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五章【生きる証】
5-5 リオという名前
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【リオ】
以前から不思議だった。それは本当に自分の名前なのだろうかと。
「リオラって‥‥なんで、名前も、顔も‥‥」
あまりに似すぎていて、ハトネはわけがわからずシュイアを見る。
しかし、
「この水晶の中で眠る女性ーー彼女こそが、本物のリオ‥‥リオラ」
答えたのはサジャエルだった。
「本物‥‥?」
リオは不安げに自分の胸に手をあてる。
「そうです。リオ‥‥あなたはこのリオラの細胞をもって作られたクローン。リオラの為の器なのです」
サジャエルの言葉にリオは大きく目を見開かせながら、
(器って、レムズが言っていた‥‥)
そのことを思い出した。
「シュイア様、一体どういうことなんですか!?」
フィレアが聞くが、シュイアは何も答えない。
「リオ、あなたは私が作り出したクローンです。だからリオというあなたの名前も、偽物なのですよ」
再び、サジャエルが話し出した。
「私は【道を開く者】。この世界には三人の女神がいて、私はその中の一人です」
サジャエルは一人、真実を紡いでいく。
「そしてもう一人の女神が、この水晶の中で眠る女性‥‥【見届ける者】リオラ」
器と呼ばれ、名前すら偽物と言われた少女は、ただ呆然と、話を聞くことしか出来なかった。
その傍で、ラズはサジャエルを睨み付けている。
「リオラはもう目覚めない。だが、お前の中にあるリオラの細胞により、彼女はお前を通して世界を見ている」
「なっ‥‥んですか、それ」
シュイアの言葉に、少女の動悸が早くなった。よろめく少女の背を、ラズが力強く支える。
サジャエルは慈しむように微笑み、
「リオ、あなたの存在理由は‥‥」
「サジャエルーー!!!」
彼女の言葉を遮るようにカシルが怒鳴るが、サジャエルは横目にカシルを見ただけで、言葉を、真実を止めはしなかった。
「あなたはリオラにその体を譲る為に、その為に私はあなたを見守ってきたのです。そして、シュイアはリオラの為に‥‥リオラはこの世界に必要な存在なのです」
「ちょっと待ってよ!話はよくわからないけど、リオ君はこの人でしょ!?」
ハトネが言うと、
「それはただの抜け殻ーー心を持っただけの器だ」
「‥‥!」
まさかシュイアがそんなことを言うとは思わず、フィレア達は絶句する。
「わっ、私が、器‥‥ぬけ、がら?」
少女は自身の口元に手をあてながら、恐る恐るシュイアを見た。
「シュイアさんは私を‥‥助けてくれたじゃないですか。いつも‥‥いつだって。それなのに、どうして‥‥」
ーー‥‥今でも鮮明に覚えている。
あれはどこかの森の中だった。
(‥‥声が‥‥聞こえる‥‥)
森の中で倒れていた少女はうっすらと目を開け、その目に映したのは‥‥青に映える、黒。
それは、青い空の下、黒い髪、黒い鎧に身を包んだ青年の姿であった。
「無事か‥‥名は、わかるか?」
青年はそう問い掛けてきたが、少女は首を横に振る。
名前?
自分は誰?
この人は誰?
ここはどこ?
倒れたままの少女は視線を落とす。
「思い‥‥出せない?記憶が‥‥ないか?」
察したのか、青年が言った。
「私はシュイアだ。カシルという男を追って旅をしている。危険な旅かもしれないが‥‥」
青年、シュイアはリオに手を差し出し、
「来るか?」
ーーなぜ、シュイアがあんなにも簡単にそう言ったのか‥‥今でもよく、わからない。
ただ、無知だった少女はこくりと頷いた。
「行こうか、リオ」
「‥‥リオ?」
青年が名を呼んだので、聞き返す。
「‥‥お前の名前だ」
‘リオ’
それは誰なのか。
シュイアがくれた名前なのか。
それとも違う誰かの名前なのか。
もしくは、本当に自分の名前なのか‥‥
それはわからなかったが、少女ーー‘リオ’はあっさりその名を受け入れた。
だけど、その名は、今、目の前で眠っている美しい女性の名だと、そんな真実を突き付けられた。
「じゃあ、シュイアさんは‥‥最初から、私を‥‥?あの日から?」
少女が全身を震わせながら聞くと、
「あの日、か。幼いお前は森の中で倒れていたな。私がそれを見つけたのは、本当に偶然だった。だが、一目見た瞬間に分かった。お前があの日の‥‥【リオラ】の器なのだと」
シュイアは声色を変えずに淡々と話す。
次に、サジャエルが両手を広げ、
「とある日、私は一人の赤ん坊を拾いました。それがあなたです。女神【見届ける者】を失った私は考えました。私はその赤ん坊に【見届ける者】の細胞を埋め込んだのです。細胞を埋め込まれたあなたは自我を失くし、私の元で人形のように数年間過ごしました。そしてあなたを世界に放った。シュイアの元に。そして頃合いを見て、再びあなたの前に現れたのです」
その彼女の言葉に、
「やはり最初から、お前が仕組んでいたか」
と、シュイアは納得するように言った。
「いっ、意味がわからないけど、そんなの勝手だわ!?リオちゃんは捨て子だったんでしょう!?そこで眠っているリオラって人と無関係じゃない!細胞を埋め込んだあなたが悪いんじゃないの!?」
震える少女の姿に耐えきれず、フィレアの中にはサジャエルやシュイアに対する怒りが込みあげてくる。
「さあ、リオ。世界の為に本物の【見届ける者】となるのです」
そう言って、サジャエルは手を差し伸べた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!リオ君はどうなるの!?」
珍しくハトネが怒鳴ると、
「今のリオの意思は消え、ここで眠っている本物のリオラに明け渡されます。リオラを目覚めさせる命ーーその為の器だったのですか」
サジャエルが言って、
「何をわけのわからないことを!」
ラズも怒鳴り掛かる。
「シュイア様‥‥どうしてなんですか!?だって、リオちゃんは‥‥」
フィレアが泣きながら問うと、
「ここで眠るリオラとシュイアは愛し合っていたのですよ」
そう、サジャエルが答えた。フィレアは一瞬言葉を失ったが、
「でも、でもっ!リオちゃんとあなたが共に過ごした時間は本物だったはずでしょう!?六年間共に過ごして、なんの情もない、なんてことはないでしょう!?」
フィレアは泣き叫ぶようにシュイアを睨む。
複雑な想いと悲しさと、真実を受け入れられない気持ちで溢れていたが、今は傍で言葉を発せずにいる少女の方が、大切に思えた。
だが、
「私は愛する者の為に器を育ててきた。リオラを目覚めさせる為に」
シュイアはそれだけを言う。
リオは頭の中の整理がつかなかった。
今までの時間はなんだったんだ?
共に過ごした時間はなんだったんだ?
ーーと、ただ、そんな絶望感でいっぱいだった。
困惑と、絶望と、悲しさと、たくさんの感情が押し寄せて、体は動かなくて、足が震える。
「シュイア」
今まで黙っていたカシルが低い声でその名前を呼び、
「お前がそのリオラを愛していたのは知っている。過ごした日々までは知らないがな。だが、この小僧と過ごした時間を、お前はそんな簡単に切り捨てるのか?本当に忘れたのか?お前は何も真実を見ていないのか?」
責めるようにカシルは言葉を続け、
「俺達はあの日、誰に救われた?誰に剣を習った?あの日、サジャエルは俺達に何をした?真実ってなんだ?」
シュイアは黙り込んでいる。
二人がなんの話をしているのかはわからない。
ただ、リオを庇うようなことを言っているカシルを、フィレアは不思議そうに見ていた。
「リオラも、小僧も、別の人間だ」
シュイアが何も答えなくても、カシルは続ける。
「お前が小僧を捨て、否定し、リオラだけを選ぶのなら‥‥俺は、俺が小僧の存在を肯定する」
「‥‥」
思いがけないカシルの言葉に、ずっと俯いていた少女は弱々しく顔を上げた。
「‥‥そういうことか」
そうシュイアは笑うと、
「お前が言う真実がなんなのかは知らない。だが、私の決意は揺るがない」
「シュイアさん‥‥」
ハトネは悲しく感じる。
少女とシュイアには、目には見えない確かな絆が、あったはずなのにと。
「サジャエル‥‥」
ようやく少女は言葉を発し、
「一体、何が目的なんだ?その女性は、なぜ眠っている?」
「ふふ‥‥リオ。もし世界が滅ぶとしたら、どうします?」
「‥‥?」
「あなたは救いたくはありませんか?世界が滅びれば、大切な人達も失われるのですから。ですが、あなたが大人しく器になれば‥‥大切な者達は救われます」
サジャエルの意味のわからない問い掛けに、少女は彼女を見据えた。
自分が器にされる意味が、本当にわからない。ただ、
「ああ、救いたい」
少女が頷くと、サジャエルは微笑み、
「素直ですね。そう。あなたの犠牲の上に世界は救われ、そしてあなたが慕ってきたシュイアも幸せになれるのですよ」
「リオ君!?駄目だよ駄目だよ!!何を言ってるの!?」
ハトネは少女の手を握りながら涙を流し、必死に叫んだ。
「そうですよリオさん!!あんな話に耳を貸す必要はない!!」
ラズは少女に訴えかける。
フィレアにとっては少女もシュイアも大切で、二人を交互に見つめた。
少女は自分の手を握ってくれるハトネの手に触れながら、
「私は、世界も人も救わない。‥‥ただ、君を救いたかった‥‥」
忘れない、大切な、大切な、友達。
彼女の姿を瞼の裏に描き、救えなかったことを思う。
「何を言っているのです?」
サジャエルが疑問気に言うと、
「私は救いたい人を救えなかった。だから今度こそ‥‥今ここにいる大切な仲間たちを、私自身の手で護る!私は私だ!リオラなんかじゃない‥‥!見届ける者なんか知らない!器なんか、知らない!名前なんか、いらない!!」
少女はリオと言う名を棄て、一人の個人として生きることを決意した。
「‥‥リ‥‥じゃない‥‥良かった、良かった!あなたがそう言ってくれて本当に‥‥」
ハトネは心から嬉しそうに言う。
「‥‥シュイアさん。今まで本当にありがとうございました。ここまで育ててくれて、助けてくれて。それは、私じゃなく、私にリオラを見ていたんだとしても‥‥それでも私がここまで成長し、生きているのはあなたのお陰です」
少女は礼を言い、
「でも、私とリオラという女性は別々の存在だから。シュイアさんにとってリオラを目覚めさせることが大事でも、私はそれに力を貸せません」
真っ直ぐに彼を見つめ、
「ハトネもフィレアさんもラズも‥‥カシルも。信じられる大切な人達だから。だから私は、皆と生きたい」
そう言うと、
「あなたは逃れられませんよ。あなたの中にはリオラがいるのですから」
サジャエルが言って、
「初めて会った時にお前が言っていた、遥か遠い昔を思い出すっていうのは‥‥リオラのことだったんだな」
少女は全てではないが、今までのサジャエルやシュイア、カシルの不可解な言動の意味が、自分の中で色々と繋がったような気がした。
「でも、リオラはどうして眠っているんだ?お前はさっき、女神【見届ける者】を失ったと言ったな?」
少女の問いに、サジャエルは口を開く。
以前から不思議だった。それは本当に自分の名前なのだろうかと。
「リオラって‥‥なんで、名前も、顔も‥‥」
あまりに似すぎていて、ハトネはわけがわからずシュイアを見る。
しかし、
「この水晶の中で眠る女性ーー彼女こそが、本物のリオ‥‥リオラ」
答えたのはサジャエルだった。
「本物‥‥?」
リオは不安げに自分の胸に手をあてる。
「そうです。リオ‥‥あなたはこのリオラの細胞をもって作られたクローン。リオラの為の器なのです」
サジャエルの言葉にリオは大きく目を見開かせながら、
(器って、レムズが言っていた‥‥)
そのことを思い出した。
「シュイア様、一体どういうことなんですか!?」
フィレアが聞くが、シュイアは何も答えない。
「リオ、あなたは私が作り出したクローンです。だからリオというあなたの名前も、偽物なのですよ」
再び、サジャエルが話し出した。
「私は【道を開く者】。この世界には三人の女神がいて、私はその中の一人です」
サジャエルは一人、真実を紡いでいく。
「そしてもう一人の女神が、この水晶の中で眠る女性‥‥【見届ける者】リオラ」
器と呼ばれ、名前すら偽物と言われた少女は、ただ呆然と、話を聞くことしか出来なかった。
その傍で、ラズはサジャエルを睨み付けている。
「リオラはもう目覚めない。だが、お前の中にあるリオラの細胞により、彼女はお前を通して世界を見ている」
「なっ‥‥んですか、それ」
シュイアの言葉に、少女の動悸が早くなった。よろめく少女の背を、ラズが力強く支える。
サジャエルは慈しむように微笑み、
「リオ、あなたの存在理由は‥‥」
「サジャエルーー!!!」
彼女の言葉を遮るようにカシルが怒鳴るが、サジャエルは横目にカシルを見ただけで、言葉を、真実を止めはしなかった。
「あなたはリオラにその体を譲る為に、その為に私はあなたを見守ってきたのです。そして、シュイアはリオラの為に‥‥リオラはこの世界に必要な存在なのです」
「ちょっと待ってよ!話はよくわからないけど、リオ君はこの人でしょ!?」
ハトネが言うと、
「それはただの抜け殻ーー心を持っただけの器だ」
「‥‥!」
まさかシュイアがそんなことを言うとは思わず、フィレア達は絶句する。
「わっ、私が、器‥‥ぬけ、がら?」
少女は自身の口元に手をあてながら、恐る恐るシュイアを見た。
「シュイアさんは私を‥‥助けてくれたじゃないですか。いつも‥‥いつだって。それなのに、どうして‥‥」
ーー‥‥今でも鮮明に覚えている。
あれはどこかの森の中だった。
(‥‥声が‥‥聞こえる‥‥)
森の中で倒れていた少女はうっすらと目を開け、その目に映したのは‥‥青に映える、黒。
それは、青い空の下、黒い髪、黒い鎧に身を包んだ青年の姿であった。
「無事か‥‥名は、わかるか?」
青年はそう問い掛けてきたが、少女は首を横に振る。
名前?
