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四日目-2
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貧困街から出て元の城下町に戻れば、複雑な心境になってしまう。
(ここの人達は貧困街の人達のことを何とも思わないのだろうか‥‥)
考えても仕方がない。
まだ充分にこの国を回っていないが、もう得るものはないだろう。ここを出て、違う場所に行こうかと考えた矢先だ。
ロファースの目に見覚えのあるものが映る。
それは、エウルドスの騎士数人の姿だった。
無断で国を、騎士団を抜け出した為、ロファースは彼らと顔を合わせるのを躊躇い、建物の陰に隠れて様子を伺ってみた。
エウルドス兵達はフォード国の人々に何か聞き込みをしているようだ。さすがに話までは聞こえないが‥‥
(なぜ、フォード国に?セルダーやイルダンさんもいるのだろうか)
ロファースは兵達の中にその姿はないかと捜してみる。だが、勝手に逃げ出して、自分は一体何をしているんだろうと苦笑した。
すると、
「ーー‥‥なのだが」
一人の兵士の声が異様に大きいのか、ロファースにも微かに話が聞こえてきて、耳を傾ける。
「見覚えはありませんか?」
ーーと。誰かを捜しているんだろうかと判断する。
そして、次にまた違う兵の声が聞こえて‥‥
「長い赤毛に、十八ぐらいの少年でーー名を、ロファースと‥‥」
冷や汗が流れた。頭の中は真っ白になり、鼓動が速まり止まらない。次に、疑問の言葉が脳内を埋め尽くす。
「ロファース!良かった!無事だったか!」
「ーー!?」
背後から掛けられた声に、目を見開かせながら振り向けば、それは、短い黒髪の少年騎士‥‥
「セルダー!?」
友人であるセルダーだった。
彼は困惑するような、しかし怒ったような表情をしていて、二人は人気のない薄暗い路地裏で見つめ合う形となる。
先にセルダーが口を開き、
「お前、何してんだよ!無断で国を抜け出したんだって!?」
そう怒鳴ってくる。
‥‥昨日は休日だった。
確かに今日は騎士としての業務の日だ。
ロファースの中に疑問が浮かぶ。
ロファースが国を出たなんて事実は今日の朝にわかるはずだ。今の時刻はまだ昼前。
なぜ、ロファースの居場所がわかっているかのようにフォード国にエウルドス兵がいて、自分を捜しているのか?
ーー‥‥しかし、
「なんで一言でも言っていかないんだよ!友達だろ、俺らは!」
そんな友人の言葉に思考は振りほどかれ、申し訳ない気持ちになってしまう。
「皆、お前を心配して捜してるんだ!ほら!一緒に帰ろう!?」
セルダーが手を差し出してきた。
だが、不思議とその手を取る気にはなれない。
自分で決めたのだ。
エウルドス王国を出て、たくさんの世界を見て、知って。
一度、疑心を抱いた国にはもう戻れない。
「なあ、セルダー‥‥なんで俺がここにいるって‥‥」
「おやおや。なんだか嫌な場面ですねー」
ロファースが疑問を口にしようとした時、背後からまた別の声がして‥‥それは先ほど城前で出会ったフードの男だった。
「意味深な別れ方をしたのに、もう再会してしまいましたね」
なんて、彼は笑う。
「なんだよお前は」
セルダーはフードの男を睨み付けた。
「君こそ何ですか?さっきからそんなに殺気を立たせてーー友達に向けるものではないですよ、そんなもの」
「え?」
フードの男の言葉にロファースは首を傾げる。
「ロファース君もロファース君です。ぼんやりしていたら彼に殺されますよ?」
「はあ?殺され‥‥?」
ますます意味がわからなくて、ロファースはセルダーとフードの男を交互に見た。
しかし、セルダーがククッ‥‥と笑い、
「ロファースさあ、エウルドスの方針を間違ってるって思ってんだろ?」
「!?」
そのことをセルダーに話していないはずなのにとロファースは驚く。
「ははっ。なんで俺がそのことを知ってるんだって顔だな。昨日さ、お前がいなくなってすぐ、お前を育ててた教会の神父さんが口を割ったんだよ」
ロファースは目を見開かせ、
「神父様に‥‥何かしたのか!?」
「さてなー。まあ、教会のガキ共がピーピー泣いてたって話だぜ!?」
「ーーっ!」
可笑しそうに言うセルダーに、ロファースは怒り任せに掴みかかろうとしたが、
「落ち着いて。全て彼の思うままになりますよ」
