104 / 105
最終章【一筋の光】
最終章-5 友の為に剣士となり歩んだ道の先
しおりを挟む
雪はまだ止まず。
夕暮れ時になったが、空は灰がかったままである。
降りしきる雪の中、カシルはアドルに教えられた、ニキータ村がよく見渡せる小高い丘に来ていた。
何度もアドルに『一回行ってみて下さい!』と言われていたが、あまり気分が乗らず、こんな雪の中、初めて来ることとなる。
五年間共に暮らしたアドルとクリュミケールの思い出の場所らしい。
きっかけは、昔々‥‥何十年も前に貰った約束の石のペンダント。
先程、前を向いて生きるアドルを見ながら、カシルはそれにとうとう願ってみた。
願ってみて、そしたらなんなのか。
ペンダントが放つ青い光が消え去り、真っ黒な石ころに成り下がってしまった。
小さくため息を吐き、聳え立つ枯れ木に凭れ掛かる。
「こんな石ころ一つで、何かが叶うわけもない」
苦笑混じりに静かにそう呟いた。だが、
「ーーはは。そうかな?まあ、偶然かもしれないな」
その呟きに、返事が返されたのだ。誰もいないはずのこの場所で‥‥
いや、違う。
カシルは頭上を見上げた。
声は、頭上から降ってきたのだ。
枯れ木の高い場所にある太い枝。そこに、人影が見えた。
「やることはやった。ハトネにも会えた。でも、消えてしまった。【見届ける者】の力とやらをリオラの後に使って、なんとか【世界の心臓】を倒した。でも、リオラは寿命の半分程がなくなってしまったらしい。彼女の命の半分以上は世界に飲み込まれ、溶け込んでしまった‥‥不死鳥とリウスちゃんがリオラを説得してくれた。命を懸けて世界を救ったのは、リオラだ」
声の主はそう言って小さく息を吐く。
まだ、二人が生きた状態‥‥目覚めた状態でリオラに会ったことがない。
だが、会ってもどうすることも出来ない。
でも、リオラに伝えたい事は、話したい事は‥‥きっとある。
「オレも、消えるはずだったと思う。でも、オレの名前を呼ぶアドルの声がしたんだ。何もない無の空間で。オレは‥‥消滅しなかった。それどころかオレ自身は無傷のままなんだ‥‥無の空間を歩き続け、気がついたら今、この場所に帰って来ていた」
そう話す声は、罪悪感混じりの声だった。
それを聞いて、なぜそんなに背負い込むんだ、後悔しているんだと言いたくなる。
もう、たくさん救い、喪い、傷付き、短い人生の中を駆け抜けてきたというのに。
「二年‥‥経った。この二年で俺はようやく人としての道を見つけたと思う。レイラ‥‥そしてアドルやキャンドル達のお陰だ。こんな他人の俺を、あいつらは笑顔で受け入れてくれた」
カシルのその言葉を聞き、
「さすがあの三人だな。あの三人は‥‥バカだからさ、オレ達と同じで」
なんて言ってみせる。
ーーそう。
自分はバカだった。無力だった。無知だった。
けれど、出会いの数だけ多くを学んだ。
ーーロナス。
お前の生死はわからない。だが、もしこの世界にまだ、悪魔として生きているのなら‥‥
次はきっと、受け入れるよ。種族の差なんてない世界にしていこう。
ーーサジャエル。いや‥‥おかあ、さん?
お前のしてきたことは許せないよ。オレはお前の手のひらの上で生きてきた。でも、だからこそ‥‥皆に出会えたんだな。
‥‥未だわからないことだらけだけど、今更だけど、また、ザメシアにでも聞くよーーあなたのことを。
ーーイラホー。
いや、エナンさん。導いてくれてありがとう。次に生まれて来る時は、きっと不死鳥と共に‥‥
ーー女王様。
レイラのことは心配しないで下さい。彼女はもう、一人じゃない。今度こそ、彼女を守り通します。
ーーアイムさん。
フィレアさんのことは任せて。あなたの言葉には何度も救われました。あなたの温もりを、私は一生忘れない。
ーーニキータ村の皆。
オレを育ててくれて、家族のように接してくれてありがとう。
ーーリウス。
これからもずっと、アドルの傍でアドルを見守っていてくれ。
ーー不死鳥。
あなたの誇り高き炎を、優しき心を忘れない。次の時代でもきっと、イラホーと幸せに。
本当にありがとう。力を貸してくれて。
あなたがいたから多くを守れた。本当に‥‥ありがとう。
ーーハトネ。
オレも君が大好きだよ。
いつまでも、これからも、オレ達は大切な仲間で、友達だ。だからまた‥‥会おう。
ーーシェイアードさん。
オレは‥‥私は本当は、あなたとの未来を歩みたかった。自分の生きる世界を捨てて、あなた達が生きた世界に居たかった。
ハナさん、ナガ、イリス、ルイナ様‥‥
初めて好きだと、愛という感情を知れた。
今でもあなたを忘れていません。
だけどそれでは前に進めないんだと、旅の中で知りました‥‥
だから、あなたは言ったんですね、今を生きろと。
過去に囚われていく生き方は、未来への道を閉ざすものだと。
それでも私はあなたを忘れない。あなたへの想いを‥‥忘れない!
