2 / 48
一日目
しおりを挟む
エウルドス王国。
世界の南方に位置した緑豊かな大陸である。
この王国は大規模な繁栄を長きに渡り築いてきた。
大陸自体も豊かである為、作物は育ちやすく、国の者達も生活に困ることなく裕福に暮らしている。
だが、決して平和なわけではない。
裕福な大陸、裕福な国の為、度々他国に狙われ、日々、戦は絶えないのだ。
その為、エウルドス王国には優秀な騎士が多数育っていた。
この国では幼い頃から男性は剣の技を身に付け、年齢関係なく、十代と言う若い歳のものもいれば、五十代と言う幅広い層で騎士達を育てている。
◆◆◆◆◆
「エルフの里?」
「ああ、そんな場所があるんだってよ」
廊下を歩きながら、少年騎士二人が話をしている。
「エルフか。物語の中の住人としか考えてなかったよ‥‥本当にいるのか?」
腰まで伸びる赤い髪を揺らしながら、少年騎士は不思議そうに聞いた。
「そりゃ、俺もだ。でもこの前、部隊長達が戦帰りに偶然、森で迷ったらしくてさ。そこで行き着いたのがエルフ達の里だったんだと!」
短い黒髪の少年騎士は声を大にし、大袈裟に言う。
「ふーん。夢みたいな話だな」
「でも、エルフは人間を毛嫌いしてるみたいで、すぐ追い出されたんだとさ」
「へえ?なんで毛嫌いされてるんだ?俺達人間は」
「さてな。まあ、戦ばかりしてるからじゃないか?エルフは戦いが嫌いらしいからな。でも、戦争しなきゃ生きていけないっつーの。いつ殺られるかわからないご時世なんだ」
黒髪の騎士は鼻で笑いながら言った。
「でもよ、こっからが不思議な話」
「ん?」
黒髪の騎士が急に声を潜めたので、赤髪の騎士は興味津々に彼を見る。
「あくる日‥‥部隊長の部下数名が遊び心で再度エルフの里へ行ったらしいんだ。だがよ、里は跡形もなく、ただの森しかなかったんだとよ」
それを聞いた赤髪の騎士はしばらく天井を見上げ、
「それって実話?部隊長達は夢でも見てたんじゃないか?それかお前の妄想話?」
そう言えば、
「妄想話じゃねーっての!何十もの人間が目にしたのに夢だなんてことあるかよ。でもまあ、不思議な話だけどさぁ」
そんな話をしている内に、大きな扉の前に辿り着き、二人は足を止めた。
ーーコンコンッ‥‥と、黒髪の騎士が扉をノックする。
「部隊長。セルダーとロファース、入ります」
黒髪の騎士ーーセルダーがそう言うと、
「うむ」
と、威圧感のある男の声が返ってきた。
その返事を聞いた後、セルダーは扉を開け、少年騎士二人は中に入る。
そこは執務室であり、中央に設置された席に五十代前後であろう、入って来た少年騎士二人よりも明らかに格上な騎士服に身を包んだ男性が、机に山積みになった書類にサインをしていた。
先ほどセルダーが言った、部隊長のようだ。彼はペンを置き、
「早速だが話を始める」
そう切り出し、二人を見る。
「お前達二人も今年で十八だ。わかっているとは思うが、これからはお前達二人も実戦ーー戦争に参加してもらう。意義はないな?」
そう言われ、少年二人はゴクリと息を呑む。
この国では十八歳で立派な成人と見なされる。
わかりきっていたことだが、いざ言われると、少年二人は不安が押し寄せてきた。
ーーこの国で育った男は騎士になり、戦争に参加することは定められている。
当然それを断れるはずもなく、二人は緊張に似た表情で頷いた。
「早速だが明朝、隣国に攻め込む予定だ。初の戦に備え、今晩はゆっくり休め。用件はそれだけだ、下がれ」
そう言われ、二人は一礼し、部屋を後にする。
それから、二人はしばらく無言で廊下を歩いていた。
「‥‥なあ、ロファース」
口を開いたのは黒髪の騎士、セルダー。
セルダーの困ったような声に、赤髪の騎士ロファースは振り向く。
「俺らさ‥‥本当に戦争なんか出来るのか?」
「それは俺もわからない。今まで訓練ばかりで、実戦はしたことがないからな」
「だよなぁ‥‥本当、いつ殺られるかわからない命だぜ。あーあ、大人ってやだなー。十八なんてまだ子供だと思うんだがね、俺は」
セルダーの言葉を聞きながら、ロファースは廊下の窓から外を見る。いつの間にか日が暮れていた。
「セルダーは今日は家に帰るのか?」
「ん?ああ、そうだな‥‥ゆっくり、そうしようかねー」
「そうか、じゃあ俺は部屋に戻るよ。明日は頑張ろうな」
ロファースはそう言ってセルダーの元を去り、廊下を真っ直ぐに進む。
ーーエウルドス王国の騎士団に入隊して、初めてできた友達がセルダーだった。
セルダーは貴族の出身らしい。
しかし、この国では身分など関係ない。
貴族だからと言って何も贔屓せず、騎士は騎士。皆に厳しくあたり、平等に接するのだから。
一方のロファースは、幼い頃に戦争で両親を亡くした。
本当に小さい頃だったので、両親の顔も何も微塵にも覚えていない。
それからは教会に引き取られ、そこで暮らしていた。
剣の修行に励み、自分がエウルドス国の出身かどうかはわからないが、この国にいる以上、自然と騎士団に入隊する流れとなる。
ーーガチャッ‥‥
ドアノブを回し、一室に入った。
ここは、エウルドス城内で騎士に用意された寮である。
着ていた鎧を外し、無造作に床に脱ぎ捨て、ぼふっ‥‥と、そのままベッドに倒れる。
ぼうっと、壁に立て掛けてある剣を見た。
(明日はあの剣で戦うのか‥‥俺は明日から本当に騎士になるのか)
今までは訓練でのみ扱ってきた剣。
(人を斬る‥‥か。本当に、俺にそんな覚悟があるのか?)
ゆっくりと瞳を閉じる。
先刻、セルダーから聞いた話を思い出した。
人間は戦ばかりしてるから。
エルフは争いを好まないから。
(いいや違う‥‥俺だって、人間だって、戦争は大嫌いだ。だって、そのせいで俺は家族を失ったんだろ?)
争いを好む人間など、果たしてこの世界に存在するのだろうか?
そんなことをぼんやり考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
~ 一日目〈終〉~
世界の南方に位置した緑豊かな大陸である。
この王国は大規模な繁栄を長きに渡り築いてきた。
大陸自体も豊かである為、作物は育ちやすく、国の者達も生活に困ることなく裕福に暮らしている。
だが、決して平和なわけではない。
裕福な大陸、裕福な国の為、度々他国に狙われ、日々、戦は絶えないのだ。
その為、エウルドス王国には優秀な騎士が多数育っていた。
この国では幼い頃から男性は剣の技を身に付け、年齢関係なく、十代と言う若い歳のものもいれば、五十代と言う幅広い層で騎士達を育てている。
◆◆◆◆◆
「エルフの里?」
「ああ、そんな場所があるんだってよ」
廊下を歩きながら、少年騎士二人が話をしている。
「エルフか。物語の中の住人としか考えてなかったよ‥‥本当にいるのか?」
腰まで伸びる赤い髪を揺らしながら、少年騎士は不思議そうに聞いた。
「そりゃ、俺もだ。でもこの前、部隊長達が戦帰りに偶然、森で迷ったらしくてさ。そこで行き着いたのがエルフ達の里だったんだと!」
短い黒髪の少年騎士は声を大にし、大袈裟に言う。
「ふーん。夢みたいな話だな」
「でも、エルフは人間を毛嫌いしてるみたいで、すぐ追い出されたんだとさ」
「へえ?なんで毛嫌いされてるんだ?俺達人間は」
「さてな。まあ、戦ばかりしてるからじゃないか?エルフは戦いが嫌いらしいからな。でも、戦争しなきゃ生きていけないっつーの。いつ殺られるかわからないご時世なんだ」
黒髪の騎士は鼻で笑いながら言った。
「でもよ、こっからが不思議な話」
「ん?」
黒髪の騎士が急に声を潜めたので、赤髪の騎士は興味津々に彼を見る。
「あくる日‥‥部隊長の部下数名が遊び心で再度エルフの里へ行ったらしいんだ。だがよ、里は跡形もなく、ただの森しかなかったんだとよ」
それを聞いた赤髪の騎士はしばらく天井を見上げ、
「それって実話?部隊長達は夢でも見てたんじゃないか?それかお前の妄想話?」
そう言えば、
「妄想話じゃねーっての!何十もの人間が目にしたのに夢だなんてことあるかよ。でもまあ、不思議な話だけどさぁ」
そんな話をしている内に、大きな扉の前に辿り着き、二人は足を止めた。
ーーコンコンッ‥‥と、黒髪の騎士が扉をノックする。
「部隊長。セルダーとロファース、入ります」
黒髪の騎士ーーセルダーがそう言うと、
「うむ」
と、威圧感のある男の声が返ってきた。
その返事を聞いた後、セルダーは扉を開け、少年騎士二人は中に入る。
そこは執務室であり、中央に設置された席に五十代前後であろう、入って来た少年騎士二人よりも明らかに格上な騎士服に身を包んだ男性が、机に山積みになった書類にサインをしていた。
先ほどセルダーが言った、部隊長のようだ。彼はペンを置き、
「早速だが話を始める」
そう切り出し、二人を見る。
「お前達二人も今年で十八だ。わかっているとは思うが、これからはお前達二人も実戦ーー戦争に参加してもらう。意義はないな?」
そう言われ、少年二人はゴクリと息を呑む。
この国では十八歳で立派な成人と見なされる。
わかりきっていたことだが、いざ言われると、少年二人は不安が押し寄せてきた。
ーーこの国で育った男は騎士になり、戦争に参加することは定められている。
当然それを断れるはずもなく、二人は緊張に似た表情で頷いた。
「早速だが明朝、隣国に攻め込む予定だ。初の戦に備え、今晩はゆっくり休め。用件はそれだけだ、下がれ」
そう言われ、二人は一礼し、部屋を後にする。
それから、二人はしばらく無言で廊下を歩いていた。
「‥‥なあ、ロファース」
口を開いたのは黒髪の騎士、セルダー。
セルダーの困ったような声に、赤髪の騎士ロファースは振り向く。
「俺らさ‥‥本当に戦争なんか出来るのか?」
「それは俺もわからない。今まで訓練ばかりで、実戦はしたことがないからな」
「だよなぁ‥‥本当、いつ殺られるかわからない命だぜ。あーあ、大人ってやだなー。十八なんてまだ子供だと思うんだがね、俺は」
セルダーの言葉を聞きながら、ロファースは廊下の窓から外を見る。いつの間にか日が暮れていた。
「セルダーは今日は家に帰るのか?」
「ん?ああ、そうだな‥‥ゆっくり、そうしようかねー」
「そうか、じゃあ俺は部屋に戻るよ。明日は頑張ろうな」
ロファースはそう言ってセルダーの元を去り、廊下を真っ直ぐに進む。
ーーエウルドス王国の騎士団に入隊して、初めてできた友達がセルダーだった。
セルダーは貴族の出身らしい。
しかし、この国では身分など関係ない。
貴族だからと言って何も贔屓せず、騎士は騎士。皆に厳しくあたり、平等に接するのだから。
一方のロファースは、幼い頃に戦争で両親を亡くした。
本当に小さい頃だったので、両親の顔も何も微塵にも覚えていない。
それからは教会に引き取られ、そこで暮らしていた。
剣の修行に励み、自分がエウルドス国の出身かどうかはわからないが、この国にいる以上、自然と騎士団に入隊する流れとなる。
ーーガチャッ‥‥
ドアノブを回し、一室に入った。
ここは、エウルドス城内で騎士に用意された寮である。
着ていた鎧を外し、無造作に床に脱ぎ捨て、ぼふっ‥‥と、そのままベッドに倒れる。
ぼうっと、壁に立て掛けてある剣を見た。
(明日はあの剣で戦うのか‥‥俺は明日から本当に騎士になるのか)
今までは訓練でのみ扱ってきた剣。
(人を斬る‥‥か。本当に、俺にそんな覚悟があるのか?)
ゆっくりと瞳を閉じる。
先刻、セルダーから聞いた話を思い出した。
人間は戦ばかりしてるから。
エルフは争いを好まないから。
(いいや違う‥‥俺だって、人間だって、戦争は大嫌いだ。だって、そのせいで俺は家族を失ったんだろ?)
争いを好む人間など、果たしてこの世界に存在するのだろうか?
そんなことをぼんやり考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
~ 一日目〈終〉~
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~
日暮ミミ♪
恋愛
現代の日本。
山梨県のとある児童養護施設に育った中学3年生の相川愛美(あいかわまなみ)は、作家志望の女の子。卒業後は私立高校に進学したいと思っていた。でも、施設の経営状態は厳しく、進学するには施設を出なければならない。
そんな愛美に「進学費用を援助してもいい」と言ってくれる人物が現れる。
園長先生はその人物の名前を教えてくれないけれど、読書家の愛美には何となく自分の状況が『あしながおじさん』のヒロイン・ジュディと重なる。
春になり、横浜にある全寮制の名門女子高に入学した彼女は、自分を進学させてくれた施設の理事を「あしながおじさん」と呼び、その人物に宛てて手紙を出すようになる。
慣れない都会での生活・初めて持つスマートフォン・そして初恋……。
戸惑いながらも親友の牧村さやかや辺唐院珠莉(へんとういんじゅり)と助け合いながら、愛美は寮生活に慣れていく。
そして彼女は、幼い頃からの夢である小説家になるべく動き出すけれど――。
(原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)


どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる