託され行くもの達

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七日目-2

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ーーズブッ‥‥!

「ぐあぁあああっ‥‥!!」
「ぐふっ‥‥!!」

互いの攻撃が両者を貫いた。

獣となったガランダにはリンドの剣が胸に。
リンドにはガランダの牙が腹部に。

「ぐっ、ぁっ‥‥王‥‥申し、訳‥‥」

消え入るようなガランダの声と共に、彼の体はその場に倒れた。結局、獣の姿のまま、もう、動きはしない。
リンドもその場に仰向けに倒れ、薄れ行く意識でエモイト国を思い浮かべる。

「ぐっ‥‥私も、終わり、か‥‥王よ、エモイト王‥‥私も、そちらに‥‥」

呟き、目を閉じ、命を終えるのを待とうとした時、

「皆、己が戦いを終えて行くのじゃな」

急に降ってきた声に目を遣る。それは‥‥


◆◆◆◆◆

「うっ‥‥」

地面にうつ伏せに横たわり、多量の血を流しながらディンオは呻いた。

「‥‥い‥‥だ、ん」

前方には、同じようにうつ伏せになって倒れる男の姿。

彼がなぜ、エウルドスの騎士になったのか。
なぜ、過去の全てを忘れてしまったのか。
なぜ、化け物になってしまったのか。

何もかも、何もかもがわからない。わからないけれど、ディンオは手を伸ばしていた。

「‥‥俺、は、復讐、してやる、つもりだった‥‥」
「‥‥!」

倒れたままのイルダンが言葉を声を発して、ディンオは弱々しく目を開かせる。

「父を‥‥奪った。そのせいで母が、死んだ。全ては、エウルドスのせいで‥‥だからあの日‥‥だが、餓鬼だった未熟な俺は‥‥あっさり、見つかって‥‥」

息も絶え絶えに彼は話を続けていき、

「妙な、薬を飲まされた‥‥それから、数年‥‥俺は、地下牢に、監禁、されて‥‥出た頃には、こんな‥‥化け物に、成り果てて、いた。俺はもう、戻れなかった、んだ。人間、に‥‥エモイト、に‥‥だから、エウルドスで、狂った、化け物だらけの‥‥この国で‥‥記憶も、消えて‥‥」
「何、言って‥‥んだよ」

ディンオは僅かに残った力で拳を握り締め、悔しそうに歯を食い縛る。

「帰って、来たら‥‥良かっただろうが‥‥!エモイトに、どんな姿でも‥‥お前は、人間なんだ、から!もっと、早くに、全部言って、帰って来たら‥‥良かったんだ‥‥」

後悔にも似た思いがディンオの中を巡った。
もっと早くに知れていたら、何かが変えれたかもしれないのにと。

それから、何も返事が返ってこないことにディンオは顔をゆっくりと上げる。

「‥‥は、はは‥‥エウルドスはなんで‥‥こんなにも、奪って‥‥いくんだよ」

ポタポタと、地面に滴が降り注ぐ。

「ごめんよ、兄さん‥‥」

先刻別れた兄にそう言い、それからまた、顔を上げて‥‥

「‥‥お帰り、イルダン」

ようやく再会できた友に手を伸ばし、

「いや、違うな‥‥まだ、帰ってないな。一緒に、帰ろうぜ。俺達の故郷‥‥エモイ、ト‥‥へ‥‥」

かつて、約束をした。
帰って来なかった友をずっと待ち続けていた。
だが、友は敵国の兵ーーいや、化け物に成り果てていた。
でも、違う。彼は彼だった。
化け物なんかじゃない、人間だ。
だから、今度こそ約束を果たそう。二人でちゃんとした騎士になって‥‥また、友達になろう。


◆◆◆◆◆

「ガランダ隊長‥‥」

ロファースは静かに呟く。城の入り口にある広間には、ガランダの剣と共に、獣の亡骸が横たわっていた。

(隊長‥‥あなたも俺と同じ境遇だったんですね)

弔うように、ロファースは目を閉じる。

「いない‥‥いないぞ!?」

レムズが叫ぶので、ロファースは思考を戻した。

「こちらに血痕の跡が‥‥なんとか逃げ切れたのでしょうか‥‥」

クレスルドが何もない床に血痕を見つけて呟く。

「リンドさん‥‥」

ロファースは目を伏せた。
レムズが言うには、レムズと共に来た騎士二人はリンドとディンオだった。当然、ロファースは彼らを知っている。
リンドはガランダと、ディンオはイルダンと対峙したらしいが‥‥

「もう一人‥‥ディンオも無事かな」
「ええ、確認しに‥‥」

レムズの言葉にロファースが頷こうとしたが、三人は何かに気づいてバッ‥‥!と、開いたままの城の扉を見た。

「あれは!」

ロファースが叫び、

「エウルドス王が死んで、制御する者が居なくなったのでしょう」

城の外には、大量の獣たちが居たのだ。

「あんなに、たくさん‥‥」

レムズが声を震わせると、

「恐らく、彼らは‥‥いや、外に出てしまった魔物もいるでしょう。これでは、過去の再来だ‥‥」

クレスルドは悔しそうに言う。
今の時代、魔物という存在は消え去っていた。しかし、再び‥‥

ゴゴゴゴゴ‥‥

次に、急に地鳴りが起き、

「なんなんだよ!?」

レムズがキョロキョロと辺りを見回して、

「まずい!奴はここら一帯を消し飛ばす気だ!ロファース君、レムズ君‥‥早く傍に!転移魔術で飛びます!」
「ーーっ」

クレスルドの言葉にロファースとレムズは渋る様子を見せる。ディンオやイルダンがどうなったかを確認できておらず、それだけが心残りなのだから。

「今は‥‥早くするんだ!ロファース君には夢があるだろう!?レムズ君にはチェアルが待っているだろう!?」

クレスルドの言葉に、二人は全てを呑み込んで、彼の元に走った。


ーー大きな大きな爆発音が響く。遠目からでもよくわかる。
エウルドス国は消し飛んでしまった。そして、隣国のエモイト国までも‥‥

エモイト国には民や騎士がたくさん、たくさん居たはずだ。
それを思い、このいきなりの、わけがわからない事態にロファースはギュッと目を閉じた。

成す術もなく、命が、消えていく光景に‥‥

「神は、エウルドス国が要らなくなったのでしょう。魔物はたくさん生産できた。魔物を生産する意思を持ったエウルドス王は絶えた。だから、もう必要ないと」

クレスルドの言葉に、

「なんなんだよ、なんなんだよ、神って!?」

レムズが悔しそうに叫ぶ。

「でも、これで終わったんですよね?魔物はもしかしたら世界に散ってしまったけれど‥‥俺はエウルドスから、逃れられたんですよね‥‥?」

ロファースはそう思い、なんだか自由になれたような、そんな気がした。
ずっとエウルドスに居て、追われて‥‥
もう、そんな生活をしなくていいんだと。
この、約一週間の出来事を思い出し‥‥

「っ‥‥!」

大きく自分の心臓が跳ねたのを感じ、ロファースは目を見開かせる。

「あっ‥‥」

それから次に、レムズ。

「今度こそ、なのか‥‥?」

ロファースを見て、震えながら言った。
それを聞いたロファースは静かに微笑み、

「今度こそ俺は、死ぬんですね?」

レムズに聞いた。
彼は何も言えずにいて、頭痛に耐えるように頭を押さえている。

「レムズさん、ありがとう。友達だって言ってくれて、嬉しかったよ」
「なっ‥‥なんで今、そんなこと‥‥」

レムズはぶんぶんと首を横に振り、

「また、パンをご馳走してくれって言ってたじゃん!俺に、じゃむをご馳走してくれるって、言ったじゃん!絶対だって、言ったじゃないか‥‥」

ロファースは目を伏せる。
約束を守れないことへの申し訳なさが胸を占めて‥‥
泣いている小さな少年を見つめ、セルダーの姿と重ねる。
セルダーに言ってやれなかった言葉を‥‥息を吸い込んで、力強く放った。

「ーー俺達は親友だ。だから絶対に、お前を裏切らないよ。例え、この先どんな未来でも、どんな絶望が待っていても‥‥そしてーー」

ロファースはにっこりと、満面の笑顔を作り、

「彼が居る。あなたの隣には、友達が居るだろう?」

おどけたような口調に戻し、クレスルドを指した。

「‥‥ぁ」

レムズは小さく声を漏らす。

「必ず約束を果たします。とても大切な約束を、必ず。だから、泣かないで、レムズさん」

ロファースの言葉がぼんやりと聞こえた。
レムズの頭の中にいろいろな光景が視えたり聞こえたりしている。
それは、今までとは違う何か別の光景。まるで、絶望‥‥
それにレムズは再び涙を溢し、

「‥‥嫌だよ、嫌だ‥‥やっと出来た、友達なんだ‥‥」

ふるふると、力なく首を横に振る。
レムズは体をぐらつかせた。それを、隣に立っていたクレスルドが支える。
そのままレムズは気を失ってしまった。

「何が視えたんでしょうね‥‥それにしても、なんだか呆気なかったですよね」

と、何も無くなってしまったただの大地を見てロファースは寂しげに笑う。

「俺はエウルドス王の起こした戦争で死んでいて、薬で生き返させられて、そのエウルドス王にまんまと騙されて育てられて‥‥俺の魂は、元の体の魂じゃなく、知らない誰かの魂で‥‥エウルドスは、化け物の国だった。なんて、呆気ない話なんでしょうね」

でも‥‥と、ロファースは続け、

「でも、その呆気ないことに‥‥セルダーや教会で育った子供達、エモイト王、エルフ‥‥たくさんの無関係な人々が巻き込まれてしまったんですよね」

それを思うと、自然に涙が溢れてくる。

「そうです、そうなんですよロファース君。それが僕の過ち。君達‥‥いや、君への過ちです」

クレスルドが言って、

「違いますよ‥‥これは全て、エウルドスが引き起こしたこと。あなたは何も悪くないんですよ」

ロファースが笑って言ってみせれば、

「‥‥もう、強がるのはやめろよ、ロファース」

クレスルドは声音を低くして言った。

「今、お前は誰にも憎しみを、怒りをぶつけられないでいる。僕しか、いない。最後くらい、強がらなくていいんだ‥‥憎しみを抱えたまま、終わる必要はない」
「馬鹿を言わないで下さい。あなたが居なければ、俺は狂っていました。あの時、セルダーを殺されて、俺はイルダンさんを殺そうとしました。そうしていたら、俺は言われてきた通り、化け物になっていたでしょう。けれどもあなたが止めてくれた。あなたはこの数日、ずっと、助けてくれた。あなたがいなければ、俺はどうなっていた?そんなあなたを憎めると思いますか?」

ロファースは大きく息を吸い込み、

「それに‥‥最後まで強がっているのはあなただ!いい加減にして下さい、何度言ったらわかるんですか‥‥俺は、あなたを恨んではいません!」
「‥‥っ!」

そう怒鳴られて、クレスルドは体を揺らす。

「あなたとレムズさんに出会えて、俺は本当にっ」

そこで、先程のレムズ同様にロファースの体がぐらついた。
クレスルドは慌てて支えていたレムズを地面に寝かせ、ロファースに駆け寄って体を支えてやる。

「さっきの夢‥‥かはわからないけれど、夢で会った青年の話が本当なら、いつか俺は目覚めるそうですね」

ロファースは苦笑した。
だが、それはクレスルドにもわからない。
わからないから、不安だった、恐怖だった。
結局、自分は守れなかったんだと。

「‥‥ロファース君。君の魂は‥‥僕の知っている人なんだ」
「‥‥」
「信じられないけど、どうして紛れ込んだか知らないけれど‥‥昔、僕が陥れた人物の一人でね‥‥今度は、罪滅ぼしをしようと君に近づいた。まあ、彼もフォードに近しい人物だったから、魂が世界を漂っていたのかもしれないな」

