7 / 105
一章【遠い昔】
1-5 この出会いは
しおりを挟む
辺りはもう真っ暗だ。
活気のある国だと聞いたが、さすがに夜には誰一人、街中にはいない。
リオとハトネはぼーっとしていた。
「さすがに子供は眠い時間か」
シュイアは薄く笑う。
二人は眠気のあまり、よたよたとふらつきながら歩いている。
「ほら、宿まで行ったら寝れるから‥‥それまでは我慢しろ」
シュイアはそう言うと、二人の手を引いて歩き出した。
(‥‥みたいだなぁ‥‥)
リオは何かを思ったが、そのまま眠りに就いてしまった‥‥
◆◆◆◆◆
すぅ‥‥っと、目を開けると、白い天井が目に入る。
「‥‥?」
リオはゆっくりと起き上がった。
見渡すと、どこかの一室のベッドの上である。
隣のベッドでハトネが寝ていて‥‥
(そうだ‥‥昨日の夜、王国に着いたんだっけ?それでそのあと、宿屋に向かう途中で寝ちゃったんだ)
リオは状況を把握した。
窓を見ると、もう光が差し込んできている。
どうやら朝のようだ。
「ーーっ‥‥!うわぁ!!すごいっ‥‥!!」
リオが感激にも似た大きな声をあげたので、
「んー‥‥?」
その声に、寝ていたハトネが目を覚ます。
「あ‥‥ごめんなさい。起こしてしまいましたか」
リオは謝った。
「うーん‥‥リオ君?さっきの大声‥‥」
「あっ、そうだ!見て下さい、ハトネさん!とてもすごい景色ですよ!」
リオは窓の外を見ながら、目を輝かせてそう言う。
「あれ‥‥いつの間にかフォード国に着いてたんだね」
ハトネはベッドから身を起こし、窓を見て言った。
「この国に来たことあるんですか?」
「うん、あるよ。ずっとリオ君を捜してたから」
そう言って、ハトネはリオに抱きつく。
「わっ?!だから人違いですよ‥‥」
リオはため息を吐いた。
ーーコンコン‥‥と、ドアをノックする音がして、
「リオ、起きたか?」
ドア越しから聞こえたのはシュイアの声である。
「シュイアさん!はい、起きてます!」
リオは急いでドアを開けた。
シュイアはハトネの姿も確認し、
「私は今から用事を済ませてくる。お前達は自由に街の中を回るといい。二人なら安心だろう」
そう言うと、シュイアはリオの手に何かを置く。
「これは‥‥」
リオが聞くと、
「それで好きなものを買うといい。昼飯代もそれで大丈夫だろう」
シュイアから渡されたのは500ゴールドだった。
「あっ、ありがとうございます!」
リオはペコリと頭を下げる。
◆◆◆◆◆
「ね、リオ君」
二人は街の中を歩き、ふと、ハトネがリオに声をかけ、
「リオ君とシュイアさんの関係って何?」
「ああ、そういえば言ってませんでしたね」
リオは頷き、
「私は六年前‥‥とある森で倒れていたらしいんです」
リオは遠くを見つめる。
「それで‥‥倒れていた私をシュイアさんが助けてくれて、それで‥‥」
そこまで言って、リオは口を止めた。
「リオ君?」
リオが黙りこんだので、ハトネは首を傾げる。
「昨日言った通り、私には六年前‥‥シュイアさんが助けてくれたその日からしか記憶がなくて。それ以前の記憶がないんです。だから私にとってシュイアさんは家族‥‥なのでしょうか?」
リオがハトネに聞けば、
「えっ?私に聞かれてもわからないよ。リオ君の気持ちは、リオ君にしかわからないんだから。でも、そうなんだ‥‥それから、一緒に旅をしてるの?」
「はい。シュイアさんは、カシルさんって人を捜して旅をしているらしいんです」
「カシルさん?」
ハトネはまたも首を傾げた。
「私もカシルさんのことは詳しくは聞かされていないんです。ただ、捜しているとしか‥‥」
リオは俯き、
(カシルさんを見つけたら、本当に、どうなるんだろう‥‥私の居場所は‥‥)
リオはやはり、そんなことばかり考えてしまう。
「そうなんだ。シュイアさんって色々謎だね」
「う、うん。そうかも‥‥」
「私はリオ君が記憶を取り戻して、私のことを思い出してくれるまでずーっと一緒にいるからね」
ハトネはにっこり笑い、
「ううん、それから先もずーっとあなたと一緒にいて‥‥最終的には‥‥うふっ」
何を想像しているのか。妄想を膨らませ、嬉しそうにしているので、
(人違いなのにな‥‥)
そう思いながら、リオは苦笑する。
「すまないが」
「?」
後ろから、低い男の声がした。
「城への道を教えてもらえるか?」
‥‥なんて。
(この声‥‥)
リオは聞き覚えのある声で、
「あっ、私わかりますよ!何度かこの国に来ましたから。案内しますよ」
気前よくハトネが言って、
「あっ」
と、リオは声をあげる。
「リオ君?」
「あっ、あなたは‥‥!」
リオは眉を潜め、男はそんなリオを見て、
「ああーー。前に、さ迷いの森で食料探しをしていた小僧か」
ーーと。
この男は先日、さ迷いの森で出会った、黒のコートを着た、青い瞳と金髪が印象的な青年だった。
「あっ‥‥あなた、いつも道を尋ねているんですね‥‥」
リオは不意にそんなことを言ってしまい、しまった‥‥と、口を押さえる。
「悪かったな」
青年はそれだけ言った。
「なになに?知り合い?」
ハトネがなぜかふてくされたようにしてリオに聞くと、
「いえ、知り合いと言いますか‥‥。私はこの国は初めてなので‥‥道案内なんかできませんので‥‥えっと‥‥一人で街を見て来ますね」
リオはこの場から逃れようとした。
人とつるむのは慣れていないから、なんとなく気まずさを感じる。
「えー?一緒に行こうよ!」
当然、ハトネはそう言ってくるが、
「しっ、知らない人に着いていっちゃ危ないですよ」
リオは青年に聞こえないよう小声で言い、
「着いていくんじゃなくて道案内だよ、大丈夫!」
ハトネは笑って言って‥‥
「とっ‥‥とにかく私は‥‥もう行きますからっ」
リオがこの場から去ろうとした時、ぐいっーーと、腕を引っ張られた。
「お前にも案内してもらいんだがな」
青年がリオの腕を掴みながらそう言う。
(あれ?)
リオは何か、不思議な感覚がした。
「ちょっと!」
リオが考えていると、ハトネが割り込んできて、
「リオ君!私というものがありながら!あなたいきなり何ですか!?私のリオ君をナンパ?ナンパですか!?」
そう言いながら、ハトネはぱしっ‥‥と、リオの腕を掴んでいた青年の手を払おうとしたが、青年が先に手を引っ込めたので、結局リオにあたった。
「いてっ」
腕をはたかれたリオは小さくそう言った‥‥
ーーそうして結局、リオもハトネと共に青年を城まで道案内することになる。
(この人‥‥)
ハトネは不快に思っていた。
(リオ君のことばかり見てない!?)
青年はなぜか、少し後ろの方を歩いているリオを時折見ていて‥‥
いてもたってもいられず、ハトネはなんとか彼の注意を他に逸らそうとした。
「あっ、あの、そういえば、あなたのお名前は?」
青年はちらっとハトネを見たが、しばらく黙っていて、それからしばらくして、こう言った。
「カシルだ」
ーーと。
(カシル‥‥)
その名前を、二人の後ろを歩いていたリオは、頭の中でぼんやりと聞いていて。
「カシルって‥‥」
ハトネは先程リオから聞いた名前と同じだと気づいた。
リオは、ばっーーと、カシルと名乗った青年を見る。
『俺はカシルという奴を追ってーー‥‥』
六年前のシュイアの言葉が蘇った。
同名なだけかもしれないとリオは思うが‥‥
「シュイアさんの捜してる、カシル‥‥さん?」
言葉が先に出ていた。
「シュイア‥‥か」
青年は呟き、
「悪かったな」
次にそう謝って、
「え?」
リオは困ったような顔をする。
「この前も、お前はシュイアの名を出したな」
それは、さ迷いの森でのことだ。
「あの時、お前が独り言でシュイアの名を出したのをたまたま聞いてな。あの時つい、俺も声に出してしまった」
「‥‥じゃあ、やっぱりあれは空耳じゃなかった?」
リオの目が少し輝き、それに青年は静かに頷く。
「でも、あなた‥‥あの時、知らないって‥‥」
「少しお前を警戒していたのさ、本当にシュイアの知り合いなのかってな」
青年は薄く笑い、
「だが‥‥昨晩、宿から外を眺めていてな。見知った顔が見えた。シュイアのな。小僧‥‥お前と一緒にいるのを見たから」
青年ーーカシルの言葉を聞き、リオは、
「もしかして、それで私達に声をかけたんですか?」
「ああ。一緒にいればシュイアに会えると思ってな」
「じゃあ、道がわからないというのは‥‥」
「まあ、話し掛ける口実だな」
カシルはそう言った。
「じゃあ‥‥あなたが本当に、カシルさん‥‥なんですね?」
リオは確認するように言って、青年は‥‥カシルは頷く。
その様子を見て、リオは笑顔になった。
「わっ、私、シュイアさんを捜してきます!シュイアさん、カシルさんを捜してるはずなので‥‥シュイアさん、きっと喜びますよ!」
ーーシュイアとカシルが会ったら、この旅は、自分はどうなるんだろう。
いつも、それが不安だったリオだが、実際、目の当たりにすると‥‥
シュイアの喜ぶ顔ばかりが浮かんできた。
早く二人を会わせてやりたかった。
ーーだが、
「いや‥‥今はまだ‥‥少しだけ‥‥」
カシルはそう言い、ゆっくりとリオに近付いてきて、
「小僧‥‥お前は‥‥」
彼はリオの前に膝をつき、視線が交わる。
「シュイアと、どういった関係だ?」
そう問われ、よくは分からないが、リオはゾッとした。
なぜか、体が震えてしまう。
「かっ‥‥関係‥‥?‥‥シュイアさんは、捨てられていた私を‥‥助けてくれたんです‥‥」
当然、声も震えてしまって。
「そうか‥‥」
「‥‥かっ‥‥カシルさんは、シュイアさんのお友だ‥‥」
「良かった‥‥」
リオの言葉は、安堵するような声に遮られた。
「えっ」
「やっと会えた‥‥」
カシルはそう言って、小さなリオの体を、なぜか抱き締めた。
(この人‥‥)
リオはまた、何かを感じる。
(さっき腕を掴まれた時も‥‥この前出会った時も思ったけど‥‥シュイアさんと、そっくりだ)
よくは分からないが、リオはそう思った。
「あっ、あの‥‥やっと会えたって、どのくらいシュイアさんと会ってなかったんですか?」
リオは笑顔でそう問いかける。
