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一章【遠い昔】
1-4 知らない君
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「もうすぐ王国に着く」
日が暮れていく中、シュイアはそう言った。
「ほっ、本当ですか!?」
リオは相当嬉しそうな様子である。
それもそのはずだ。
昼からずっと歩き通しなのだから‥‥
(早く休みたいな‥‥)
そう思うが、口には出さない。
ーーぐいっ‥‥
「!?」
急にシュイアがリオの腕を引き、自分の背後へと回らせた。
「シュイアさん?」
リオはきょとんとしていたが、カチャ‥‥と、シュイアが腰に下げた剣を抜くのを見て、
(魔物!)
と、察する。
辺りは平原ーーどこにも魔物の姿などは見当たらないが‥‥
ゴッーー!!!
「ひっ‥‥!?」
リオは声にならない悲鳴をあげた。
地面の中から砂と石で出来たような、人間なんかより遥かに大きな魔物。
目は宝石で出来ているかのように輝いてはいるが決して魔物自体が美しいわけではない。
ブンッーー!
シュイアは瞬時にその場から消え、魔物の足元に一撃を加える。
ーーガキンッ!
だが、体のほとんどが石で出来た魔物だ。
剣などでは相手にダメージを与えることなど難しい。
(シュイアさんが‥‥歯が立たない!?)
リオは焦った。
こんな時、自分はいつも見ているだけで。
幾度、この幼き少女は力を求めたであろうか。
シュイアは魔物の攻撃を余裕でかわすのだが、相手に一撃をくらわすことすら出来ないでいた。
だが、それでもシュイアは顔色ひとつ崩さない。
何か策でもあるのだろうか?
『‥‥』
すると、聞き取れないが、シュイアが何かを呟いた気がした。
ーーズガガガガガガガガッ!!
一体、何が起きたのか。
突如、砂と石とで出来た魔物の姿が崩れさったではないか。
「えっ‥‥えっ!?」
リオは一瞬の出来事に呆然とした。
魔物は一瞬にして、ただの砂と石に成り果て、地面と同化したのだ。
その場には、ただ静かにシュイアが立つのみである。
「リオ」
不意にシュイアがリオを呼んで、
「はっ、はい!?」
リオは驚いて全身を揺らした。
「今の、見たか?」
シュイアはそう聞いてくる。
『そっ‥‥そりゃあ見ましたよ!』
リオはそう言いたくなったが、まだ頭が混乱していた。
「えっ‥‥えっと‥‥」
今の、魔物が一瞬で崩れさった現象ーーシュイアが何かしたのだろうか‥‥
それ以外、少女には考えられないが‥‥
「言い忘れていたな。この六年、お前の前では使わないことにしていたのだが」
シュイアが話を始める。
「魔術、魔法ーーそう呼ばれる力がこの世界にはある」
「まじゅつ‥‥まほう?」
リオは初めて聞く言葉に首を傾げた。
「私が呟いた言葉は聞こえたか?」
「あっ、そういえばシュイアさん、戦いの最中に何か言っていましたね。聞きとれはしませんでしたが‥‥」
「魔術を放つための呪文だ」
「じゅも‥‥ん?」
リオはまだ、いまいち話が飲み込めない。
「呪文とは‥‥そうだな、見ていろ」
そう言うと、シュイアは右手を軽く前に突き出し、
『古の風に望まれし安らぎと生よ』
シュイアがそう呟くと、ビュオッーーと、
「か‥‥風!?」
いきなり、激しい風が辺りに吹き荒れた。
「これは風の初級魔術だ。魔術には属性がある。火・風・水・雷・土・光・闇‥‥だな」
「ぞくせー‥‥」
リオは呟く。
「そして、言い伝えなのだが、生まれるはずのない属性の魔術がこの世界にはあるらしい」
「生まれるはずのない魔術?」
リオはますます頭がこんがらがってきた。
「どの属性にも属さない。そんな魔術があるらしい。ただの言い伝えだがな」
シュイアの話を聞いたリオは何かを考え、
「シュイアさん!わっ‥‥私にも魔術は使えますか?使い方って、どうすれば?」
思いがけないリオの言葉に、シュイアは少々困ったような顔をして、
「リオ、お前には使えないだろう」
彼はそう言う。
「え?どうして?」
「魔術は誰でもかれでも使えるわけではないんだ。普通、人は魔術など使えるはずがない」
「え?でも、シュイアさんは‥‥」
リオは困惑しながら聞こうとしたが、
「だから俺は‥‥」
何か思い詰めるようなシュイアを見て、これ以上、聞いてはいけないと、頭の中に警告が鳴る。
普段、シュイアは『私』という一人称だが、時折それが『俺』に変わることがある。
大抵、何か思い詰めている時だ。
ーー自分の無知は時折、彼を苦しめているのかもしれない。リオはそう思い、
「シュイアさん!ごめんなさい!魔術のことはもう聞きません!なんとなく理解しましたから」
リオはにっこりと笑う。
当然、理解などしていないが、シュイアは何も言わなかった。
ただ、リオの頭をクシャクシャと撫でるだけで。
(私に魔術が使えたら良かったのにな。そうすれば私も戦えるのに‥‥)
リオは少しだけ泣きたくなったが、泣いても何も変わらないと思い、真っ直ぐ前だけを見た。
その時ーー、
「やっと会えた‥‥!」
「?!」
いきなりの声に、リオとシュイアは驚く。
「その金の髪‥‥緑色の目‥‥間違いない‥‥」
リオ達の背後に、一人の少女が立っていた。
先程までは、誰もいなかったはずだが‥‥
「わっ、私のこと?」
リオは『金の髪に緑色の目』と言われ、自分のことだと察した。
「ええ!ずっと捜してたの‥‥捜してたわ!」
腰まで伸びる綺麗な黒髪に茶色の瞳。
白い、ドレスにも似たシンプルな服装‥‥
リオより三つほど年上であろうか。
彼女は満面の笑顔でリオを見つめていた。
しかも、どこか頬を赤らめている‥‥ような‥‥
気がしたような‥‥
「さっ‥‥捜してたって‥‥もしかしてあなたは、私の知り合いですか?」
リオは期待した。
自分の失くした記憶の手掛かりがつかめるのではないかと。
「え?私のこと覚えてない?まぁ‥‥昔のことだから忘れちゃったよね‥‥」
黒髪の少女は驚いた顔をした後、少しだけ残念そうな顔をした。
「あの‥‥私、六年前からしか記憶がなくて。その前のことは何も覚えてなくて‥‥」
「そ‥‥そんな!?私はずっとあなたを捜して来たのに!」
「どっ、どうして私を捜してたんですか?」
「あなたは‥‥私のことを助けてくれたから」
「え?私が‥‥?いつ、ですか?」
信じられなかった。
いつも見ているだけの自分が、誰かを助けただなんて‥‥
「あなたは十二年程前に、私を助けてくれたじゃない‥‥」
黒髪の少女は悲しそうに言うが、
「え?」
「は?」
リオとシュイアの声が重なる。
「え?」
二人の反応に、黒髪の少女も疑問の声を出した。
「十二年前って‥‥」
リオが言い、
「この子は今、十二歳なのだが?一応、病院で年齢を調べさせたからな。お前は‥‥なんのことだかは知らないが、赤ん坊に助けられたのか?」
シュイアが呆れながら言うと、
「あかん‥‥ぼう‥‥?えーーっ!!?」
少女の驚きは大きかった。
「嘘‥‥嘘‥‥!あの日、私を助けてくれた彼は‥‥私の王子様は‥‥あなたでしょう?あなたのはずよ!」
「おっ‥‥王子様!?」
「彼?」
リオとシュイアがまたもや同時に言うので、
「え?」
と、黒髪の少女もまた聞き返す。
「王子様って‥‥」
リオはため息を吐き、
「あのだな‥‥この子はこれでも一応、女の子だぞ」
シュイアが言った。
(これでもってなんですか、シュイアさん‥‥)
リオは心の中で悲しく思う。
「えーーーっ!!?」
当然、彼女の驚きはまたも大きかった。
その驚き様を見ながら、
(私って、そんなにも女の子に見えないのかな‥‥)
リオは少し悲しくなってくる。
ーー‥‥それから少し時間が経ち、
「ご、ごめんなさい‥‥」
ようやく冷静になった黒髪の少女が謝った。
「い‥‥いいんですよ」
気にしてませんからと、リオは微笑みかける。
「でも‥‥」
黒髪の少女はリオをじっと見た。
