一筋の光あらんことを

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四章【何処かで】

4-18 偽りの終わりの時間

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たとえ、偽りの世界だったとしても、この世界は確かにーー。


「魔物の神の降臨は止められたのですね」

ルイナが笑い、

「じゃあ、戻りましょう!オレ達の国に!」

ガッツポーズを作りながらイリスが言った。

「ははっ、そうだな。久々にハナさんにも挨拶すっかなぁ‥‥ーーん?どうした、リオ」

歓喜溢れる中、黙り込むリオにナガが聞けば、リオは肩を揺らし、言葉を詰まらせる。

「リオ、あなたは他国の方ですが、もし良かったら‥‥このままこの国に残って、我が国の騎士になりませんか?あなたは魔物を打ち倒し、世界を救ってくれたのですから」

ルイナが言い、

「いいと思うぜ」

ナガが言い、

「あんな魔物を倒しちゃうぐらい凄いしな!一緒に騎士やろうぜ!」

続けてイリスが言った。

「それはーー‥‥とっても素敵だね」

ルイナが差し伸べてくる手を見て、リオは泣きそうな顔をして笑う。
そんなリオの表情に、ルイナもナガもイリスも、不思議そうな顔をした。

「そう、なりたい。なりたかったのかも‥‥あなた達と、ハナさんと、シェイアードさんと。でも、さよなら、なんだね。一つ、聞いてもいいかな?この国の、名前は‥‥?」

リオは精一杯の笑顔をして、ようやくその問い掛けをする。
隣で、ハトネは俯いた。

ーー瞬間、辺りは急に真っ暗になる。
ルイナもナガもイリスもいない。
リオとハトネとカシルしかいなかった。

「名前なんてなかったのかな‥‥この国には」

リオは目を閉じ、

「薄々、勘づいてたよ。どこかおかしいって。ここは『つくりもの』の世界なんだね?」

リオがハトネに聞くと、

「‥‥うん。この世界から出る方法は、ありもしないこの国の名前を、この物語の住人に聞くことなんだって。リオ君、信じられないかもだけど、ここは物語の中。本の中の世界なの。サジャエルさんの大切にしている本の中なんだって」

ハトネは苦笑いしながら言う。

「本の、中。それでか。物語のように話が淡々と進むと思ったんだ‥‥この世界で色んな本を読んだんだけど、進み方がなんだか似てたから‥‥」

リオはシェイアードの屋敷の書庫で読んだ、様々な物語の本を思い出した。
そうして、偽りの日々を思い返す。


この世界の通貨を持たぬ自分の代わりに乗船の代金を払ってくれたシェイアード。

見ず知らずの自分を選んだルイナ。

見ず知らずの自分を家に置いてくれたシェイアード。

生まれた時から誰でも魔術を使える世界。

いきなり始まる大会。

フライシル家とファインライズ家の仇の魔物の登場。

シェイアードが魔物側に行ってしまったこと。

ナガとイリスの登場。

魔物の城。

シェイアードの死。

魔物との決着。

物語の終焉。


展開の速さと呆気ない終わり。
でも、これだけの情報で物語は簡単に出来てしまう。

(本の中の世界ーーでも、なら、この気持ちはなんだ?シェイアードさんの死は、何の為に!?どこまでが、事実だったの‥‥!?全部、偽りなの‥‥?交わした言葉も、全部‥‥?)

リオは拳を握り締めた後で、気持ちを落ち着けるように息を吐き、

「‥‥じゃあ、私を連れ戻そうとしたサジャエルや不死鳥は演技をしてたってこと?だって、サジャエルが私をこの世界に放り込んだんだよね」
「不死鳥はわからないけど、サジャエルさんはリオ君に休息を与えたかったんだって」

ハトネの言葉にリオは目を細めた。

「現実世界にいたらリオ君はきっと、レイラ王女のことばかりで悩むからって。えっと‥‥レイラ王女の記憶を、薄れさせる為でもあるって」
「ーー!?」

思わずリオはハトネを睨む。

「えっと、これから先のリオ君の未来は永いからって。最終的にそんな記憶はいらないから‥‥って」

ハトネは言いにくそうにするが、全てを打ち明けた。

「なんだよそれ?私は決意したんだぞ?レイラに救われた命を、レイラの為にも生きるって。なのに、なんだよそれ、勝手に‥‥!」
「ーーならば選びなさい、リオ」

暗闇の中にひとつの光が灯り、声と共にサジャエルが現われる。

「サジャエルーー!!」

リオは彼女を睨みつけた。

「この世界の記憶を選ぶか、現実世界の記憶を選ぶか、選びなさい、リオ」
「は?」
「現実世界に戻るなら、あなたはこの世界での記憶を忘れなければなりません。この世界に残りたいのならば、現実から逃げたいのならば‥‥あなたはこの世界の住人になり、現実世界での苦しい記憶を忘れ‥‥永遠にこの本の中で平和に生きられるのです」

サジャエルの言葉にリオは口をぽかんと開ける。

「選ぶのはあなたですよ」

サジャエルはいつものように聖母のような笑みをリオに向けた。
ーーだが、

(何か、おかしくないか?私はレイラとのことを忘れたいとも思わないし、逃げたいとも思ってない。それに、どちらかの記憶しか選べない?なんだよ、それは!?その方が、苦しいじゃないか‥‥!?サジャエル‥‥お前は一体何を‥‥)

リオは真意の掴めない彼女を見つめる。
思わず後ろを振り返れば、カシルもサジャエルを睨み付けていた。
ここにきて、ようやくわかったような気がする‥‥

カシルがサジャエルを【道を狂わす者】と呼ぶ理由が。

『こんな世界から出ていけ。この女に道を狂わされる前に』

あの時の、言葉の意味が。

なら、ならば‥‥

(答えはもう、決まってるじゃないか‥‥私は)

リオはサジェルを見る。迷いのない、真っ直ぐな目で。

「サジャエル。お前の真意がわからない。矛盾だらけだ。私の思いを、何一つ汲み取らない行動‥‥お前は私に何かさせようとしている、そんな気がする。だから、私は帰るよ、自分の世界に。見届けてやるよ、お前が何をしようとしているのかをーー!!」
「リオ君‥‥」

ハトネはリオの固く握られた手に軽く触れた。
そのリオの答えに、サジャエルは微笑む。
その笑みが、リオにはなんだか悔しく感じられた。

ーーやはり、どう足掻いてもサジャエルの手の平の上で踊らされているような気がして‥‥

それからサジャエルはリオの心臓の辺りを指差し、

「‥‥リオ。あなたの中の不死鳥は今もまだ、不安定です。彼はあなたを呼び戻す為、無理にこの世界に来ましたから」
「不死鳥が‥‥」

彼が自分の身を案じてくれていたことを知り、しかし、不死鳥の力の暴走でシェイアードを殺めてしまったことを思い出し、歯を食い縛りながら胸に手をあてる。

「ですから一度、不死鳥の意思を封印します。封印しても、あなたは魔術を使うことは可能です。ただ、しばらくの間、不死鳥と声を通わすことは出来なくなりますが‥‥不死鳥を安定させねばなりません」

そう言われて、

(不死鳥の意思を、封印?何かそれすらも‥‥仕組まれたと感じてしまう。でも、現実に戻ってまた、シェイアードさんの時みたいに誰かを傷付けてしまったら‥‥)

リオは俯き、

「わかった。しばらくの間、だな?なら‥‥それは、頼む」

そう言った。サジャエルは頷き、

「ですが、この世界のあなたを見て思いました。あなたは不思議ですね。物語の住人にここまで思い入れしてしまうなんて」

きっとサジャエルはずっと見ていたのだろう。ずっと見て、面白おかしく見て、笑っていたのだろう。

「話は終わりだろ。とっとと元の世界に帰せ。でないと、お前を殺したくて仕方ないんでな‥‥」

すると、カシルがサジャエルにそんなことを言うので、

「ふふ、嫌われたものですね」

と、なんとも思わないように笑い、

「では、さようなら、今のリオ。また現実世界で会いましょう」

そう言うと、サジャエルの手が白く光り、彼女の姿は消えた。

取り残された三人はしばらく沈黙し、

「じゃあ、ここでの出来事、三人とも忘れちゃうのかな?」

リオが聞けば、

「うん‥‥たぶん。でも、でもねっ」

ハトネはにこっと笑い、

「また後で、必ず会いに行くね、リオ君!!」

そう言って、彼女はリオに手を振るので、

「うん。わかった」

リオも手を振り返せば、ハトネの姿は消えていく。
それを見届け、次にリオはカシルを見て、

「レイラのこと、許したわけじゃないから」

そう言うと、カシルは鼻で笑った。

「でも、激流の中‥‥あなたが私とレイラを助けようとしてくれたの、覚えてるよ。それに、ちょっとだけ、この世界で一緒に戦ってくれてありがとう‥‥あと、なんだっけ、あっ!あなたがサジャエルを悪く言う理由、なんとなくわかった気がするし、あと‥‥なんでハトネと一緒に‥‥」

カシルには言いたいこと、聞きたいことが多過ぎて、リオは必死に頭を働かせる。
しかし、

「もういい」

そう言って、カシルはリオを抱き締めた。

「どうせ、この会話も忘れるんだ。なら‥‥お前はもっと別にやることがあるだろ。この世界は、終わるんだぞ」

その言葉に目を見開かせた時には、カシルの姿も消えていて‥‥

「‥‥あ。そうだ‥‥終わっちゃうんだ」

リオは暗闇を見回し、

「終わっちゃう。この世界と、お別れなんだ。忘れたく、ないなぁ‥‥ハナさん、お茶を淹れて待ってくれてるって。ナガとイリス、どっちがルイナ様と結ばれるのかなぁ?大会も‥‥一回戦しか出来なかったなぁ‥‥もっと、書庫で本を読みたかった‥‥」

リオは笑い、ポケットからシェイアードに渡されたエメラルド色のリボンを取り出す。

(ううん、全部、偽りなんかじゃない。これが、証拠じゃないか。私は、シェイアード・フライシルを愛しているんだ。記憶が消えても、この想いは絶対に、消さないーー!)

頭の中から、記憶が消えていくような感じがした。
リオは受け入れるように、全身の力を抜く。

「もっと‥‥あなたと、一緒に‥‥いたかったな」

忘れたくはないが、忘れるしかない。これは、知らない内に、最初から、決まっていたことなのだ。


カツンーー‥‥足音がしたような気がした。振り返ると、

「ここは偽りの世界だが、俺は、忘れないさ」

願望か、切望か、渇望か‥‥
白い光の中で、シェイアードの姿と声を見た‥‥ような気がした。


◆◆◆◆◆

ーーザザァ‥‥と、波の音がして、リオは薄く目を開ける。

「ん、あれ‥‥?ここは‥‥」

青く広がる海。
リオはどこかの浜辺に倒れていた。

「そう、だ。遺跡が崩れて、激流に‥‥」

体を起こしながら、リオは胸を押さえる。
あの世界での記憶はすっかりと消え、記憶はーーレイラの死の直後に戻された。

「‥‥レイラ」

きつく、目を瞑る。涙が出そうになったが、

(なんだろう、もう泣かないと、そう決めたような‥‥涙が、出ない)

ぼんやりと、リオは海を見つめる。

ーーそれから、どれくらいの時間が流れただろう。

陽は沈みかけ、赤く染まり行く海の先をリオは見つめ、

(なんだろう。何か‥‥)

胸の中に、ぽっかりと穴があいたような気がする。


ーー物語の世界の終焉で、

『俺はお前を、忘れないさ』

『今は、私はあなたを忘れてしまうけど、いつか必ずきっと‥‥シェイアードさん、あなたを思い出す。私はーーあなたを愛しているから‥‥!』

それが、交わした最後の言葉だった。 
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