しかし、その問いに、
「もう、何十年も前だな‥‥すごく、昔だ‥‥」
カシルの瞳がどこか虚ろで、悲し気に光ったのは気のせいであろうか。
「やっと会えた‥‥すごく昔‥‥」
リオはその言葉を自らの口で言ってみた。
『やっと会えましたね、遥か遠い昔のことを思い出します』
夢の中のあの女性の言葉が脳裏を過る。
同じような言葉だと‥‥
シュイアの捜していた存在、カシル。
『やっと会えた』
本当は、この言葉は誰に向けられたものなのか。
そして、この出会いが、少女の人生の始まりでもあった。
活気のある国だと聞いたが、さすがに夜には誰一人、街中にはいない。
リオとハトネはぼーっとしていた。
「さすがに子供は眠い時間か」
シュイアは薄く笑う。
二人は眠気のあまり、よたよたとふらつきながら歩いている。
「ほら、宿まで行ったら寝れるから‥‥それまでは我慢しろ」
シュイアはそう言うと、二人の手を引いて歩き出した。
(‥‥みたいだなぁ‥‥)
リオは何かを思ったが、そのまま眠りに就いてしまった‥‥
◆◆◆◆◆
すぅ‥‥っと、目を開けると、白い天井が目に入る。
「‥‥?」
リオはゆっくりと起き上がった。
見渡すと、どこかの一室のベッドの上である。
隣のベッドでハトネが寝ていて‥‥
(そうだ‥‥昨日の夜、王国に着いたんだっけ?それでそのあと、宿屋に向かう途中で寝ちゃったんだ)
リオは状況を把握した。
窓を見ると、もう光が差し込んできている。
どうやら朝のようだ。
「ーーっ‥‥!うわぁ!!すごいっ‥‥!!」
リオが感激にも似た大きな声をあげたので、
「んー‥‥?」
その声に、寝ていたハトネが目を覚ます。
「あ‥‥ごめんなさい。起こしてしまいましたか」
リオは謝った。
「うーん‥‥リオ君?さっきの大声‥‥」
「あっ、そうだ!見て下さい、ハトネさん!とてもすごい景色ですよ!」
リオは窓の外を見ながら、目を輝かせてそう言う。
「あれ‥‥いつの間にかフォード国に着いてたんだね」
ハトネはベッドから身を起こし、窓を見て言った。
「この国に来たことあるんですか?」
「うん、あるよ。ずっとリオ君を捜してたから」
そう言って、ハトネはリオに抱きつく。
「わっ?!だから人違いですよ‥‥」
リオはため息を吐いた。
ーーコンコン‥‥と、ドアをノックする音がして、
「リオ、起きたか?」
ドア越しから聞こえたのはシュイアの声である。
「シュイアさん!はい、起きてます!」
リオは急いでドアを開けた。
シュイアはハトネの姿も確認し、
「私は今から用事を済ませてくる。お前達は自由に街の中を回るといい。二人なら安心だろう」
そう言うと、シュイアはリオの手に何かを置く。
「これは‥‥」
リオが聞くと、
「それで好きなものを買うといい。昼飯代もそれで大丈夫だろう」
シュイアから渡されたのは500ゴールドだった。
「あっ、ありがとうございます!」
リオはペコリと頭を下げる。
◆◆◆◆◆
「ね、リオ君」
二人は街の中を歩き、ふと、ハトネがリオに声をかけ、
「リオ君とシュイアさんの関係って何?」
「ああ、そういえば言ってませんでしたね」
リオは頷き、
「私は六年前‥‥とある森で倒れていたらしいんです」
リオは遠くを見つめる。
「それで‥‥倒れていた私をシュイアさんが助けてくれて、それで‥‥」
そこまで言って、リオは口を止めた。
「リオ君?」
リオが黙りこんだので、ハトネは首を傾げる。
「昨日言った通り、私には六年前‥‥シュイアさんが助けてくれたその日からしか記憶がなくて。それ以前の記憶がないんです。だから私にとってシュイアさんは家族‥‥なのでしょうか?」
リオがハトネに聞けば、
「えっ?私に聞かれてもわからないよ。リオ君の気持ちは、リオ君にしかわからないんだから。でも、そうなんだ‥‥それから、一緒に旅をしてるの?」
「はい。シュイアさんは、カシルさんって人を捜して旅をしているらしいんです」
「カシルさん?」
ハトネはまたも首を傾げた。
「私もカシルさんのことは詳しくは聞かされていないんです。ただ、捜しているとしか‥‥」
リオは俯き、
(カシルさんを見つけたら、本当に、どうなるんだろう‥‥私の居場所は‥‥)
リオはやはり、そんなことばかり考えてしまう。
「そうなんだ。シュイアさんって色々謎だね」
「う、うん。そうかも‥‥」
「私はリオ君が記憶を取り戻して、私のことを思い出してくれるまでずーっと一緒にいるからね」
ハトネはにっこり笑い、
「ううん、それから先もずーっとあなたと一緒にいて‥‥最終的には‥‥うふっ」
何を想像しているのか。妄想を膨らませ、嬉しそうにしているので、
(人違いなのにな‥‥)
そう思いながら、リオは苦笑する。
「すまないが」
「?」
後ろから、低い男の声がした。
「城への道を教えてもらえるか?」
‥‥なんて。
(この声‥‥)
リオは聞き覚えのある声で、
「あっ、私わかりますよ!何度かこの国に来ましたから。案内しますよ」
気前よくハトネが言って、
「あっ」
と、リオは声をあげる。
「リオ君?」
「あっ、あなたは‥‥!」
リオは眉を潜め、男はそんなリオを見て、
「ああーー。前に、さ迷いの森で食料探しをしていた小僧か」
ーーと。
この男は先日、さ迷いの森で出会った、黒のコートを着た、青い瞳と金髪が印象的な青年だった。
「あっ‥‥あなた、いつも道を尋ねているんですね‥‥」
リオは不意にそんなことを言ってしまい、しまった‥‥と、口を押さえる。
「悪かったな」
青年はそれだけ言った。
「なになに?知り合い?」
ハトネがなぜかふてくされたようにしてリオに聞くと、
「いえ、知り合いと言いますか‥‥。私はこの国は初めてなので‥‥道案内なんかできませんので‥‥えっと‥‥一人で街を見て来ますね」
リオはこの場から逃れようとした。
人とつるむのは慣れていないから、なんとなく気まずさを感じる。
「えー?一緒に行こうよ!」
当然、ハトネはそう言ってくるが、
「しっ、知らない人に着いていっちゃ危ないですよ」
リオは青年に聞こえないよう小声で言い、
「着いていくんじゃなくて道案内だよ、大丈夫!」
ハトネは笑って言って‥‥
「とっ‥‥とにかく私は‥‥もう行きますからっ」
リオがこの場から去ろうとした時、ぐいっーーと、腕を引っ張られた。
「お前にも案内してもらいんだがな」
青年がリオの腕を掴みながらそう言う。
(あれ?)
リオは何か、不思議な感覚がした。
「ちょっと!」
リオが考えていると、ハトネが割り込んできて、
「リオ君!私というものがありながら!あなたいきなり何ですか!?私のリオ君をナンパ?ナンパですか!?」
そう言いながら、ハトネはぱしっ‥‥と、リオの腕を掴んでいた青年の手を払おうとしたが、青年が先に手を引っ込めたので、結局リオにあたった。
「いてっ」
腕をはたかれたリオは小さくそう言った‥‥
ーーそうして結局、リオもハトネと共に青年を城まで道案内することになる。
(この人‥‥)
ハトネは不快に思っていた。
(リオ君のことばかり見てない!?)
