かったのに」
「そんなことないさ。オレは皆が大好きだった。だから、彼女を愛せて本当に良かった。それならお前だって馬鹿だろ?妖精王‥‥ザメシア様を愛しちゃったなんてさ‥‥くくっ、あーあ‥‥もっと早くわかってたらなぁ」
迷いのない笑顔と言葉を見せる青年に、クレスルドはもう、何も言うことはなかった。
神を愛した彼と、神を憎んだ自分。
真逆の、存在だ。ただ、
「‥‥リオ、約束だ。いつか救ってくれ。僕の罪で苦しめてしまった彼を。僕の記憶を‥‥命を喰ってくれてもいい‥‥」
クレスルドは眠る少女の小さな手を握り、祈るように囁いた。
「リオは絶対に、約束をちゃんと守る子に育つから。だからリオ、初めての約束だ。紅の魔術師と、お前の」
クレスルドにはその光景が馬鹿みたいに思えた。
たとえ神の子だろうと、相手はただの子供だ。
そんな子に、何をすがろうと言うのか‥‥何を望もうと言うのか‥‥
ただ、そうなったらどんなに面白いだろう、どんなに‥‥素晴らしいのだろうか。
「君はこれからも、この空間に縛り付けられるのか?」
「そうだな‥‥」
目を伏せる青年に、クレスルドはシャラッ‥‥と、何かを取り出して青年の前に見せた。
赤い石に、白い羽がついたペンダントを。
「それ、イラホーの‥‥」
「あの日、偶然僕が拾ってね。チェアルに預けていた‥‥これで、奴を誘き出す」
言われて青年は、
「‥‥来るだろうか?」
と、少しだけ不安そうに言う。
「狂ってしまった以上、賭けになるが‥‥君のさっき言った愛が本物ならば、きっと」
クレスルドが言って、青年は表情を暗くしたまま何も言わない。
だから、クレスルドも背を向けた。背を向けて、
「ありがとう、英雄」
そう言った。
「‥‥うん。じゃあ‥‥オレが責任をもって、お前の友達を、見守るよ」
ーー‥‥意識はその場に戻される。
目の前にはレムズが居て、動かなくなったロファースがいて‥‥
すると、ロファースの体が淡い光を放ち、光が激しくなったと同時に、ロファースの姿は跡形もなくなってしまった。
「えっ!?なっ、なんで‥‥!?ロファース!?」
驚きのあまりレムズが叫ぶと、
「わからないけど、たぶん‥‥神様の女の子のところに行ったんだと思う」
クレスルドにも確かなことはわからないが‥‥
(いつかリオが来るその日まで、僕らには何も出来ないのだろう‥‥)
そう、思った。
「さてと。じゃあ、レムズ君。君ともお別れしようか。チェアルの所まで送るよ」
「へ?」
クレスルドの言葉にレムズは疑問の言葉を返す。
「僕らの物語は、これで一旦おしまいだ。僕にはまだやることがある」
「物語?なんか大袈裟だなぁ」
「ふふ。僕の用事が済んだら、必ず会いに‥‥」
クレスルドはそこまで言って言葉を止め、ばっ!と、後ろに振り返る。
「おやおや‥‥やはり、エウルドスに潜んでいましたか」
そう、嘲笑を込めながら言って、
「道を開く者」
姿を確認し、そう呼んだ。
レムズはその光景に目を疑っていた。
目の前には、幻想的とも言えよう、長い銀髪‥‥赤い瞳‥‥
天女のようなふわふわと風になびいている衣を身に纏った、美しい女性が居たのだ。
「ふふ。久しいですね、紅の魔術師。とてもとても、懐かしい」
女性は綺麗な声で言う。
「ええ‥‥僕もとても懐かしい。何百年振りですかねぇ」
「なっ、何百!?」
クレスルドの言葉を聞いて、レムズは驚いた。
「紅の魔術師よ。貴方の力が借りたくて、私は貴方を引き寄せる為に事を起こしたのです」
「‥‥なぜ、エウルドスだった?」
クレスルドはそう聞く。
『私は子供の頃、神に古びた文献を与えられました。それは人を強き存在ーー魔物に造り変えるという、子供の私にはとても興味深い文献でした。そして神がその秘薬を与えてくれたのです!』
先程のエウルドス王の言葉。
与えた神とは、今、目の前にいる女性なのだ。
エウルドス王国を魔物の巣窟に仕立て上げる発端となった、黒幕と言える。
なぜ、エウルドス王国を選んだのか‥‥
「別に‥‥どこの国でも良かったのです。ですが、貴方も知っているでしょう?エウルドスは何時の時代も力を求めていた。だから利用しやすい‥‥」
女性はそう言い、静かに笑って、
「簡単に、エウルドスはかつてのアシェリアの悲劇を作り出してくれました」
それにクレスルドは、
「目的はなんだ」
酷く、冷たい声で尋ねた。
「【見届ける者】を目覚めさせたいのです」
「【見届ける者】を?」
クレスルドはそれを知っていた。
遥かな昔、【道を開く者】である女性は【見届ける者】をその身に宿し、産み落とす運命にあると言われていた。
「ああ‥‥さっきの‥‥眠る、お前の娘か」
クレスルドが女性を睨みながら言えば、
「娘?なんのことです?私には子などいはしませんよ」
などと女性は言って‥‥それにクレスルドはため息を吐く。
(狂ったままなのか)
‥‥と。
「では、創造神とザメシアはどうなった?」
「ザメシアはわかりません。最早、ザメシアとしての気配は誰にも掴めない。どこに潜んでいるかさえも‥‥賢い王ですからね‥‥創造神のことは、追々話しましょう」
そこまで聞き、
「さてと。残念だが、誘き出されたのは貴女ですよ、【道を開く者】‥‥サジャエル」
いつものように笑った。
それに対し、道を開く者ーーサジャエルと呼ばれた女性は目を細めてクレスルドを見る。
「僕はわざと封じていた自身の力を周囲に放った。そしてこれだ」
赤い石に、白い羽がついたペンダントを取り出し、それをサジャエルに見せつけた。
「‥‥っ!それ、は‥‥うっ」
サジャエルは急に苦痛めいた表情をし、頭を抱える。
「忘れたとは言わせない。これはイラホーが彼に手渡したもの。そう、彼がずっと肌身離さず身に付けていたもの。お前は僕の力以上に、これに惹かれて僕を見つけたんだ」
「彼‥‥?なんだ、なんのことだ‥‥」
サジャエルはぶつぶつと呟いている。
「愛まで忘れてしまったのか、お前は」
クレスルドは冷めた声で言った。
「ふ、ふふ‥‥意味のわからないことはどうでも良い。そう、愚かな創造神‥‥厄介な封印されし神をあの日消滅させようとしたのに、彼女は別の時代に逃げた。結局見つからない。だから私はリオラを使って世界を滅ぼすのです、いつかの時代に生まれるリオラの器を待って‥‥」
そのサジャエルの言葉に、
(逃げた創造神?リオラ?器?)
クレスルドにはわからないことばかりであった。
(確か、彼はあの子をリオだと言っていた。リオラ‥‥?)
疑問を感じていると、
「うっ‥‥器‥‥世界の、終わ‥‥り?」
「ーー!」
隣に居たレムズが何かを呟くので、クレスルドは慌てて視線を移す。
「レムズ君?また何か‥‥?」
「わからない‥‥わからないけど‥‥この人を見てると、いろんなことが頭の中に‥‥世界が、滅ぶような、そんな、光景が‥‥」
それを聞いたクレスルドは、
「‥‥邪魔するものを排除しろ。リオラの器を見つけろ。かつて世界を滅ぼそうとした、云わば今は同志である僕にだからこそ、そんなことを頼みたいんですね?」
クレスルドの言葉に、取り乱した素振りであったサジャエルははっと目を見開き、それからやんわりと微笑んで頷く。
「わかりました。手伝いしましょう、面白そうですしね」
「え?」
当然、レムズはクレスルドを見て驚くように目を見張った。
「‥‥ふふ、ふふ、さすがです、紅の魔術師。貴方ならそう言ってくれると信じて‥‥いいえ、解っていました」
サジャエルは満足そうに笑う。
「サジャエル。少し席を外して下さい。この子と話がしたい」
クレスルドはそう言ってレムズを見た。
「いつか滅ぼすと言うのに?まあ良いでしょう、貴方の力を借りれるのならば‥‥」
それだけ言って、サジャエルは姿を消した。
「どういうことだよ、何、言ってんだよ、お前っ!?今の女はなんだ!?」
レムズは疑問の表情を浮かべ、クレスルドの腕に掴みかかりながら叫ぶ。
「レムズ君」
「なんなんだよ、お前、良い奴なんだろ!?」
「レムズ君」
「嘘だったのか!?ロファースのことも騙してたのか!?世界を滅ぼすって、なんだ!?」
「レムズ君‥‥」
「わかんねぇよ!!なんでこんなことに巻き込まれたんだ!?俺はなんで、村を、ロファースを、失わなきゃいけなかったんだ!?なんで、なんで‥‥なんで夢じゃないんだ‥‥?なんで、現実なんだ‥‥?」