冷静な声でフードの男に諌められる。
「あはははは!お前がそんなに怒るの初めて見たぜ!だって弱虫だもんなぁ、お前!」
セルダーは腹を抱えて笑い続けた。その姿こそ見たことがない。だって、自分と彼は‥‥友達なのだ。
「なんなんだよセルダー!なんでそんな‥‥俺達は」
「友達」
ロファースの言葉にセルダーは一言そう繋げ、
「ーーってか?はははは、はははは!」
更に冗談めかして笑い続けた。
「俺はお前のことなんざ友達だなんて思ったことは一度もねぇよ!お前のことは元より邪魔としか思ってなかったしな!」
「なっ‥‥んだよそれ、邪魔って‥‥セルダー、何を‥‥」
セルダーの口から信じられない言葉ばかりが続き、ロファースは震える声で言ったが、言葉は途中で止まる。
「見つけたなら報告しろと言ったはずだ、セルダー」
また、よく知った声がしたからだ。
「‥‥すみません、イルダン先輩」
セルダーは現れた人物ーーイルダンに謝る。
イルダンは冷ややかな目でロファースを睨み、
「ロファース。エウルドス王はお怒りだ。無断で国を出たお前に対してな」
「なっ‥‥なぜですか!俺一人いなくなっただけで、なぜ!?」
「お前は知った。エモイト王の死の真相を」
「俺は口外するつもりはありません!」
「それだけではない」
「!?」
それ以外、他に何があるんだとロファースの顔に疑問の色が浮かぶ。
「ロファースよ、我々にとってはお前という存在自体が危険なんだ。エウルドスから出られてはな」
イルダンにそう言われ、意味がわからないとロファースは彼を睨み返す。誰かが次の言葉を繰り出す前に、
「ふふ‥‥エウルドスはまた繰り返しているのですか。なんともまぁ、残酷な」
フードの男が静かに笑いながら言った。イルダンはフードの男を睨む。
「そんなに睨まないで下さいよ。言ってみただけですから。まあ、とりあえずはーーこれでますますロファース君をあなた方に渡すわけにはいきません。渡した瞬間に、殺すのでしょう?」
「えっ!?」
フードの男の言葉を聞き、それに対して肯定も否定もしないイルダンとセルダーの様子を見て、本当なのかとロファースは感じた。
「昨日、エウルドス王が部隊長ガランダ様に命を下した。俺を部隊長として、セルダー、そしてここに来ている兵達‥‥これを俺の部隊とし、ロファースーーお前を殺す命を受けたのだ」
イルダンから告げられた事実に、怒りと困惑が湧き上がる。
「意味がわからない!俺の何が危険だと言うんですか!?」
ロファースの叫びに、
「何もお前だけではない。エウルドスの人間全てがーー」
「もう黙ってもらえるか?」
イルダンの言葉はフードの男の低い声に遮られる。
「それ以上、僕の前でその話をしてみろ‥‥」
先程までとはまるで違うフードの男の様子に、イルダンとセルダーは彼を凝視した。
ロファースにもわかる。
これが、目に見える殺気なのかと言うほどに、異様な空気が広がった‥‥だが、
「‥‥ふふ。僕があなた方を殺したくなってしまいますから、ね?話題には気をつけて下さい?」
ふわりと、元の声に戻し、彼は口元を歪める。そして、
「それでは、この辺でそろそろ失礼しましょうかね、ロファース君」
「は?」
フードの男の言葉にロファースは首を傾げ、その瞬間、辺りに砂埃が舞った。
「うっ!?ゲホゲホッ‥‥なっ、なんで街中にこんな砂が!?」
砂埃が口に入り、ロファースはむせ込む。砂埃のせいで辺りの状況も見えはしない。
「ロファース!」
と、セルダーが自分の名前を叫ぶ声が聞こえ、
「本当にお前は馬鹿だよ!俺の友達ごっこにずっとずっと、引っ掛かってたんだからな!」
そう言って、彼は大笑いした。
本当に、意味がわからない、理解できない、信じられないーー俯くロファースに、
「あんな馬鹿みたいな言葉に耳を傾ける必要ありませんよ。さあ、行きましょう」
砂埃の中でようやくフードの男の姿だけが見えて、彼がロファースの腕を掴んだ瞬間、辺りはまばゆく光った。
そして、次第に視界は戻り‥‥
「逃げられたか」
イルダンは言った。ロファースとフードの男の姿はもうない。
「なんだったんですかね、あの砂埃」
悪態を吐くようにセルダーは言った。イルダンはしばらく沈黙し、
(あれは魔術か?いや、人間は魔術など使えない。人間ではないのか?それに、奴は確実に知っている。エウルドスの真実を)
◆◆◆◆◆
「ここは!?」
ロファースは驚きながら辺りを見回した。
先程までフォード国に居たはずなのに、目の前の場所は国などではなく、どこかの森なのだ。
「久し振りですが、うまく飛べたようで良かったです」
背後でフードの男が言い、
「飛べた?」
と、ロファースは首を傾げる。
「ああ、魔術ですよ。転移の」
さらりと言うフードの男に、ロファースはただただ目を丸くして、
「ま‥‥じゅつ‥‥って‥‥」
物語の中でよく聞いたことがある。
エルフだのなんだの、人間とは違う、別のいくつかの種族が使えるものだと。
「あなたは‥‥人間じゃない?」
「一応人間ですよ、僕は」
『一応』‥‥と、微笑を含めてフードの男は言う。
魔術なんて未知なものを目にし、ロファースは次の言葉に悩む。すると、
「かつては、魔術はその才があれば誰でも使えたんですよ。人間もね。でも今は、特別なことが無い限り、人間は魔術を使えない。人間は力を持ってしまえばどこまでも残酷に、残忍になれます。かつて、人々の行いを見兼ねた神様は人間の手から魔術を消し去った。まあ、その楔ももはや錆びきって、ほどけ始めているようですがね」
フードの男の言っていることが全くわからず、ロファースはぽかんと口を開けて聞いていた。
「まあ、こんなつまらない話よりも、これから君がどうするかですね、ロファース君」
いきなり話を振られて、ロファースはセルダー達のことを思い出す。
ロファースはただ、エウルドス王国以外の方針を見たかった。
なのに、今の出来事は何だ?
友達が、先輩がーー友だと、先輩だと思っていたのに。信じていたのに。何故‥‥
「さっきのやり取りからして、あなたは知ってるんですよね、イルダンさんの言葉の意味を」
先程から何かを知っていそうな物言いをするフードの男を真っ直ぐに見る。だが、彼は何も語らない。
「教えて下さい!エウルドス王国は一体なんなんですか!?俺の何が危険だって言うんです!?」
「ふむ‥‥では、ロファース君。僕に聞かせてもらえませんか?君の目的を」
「目的‥‥」
聞かれて、ロファースは呆然と彼を見た。
「俺は‥‥エウルドス王国のやり方がおかしいと思った。だから、世界を知りたくなった。俺はエウルドスしか知らない。だから、俺はたくさん知って、そして‥‥」
思い浮かべるは、先ほどのフォード国の貧困街。
エウルドス王国がエモイト王に行った愚かしい行為。
イルダンとセルダーの言動。
『ちっぽけじゃないわ、とっても素敵よ。とても素敵な理由だと私は思うわ。あなたのその理由が、私には大きく、輝いて見えるの』
先刻のアイムの言葉。
「フォード国の貧困街を見ました‥‥あんな差別がある世界を、そんなものをなくしていきたい。皆が幸せで居られる世界を、俺は見つけたい‥‥なんて、俺、何を言ってるんですかね」
自分の言葉にロファースは苦笑した。
ロファースの言ったことがやはり可笑しかったのか、フードの男も小さく笑う。だが、
「なるほど。君の視野はとても広いようだ」
フードの男はそう呟き、
「いいですね、その夢の続きを、僕は見たい」
小さく口元を緩めて微笑んだ。
「あなたは‥‥一体‥‥」
不思議な、奇妙な雰囲気を醸し出す男を、ロファースはただ見つめることしかできない。
「あっ。そうそう。ここは君が望んだ場所なんですよね」
と、フードの男は飄々とした声で森を見渡し、ロファースは首を傾げた。
「君が行きたいと思った、君が心に浮かべた場所に転移したんですよ?」
「は!?俺、知りませんよ、こんな森の中!」
見覚えの無い場所だし、どこの森なのかも分からない。
「僕も不思議だったんですよ。なぜ、君がこの地を知っているのか、ね」
フードの男も不思議そうに言い、
「ここは強大な魔術が掛けられている場所ですし、幻、みたいなものなんですよ。実際、僕らは今、一つの村に居るんですから」
「村?」
「まあ、簡単なことです、こんな子供騙し。僕の方が魔力は遥かに上ですからね」
ーーパチンッ。フードの男は指を鳴らした。
すると、辺りの景色がぐにゃりと歪み‥‥ロファースは大きく目を見開かせる。
森しかなかったはずのこの場所が、なんと村に変わったではないか!森に囲まれた、小さな村に。
「ここはエルフの里です」
フードの男の言葉に、ロファースは即座に振り向いた。
正式な騎士になった初日にセルダーから聞いた話で知った場所だ。
その時の話で、争いを好まないエルフに、少なからず好感を抱いた。
その想いが、この場所を望んだ決め手なのか?
「ここが‥‥エルフの里」
ロファースは確信するかのように口に出した。
「おや、その様子だと、やはりエルフの里に来たかったようですね」
「いや‥‥その。憧れみたいなものですかね。エルフは戦いを好まないって、友達‥‥えっと、他の騎士から聞いて。俺も、戦は嫌いだから‥‥」
それに「なるほど」と、フードの男は頷き、
「ああ、でも忘れてました。結界を解いたのは良いのですが‥‥」
フードの男はそこまで言い、ロファースに周りを見るよう指で指示する。
「エルフは争いばかりする‘人間’が嫌いでしたね」
と、付け足した。
「!」
ロファースが周りを見れば、尖った耳を持ち、弓を構えた数名の者ーーエルフであろう者達がロファースとフードの男を取り囲んでいた!
それはもう、敵意を剥き出しにして。
「何者だ!見たところ人間のようだが‥‥人間風情がどうやって結界を解いた!?」
一人のエルフの女がそう叫び、
「この前ここを訪れた人間の騎士の仲間か!?」
続けてエルフの男が叫ぶ。
(人間の騎士‥‥!セルダーが言っていた、部隊長達が戦帰りにたまたまエルフの里に辿り着いたって話か!)
ロファースはそのことを思い出す。
「ああ‥‥考えるだけでもおぞましい!ぞろぞろと血を浴びた鎧を身にまとい、下劣な剣を手にしたあの騎士共!」
エルフの男は悲鳴混じりに叫んだ。
「‥‥やれやれ。相変わらずエルフはヒステリックの塊みたいにうるさいですね。僕らをどうするか早く決めてくれま‥‥むぐっ」
「ちょっと!挑発してる場合じゃないでしょう!」
皮肉混じりにフードの男がエルフ達に言うので、ロファースは慌てて彼のその口を手で塞ぐ。
「口の達者な人間め!普段なら追い出す所だが、結界を破るほどの力‥‥おぞましい!牢屋に入ってもらい、処罰を下す!」
エルフの男の怒声に、
「うーん。別に構いませんが、ただ、彼だけ牢屋行きにしてもらえますか?」
「はあ!?」
フードの男の提案に、ここまでわけもわからず連れて来られて、自分だけ逃げる気なのかとロファースが焦れば、
「結界を解いたのは僕です。一度、あなた方と話をさせて下さい。それに彼はあなた方と同様に戦いを好みません。僕の話を聞いて納得して頂ければ、僕と彼を見逃してもらえますか?争いを好まないと言うのなら、話し合いは必要だと思うのですが」
フードの男の言葉に、エルフ達はじっと彼を睨む。
フードで顔が隠れている為、どれだけ見ても表情は読み取れないので真意は見えはしない。
「ーーわかった。とりあえず話は聞こう。来い。そっちの赤毛は牢屋へ連れて行け」
フードの男の考えがわからない為、ロファースは目をちらつかせる。
「安心して下さい。君を見捨てようなどとは考えていませんよ。うまくやる自信があるのでね」
フードの男がこちらを見て言うので、信じていいものかわからないところではあるが、今は自分ではどうにも出来ない。
だからロファースは頷くしかなかった。
(ここの人達は貧困街の人達のことを何とも思わないのだろうか‥‥)
考えても仕方がない。
まだ充分にこの国を回っていないが、もう得るものはないだろう。ここを出て、違う場所に行こうかと考えた矢先だ。
ロファースの目に見覚えのあるものが映る。
それは、エウルドスの騎士数人の姿だった。
無断で国を、騎士団を抜け出した為、ロファースは彼らと顔を合わせるのを躊躇い、建物の陰に隠れて様子を伺ってみた。
エウルドス兵達はフォード国の人々に何か聞き込みをしているようだ。さすがに話までは聞こえないが‥‥
(なぜ、フォード国に?セルダーやイルダンさんもいるのだろうか)
ロファースは兵達の中にその姿はないかと捜してみる。だが、勝手に逃げ出して、自分は一体何をしているんだろうと苦笑した。
すると、
「ーー‥‥なのだが」
一人の兵士の声が異様に大きいのか、ロファースにも微かに話が聞こえてきて、耳を傾ける。
「見覚えはありませんか?」
ーーと。誰かを捜しているんだろうかと判断する。