クレスルドは息を吐き、

「でも、魂がどうあれ、君と彼は全く別人だ。だって君は‥‥僕とレムズ君とロファース君は‥‥友達、だから」

それを聞いたロファースは薄く微笑み、

「はい。俺の魂がどうあれ、俺は俺です。俺はエウルドス王国の、ロファースだ」

ロファースは顔を覆ったクレスルドのフードに手を伸ばし、それを外した。あっさりと外すことができて、なんとなくそれに苦笑する。

現れたのは銀の髪と、紅色した目。
クレスルドはその目でロファースを見つめ、

「昔はね、両目の色が違ったんですよ。今は、化け物の方の目の色だけが残りましたが」

そう言って、ロファースに微笑みを返す。
ようやく見ることができた青年の表情がとてもとても、新鮮に感じられた。

「覚えていますか、ロファース君。君はフォード国の貧困街を見て、皆が幸せで居られる世界を見つけたいと言った。僕は、その夢の続きを見たいと言った」

それを聞きながら、ロファースは頷く。そして、アイムの姿を思い浮かべた。

「約束です、ロファース君。皆が幸せでいられる世界を見つけましょう‥‥いつか、いつか三人で」

仲間、友達‥‥そんなもの、よくわからなかった。
紅の魔術師は、独りだったから。それが当たり前だったから。
たまたまロファースがフォード国に足を踏み入れ、懐かしい魂と共に、過去の過ちを感じ取り、そうしてクレスルドは動いた。
エルフの長と再会し、レムズと出会い‥‥
久し振りに人と関わり、関わった人々は、闇を抱えつつも、光へと生きる人達だった。

「‥‥クレスルドさん」

教えた名を初めて呼ばれてクレスルドは肩を揺らす。

「全てを知らないけど、過去の過ちはもう、赦されていいはずです‥‥だってあなたは、優しい人ですから。俺にもレムズさんにも、良くしてくれた。だから、妖精王、でしたか?きっと、わかりあえますよ」
「‥‥」
「‥‥それに、あなたはこうして、涙を流せる、人間なんですから」

クレスルドの目から伝う涙が、ロファースの額に落ちる。
クレスルドが何か口にしているが、もう聞こえなかった。

微かに聞こえたのは、

「また、必ず会いましょう‥‥ロファース君」

ーーと。
ロファースは静かに目を閉じる。


『あなたみたいな人と話せて楽しかったわ。こんな場所で良かったら‥‥旅先で少しでも覚えていてくれたなら‥‥また、いつでも来て』

彼女の言葉がずっとずっと、頭の中にあった。消えることなく、ずっと。

フォード国でたった一度だけ会った女性。
逞しく生きて、美しい笑顔をした‥‥そんな彼女を、もう一度、一目だけでも‥‥


◆◆◆◆◆

少女は窓の外を眺めていた。ぼんやりと、静かに。

「‥‥私ったら、また」

そう言って少女ーーアイムは自らの行動に苦笑してしまう。

彼は大きな、輝いた夢を持って行ったのだ。
それに、出会ったのは三日前。
気づいたら待ってしまっていて、そんなすぐに会いに来るはずもない。

『俺は今日からたくさんの世界を見て回って、たくさんの知識を身に付けて‥‥いつかそんな日が来たなら‥‥貧困の差なんか無い、そんな世界を作りたい。君に同情したわけじゃない。俺の方こそ、君の生き方が大きく輝いて見えた。だから、君には待っていてほしい』

そんな大きなことを言ってみせた、彼。
この三日、ロファースのことが気になって、今日は彼が訪れてくれるのではないだろうか、明日は、明後日は‥‥
そんなことばかり考えてしまって‥‥

夢なんか、いい。
そんなことよりも、もう一度だけでいい。

(私、もう一度‥‥あなたに会いたい)

理由は、わからない。

「ロファース」

彼の名を、大切そうに呼んでみた。

約束をしたわけではない。

『また、いつでも来て』

アイムの言葉に、ロファースは言葉ではなく、頷きと微笑みを返しただけなのだから。
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