一筋の光あらんことを

ar

文字の大きさ
上 下
10 / 105
二章【トモダチ】

2-2 必然

しおりを挟む
ーーハトネがいなくなった。

リオが王女、レイラ・フォードと話したあの日から、彼女は姿を消した。

いつものように、リオはフォード国の宿屋で目を覚ます。

「昨日はあのめちゃくちゃな王女様と会ったんだっけ」

リオは確認するかのように言い、

「それで‥‥ハトネさんがいなくなったんだ」

フォード国内で彼女を捜した。でも、彼女はいなかった。

(私がいつまでも情けないから、ハトネさん呆れたんだろうな)

そう思い、リオは薄く笑う。

本当に、誰もいなくなってしまった。泣かないと決めたリオだったが‥‥

「シュイアさん‥‥」

シュイアのことを考えると、どうしても泣いてしまう。

「どこに行ったんですか‥‥シュイアさん‥‥」


◆◆◆◆◆

一方、フォード城では【めちゃくちゃな王女様】が何かを叫んでいた。

「嫌よ!絶対いや!」

レイラは必死に首を横に振っていて‥‥

「レイラ、母の言うことが聞けないのですか?貴女が時折、城を抜け出していること、母は知っていますよ。ましてや昨日のパレードでさえも途中で‥‥」

フォード国の女王ーーレイラの母は厳しい口調で言う。

「でっ、でも、お母様‥‥私は自由に‥‥」
「王女としての自覚を持ちなさい、レイラ。貴女はこの国の次期女王となるのですよ。貴女に何かあっては近い将来、この国を治める者がいなくなります。分かりますね?レイラ」

女王は真剣な眼差しで言うが、

(わかってるわよ、そんなこと!でも私は‥‥)

レイラは悔しそうに唇を噛み締め、黙りこんでしまった。

「貴女には今日から護衛をつけます、構いませんね、レイラ?」
「護衛なんていらないわよ!!護衛なんて‥‥」

駄々をこねるようなレイラの視界に、一人の男の姿が目に入り、玉座の間に入ってきたその男の姿を見て、レイラは口を止めた。

「せめて、街に出る時は必ずこの者と共に行くのですよ。これが、母から貴女に出来る唯一の情けです」


◆◆◆◆◆

リオは街中を歩いていた。
今日、ようやくフォード国を出る決心をしたのだ。

(えーっと、旅に必要なものってなんだろう?)

シュイアがハトネに渡していった十分なお金。
ハトネはそれを宿屋に置いていっていた。とりあえずはそれでなんとかしていけそうだ。

(食べ物に‥‥薬草に‥‥うーん‥‥)

いつもシュイアに任せきりなので、旅に必要なものが分からない。

(私、情けないなぁ)

リオは自分を嘲笑った。

「リオ!リオー!」

すると、誰かが大きな声でリオの名前を呼んでくる。
この声はーーと、リオは顔をひきつらせ、

「王女‥‥様」

力なくそう言った。

「こらっ!昨日のこと忘れたの?」

レイラはリオの頭を一発ペシっと叩く。

「いたっ!えっ、あ‥‥?‥‥れっ、レイラ‥‥ちゃん」

リオは叩かれた部分を手で押さえながら、仕方なく言い直した。

レイラは昨日とは一変して、ドレスではなく、普通の庶民が着るようなワンピースを着て、眼鏡をかけている。
変装しているつもりなのだろうか?

(その印象的な紫の髪でバレバレな気がする‥‥)

リオはそう思った。

髪型は昨日はひとつにくくっていたが、今日は三つ編みにしているようで。それでもとても綺麗な色合いがその場に映える。

「リオ、買い物してるの?」

リオの様子を見て、レイラは尋ねた。

「うん、まぁ、そんなとこ。今日、この国を出ることにしたんだ」

リオは嬉しそうに言う。
心細いが、一人で旅するということに少しわくわくしていた。
しかし、それを聞いたレイラの表情が少しだけ暗くなる。

「私、旅をして、いろんな国や街や村を回って‥‥いっぱい学んで、シュイアさんを捜すんだ!それでーー」
「ねえリオ。私を置いていく気?」

レイラが怒ったように言ってきて、

「えっ?置いていくって‥‥私たちは昨日会ったばかりでしょ?」

リオのその言葉に、レイラは頬を膨らませた。

(なんだろ?何かまずいことを言ったかな?)

と、リオは不思議そうにレイラを見つめる。

「そう‥‥そっか。今日でお別れかぁ‥‥残念ね」

レイラはあっさり引き下がった。それを聞いたリオは、

(お別れも残念も何も、昨日会ったばかりだしなぁ‥‥)

と、リオはあまり何も感じていなかった。

「ーーあっ、そうだリオ。彼ね、今日から私の護衛につくことになった人よ」
「護衛?へえー‥‥」

リオはゆっくりと顔を上げながら、レイラの後ろに立つ男の姿を確認する。

「私があまりにも一人で外出するから危ないってお母様が‥‥もうっ、お母様には困っちゃうわよね」

レイラはふう‥‥と、ため息を吐くも、あまり困った様子ではない。

ーーだが、リオはそんなレイラの言葉に耳を傾けず、ただただ驚くように目を見開かせていた。

「ちょっ、ちょっとリオ、どうしたの?大丈夫?」
「‥‥どっ‥‥どうして」

リオが震えた声で言い、男を見続けるので、

「なっ‥‥何?もしかして彼と知り合いなの?」

レイラはそう尋ねる。

「あ‥‥」

リオが何か言おうとしたが、

「いいえレイラ様。俺はこのようなガキは知りませんね」

男がそう言って、

「ーー!?ごっ、ごめんなさいリオ!この人、口が悪いのよ‥‥なんでお母様はこの人を護衛にしたのかしら‥‥腕が立つって言ってたから、それでだと思うけど‥‥」

レイラは慌ててリオに言うが、リオは何を言われてもどうでも良かった。
ただ、目の前の男がなぜ、レイラの護衛なのか。
あの日、一度だけの出会いだが、よく覚えている‥‥
この男はーー。

