一筋の光あらんことを

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六章【道標】

6-8 再び炎の中で(前編)

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「これはね、父さんがよく使っていた短剣なんだ」

アドルが言い、

「そうか‥‥それが遺品なんだな」

と、クリュミケールは言った。
アドルは頷き、しかし、クリュミケールとキャンドルは首を傾げながら顔を見合わせる。

「でもよ、なんで親父さんの家族に渡すはずのそれを持って帰ってきてんだ?」

キャンドルが聞くと、

「それが、おれに持っててほしいって言われて」

アドルは苦笑しながら先刻のことを再び話した。


◆◆◆◆◆

「これは‥‥ああ、懐かしい」

ルアは古びた短剣を見て、柔らかく目を細める。

「これは昔、私とあなたのおじいさんがカイナにあげたものです。何かあった時、それで自分を守るようにと」

そう、言葉通り懐かしそうに短剣を受け取り、それに触れながら微笑んだ。

「そうなんですか‥‥父さんは最期までその短剣でおれを‥‥母さんを守ってくれました」

アドルのその言葉をルアは嬉しそうに聞いた後、

「アドル、これはあなたに」

と、ルアは短剣をアドルに返す。「え?」と、当然アドルは間の抜けた声を出した。

「あっ、あの、これは父さんの遺品で‥‥これを母さんから届けるように‥‥」

困惑し、差し出された短剣を受け取らないままアドルが言えば、

「私が持っていても仕方がないわ。これはカイナにあげたものです、自分を守るようにと。だからアドル。カイナの意思が詰まったこの短剣で、あなたもあなた自身を守って。そしてもし、カイナのようにあなたにも大切なものが出来た時‥‥この短剣で、その誰かを守りなさい」

ルアの言葉を聞き終え、アドルは無言で短剣を見つめながら、

「本当に、いいんですか?父さんの遺品を、おれが‥‥」

確認するように聞けば、ルアは微笑んだまま、黙って頷いた。

「ルアさん‥‥わかりました、ありがとうございます」

ようやく差し出された短剣に手を伸ばし、アドルはそれを受け取る。
すると、ルアは少しだけ困ったようにアドルを見つめ、

「おばあちゃんと呼んでくれて、いいのですよ。‥‥ねえ、アドル。ひとつ、お願いをしてもいいかしら?」
「はっ、はい‥‥なんですか?」

ルアはアドルの手を握り、

「時々でいいからまた、顔を見せてくれるかしら?何もないところだけど‥‥」

ルアにそう言われ、きっと歓迎などされないだろうと思い、不安な気持ちでここまで来たアドルの心は、ここでようやく晴れた。アドルは大きく頷き、

「‥‥おれなんかで良かったら、来ます。また必ず、来ます」
「‥‥ありがとう、アドル」

これで、用事は済んだ。アドルは肩の力を抜き、

「それじゃ‥‥おれ、そろそろ帰りますね」

ソファーから立ち上がりながらそう言った。アドルを見送る為、ルアも立ち上がる。
玄関の外まで来たところで、

「‥‥じゃあ、また来ま‥‥」

アドルは言葉を止め、

「ーーまた来るよ、おばあちゃん‥‥!だから、元気にしててね!」

思い立つように笑顔でそう言って、しかし気恥ずかしさからか、アドルはルアの顔をちらりとしか見ずにそのまま走り去った。
しかし、少しだけ見た彼女は、うっすらと涙を浮かべていたような気がする。

走りながら、父のことを考えた。

(これは、罪滅ぼしなのだろうか、父さんへの‥‥ルアさんも、おれも)

息子ーーカイナの考えを肯定できず、二度と会えなくなってしまったルア。
父ーーカイナが目の前で自分を庇い、魔物に倒された姿。

アドルはそれを思い、ここにまた来ることを強く、強く誓った。
ルアは、今更になって後悔しているのだ、そうして、彼女の周りには誰もいなくなってしまった。
彼女の孫である自分は、彼女の家族なのだから。
だから、またーー。


◆◆◆◆◆

「おーい、アドル。何、一人で笑ってんだよ」

キャンドルに言われ、アドルはその場に意識を戻した。

「ううん、なんでもないよ。さあ、これで用事は済んだから、ニキータに帰ろう!母さんが待ってる。兄ちゃんは、どうする?」

アドルがキャンドルに尋ねると、

「まあ、ニキータに顔出すつもりだったし、このまま一緒に行くぜ。久々に村の奴らの顔も見たいしな!」

キャンドルはそう答え、三人はファイス国を後にし、ニキータ村に帰ることにした。


「家に帰ったら何しようかなぁ」

アドルが言い、

「アドルはどうせ寝るんだろー」

クリュミケールにそう言われ、アドルは頬を膨らませる。

三人でそんな話をしながら、来た時と同じようにアズナル村で宿を借りつつ、二日程かけてニキータ村の近くまで来た。
村に続く見慣れた草原が広がっている。
だがーー‥‥

「ーーッ!?」

三人は何かを目にし、大きく目を見開かせた。
ニキータ村がある辺りから、黒く、灰がかった煙が立ち込めている。

離れているが今いる場所まで独特な煙の匂いが充満していた。

「なっ、何が‥‥」

アドルが声を震わせ、

「ここからじゃわからない。とにかく急ごう!」

クリュミケールが言い、一刻も早く状況を確かめる為、三人は走る。
その時に、アドルの顔が青ざめていることにクリュミケールとキャンドルは気づいていた。
きっと、アスヤーー母親のことを考えているのだろう。

そして、村まで辿り着き、嫌な予想通り、ごうごうと、村は赤い炎に包まれていた。
民家は焼け、美しかった草木も今では黒に犯されている。火の勢いはまだまだ続いていた。

「あっ、ぁ」

アドルは視線を泳がせ、

「みっ、皆‥‥母さんーー!!」

そう叫び、自分の家の方に走り出す。

「アドルーー!!くそっ‥‥俺はもう小さい頃に家族みんな死んじまったが、アドルには‥‥」

炎が立ち込める中、行ってしまった彼を、久々に戻った故郷を懐かしむことも出来ないままキャンドルは追った。

しかしこれはーー。
ただ、火事が起きただけなのだろうか。
よく見知った人達の亡骸が、地面に転がっているのだ。血が、流れている。

(これは、何かおかしい)

クリュミケールは額に手をあて、赤く染まり続ける村を見つめた。この光景は、まるで。
ーー今は考えている場合ではない、思考を切り捨て、クリュミケールもアドル達を追った。


呆然と、アドルは家の前に立ち尽くしている。
先日まで平和だったのに。家は、勢い良く燃えていた。

「かっ、母さん‥‥母さん、中にいるの!?」

感情を抑えられず、燃え盛る家の中にアドルは飛び込もうとしたが、

「アドル‥‥!やめろ!」

キャンドルに腕を掴まれ、止められてしまう。しかし、アドルはじたばたと動き、

「母さんがっ、母さんはまだ中にいるんだ!母さん、きっと動けないんだ‥‥!おれが行かないと!今度は、おれが守らないと‥‥!」
「気持ちはわかる!でもよアドル!中に入ればお前が‥‥っ」

尚もキャンドルは必死に止めるが、母親が中にいるかもしれないーーアドルも必死だった。

「オレが見てくる」

二人は背後からした声に振り向き、

「クリュミケール!?お前まで何をっ」

キャンドルが怒り混じりに言えば、

「任せてくれ。オレの体は‥‥炎に強いんだ。それに、この光景はオレにとって‥‥」

真っ直ぐ炎だけを見つめながら、クリュミケールは燃え盛る家の中に入って行く。
クリュミケールが何を言っているのかわからなくて、キャンドルは止めることが出来なかった。
アドルは少しだけ冷静さを取り戻し、

「クリュミケールさん‥‥!?」

その名を呼ぶが、もう遅かった。 
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