一筋の光あらんことを

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二章【トモダチ】

2-1 王女様

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あれからーーリオが目を覚ましてから何週間経っただろうか。

シュイアがどこかへ行ってしまい、リオとハトネはフォード国の宿屋に留まる形になっている。
宿代は、シュイアがハトネに十分なくらいの金を渡してくれていてた。

「いつまで、こんな日が続くのかな‥‥」

宿屋の一室で、リオがぽつりと言った。

「リオ君‥‥」

ハトネは心配そうにリオを見つめる。
この数週間、リオはほとんど街中に出ることもなく、宿屋での生活が大半だった。

「ハトネさんも、もう家に帰ってもいいんですよ。私は、一人でも大丈夫ですし‥‥ハトネさんが私の側にいる理由もないです」
「ううん、リオ君。私には、帰る家も家族もないから」
「え?」

ハトネが少しだけ悲しそうな顔をして言うので、リオは慌てて腰掛けていたベッドから立ち上がる。

「たっ‥‥たまには、私も外出しなきゃですね」

リオはそう言って、笑顔を作った。

「えっと、じゃあ‥‥フォード国のこと知らないので‥‥案内を頼めますか?ハトネさん」
「‥‥もちろん!」

リオからの言葉に、ハトネも笑った。


◆◆◆◆◆

それから、二人で街中を歩くことになったが‥‥

(リオ君‥‥この前まではもっと話してくれたのに)

ただただ、沈黙が続き、ハトネは悲しい気持ちになる。
ここ数日、リオは必要なこと以外話さなくなっていた。
シュイアがいなくなったことが、それほどまでにショックなのだろうか。

「そっ、そうだリオ君‥‥今日はお祭りなんだって!」

ハトネが思い出したように明るい声で言った。

「お祭り?」
「そう!今日はフォード国‥‥この国の王女様の誕生日なんだって!」
「へえ‥‥」

しかし、リオはさほど興味を示さなくて、ハトネは困ったようにリオを見つめる。
すると、

「女王様だ!王女様もいらっしゃるぞ」

街の男が一人、大きな声でそう叫んだ。

「あっ‥‥リオ君!ほらっ、あれ!あの馬車!」
「?」

ハトネが見ている方向にリオも目を向ける。
城下町をゆっくりと駆ける馬車の中には、二人の女性の姿が見えた。
二人とも、紫色の髪色をしていて、高価そうな宝石をたくさん身に付け、美しいドレスを身に纏っている。

あの二人が、このフォード国の女王と王女というものらしい。
若い王女は笑顔で民衆に手を振っている。
一つにくくった長い紫の髪が風にゆらゆらと揺れていて、美しかった。

リオ以外のここにいる誰もが、この光景に見惚れているのであろう。
リオは俯き、

「ハトネさん。今日は、街中は騒がしいですね‥‥やっぱり私、宿に戻ります」

リオはそう言うと、宿に向かって一人、とぼとぼと歩き出した。

(リオ君‥‥)

そんなリオを、ハトネは追い掛けなかった。
多分、リオにはまだ一人の時間が必要なのだろう。
今はただ、ゆっくりと考える時間を与えてやりたかった。


◆◆◆◆◆

それからしばらくしても、リオは宿屋に戻らず、一人で街中を歩いていた。
人々は皆、女王と王女のいる広場に集まっているので、他の場所には誰もいなくて静かだったから。

リオは公園のベンチに座り、俯いていた。

(シュイアさんが、いない‥‥多分、カシルさんを追って行っちゃったんだ‥‥)

そうとしか思えない。それしか、ない。

(私もカシルさんを追えば‥‥そこにシュイアさんがいる?でも‥‥)

リオはカシルの言葉を思い出す。

こんな世界から出ていけと。
道を開く者に道を狂わされる前にと。
カシルに殺される前にと。
全てに狂わされる前にと。

そしてーー。

(最後、カシルさんは何か言おうとしてたな‥‥ただ、カシルさんは本気でシュイアさんを殺す勢いだった。それは、シュイアさんもだけど。道を開く者さんが現れて、なんとかシュイアさんは助かったけれど‥‥)

考えれば考えるほど、リオは不安になり、

(でも、シュイアさんが危ないのは確かだ‥‥早く二人を見つけないと‥‥)

そう思って青空を見上げる。

(私は戦えないから、言葉でしか思いを伝えられないけど‥‥シュイアさんを殺さないでって‥‥そうカシルさんにお願いしよう)

そう決意すると、エメラルド色の目に、以前と同じ輝きが宿った。

(道を開く者さんとか、見届ける者だとか、私の記憶だとか、カシルさんなんてどうでもいい。ただ‥‥私はまたシュイアさんと一緒に旅がしたい)

それだけが、リオの願いだった。

「よし、決めたぞ!シュイアさんを捜しに行こう!」

リオは勢いよくベンチから立ち上がる。

「でも、どこに行けばいいのかな。どこになんの国があるか、なんの村があるかなんてわからないや‥‥」

リオはため息をつき、再びベンチに腰を下ろした。

「どうしようかなぁ」
「隣、いいかしら?」
「え?」

急に誰かがそう聞いてきて、いつの間にか目の前に人が立っていることに気づき、

「あ‥‥はい。私のベンチじゃありませんし、もちろん構いませんよ」

リオはそう言って、ベンチの端に寄る。

「ありがとう」

その人は綺麗な声でそう言い、リオの隣に座った。

「あれ?」

リオは隣に座った人をちらっと見て、それから驚いた顔をする。
隣に座った人は、紫色の髪を一つにくくり、宝石のたくさんついたドレスを身に纏っていて‥‥
リオはさっき、なんとなくしか見ていなかったが‥‥

「あっ、あなたは‥‥王女さまぁーー!?」

そう叫んだ。

「しっ!バレちゃうじゃない!!あんな大勢の人の前に出るのは苦手なのよ‥‥こっそり抜け出して来ちゃったわ」

先程、笑顔で民衆に手を振っていた、気品溢れる人とは思えない話し方で‥‥
とても王女とは思えない、無邪気な笑顔でそう言った。

リオはただ、呆気にとられている。

「あなた、どうしてこんな所にいるの?国民は皆、私の誕生日パレードのために広場にいるっていうのに」

王女が少しむっとしながら言ってきたので、

「私は‥‥この国の者じゃないですし、それに‥‥」

リオがちらりと王女を見ながら何か言い掛けるので、

「何よ」

と、王女は言葉を待つ。

「それに‥‥結局、王女様はここにいるんですから、パレードを見ていても意味ありませんよね?」

リオは真面目な顔をしてそう言った。
その言葉を聞いた王女は黙っている。

(しまった‥‥怒らせたかな?)

リオは内心焦った。

「‥‥ぷっ。ふふ、うふふ‥‥あはははっ」

ーーと。
王女がいきなり大笑いをするので、当然リオは、

「なっ‥‥どうかしましたか!?」

そう聞くしかなくて。

「あなた、面白いわね!‥‥ごめんなさい。同じ歳くらいの子と話すの初めてだから。なんだか、友達みたいで楽しいわ」

王女は言葉通り、本当に楽しそうだ。

(友達‥‥)

リオには今まで友達と呼べる存在はなかったので、その言葉はなんだか新鮮だった。

「私はレイラ。レイラ・フォードよ」

王女はそう名乗る。

「わっ、私はリオです。リオといいます、レイラ王女」

リオは立ち上がり、丁寧にお辞儀をしながら言った。

「ねっ!王女って言うのやめてよ。私、堅苦しいの嫌いなの。そう言うと‥‥お母様によく怒られるんだけどね。この口調も直しなさいって‥‥ほんっと、嫌になるわ。普段はとても堅苦しい口調で話さなきゃならないんだもの」