なんだか嫌な予感がする
ーーぺたっ。
「は‥‥?」
リオはぽかんと口を開けた。
黒髪の少女がいきなりリオの胸に手を当ててきたのだ。
「‥‥なるほど」
黒髪の少女はそう言って頷くので、
「‥‥なんです?」
リオは彼女の不可解な行動の意味が読めない。
「あなたは男よ」
いきなり黒髪の少女が真顔でそのようなことを言い出すものだから、リオはただ呆然とするしかなかった。
「胸を触られて『きゃー』の一言もなし!しかも胸がないっ!しかも女の子であろうものが正座ではなくあぐらをかいている‥‥!間違いないわ‥‥やっぱりあなたは男よ!」
自信満々に彼女は言い放つ。
「はぁ‥‥そうですか」
リオはもうどうでもよくなってきた。
「私はハトネだよ」
黒髪の少女がいきなり名乗ってきて、
「え?」
「私の名前だよ。あなたは?あなたの名前は?」
ーー初めてかもしれない。
こうやって、名前を名乗りあうのは。
リオはなんだかむず痒さを感じつつ、
「リオ‥‥です」
「リオ君ね!これからよろしく!」
ハトネは笑顔で言う。
「え?これから‥‥?しかも『君』って」
「やっと見つけたんだもの、これからは私、あなたについていくわ!」
「は‥‥はぁ?!何を勝手に‥‥あなたの人違いです!さっきの話聞いてなかったんですか!?」
ハトネの捜していた相手はリオではなかったというのに、彼女は一体何を考えているのか‥‥
「シュイアさん‥‥」
リオはシュイアに助けを求めるように彼を見つめ、
「夜になってしまったな。王国まではあと数分だ。とりあえず進むぞ。ハトネと言ったか?一緒に来ると言うのならついてこい。こんな所に一人、置いていくわけにもいかないからな」
シュイアはそう言って歩き出した。
「シュイアさん‥‥なんて優しいんでしょう‥‥」
リオはシュイアの優しさに大感激し、
「シュイアさん?シュイアと言うのね、あの人は。シュイアさん!ありがとうございます!ぜひ、一緒に行かせて頂きます!」
ハトネはそう言うと、笑顔でリオの手を引きながら走り出す。
「わわっ!?ハトネさん!あなたの捜してる方と私は別人ですからね!?」
リオは引っ張られながらも釘刺すようにそう言うが、ハトネは聞く耳を持たない。
ハトネはリオの手の温もりを感じ、
(あの日のあなたの手の温もりを、言葉を、私は覚えているから。だから、一人ぼっちだった私に手を差し延べてくれたあなたのことをずっと‥‥捜していたの)
日が暮れていく中、シュイアはそう言った。
「ほっ、本当ですか!?」
リオは相当嬉しそうな様子である。
それもそのはずだ。
昼からずっと歩き通しなのだから‥‥
(早く休みたいな‥‥)
そう思うが、口には出さない。
ーーぐいっ‥‥
「!?」
急にシュイアがリオの腕を引き、自分の背後へと回らせた。
「シュイアさん?」
リオはきょとんとしていたが、カチャ‥‥と、シュイアが腰に下げた剣を抜くのを見て、
(魔物!)
と、察する。
辺りは平原ーーどこにも魔物の姿などは見当たらないが‥‥
ゴッーー!!!
「ひっ‥‥!?」
リオは声にならない悲鳴をあげた。
地面の中から砂と石で出来たような、人間なんかより遥かに大きな魔物。
目は宝石で出来ているかのように輝いてはいるが決して魔物自体が美しいわけではない。
ブンッーー!
シュイアは瞬時にその場から消え、魔物の足元に一撃を加える。
ーーガキンッ!
だが、体のほとんどが石で出来た魔物だ。
剣などでは相手にダメージを与えることなど難しい。
(シュイアさんが‥‥歯が立たない!?)
リオは焦った。
こんな時、自分はいつも見ているだけで。
幾度、この幼き少女は力を求めたであろうか。
シュイアは魔物の攻撃を余裕でかわすのだが、相手に一撃をくらわすことすら出来ないでいた。
だが、それでもシュイアは顔色ひとつ崩さない。
何か策でもあるのだろうか?
『‥‥』
すると、聞き取れないが、シュイアが何かを呟いた気がした。
ーーズガガガガガガガガッ!!
