託され行くもの達

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五日目-3

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煙臭さと熱気が酷い。
遠くの森が燃えているのが見える。

(いったい、何が起きて‥‥!?)

ロファースが森の中を駆けていると、ゴツンッ‥‥足元に何かがぶつかった。それは‥‥

「人間めぇえええーー!」

怒鳴るような叫びと共に、物凄い勢いで誰かがこちらに向かって来る。
キラッと、切っ先が光るのが見え、ロファースも剣を握ろうとしたが、

「レムズさん!」

相手の姿を確認し、ロファースはその名を呼ぶ。

「ろっ‥‥ロファース!?」

ナイフ片手に今にもこちらに斬りかかりそうな勢いを見せた彼ーーレムズもロファースの姿を確認し、ピタッと動きを止めた。

「何が‥‥何があったんです!?」

ロファースが聞けば、レムズは荒れた呼吸を整え、だらだらと汗を流し、

「いっ、いきなり‥‥人間の兵隊共が村を襲ってきやがった‥‥!」
「人間の、兵隊!?」

まさかと、ロファースはある人物を思い浮かべる。

「皆みんな‥‥やられちまった!里も燃やされちまった!」

先程ロファースの足元にぶつかったもの、それは、エルフ達の亡骸。
ロファースは静かに目を閉じ、

「‥‥兵達は?」
「わからない‥‥俺は隠れてろってクソ村長に言われて‥‥俺はまだ子供で、戦えないって‥‥でも、俺だって、俺だって!」

レムズは何も出来ない自分を嘆いてか、ボロボロと涙を溢す。

(あの人は長に会いに行くと言っていたな‥‥)

ロファースはそう思い、

「レムズさん、とりあえず森から出ましょう!しばらくしたら恐らく、ここも火の海になります!」
「嫌だ!俺はここに残る!ここで死ぬ!」
「何をっ!?」

必死に首を振り、断じて動こうとしないレムズにロファースは困惑した。

「ここから出たらどうすればいいんだよ!この里しか、俺には無いんだ!俺の居場所は!」

頭を抱えながらレムズは叫び、

「知らないだろ!?俺みたいなハーフは、どこへ行っても差別される!この里でも俺は厄介者扱いだった!」

それを聞いたロファースは思い出す。
レムズの家はなぜか、他の家とは随分離れた里の奥にあった。
他のエルフ達の家の中を見てはいないが、彼の家の中は生活に必要な家具類しか無く、ただ生活をする為だけに与えられた、殺伐とした場所ーーそんな雰囲気を感じていた。

「村長は差別なく俺をこの里においてくれた。でも人間はきっと、俺を気味悪がる‥‥母さんと父さんが‥‥」
「気味悪がるなんてことない!」

レムズが何か言おうとしていたが、ロファースはそれを遮って声を荒げる。

「俺は人間だ。でも俺はレムズさんをそんな風には見てない!」

レムズはゆっくりと顔を上げた。

「人間とかエルフとかハーフとか‥‥そんなの関係ない。俺達は何も変わらない、同じ世界を生きているんだ!だから、今は行こう!」

ロファースはそう言ってレムズの手を取り、微笑む。

ーーこんな微笑みを知らない、レムズはそう思う。与えられたことが無い。いや‥‥村長は自分にこんな微笑みや温かい言葉をくれていたのだろう。
でも、それから目を背け、見ないフリを、自分はしていた。

◆◆◆◆◆


絶望のような、地獄のような、そんな光景の中をロファースとレムズは駆け抜ける。

広がっていく炎、エルフ達の亡骸‥‥
レムズはそんな光景を横目にし、時折ぎゅっと目を瞑りながら走る。

火の回りが激しくなっていく。それどころか次々に新たに着火されている。これはまだ、その元凶が付近に居ると言うことだ。
ロファースは付近に目を配って走るが、特にそれらしき人物は見当たらない。