「この人、カシルさんって言うの」

レイラは男を紹介した。
そうーーカシル。
シュイアが追っていた相手。
シュイアの敵だという男。

(なっ‥‥なぜあなたが‥‥)

声が出なかった。
言葉にしようと思っても、唇が震えて、歯がガチガチとなって、声が出ない。
この男の素性を知りはしないが、あの日、シュイアを殺そうとしていた姿が脳裏に焼き付いている。

とにかく今は、ここから‥‥この国から逃げ出すこと。
リオはそれだけを考えた。

「カシルさん、この子はリオって言ってね、昨日知り合ったの」

レイラは楽しそうに、カシルにリオを紹介する。

「‥‥れ‥‥レイラちゃん。私、そろそろ‥‥行かなきゃ‥‥」

リオは前を向けず、俯いてそう言って、

「あ‥‥そうだったわね。この国を出るのよね」

レイラは悲しそうな顔をしているが、今のリオには申し訳ないだとかそんな気持ちはなかった。

ただ、カシルを見ると、とても寒気を感じ、恐怖心に襲われる。
彼はシュイアを本当に殺そうとしたのだから。

(‥‥殺そうと?‥‥待って。そんな人がなぜ王女の側に?何を考えて?カシルさんの目的は?レイラちゃんの側に置いて大丈夫なの?引き離した方がいい?ううん‥‥カシルさんの狙いはシュイアさんの命のはず。だったら、レイラちゃんは大丈夫‥‥だよね?)

リオは色々なことを一気にを考えてしまう。考えすぎてしまって‥‥

「ーーっ!!レイラちゃん‥‥やっぱり私、もう少しこの国に‥‥いるよ!」

リオはあらん限りの声を出して宣言した。

「え?本当に!?」

レイラが嬉しそうに反応してきて、

(ーーって‥‥わっ、私、勢いに任せてなんてことを!?)

リオはすぐさま宣言してしまったことを後悔する。

(でも、王女様と一緒にいれば‥‥カシルさんと話す機会があるかも。カシルさんならシュイアさんの居場所とか知って‥‥あれ?)

リオはあることに気が付いた。

(カシルさんはまだこの国にいる。シュイアさんはカシルさんを追ったんじゃないの?)

一体どうなっているのか。
シュイアの目的すら、リオは分からなくなってきた。

「良かったー!じゃあこれから毎日会いましょう、リオ!ふふっ」
「えっ?毎日は‥‥」

無理だと言おうとしたが、レイラは言うだけ言って、近くにあった小物店を見に行ってしまう。

カシルと共に取り残されてしまい、気まずさはあるが、

「あっ、あの‥‥私のこと、覚えてますよね?どっ‥‥どういうことですか?カシルさんがどうして王女様の護衛になんか‥‥」

リオがそう聞けば、

「さあな」

と、カシルは答えてはくれない。

「あのっ、じゃあ、シュイアさんがどこに行ったか知りませんか?」
「‥‥なんだ。お前、置いていかれたのか?あいつのことだ。俺がもうこの国を出たと思い込んで別の国だのなんだのを捜し回ってるんじゃないのか?知らないけどな」
「そっ、そんな」

リオはシュイアとの連絡手段など何もない。
シュイアはカシルを追っているーーそのはずだが‥‥

それからリオは何を聞いたらいいのか分からなくなり、無言になってしまった。

「小僧、お前、この国に残って俺の行動を探るつもりだろ」
「えっ!?」

カシルに言い当てられて、リオは視線をちらつかせる。

「いっ、いえ‥‥あなたがいたら、シュイアさんにまた会えるかなと思っただけで」

それを聞いたカシルは何か言いたそうにしたが、

「そうか」

それだけ言って、視線をレイラに移した。
リオは俯き、視線を足元に落とす。


「リオ!リオ!!こっち来てよ!!」

リオの今の思いなど知らず、レイラは笑顔でリオを呼んで、

「な、何?レイラちゃん」
「これ!ほらっ‥‥このストーン!とっても綺麗!」

レイラは小物店に置いてある、青色に輝く石を手に取り、リオに見せた。

「本当、綺麗な石だね。でも、レイラちゃんはもっと高価な宝石いっぱい持ってるんじゃないの?」

リオは素朴な質問をする。なぜなら、このストーンは一つ、たったの50ゴールドだったから。

「宝石なんて、高いだけのただの飾り物よ。ねっ、知ってる?このストーン、この国の人々に評判らしいの。見る人見る人、ネックレスにしたり、お守りにしたりで身に付けているのよ」
「へえー」
「私も、皆と一緒がいいの。王女なんて立場よりも‥‥」


その時は、何気なく聞いていた。
だが、ぽつりと言った、その時のレイラの言葉が『今でも』忘れられない。
彼女はこの時からずっと、自由を求めていたのだと。

もっと、もっと早くに気付いていれば、こんなことにならずに済んだのに‥‥
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...