青年はなぜか、少し後ろの方を歩いているリオを時折見ていて‥‥
いてもたってもいられず、ハトネはなんとか彼の注意を他に逸らそうとした。
「あっ、あの、そういえば、あなたのお名前は?」
青年はちらっとハトネを見たが、しばらく黙っていて、それからしばらくして、こう言った。
「カシルだ」
ーーと。
(カシル‥‥)
その名前を、二人の後ろを歩いていたリオは、頭の中でぼんやりと聞いていて。
「カシルって‥‥」
ハトネは先程リオから聞いた名前と同じだと気づいた。
リオは、ばっーーと、カシルと名乗った青年を見る。
『俺はカシルという奴を追ってーー‥‥』
六年前のシュイアの言葉が蘇った。
同名なだけかもしれないとリオは思うが‥‥
「シュイアさんの捜してる、カシル‥‥さん?」
言葉が先に出ていた。
「シュイア‥‥か」
青年は呟き、
「悪かったな」
次にそう謝って、
「え?」
リオは困ったような顔をする。
「この前も、お前はシュイアの名を出したな」
それは、さ迷いの森でのことだ。
「あの時、お前が独り言でシュイアの名を出したのをたまたま聞いてな。あの時つい、俺も声に出してしまった」
「‥‥じゃあ、やっぱりあれは空耳じゃなかった?」
リオの目が少し輝き、それに青年は静かに頷く。
「でも、あなた‥‥あの時、知らないって‥‥」
「少しお前を警戒していたのさ、本当にシュイアの知り合いなのかってな」
青年は薄く笑い、
「だが‥‥昨晩、宿から外を眺めていてな。見知った顔が見えた。シュイアのな。小僧‥‥お前と一緒にいるのを見たから」
青年ーーカシルの言葉を聞き、リオは、
「もしかして、それで私達に声をかけたんですか?」
「ああ。一緒にいればシュイアに会えると思ってな」
「じゃあ、道がわからないというのは‥‥」
「まあ、話し掛ける口実だな」
カシルはそう言った。
「じゃあ‥‥あなたが本当に、カシルさん‥‥なんですね?」
リオは確認するように言って、青年は‥‥カシルは頷く。
その様子を見て、リオは笑顔になった。
「わっ、私、シュイアさんを捜してきます!シュイアさん、カシルさんを捜してるはずなので‥‥シュイアさん、きっと喜びますよ!」
ーーシュイアとカシルが会ったら、この旅は、自分はどうなるんだろう。
いつも、それが不安だったリオだが、実際、目の当たりにすると‥‥
シュイアの喜ぶ顔ばかりが浮かんできた。
早く二人を会わせてやりたかった。
ーーだが、
「いや‥‥今はまだ‥‥少しだけ‥‥」
カシルはそう言い、ゆっくりとリオに近付いてきて、
「小僧‥‥お前は‥‥」
彼はリオの前に膝をつき、視線が交わる。
「シュイアと、どういった関係だ?」
そう問われ、よくは分からないが、リオはゾッとした。
なぜか、体が震えてしまう。
「かっ‥‥関係‥‥?‥‥シュイアさんは、捨てられていた私を‥‥助けてくれたんです‥‥」
当然、声も震えてしまって。
「そうか‥‥」
「‥‥かっ‥‥カシルさんは、シュイアさんのお友だ‥‥」
「良かった‥‥」
リオの言葉は、安堵するような声に遮られた。
「えっ」
「やっと会えた‥‥」
カシルはそう言って、小さなリオの体を、なぜか抱き締めた。
(この人‥‥)
リオはまた、何かを感じる。
(さっき腕を掴まれた時も‥‥この前出会った時も思ったけど‥‥シュイアさんと、そっくりだ)
よくは分からないが、リオはそう思った。
「あっ、あの‥‥やっと会えたって、どのくらいシュイアさんと会ってなかったんですか?」
リオは笑顔でそう問いかける。
しかし、その問いに、
「もう、何十年も前だな‥‥すごく、昔だ‥‥」
カシルの瞳がどこか虚ろで、悲し気に光ったのは気のせいであろうか。
「やっと会えた‥‥すごく昔‥‥」
リオはその言葉を自らの口で言ってみた。
『やっと会えましたね、遥か遠い昔のことを思い出します』
夢の中のあの女性の言葉が脳裏を過る。
同じような言葉だと‥‥
シュイアの捜していた存在、カシル。
『やっと会えた』
本当は、この言葉は誰に向けられたものなのか。
そして、この出会いが、少女の人生の始まりでもあった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる