The hero is dead ~復讐と魔女と果ての世界~

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第三章【破滅へと至る者】

3―17 Side→英雄がいた!

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歴史書には【第一の歴史】から【第四の歴史】という形で、過去の時代が書き記されている。それを記したのは、レイル王だ。
しかし、当然ながらそれが全てではない。

当時を生きたレイル王は、今を生きる人々に全てを伝えることはしなかった。

「過去に起きた全ては、当事者である我らが墓場まで持って行こう。今を生きる人々は、王が治める世界の下、新たなる平和を築いてほしい」

彼の意思を汲み、歴史にはかつての英雄達の名前や、何が起きたのかは断片的にしか残されていない。

「今から私が話すのは、レイル王達が遺さなかった、英雄がいたと言われる時代の話です。そして、私が人の身で生きていた時代‥‥」

静かな口調で、ネクロマンサーの末裔は物語を口にし始めた。


ーー世界に最初に生まれた存在は人間。
死者を葬る概念のなかった時代で、知識や力をつけていった人間は、死者の体で様々な実験を行っていた。

死者の体や魂を実験台にするネクロマンサーと呼ばれる者達。

そして、死んだ者を再生したり、不死の身体を与える禁忌の術を使う生命術師。

その二つの存在が、やがて天使や魔族を生み出した。

三種の種族は同じ大地にそれぞれの国を築く。
人間界、天界、魔界。
彼らは協力して平和に過ごしていたが、人間の一生は短く、天使と魔族の一生は長かった。
長くて千年を生きる天使と魔族は日に日に力をつけ、彼らは魔術を難なく使い出した。

天使と魔族は自分達を生み出した人間を劣る存在として見始める。

それが、争いの発端だ。

最初に、長くを生きる天使と魔族ーーその両者が対立を始めた。

どちらが世界を統治するのに相応しいか、と。

天使と魔族の強大な力に人間は太刀打ちできず、天使に降る者、魔族に降る者、再び実験を始めた者ーー‥‥もう、種族間の協力すらなくなってしまった。

天使と魔族に降らず実験を始めた人間ーーそれはやはり、ネクロマンサーと生命術士達。

争いが激しくなった頃、一人の人間の男が両親に売られた。彼は、モルモットにされたのだ。
争いの日々の中、魔族にも天使にも属さず、自ら書物で魔術を学び、何にも縛られず、たった一人で生きていた、有能な男だった。

彼はネクロマンサーにより、数多の薬を投薬され、死者の肉の塊を喰わされ、体を引き裂かれ、心臓を抉り出され‥‥
そして、生命術師により、不老不死の身とされた。天使と魔族に対抗できる人間を造る為に。

彼は恨んだ。
人間は自分達が助かる為に、彼を天使と魔族を退ける為の道具に造り替えたのだから。

同時に、天使と魔族の血肉で造られた剣が完成した。決して、人間を傷付けることは出来ず、天使と魔族にだけ効果をもたらす剣。
そして、天使と魔族の翼や魂をない交ぜにし、空間すら切り裂くことが出来る剣。

その剣を使い、天使と魔族を退け、空間を裂き、人間の安息の地を築けと生命術師やネクロマンサーは彼に命じた。

しかし、彼はそんなものを叶えるつもりはない。むしろ、全てを憎悪したからだ。
だが、そんな彼の耳に、母親の‥‥弱々しく懇願する声が聞こえてくる。彼ーー息子を売った母。その母を人質にとられていた。

彼の両親は息子の能力を売り、あとはもう、世界が救われることを夢見ていたのだろう。
けれど、彼が従わないと危惧した生命術師とネクロマンサーは、このような策を用意していた。