自分は誰?
この人は誰?
ここはどこ?
倒れたままの少女は視線を落とす。
「思い‥‥出せない?記憶が‥‥ないか?」
察したのか、青年が言った。
「私はシュイアだ。カシルという男を追って旅をしている。危険な旅かもしれないが‥‥」
青年、シュイアはリオに手を差し出し、
「来るか?」
ーーなぜ、シュイアがあんなにも簡単にそう言ったのか‥‥今でもよく、わからない。
ただ、無知だった少女はこくりと頷いた。
「行こうか、リオ」
「‥‥リオ?」
青年が名を呼んだので、聞き返す。
「‥‥お前の名前だ」
‘リオ’
それは誰なのか。
シュイアがくれた名前なのか。
それとも違う誰かの名前なのか。
もしくは、本当に自分の名前なのか‥‥
それはわからなかったが、少女ーー‘リオ’はあっさりその名を受け入れた。
だけど、その名は、今、目の前で眠っている美しい女性の名だと、そんな真実を突き付けられた。
「じゃあ、シュイアさんは‥‥最初から、私を‥‥?あの日から?」
少女が全身を震わせながら聞くと、
「あの日、か。幼いお前は森の中で倒れていたな。私がそれを見つけたのは、本当に偶然だった。だが、一目見た瞬間に分かった。お前があの日の‥‥【リオラ】の器なのだと」
シュイアは声色を変えずに淡々と話す。
次に、サジャエルが両手を広げ、
「とある日、私は一人の赤ん坊を拾いました。それがあなたです。女神【見届ける者】を失った私は考えました。私はその赤ん坊に【見届ける者】の細胞を埋め込んだのです。細胞を埋め込まれたあなたは自我を失くし、私の元で人形のように数年間過ごしました。そしてあなたを世界に放った。シュイアの元に。そして頃合いを見て、再びあなたの前に現れたのです」
その彼女の言葉に、
「やはり最初から、お前が仕組んでいたか」
と、シュイアは納得するように言った。
「いっ、意味がわからないけど、そんなの勝手だわ!?リオちゃんは捨て子だったんでしょう!?そこで眠っているリオラって人と無関係じゃない!細胞を埋め込んだあなたが悪いんじゃないの!?」
震える少女の姿に耐えきれず、フィレアの中にはサジャエルやシュイアに対する怒りが込みあげてくる。
「さあ、リオ。世界の為に本物の【見届ける者】となるのです」
そう言って、サジャエルは手を差し伸べた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!リオ君はどうなるの!?」
珍しくハトネが怒鳴ると、
「今のリオの意思は消え、ここで眠っている本物のリオラに明け渡されます。リオラを目覚めさせる命ーーその為の器だったのですか」
サジャエルが言って、
「何をわけのわからないことを!」
ラズも怒鳴り掛かる。
「シュイア様‥‥どうしてなんですか!?だって、リオちゃんは‥‥」
フィレアが泣きながら問うと、
「ここで眠るリオラとシュイアは愛し合っていたのですよ」
そう、サジャエルが答えた。フィレアは一瞬言葉を失ったが、
「でも、でもっ!リオちゃんとあなたが共に過ごした時間は本物だったはずでしょう!?六年間共に過ごして、なんの情もない、なんてことはないでしょう!?」
フィレアは泣き叫ぶようにシュイアを睨む。
複雑な想いと悲しさと、真実を受け入れられない気持ちで溢れていたが、今は傍で言葉を発せずにいる少女の方が、大切に思えた。
だが、
「私は愛する者の為に器を育ててきた。リオラを目覚めさせる為に」
シュイアはそれだけを言う。
リオは頭の中の整理がつかなかった。
今までの時間はなんだったんだ?
共に過ごした時間はなんだったんだ?