そして、次にまた違う兵の声が聞こえて‥‥
「長い赤毛に、十八ぐらいの少年でーー名を、ロファースと‥‥」
冷や汗が流れた。頭の中は真っ白になり、鼓動が速まり止まらない。次に、疑問の言葉が脳内を埋め尽くす。
「ロファース!良かった!無事だったか!」
「ーー!?」
背後から掛けられた声に、目を見開かせながら振り向けば、それは、短い黒髪の少年騎士‥‥
「セルダー!?」
友人であるセルダーだった。
彼は困惑するような、しかし怒ったような表情をしていて、二人は人気のない薄暗い路地裏で見つめ合う形となる。
先にセルダーが口を開き、
「お前、何してんだよ!無断で国を抜け出したんだって!?」
そう怒鳴ってくる。
‥‥昨日は休日だった。
確かに今日は騎士としての業務の日だ。
ロファースの中に疑問が浮かぶ。
ロファースが国を出たなんて事実は今日の朝にわかるはずだ。今の時刻はまだ昼前。
なぜ、ロファースの居場所がわかっているかのようにフォード国にエウルドス兵がいて、自分を捜しているのか?
ーー‥‥しかし、
「なんで一言でも言っていかないんだよ!友達だろ、俺らは!」
そんな友人の言葉に思考は振りほどかれ、申し訳ない気持ちになってしまう。
「皆、お前を心配して捜してるんだ!ほら!一緒に帰ろう!?」
セルダーが手を差し出してきた。
だが、不思議とその手を取る気にはなれない。
自分で決めたのだ。
エウルドス王国を出て、たくさんの世界を見て、知って。
一度、疑心を抱いた国にはもう戻れない。
「なあ、セルダー‥‥なんで俺がここにいるって‥‥」
「おやおや。なんだか嫌な場面ですねー」
ロファースが疑問を口にしようとした時、背後からまた別の声がして‥‥それは先ほど城前で出会ったフードの男だった。
「意味深な別れ方をしたのに、もう再会してしまいましたね」
なんて、彼は笑う。
「なんだよお前は」
セルダーはフードの男を睨み付けた。
「君こそ何ですか?さっきからそんなに殺気を立たせてーー友達に向けるものではないですよ、そんなもの」
「え?」
フードの男の言葉にロファースは首を傾げる。
「ロファース君もロファース君です。ぼんやりしていたら彼に殺されますよ?」
「はあ?殺され‥‥?」
ますます意味がわからなくて、ロファースはセルダーとフードの男を交互に見た。
しかし、セルダーがククッ‥‥と笑い、
「ロファースさあ、エウルドスの方針を間違ってるって思ってんだろ?」
「!?」
そのことをセルダーに話していないはずなのにとロファースは驚く。
「ははっ。なんで俺がそのことを知ってるんだって顔だな。昨日さ、お前がいなくなってすぐ、お前を育ててた教会の神父さんが口を割ったんだよ」
ロファースは目を見開かせ、
「神父様に‥‥何かしたのか!?」
「さてなー。まあ、教会のガキ共がピーピー泣いてたって話だぜ!?」
「ーーっ!」
可笑しそうに言うセルダーに、ロファースは怒り任せに掴みかかろうとしたが、
「落ち着いて。全て彼の思うままになりますよ」
冷静な声でフードの男に諌められる。
「あはははは!お前がそんなに怒るの初めて見たぜ!だって弱虫だもんなぁ、お前!」
セルダーは腹を抱えて笑い続けた。その姿こそ見たことがない。だって、自分と彼は‥‥友達なのだ。
「なんなんだよセルダー!なんでそんな‥‥俺達は」
「友達」
ロファースの言葉にセルダーは一言そう繋げ、
「ーーってか?はははは、はははは!」
更に冗談めかして笑い続けた。
「俺はお前のことなんざ友達だなんて思ったことは一度もねぇよ!お前のことは元より邪魔としか思ってなかったしな!」
「なっ‥‥んだよそれ、邪魔って‥‥セルダー、何を‥‥」
セルダーの口から信じられない言葉ばかりが続き、ロファースは震える声で言ったが、言葉は途中で止まる。
「見つけたなら報告しろと言ったはずだ、セルダー」
また、よく知った声がしたからだ。
「‥‥すみません、イルダン先輩」
セルダーは現れた人物ーーイルダンに謝る。
イルダンは冷ややかな目でロファースを睨み、
「ロファース。エウルドス王はお怒りだ。無断で国を出たお前に対してな」
「なっ‥‥なぜですか!俺一人いなくなっただけで、なぜ!?」
「お前は知った。エモイト王の死の真相を」
「俺は口外するつもりはありません!」
「それだけではない」
「!?」
それ以外、他に何があるんだとロファースの顔に疑問の色が浮かぶ。
「ロファースよ、我々にとってはお前という存在自体が危険なんだ。エウルドスから出られてはな」
イルダンにそう言われ、意味がわからないとロファースは彼を睨み返す。誰かが次の言葉を繰り出す前に、
「ふふ‥‥エウルドスはまた繰り返しているのですか。なんともまぁ、残酷な」
フードの男が静かに笑いながら言った。イルダンはフードの男を睨む。
「そんなに睨まないで下さいよ。言ってみただけですから。まあ、とりあえずはーーこれでますますロファース君をあなた方に渡すわけにはいきません。渡した瞬間に、殺すのでしょう?」
「えっ!?」
フードの男の言葉を聞き、それに対して肯定も否定もしないイルダンとセルダーの様子を見て、本当なのかとロファースは感じた。
「昨日、エウルドス王が部隊長ガランダ様に命を下した。俺を部隊長として、セルダー、そしてここに来ている兵達‥‥これを俺の部隊とし、ロファースーーお前を殺す命を受けたのだ」
イルダンから告げられた事実に、怒りと困惑が湧き上がる。
「意味がわからない!俺の何が危険だと言うんですか!?」
ロファースの叫びに、
「何もお前だけではない。エウルドスの人間全てがーー」
「もう黙ってもらえるか?」
イルダンの言葉はフードの男の低い声に遮られる。
「それ以上、僕の前でその話をしてみろ‥‥」
先程までとはまるで違うフードの男の様子に、イルダンとセルダーは彼を凝視した。
ロファースにもわかる。
これが、目に見える殺気なのかと言うほどに、異様な空気が広がった‥‥だが、
「‥‥ふふ。僕があなた方を殺したくなってしまいますから、ね?話題には気をつけて下さい?」
ふわりと、元の声に戻し、彼は口元を歪める。そして、
「それでは、この辺でそろそろ失礼しましょうかね、ロファース君」
「は?」
フードの男の言葉にロファースは首を傾げ、その瞬間、辺りに砂埃が舞った。
「うっ!?ゲホゲホッ‥‥なっ、なんで街中にこんな砂が!?」
砂埃が口に入り、ロファースはむせ込む。砂埃のせいで辺りの状況も見えはしない。
「ロファース!」
と、セルダーが自分の名前を叫ぶ声が聞こえ、
「本当にお前は馬鹿だよ!俺の友達ごっこにずっとずっと、引っ掛かってたんだからな!」
そう言って、彼は大笑いした。
本当に、意味がわからない、理解できない、信じられないーー俯くロファースに、
「あんな馬鹿みたいな言葉に耳を傾ける必要ありませんよ。さあ、行きましょう」
砂埃の中でようやくフードの男の姿だけが見えて、彼がロファースの腕を掴んだ瞬間、辺りはまばゆく光った。
そして、次第に視界は戻り‥‥
「逃げられたか」
イルダンは言った。ロファースとフードの男の姿はもうない。
「なんだったんですかね、あの砂埃」
悪態を吐くようにセルダーは言った。イルダンはしばらく沈黙し、
(あれは魔術か?いや、人間は魔術など使えない。人間ではないのか?それに、奴は確実に知っている。エウルドスの真実を)
◆◆◆◆◆
「ここは!?」
ロファースは驚きながら辺りを見回した。
先程までフォード国に居たはずなのに、目の前の場所は国などではなく、どこかの森なのだ。
「久し振りですが、うまく飛べたようで良かったです」
背後でフードの男が言い、
「飛べた?」
と、ロファースは首を傾げる。
「ああ、魔術ですよ。転移の」
さらりと言うフードの男に、ロファースはただただ目を丸くして、
「ま‥‥じゅつ‥‥って‥‥」
物語の中でよく聞いたことがある。
エルフだのなんだの、人間とは違う、別のいくつかの種族が使えるものだと。
「あなたは‥‥人間じゃない?」
「一応人間ですよ、僕は」
『一応』‥‥と、微笑を含めてフードの男は言う。
魔術なんて未知なものを目にし、ロファースは次の言葉に悩む。すると、
「かつては、魔術はその才があれば誰でも使えたんですよ。人間もね。でも今は、特別なことが無い限り、人間は魔術を使えない。人間は力を持ってしまえばどこまでも残酷に、残忍になれます。かつて、人々の行いを見兼ねた神様は人間の手から魔術を消し去った。まあ、その楔ももはや錆びきって、ほどけ始めているようですがね」
フードの男の言っていることが全くわからず、ロファースはぽかんと口を開けて聞いていた。
「まあ、こんなつまらない話よりも、これから君がどうするかですね、ロファース君」
いきなり話を振られて、ロファースはセルダー達のことを思い出す。
ロファースはただ、エウルドス王国以外の方針を見たかった。
なのに、今の出来事は何だ?
友達が、先輩がーー友だと、先輩だと思っていたのに。信じていたのに。何故‥‥
「さっきのやり取りからして、あなたは知ってるんですよね、イルダンさんの言葉の意味を」
先程から何かを知っていそうな物言いをするフードの男を真っ直ぐに見る。だが、彼は何も語らない。
「教えて下さい!エウルドス王国は一体なんなんですか!?俺の何が危険だって言うんです!?」
「ふむ‥‥では、ロファース君。僕に聞かせてもらえませんか?君の目的を」
「目的‥‥」
聞かれて、ロファースは呆然と彼を見た。
「俺は‥‥エウルドス王国のやり方がおかしいと思った。だから、世界を知りたくなった。俺はエウルドスしか知らない。だから、俺はたくさん知って、そして‥‥」
思い浮かべるは、先ほどのフォード国の貧困街。
エウルドス王国がエモイト王に行った愚かしい行為。
イルダンとセルダーの言動。
『ちっぽけじゃないわ、とっても素敵よ。とても素敵な理由だと私は思うわ。あなたのその理由が、私には大きく、輝いて見えるの』
先刻のアイムの言葉。
「フォード国の貧困街を見ました‥‥あんな差別がある世界を、そんなものをなくしていきたい。皆が幸せで居られる世界を、俺は見つけたい‥‥なんて、俺、何を言ってるんですかね」
自分の言葉にロファースは苦笑した。
ロファースの言ったことがやはり可笑しかったのか、フードの男も小さく笑う。だが、
「なるほど。君の視野はとても広いようだ」
フードの男はそう呟き、
「いいですね、その夢の続きを、僕は見たい」
小さく口元を緩めて微笑んだ。
「あなたは‥‥一体‥‥」
不思議な、奇妙な雰囲気を醸し出す男を、ロファースはただ見つめることしかできない。
「あっ。そうそう。ここは君が望んだ場所なんですよね」
と、フードの男は飄々とした声で森を見渡し、ロファースは首を傾げた。
「君が行きたいと思った、君が心に浮かべた場所に転移したんですよ?」
「は!?俺、知りませんよ、こんな森の中!」
見覚えの無い場所だし、どこの森なのかも分からない。
「僕も不思議だったんですよ。なぜ、君がこの地を知っているのか、ね」
フードの男も不思議そうに言い、
「ここは強大な魔術が掛けられている場所ですし、幻、みたいなものなんですよ。実際、僕らは今、一つの村に居るんですから」
「村?」
「まあ、簡単なことです、こんな子供騙し。僕の方が魔力は遥かに上ですからね」
ーーパチンッ。フードの男は指を鳴らした。
すると、辺りの景色がぐにゃりと歪み‥‥ロファースは大きく目を見開かせる。
森しかなかったはずのこの場所が、なんと村に変わったではないか!森に囲まれた、小さな村に。
「ここはエルフの里です」
フードの男の言葉に、ロファースは即座に振り向いた。
正式な騎士になった初日にセルダーから聞いた話で知った場所だ。
その時の話で、争いを好まないエルフに、少なからず好感を抱いた。
その想いが、この場所を望んだ決め手なのか?
「ここが‥‥エルフの里」
ロファースは確信するかのように口に出した。
「おや、その様子だと、やはりエルフの里に来たかったようですね」
「いや‥‥その。憧れみたいなものですかね。エルフは戦いを好まないって、友達‥‥えっと、他の騎士から聞いて。俺も、戦は嫌いだから‥‥」
それに「なるほど」と、フードの男は頷き、
「ああ、でも忘れてました。結界を解いたのは良いのですが‥‥」
フードの男はそこまで言い、ロファースに周りを見るよう指で指示する。
「エルフは争いばかりする‘人間’が嫌いでしたね」
と、付け足した。
「!」
ロファースが周りを見れば、尖った耳を持ち、弓を構えた数名の者ーーエルフであろう者達がロファースとフードの男を取り囲んでいた!
それはもう、敵意を剥き出しにして。
「何者だ!見たところ人間のようだが‥‥人間風情がどうやって結界を解いた!?」
一人のエルフの女がそう叫び、
「この前ここを訪れた人間の騎士の仲間か!?」
続けてエルフの男が叫ぶ。
(人間の騎士‥‥!セルダーが言っていた、部隊長達が戦帰りにたまたまエルフの里に辿り着いたって話か!)
ロファースはそのことを思い出す。
「ああ‥‥考えるだけでもおぞましい!ぞろぞろと血を浴びた鎧を身にまとい、下劣な剣を手にしたあの騎士共!」
エルフの男は悲鳴混じりに叫んだ。
「‥‥やれやれ。相変わらずエルフはヒステリックの塊みたいにうるさいですね。僕らをどうするか早く決めてくれま‥‥むぐっ」
「ちょっと!挑発してる場合じゃないでしょう!」
皮肉混じりにフードの男がエルフ達に言うので、ロファースは慌てて彼のその口を手で塞ぐ。
「口の達者な人間め!普段なら追い出す所だが、結界を破るほどの力‥‥おぞましい!牢屋に入ってもらい、処罰を下す!」
エルフの男の怒声に、
「うーん。別に構いませんが、ただ、彼だけ牢屋行きにしてもらえますか?」
「はあ!?」
フードの男の提案に、ここまでわけもわからず連れて来られて、自分だけ逃げる気なのかとロファースが焦れば、
「結界を解いたのは僕です。一度、あなた方と話をさせて下さい。それに彼はあなた方と同様に戦いを好みません。僕の話を聞いて納得して頂ければ、僕と彼を見逃してもらえますか?争いを好まないと言うのなら、話し合いは必要だと思うのですが」
フードの男の言葉に、エルフ達はじっと彼を睨む。
フードで顔が隠れている為、どれだけ見ても表情は読み取れないので真意は見えはしない。
「ーーわかった。とりあえず話は聞こう。来い。そっちの赤毛は牢屋へ連れて行け」
フードの男の考えがわからない為、ロファースは目をちらつかせる。
「安心して下さい。君を見捨てようなどとは考えていませんよ。うまくやる自信があるのでね」
フードの男がこちらを見て言うので、信じていいものかわからないところではあるが、今は自分ではどうにも出来ない。
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