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六章【道標】
6-10 終わりの村
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クリュミケールは燃え盛る村を見渡す。火の勢いはだいぶ弱まってきた。だが、生き残りは誰もいないだろう。
(なぜ、こんなことをする必要があった‥‥オレに用があるのなら、関係ない人達を‥‥こんな)
アドルより歳の若い子供達。
その両親達。
よろず屋、食材屋、宿屋を営んでいた人達。
どの村や町とも変わらない、普通に暮らしていた人々。
その平穏な日々は、炎によって奪われた。
燃え盛るフォード城の中でのサジャエルの言葉を思い出す。
『これからあなたはきっと、数々の者達の死を見ることになるでしょう。あなたは【見届ける者】なのですから』
ーーそうだ。サジャエルとロナスは繋がっていたのだ。
数々の者達の死を見ることになる。それは、こんな風に意図的に行われるのだろう。
(‥‥大切にしようと思ってしまったら、また、こんな惨状を招いてしまうのか?サジャエル達は、オレの存在だけでなく、全てを奪うつもりなのか?これは‥‥警告なのか?)
考えれば考えるほど、あまりに惨すぎる大量殺人に、心が痛んで仕方がない。
炎に焼かれて死んだ人もいるだろう。
倒れた人の中には、血を流している人もいた。
きっと、ロナスがやったのだろう。
クリュミケールは炎を睨み付け、アドルとキャンドルの元に戻ろうとした。そうして踵を返した時、一人の人物がいつの間にか立っていて、一瞬驚いたが、
「神出鬼没なのは変わらないな。だが、なんでここにいるんだ、カシル」
そこに立っていたのは先日、ラズとハトネと共にいたカシルだった。彼は、横目で炎を見つめ、
「たまたまこの辺りを通ったら、あの二人がこの村の現状に気づいた。すでにこの有り様だったがな」
あの二人とは、ハトネとラズのことであろう。
「それで?五年もの間、お前は何をしていたんだ、そんな男みたいな格好で名前も変えて、あの二人のことも知らないフリして」
カシルに聞かれ、
「‥‥まあ、色々あったんだ、また話すよ。それで、ハトネ達は?」
「奥の方まで行っているはずだ。生き残りがいるかもと言っていたが」
それに、クリュミケールは首を横に振り、
「これはロナスの仕業らしい。五年前、ロナスに会った。あいつは生きている。どうやらサジャエルやシュイアさんと繋がっていたようだ。ロナスはサジャエルから頼まれて、あなたの監視をしていたと話していた。そのことに気づいていたか?」
そう聞けば、カシルはため息を吐き、
「当たり前だろう、奴は悪魔だ。魔術持ちの俺達とは違う。その力はまだ計り知れない。レイラに掛けた術から見て取れるように危険だ。それなら、俺の近くに置いてる方がまだ被害は最小限に済むと思っていたが‥‥」
そこまで言って、彼はクリュミケールから目を逸らし、
「フォード国の一件は‥‥今でも悪かったと感じている」
そんな謝罪のような言葉を聞き、もう、女王の死から十二年、レイラの死から八年も経っているのだ。
「なんだよ、今更。女王様の件は仕組まれたとしても、結果的にロナスが殺した。レイラのことも、ロナスが勝手にしたことだろう?レイラは、あなたは優しい人だと話していたんだ」
クリュミケールは目を閉じ、
「あの時のオレにはわからなかったことを、レイラは知っていたんだ。だから、オレはあなたの優しさには敵わなかった。レイラには届かなかった。悔しいが、オレはあなたの心に負けたんだよ。だから、フォード国のことで、謝らないでほしい。レイラを救っていたのは、カシルなんだから」