「ロファース!」

すると、レムズに呼ばれたのでロファースは振り返る。

「何か、居る‥‥」

レムズは何かを警戒するかのように身構えた。ロファースも辺りを見回すが、自分には何も気配は感じられない。すると、

「グルルルルル‥‥」

獣のような声が森の奥から聞こえてきた。

「狼か‥‥?」

ロファースはそう呟く。ガサガサとすぐそこの茂みが揺れ、現れたそれにロファースとレムズは目を見開かせた。

「う‥‥えっ?」

レムズは後ずさる。

ーー思った通り、獣だ。目の前には獣が居た。
剥き出しになった牙でそいつは食っていた。
‥‥食っていたのだーーエルフを。

その獣は狼の姿にとてもよく似ていたが、違う。
足は六本あり、尻尾も二本、真っ赤な目‥‥

「あ‥‥あぁっ‥‥」

レムズは目の前で食われる同族を見て全身を震わせる。

「やっ‥‥やめろ‥‥この、化け物!」

ロファースは剣を構え、獣の方へと走った。
振りかざされた剣を獣は素早く避ける。すると、その獣と目が合ったような気がして、ロファースが奇妙な感覚を抱いていると、

「お前も化け物じゃねぇか」

と、呻くような低い声がした。その獣からだ。

「しゃっ‥‥喋った‥‥!?」

声を発したことにより、レムズはますます困惑する。

「ロファース、お前も化け物なんだよ」

続けてまた、獣は言う。

「何を、言っているんだ‥‥?なんで、俺の名前を‥‥」

ロファースが問い返せば、

「耳を貸すことはありませんよ」

獣の声を遮り、今度はクレスルドの声がした。

「全く。待っているように言ったのに‥‥」

少し呆れるようにクレスルドに言われて、ロファースは小さく謝る。

「またテメェか!毎回邪魔だな!」

獣がそう言えば、

「僕にとっては君達の方が邪魔ですから、お互い様ですよ」

クスクスとクレスルドは笑う。

「ええっと‥‥ああそうだ。セルダー君、でしたっけ?」

クレスルドが獣をそう呼んだことにより、ロファースは目を見張った。
獣はニヤニヤと目を細め続けている。

ロファースはぽかんと口を開け、

「え‥‥?今、なんて?」

思わずクレスルドを見た。
それにクレスルドは口を開こうとするが、

「おっと!言わせねぇぞ。テメェはロファースに真実を話す気はなさそうだよなぁ?だから嘘は言わせねぇぜ!」

獣が言い、

「わかるよな、ロファース。俺達友達なんだろ?ほら、俺だよ、セルダーだ」
「うっ、嘘だ!だって、俺はさっきセルダーに会った!それに、お前はどこからどう見ても‥‥」
「化け物ってなーーお前の知りたがってた真実だよロファース。エウルドスの真実、知りたかったんだろ?」

余裕のあるような、嫌味を含んだ、人を傷付けても平気そうなその口調‥‥
姿も声も何もかも違うが‥‥

「本当に、セルダー‥‥なのか?」

獣は何度言えばいいんだよと、悪態を吐き、

「お前も俺とおんなじだ。いや、エウルドスに生きる者はみんなみんな、人間の皮を被った化け物なんだよ」

獣は、セルダーはその六本の足で一歩一歩、ロファースに近づく。

「その中でもお前が一番特殊なんだ」

ーー特殊‥‥?
ロファースは目を細めた。

「幼い頃に戦争で両親を亡くして、小さい頃だったから両親の顔も何も微塵にも覚えていない。それからは教会に引き取られ、そこで暮らしていた‥‥それが、お前の生い立ちだ。ありきたりな生い立ちだよなぁ。よくあるよくある。でも、ありきたりすぎて‥‥逆に怪しくも感じないか?」
「何?」
「お前は恩のある教会を守りたいからと剣の修行に励み、成長してからは自ら騎士団入隊を決意した。うーん、良いお話だよなぁ‥‥そりゃ、エウルドス男児って言ったら騎士団入隊が当たり前だしな」
「何が言いたい」

何か言いたげな、まわりくどい言い回しをする獣をロファースは睨む。

「んー?ようするにだな、ようするに‥‥お前、バカだよなーって話」
「はあ!?」

どんな答えが返ってくるのかと身構えていただけに、ロファースはその言葉に拍子抜けするような思いだった。

「これ以上は余計なこと喋ったら俺がイルダン先輩に怒られちまうからよ、とりあえずまぁ、殺さずお前をエウルドスに連れ帰れってさ。殺した方が楽なのに、面倒な命令だ‥‥さて、そろそろ連れてかなきゃなぁ。構えるなら構えろよ、テメェら」

獣の姿をしたセルダーは三人に言う。

「かっ、構えろって‥‥」

レムズは戸惑いを見せ、

「なあ、人間なのか?こいつは人間なのか!?」

ロファースとクレスルドに聞いた。
それは、ロファースにもわからない。だが、セルダーは人間のはずで、目の前にいる獣は自らをセルダーだと名乗っていて‥‥

「いいじゃん。人間だろーがエルフだろーが化け物だろーがどうだってよぉ」

ぐぱっと、獣は口を大きく開かせ、鋭い牙を見せる。

「テメェら二人は死んでいいんだよ。でもロファースは連れて帰んなきゃなんねぇの。わかったかよ!」

語尾を強めて言えば、バッーー!と、獣は飛び上がり、ロファース達に飛び掛かる!

「下がって下さい」

クレスルドは自分の背後にロファースとレムズを回す。

「だからテメェに用はねぇってんだよ、フード野郎!」
「僕も君に用はないんです。とっとと消えてくれませんかね?」

皮肉めいて言いながらも、両者共どこか楽しげに口の端をつり上げている。まるで、戦いを楽しむかのように。

獣はクレスルドに牙を向けながら飛び掛かり、クレスルドはそれを避けながら魔術の光線を軽々と放つ。

「おやおや、さっきから左ばかり狙ってきますね?」
「気のせいじゃねーの?」

ーー左。先程セルダーの攻撃により、クレスルドは左腕を負傷していた。まだ、血が滲んでいる。

(それを、知っている‥‥本当に、セルダー‥‥なんだな)

ロファースは二人の戦いを見ながら歯を軋めた。

「さっきから考えてたんだけど、こんな噂を思い出したんだ」

獣は攻撃を休めずに言い、

「狂った魔術師の噂ってやつ」
「狂った魔術師、ですか」

クレスルドはふふっと笑いながら、獣の牙を避ける。
獣は地面に足をつけ、クレスルドは高い木の上に立ち、互いに攻撃の手を休めた。

「遥か遠い昔、どこかに狂った魔術師が居たとかなんだとか。そいつは今のエウルドスがやってることの創始者だったらしいぜ。えーと、災厄の王‥‥ザメシアの時代‥‥だっけ?」

それを聞いたクレスルドは獣をじっと見つめ、

「さてーー。黒幕は誰です?君はその話を誰から聞きました?」
「えー?誰だったかなー」

獣はとぼけるようにはぐらかす。

「君風情‥‥いや、この時代の誰も、知らないはずですよ、その王の名を、あの時代を。それに、ふふ、ははは‥‥。話しか知らない君みたいな屑が、その名を口にするのは虫酸が走る‥‥」
「おーおー!やっとやる気になってきたかな?フードさんよぉ!」

獣は楽しそうに言い、

「じゃあ、あんたがやっぱり狂った魔術師だな?それなら、エウルドスがこれから何をしようとするか、わかるよな?あんたにはわかるよな!?」
「‥‥いったい、なんの話を」

二人のやり取りを静かに聞いていたロファースとレムズが口を挟めば、

「だから、ロファースは後で嫌でも知ることになんだよ。そんな焦んなって。俺はこれ以上ネタバレできねーよ。イルダン先輩に殺されちまう」

それを聞き、ロファースは眉を潜める。

(前から‥‥セルダーはイルダンさんに怒られるとか、そんなことばかり言う‥‥)

それが、なんだか引っ掛かる。

「セルダー、お前は俺を殺せないんだよな?」

改めてロファースが聞けば、

「ああ。生きて連れ帰れって命令だからな。まあ、重傷ぐらいは負わせても、命さえありゃいいんだろーけど」
「そうか‥‥」

それを聞いてロファースは目を閉じ、一歩前に出て、

「あの、戦うのをやめてくれませんか?」

木の上に立つクレスルドに言った。
それにクレスルドは首を傾げ、上から飛び降りてくる。ロファースは彼を見つめ、

「俺が話をつけます。だから‥‥」

ちらっとレムズを見た。

「彼を連れて逃げろ、と?」

クレスルドが察するように聞くと、ロファースは薄く笑って頷く。

「なるほど‥‥自分は殺されないから、ですか?」

続けてクレスルドが聞くと、ロファースはまた頷く。

「ですが、エウルドスに連れて行かれれば、君はきっと殺されますよ?」
「それは、なんとなくわかります。理由はわからないけど」

ロファースはそう言い、

「でも、あなたとレムズさんは無関係です。セルダー達の狙いは俺なんです。だから‥‥だから、巻き込むわけにはいかないんです」

と、セルダーとレムズには聞こえないようにロファースは言うのだ。

「‥‥わかりました」

クレスルドは数秒沈黙した末に、ロファースを見ながら頷く。ロファースはそれに微笑み、

「俺にはあなたとセルダーのさっきの話の意味はわからないけど‥‥あなたは俺を助けた。だから、信じてみようと思います。レムズさんのこと、よろしくお願いします」

それを聞き終え、クレスルドはロファースの横を通り過ぎ、レムズの前まで行くと、

「なっ、なんだよ」
「足手纏いは去りますよ」
「ーーは!?はぁぁぁ!?何すんだ!」

驚くレムズを無視して、クレスルドはレムズをひょいっと持ち上げ抱き抱えて、

「ロファース君、すぐに合流しましょう」
「待てよ!ロファースはーー‥‥」

驚き、慌ててロファースを見るレムズの声を最後に、クレスルドの転移魔術で二人の姿は消え去った。

「あれー?お前、置いてかれたの?」

ケラケラと獣は笑い、

「‥‥お前と話がしたいんだ」

ロファースは獣をーーセルダーを見つめる。

「セルダー。お前はさ、人付き合いがうまくできない俺に、いつも話し掛けてくれたな‥‥」
「ん‥‥?あー、そうだったな。お前、口下手だったしなぁ!」
「休憩時間に他愛もない話をして、立派な騎士になることを夢見て‥‥俺達はいつしか友達になっていた。でもこの前、お前は言ったな?俺のことを友達だと思ったことは一度もないって、邪魔としか思ってなかったって」

そう言い、ロファースは右手で握ったままの剣に力を込める。

「もう一度聞く。俺達は友達じゃなかったのか?」
「ククッ、ああ。そうだな。俺らは友達なんかじゃねぇよ」

躊躇いなく言うセルダーにロファースは「そうか‥‥」と、小さく呟き、

「もう、剣を構えられる姿にはなれないのか?」
「悪いな。このままなんだわ」

セルダーは言いながらピョンっと跳ねる。
ロファースにはわからない。なぜ彼は獣の姿なのか。まだ信じられない。この獣が本当にセルダーなのか。
そんなことを考えながら、ロファースは獣に向けて切っ先を合わせる。

「あーあ。生かして連れ帰んなきゃなんねぇのによぉ‥‥いいぜ、やってやる!命令なんざ知ったこっちゃねぇ!殺してやるよ、ロファースッ!」

そう叫びながら、セルダーは飛び掛かって来た!
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