今すぐにでも、会いたい。
でも、もう二度とあなたには会えない。あなたはもう、ここにはいない‥‥
出会えて、本当に良かった‥‥
いなくなった人達を偲び、意識をその場に戻す。
失くしたものは多かった。
けれども、レイラにリオラ、ザメシアのように、取り戻せたものもあった。
とても悲しい時代だった。
とても幸せな時代だった。
そんな、二つの気持ちが交錯する旅だった。
「ニキータ村も随分と立派になったんだな。レイラは‥‥レイラは大丈夫か?」
ここから見える村を見つめ、そして、友の安否を尋ねる。
「あの後、傍にいてやった。だが、もう大丈夫だと‥‥今は立派に、女王をやっている」
「そうか‥‥良かった。ありがとう、約束を守ってくれて‥‥大事な、親友だからさ。本当に心配だった」
心からの礼を口にした。
「レイラが死んだ後‥‥あなたのことを知ろうと努力してたんだ。本当に‥‥憎かった。レイラを‥‥友達を奪ったあなたが。でも、レイラの為にもあなたを知り、そして‥‥過去を知った」
少年時代の彼の姿を脳裏に描く。
‥‥たくさんの出来事。
いくつもの偶然は、こんなにも自分の世界を歪めた。
けれどもその歪みから、自分はシュイア以外の人々とも出会えた。
もし、サジャエルやカシルがあの日、あの時、自分の前に現れなければ、今ここにいる自分など存在しなかっただろう。
もしかしたら、今でもずっと、シュイアに憎まれたまま、知らずと旅したままだったかもしれない。
‥‥いや、もしくは無知だったあの頃の自分だったら、今頃はリオラの器になり、自分という存在が消滅していた可能性だってある。
あの時、神の遺跡でリオラを初めて見た日。
なぜ自分は器になることを拒めたのか。
シュイアの為にと諦める選択肢もあったのだから。
だが、レイラに救われた命だから。
ハトネにラズにフィレアが自分の為に叫んでくれたから。
そして何よりも、
『リオラも、小僧も、別の人間だ。お前が小僧を捨て、否定し、リオラだけを選ぶのなら‥‥俺は、俺が小僧の存在を肯定する』
彼のその言葉がなぜか、心に響いたから。
「今更だけどさ。ずっと守ってくれて、ありがとう‥‥今ならわかるよ。敵だった時も、離れていた時も、一緒にいた時も‥‥守ってくれていた。あの頃の優しい少年のままだったんだな」
少年達と出会ったのは二年前。
カシルとシュイアにとっては何十年も前。
それなのに二人共、自分のことを覚えていてくれた。過ごした時間を、覚えていてくれた。
ーートンっ‥‥と、木から降りて、草原に足を落とす。
「二年か‥‥アドルはもう十七歳か」
そう言いながら、再び復興したニキータ村に視線を向ける。
「君も少し背が伸びたんじゃないか?」
カシルに言われ、自分の手のひらを見つめながら、
「どうかな。まあ、不死鳥がオレの中から消えて、不老なんてものがなくなって‥‥そうだな。人の輪の中に戻って来たんだな」
小さく笑った。
「ハトネが言っていたよ‥‥『この時代で皆に会えて本当に嬉しかった。こんな私が最後の時代に幸せになれた』ってさ‥‥まだ、信じられないんだ。彼女のことだ。いつか笑顔でまた、忘れた頃にひょっこり現れるんじゃないだろうかって‥‥」
「そうか‥‥」
ハトネは満足に逝けたのだな‥‥そう、カシルは安心するように思う。
「ん‥‥?じゃあ、なんだ?カシルはニキータ村にいて、アドルとキャンドルと一緒なのか?」
なんとなく聞き流していたが、今ごろ疑問を感じてそう聞けば、彼は頷く。頷いて、一緒に暮らしているんだと言う。
「はは‥‥いやぁ‥‥本当に、変わったなぁ」
意外だなという風に笑い、しかし、いまいち三人で暮らしている姿が想像できなかった。
「とりあえず、二人に会いに行くか?ずっと、君を待っている。まあ、二人だけじゃないがな」
「ああ。そうだな‥‥」
頷いたが、しかし、二人は何かに気づく。
こちらに駆けて来る人影が見えたからだ。
あの日から成長した青い髪の少年が涙を拭いながら走り、後ろにはやれやれと言うような顔をした兄貴分気取りの青年が歩いている。
本当に、自分はここに、世界に帰って来たんだと、やっと心から実感できた。
金の髪をした人はようやく溢れてきた涙を拭い、
「二年前、最後に、いつまでも待つと言ってくれたね。だから、約束通り帰って来た。ほら、オレはーー約束を守るような奴だからさ」
カシルにそう言えば、彼は静かに微笑む。
それから、もうすぐこちらに辿り着くであろう一筋の光を見つめた。
そして、噛み締めるようにして言った。
「ーーただいま」
‥‥と。
たった一言だが、それは長かったあの戦いの日々に終わりを告げるものなのだ。
いつの間にか雪は止み、夕焼けが丘を照らす。
いつか見た、まるで血のような真っ赤な夕焼けとは違い、とても美しい赤だった。
素晴らしい出会いだった。
素晴らしい旅路だった。
素晴らしい時代を駆け抜けることができた。
今、この瞬間だけは、この世界に生を受けたことに本当に感謝できた。
人々は知らない。
世界を守る為に戦った人達がいることを。
友を守る為に命を懸けた人達のことを。
神々が世界に存在したことを。
なぜ急に魔物という存在が消えたのかを。
ーー知らなくていい。
世界はもう滅びない。神も何も‥‥もういないのだ。
無知だった者が友の為に剣士となり歩んだ道は、ここで途切れる。
そしてここから先は、新たな道が始まるのだ。
夕暮れ時になったが、空は灰がかったままである。
降りしきる雪の中、カシルはアドルに教えられた、ニキータ村がよく見渡せる小高い丘に来ていた。
何度もアドルに『一回行ってみて下さい!』と言われていたが、あまり気分が乗らず、こんな雪の中、初めて来ることとなる。
五年間共に暮らしたアドルとクリュミケールの思い出の場所らしい。
きっかけは、昔々‥‥何十年も前に貰った約束の石のペンダント。
先程、前を向いて生きるアドルを見ながら、カシルはそれにとうとう願ってみた。
願ってみて、そしたらなんなのか。
ペンダントが放つ青い光が消え去り、真っ黒な石ころに成り下がってしまった。
小さくため息を吐き、聳え立つ枯れ木に凭れ掛かる。
「こんな石ころ一つで、何かが叶うわけもない」
苦笑混じりに静かにそう呟いた。だが、
「ーーはは。そうかな?まあ、偶然かもしれないな」
その呟きに、返事が返されたのだ。誰もいないはずのこの場所で‥‥
いや、違う。
カシルは頭上を見上げた。
声は、頭上から降ってきたのだ。
枯れ木の高い場所にある太い枝。そこに、人影が見えた。
「やることはやった。ハトネにも会えた。でも、消えてしまった。【見届ける者】の力とやらをリオラの後に使って、なんとか【世界の心臓】を倒した。でも、リオラは寿命の半分程がなくなってしまったらしい。彼女の命の半分以上は世界に飲み込まれ、溶け込んでしまった‥‥不死鳥とリウスちゃんがリオラを説得してくれた。命を懸けて世界を救ったのは、リオラだ」
声の主はそう言って小さく息を吐く。
まだ、二人が生きた状態‥‥目覚めた状態でリオラに会ったことがない。
だが、会ってもどうすることも出来ない。
でも、リオラに伝えたい事は、話したい事は‥‥きっとある。
「オレも、消えるはずだったと思う。でも、オレの名前を呼ぶアドルの声がしたんだ。何もない無の空間で。オレは‥‥消滅しなかった。それどころかオレ自身は無傷のままなんだ‥‥無の空間を歩き続け、気がついたら今、この場所に帰って来ていた」
そう話す声は、罪悪感混じりの声だった。
それを聞いて、なぜそんなに背負い込むんだ、後悔しているんだと言いたくなる。
もう、たくさん救い、喪い、傷付き、短い人生の中を駆け抜けてきたというのに。
「二年‥‥経った。この二年で俺はようやく人としての道を見つけたと思う。レイラ‥‥そしてアドルやキャンドル達のお陰だ。こんな他人の俺を、あいつらは笑顔で受け入れてくれた」
カシルのその言葉を聞き、
「さすがあの三人だな。あの三人は‥‥バカだからさ、オレ達と同じで」
なんて言ってみせる。
ーーそう。
自分はバカだった。無力だった。無知だった。
けれど、出会いの数だけ多くを学んだ。
ーーロナス。
お前の生死はわからない。だが、もしこの世界にまだ、悪魔として生きているのなら‥‥
次はきっと、受け入れるよ。種族の差なんてない世界にしていこう。
ーーサジャエル。いや‥‥おかあ、さん?
お前のしてきたことは許せないよ。オレはお前の手のひらの上で生きてきた。でも、だからこそ‥‥皆に出会えたんだな。
‥‥未だわからないことだらけだけど、今更だけど、また、ザメシアにでも聞くよーーあなたのことを。
ーーイラホー。
いや、エナンさん。導いてくれてありがとう。次に生まれて来る時は、きっと不死鳥と共に‥‥
ーー女王様。
レイラのことは心配しないで下さい。彼女はもう、一人じゃない。今度こそ、彼女を守り通します。
ーーアイムさん。
フィレアさんのことは任せて。あなたの言葉には何度も救われました。あなたの温もりを、私は一生忘れない。
ーーニキータ村の皆。
オレを育ててくれて、家族のように接してくれてありがとう。
ーーリウス。
これからもずっと、アドルの傍でアドルを見守っていてくれ。
ーー不死鳥。
あなたの誇り高き炎を、優しき心を忘れない。次の時代でもきっと、イラホーと幸せに。
本当にありがとう。力を貸してくれて。
あなたがいたから多くを守れた。本当に‥‥ありがとう。
ーーハトネ。
オレも君が大好きだよ。
いつまでも、これからも、オレ達は大切な仲間で、友達だ。だからまた‥‥会おう。
ーーシェイアードさん。
オレは‥‥私は本当は、あなたとの未来を歩みたかった。自分の生きる世界を捨てて、あなた達が生きた世界に居たかった。
ハナさん、ナガ、イリス、ルイナ様‥‥
初めて好きだと、愛という感情を知れた。
今でもあなたを忘れていません。
だけどそれでは前に進めないんだと、旅の中で知りました‥‥
だから、あなたは言ったんですね、今を生きろと。
過去に囚われていく生き方は、未来への道を閉ざすものだと。
それでも私はあなたを忘れない。あなたへの想いを‥‥忘れない!
今すぐにでも、会いたい。
でも、もう二度とあなたには会えない。あなたはもう、ここにはいない‥‥
出会えて、本当に良かった‥‥
いなくなった人達を偲び、意識をその場に戻す。
失くしたものは多かった。
けれども、レイラにリオラ、ザメシアのように、取り戻せたものもあった。
とても悲しい時代だった。
とても幸せな時代だった。
そんな、二つの気持ちが交錯する旅だった。
「ニキータ村も随分と立派になったんだな。レイラは‥‥レイラは大丈夫か?」
ここから見える村を見つめ、そして、友の安否を尋ねる。
「あの後、傍にいてやった。だが、もう大丈夫だと‥‥今は立派に、女王をやっている」
「そうか‥‥良かった。ありがとう、約束を守ってくれて‥‥大事な、親友だからさ。本当に心配だった」
心からの礼を口にした。
「レイラが死んだ後‥‥あなたのことを知ろうと努力してたんだ。本当に‥‥憎かった。レイラを‥‥友達を奪ったあなたが。でも、レイラの為にもあなたを知り、そして‥‥過去を知った」
少年時代の彼の姿を脳裏に描く。
‥‥たくさんの出来事。
いくつもの偶然は、こんなにも自分の世界を歪めた。
けれどもその歪みから、自分はシュイア以外の人々とも出会えた。
もし、サジャエルやカシルがあの日、あの時、自分の前に現れなければ、今ここにいる自分など存在しなかっただろう。
もしかしたら、今でもずっと、シュイアに憎まれたまま、知らずと旅したままだったかもしれない。
‥‥いや、もしくは無知だったあの頃の自分だったら、今頃はリオラの器になり、自分という存在が消滅していた可能性だってある。
あの時、神の遺跡でリオラを初めて見た日。
なぜ自分は器になることを拒めたのか。
シュイアの為にと諦める選択肢もあったのだから。
だが、レイラに救われた命だから。
ハトネにラズにフィレアが自分の為に叫んでくれたから。
