一筋の光あらんことを

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八章【望み】

8-1 神々の楽園

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一行は雪の街、スノウライナを発ち、シュイアとリウスの知る楽園を目指すことにした。
転移魔術で行けば早いが、シュイアとリウスはハトネと違い、大人数を転移することは出来ない。
シュイア曰く、普通は不可能に近いらしい。
やはり、ハトネは神様なのかと実感させられる。

街を出た雪原の大地には、【回想する者】イラホーが待っていた。

「準備も覚悟もできたのね」

彼女はそう言い、

「ああ。決着をつけにいくよ。十二年前の‥‥始まりの日の決着を」

クリュミケールは頷き、燃え盛るフォード城、そして、初めて人の死を見届けた光景を思い浮かべる。

「そう‥‥ふふ、虚しいわね。あなたの人生は、フォードに、レイラという少女に縛られ続けているのね」

クスッとイラホーは笑いながら言い、

「まあ‥‥いいわ。不死鳥も無事戻った。だから、私は協力してあげましょう」

続けてそう言うので、

「どういうこと?不死鳥が戻ったから協力?」

と、フィレアは聞いた。それに、イラホーは静かに微笑むだけで、そして、

「えっ‥‥!?」

ハトネが驚きの声を上げる。
一同の視界は、深い霧に覆われた。そこは、見知らぬ荒れ地だ。

「なっ、どこなの、ここ!?」

アドルはキョロキョロと霧の中を見回し、イラホーは霧の中をすたすたと進んで行く。
そして、何もない霧の中に両手を翳し、

「悠久なるザメシアの鐘よ、我等に永久なる祝福の楽園を‥‥」

そう、呪文のようなものを口にした。
その言葉の後、辺り一面を覆っていた霧が徐々に晴れていく。

空が、見えた。だが、それはセピア色の大地に、セピア色の空。
そして眼前には、大きな塔。
まるで時間がゆっくり流れているようなーーいや、止まっているような奇妙な感覚に陥る。

「まさか、ここが楽園ってやつなのか?」

キャンドルが聞けば、イラホーは頷いた。

(ここに、ロナスが‥‥)

クリュミケールは息を呑み、塔を見上げる。すると、急に激しい頭痛に襲われ、

「えっ!?」

再び視界は移ろい、何もない真っ白な世界が広がった。アドルも誰も、いない。

「皆‥‥!?なっ、なんなんだよ」

音もなく、ただ静かな世界。クリュミケールが戸惑っていると、どこからか微かに泣き声が聞こえてきた。
女性の声、だろうか。
無意識に声のする方に足を進めると、二十歳前後の女性がしゃがみ込み、泣いている姿が見えた。

真っ白なワンピースに身を包み、金色の長い髪をした女性の後ろ姿を見つめる。

「どうして私が女神なんかに‥‥」

女性は嘆くように言い、ゆっくりと顔だけ動かし、

「あなたのせいよ‥‥あなたがいなければ、私は普通の人間のままだった」

自分と同じエメラルド色の目が、クリュミケールを捉えた。その姿に、

「君は‥‥リオラ!?」

クリュミケールはその名を叫ぶ。
五年前、水晶の中で眠り、昨日、シュイアの過去で見た女性だ。

「憎い、憎いわ‥‥あなたも、世界も人も。誰も、この憎しみは理解できない、止められない。それは、シュイアにも‥‥できない。私は目覚めてみせるわ。目覚めて、こんな世界‥‥壊してやる」

全てを憎む、全てを恨むとは、こういうことなのだろうか。激しい憎悪がそこには見えた。
リオラの姿は消えていき、視界は塔の前に戻される。

「クリュミケールさん‥‥?」

その場に立ち尽くしたクリュミケールに、アドルが心配そうに声を掛けた。クリュミケールは驚くようにアドルを見つめ、小さく息を吐く。

(今のは、なんだ?オレにしか見えなかったのか?)

