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四日目-3
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しん‥‥と、静まり返った場所。
牢屋に入れられてしばらくが経った。
だが、不思議なことに見張りは居ない。
ロファースよりも皆、あのフードの男を警戒しているようだ。
静まり返っている為、ため息だけでもよく響く。
(それにしても驚いた。エルフなんて本当に存在したんだ。それに、本当にあんなにも人間を嫌ってるんだな‥‥)
血を浴びた鎧、下劣な剣ーー。
それを聞くと、一昨日の‥‥初めて赴いた戦場を思い出してしまい、身震いがした。
「お前は戦いを好まないんだな、人間」
静まり返っていたその場所に、自分以外の声が響く。不思議なことに、ロファースは全く驚かなかった。
むしろ、その声がとても落ち着いていて、綺麗だと感じたからだ。
「君は?」
ロファースは鉄格子の前に立つ人物を見つめ、
「エルフ‥‥じゃない?」
その人物を見て、ロファースは首を傾げる。
目の前に立つ人物は、自分より少し若そうな少年だ。
エルフのように尖った耳ではなく、まるで魚を思わせるような、頭から生えた長いヒレのような耳。
赤い目に透き通るような青の髪。
「俺はレムズ。お前は?」
少年はそう名乗ると、ロファースに尋ね返した。
「俺は、ロファースです」
「ロファースか。お前の仲間、凄いな!あの結界を破っちまうなんてさ」
急に、レムズは楽しそうにそう話す。
「仲間‥‥ああ、あの人か。いや、仲間じゃないんですけど‥‥そんなに凄いんですか?」
「だってあの結界は数十人がかりで張った結界だぞ!それをあっさり‥‥しかも人間、しかもたった一人で破るなんて凄すぎることだ」
レムズは感心しながら言った。
「とっ、ところであなたは?エルフ‥‥じゃないですよね?」
「ハーフだよ、ハーフ。エルフと魚人の」
「魚人?」
ロファースは首を傾げる。
「魚人を知らないのか?」
レムズが首を傾げてそう聞けば、ロファースはコクりと頷き、
「まあ、そっか。人魚なら知ってるんじゃない?」
「人魚は知ってますけど、それこそ物語の中の存在じゃ?」
ロファースの疑問の声に、
「まあ、魚人は人前に現れないからな。それに寿命も短い。でも、今でも本当に海の底に存在してるんだぜ!」
信じられないような話だが、エルフだって本当に存在していた。ロファースが口を開こうとすれば、
「おっと、やばっ!誰か来る」
レムズは慌てて言い、
「誰か来るんですか?」
しかし、ロファースには何も聞こえないので聞けば、
「魚人もエルフも耳が良いんでね。足音と話し声が聞こえた。じゃあなロファース!」
レムズはそう言って、慌てて出口であろう階段を駆け上がった。
それからしばらくして、彼が慌てて駆け上がって行った階段から、本当に誰かの足音が聞こえてくる。
「すみません、ロファース君。少々手間取ってしまいましてね」
と、階段を降りてきたのは、フードの男であった。
「あれ!?あなた一人ですか?」
ロファースが疑問気に聞くと、
「ええ、そうですが」
と、フードの男は答える。すると、彼はロファースが入れられた牢屋に近付き、カチャカチャーー‥‥ガチャッーーと。鈍い音を立てて、牢屋の扉が開く。
「鍵!?なんで!?」
フードの男はなぜか牢の鍵を所有しており、ロファースの閉じ込められていた牢屋の扉を開けたのだ。
「エルフ達が快く渡してくれましたよ。説明もうまく出来ましたし、だから安心して下さいね」
フードの男は穏やかにそう言うと、
「ああ、そうそう。あと、今日はこの村に泊めてもらえることになりましたから」
「は!?」
唖然とするロファースを見て、
「とりあえず、ここから出ましょうか」
と、彼は言った。
確かに、いつまでも牢屋に居たくないとロファースは思い、聞きたいことは山ほどあったが、とりあえずは頷く。
ーー階段を上がり、そこから出れば、辺りはすっかり日が暮れていた。