そして何よりも、
『リオラも、小僧も、別の人間だ。お前が小僧を捨て、否定し、リオラだけを選ぶのなら‥‥俺は、俺が小僧の存在を肯定する』
彼のその言葉がなぜか、心に響いたから。
「今更だけどさ。ずっと守ってくれて、ありがとう‥‥今ならわかるよ。敵だった時も、離れていた時も、一緒にいた時も‥‥守ってくれていた。あの頃の優しい少年のままだったんだな」
少年達と出会ったのは二年前。
カシルとシュイアにとっては何十年も前。
それなのに二人共、自分のことを覚えていてくれた。過ごした時間を、覚えていてくれた。
ーートンっ‥‥と、木から降りて、草原に足を落とす。
「二年か‥‥アドルはもう十七歳か」
そう言いながら、再び復興したニキータ村に視線を向ける。
「君も少し背が伸びたんじゃないか?」
カシルに言われ、自分の手のひらを見つめながら、
「どうかな。まあ、不死鳥がオレの中から消えて、不老なんてものがなくなって‥‥そうだな。人の輪の中に戻って来たんだな」
小さく笑った。
「ハトネが言っていたよ‥‥『この時代で皆に会えて本当に嬉しかった。こんな私が最後の時代に幸せになれた』ってさ‥‥まだ、信じられないんだ。彼女のことだ。いつか笑顔でまた、忘れた頃にひょっこり現れるんじゃないだろうかって‥‥」
「そうか‥‥」
ハトネは満足に逝けたのだな‥‥そう、カシルは安心するように思う。
「ん‥‥?じゃあ、なんだ?カシルはニキータ村にいて、アドルとキャンドルと一緒なのか?」
なんとなく聞き流していたが、今ごろ疑問を感じてそう聞けば、彼は頷く。頷いて、一緒に暮らしているんだと言う。
「はは‥‥いやぁ‥‥本当に、変わったなぁ」
意外だなという風に笑い、しかし、いまいち三人で暮らしている姿が想像できなかった。
「とりあえず、二人に会いに行くか?ずっと、君を待っている。まあ、二人だけじゃないがな」
「ああ。そうだな‥‥」
頷いたが、しかし、二人は何かに気づく。
こちらに駆けて来る人影が見えたからだ。
あの日から成長した青い髪の少年が涙を拭いながら走り、後ろにはやれやれと言うような顔をした兄貴分気取りの青年が歩いている。
本当に、自分はここに、世界に帰って来たんだと、やっと心から実感できた。
金の髪をした人はようやく溢れてきた涙を拭い、
「二年前、最後に、いつまでも待つと言ってくれたね。だから、約束通り帰って来た。ほら、オレはーー約束を守るような奴だからさ」
カシルにそう言えば、彼は静かに微笑む。
それから、もうすぐこちらに辿り着くであろう一筋の光を見つめた。
そして、噛み締めるようにして言った。
「ーーただいま」
‥‥と。
たった一言だが、それは長かったあの戦いの日々に終わりを告げるものなのだ。
いつの間にか雪は止み、夕焼けが丘を照らす。
いつか見た、まるで血のような真っ赤な夕焼けとは違い、とても美しい赤だった。
素晴らしい出会いだった。
素晴らしい旅路だった。
素晴らしい時代を駆け抜けることができた。
今、この瞬間だけは、この世界に生を受けたことに本当に感謝できた。
人々は知らない。
世界を守る為に戦った人達がいることを。
友を守る為に命を懸けた人達のことを。
神々が世界に存在したことを。
なぜ急に魔物という存在が消えたのかを。
ーー知らなくていい。
世界はもう滅びない。神も何も‥‥もういないのだ。
無知だった者が友の為に剣士となり歩んだ道は、ここで途切れる。
そしてここから先は、新たな道が始まるのだ。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる