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二日目
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鳥の声と窓から差し込む眩い光が朝を告げる。
ロファースはベッドからゆっくりと体を起こし、立ち上がった。
部屋の隅にあるタンスの前まで行くと、騎士服を取り出して着替えを始める。
壁に立て掛けた剣を手に取り、数秒見つめた後で腰に下げた。
ーー今日は、初陣の日だ。重苦しい気持ちになる。
部屋のドアを開け、静かに王都の門へと向かった。
明朝の為、城下町は静まり返っている。
だが、騎士達はすでにそこに整列していた。
部隊長が来た時点で出陣するのだ。
いつもはそれを見送る側だった。だが、それは昨日までの話だ。
「浮かない顔だな、ロファース」
先輩である青年騎士に声を掛けられ、ロファースはこくりと頷き、
「おはようございます、イルダンさん。そうですね‥‥やはり、緊張というかなんというか‥‥」
「仕方がないさ、最初は誰でもそんなものだ」
と、青年騎士イルダンは大きく頷く。
真っ黒な短い髪と茶色の目、顎に薄く髭を剃った跡が残っている。
イルダンはそれだけ言って、自分の整列場に戻った。
「おはようさん、ロファース」
次に掛けられた声は聞き慣れた友のもので、ロファースはほっとした気持ちになる。
「ああ、おはようセルダー。よく寝れたか?」
「まあ‥‥ぼちぼちなぁ」
そう言ってセルダーは苦笑した。だが、すぐに視線を動かし、
「おっ‥‥部隊長のお出ましだ」
声のトーンを下げ、二人は慌てて整列する。
部隊長は門の前に立ち、整列する騎士達を見渡して、
「今から我が騎士団が攻め入るは隣国のエモイト国だ!先日エモイトの部隊が我が国に攻め入る準備をしているという情報を手に入れた、奴等が攻め入る前に我らが先手を取る!エウルドスの騎士達よ!いざ戦場へ!」
威圧感ある部隊長の声と共に、騎士達は前進した。
エモイト国も豊かな国ではあるが、大陸一、豊かであるエウルドス王国を狙う国は多い。
だが‥‥確か、エモイトの王は争いを嫌っていて、今まで戦を仕掛けて来るということはなかったのだが‥‥
(王の考えが変わったのだろうか?)
ロファースは行進しながら疑問を浮かべる。
「おいおい‥‥大丈夫かよ。顔、強張ってるぞ」
隣を歩くセルダーに言われ、しかし、
「‥‥セルダーも顔色悪いぞ」
ロファースはそう言い返した。
「えっ‥‥マジ?」
セルダーは大きく深呼吸をする。
それを見ながらロファースは苦笑し、前方を見た。
その顔は一瞬で強張る。そんなロファースを見て、セルダーも慌てて前方を見た。
視線の先には、こちらの人数と同様くらいの兵士‥‥
恐らく、エモイト国の兵だ。平原には彼らが立ち塞がっていた。
「やれやれ、こっちが攻め込むこともバレてたか」
イルダンがため息を吐きながら言う。
「貴公らはエウルドスの騎士と見た!ここは我がエモイト国の領土!何用があって赴いた!?」
エモイト国の騎士の一人ーー恐らく部隊長であろう白銀の甲冑を纏った男が一歩前に出てこちらにそう投げ掛けた。
「貴公らエモイトの部隊が我がエウルドスに攻め込む準備をしていることは調査済みだ!そちらがこちらに攻め入る前に先手を取りに来ただけのこと!」
次にエウルドスの部隊長がそう声を上げる。
「‥‥良かろう、エウルドスの部隊長ガランダよ!我が名はエモイト騎士団部隊長リンド!我が騎士達よ、奴等を一掃するぞ!」
エモイト国の部隊長ーーリンドの掛け声に続き、両軍とも一斉に剣を抜いた!
それを見て、ロファースとセルダーも慌てて剣を抜き、兜を被る。
ーー前線ではすでに部隊長同士の戦いが巻き起こり、残りの騎士達も剣と剣をぶつけ合う。
「ぐっ‥‥!」
ギンッーー!
当然、ロファースとセルダーの元にもエモイトの騎士が剣を向けてきた。
(演習とはまるで違う!なんて剣圧だ‥‥受け止めるだけで‥‥っ)
ロファースは今まで味方同士での訓練でしか剣を交えたことがない。
この剣圧、相手の戦意、殺気‥‥
全て初めて感じるものであり、自分の身を守ることしか出来なかった。
「エウルドスの騎士は脅威だと聞いていたが、ただの噂だったか!!」
互いに顔は兜に隠れて見えないが、ロファースに剣を向ける敵兵が言い放ち、ギギギギ‥‥と、ロファースは相手の剣を受け止め続ける。
(もしこのまま他の兵に囲まれたら‥‥俺は確実に‥‥死‥‥ーーくっ‥‥!)
嫌な考えを振り払い、一旦剣を引いて後退する。
乱れた呼吸を整え、余裕を残したままの相手を睨み付けた。
その時、ズルッーー‥‥と。
後退した時に何かを踏んだことに気が付く。
ゆっくりとロファースは足元を見て、目を見開かせた。
それは、深紅。
数秒固まるロファースを見て、
「‥‥何だ?もしかして、新兵?」
敵兵は、血の海を見つめて固まっているロファースに言った。
敵か味方か、誰の血なのかはわからない。
血は、赤と表現するのが正しい。
だが、初めて見る血の海。それは赤に黒が混じったような、そんな‥‥
平原‥‥否。戦場一帯に、いつの間にか鉄臭さが充満していた。無惨に、もう動かなくなった者もいた。
(これが、戦場‥‥これが?)
頭がおかしくなる。
ロファースは唇をきつく結び、恐怖心が生まれたのか、全身がガタガタと震え出した。
「はっ‥‥情けねえ、情けないねぇ!エウルドスの騎士さんよお!?」
震える彼を見て、敵兵が怒鳴るような声で言う。
「お前みたいなのはただの屑だ!戦場では足手まといな役立たずだ!剣を手にする資格すらないんだよーー!」
動かないロファースにお構い無く、敵兵は剣を構えて走り出し、その切っ先を真っ直ぐに向ける!
「‥‥ッ!」
すんでのところでロファースは意識を相手に戻し、相手の剣を避けた。
だが、ガンッーー!と、相手の剣はロファースの兜に当たり、ロファースの頭から兜が弾き飛ばされ、長く赤い髪が剣圧に揺れる。
ロファースの顔を見て、敵兵はため息を吐いた。
「やっぱりな、ガキじゃねえか。だからエウルドスは好きじゃねえんだよ!ガキまでほいほい戦地に送り出す!お前らの王は何考えてんだかな!」
「‥‥俺達の国を馬鹿にするな!!」
好き勝手言う敵兵に、ロファースは怒鳴り返す。エウルドス王国は身寄りのない自分が育った国なのだから。
「別に馬鹿にはしてねえよ。たが、お前は本当に国を、エウルドスを愛してんのか?」
「は?」
何を問われたのか。ロファースは眉間に皺を寄せる。
「お前らみたいな若い奴は何も知らない。いや、エウルドスの者ほとんどが知らないのかもな」
敵兵はぶつぶつと一人言を続け、
「まあ、今から死に逝くお前にはどうでもいいことか!じゃあな、赤髪の騎士さん!」
と、敵兵は再びロファースに切っ先を向け、その剣を振ったが‥‥ーーガキンッ!!と、激しい鉄の音が響いたと同時に、
「何している、ロファース!ここは戦場だ、立ち止まらずに剣を構えろ!」
そう怒鳴られた。
その声の主はロファースの前に立ち、敵兵の剣を受け止めている。
ーー先輩騎士のイルダンだ。
「‥‥チッ‥‥」