確か、牢に入る前は昼だったなとロファースは思い出す。
ロファースはフードの男を見つめ、
「エルフは人間を嫌ってるんですよね?なのに、この村に泊まってもいいんですか?それに、本当に快く鍵を渡してくれたんですか?」
疑うようで悪いが、疑問に思ったそれを吐き出す。
エルフ達に囲まれた時、彼らは本当にロファースとフードの男を見ておぞましそうな顔をしていた。
本当に人間を嫌っているんだとわかった。
隊長の部隊も早々に追い出されたと、セルダーも言っていた。それなのに‥‥
「あなたはなんなんですか?強力な結界すらも簡単に壊して、一体‥‥」
「僕を疑っているんですか?」
そう聞かれては、ロファースは口ごもるしかない。
「まあ、そうですね。説明なく疑わしい行動をしているのは僕なんですから」
フードの男はうんうんと頷き、
「僕は普通の人間ではありませんから」
続くその声は、少しだけ寂しげに聞こえた。
「普通の人間じゃない?」
「君にはいつか話しましょう。でも今はまだ。話せば、君にも辛い思いをさせてしまいます」
「俺に?」
一体、なんの話なんだとロファースは目を見張る。
「これだけは信じて下さい。僕は君の味方です、ロファース君」
その言葉に、
「不思議な人ですね、あなたは」
「不思議?」
言われて、フードの男は首を傾げる。
「わからないけど、怪しいんですけど、悪い人じゃないって、俺にはわかります。悪い人じゃないんですよね?」
ロファースが聞けば、
「悪人と言えば悪人に、善人と言えば善人に。言葉によって変わりますよ。例えばもしここで僕がその質問に『はい』と答えても、それは口だけのことです。君を騙している悪人かもしれません」
ロファースは頷き、
「それはそうですね。わかりました。じゃあ、俺は信じてみますよ。あなたがさっき俺の敵じゃないと言ったその言葉を。あなたは今、牢屋に入れられた俺を見捨てなかった。聞きたいことはたくさんあるけど、あなたが話す気になるまで待ちます」
すると、フードの男は少し俯き、
「‥‥辛くないんですか?友や仲間だと思っていた人に、君は騙され裏切られたんですよ。また、そんなに簡単に人を信じても‥‥」
「真意がまだわかりませんから」
ロファースはフードの男の言葉を遮り、
「セルダーとイルダンさん、エウルドスの真意が、目的が。あなたはそれを知っているのかもしれないけど、俺はまだ知らない。自分の目で確かめて、この耳で聞いて、それまでは、俺は彼らを憎むことなんか出来ないし、まだ、辛くもないですよ。俺は‥‥友を、セルダーを信じてますから」
ロファースはニコリと微笑み、柔らかい口調で言った。憎しみの欠片などなく、強がりなどでもなく、ロファース自身の心の広さ、強さを物語っている。
「‥‥行きましょうか、泊めてくれる家に案内します」
フードの男はロファースから視線を外す。
真っ直ぐに人を信じるロファースを直視出来なかった。
出来るはずが、なかった。
ーーフードの男に案内されたのは、村の奥の方にある小さな家だった。
「この家に泊めてもらえるそうなんですよ」
フードの男は言いながら、木で出来たドアをコンコンとノックする。
「‥‥へいへい。また説教かよ、村長‥‥」
ガチャリーーと、家の主はドアを開けながら言ったが、フードの男とロファースの姿を確認し、
「へ、あ、あれ!?あんた牢屋に入ってた‥‥こっちは結界を破った‥‥え、え?なに?」
家の主はロファースとフードの男を交互に見る。
「あっ、レムズさん!レムズさんの家に泊めてもらえるんですね」
ロファースが言った。
そう。先ほど牢屋で会った魚人とエルフのハーフと名乗った少年、レムズの家であった。
「はぁ!?ちょっと待て!一体なんの‥‥」
「おや、お知り合いですか?」
驚きながら何かを言おうとしたレムズの言葉を無視してフードの男はロファースに尋ねる。
「はい。さっき牢屋で会ったんですよ」
「ちょっ、あんたら、俺の話を聞けよ!」
自分を無視して話を進めるので、レムズは怒鳴った。