ーーと、ただ、そんな絶望感でいっぱいだった。
困惑と、絶望と、悲しさと、たくさんの感情が押し寄せて、体は動かなくて、足が震える。
「シュイア」
今まで黙っていたカシルが低い声でその名前を呼び、
「お前がそのリオラを愛していたのは知っている。過ごした日々までは知らないがな。だが、この小僧と過ごした時間を、お前はそんな簡単に切り捨てるのか?本当に忘れたのか?お前は何も真実を見ていないのか?」
責めるようにカシルは言葉を続け、
「俺達はあの日、誰に救われた?誰に剣を習った?あの日、サジャエルは俺達に何をした?真実ってなんだ?」
シュイアは黙り込んでいる。
二人がなんの話をしているのかはわからない。
ただ、リオを庇うようなことを言っているカシルを、フィレアは不思議そうに見ていた。
「リオラも、小僧も、別の人間だ」
シュイアが何も答えなくても、カシルは続ける。
「お前が小僧を捨て、否定し、リオラだけを選ぶのなら‥‥俺は、俺が小僧の存在を肯定する」
「‥‥」
思いがけないカシルの言葉に、ずっと俯いていた少女は弱々しく顔を上げた。
「‥‥そういうことか」
そうシュイアは笑うと、
「お前が言う真実がなんなのかは知らない。だが、私の決意は揺るがない」
「シュイアさん‥‥」
ハトネは悲しく感じる。
少女とシュイアには、目には見えない確かな絆が、あったはずなのにと。
「サジャエル‥‥」
ようやく少女は言葉を発し、
「一体、何が目的なんだ?その女性は、なぜ眠っている?」
「ふふ‥‥リオ。もし世界が滅ぶとしたら、どうします?」
「‥‥?」
「あなたは救いたくはありませんか?世界が滅びれば、大切な人達も失われるのですから。ですが、あなたが大人しく器になれば‥‥大切な者達は救われます」
サジャエルの意味のわからない問い掛けに、少女は彼女を見据えた。
自分が器にされる意味が、本当にわからない。ただ、
「ああ、救いたい」
少女が頷くと、サジャエルは微笑み、
「素直ですね。そう。あなたの犠牲の上に世界は救われ、そしてあなたが慕ってきたシュイアも幸せになれるのですよ」
「リオ君!?駄目だよ駄目だよ!!何を言ってるの!?」
ハトネは少女の手を握りながら涙を流し、必死に叫んだ。
「そうですよリオさん!!あんな話に耳を貸す必要はない!!」
ラズは少女に訴えかける。
フィレアにとっては少女もシュイアも大切で、二人を交互に見つめた。
少女は自分の手を握ってくれるハトネの手に触れながら、
「私は、世界も人も救わない。‥‥ただ、君を救いたかった‥‥」
忘れない、大切な、大切な、友達。
彼女の姿を瞼の裏に描き、救えなかったことを思う。
「何を言っているのです?」
サジャエルが疑問気に言うと、
「私は救いたい人を救えなかった。だから今度こそ‥‥今ここにいる大切な仲間たちを、私自身の手で護る!私は私だ!リオラなんかじゃない‥‥!見届ける者なんか知らない!器なんか、知らない!名前なんか、いらない!!」
少女はリオと言う名を棄て、一人の個人として生きることを決意した。
「‥‥リ‥‥じゃない‥‥良かった、良かった!あなたがそう言ってくれて本当に‥‥」
ハトネは心から嬉しそうに言う。
「‥‥シュイアさん。今まで本当にありがとうございました。ここまで育ててくれて、助けてくれて。それは、私じゃなく、私にリオラを見ていたんだとしても‥‥それでも私がここまで成長し、生きているのはあなたのお陰です」
少女は礼を言い、
「でも、私とリオラという女性は別々の存在だから。シュイアさんにとってリオラを目覚めさせることが大事でも、私はそれに力を貸せません」
真っ直ぐに彼を見つめ、
「ハトネもフィレアさんもラズも‥‥カシルも。信じられる大切な人達だから。だから私は、皆と生きたい」
そう言うと、
「あなたは逃れられませんよ。あなたの中にはリオラがいるのですから」
サジャエルが言って、
「初めて会った時にお前が言っていた、遥か遠い昔を思い出すっていうのは‥‥リオラのことだったんだな」
少女は全てではないが、今までのサジャエルやシュイア、カシルの不可解な言動の意味が、自分の中で色々と繋がったような気がした。
「でも、リオラはどうして眠っているんだ?お前はさっき、女神【見届ける者】を失ったと言ったな?」
少女の問いに、サジャエルは口を開く。
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