一筋の光あらんことを

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七章【遠い約束】

7-11 全ての再会

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何も無くなってしまった。
たった一人の家族も、出会って数日だったけれど大好きだった人も、故郷も、全て無くなってしまった。

「オレ、どうしたらいいの‥‥?」

呟きは虚しく風に拐われる。

シャラッ‥‥と、柔らかい音がして、少年ーーカシルはそれに目を向けた。

(約束の、石‥‥)

クリュミケールがくれたペンダントが地面に落ちてしまい、カシルはそれを拾い上げ、小さな手で握り締める。

ーー離れ離れになって違う道を歩んだとしても、またいつか会えるように、いつかこうしてまた、同じ道を行けるように。

約束をした。そしてカシルも答えたーー会いに行く、と。

「うっ、ううっ‥‥シュイア‥‥お姉ちゃん‥‥」

カシルは涙をごしごしと腕で拭い、

(シュイアを‥‥捜そう)

そう思った。
泣き疲れてお腹も空いたし、喉も乾いた。絶望による疲労も強い。
このままここで立ち止まっていれば倒れてしまうだろう‥‥
カシルは幼い頭を働かせ、必死に考える。そして、

(どこか、村をさがそう)

小さな足取りで、広い大地を歩み出す。

(こんなところで、オレは死にたくない。シュイアと離れたままなんて、ぜったいに、ダメだ‥‥あの、村をメチャクチャにしたヤツを‥‥ゆるさない!それに‥‥お姉ちゃんが待っていてくれる。約束したから)

カシルは空を見上げ、

(だから、会いに行くよ、絶対に。オレ、一人でも頑張るから‥‥)


ーーそれから数時間、飲まず食わずで歩き続け、小さな村の近くにある平原で倒れているカシルを村人が見つけ、介抱した。
その村の、子を持たなかった老夫婦がカシルを引き取ることとなる。

カシルはその村で数十年生活し、生きる術を学んだ。自分を救ってくれた村に、老夫婦に恩返しをしながら‥‥

そして、老夫婦が亡くなるまでカシルは傍にいた。
やがて、二十歳を過ぎた青年となった彼は、村の者に惜しまれながらも旅に出た。

幼き日、自分自身で誓ったことの為に。
シュイアを捜し、クリュミケールに会いに行く為に。

今もまだ、手元に在るペンダントを見つめ、そっと口付けた。

(俺は今でも、あなたが好きです)


◆◆◆◆◆

過去を思い出しながら、カシルはクリュミケールに簡単に自分の経緯を語った。

「そうなんだ‥‥カシルがそんな風に暮らしていたなんて、ちょっと意外。でも、良かったよ。少なくとも、一人じゃなかったんだな」

クリュミケールはそう言いながら、別れ際、泣きじゃくっていた少年の顔を思い浮かべる。

「そういえば、遺跡で見たけど、約束の石‥‥まだ持ってるんだな。しかも使ってない」

クリュミケールがそう言うと、カシルは肩を竦め、

「願いが浮かばなかった。シュイアのことも、あの人のことも、自分の力で見つけたかったからな」

そう言って、クリュミケールをじっと見つめた。しばらくの沈黙が続き、視線を向けられたままのクリュミケールは居心地の悪さを感じ、そろそろ寝ようかと口を開こうとした。しかし、

「本当に‥‥捜した。今、ようやく会えたんだな」

クリュミケールが過去のカシルに会ったことにより、カシルにとっては本当の意味で、ようやく再会できたのだ。

「‥‥カシルとシュイアさんは‥‥百年ぐらい生きたんだっけ‥‥じゃあ、その中の何十年も忘れずにいてくれたんだな。でも、過去の映像でシュイアさんも疑問に感じていたようだけど、二人はなぜ魔術を使えるようになったんだ?」

クリュミケールが聞くと、

「わからない。いつの間にか成長が止まり、魔術が使えるようになった。もしかしたら、召喚の村がサジャエルによって奪われた時に見た光‥‥あれは、あの神様の光だったのかもしれない」

カシルはそう推測する。確かに、不思議な光だった。あれは、神様の‥‥ハトネの力だったのだろうか。
クリュミケールが考え込んでいると、片方の肩にカシルの手の平が置かれ、ゆっくりと彼を見上げた。

「俺は、お前に会いに来た。長い時を待ち続け、いつか会えると、約束を信じて生きてきた。お前より強くなって、お前の隣に立てるような人間になる為に」

その言葉を聞き、

『いつかオレ‥‥大きくなったら強くなって、お姉ちゃんより強くなって、必ずあなたの隣に立てるような人間になるよ』

あの夜の、少年だったカシルの言葉を思い出す。

「はは。そんな、あなたにとったら大昔の約束‥‥小さいカシルが言ったら可愛かったけど、今のカシルに言われてもなぁ」

そう、クリュミケールはおかしそうに笑うが、

「俺は本気だ」

そう、カシルはクリュミケールの両肩を掴み、真剣な眼差しで視線を合わせた。
そんな彼の様子に、クリュミケールは笑みを止める。

「十二年前、お前に再会した時、裏切られたと思っていた」

その言葉に、『誰かを好きになっても、最後には裏切られる』というカシルの言葉が重なった。

「なんで思い出してくれないんだ、なんで忘れているんだ‥‥なんでそんな幼い姿で‥‥現れたんだって‥‥理不尽に、悔しくなった。だが、当たり前だったな。俺はあの日クリュミケールに出会った。そして遥か遠い後の世に‥‥リオに出会った。俺を知らないお前に、俺は身勝手に裏切られたと思い込んでしまったんだ」

その言葉は、酷く重く感じられる。
十二年前のリオは何も知らなくて当然だ。だが、カシルはやっと、何十年も経てやっと、再会できたのに。
なのに、再会はこんなにも遅くなってしまった。
クリュミケールは肩に乗せられたカシルの手に触れ、

「オレのせいだ‥‥オレが子供のあなたに約束したから‥‥そんな約束に、あなたを縛り付けてしまったんだ」

冷静に考えたらわかることなのに、あの時は幼いカシルを慰めたくて、あんな約束をしてしまった。長い年月、待たせてしまうというのに‥‥
しかし、カシルは首を横に振り、

「フォード国でお前に聞いたな。『お前は、約束を守る奴か?』と。お前は、『約束はきっと、守るような奴』だと答えた。だからまだ、もう少しだけ、待ってみようと思えた」

それでも、それからも十二年も経ったのにーー‥‥クリュミケールは目を細めてカシルを見つめる。

「俺には、昔からずっと、大切に想っている人がいる」

ラタシャ王国で言っていたことを再び口にした。

「子供の頃、あの夜に俺が言ったのは、告白のつもりだった。それは、今でも変わらない」

そう言って、カシルはクリュミケールを引き寄せ、抱き締める。

「こっ‥‥告白」

カシルの胸の中で、クリュミケールは目を見開かせた。そうして、不可解なカシルの行動の数々を思い出す。

【破滅神の遺跡】で助けようとしてくれた。
本の世界で助けてくれた。
シュイアが裏切った時、庇ってくれた。
それだけじゃない、思い出せば、もっと色々‥‥

『俺達はあの日、誰に救われた?誰に剣を習った?
リオラも、小僧も、別の人間だ。
お前が小僧を捨て、否定し、リオラだけを選ぶのなら‥‥俺は、俺が小僧の存在を肯定する』

あの時の言葉を思い出す。

フォード国で、『やっと会えた』と抱き締められた。

本の世界が終わる時、『もういい』と、今は本の世界との別れを惜しめという風に抱き締められた。

リオラの水晶の前でシュイアに殺されそうになった時に庇ってくれて、抱き締められた。

先刻、カシルを刺してしまった時、『やっと‥‥会えたな』と、抱き締められた。

そうして、記憶は十二年前に遡る。


『良かった‥‥
やっと会えた‥‥
もう、何十年も前だな‥‥すごく、昔だ‥‥』

あの日の彼の瞳がどこか虚ろで、悲し気な表情をしていたこと。

(一体‥‥どんな思いでいたんだ?ずっと、今まで真実を黙って、何も知らないオレの傍にいて‥‥)

ゆっくりと、カシルはクリュミケールの体を離し、

「あの世界を、シェイアード・フライシルを俺も思い出した。さっきの、お前達のことも見た。だから、俺はお前に再会できた‥‥それだけでいい」
「‥‥!」

それは、先程のフィレアだ。
シュイアを諦め、シュイアの幸せの為に、ただ愛する人の幸せの為に行動すると言った‥‥フィレアと同じだ。

クリュミケールの脳裏には、シェイアード‥‥そして、カシルを愛したレイラの姿が浮かぶ。

「‥‥考えなくていい。困らせるつもりはない。だから、今の話は全部、忘れたらいい」

カシルがそう言うので、クリュミケールは驚愕するように彼を見た。

「‥‥昔のように、笑っていてくれたらいいーーお姉ちゃん」

微笑む彼の表情に、しかし何も言葉が返せなくて。何も、言えなくて。

(オレは、私は‥‥シェイアードさんを愛している。じゃあ、カシルは?長い間、オレを想い、守ってくれたカシルは‥‥)

クリュミケールの頭にぽんぽんと手が置かれ、

「明日の為にもう休め。サジャエルと‥‥そしてロナスと決着をつける為に」
「うっ‥‥うん」

そう言って、カシルは先に歩き出した。

「あのさ‥‥告白って、カシルは‥‥オレのことが好きなの?」

実際に好きだと今のカシルに面と向かって言われたわけじゃない。だから、今でもまだ、信じられなくて‥‥

「お前が来た頃‥‥幼い頃、シュイアが言っていた。『ぼくはお姉ちゃんが大好きだ』と。恐らく、シュイアの初恋はお前だ。お前も、初恋はシュイアだろ?」
「‥‥えっ!?」

言い当てられて、クリュミケールは思わず叫んでしまう。

「俺の初恋も、シュイアと同じだ。俺は、誰も好きにならなかった。言い寄られても、想いを寄せられても、何十年も諦めなかった。一時の安らぎに、逃げはしなかった。想いは‥‥今もここにある」

カシルはクリュミケールに貰った約束の石を手にし、それに唇を落とした。そうしてそのまま、行ってしまった。

取り残されたクリュミケールは呆然と立ち尽くし‥‥しばらくしてからぼっと、顔が熱くなる。

(まっ‥‥マジなのか)

しばらく頭を冷やした後、クリュミケールは宿屋に戻り、なんとか眠ろうとベッドに潜り込んだ。

しかし、ぐるぐる、ぐるぐると、シェイアードにレイラ‥‥そしてカシルのことを考えて、あまり眠れなかった。


ーー翌朝。

「ん‥‥」

朝の日差しが眩しい。ハトネはゆっくりと目を開けた。その様子を、クリュミケールとフィレアは見つめ、

「ハトネちゃん‥‥!やっと起きた!」

フィレアは涙混じりにそう言い、

「フィレア‥‥さん?あれ、私、いつから寝て‥‥」

ハトネは不思議そうにしながら体を起こす。

「おはよう、ハトネ」

すると、光に照らされて、金の髪がキラキラと光っているのが目に入った。クリュミケールは目の前に立っていて、優しい眼差しでこちらを見ている。どこか、いつもと違うなとハトネは感じた。

「‥‥ずっと独りで、寂しかったね。でも、大丈夫。オレがいるよ、フィレアさんも、ラズも皆‥‥君といるよ」

クリュミケールはそう言ってハトネに微笑み掛ける。
十二年前に出会った時、ハトネは『十二年程前』にリオに、クリュミケールに助けてもらったと話した。
果ての世界。
神であるハトネの術によって、クリュミケールはこの時代に帰り‥‥そして十二年前の、更に十二年程前にクリュミケールに助けられたと話したハトネは、二十四年程前の世界に飛んだということだろう。

(二十四年前‥‥オレがどこでどうやって生まれたのかはわからない。十六歳で止まっているけど、実際は二十四歳だ。だから‥‥いくら捜しても出会えるはずがない。そんなオレを、ハトネもカシルもずっと、捜してくれたのか‥‥)

たった、あれだけの出会いなのに、ハトネやカシルにとっては大きなものだったんだなと感じ、クリュミケールは微笑した。

「クリュミケール、くん。もしかして、もしかして本当に、あなたなの?今度こそ本当に‥‥あの日のあなたなの?」

ハトネは信じられないという風に何度も何度も尋ねる。それに、

「ああ‥‥長かったな、随分と、捜させてしまったな‥‥ずっと捜してくれてありがとう。でも、もうその必要はない。君がオレを捜して世界中を駆ける必要はない‥‥やっと、会えたな、ハトネ」

クリュミケールがそう言うと、ハトネはベッドから飛び出し、クリュミケールの胸に泣きながら飛び込んだ。
彼女の泣きじゃくる声は、隣にいるアドル達にも聞こえていた。

「ハトネ、起きたんだな!」

キャンドルが言い、

「良かったー!」

と、アドルは安堵する。カルトルートも「良かったね」とレムズに話し、宿屋に戻って来ていたシュイアとカシルもそれを聞いていた。

ラズもハトネの泣き声を聞き、静かに目を閉じる。


ーーハトネはクリュミケールの腕に抱かれ、幸せそうに涙を流し続けた。

「私を助けてくれた‥‥私の王子様‥‥やっと、会えた‥‥!」

そう声に出し、落ち着くまでずっと、クリュミケールの腕の中にいた。
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