託され行くもの達

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六日目-1

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静まり返ってしまった森の中。
ロファースはただ、涙を流しながら叫ぶ獣ーーセルダーの姿を見ていた。
ロファースはゆっくりと、警戒しながらもセルダーに近付く。

「一体、何があったんだ?お前は何をしようとしているんだ?」

ロファースはセルダーにそう問い掛けた。

「お前は俺を殺そうとした。でも、俺のことを生かして連れ帰らなきゃならないんだろ?お前言ってたじゃないか。イルダンさんに怒られる、殺されるって。お前が俺を殺したらお前の身が危険なんじゃないのか?」

ロファースがセルダーの側に屈み、彼を見つめながら静かな口調で聞けば、

「くっ‥‥イルダンーー。あいつも、ヤバい化け物だ‥‥部隊長の、ガランダも、王も」
「ーーえ?」

セルダーの言葉にロファースは首を傾げる。

「‥‥お前がエウルドスを出た直後にイルダン先輩に呼び出されて、お前が居なくなったって聞かされたって言ったよな」
「ああ。その後、エウルドス王に会わされたと言ってたな」

ロファースは先刻の話を思い出した。

「正式な騎士でない、成り立ての俺。ロファースと俺は友達だから‥‥俺はイルダン先輩の隊に入ってお前を追う任務を任された。俺だって、エモイトとの戦争‥‥俺だって本当に、恐かったんだぜ‥‥」

セルダーは傷の痛みに耐え、荒くなった呼吸で言葉を紡ぐ。

「は‥‥?嘘言えよ!お前あの時、笑ってたじゃないか!」

あの日のセルダーの姿をロファースは脳裏に浮かべた。彼はあの時、血塗れの剣を持ち、笑っていたのだから。
だが、今の、獣の姿となった彼は、小刻みに震えながら、

「‥‥いいや、恐かった」

なんて、言うのだ。

「血をさ‥‥血を見て、敵を見て‥‥俺、おかしくなった。楽しい、もっともっと血が欲しいーー殺せ、殺せって。恐かったのに、頭の中ではそんなことを考えてた」

セルダーは目を閉じ、

「それで、思ったんだ。これじゃあ俺、バケモノじゃないかって。その後で俺はエウルドス王に全ての真実を語られて‥‥俺は、俺達は‥‥本当に化け物だったんだよ」
「俺達‥‥?」

その複数の中には自分も含まれているとロファースは感じる。
いや‥‥先程からセルダーはエウルドスの人間も化け物だと言っているようなものだ。

「俺はさ‥‥本当は、お前をエウルドスに帰したくなかった。だって戻ったら、お前にも絶望だけしかない‥‥このエルフの里を滅茶苦茶にすれば、きっとお前はすぐここに来ると思った」

その言葉にロファースは目を見開かせ、

「なんだって‥‥?こんな酷いことを‥‥俺をおびき寄せるために!?その為に、エルフを殺し、里を燃やしたのか!?俺は偶然‥‥あの人がここに用があって来ただけだ!もし俺が来なかったら、お前は‥‥お前はただの人殺しじゃないか!」

そう、あらんかぎりの声で叫ぶ。
無惨に転がるエルフ達。焼けていく森。
地獄のような光景だ。

「その通り‥‥だな。一か八か、賭けてみたんだよ。終わらせる為に。お前が来るか、来ないか‥‥わからないまま‥‥」
「賭けだと!?」

それにロファースはまた怒りを覚える。そんな賭けの為に、エルフ達は‥‥

「俺はお前を殺そうと決めた‥‥イルダンに従う振りをして、アイツの目が俺にない内に‥‥お前が絶望を、真実を知る前に‥‥殺して、やりたかった」

獣の目からは涙が流れる。

「だからなんなんだよ!絶望って、真実って!?お前のその姿が関係してるのか!?」

ロファースは問うが、

「ここで死ぬ方が、お前は絶対に、幸せなんだよ‥‥」
「ーーっ!?なんでだよ‥‥なんで、殺すとか‥‥そんなことばかり言うんだよ‥‥」

涙が止まらない。
悲しいのか、怒りなのかなんなのかーーもはやロファースにはわからない。

「ーー友達だから」

セルダーは小さな声で言う。

「楽しかった‥‥お前と一緒に、訓練した日々。でも‥‥まさか、こんな形であの日話したエルフの里に来ることになるなんて、なぁ」
「だから、なんでだ、なんでなんだ‥‥なんでお前が泣くんだセルダー!」

先程と同様に、セルダーはまた涙を流す。

「っ‥‥終わらせようぜ‥‥ロファース」

よろっ‥‥と、セルダーはその身を起こし、再び牙を剥き出しにする。
ロファースも立ち上がり、剣を構えたが、

(俺達が戦う理由はなんなんだ!?)

そう考えてーー‥‥思考は遮られた。

「勝手は困るな、セルダー」

セルダーの背後から、低く、冷たい声がしたからだ。

「イルダンさん‥‥!」

ロファースは声のした方を見てその名を叫ぶ。

「っ‥‥イルダン‥‥!」

セルダーは彼を睨み付けた。

「セルダー、なんのつもりだ」

まるで感情の無い声でイルダンが聞き、

「‥‥お前らに、お前らに俺のダチを絶望させて殺らせるわけにはいかねぇんだよ!」

セルダーはそう叫び、傷ついた体をなんとか動かしてイルダンに飛び掛かった。
だが、その瞬間‥‥ロファースは奇妙なものを目にすることとなる。

イルダンは右腕を真っ直ぐに伸ばす。すると、徐々に腕を纏う鎧の部分がドロリと溶け出した。
溶けて、腕が、肌が露になる。
だが、それは人間の肌の色ではなかった。紫色に変色した肌の色だ‥‥

「用済みだ」

イルダンがそれだけ言ったと同時に、その変色した腕が細かい数本の触手状になる。
その触手は鋭く細かいナイフのように、飛び掛るセルダー目掛けて伸びた。
俊足で飛ぶそれを、すでに跳躍したセルダーに避ける術はなく、彼の体に次々に触手が突き刺さる。
ズブズブと貫かれる音と共に血が吹き出し、セルダーの叫び声が響いた。

それをただ、ロファースは唖然と見ていることしか出来なくて‥‥
理解が、できない。声も発せられぬ程の、光景なのだ。

獣となった友。変色した触手の腕を持つ上官。

触手はセルダーを貫いた場所から順々に引き抜かれ、元に戻っていき、イルダンの腕に戻った。
セルダーの体からは手の施しようがない程の血が溢れ出て、彼の体はドサリと地面に落ちる。
ロファースは友の名を叫び、彼に駆け寄ろうとした。そんなロファースに対し、

「ロファース、それがセルダーだと言うのか?もはやただの醜い化け物でしかないそれを」

冷ややかな目でロファースと獣を見つめながらイルダンは言う。
ロファースは横たわるセルダーに駆け付け、体毛に覆われた彼の体に触れながら、

「こいつは‥‥こいつはセルダーだ‥‥俺の‥‥大切な友達の、セルダーだ!化け物なんかじゃない!セルダーなんだーー!」

自分に言い聞かせているわけではない。この獣はセルダーなんだ、自分の友達なんだ。ロファースは心からそう思い、この絆を馬鹿にするようなイルダンを睨みつけた。

「うっ‥‥うぅ‥‥ロファ、‥‥ス」

すっ‥‥と、赤い目が開かれて、

「セルダー!痛いか?痛いよな‥‥!くそっ、くそぉ‥‥!どうしたら‥‥どうしたら!?」

ロファースはただ涙する。自分には何もできない。助けることができない。このままではセルダーはもう‥‥

「ロ‥‥ファース、ごめ‥‥ごめん、な」
「セルダー?」

何故か謝るセルダーに、ロファースは困ったような顔を返す。

「俺‥‥お前を、助けたくて‥‥お前に、酷いことばかり‥‥言ったし‥‥エルフ達を‥‥みんな、みんな、殺しちまった‥‥覚悟して、やったのに‥‥結局‥‥なに、も‥‥」
「‥‥いいんだよ、いいんだ、そんなの。お前がさっきから言ってる絶望とか、真実とか、俺はまだわからないけど‥‥でも、俺は全てを受け入れる覚悟を‥‥真実を知る覚悟を、したから」

ぽたぽたと、焼けて乾いた土に涙が落ちた。

「俺だって、ごめんな‥‥お前に酷いことを言ってしまった。理由はまだわからないけど‥‥お前は俺の為に行動してたんだよな‥‥」

ギリッ‥‥と、行き場の無い悔しさ、後悔、悲しみ、怒りがわき上がり、ロファースは歯をくいしばる。
それに、セルダーはもう動くこともままならない頭を、本当にゆっくりと横に振るように動かした。