クリュミケールは目を細め、今のリオラの言葉を思い浮かべた。

「うっ‥‥ううっ‥‥」

すると、急にハトネが頭を抱え、全身を震わせてその場にしゃがみ込んでしまう。

「ハトネちゃん!?」

彼女の近くにいたフィレアは、慌ててハトネをの体を支えた。

「これって、昨日と同じじゃない‥‥!?」

クリュミケールを追い、雪原の大地を歩いていた時にハトネの様子がおかしくなったことを思い出し、カルトルートが言う。

「‥‥その子が本当に神ならば、ここはかつて、その子もいた場所。記憶が、力が呼び起こされるのかもしれない」

イラホーが言い、

「痛い‥‥痛いよ‥‥頭、痛い‥‥!」 

ハトネは頭を抱えたまま、目をギョロギョロと動かし続けて叫んだ。

「大丈夫か!?」

キャンドルもフィレアと共に、ハトネの背に手を当てる。

「はあっ‥‥はあっ‥‥痛いよ‥‥たっ、助けて‥‥!助けて‥‥リオ君‥‥クリュミケール君‥‥フィレアさん‥‥ラズ君‥‥っ」

最も長く、共にいたからだろうか。ハトネは三人の名前を呼ぶが、意識はその場にはなく、うわ言のように口を動かし続けた。

「ハトネ‥‥!」

クリュミケールも彼女の側に膝をつき、顔を覗きこむが、視線が合わない。

「たっ、確かレムズ!回復の魔術使えなかった?それで頭痛、少しは治まらないかな!?」

カルトルートが慌ててレムズに聞けば、

「あ‥‥ああ、試して‥‥みる」

レムズはハトネの側に行き、彼女の体に手を当て、小さく呪文を唱え始めた。彼の手から温かな光が放たれる。

「うっ‥‥ううっ‥‥はあ、はあ‥‥」

段々と、ハトネの呼吸が落ち着きを見せてきた。

「きっ、効いてる‥‥?でっ、でも、どうしよう?こんな状態でハトネさんを連れて行くのは‥‥」

アドルが心配そうに言うと、

「落ち着くまで、俺がハトネとここに残ってる!お前らは先に‥‥!」

キャンドルが言えば、

「ええっ!?兄ちゃん一人じゃ危ないよ!もしかしたら、サジャエルって人が来るかも‥‥」
「たっ、確かに‥‥」

アドルとクリュミケールが言い、

「‥‥僕が残るよ」

と、ラズが名乗り出た。

「キャンドル‥‥ハトネさんを心配してくれてありがとう。僕とハトネさんは‥‥十二年間、友達みたいな感じなんだ。だから、約束するよ、もし敵が来ても守ってみせる。たぶん、君より僕の方が戦い慣れしているし」

そのラズの言葉に、「でっ、でもよ‥‥」と、キャンドルは渋るように苦しそうなハトネを見つめる。

「僕はロナスやサジャエル、リオラに直接的な関係はない。でも、君は違うだろう?君は、故郷を奪われた。君にだって、ロナスやサジャエルと戦う資格がある」

そうラズに言われ、キャンドルはニキータ村を思い、ちらっとアドルを見た。そして、力強く頷き、

「‥‥わかった。ハトネを頼んだぜ、ラズ」

そう、昔、病弱だった妹の頭を撫でてやったように、ハトネの頭を優しく撫で、そうしてキャンドルは立ち上がり、踵を返す。

「ラズ‥‥!それなら、私も‥‥」

ラズと同じ境遇のフィレアが口を開くが、

「フィレアさんは皆と行って。僕は、二人も守れる自信はない‥‥だから、フィレアさんは皆を支えてあげて」

そう、ラズはにっこりと笑って言った。フィレアは言葉を詰まらせ、

「あんなに小さかったのに‥‥いつの間にか逞しくなったわね‥‥ハトネちゃんのこと、任せるわ。でも、ラズ‥‥あなたも気をつけて」

そう彼に言えば、ラズは笑顔のまま頷く。

(‥‥サジャエルはハトネの存在も忘れてしまったのだろうか。十二年間、ハトネについて何も言わなかったし、何もしなかった‥‥いや、忘れているのなら、思い出さない方がハトネも安全だ)

クリュミケールはそう思いながら、苦しそうにする友の姿を見つめ、

「ラズ‥‥ハトネを、頼む。後で必ず落ち合おう!」

それだけ言い、再び塔を見上げた。

「話はまとまったのね。じゃあ、行きましょう」

イラホーの言葉と共に、ハトネとラズをその場に残し、一同は塔へと向かう。
ラズはハトネの体を支えながら、塔の中へと消え行く一同の背中を見つめ、

「必ず‥‥か」

静かにそう言い、そしてハトネに視線を移し、

「ふっ‥‥何が、『悠久なるザメシアの鐘』だ。何が、『永久なる祝福の楽園』だ‥‥何も、出来なかったくせに」

そう、吐き捨てるように言った。


◆◆◆◆◆

塔の中に入ると、広いエントランスと螺旋階段があった。

「うわっ‥‥螺旋階段かぁ」

クリュミケールが嫌そうに言うと、

「どうしたの?」

と、アドルが聞く。

「いや‥‥昔なぁ‥‥ちょっと、なあ、カシル」

そう、本の世界の魔物の城で、カシルやハトネ達とうんざりするほど長い螺旋階段を駆け上がったことを思い出した。しかし、カシルと目が合い、クリュミケールは昨日のことを思い出し、そして、あの日、ナガに『シェイアードが好きなのか』と言い当てられた時、

『なんだ小僧、恋でもしたのか?』

と、つまらなそうに聞いてきたカシルを思い出し、

(あー‥‥あー‥‥あれも、かぁ)

クリュミケールは額に手を当てる。

「えっ、昔なんなの?」

興味津々にフィレアが聞いてくるので、

「あー‥‥っと。そんな話してる場合じゃないな。イラホー、この頂上にサジャエルとリオラがいるのか?」

クリュミケールが話を中断し、本題に戻すと、

「わからないわ。何せ、遥か高い塔だから。どこで待ち受けているか‥‥」

そこで、イラホーが言葉を止めたので、一同は不思議そうに彼女を見た。

「ひゃははーー!!やーっとここまで来たかぁ!」

エントランスに笑い声が響き渡り、

「えっ!?誰‥‥?」

アドルはキョロキョロと視線を動かし、

「だっ、誰もいないけど‥‥」

カルトルートが続け、

「うわっ!?」

キャンドルは驚きの声を上げる。
クリュミケールが果ての世界で不死鳥に与えられた赤い剣を抜き、何かを睨み付けるかのような顔をしていたからだ。
同時に、シュイアもカシルも剣の柄に手を当て、フィレアまでもが槍を抜き、

「ロナス‥‥!」

そう、リウスがその名前を叫んだ。
すると、パチパチと数回手を叩く音がして、螺旋階段の途中からロナスの姿が見え、その隣にはフードを被った男ーークナイもいる。

「いやー!シェイアードに続き、裏切り者勢揃い!なあっ、シュイア様にリウスちゃん‥‥更には女神様であるイラホーまで!あっはは!」

ロナスがそう言って大笑いした瞬間、ぶわっと、クリュミケールの全身から不死鳥の炎が舞い上がった。

「くくっ、シェイアード、死んだんだろ?いや、違うか。元から【まがいもの】だったから、そもそも人間じゃなかったな!」
「‥‥シャネラ女王を侮辱し、レイラを苦しめ、ニキータ村で非道を行い‥‥シェイアードさんのことまで‥‥お前だけは、赦さない。お前はオレが‥‥リオとして倒すべき相手だーー!殺してでも‥‥っ!!」

初めて見せるクリュミケールの憎悪の姿にアドルは目を見開かせ、

「じゃあ‥‥あの人が、悪魔?あの人が‥‥ニキータ村の皆を、母さんを‥‥」

ぽつりと、そう言う。

「あっはははは!さあっ‥‥リオちゃん。今回は邪魔なしだ‥‥決着をーー‥‥」

ロナスは高笑いしながら黒い羽を羽ばたかせ、宙に舞うが、彼の隣で静かに佇んでいたクナイが小さく笑い、

「いやはや‥‥盛り上がってるところ悪いんですが‥‥」

そう言いながら、クナイは何か呪文を唱えていた。

「ああっ!?テメェッ!!何して‥‥」

ロナスが気づいた時にはすでに遅く、

「さあ皆さん、この瞬間を待ち続けていました。よく出来ましたね。ーーここからは過去の異物‥‥僕の時間です」

フードの隙間からちらりと赤い目が見えた。
ーー瞬間、エントランスはまばゆく光り、その光はこの場にいる全員を包み込む。
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