「さっ、さっきから泊めるだのなんだの何のことだよ!」
「おや、聞いていませんか?僕はエルフの長にこの家に泊めてもらうように言われたんですよ」
フードの男がさらりと言えば、
「あんのクソ村長がぁあああっ!?厄介者は俺に押し付けたらいいと思ってやがるな!」
どうやらレムズは本当に知らなかったようだ。
「えーっと‥‥泊めてもらえるんですか?」
ロファースが聞くと、
「ダメだダメだダメに決まってんだろ!あんなクソ村長の思いのままにいかせるかよ!誰が泊めてやるもん‥‥か‥‥?」
トッ‥‥何か軽い音と共に、レムズの声も疑問を交えて小さくなる。
「なっ、何だよ」
フードの男がレムズに詰め寄り、腕を伸ばして手をドアに当て、レムズが逃げられないようにーー言うなれば包囲した。
「いえ。別に何も?」
フードの男は口元に笑みをたたえている。
「何も‥‥って顔じゃねえよなそれ!いや、顔見えないけど!」
「もう一度聞きますよ、泊めて頂けますか?」
「うぐぐっ‥‥ダメに決まっ」
ーーゾクッ‥‥
レムズは背筋が凍るような感覚に陥る。
フードの男の内に、底知れぬ力を感じたのだ。
まるで射ぬかれるかのように、背筋は凍り続ける。
何が可笑しいのか、フードの男はそんなレムズを見て小さく笑った。
それが妙に不気味に感じて、レムズの中に恐怖心が芽生え、足までもがカタカタと震え出す。
「わっ、わわわわわかった。今晩‥‥今晩だけだぞ!明日の朝には出てってくれよ!?この家は狭いんだからよ!」
レムズは自分の横に伸ばされていたフードの男の腕を払い除け、やけくそ混じりに叫んだ。
「助かります、ありがとう!」
一人、安全地帯にいたロファースは笑顔で礼を言った。
レムズは渋々、ロファース達を家へ招き入れる。
見渡す限り、家の中は生活に必要である家具類しか無いように見えた。
ふと、ロファースの脳裏には先刻訪れたアイムの家が思い起こされる。
「ジロジロ見てなんだよ。どうせ俺は貧乏なハーフだよ」
ロファースがあまりにもまじまじと家の中を見ていたものだから、レムズはふてくされるように言った。
「いっ、いえ。そんなつもりじゃなくて。凄く良い家だなって」
ロファースは本当にそう思う。アイムの家を、彼女の生き方を見た後だからであろうか‥‥
「それよかとっとと寝ろよな!風呂なら勝手に入っとけ!飯はパンと果物がそこの箱ん中にあるから食っとけ!ったく‥‥あの村長め‥‥」
ぶつぶつと悪態を吐くレムズを横目に、
(そういえば、フォード行きの船で朝食を食べたっきり、何も食べていなかったな)
ロファースは急に空腹感を感じた。
「じゃあ、パンと果物、少し戴いていいですか?」
「勝手に食えよ。果物はそこら辺に勝手に実るんで調達しやすいからな」
レムズが言った。
確かに、エルフの里は豊かな木々に恵まれている。果物が実りやすい環境なのであろう。
それからレムズはフードの男に視線を移し、
「あんたは食わねーの?」
と、尋ねれば、
「ああ、僕は結構ですよ」
フードの男は木の椅子に座りながら言った。
ーーロファースはパンと果物を食べ終えた後、レムズに「さっさと風呂入って寝ろ」と促され、風呂に入っていた。
だが、それからレムズはしまった‥‥と思う。
今は部屋に自分とフードの男しか居ないことに気付いたからだ。
(こいつ‥‥なんか異常なんだよな)
レムズはそう思う。何が異常かと言えば‥‥
「流石ですね。エルフと魚人のハーフですか。さぞかし察しが良いんでしょうね、レムズ君は」
「へ!?」
いきなりフードの男に言われて、レムズはビクッと肩を揺らした。
「なっ、何がだ?」
「僕がどれほどの力を秘めているか‥‥君はなんとなくわかるんでしょう?」
彼はクスクスと笑う。
「そっ、そりゃあ、あの結界を解いたんだ!お前が凄い力を持ってるってのは一目瞭然だろ?」
「それもあります。それもありますが‥‥わかるんですよね?僕が力を使わなくても、僕がいつだってーー‥‥そう。殺気を放っていることを」
「ーー!」
レムズは目を見開かせた。
そう、‘異常’。
レムズがこの男に感じていたもの。
それは彼が、有り余る程のなんらかの力を身体中に秘めていること。
そしてそれを、まるで殺気の如く撒き散らしていること。
だが、並大抵の者はそれに気付かないであろう、普通は。
「遥か昔からエルフは占いの能力に優れ、魚人は歴史を見通す力を微かに持っている。君はその二つを受け継ぎ、敏感になっているんですよね。目に視える全てのことに。いえ、視えないものさえもーーですかね」
フードの男が微笑しながら淡々と語るのを、まるで凝視するかのようにレムズは聞いていたが、
「あんたは、いったい‥‥」
震える声で尋ねた。
「ああ、そうか。未来を見通す力ーー過去までは視えませんよね。僕の正体がなんなのか、君にはわかりませんよね」
「わっ、わかんねーよ」
フードの男の言葉に、レムズは眉を潜める。
「それどころか、あんたの未来さえも視えねぇよ。普通は‥‥ちょっとぐらいは視えるはずなんだが‥‥あんたの未来はさっぱり‥‥」
「そうですか。ならば、彼の未来は視えましたか?」
彼ーー聞かれてレムズはしばらく考えたが、
「ロファースか。まあ完璧に視えるってわけじゃねーけど、ただ一つ。追われ続ける、かな。何に追われてるかは知らねーけどさ」
レムズの言葉に、
(追われ続ける、か)
フードの男は静かに息を吐き、
「レムズ君」
「なっ、何‥‥」
「ロファース君には言わないで下さいね、僕のこと」
「僕のことって?」
「今話した一連の内容ですよ」
それからフードの男は見回すかのように部屋を眺め、
「ですがまあ、君も相当苦労していますね」
そう言われ、
「なっ、何が‥‥」
「エルフは仲間意識が強い種族ですから、自分の種族以外を嫌う。それは、ハーフも例外ではない」
「‥‥」
レムズは無言で俯く。フードの男はちらりとそれを見て、
「さて、僕は先に休ませてもらいましょうかね」
「あっ、ああ‥‥あっちの部屋が空いてるから、好きに使えよ」
と、レムズは奥のドアを指差した。
◆◆◆◆◆
「あれ?」
風呂から上がり、ロファースは首を傾げる。
「あの男なら先に休んでるぞ」
レムズがロファースの疑問の意を汲み取り、そう伝えた。
「そうですか」
言いながら、ロファースはレムズの席の真正面に座る。
「‥‥ロファースさ、なんかに、追われてんの?」
「え?」
レムズがいきなり聞いてきたので、ロファースは目を丸くした。
「あ。知らないんだな」
と、レムズは一言そう言い、
「言ったように、俺はエルフと魚人のハーフだ。エルフは占いの能力に優れ、魚人は歴史を見通す力を微かに持ってる。だから俺はその二つを受け継ぎ、他人の未来がちょっとだけ視えるんだぜ」
「未来が!?すっ、凄い‥‥!」
ロファースは本気で凄いと思ったが、レムズの表情はどこか寂しげに見えた。
「ーーで?俺の言ったこと、当たってるか?」
レムズの言ったことをロファースは考え、
(追われている‥‥エウルドス。イルダンさんやセルダー達が俺を殺そうとしていることか?)
しばらくしてからロファースは首を横に振り、
「わかりません‥‥追われているのかなんなのかは。でも、当たってるのかもしれません」
ロファース自身にもわからなかった。彼らがまだ、自分を追っているのかどうかさえも。
「なんか知んねーけど、お前も大変そうだなー」
「お前も?」
「あー!いやいや何でもねー!もう休めよ。真夜中だぞ。俺ももう寝るしさ」
レムズは苦笑いをして言った。
◆◆◆◆◆
レムズの家のベッドを借り、ロファースは横になる。
友達だったはずのセルダーの言葉を思い出してはまだ何も信じられない気持ちになった。
これから、意味もわからずイルダン達に追われるのだろうか?
『ロファースよ、我々にとってはお前という存在自体が危険なんだ。エウルドスから出られてはな。
何もお前だけではない。エウルドスの人間全てがーー』
意味深な彼の言葉が頭から離れない。
それに、神父と教会の子供達の安否も気に掛かる。
(俺が国を出たせいで、神父様や子供達が酷い目に‥‥?くそっ‥‥!!俺は、俺はどうしたら!?)
布団にくるまり、歯を食い縛った。疲れていたせいか、眠気に襲われる頃には、貧困街で出会った少女の笑顔に包み込まれる。
いつかまた、会いに行こうと決めた。
事が落ち着いたその時に、いつか、必ずーー。
彼女の生き方を、笑顔を、守ってあげたい。
なぜだかそう、思った。
~ 四日目〈終〉~
牢屋に入れられてしばらくが経った。
だが、不思議なことに見張りは居ない。
ロファースよりも皆、あのフードの男を警戒しているようだ。
静まり返っている為、ため息だけでもよく響く。
(それにしても驚いた。エルフなんて本当に存在したんだ。それに、本当にあんなにも人間を嫌ってるんだな‥‥)
血を浴びた鎧、下劣な剣ーー。
それを聞くと、一昨日の‥‥初めて赴いた戦場を思い出してしまい、身震いがした。
「お前は戦いを好まないんだな、人間」
静まり返っていたその場所に、自分以外の声が響く。不思議なことに、ロファースは全く驚かなかった。
むしろ、その声がとても落ち着いていて、綺麗だと感じたからだ。
「君は?」
ロファースは鉄格子の前に立つ人物を見つめ、
「エルフ‥‥じゃない?」
その人物を見て、ロファースは首を傾げる。
目の前に立つ人物は、自分より少し若そうな少年だ。
エルフのように尖った耳ではなく、まるで魚を思わせるような、頭から生えた長いヒレのような耳。
赤い目に透き通るような青の髪。
「俺はレムズ。お前は?」
少年はそう名乗ると、ロファースに尋ね返した。
「俺は、ロファースです」
「ロファースか。お前の仲間、凄いな!あの結界を破っちまうなんてさ」
急に、レムズは楽しそうにそう話す。
「仲間‥‥ああ、あの人か。いや、仲間じゃないんですけど‥‥そんなに凄いんですか?」
「だってあの結界は数十人がかりで張った結界だぞ!それをあっさり‥‥しかも人間、しかもたった一人で破るなんて凄すぎることだ」
レムズは感心しながら言った。
「とっ、ところであなたは?エルフ‥‥じゃないですよね?」
「ハーフだよ、ハーフ。エルフと魚人の」
「魚人?」
ロファースは首を傾げる。
「魚人を知らないのか?」
レムズが首を傾げてそう聞けば、ロファースはコクりと頷き、
「まあ、そっか。人魚なら知ってるんじゃない?」
「人魚は知ってますけど、それこそ物語の中の存在じゃ?」
ロファースの疑問の声に、
「まあ、魚人は人前に現れないからな。それに寿命も短い。でも、今でも本当に海の底に存在してるんだぜ!」
信じられないような話だが、エルフだって本当に存在していた。ロファースが口を開こうとすれば、
「おっと、やばっ!誰か来る」
レムズは慌てて言い、
「誰か来るんですか?」
しかし、ロファースには何も聞こえないので聞けば、
「魚人もエルフも耳が良いんでね。足音と話し声が聞こえた。じゃあなロファース!」
レムズはそう言って、慌てて出口であろう階段を駆け上がった。
それからしばらくして、彼が慌てて駆け上がって行った階段から、本当に誰かの足音が聞こえてくる。
「すみません、ロファース君。少々手間取ってしまいましてね」
と、階段を降りてきたのは、フードの男であった。
「あれ!?あなた一人ですか?」
ロファースが疑問気に聞くと、
「ええ、そうですが」
と、フードの男は答える。すると、彼はロファースが入れられた牢屋に近付き、カチャカチャーー‥‥ガチャッーーと。鈍い音を立てて、牢屋の扉が開く。
「鍵!?なんで!?」
フードの男はなぜか牢の鍵を所有しており、ロファースの閉じ込められていた牢屋の扉を開けたのだ。
「エルフ達が快く渡してくれましたよ。説明もうまく出来ましたし、だから安心して下さいね」
フードの男は穏やかにそう言うと、
「ああ、そうそう。あと、今日はこの村に泊めてもらえることになりましたから」
「は!?」
唖然とするロファースを見て、
「とりあえず、ここから出ましょうか」
と、彼は言った。
確かに、いつまでも牢屋に居たくないとロファースは思い、聞きたいことは山ほどあったが、とりあえずは頷く。
ーー階段を上がり、そこから出れば、辺りはすっかり日が暮れていた。
確か、牢に入る前は昼だったなとロファースは思い出す。
ロファースはフードの男を見つめ、