そう伝えて、困ったように笑った。カシルは何か言おうとしたが、
「生き残り‥‥いなかったね」
「うん‥‥」
聞き覚えのある声が近づいてきて、クリュミケールは視線を動かす。村の奥からラズとハトネが俯きながら歩いて来た。
二人は顔を上げ、クリュミケールがいることに気づく。
「あ‥‥クリュミケール。そうか、確か君達はニキータ村から来たと言っていたね‥‥」
村はこんな惨状だ。ラズは気まずそうにクリュミケールに言った。
クリュミケールは少し考えた末、自分のことを話そうと思ったが、
「おーい、クリュミケール!」
と、キャンドルの声がして、彼がこちらに向かって来たので、
「どうしたキャンドル。アドルは‥‥」
「ちょっと一人にしてやろうと思ってよ。ってか、ん?その二人はファイス国で会った‥‥そっちは‥‥?」
キャンドルはカシルを見て首を傾げるが、
「キャンドル、一旦アドルのとこに戻ろう」
「へ?」
「いいから行くぞ!」
クリュミケールにぐいぐい背中を押され、
「なっ、なんだよ、今来たばっかなのに‥‥」
キャンドルは困惑しつつも渋々歩き出す。
クリュミケールはカシルを横目に見て、
「悪いな。あの二人は無関係だからな‥‥話は後でちゃんとするよ」
ボソリとそう言って、キャンドルの後を歩いた。
アドルとキャンドルはサジャエル達とは何も関係ない。
ニキータ村の人々もそうだった。
次に自分のせいで無関係な人が犠牲になったら、
(もう、立ち直れないかもしれない)
そう思いながら、クリュミケールは歯を食いしばる。
ーー冷たいものがポタッと頬に触れた。奇跡か偶然か、ポツポツと雨が降ってきたようだ。炎が鎮火されていく。
どこか懐かしく感じてしまう雨の香りと音。
アドルの家の前まで戻ると、彼はうずくまるように四つん這いの姿勢をとり、まだ泣き続けていた。
「‥‥アドル」
クリュミケールが声を掛けると、
「‥‥なんで、なんでだよ‥‥父さんが死んで、母さんまで‥‥おれ、また何も出来なかった‥‥ニキータ村では皆、家族なのに‥‥それなのにっ、皆、居なくなっちゃったの!?」
アドルは顔だけ上げ、クリュミケールとキャンドルを真っ直ぐに見る。青い大きな目から涙がぼろぼろと溢れてはこぼれていく。
それから、ハッとするように目を見開かせ、首元にかけた、赤い石に羽のついたペンダントに触れた。
「あっ‥‥リウス‥‥リウスは?」
ファイス国への旅立ちの日、ペンダントと共に『気をつけてね』と見送ってくれた少女。帰ったら何かお礼をすると約束したのだ。
クリュミケールは顔をしかめ、先程のリウスーーカナリアのことを思い出す。
(今思えば『今渡さなきゃいけない』と言われたとアドルは言っていたな。彼女はアドルに別れのつもりで渡したのか?‥‥彼女の真意や行動理由がわからない。アドルはさっきの彼女がアスヤさんに何かしたと勘違いしている。だが、真実を伝えるわけにはいかない。巻き込むわけにはいかない)
クリュミケールは静かに首を横に振り、
「姿は、なかった。もしかしたら、炎に‥‥」
残酷なことを言っているのはわかっている。だが、こう言うしかなかった。
アドルは一瞬放心状態になり、そうしてまた、泣いてしまった。
ーー重苦しい空気の中、どれ程の時が経っただろうか。次第に、雨が炎を消し去っていた。
「‥‥くそっ」
キャンドルは泥だらけになった手を額にあて、ギュッと目を閉じる。
時間は掛かったが、キャンドルとクリュミケールでニキータ村の人々の亡骸を土に埋めたのだ。ラズ達も村の奥で手伝ってくれている。
「‥‥お前ら、これからどうするんだ?」
キャンドルがクリュミケールに聞くと、
「オレは、どうとでも出来るけど、アドルをなんとかしなきゃな。暮らしていた場所が、なくなってしまったんだ」
未だ立ち上がることのできないアドルを見てそう言った。
「終わったよ!」
背後からそう声を掛けられ、ラズとハトネ、カシルがこちらに歩いてくる。
「ああ、すまなかったな、手伝わせてしまって」
クリュミケールが言うと、
「それで、君達はこれからどうするんだい?ここに‥‥いるわけにもいかないよね」
ラズが言えば、
「とりあえず、近くの村に行くか?ゆっくりできる場所で、頭冷やしてゆっくり考えた方がいい。実は俺も‥‥正直そろそろ頭が働かねーわ」
キャンドルがそう言った。
久し振りとはいえ、キャンドルにとってもここは故郷で、見知った人々の亡骸を埋めた後なのだ、今、彼の心はいっぱいいっぱいであろう。
「じゃあ、僕らも一緒に行くよ。道中、魔物もいるだろうし、君達、疲れてるだろう?僕とハトネさんは行くけど、カシルも来るだろ?」
ラズは言うが、カシルは何も答えなかった。同時に、ハトネもずっと無言だ。
「アドル、立てるか?」
膝をついたままの彼の隣にしゃがみこみ、クリュミケールが聞くと、
「‥‥う、ん」
アドルは力なく相槌を打つ。
暗い表情のまま、彼はゆっくりと立ち上がった。そんな彼を、クリュミケールとキャンドルは心配そうに見つめる。
(あいつらは‥‥リオラを目覚めさせる為に、器であるオレの死を望んでいる。なら、オレだけを狙えばいいのに。ロナス‥‥お前だけは許さない。たくさんの人の命を、何度も、何度も‥‥)
焼け焦げてしまった村を、クリュミケールは目に焼き付けた。
ニキータ村から離れ、一行は草原を越えた先にあるアガラの町に向かうこととなる。キャンドルの知り合いが営む宿屋があるそうだ。
(しかし、気まずいな)
歩きながらクリュミケールは思う。
うつ向き、フラフラ歩くアドルの側をキャンドルと共に歩き、後ろにはラズとハトネ、前にはカシルが歩いている状態だ。
状況が状況だから仕方がないが、会話がない。
(皆に、話さなきゃな。五年前のこと、自分のこと。いや‥‥話して、いいのか?今、オレはクリュミケールだ。そのままでいれば、ハトネ達を巻き込むことも、もう‥‥)
そんなことを考えていると、
「アガラの町が見えてきたぜ」
と、キャンドルが言った。
ニキータ村より少し大きな町で、畑がたくさんあるのどかな場所だ。
一行は町に入り、キャンドルは先に知り合いに話をして宿を取ってくると言った。
クリュミケールが横に立ち尽くすアドルをちらりと見ると、彼はまだ、涙を浮かべていた。
(なぜ、こんなことをする必要があった‥‥オレに用があるのなら、関係ない人達を‥‥こんな)
アドルより歳の若い子供達。
その両親達。
よろず屋、食材屋、宿屋を営んでいた人達。
どの村や町とも変わらない、普通に暮らしていた人々。
その平穏な日々は、炎によって奪われた。
燃え盛るフォード城の中でのサジャエルの言葉を思い出す。
『これからあなたはきっと、数々の者達の死を見ることになるでしょう。あなたは【見届ける者】なのですから』
ーーそうだ。サジャエルとロナスは繋がっていたのだ。
数々の者達の死を見ることになる。それは、こんな風に意図的に行われるのだろう。
(‥‥大切にしようと思ってしまったら、また、こんな惨状を招いてしまうのか?サジャエル達は、オレの存在だけでなく、全てを奪うつもりなのか?これは‥‥警告なのか?)
考えれば考えるほど、あまりに惨すぎる大量殺人に、心が痛んで仕方がない。
炎に焼かれて死んだ人もいるだろう。
倒れた人の中には、血を流している人もいた。
きっと、ロナスがやったのだろう。
クリュミケールは炎を睨み付け、アドルとキャンドルの元に戻ろうとした。そうして踵を返した時、一人の人物がいつの間にか立っていて、一瞬驚いたが、
「神出鬼没なのは変わらないな。だが、なんでここにいるんだ、カシル」
そこに立っていたのは先日、ラズとハトネと共にいたカシルだった。彼は、横目で炎を見つめ、
「たまたまこの辺りを通ったら、あの二人がこの村の現状に気づいた。すでにこの有り様だったがな」
あの二人とは、ハトネとラズのことであろう。
「それで?五年もの間、お前は何をしていたんだ、そんな男みたいな格好で名前も変えて、あの二人のことも知らないフリして」
カシルに聞かれ、
「‥‥まあ、色々あったんだ、また話すよ。それで、ハトネ達は?」
「奥の方まで行っているはずだ。生き残りがいるかもと言っていたが」
それに、クリュミケールは首を横に振り、
「これはロナスの仕業らしい。五年前、ロナスに会った。あいつは生きている。どうやらサジャエルやシュイアさんと繋がっていたようだ。ロナスはサジャエルから頼まれて、あなたの監視をしていたと話していた。そのことに気づいていたか?」
そう聞けば、カシルはため息を吐き、
「当たり前だろう、奴は悪魔だ。魔術持ちの俺達とは違う。その力はまだ計り知れない。レイラに掛けた術から見て取れるように危険だ。それなら、俺の近くに置いてる方がまだ被害は最小限に済むと思っていたが‥‥」
そこまで言って、彼はクリュミケールから目を逸らし、
「フォード国の一件は‥‥今でも悪かったと感じている」
そんな謝罪のような言葉を聞き、もう、女王の死から十二年、レイラの死から八年も経っているのだ。
「なんだよ、今更。女王様の件は仕組まれたとしても、結果的にロナスが殺した。レイラのことも、ロナスが勝手にしたことだろう?レイラは、あなたは優しい人だと話していたんだ」
クリュミケールは目を閉じ、
「あの時のオレにはわからなかったことを、レイラは知っていたんだ。だから、オレはあなたの優しさには敵わなかった。レイラには届かなかった。悔しいが、オレはあなたの心に負けたんだよ。だから、フォード国のことで、謝らないでほしい。レイラを救っていたのは、カシルなんだから」
そう伝えて、困ったように笑った。カシルは何か言おうとしたが、
「生き残り‥‥いなかったね」
「うん‥‥」
聞き覚えのある声が近づいてきて、クリュミケールは視線を動かす。村の奥からラズとハトネが俯きながら歩いて来た。
二人は顔を上げ、クリュミケールがいることに気づく。
「あ‥‥クリュミケール。そうか、確か君達はニキータ村から来たと言っていたね‥‥」
村はこんな惨状だ。ラズは気まずそうにクリュミケールに言った。
クリュミケールは少し考えた末、自分のことを話そうと思ったが、
「おーい、クリュミケール!」
と、キャンドルの声がして、彼がこちらに向かって来たので、
「どうしたキャンドル。アドルは‥‥」
「ちょっと一人にしてやろうと思ってよ。ってか、ん?その二人はファイス国で会った‥‥そっちは‥‥?」
キャンドルはカシルを見て首を傾げるが、
「キャンドル、一旦アドルのとこに戻ろう」
「へ?」
「いいから行くぞ!」
クリュミケールにぐいぐい背中を押され、
「なっ、なんだよ、今来たばっかなのに‥‥」
キャンドルは困惑しつつも渋々歩き出す。
クリュミケールはカシルを横目に見て、
「悪いな。あの二人は無関係だからな‥‥話は後でちゃんとするよ」
ボソリとそう言って、キャンドルの後を歩いた。
アドルとキャンドルはサジャエル達とは何も関係ない。
ニキータ村の人々もそうだった。
次に自分のせいで無関係な人が犠牲になったら、
(もう、立ち直れないかもしれない)
そう思いながら、クリュミケールは歯を食いしばる。
ーー冷たいものがポタッと頬に触れた。奇跡か偶然か、ポツポツと雨が降ってきたようだ。炎が鎮火されていく。
どこか懐かしく感じてしまう雨の香りと音。
アドルの家の前まで戻ると、彼はうずくまるように四つん這いの姿勢をとり、まだ泣き続けていた。
「‥‥アドル」
クリュミケールが声を掛けると、
「‥‥なんで、なんでだよ‥‥父さんが死んで、母さんまで‥‥おれ、また何も出来なかった‥‥ニキータ村では皆、家族なのに‥‥それなのにっ、皆、居なくなっちゃったの!?」
アドルは顔だけ上げ、クリュミケールとキャンドルを真っ直ぐに見る。青い大きな目から涙がぼろぼろと溢れてはこぼれていく。
それから、ハッとするように目を見開かせ、首元にかけた、赤い石に羽のついたペンダントに触れた。
「あっ‥‥リウス‥‥リウスは?」
ファイス国への旅立ちの日、ペンダントと共に『気をつけてね』と見送ってくれた少女。帰ったら何かお礼をすると約束したのだ。
クリュミケールは顔をしかめ、先程のリウスーーカナリアのことを思い出す。
(今思えば『今渡さなきゃいけない』と言われたとアドルは言っていたな。彼女はアドルに別れのつもりで渡したのか?‥‥彼女の真意や行動理由がわからない。アドルはさっきの彼女がアスヤさんに何かしたと勘違いしている。だが、真実を伝えるわけにはいかない。巻き込むわけにはいかない)
クリュミケールは静かに首を横に振り、
「姿は、なかった。もしかしたら、炎に‥‥」
残酷なことを言っているのはわかっている。だが、こう言うしかなかった。
アドルは一瞬放心状態になり、そうしてまた、泣いてしまった。
ーー重苦しい空気の中、どれ程の時が経っただろうか。次第に、雨が炎を消し去っていた。
「‥‥くそっ」
キャンドルは泥だらけになった手を額にあて、ギュッと目を閉じる。
時間は掛かったが、キャンドルとクリュミケールでニキータ村の人々の亡骸を土に埋めたのだ。ラズ達も村の奥で手伝ってくれている。
「‥‥お前ら、これからどうするんだ?」
キャンドルがクリュミケールに聞くと、
「オレは、どうとでも出来るけど、アドルをなんとかしなきゃな。暮らしていた場所が、なくなってしまったんだ」
未だ立ち上がることのできないアドルを見てそう言った。
「終わったよ!」
背後からそう声を掛けられ、ラズとハトネ、カシルがこちらに歩いてくる。
「ああ、すまなかったな、手伝わせてしまって」
クリュミケールが言うと、
「それで、君達はこれからどうするんだい?ここに‥‥いるわけにもいかないよね」
ラズが言えば、
「とりあえず、近くの村に行くか?ゆっくりできる場所で、頭冷やしてゆっくり考えた方がいい。実は俺も‥‥正直そろそろ頭が働かねーわ」
キャンドルがそう言った。
久し振りとはいえ、キャンドルにとってもここは故郷で、見知った人々の亡骸を埋めた後なのだ、今、彼の心はいっぱいいっぱいであろう。
「じゃあ、僕らも一緒に行くよ。道中、魔物もいるだろうし、君達、疲れてるだろう?僕とハトネさんは行くけど、カシルも来るだろ?」
ラズは言うが、カシルは何も答えなかった。同時に、ハトネもずっと無言だ。
「アドル、立てるか?」
膝をついたままの彼の隣にしゃがみこみ、クリュミケールが聞くと、
「‥‥う、ん」
アドルは力なく相槌を打つ。
暗い表情のまま、彼はゆっくりと立ち上がった。そんな彼を、クリュミケールとキャンドルは心配そうに見つめる。
(あいつらは‥‥リオラを目覚めさせる為に、器であるオレの死を望んでいる。なら、オレだけを狙えばいいのに。ロナス‥‥お前だけは許さない。たくさんの人の命を、何度も、何度も‥‥)
焼け焦げてしまった村を、クリュミケールは目に焼き付けた。
ニキータ村から離れ、一行は草原を越えた先にあるアガラの町に向かうこととなる。キャンドルの知り合いが営む宿屋があるそうだ。
(しかし、気まずいな)
歩きながらクリュミケールは思う。
うつ向き、フラフラ歩くアドルの側をキャンドルと共に歩き、後ろにはラズとハトネ、前にはカシルが歩いている状態だ。
状況が状況だから仕方がないが、会話がない。
(皆に、話さなきゃな。五年前のこと、自分のこと。いや‥‥話して、いいのか?今、オレはクリュミケールだ。そのままでいれば、ハトネ達を巻き込むことも、もう‥‥)
そんなことを考えていると、
「アガラの町が見えてきたぜ」
と、キャンドルが言った。
ニキータ村より少し大きな町で、畑がたくさんあるのどかな場所だ。
一行は町に入り、キャンドルは先に知り合いに話をして宿を取ってくると言った。
クリュミケールが横に立ち尽くすアドルをちらりと見ると、彼はまだ、涙を浮かべていた。
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