一筋の光あらんことを

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二章【トモダチ】

2-5 予感

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「あ、フィレアさん‥‥」

リオは公園でフィレアを見つけ、声を掛けた。
フィレアはベンチに座り、俯いている。

「リオちゃん‥‥」

フィレアは気まずそうな顔をしてリオを見た。

「フィレアさん、昨日の」
「昨日はごめんなさい‥‥」

リオが何かを言おうとしたら、フィレアが謝ってきて、

「昨日は私、滅茶苦茶なことを言ったわ。ごめんなさい」
「フィレアさん‥‥」

リオは静かに彼女を見つめる。

「私、シュイア様に会いたい‥‥」

フィレアの目に、うっすらと涙が浮かんだ。

「フィレアさんにとって‥‥シュイアさんは本当に大切なんですね。私にとってもシュイアさんは家族みたいに大切で‥‥そうだ、フィレアさん、家族は?」

リオはフィレアの隣に座り、微笑みながら尋ねる。

「皆‥‥あの時に死んだわ」

フィレアの目に、少しだけ憎しみの色が浮かんだ。

「あの時?」
「話したでしょ?十年も前、私の住んでいた村が盗賊に襲われて、その時にシュイア様が現れて助けてくれたって。その時よ。その時に、父も母も‥‥殺されたのよ」

そんな話を聞き、リオは戸惑う。
それに、フィレアはもう二十歳過ぎにもなる大人だから、こんな風に泣かれてはどうすればいいのか‥‥

「フィレアさん‥‥私、フィレアさんに協力しようと思って今日、会いに来ました」

リオは再びフィレアに微笑みかけ、そう言った。

「‥‥協力?」
「はい。カシルさんのことについてです。思ったんです。レイラちゃんの傍にカシルさんがいるのは危険なんじゃないかなって」

リオは真剣な目をフィレアに向けて、

「カシルさんは以前、シュイアさんを殺そうとしました。でも、シュイアさんもお互いに‥‥」
「!?」

リオはあの日の話をフィレアにした。


「そう‥‥シュイア様が、負けたのね」
「はい。だから多分、フィレアさんの思っていることは間違ってないと思います」

カシルがシュイアに害をなす存在であるということだ。

「協力してくれるということは‥‥カシルと戦うの?」

フィレアがそう聞いてくるので、

「たっ‥‥戦うって‥‥私は戦えませんよ。武器だって持ってませんし。と言うか使えません」
「そうなの?私は子供の頃から槍を振り回してたわよ」

フィレアが顔に似合わないことを言うので、リオは驚く。

「あの。フィレアさんは魔術って知ってますか?私は戦えないから‥‥だからせめて、魔術が使えたら‥‥でも、シュイアさんは私には無理って言って‥‥」

リオの言葉にフィレアは目を細め、

「リオちゃん。あなた、小さい頃の記憶がないって言ってたわね。魔術のこと、あまり詳しくないんじゃない?」

フィレアに聞かれ、

「はい。シュイアさんに少し話を聞いただけで‥‥」
「どんな話?」
「えっと」

リオはあの日のシュイアの言葉を思い出し、

「魔術には属性があることと、生まれるはずのない属性の魔術の言い伝え。そういえば、普通、人は魔術など使えるはずないとか‥‥」

確かシュイアはそんなことを言っていた。

「それだけ?」

フィレアが聞いて、リオは頷く。
それに対し、しばらくフィレアは黙りこみ、

「たぶん、シュイア様はあなたに魔術を使わせたくないのよ。と言うより、あなたには使えないわ」

フィレアに言われ、リオは首を傾げた。

「今のあなたに魔術は使えない。これは確かよ。だって普通、人間は魔術なんか使えないもの」

フィレアは悲しそうに笑う。

「一体、どういう?」

シュイアと同じことを言うフィレアに、リオは詳しい話を聞きたいのだが、

「シュイア様がこれ以上をあなたに言わなかったのなら、私はあなたにこれ以上教えられない。それに、魔術なんて使えなくていいのよ、きっと」

フィレアはリオに優しく微笑みかけ、

「焦って力を求める必要はない。あなたは戦う必要ないんじゃないかしら?だってシュイア様はきっと、それを望まなかったんだから」

今度はどこか寂しげに笑って言った。

そんなフィレアを見て、あの時のシュイアを思い出す。
あの時は聞くのをやめた。彼の苦しむ顔なんて見たくないから。
だけど‥‥

「お願いしますフィレアさん!私は魔術が使えないのに、なぜシュイアさんやカシルさんは使えるのですか?教えて下さい。私、このまま無知のままじゃダメだと思うんです」

あまりにもリオが必死に言ってくるので、

「‥‥教えるだけよ。だけど絶対、魔術を‥‥魔術を使おうだなんて思わないで。私がシュイア様に怒られちゃうわ。ただ、使い方は私も知らないの。それでもいい?」
「はい!」

と、リオは頷いた。

「魔術はね、人に‥‥本来ならありえない大きな力を与えてくれるわ。その代わり、代償があるらしいの」
「だい‥‥しょう?」

リオはゴクリと息を呑む。

「信じられないかもしれないけど、不老になるのよ」

リオはぽかんと口を開けた。

「不老って?」

リオは不老という言葉の意味を知らなかったので、フィレアに聞き返す。

「歳をとらなくなるって言ったら分かるかしら?魔術が安定する体‥‥人それぞれだと思うけど、その歳になったらその時点で成長が止まるらしいの」

フィレアはまた、寂しげに笑って言った。
だが、リオはようやく理解する。
シュイアの、寂しそうな‥‥苦しそうな‥‥その表情の意味を。

「えっ、じゃあシュイアさんは‥‥」
「ええ、不老よ。私もよくは知らないけど‥‥ただ、十年前に助けられた時から私はずっとシュイア様を追っていたのだけれど‥‥変わらない姿だったわ」

フィレアの言葉にリオは驚きつつも、今更、気づいた。

「あっ‥‥確かに。シュイアさん、六年前から変わってない気がします‥‥じゃあ、カシルさんも不老?シュイアさんは一体いつからカシルさんを追っていたのでしょう‥‥二人はいったい、どれほどの時を生きてきたのでしょうか‥‥」

現実味のない言葉を口にして。
やはりリオは、不老というものにあまり実感が湧かない。
自分はまだ、たったの十二年しか生きていなくて。
しかもその半分の記憶を失っている。
だから、長年生きるなんて、全く想像できない。


「魔術について私が知ってるのはそれだけよ」

フィレアは目を閉じ、

「シュイア様やカシルがなぜ魔術を使えるのかはわからない。そしてもしかしたら、あの二人以外にも魔術を使える人が存在するかもしれないわね」

フィレアの言葉を聞き、リオは【道を開く者】の姿を思い浮かべた。

「私は歳をとっていくけど、シュイア様はずっと‥‥あのまま。リオちゃん、私はね‥‥私‥‥」
「フィレアさん?」

何か言おうとして、だが、フィレアは黙りこんでしまって‥‥

(もしかしてフィレアさん、自分だけ成長していくのが嫌なのかな?じゃあ、私も同じだ。私だけ歳をとって、シュイアさんはずっとそのまま。そんなの‥‥寂しい。だけど一番寂しいのは、シュイアさんだよね)

そう思うと、リオは胸が苦しくなった。
なんだか今すぐシュイアに会いたいと感じる。

いつも悲しそうな背をした彼の傍に‥‥今すぐ、行かなければならない気持ちになる。

この気持ちは、なんだろう?


「私‥‥」

フィレアは再び口を開き、

「私ね、シュイア様のことが好きなの」

少し頬を赤らめながら、ようやく言った。

「ずっと、シュイア様と一緒にいたいの」

フィレアは言葉を続け、涙目で空を見上げる。

「フィレアさん‥‥私もですよ!私もシュイアさんが大好きだし、ずっと一緒にいたい!」
「‥‥うーん、リオちゃんのとは、ちょっと意味合いが違うかも?」

フィレアはクスクスと笑い、

「愛しているって言ったら、わかるかしら」
「あ‥‥愛‥‥」

その言葉に、リオはなんだか恥ずかしさを感じた。そして、

(そうか、そうなんだ‥‥フィレアさんはシュイアさんのことが‥‥じゃあ、私のシュイアさんへの好きは、どんな好きなんだろう)

そんなことを考えていると、

「好きな人を危険な目に合わせる奴がいたら、リオちゃんだって怒るでしょ?」

フィレアが急に、悪戯げに笑ってそんなことを聞いてくるが、リオは首を傾げた。

「えっとね‥‥好きな人の悪口を言われたら、怒るようなものよ」

フィレアがそう言い替える。リオはぽかんと口を開けた。

「だから、シュイア様に危険を与えるかもしれないカシルを私が止める」

フィレアの決意、だがリオはそれを聞いてはいない。

(好きな人の悪口を言われたら怒る?そういえばレイラちゃん、今朝、私がカシルさんのことを悪く言ったら怒った。それに、今のフィレアさんみたいに頬が赤く‥‥)

リオはベンチから立ち上がり、ふらっ‥‥と、よたつく。

「りっ、リオちゃん!?」

急に立ち上がったそんな様子のリオにフィレアは驚くが、

(まさか?そんな‥‥考えすぎ、だよね?でも‥‥)

リオの脳裏に嫌な想像が過った。

「レイラちゃんは‥‥カシルさんのことを?」
「え?」

リオが思わず口にした言葉にフィレアは首を傾げる。


◆◆◆◆◆

「‥‥カシルさん、あの、昨日のことですが‥‥」

城の一室で、まるで意を決するようにレイラはカシルに声を掛け、

「私にできることがあれば協力します。王女の位を捨ててでも。私が‥‥あなたのお役に立てるなら」

少しだけ、照れ臭そうにしてそう言った。

「本当にいいんだな?」

確認するようにカシルが聞けば、レイラは首を大きく縦に振る。

その様子に、レイラが『友達』だと言っていたリオの姿が過るが、カシルはすぐに思考を振り払った。
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