レイラは一人、愚痴を言い始めたようで。

「え、あ‥‥大変ですね。王じょ‥‥じゃなくて、レイラ様‥‥」

リオは慌てて言い直す。

「だから、堅苦しいのはやめて!レイラでいいのよ、レイラで!呼び捨てで構わないわ」

レイラが怒鳴ってくるので、

「えっ!?人を呼び捨てにするだなんて‥‥私、できません!」

リオはキッパリと言った。
シュイアからの教えで、もし他者と関わることがあれば、礼儀を忘れるなと教えられたことがある。

「これは王女命令よ!背いたら牢獄行きの刑よ!」
「ろろっ‥‥牢獄!?」

レイラの冗談をリオは真に受けてしまい、だらだらと冷や汗を流した。

「そうよ、牢獄行きよ!ろ・う・ご・く!嫌だったら私のことを呼び捨てにしなさい!あと10秒!‥‥10、9、8、7‥‥」

レイラがいきなりカウントダウンを始めるので、リオは追い詰められるような感覚に陥り、

「わっ‥‥わかりました!!れっ‥‥レイラ‥‥ちゃん‥‥?」

いつも人を‘さん’付けして呼ぶリオには、これで精一杯だった。
レイラは目を細め、リオをじっと見ている。

「‥‥まあ、いいわ。それで許しましょう。あと、その敬語もやめてよね。なんか‥‥いい子ちゃんみたいで普通にムカつくから」

レイラはズバッと言ってきた。

「えっ!?」

ムカつくと言われ、リオはズキリと心が痛んだような気になる。

(なっ‥‥なんなのこの子‥‥王女様でしょ!?いや、王女様っていうのを詳しく知らないけど。でもこの子、ワガママだし、わけがわからない‥‥)

シュイアからの教えを守り続け、リオは誰に対しても礼儀を欠くことはなかった。
だから、いきなりそんなことを言われても、六年間積み上げてきた性格を壊すことは、簡単にはできない。

「ねえ、リオ。あなた、この国の者じゃないって言ったわよね。どこから来たの?」

そう、レイラはわくわくしながら聞いてくる。
まるで、リオがシュイアに『あれはなんですか?』と、いつもわくわくしながら聞くのに似ているなと感じた。

「私、六年前からしか記憶がないんです。それ以前のことは覚えていなくて‥‥だから、どこから来た、というわけじゃないんですよ」
「えっ?記憶がないの?そう‥‥じゃあ、どうやって暮らして来たの?お母様やお父様は?あと敬語やめて」

レイラは心配そうに聞きつつも、リオの敬語に指摘をする。

「うっ。えーっと‥‥?父も母も、いるかどうかはわかりま‥‥わからないんだ。六年前、私はとある森で倒れていて、そこで、シュイアさんという人が私を助けてくれて。そこから私の記憶は始まったんだ」

リオはなんとか素で話し始めた。

「へえ‥‥そのシュイアさんという人は?今も一緒?」

その問い掛けに、リオは体を少し震わせる。

「何週間か前までは一緒だったんだ。六年前からずっと、行く宛てのない私はシュイアさんと旅をしていたから。六年間、ずっと」

リオは俯いた。

「何週間か前までは?」

レイラが聞き返してきて、

「うん。シュイアさんはね、ある人を追って旅をしていたの。何週間か前、この国でシュイアさんはある人を見つけたんだ。それっきり、シュイアさんはある人を追ってどこかへ行ってしまったんだと思う」
「そんな‥‥リオ。じゃあ、あなたは今、ひとりぼっちなの?」

レイラが面と向かってそう言ったので、リオは急に孤独感でいっぱいになった。


ーーハトネは違う。
出会ったばかりで、友とも、家族とも呼べない。

リオには、シュイアしかいなかったから。

「でも、寂しくないよ。私はシュイアさんを絶対に見つけて、また一緒に旅をするって決めたから!」

リオは満面の笑顔を浮かべ、

「ありがとう、レイラちゃん。あなたとこうやって自然に話せて、すごくすっきりした!」

そう、彼女に礼を言った。

「強いのね、あなたは」

レイラは微笑んでそう言う。
強いだなんて、初めて言われたとリオは感じた。

「ねぇ、リオ。あなた、私の友達にならない?」

レイラがそう切り出すので、リオは口をぽかんと開ける。

「ええ、決めたわ。リオーーあなたはこの私、レイラ・フォードの友達になりなさい!」
「えっ‥‥?ちょっ‥‥えっ!?」
「はいっ!今から私達は友達よ!」

勝手にこんな流れになって、リオは意味がわからなかったが、それでも目の前の王女様はとても楽しそうにしていて。
その姿は本当に、ただの女の子だった。

でも、リオは不思議な気分だった。
なんだか、今、自分も楽しいのかもしれない、と。


◆◆◆◆◆

「では、頼みましたよ。明日から王女の護衛の役目をあなたに任命します。全く‥‥あの子は護衛もつけずにいつも一人で‥‥」

城内の玉座の間で、女王は誰かにそう言い、小さく溜め息を吐いた。
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