敵兵は舌打ちをし、
「よぉ‥‥その声‥‥イルダンじゃねえかよ!?やっぱお前‥‥エウルドスに居やがったか!どういうことだよ、なぜ、俺達を裏切った!?説明しろーー!」
敵兵はそう叫び、イルダンの剣を凪ぎ払って、間合いをとる。
「‥‥何の話だ。俺はお前など知らんぞ!」
イルダンはそう言いながら、再び剣をぶつけた。
「なんっ‥‥だとぉ!?シラを切んじゃねえぞ!クソ野郎がぁぁぁーー!!」
敵兵は怒りを露にしながら素早く剣を振り、イルダンはそれを弾き返す。
「‥‥赤髪の騎士さんよぉ!一つ、教えてやる‥‥!お前は、お前らはエウルドスの操り人形なんだよ!小さい頃から剣を持たされ、国の為に戦えだぁ?子供が子供らしく自分の好きなように生きられないってなんだそりゃ!おかしいと思わないのかよ!」
イルダンと対峙しながらも敵兵はロファースにそう叫んだ。ロファースはギュッと剣の柄を握り、
「俺は‥‥俺は自らの意思でこの道に進んだ!操り人形なんかじゃない!」
「自らだって?ご苦労なこったな!それなら尚更お前はーーッ!?」
イルダンが急に剣を振る腕を止め、前方を見つめた為、敵兵とロファースもその方向を見る。
それは、部隊長同士の戦いの場であった。
二人はすでに剣の手を休めており、エモイト国の部隊長リンドがガランダに向かって何か叫んでいる。
「馬鹿な!?今なんと言った、ガランダ!」
「言葉のままだ」
「そんっ‥‥馬鹿な、信じられるわけが‥‥我らが‥‥エモイト王が死んだなどと‥‥誰が信じるか!?」
リンドの叫びに、エモイトの兵達は動きを止めた。しかし、その叫びにロファースも驚いた。
「王が!?隊長!?どういうことなんですか!?」
エモイトの兵達は剣を振るう手を止め、連鎖するように次々にそう叫ぶ。
「っ‥‥説明は後だ!皆よ!一旦ここは退き、国へ戻るぞ!!」
リンドの言葉に兵達はざわついていたが、慌ててエモイト兵達は撤退して行く。
「なっ‥‥なんだっていうんだ!?」
ロファース達の前にいた敵兵も剣を収め、イルダンやロファース達に目もくれず、慌てるように撤退した。
「‥‥今の話が真実だとするのならば‥‥我らは更にエウルドスを許さぬぞ、ガランダーー!!」
リンドの猛る声を最後に、戦場はただの平原に成り下がる。
「えっ‥‥イルダンさん、これは‥‥一体?」
今起こった光景が理解出来ず、ロファースは唖然とするように口を開いた。
「伏兵だ。明朝、仲間を数名、エモイト城に忍び込ませた。エモイト王暗殺に成功したわけだ。エモイトの兵は今見たようにここで俺達が攻め込むのを知って陣を張っていた‥‥エモイト城の守りは手薄だったってわけさ」
イルダンは淡々と説明する。しかし、ロファースは言葉を詰まらせ、
(そっ‥‥そんなの、卑怯としか‥‥戦は、正々堂々とするものでは、ないのか!?)
口に出せず、心の中でそう叫ぶ。
「エモイトの王が居なくなればエモイトの統治は崩れ、徐々に混乱していくだろう。エウルドスに構う暇なんか無いってことだ。そんな国に、こちらも手出しはしない。たった一人だけの犠牲でこの結果がうまれたんだ。優しいものだろう?」
優しさとはなんなのか。
人の命を奪って手に入れた幸せに、一体何の価値がある?
それが、見知らぬ者だとしても‥‥
一人の犠牲で済んだから、それで、いいのか?
「なっ、なぜ‥‥その内容を先に教えてくれなかったんですか?」
「お前とセルダーには話していない。新人騎士であるお前らに戦争とはどんなものなのかを知ってもらう為にと、ガランダ隊長が黙っていたんだ」
イルダンはそれだけ言い、ガランダの元へと立ち去って行く。
取り残されたロファースは茫然と立ち尽くしていたが、
「ロファース、大丈夫か!?」
こちらに駆けて来たセルダーの声に振り向き、
「あっ、ああ。お前も大丈夫か?って、セルダー‥‥それ‥‥」
ロファースはセルダーの姿を見て目を見開かせた。
セルダーは自らの剣をヒョイッと持ち上げ、
「ああ、これ?実戦は初めてだったけど、案外、簡単なもんだったな!」
そう言って、いつも通りにヘラッと笑う。
真新しい血のこびりついた剣を見つめながら。
ーー何もかもが狂って見えた。
昨日までは良き友、良き先輩だった。
おかしいのは自分なのか?
皆、笑えるのに、自分は笑えない。
(騎士って、何かを護る、綺麗な存在だと‥‥俺はずっと、思っていた‥‥)
◆◆◆◆◆
戦をあのような形で終え、騎士達はエウルドスへ帰還した。
夕刻の情報新聞では、エモイト王ーーレオルイドがエウルドス王国との戦により戦死したとの記事がメインになり載っている。
エウルドス王国の民達は、騎士団に盛大な喝采を送った。
そんな民達の喜びの声や表情を、ロファースは気持ち悪く感じてしまう。
エモイト王は戦死などしていないのだから。
‥‥誰とも話さず自室へ戻り、一人思い悩む。
そして、戦場で戦った敵兵の言葉を思い出した。
『お前は本当に国を、エウルドスを愛してんのか?』
カシャンーーッ‥‥!八つ当たりするように剣を床に投げつける。
(戦災孤児だった俺を拾ってくれた神父様に‥‥教会に、感謝してる。だから教会を守る為に、居場所をくれた国の為に‥‥!でもそれは、国を愛していると言えるのか?恩を、感じているだけ?‥‥そういえば神父様だけは、俺が剣を持つことを反対していた‥‥)
親代わりのような彼の姿を頭に描き、
(‥‥明日は休暇だ。久し振りに教会に顔を見せに行こう‥‥)
重苦しい数々の疑問を胸に抱きながら、ロファースは窓から見える月をぼんやりと見つめていた。
酷く、疲れた一日になった。
~ 二日目〈終〉~
ロファースはベッドからゆっくりと体を起こし、立ち上がった。
部屋の隅にあるタンスの前まで行くと、騎士服を取り出して着替えを始める。
壁に立て掛けた剣を手に取り、数秒見つめた後で腰に下げた。
ーー今日は、初陣の日だ。重苦しい気持ちになる。
部屋のドアを開け、静かに王都の門へと向かった。
明朝の為、城下町は静まり返っている。
だが、騎士達はすでにそこに整列していた。
部隊長が来た時点で出陣するのだ。
いつもはそれを見送る側だった。だが、それは昨日までの話だ。
「浮かない顔だな、ロファース」
先輩である青年騎士に声を掛けられ、ロファースはこくりと頷き、
「おはようございます、イルダンさん。そうですね‥‥やはり、緊張というかなんというか‥‥」
「仕方がないさ、最初は誰でもそんなものだ」
と、青年騎士イルダンは大きく頷く。
真っ黒な短い髪と茶色の目、顎に薄く髭を剃った跡が残っている。
イルダンはそれだけ言って、自分の整列場に戻った。
「おはようさん、ロファース」
次に掛けられた声は聞き慣れた友のもので、ロファースはほっとした気持ちになる。
「ああ、おはようセルダー。よく寝れたか?」
「まあ‥‥ぼちぼちなぁ」
そう言ってセルダーは苦笑した。だが、すぐに視線を動かし、
「おっ‥‥部隊長のお出ましだ」
声のトーンを下げ、二人は慌てて整列する。
部隊長は門の前に立ち、整列する騎士達を見渡して、
「今から我が騎士団が攻め入るは隣国のエモイト国だ!先日エモイトの部隊が我が国に攻め入る準備をしているという情報を手に入れた、奴等が攻め入る前に我らが先手を取る!エウルドスの騎士達よ!いざ戦場へ!」
威圧感ある部隊長の声と共に、騎士達は前進した。
エモイト国も豊かな国ではあるが、大陸一、豊かであるエウルドス王国を狙う国は多い。
だが‥‥確か、エモイトの王は争いを嫌っていて、今まで戦を仕掛けて来るということはなかったのだが‥‥
(王の考えが変わったのだろうか?)
ロファースは行進しながら疑問を浮かべる。
「おいおい‥‥大丈夫かよ。顔、強張ってるぞ」
隣を歩くセルダーに言われ、しかし、
「‥‥セルダーも顔色悪いぞ」
ロファースはそう言い返した。
「えっ‥‥マジ?」
セルダーは大きく深呼吸をする。
それを見ながらロファースは苦笑し、前方を見た。
その顔は一瞬で強張る。そんなロファースを見て、セルダーも慌てて前方を見た。
視線の先には、こちらの人数と同様くらいの兵士‥‥
恐らく、エモイト国の兵だ。平原には彼らが立ち塞がっていた。
「やれやれ、こっちが攻め込むこともバレてたか」
イルダンがため息を吐きながら言う。
「貴公らはエウルドスの騎士と見た!ここは我がエモイト国の領土!何用があって赴いた!?」
エモイト国の騎士の一人ーー恐らく部隊長であろう白銀の甲冑を纏った男が一歩前に出てこちらにそう投げ掛けた。
「貴公らエモイトの部隊が我がエウルドスに攻め込む準備をしていることは調査済みだ!そちらがこちらに攻め入る前に先手を取りに来ただけのこと!」
次にエウルドスの部隊長がそう声を上げる。
「‥‥良かろう、エウルドスの部隊長ガランダよ!我が名はエモイト騎士団部隊長リンド!我が騎士達よ、奴等を一掃するぞ!」
エモイト国の部隊長ーーリンドの掛け声に続き、両軍とも一斉に剣を抜いた!
それを見て、ロファースとセルダーも慌てて剣を抜き、兜を被る。
ーー前線ではすでに部隊長同士の戦いが巻き起こり、残りの騎士達も剣と剣をぶつけ合う。
「ぐっ‥‥!」
ギンッーー!
当然、ロファースとセルダーの元にもエモイトの騎士が剣を向けてきた。
(演習とはまるで違う!なんて剣圧だ‥‥受け止めるだけで‥‥っ)
ロファースは今まで味方同士での訓練でしか剣を交えたことがない。
この剣圧、相手の戦意、殺気‥‥
全て初めて感じるものであり、自分の身を守ることしか出来なかった。
「エウルドスの騎士は脅威だと聞いていたが、ただの噂だったか!!」
互いに顔は兜に隠れて見えないが、ロファースに剣を向ける敵兵が言い放ち、ギギギギ‥‥と、ロファースは相手の剣を受け止め続ける。
(もしこのまま他の兵に囲まれたら‥‥俺は確実に‥‥死‥‥ーーくっ‥‥!)
嫌な考えを振り払い、一旦剣を引いて後退する。
乱れた呼吸を整え、余裕を残したままの相手を睨み付けた。
その時、ズルッーー‥‥と。
後退した時に何かを踏んだことに気が付く。
ゆっくりとロファースは足元を見て、目を見開かせた。
それは、深紅。
数秒固まるロファースを見て、
「‥‥何だ?もしかして、新兵?」
敵兵は、血の海を見つめて固まっているロファースに言った。
敵か味方か、誰の血なのかはわからない。
血は、赤と表現するのが正しい。
だが、初めて見る血の海。それは赤に黒が混じったような、そんな‥‥
平原‥‥否。戦場一帯に、いつの間にか鉄臭さが充満していた。無惨に、もう動かなくなった者もいた。
(これが、戦場‥‥これが?)
頭がおかしくなる。
ロファースは唇をきつく結び、恐怖心が生まれたのか、全身がガタガタと震え出した。
「はっ‥‥情けねえ、情けないねぇ!エウルドスの騎士さんよお!?」
震える彼を見て、敵兵が怒鳴るような声で言う。
「お前みたいなのはただの屑だ!戦場では足手まといな役立たずだ!剣を手にする資格すらないんだよーー!」
動かないロファースにお構い無く、敵兵は剣を構えて走り出し、その切っ先を真っ直ぐに向ける!
「‥‥ッ!」
すんでのところでロファースは意識を相手に戻し、相手の剣を避けた。
だが、ガンッーー!と、相手の剣はロファースの兜に当たり、ロファースの頭から兜が弾き飛ばされ、長く赤い髪が剣圧に揺れる。
ロファースの顔を見て、敵兵はため息を吐いた。
「やっぱりな、ガキじゃねえか。だからエウルドスは好きじゃねえんだよ!ガキまでほいほい戦地に送り出す!お前らの王は何考えてんだかな!」
「‥‥俺達の国を馬鹿にするな!!」
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「別に馬鹿にはしてねえよ。たが、お前は本当に国を、エウルドスを愛してんのか?」
「は?」
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「お前らみたいな若い奴は何も知らない。いや、エウルドスの者ほとんどが知らないのかもな」
敵兵はぶつぶつと一人言を続け、
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と、敵兵は再びロファースに切っ先を向け、その剣を振ったが‥‥ーーガキンッ!!と、激しい鉄の音が響いたと同時に、
「何している、ロファース!ここは戦場だ、立ち止まらずに剣を構えろ!」
そう怒鳴られた。
その声の主はロファースの前に立ち、敵兵の剣を受け止めている。
ーー先輩騎士のイルダンだ。
「‥‥チッ‥‥」
敵兵は舌打ちをし、
「よぉ‥‥その声‥‥イルダンじゃねえかよ!?やっぱお前‥‥エウルドスに居やがったか!どういうことだよ、なぜ、俺達を裏切った!?説明しろーー!」
敵兵はそう叫び、イルダンの剣を凪ぎ払って、間合いをとる。
「‥‥何の話だ。俺はお前など知らんぞ!」
イルダンはそう言いながら、再び剣をぶつけた。
「なんっ‥‥だとぉ!?シラを切んじゃねえぞ!クソ野郎がぁぁぁーー!!」
敵兵は怒りを露にしながら素早く剣を振り、イルダンはそれを弾き返す。
「‥‥赤髪の騎士さんよぉ!一つ、教えてやる‥‥!お前は、お前らはエウルドスの操り人形なんだよ!小さい頃から剣を持たされ、国の為に戦えだぁ?子供が子供らしく自分の好きなように生きられないってなんだそりゃ!おかしいと思わないのかよ!」
イルダンと対峙しながらも敵兵はロファースにそう叫んだ。ロファースはギュッと剣の柄を握り、
「俺は‥‥俺は自らの意思でこの道に進んだ!操り人形なんかじゃない!」
「自らだって?ご苦労なこったな!それなら尚更お前はーーッ!?」
イルダンが急に剣を振る腕を止め、前方を見つめた為、敵兵とロファースもその方向を見る。
それは、部隊長同士の戦いの場であった。
二人はすでに剣の手を休めており、エモイト国の部隊長リンドがガランダに向かって何か叫んでいる。
「馬鹿な!?今なんと言った、ガランダ!」
「言葉のままだ」
「そんっ‥‥馬鹿な、信じられるわけが‥‥我らが‥‥エモイト王が死んだなどと‥‥誰が信じるか!?」
リンドの叫びに、エモイトの兵達は動きを止めた。しかし、その叫びにロファースも驚いた。
「王が!?隊長!?どういうことなんですか!?」
エモイトの兵達は剣を振るう手を止め、連鎖するように次々にそう叫ぶ。
「っ‥‥説明は後だ!皆よ!一旦ここは退き、国へ戻るぞ!!」
リンドの言葉に兵達はざわついていたが、慌ててエモイト兵達は撤退して行く。
「なっ‥‥なんだっていうんだ!?」
ロファース達の前にいた敵兵も剣を収め、イルダンやロファース達に目もくれず、慌てるように撤退した。
「‥‥今の話が真実だとするのならば‥‥我らは更にエウルドスを許さぬぞ、ガランダーー!!」
リンドの猛る声を最後に、戦場はただの平原に成り下がる。
「えっ‥‥イルダンさん、これは‥‥一体?」
今起こった光景が理解出来ず、ロファースは唖然とするように口を開いた。
「伏兵だ。明朝、仲間を数名、エモイト城に忍び込ませた。エモイト王暗殺に成功したわけだ。エモイトの兵は今見たようにここで俺達が攻め込むのを知って陣を張っていた‥‥エモイト城の守りは手薄だったってわけさ」
イルダンは淡々と説明する。しかし、ロファースは言葉を詰まらせ、
(そっ‥‥そんなの、卑怯としか‥‥戦は、正々堂々とするものでは、ないのか!?)
口に出せず、心の中でそう叫ぶ。
「エモイトの王が居なくなればエモイトの統治は崩れ、徐々に混乱していくだろう。エウルドスに構う暇なんか無いってことだ。そんな国に、こちらも手出しはしない。たった一人だけの犠牲でこの結果がうまれたんだ。優しいものだろう?」
優しさとはなんなのか。
人の命を奪って手に入れた幸せに、一体何の価値がある?
それが、見知らぬ者だとしても‥‥
一人の犠牲で済んだから、それで、いいのか?
「なっ、なぜ‥‥その内容を先に教えてくれなかったんですか?」
「お前とセルダーには話していない。新人騎士であるお前らに戦争とはどんなものなのかを知ってもらう為にと、ガランダ隊長が黙っていたんだ」
イルダンはそれだけ言い、ガランダの元へと立ち去って行く。
取り残されたロファースは茫然と立ち尽くしていたが、
「ロファース、大丈夫か!?」
こちらに駆けて来たセルダーの声に振り向き、
「あっ、ああ。お前も大丈夫か?って、セルダー‥‥それ‥‥」
ロファースはセルダーの姿を見て目を見開かせた。
セルダーは自らの剣をヒョイッと持ち上げ、
「ああ、これ?実戦は初めてだったけど、案外、簡単なもんだったな!」
そう言って、いつも通りにヘラッと笑う。
真新しい血のこびりついた剣を見つめながら。
ーー何もかもが狂って見えた。
昨日までは良き友、良き先輩だった。
おかしいのは自分なのか?
皆、笑えるのに、自分は笑えない。
(騎士って、何かを護る、綺麗な存在だと‥‥俺はずっと、思っていた‥‥)
◆◆◆◆◆
戦をあのような形で終え、騎士達はエウルドスへ帰還した。
夕刻の情報新聞では、エモイト王ーーレオルイドがエウルドス王国との戦により戦死したとの記事がメインになり載っている。
エウルドス王国の民達は、騎士団に盛大な喝采を送った。
そんな民達の喜びの声や表情を、ロファースは気持ち悪く感じてしまう。
エモイト王は戦死などしていないのだから。
‥‥誰とも話さず自室へ戻り、一人思い悩む。
そして、戦場で戦った敵兵の言葉を思い出した。
『お前は本当に国を、エウルドスを愛してんのか?』
カシャンーーッ‥‥!八つ当たりするように剣を床に投げつける。
(戦災孤児だった俺を拾ってくれた神父様に‥‥教会に、感謝してる。だから教会を守る為に、居場所をくれた国の為に‥‥!でもそれは、国を愛していると言えるのか?恩を、感じているだけ?‥‥そういえば神父様だけは、俺が剣を持つことを反対していた‥‥)
親代わりのような彼の姿を頭に描き、
(‥‥明日は休暇だ。久し振りに教会に顔を見せに行こう‥‥)
重苦しい数々の疑問を胸に抱きながら、ロファースは窓から見える月をぼんやりと見つめていた。
酷く、疲れた一日になった。
~ 二日目〈終〉~
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