「エルフは人間を嫌ってるんですよね?なのに、この村に泊まってもいいんですか?それに、本当に快く鍵を渡してくれたんですか?」
疑うようで悪いが、疑問に思ったそれを吐き出す。
エルフ達に囲まれた時、彼らは本当にロファースとフードの男を見ておぞましそうな顔をしていた。
本当に人間を嫌っているんだとわかった。
隊長の部隊も早々に追い出されたと、セルダーも言っていた。それなのに‥‥
「あなたはなんなんですか?強力な結界すらも簡単に壊して、一体‥‥」
「僕を疑っているんですか?」
そう聞かれては、ロファースは口ごもるしかない。
「まあ、そうですね。説明なく疑わしい行動をしているのは僕なんですから」
フードの男はうんうんと頷き、
「僕は普通の人間ではありませんから」
続くその声は、少しだけ寂しげに聞こえた。
「普通の人間じゃない?」
「君にはいつか話しましょう。でも今はまだ。話せば、君にも辛い思いをさせてしまいます」
「俺に?」
一体、なんの話なんだとロファースは目を見張る。
「これだけは信じて下さい。僕は君の味方です、ロファース君」
その言葉に、
「不思議な人ですね、あなたは」
「不思議?」
言われて、フードの男は首を傾げる。
「わからないけど、怪しいんですけど、悪い人じゃないって、俺にはわかります。悪い人じゃないんですよね?」
ロファースが聞けば、
「悪人と言えば悪人に、善人と言えば善人に。言葉によって変わりますよ。例えばもしここで僕がその質問に『はい』と答えても、それは口だけのことです。君を騙している悪人かもしれません」
ロファースは頷き、
「それはそうですね。わかりました。じゃあ、俺は信じてみますよ。あなたがさっき俺の敵じゃないと言ったその言葉を。あなたは今、牢屋に入れられた俺を見捨てなかった。聞きたいことはたくさんあるけど、あなたが話す気になるまで待ちます」
すると、フードの男は少し俯き、
「‥‥辛くないんですか?友や仲間だと思っていた人に、君は騙され裏切られたんですよ。また、そんなに簡単に人を信じても‥‥」
「真意がまだわかりませんから」
ロファースはフードの男の言葉を遮り、
「セルダーとイルダンさん、エウルドスの真意が、目的が。あなたはそれを知っているのかもしれないけど、俺はまだ知らない。自分の目で確かめて、この耳で聞いて、それまでは、俺は彼らを憎むことなんか出来ないし、まだ、辛くもないですよ。俺は‥‥友を、セルダーを信じてますから」
ロファースはニコリと微笑み、柔らかい口調で言った。憎しみの欠片などなく、強がりなどでもなく、ロファース自身の心の広さ、強さを物語っている。
「‥‥行きましょうか、泊めてくれる家に案内します」
フードの男はロファースから視線を外す。
真っ直ぐに人を信じるロファースを直視出来なかった。
出来るはずが、なかった。
ーーフードの男に案内されたのは、村の奥の方にある小さな家だった。
「この家に泊めてもらえるそうなんですよ」
フードの男は言いながら、木で出来たドアをコンコンとノックする。
「‥‥へいへい。また説教かよ、村長‥‥」
ガチャリーーと、家の主はドアを開けながら言ったが、フードの男とロファースの姿を確認し、
「へ、あ、あれ!?あんた牢屋に入ってた‥‥こっちは結界を破った‥‥え、え?なに?」
家の主はロファースとフードの男を交互に見る。
「あっ、レムズさん!レムズさんの家に泊めてもらえるんですね」
ロファースが言った。
そう。先ほど牢屋で会った魚人とエルフのハーフと名乗った少年、レムズの家であった。
「はぁ!?ちょっと待て!一体なんの‥‥」
「おや、お知り合いですか?」
驚きながら何かを言おうとしたレムズの言葉を無視してフードの男はロファースに尋ねる。
「はい。さっき牢屋で会ったんですよ」
「ちょっ、あんたら、俺の話を聞けよ!」
自分を無視して話を進めるので、レムズは怒鳴った。
「さっ、さっきから泊めるだのなんだの何のことだよ!」
「おや、聞いていませんか?僕はエルフの長にこの家に泊めてもらうように言われたんですよ」
フードの男がさらりと言えば、
「あんのクソ村長がぁあああっ!?厄介者は俺に押し付けたらいいと思ってやがるな!」
どうやらレムズは本当に知らなかったようだ。
「えーっと‥‥泊めてもらえるんですか?」
ロファースが聞くと、
「ダメだダメだダメに決まってんだろ!あんなクソ村長の思いのままにいかせるかよ!誰が泊めてやるもん‥‥か‥‥?」
トッ‥‥何か軽い音と共に、レムズの声も疑問を交えて小さくなる。
「なっ、何だよ」
フードの男がレムズに詰め寄り、腕を伸ばして手をドアに当て、レムズが逃げられないようにーー言うなれば包囲した。
「いえ。別に何も?」
フードの男は口元に笑みをたたえている。
「何も‥‥って顔じゃねえよなそれ!いや、顔見えないけど!」
「もう一度聞きますよ、泊めて頂けますか?」
「うぐぐっ‥‥ダメに決まっ」
ーーゾクッ‥‥
レムズは背筋が凍るような感覚に陥る。
フードの男の内に、底知れぬ力を感じたのだ。
まるで射ぬかれるかのように、背筋は凍り続ける。
何が可笑しいのか、フードの男はそんなレムズを見て小さく笑った。
それが妙に不気味に感じて、レムズの中に恐怖心が芽生え、足までもがカタカタと震え出す。
「わっ、わわわわわかった。今晩‥‥今晩だけだぞ!明日の朝には出てってくれよ!?この家は狭いんだからよ!」
レムズは自分の横に伸ばされていたフードの男の腕を払い除け、やけくそ混じりに叫んだ。
「助かります、ありがとう!」
一人、安全地帯にいたロファースは笑顔で礼を言った。
レムズは渋々、ロファース達を家へ招き入れる。
見渡す限り、家の中は生活に必要である家具類しか無いように見えた。
ふと、ロファースの脳裏には先刻訪れたアイムの家が思い起こされる。
「ジロジロ見てなんだよ。どうせ俺は貧乏なハーフだよ」
ロファースがあまりにもまじまじと家の中を見ていたものだから、レムズはふてくされるように言った。
「いっ、いえ。そんなつもりじゃなくて。凄く良い家だなって」
ロファースは本当にそう思う。アイムの家を、彼女の生き方を見た後だからであろうか‥‥
「それよかとっとと寝ろよな!風呂なら勝手に入っとけ!飯はパンと果物がそこの箱ん中にあるから食っとけ!ったく‥‥あの村長め‥‥」
ぶつぶつと悪態を吐くレムズを横目に、
(そういえば、フォード行きの船で朝食を食べたっきり、何も食べていなかったな)
ロファースは急に空腹感を感じた。
「じゃあ、パンと果物、少し戴いていいですか?」
「勝手に食えよ。果物はそこら辺に勝手に実るんで調達しやすいからな」
レムズが言った。
確かに、エルフの里は豊かな木々に恵まれている。果物が実りやすい環境なのであろう。
それからレムズはフードの男に視線を移し、
「あんたは食わねーの?」
と、尋ねれば、
「ああ、僕は結構ですよ」
フードの男は木の椅子に座りながら言った。
ーーロファースはパンと果物を食べ終えた後、レムズに「さっさと風呂入って寝ろ」と促され、風呂に入っていた。
だが、それからレムズはしまった‥‥と思う。
今は部屋に自分とフードの男しか居ないことに気付いたからだ。
(こいつ‥‥なんか異常なんだよな)
レムズはそう思う。何が異常かと言えば‥‥
「流石ですね。エルフと魚人のハーフですか。さぞかし察しが良いんでしょうね、レムズ君は」
「へ!?」
いきなりフードの男に言われて、レムズはビクッと肩を揺らした。
「なっ、何がだ?」
「僕がどれほどの力を秘めているか‥‥君はなんとなくわかるんでしょう?」
彼はクスクスと笑う。
「そっ、そりゃあ、あの結界を解いたんだ!お前が凄い力を持ってるってのは一目瞭然だろ?」
「それもあります。それもありますが‥‥わかるんですよね?僕が力を使わなくても、僕がいつだってーー‥‥そう。殺気を放っていることを」
「ーー!」
レムズは目を見開かせた。
そう、‘異常’。
レムズがこの男に感じていたもの。
それは彼が、有り余る程のなんらかの力を身体中に秘めていること。
そしてそれを、まるで殺気の如く撒き散らしていること。
だが、並大抵の者はそれに気付かないであろう、普通は。
「遥か昔からエルフは占いの能力に優れ、魚人は歴史を見通す力を微かに持っている。君はその二つを受け継ぎ、敏感になっているんですよね。目に視える全てのことに。いえ、視えないものさえもーーですかね」
フードの男が微笑しながら淡々と語るのを、まるで凝視するかのようにレムズは聞いていたが、
「あんたは、いったい‥‥」
震える声で尋ねた。
「ああ、そうか。未来を見通す力ーー過去までは視えませんよね。僕の正体がなんなのか、君にはわかりませんよね」
「わっ、わかんねーよ」
フードの男の言葉に、レムズは眉を潜める。
「それどころか、あんたの未来さえも視えねぇよ。普通は‥‥ちょっとぐらいは視えるはずなんだが‥‥あんたの未来はさっぱり‥‥」
「そうですか。ならば、彼の未来は視えましたか?」
彼ーー聞かれてレムズはしばらく考えたが、
「ロファースか。まあ完璧に視えるってわけじゃねーけど、ただ一つ。追われ続ける、かな。何に追われてるかは知らねーけどさ」
レムズの言葉に、
(追われ続ける、か)
フードの男は静かに息を吐き、
「レムズ君」
「なっ、何‥‥」
「ロファース君には言わないで下さいね、僕のこと」
「僕のことって?」
「今話した一連の内容ですよ」
それからフードの男は見回すかのように部屋を眺め、
「ですがまあ、君も相当苦労していますね」
そう言われ、
「なっ、何が‥‥」
「エルフは仲間意識が強い種族ですから、自分の種族以外を嫌う。それは、ハーフも例外ではない」
「‥‥」
レムズは無言で俯く。フードの男はちらりとそれを見て、
「さて、僕は先に休ませてもらいましょうかね」
「あっ、ああ‥‥あっちの部屋が空いてるから、好きに使えよ」
と、レムズは奥のドアを指差した。
◆◆◆◆◆
「あれ?」
風呂から上がり、ロファースは首を傾げる。
「あの男なら先に休んでるぞ」
レムズがロファースの疑問の意を汲み取り、そう伝えた。
「そうですか」
言いながら、ロファースはレムズの席の真正面に座る。
「‥‥ロファースさ、なんかに、追われてんの?」
「え?」
レムズがいきなり聞いてきたので、ロファースは目を丸くした。
「あ。知らないんだな」
と、レムズは一言そう言い、
「言ったように、俺はエルフと魚人のハーフだ。エルフは占いの能力に優れ、魚人は歴史を見通す力を微かに持ってる。だから俺はその二つを受け継ぎ、他人の未来がちょっとだけ視えるんだぜ」
「未来が!?すっ、凄い‥‥!」
ロファースは本気で凄いと思ったが、レムズの表情はどこか寂しげに見えた。
「ーーで?俺の言ったこと、当たってるか?」
レムズの言ったことをロファースは考え、
(追われている‥‥エウルドス。イルダンさんやセルダー達が俺を殺そうとしていることか?)
しばらくしてからロファースは首を横に振り、
「わかりません‥‥追われているのかなんなのかは。でも、当たってるのかもしれません」
ロファース自身にもわからなかった。彼らがまだ、自分を追っているのかどうかさえも。
「なんか知んねーけど、お前も大変そうだなー」
「お前も?」
「あー!いやいや何でもねー!もう休めよ。真夜中だぞ。俺ももう寝るしさ」
レムズは苦笑いをして言った。
◆◆◆◆◆
レムズの家のベッドを借り、ロファースは横になる。
友達だったはずのセルダーの言葉を思い出してはまだ何も信じられない気持ちになった。
これから、意味もわからずイルダン達に追われるのだろうか?
『ロファースよ、我々にとってはお前という存在自体が危険なんだ。エウルドスから出られてはな。
何もお前だけではない。エウルドスの人間全てがーー』
意味深な彼の言葉が頭から離れない。
それに、神父と教会の子供達の安否も気に掛かる。
(俺が国を出たせいで、神父様や子供達が酷い目に‥‥?くそっ‥‥!!俺は、俺はどうしたら!?)
布団にくるまり、歯を食い縛った。疲れていたせいか、眠気に襲われる頃には、貧困街で出会った少女の笑顔に包み込まれる。
いつかまた、会いに行こうと決めた。
事が落ち着いたその時に、いつか、必ずーー。
彼女の生き方を、笑顔を、守ってあげたい。
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~ 四日目〈終〉~
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