一体、何が起きたのか。
突如、砂と石とで出来た魔物の姿が崩れさったではないか。
「えっ‥‥えっ!?」
リオは一瞬の出来事に呆然とした。
魔物は一瞬にして、ただの砂と石に成り果て、地面と同化したのだ。
その場には、ただ静かにシュイアが立つのみである。
「リオ」
不意にシュイアがリオを呼んで、
「はっ、はい!?」
リオは驚いて全身を揺らした。
「今の、見たか?」
シュイアはそう聞いてくる。
『そっ‥‥そりゃあ見ましたよ!』
リオはそう言いたくなったが、まだ頭が混乱していた。
「えっ‥‥えっと‥‥」
今の、魔物が一瞬で崩れさった現象ーーシュイアが何かしたのだろうか‥‥
それ以外、少女には考えられないが‥‥
「言い忘れていたな。この六年、お前の前では使わないことにしていたのだが」
シュイアが話を始める。
「魔術、魔法ーーそう呼ばれる力がこの世界にはある」
「まじゅつ‥‥まほう?」
リオは初めて聞く言葉に首を傾げた。
「私が呟いた言葉は聞こえたか?」
「あっ、そういえばシュイアさん、戦いの最中に何か言っていましたね。聞きとれはしませんでしたが‥‥」
「魔術を放つための呪文だ」
「じゅも‥‥ん?」
リオはまだ、いまいち話が飲み込めない。
「呪文とは‥‥そうだな、見ていろ」
そう言うと、シュイアは右手を軽く前に突き出し、
『古の風に望まれし安らぎと生よ』
シュイアがそう呟くと、ビュオッーーと、
「か‥‥風!?」
いきなり、激しい風が辺りに吹き荒れた。
「これは風の初級魔術だ。魔術には属性がある。火・風・水・雷・土・光・闇‥‥だな」
「ぞくせー‥‥」
リオは呟く。
「そして、言い伝えなのだが、生まれるはずのない属性の魔術がこの世界にはあるらしい」
「生まれるはずのない魔術?」
リオはますます頭がこんがらがってきた。
「どの属性にも属さない。そんな魔術があるらしい。ただの言い伝えだがな」
シュイアの話を聞いたリオは何かを考え、
「シュイアさん!わっ‥‥私にも魔術は使えますか?使い方って、どうすれば?」
思いがけないリオの言葉に、シュイアは少々困ったような顔をして、
「リオ、お前には使えないだろう」
彼はそう言う。
「え?どうして?」
「魔術は誰でもかれでも使えるわけではないんだ。普通、人は魔術など使えるはずがない」
「え?でも、シュイアさんは‥‥」
リオは困惑しながら聞こうとしたが、
「だから俺は‥‥」
何か思い詰めるようなシュイアを見て、これ以上、聞いてはいけないと、頭の中に警告が鳴る。
普段、シュイアは『私』という一人称だが、時折それが『俺』に変わることがある。
大抵、何か思い詰めている時だ。
ーー自分の無知は時折、彼を苦しめているのかもしれない。リオはそう思い、
「シュイアさん!ごめんなさい!魔術のことはもう聞きません!なんとなく理解しましたから」
リオはにっこりと笑う。
当然、理解などしていないが、シュイアは何も言わなかった。
ただ、リオの頭をクシャクシャと撫でるだけで。
(私に魔術が使えたら良かったのにな。そうすれば私も戦えるのに‥‥)
リオは少しだけ泣きたくなったが、泣いても何も変わらないと思い、真っ直ぐ前だけを見た。
その時ーー、
「やっと会えた‥‥!」
「?!」
いきなりの声に、リオとシュイアは驚く。
「その金の髪‥‥緑色の目‥‥間違いない‥‥」
リオ達の背後に、一人の少女が立っていた。
先程までは、誰もいなかったはずだが‥‥
「わっ、私のこと?」
リオは『金の髪に緑色の目』と言われ、自分のことだと察した。
「ええ!ずっと捜してたの‥‥捜してたわ!」
腰まで伸びる綺麗な黒髪に茶色の瞳。
白い、ドレスにも似たシンプルな服装‥‥
リオより三つほど年上であろうか。
彼女は満面の笑顔でリオを見つめていた。
しかも、どこか頬を赤らめている‥‥ような‥‥
気がしたような‥‥
「さっ‥‥捜してたって‥‥もしかしてあなたは、私の知り合いですか?」
リオは期待した。
自分の失くした記憶の手掛かりがつかめるのではないかと。
「え?私のこと覚えてない?まぁ‥‥昔のことだから忘れちゃったよね‥‥」
黒髪の少女は驚いた顔をした後、少しだけ残念そうな顔をした。
「あの‥‥私、六年前からしか記憶がなくて。その前のことは何も覚えてなくて‥‥」
「そ‥‥そんな!?私はずっとあなたを捜して来たのに!」
「どっ、どうして私を捜してたんですか?」
「あなたは‥‥私のことを助けてくれたから」
「え?私が‥‥?いつ、ですか?」
信じられなかった。
いつも見ているだけの自分が、誰かを助けただなんて‥‥
「あなたは十二年程前に、私を助けてくれたじゃない‥‥」
黒髪の少女は悲しそうに言うが、
「え?」
「は?」
リオとシュイアの声が重なる。
「え?」
二人の反応に、黒髪の少女も疑問の声を出した。
「十二年前って‥‥」
リオが言い、
「この子は今、十二歳なのだが?一応、病院で年齢を調べさせたからな。お前は‥‥なんのことだかは知らないが、赤ん坊に助けられたのか?」
シュイアが呆れながら言うと、
「あかん‥‥ぼう‥‥?えーーっ!!?」
少女の驚きは大きかった。
「嘘‥‥嘘‥‥!あの日、私を助けてくれた彼は‥‥私の王子様は‥‥あなたでしょう?あなたのはずよ!」
「おっ‥‥王子様!?」
「彼?」
リオとシュイアがまたもや同時に言うので、
「え?」
と、黒髪の少女もまた聞き返す。
「王子様って‥‥」
リオはため息を吐き、
「あのだな‥‥この子はこれでも一応、女の子だぞ」
シュイアが言った。
(これでもってなんですか、シュイアさん‥‥)
リオは心の中で悲しく思う。
「えーーーっ!!?」
当然、彼女の驚きはまたも大きかった。
その驚き様を見ながら、
(私って、そんなにも女の子に見えないのかな‥‥)
リオは少し悲しくなってくる。
ーー‥‥それから少し時間が経ち、
「ご、ごめんなさい‥‥」
ようやく冷静になった黒髪の少女が謝った。
「い‥‥いいんですよ」
気にしてませんからと、リオは微笑みかける。
「でも‥‥」
黒髪の少女はリオをじっと見た。
なんだか嫌な予感がする
ーーぺたっ。
「は‥‥?」
リオはぽかんと口を開けた。
黒髪の少女がいきなりリオの胸に手を当ててきたのだ。
「‥‥なるほど」
黒髪の少女はそう言って頷くので、
「‥‥なんです?」
リオは彼女の不可解な行動の意味が読めない。
「あなたは男よ」
いきなり黒髪の少女が真顔でそのようなことを言い出すものだから、リオはただ呆然とするしかなかった。
「胸を触られて『きゃー』の一言もなし!しかも胸がないっ!しかも女の子であろうものが正座ではなくあぐらをかいている‥‥!間違いないわ‥‥やっぱりあなたは男よ!」
自信満々に彼女は言い放つ。
「はぁ‥‥そうですか」
リオはもうどうでもよくなってきた。
「私はハトネだよ」
黒髪の少女がいきなり名乗ってきて、
「え?」
「私の名前だよ。あなたは?あなたの名前は?」
ーー初めてかもしれない。
こうやって、名前を名乗りあうのは。
リオはなんだかむず痒さを感じつつ、
「リオ‥‥です」
「リオ君ね!これからよろしく!」
ハトネは笑顔で言う。
「え?これから‥‥?しかも『君』って」
「やっと見つけたんだもの、これからは私、あなたについていくわ!」
「は‥‥はぁ?!何を勝手に‥‥あなたの人違いです!さっきの話聞いてなかったんですか!?」
ハトネの捜していた相手はリオではなかったというのに、彼女は一体何を考えているのか‥‥
「シュイアさん‥‥」
リオはシュイアに助けを求めるように彼を見つめ、
「夜になってしまったな。王国まではあと数分だ。とりあえず進むぞ。ハトネと言ったか?一緒に来ると言うのならついてこい。こんな所に一人、置いていくわけにもいかないからな」
シュイアはそう言って歩き出した。
「シュイアさん‥‥なんて優しいんでしょう‥‥」
リオはシュイアの優しさに大感激し、
「シュイアさん?シュイアと言うのね、あの人は。シュイアさん!ありがとうございます!ぜひ、一緒に行かせて頂きます!」
ハトネはそう言うと、笑顔でリオの手を引きながら走り出す。
「わわっ!?ハトネさん!あなたの捜してる方と私は別人ですからね!?」
リオは引っ張られながらも釘刺すようにそう言うが、ハトネは聞く耳を持たない。
ハトネはリオの手の温もりを感じ、
(あの日のあなたの手の温もりを、言葉を、私は覚えているから。だから、一人ぼっちだった私に手を差し延べてくれたあなたのことをずっと‥‥捜していたの)
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