それからレムズはその場に膝を落とし、泣きじゃくった。
「‥‥ね?それが、君の本音です。そう、君は巻き込まれた‥‥だから、夢にしてあげましょう。僕のことも含めて‥‥」
「は‥‥?」
そう言ったクレスルドの手が淡く光ったのを見て、レムズは首を傾げる。
「レムズ君‥‥君は、こんな世界が好きですか?」
聞かれて、レムズは目を丸くした。
世界が好きかどうかなんて、考えたことなどないのだから。
「知るかよ、そんなの。嫌なことが多くて‥‥でも、最近は良いこともあった。だから、これからも、何か良いことがあればいい‥‥なんて、さっきまでは思ってたよ!でも、ロファースはいなくなっちまうし、お前は‥‥っ。こんな世界‥‥こんな世界‥‥」
レムズの言葉を聞きながら、クレスルドは静かに目を閉じる。
ーーレムズは考えた。
ロファースと出会ったことを。
目の前の男と出会ったことを。
チェアルの本心を、もしかしたら、自分の両親は自分を愛してくれていたかもしれないと言う話を‥‥
それは希望だった。
何もかもから拒絶されていたレムズにとって、初めての希望‥‥未来だった。だから‥‥
「こんな世界‥‥俺は、大好きだよーー!」
「ーー!」
その言葉を聞いたクレスルドの手がピタリと止まる。
「そうか‥‥レムズ君。君は間違えなかった」
「何を‥‥」
「君が好きだと言った世界‥‥だから、護りましょう」
ぽんっ‥‥と、レムズの頭に軽く手を置き、
「君に、幸せな夢を。僕は欠けるけれど‥‥それでも」
「ーー!?やめろ、何する気だ!」
わからないが、レムズは嫌な予感がして、淡く光るクレスルドの手を払い除けようとしたが、
「本当に、さようなら。次にもし‥‥もし出会えば、敵かもしれない。でも、形はどうあれ、僕は君の味方だ、親友だ。世界を護るために、僕は‥‥行くよ」
「やめろーー!俺は‥‥!」
その叫びを最後に、辺りはしんと静まった。
「‥‥レムズ君、せめて君だけは」
そこまで言ってクレスルドは言葉を止める。
レムズが小さく呻いて、うっすらと赤い瞳が開かれたのだ。
「‥‥ロファ、ス‥‥は」
レムズがそう言えば、クレスルドは首を静かに横に振る。
体を起こし、レムズはゆっくりと立ち上がった。地面に横たわり、まるで眠るように死んでいるロファースを見つめる。
「さっき、視えたんだ。俺が死ぬ光景が視えた」
「!?」
「ロファースやお前に出会わなくても‥‥エウルドスはエルフの里を襲っていた。そして、その中で俺も死んでいたんだ」
レムズは悲しげに笑い、
「ロファースとお前に出会わなければ‥‥俺は死んでたみたいだ‥‥はは、俺はお前達に、命を救われたんだな‥‥」
未来を見通す力は、起こり得なかったものも視えるのかとクレスルドは驚いた。
だが、そんなレムズの言葉を聞き、ずっとずっと、思い悩んでいたこと。
ロファースとレムズと出会ったことは、決して、間違いじゃなかったんだと、クレスルドは気づけた。
「‥‥僕はね、ロファース君の言っていた夢の話を信じてみようと思います」
「え?」
「神様の女の子がいつか、ロファース君を救ってくれると言う話」
クレスルドの言葉にレムズは目を細めた後で、柔らかく微笑みを返す。
「そう、だな。俺も信じてみる。俺たち三人は、親友だもんな!」
「はは‥‥親友、ね。友達と親友って、何が違うかよくわかりませんけどねぇ」
くすくすとクレスルドが笑い、
「俺もよくわかんないけど、満更でもないだろ?」
レムズも悪戯げに笑った。
そして、
「え‥‥」
と、クレスルドは呟く。
急に景色が変わったのだ。
光が満ち溢れた空間に‥‥ロファースもレムズも居ない‥‥
「信じてくれて、ありがとう」
背後からそんな声がして、クレスルドは振り返らずに、
「やはり、君か」
と、言った。
「久しぶりだな、紅の魔術師」
「‥‥君の娘、か。本当に、君の娘はロファース君を助けてくれるのか?救えるのか?」
その問いに微かに笑って、
「必ず。この子がいつか、この空間の渦からいつかの時代に流れ着いて、大きくなったらきっと君と巡り会う。全てが始まったフォード国に、きっと、この子も惹かれるだろう。紅の魔術師‥‥クナイの遺志を引き受けて、フォード国を見守ってくれて、ありがとう」
それにクレスルドは、
「君達を欺き苦しめた僕にまた礼を言うのか。君達はどこまで馬鹿なんだ?」
「オレも、ケルトもラリアも、レナもクナイもレーナも皆も‥‥もう、お前を憎んでなんかないよ。だって君は、フォード国を見守ってくれている。たとえお前のフォードを美しいと思うその心がクナイの感情だとしても‥‥それは紛れもない、お前さ」
穏やかな声だった。きっと声の主は微笑んでいるのだろう。
「フォード国でロファース君に出会った。あの国はどこまでも、始まりを生み出す場所だな」
クレスルドは呟く。
「‥‥紅の魔術師。お前に忠告だ。もうすぐ、狂った彼女が行動を起こすーーいや、もう起こしている。そして近い未来、神々とザメシア様が‥‥動く」
「‥‥ザメシアが?彼はやはり、どこかに身を潜めているのか?ならなぜ‥‥今まで動かなかった‥‥?」
クレスルドが疑問げに聞けば、
「ザメシア様は優しい王だ‥‥今も悩んで、苦しんでいると思う。でも、もし時期が合ってしまい、この子とザメシア様が同じ時代で出会ってしまったら‥‥神々は動き、ザメシア様も行動を起こすはずだ‥‥それぞれが、過去の因縁を抱えて争うはずだ」
青年は悲しそうな声でそう話した。クレスルドは俯き、それからやっと、青年の方に振り返った。振り返って、微笑む水色の目を見た。
「その子の名前は?」
眠る少女を見つめて聞けば、
「この子はーーリオ。彼女はこの子を忘れてしまったけれど‥‥そしてもう一人、護れなかった息子‥‥名前すらあげられなかった子。その子も、リオと同じ時代に流れ着いてくれたら‥‥どんなにいいか‥‥」
青年は遠くを見て言う。
「君は本当に馬鹿だな、神なんか愛さなければ良かったのに」
「そんなことないさ。オレは皆が大好きだった。だから、彼女を愛せて本当に良かった。それならお前だって馬鹿だろ?妖精王‥‥ザメシア様を愛しちゃったなんてさ‥‥くくっ、あーあ‥‥もっと早くわかってたらなぁ」
迷いのない笑顔と言葉を見せる青年に、クレスルドはもう、何も言うことはなかった。
神を愛した彼と、神を憎んだ自分。
真逆の、存在だ。ただ、
「‥‥リオ、約束だ。いつか救ってくれ。僕の罪で苦しめてしまった彼を。僕の記憶を‥‥命を喰ってくれてもいい‥‥」
クレスルドは眠る少女の小さな手を握り、祈るように囁いた。
「リオは絶対に、約束をちゃんと守る子に育つから。だからリオ、初めての約束だ。紅の魔術師と、お前の」
クレスルドにはその光景が馬鹿みたいに思えた。
たとえ神の子だろうと、相手はただの子供だ。
そんな子に、何をすがろうと言うのか‥‥何を望もうと言うのか‥‥
ただ、そうなったらどんなに面白いだろう、どんなに‥‥素晴らしいのだろうか。
「君はこれからも、この空間に縛り付けられるのか?」
「そうだな‥‥」
目を伏せる青年に、クレスルドはシャラッ‥‥と、何かを取り出して青年の前に見せた。
赤い石に、白い羽がついたペンダントを。
「それ、イラホーの‥‥」
「あの日、偶然僕が拾ってね。チェアルに預けていた‥‥これで、奴を誘き出す」
言われて青年は、
「‥‥来るだろうか?」
と、少しだけ不安そうに言う。
「狂ってしまった以上、賭けになるが‥‥君のさっき言った愛が本物ならば、きっと」
クレスルドが言って、青年は表情を暗くしたまま何も言わない。
だから、クレスルドも背を向けた。背を向けて、
「ありがとう、英雄」
そう言った。
「‥‥うん。じゃあ‥‥オレが責任をもって、お前の友達を、見守るよ」
ーー‥‥意識はその場に戻される。
目の前にはレムズが居て、動かなくなったロファースがいて‥‥
すると、ロファースの体が淡い光を放ち、光が激しくなったと同時に、ロファースの姿は跡形もなくなってしまった。
「えっ!?なっ、なんで‥‥!?ロファース!?」
驚きのあまりレムズが叫ぶと、
「わからないけど、たぶん‥‥神様の女の子のところに行ったんだと思う」
クレスルドにも確かなことはわからないが‥‥
(いつかリオが来るその日まで、僕らには何も出来ないのだろう‥‥)
そう、思った。
「さてと。じゃあ、レムズ君。君ともお別れしようか。チェアルの所まで送るよ」
「へ?」
クレスルドの言葉にレムズは疑問の言葉を返す。
「僕らの物語は、これで一旦おしまいだ。僕にはまだやることがある」
「物語?なんか大袈裟だなぁ」
「ふふ。僕の用事が済んだら、必ず会いに‥‥」
クレスルドはそこまで言って言葉を止め、ばっ!と、後ろに振り返る。
「おやおや‥‥やはり、エウルドスに潜んでいましたか」
そう、嘲笑を込めながら言って、
「道を開く者」
姿を確認し、そう呼んだ。
レムズはその光景に目を疑っていた。
目の前には、幻想的とも言えよう、長い銀髪‥‥赤い瞳‥‥
天女のようなふわふわと風になびいている衣を身に纏った、美しい女性が居たのだ。
「ふふ。久しいですね、紅の魔術師。とてもとても、懐かしい」
女性は綺麗な声で言う。
「ええ‥‥僕もとても懐かしい。何百年振りですかねぇ」
「なっ、何百!?」
クレスルドの言葉を聞いて、レムズは驚いた。
「紅の魔術師よ。貴方の力が借りたくて、私は貴方を引き寄せる為に事を起こしたのです」
「‥‥なぜ、エウルドスだった?」
クレスルドはそう聞く。
『私は子供の頃、神に古びた文献を与えられました。それは人を強き存在ーー魔物に造り変えるという、子供の私にはとても興味深い文献でした。そして神がその秘薬を与えてくれたのです!』
先程のエウルドス王の言葉。
与えた神とは、今、目の前にいる女性なのだ。
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なぜ、エウルドス王国を選んだのか‥‥
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女性はそう言い、静かに笑って、
「簡単に、エウルドスはかつてのアシェリアの悲劇を作り出してくれました」
それにクレスルドは、
「目的はなんだ」
酷く、冷たい声で尋ねた。
「【見届ける者】を目覚めさせたいのです」
「【見届ける者】を?」
クレスルドはそれを知っていた。
遥かな昔、【道を開く者】である女性は【見届ける者】をその身に宿し、産み落とす運命にあると言われていた。
「ああ‥‥さっきの‥‥眠る、お前の娘か」
クレスルドが女性を睨みながら言えば、
「娘?なんのことです?私には子などいはしませんよ」
などと女性は言って‥‥それにクレスルドはため息を吐く。
(狂ったままなのか)
‥‥と。
「では、創造神とザメシアはどうなった?」
「ザメシアはわかりません。最早、ザメシアとしての気配は誰にも掴めない。どこに潜んでいるかさえも‥‥賢い王ですからね‥‥創造神のことは、追々話しましょう」
そこまで聞き、
「さてと。残念だが、誘き出されたのは貴女ですよ、【道を開く者】‥‥サジャエル」
いつものように笑った。
それに対し、道を開く者ーーサジャエルと呼ばれた女性は目を細めてクレスルドを見る。
「僕はわざと封じていた自身の力を周囲に放った。そしてこれだ」
赤い石に、白い羽がついたペンダントを取り出し、それをサジャエルに見せつけた。
「‥‥っ!それ、は‥‥うっ」
サジャエルは急に苦痛めいた表情をし、頭を抱える。
「忘れたとは言わせない。これはイラホーが彼に手渡したもの。そう、彼がずっと肌身離さず身に付けていたもの。お前は僕の力以上に、これに惹かれて僕を見つけたんだ」
「彼‥‥?なんだ、なんのことだ‥‥」
サジャエルはぶつぶつと呟いている。
「愛まで忘れてしまったのか、お前は」
クレスルドは冷めた声で言った。
「ふ、ふふ‥‥意味のわからないことはどうでも良い。そう、愚かな創造神‥‥厄介な封印されし神をあの日消滅させようとしたのに、彼女は別の時代に逃げた。結局見つからない。だから私はリオラを使って世界を滅ぼすのです、いつかの時代に生まれるリオラの器を待って‥‥」
そのサジャエルの言葉に、
(逃げた創造神?リオラ?器?)
クレスルドにはわからないことばかりであった。
(確か、彼はあの子をリオだと言っていた。リオラ‥‥?)
疑問を感じていると、
「うっ‥‥器‥‥世界の、終わ‥‥り?」
「ーー!」
隣に居たレムズが何かを呟くので、クレスルドは慌てて視線を移す。
「レムズ君?また何か‥‥?」
「わからない‥‥わからないけど‥‥この人を見てると、いろんなことが頭の中に‥‥世界が、滅ぶような、そんな、光景が‥‥」
それを聞いたクレスルドは、
「‥‥邪魔するものを排除しろ。リオラの器を見つけろ。かつて世界を滅ぼそうとした、云わば今は同志である僕にだからこそ、そんなことを頼みたいんですね?」
クレスルドの言葉に、取り乱した素振りであったサジャエルははっと目を見開き、それからやんわりと微笑んで頷く。
「わかりました。手伝いしましょう、面白そうですしね」
「え?」
当然、レムズはクレスルドを見て驚くように目を見張った。
「‥‥ふふ、ふふ、さすがです、紅の魔術師。貴方ならそう言ってくれると信じて‥‥いいえ、解っていました」
サジャエルは満足そうに笑う。
「サジャエル。少し席を外して下さい。この子と話がしたい」
クレスルドはそう言ってレムズを見た。
「いつか滅ぼすと言うのに?まあ良いでしょう、貴方の力を借りれるのならば‥‥」
それだけ言って、サジャエルは姿を消した。
「どういうことだよ、何、言ってんだよ、お前っ!?今の女はなんだ!?」
レムズは疑問の表情を浮かべ、クレスルドの腕に掴みかかりながら叫ぶ。
「レムズ君」
「なんなんだよ、お前、良い奴なんだろ!?」
「レムズ君」
「嘘だったのか!?ロファースのことも騙してたのか!?世界を滅ぼすって、なんだ!?」
「レムズ君‥‥」
「わかんねぇよ!!なんでこんなことに巻き込まれたんだ!?俺はなんで、村を、ロファースを、失わなきゃいけなかったんだ!?なんで、なんで‥‥なんで夢じゃないんだ‥‥?なんで、現実なんだ‥‥?」
それからレムズはその場に膝を落とし、泣きじゃくった。
「‥‥ね?それが、君の本音です。そう、君は巻き込まれた‥‥だから、夢にしてあげましょう。僕のことも含めて‥‥」
「は‥‥?」
そう言ったクレスルドの手が淡く光ったのを見て、レムズは首を傾げる。
「レムズ君‥‥君は、こんな世界が好きですか?」
聞かれて、レムズは目を丸くした。
世界が好きかどうかなんて、考えたことなどないのだから。
「知るかよ、そんなの。嫌なことが多くて‥‥でも、最近は良いこともあった。だから、これからも、何か良いことがあればいい‥‥なんて、さっきまでは思ってたよ!でも、ロファースはいなくなっちまうし、お前は‥‥っ。こんな世界‥‥こんな世界‥‥」
レムズの言葉を聞きながら、クレスルドは静かに目を閉じる。
ーーレムズは考えた。
ロファースと出会ったことを。
目の前の男と出会ったことを。
チェアルの本心を、もしかしたら、自分の両親は自分を愛してくれていたかもしれないと言う話を‥‥
それは希望だった。
何もかもから拒絶されていたレムズにとって、初めての希望‥‥未来だった。だから‥‥
「こんな世界‥‥俺は、大好きだよーー!」
「ーー!」
その言葉を聞いたクレスルドの手がピタリと止まる。
「そうか‥‥レムズ君。君は間違えなかった」
「何を‥‥」
「君が好きだと言った世界‥‥だから、護りましょう」
ぽんっ‥‥と、レムズの頭に軽く手を置き、
「君に、幸せな夢を。僕は欠けるけれど‥‥それでも」
「ーー!?やめろ、何する気だ!」
わからないが、レムズは嫌な予感がして、淡く光るクレスルドの手を払い除けようとしたが、
「本当に、さようなら。次にもし‥‥もし出会えば、敵かもしれない。でも、形はどうあれ、僕は君の味方だ、親友だ。世界を護るために、僕は‥‥行くよ」
「やめろーー!俺は‥‥!」
その叫びを最後に、辺りはしんと静まった。
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皆様ありがとうございます。
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眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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