セルダーは焦点の合わない目をぼんやりと開けながら、ただ、小さくなっていく呼吸を繰り返している。

こんな時は何を言ってやればいいのか?
何をしてやればいいのか?
わからない。わからないから、泣いて、セルダーの体に顔を埋めることしか出来ない。

「ありがと‥‥な、最期まで、友達‥‥言って‥‥れて‥‥」

セルダーは言葉を絞り出した。

「本当に‥‥ありがと‥‥な‥‥思い‥‥出せた‥‥俺達は、昔から、ずっと‥‥友達だったんだ‥‥」
「昔からって、なんだよ‥‥そうだよ、俺達はずっと友達だ!だから、だからっ‥‥死ぬなセルダー!」

あらん限りの声でロファースは泣き叫ぶ。
セルダーからの返事は、もうなかった。
人の姿に戻ることはなかったが、彼はロファースの腕の中で、ボロボロになった体で静かに息を引き取る。
幸い、眠るように目は閉じられていた。体中、イルダンに貫かれた為、穴の痕が痛々しい。

だが、別れを惜しむ間などない。

「ロファース。エウルドスに帰るぞ。お前はエウルドスに帰り、全ての真実を知り、死ぬのだ」

イルダンがそう言葉を発したからだ。
ロファースはそっとセルダーの体を地面に寝かせてやり、イルダンに背を向けたまま立ち上がる。

「わざわざ帰らなくとも、あなたがここで真実とやらを話せばいい」
「王がお前に会いたがっている」
「見たこともない王に俺は会うつもりはない!」

叫びながらイルダンに振り返り、切っ先を向けた。イルダンはため息を吐き、

「剣の扱いがまだ未熟なお前が俺に勝てるとでも?セルダーとの戦いで大分負傷しているじゃないか」
「勝てるとは思わない。ただ、あなたはセルダーを殺した‥‥俺はそれが許せない!」

ギリッと歯を軋め、ロファースは一人の男のことを思い出す。

「イルダンさん‥‥あなたはエモイトの、ディンオという人を本当に知らないんですか?」

あの戦地で、ディンオはイルダンを裏切り者だと言ったが、イルダンは彼とは初対面だと言った。
だが、昨日ディンオはイルダンと友だったーーそう言っていたのだ。だが、やはり‥‥

「聞き覚えがない名だな。それがどうした」

イルダンはそう言う。

「あの日のエモイトとの戦いで、あなたを裏切り者だと言った男の人です」
「ーー奴か。言っただろう、初対面だと」

それにロファースは眉を潜め、

(ディンオさんが嘘を?いや‥‥幾度か話してわかった。ディンオさんは悪い人ではない。イルダンさんにあんなに必死で叫んでいたんだ、あれは絶対に嘘じゃない)

ロファースはそう感じて頷き、

「わかりました」

言いながら、ぐっと剣を強く握る。

「仕方が無い。気でも失わせて連れ帰ってやろう」

イルダンも腰に下げた剣をようやく抜いた。

イルダンの強さは知っている。上官であり、ロファースとセルダーの目標でもあり、憧れでもあったのだから。

思考を振りきり、ロファースは駆けた。剣を強く握り締め、切っ先を振る。だが、素早く避けられてしまい、一撃も当たらない。
闇雲に剣を振り回しては避けられ、体力を無駄に消耗するだけだった。だが、止まらない、止められないーーセルダーの為にも‥‥!

「セルダーの為に怒り任せに剣を振っているのか?ーー今は消えてしまったが、先程までこの森は、里は、赤く赤く燃えていた。その証拠に、この地は見るも無惨な姿になった。多くのエルフの血が流れた。そう‥‥セルダー。奴が皆殺しにしたのだから」

心理戦かーーそう感じながらもロファースは剣を振る腕を止めはしない。

「セルダーは化け物だ。血を見て、戦いを欲する醜い化け物。その本能に奴は負けた。負けて、あの日のエモイトとの戦を奴は大いに楽しんだ。挙げ句ーー友のお前をも殺そうとした。言葉を飾ってお前を救うためだと言うが、果たしてそれは真意だったのか?」

まるで、屈辱だ。セルダーの意思を、思いを、こんな風に‥‥
ロファースは体を震わせ、

「黙れ‥‥セルダーは、あいつは、何も知らない俺の為に全てやったんだ」

彼は言っていた。
エルフ達を殺したことを覚悟してやったんだと。だが、酷く後悔していた。自分は人殺しをしたんだと、彼はちゃんと理解していた。
そこまでしたのに、ロファースを救えなかったことを彼は嘆いた。
セルダーは最期まで友を想い、謝罪しながら死んで逝ったのだ。

ロファースは全身を震わせる。震わせてイルダンを睨み、

「これは怒りだ。お前に、怒りを感じているんだ、イルダンーー!」
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