彼の眼前には、父親の頭が転がっていたのだ。

彼は実験の最中、自分を売った両親を恨んでいた。だがそれでも、両親だった。無惨に殺された父。弱々しい母の姿。‥‥彼は、抗えなかった。

そうして、彼は空間を切り裂く剣を持ち、英雄に仕立て上げられた。


だが、人間は、更に愚かだった。
英雄として造り上げた彼が裏切った時の為に、もう一人予備を用意することにしたのだ。

魔族か天使に殺され掛け、ギリギリ生きている状態の、何の才も無い若い人間の男。
彼の体を引き裂き、腕や足を切り、胸を裂き、中身を取り出し、目を抉りーー彼に天使と魔族の四肢や臓器を移し‥‥

そこまでされたのに。

最初に造り上げた英雄の男は全てに勝利した。

彼は、全てを嘆き、恨み、苦しみ、罪の意識に苛まれながらも、世界を分断したのだ。

天界は空へ。魔界は地底へ。人間界はそのままで。

予備として実験台にされた男の出番は、一度も訪れなかった。そんな予備の男が自身を実験台にした人々に復讐をすると思い、ネクロマンサー達は彼を封印した。

その男の名前は、テンマ。
天魔歴という歴史の名の存在。
孤独な運命を持った男の名前である。

そして、彼。世界を分断した、英雄と呼ばれた男ーーリョウタロウ。
彼は、自分のしたことに苦悩した。愚かな人間の願いを叶え、魔族と天使に絶望を与えたのだから‥‥


世界が分断されて数十年。
生命術士により、予備の男ーーテンマの中から抜かれた魂の一部、【良心】の部分が銅鉱山の奥深くに封印されていた。
魔族や天使と戦うことに躊躇いを抱いていたリョウタロウの姿に人間は不安を抱き、予備であるテンマからは良心という感情の一部を抜き取っていたのだ。

とある日、リョウタロウの元に占術士の末裔である女性が現れた。
占術士の遺伝子にはかつての時代の記憶が流れている。彼女は物心ついた時からリョウタロウの姿を記憶の中でずっと知っており、いつしか記憶の中の彼に恋をしていた。

不老不死となったリョウタロウは人里から離れ、銅鉱山で亡霊のように一人生きていた。だから、頻繁に訪れるようになった彼女を邪険にしていたが、いつしか彼女の愛に、死んでいたはずの心は溶かされていった。

占術士の末裔である彼女と過ごす内に、リョウタロウはゆっくりと、自分の罪に向き合い始める。
彼は、会ったこともない自分の予備として造られたテンマを憐れんだ。
彼女も、何十年も暗い暗い、陽の光さえ届かない銅鉱山の地下深くに置き去りにされていた【良心】を憐れみ‥‥

二人は銅鉱山内に残されたかつての実験場を使い、魔族や天使の細胞、臓器が細かく染み込んである装置に自分達の血を流し、テンマの魂の一部‥‥【良心】をそこに入れた。

数十年後、その魂は、人の形となる。テンマとは別の、新たなる生命だ。

その新たなる生命は、人の子となり、過去の時代にも関わっていき、皮肉にも、英雄の剣を手にする運命となる。そして、その子はーー少年は、百年も昔にリョウタロウが分断した大地を一つに戻したのだ。

しかし、封印されていたテンマは百年かけて少しずつ封印を解いていった。そうして封印を破り、全てへの復讐を始めた。

テンマと、彼の良心の部分である少年。二人は知らず知らずの内に惹かれ合い、対峙し‥‥

英雄リョウタロウの魂もようやく眠りに就いた。

良心である少年は、魔剣使いである英雄ネヴェルや、聖剣の所有者であるミルダの娘、ハルミナ達と共に戦い、自らを犠牲にして世界を、テンマを救った。
少年の魂は、テンマの中に還ったのだ。


「テンマさんは人間に全てを奪われた。彼は両目すら抉り出され、彼の左目は英雄ハルミナの父であるミルダのものを移植されたのです。そしてその目こそが‥‥エクスに与えたものなのです」

シーカーはそう話し、

「その目には恐らく、ミルダの幸せだった頃の日々、人間に目を奪われる瞬間までの苦痛も宿っているでしょう。そして、テンマさんの憎悪も。しかし‥‥テンマさんの中に還ってしまった良心の少年を愛した魔族の少女がいました。その少女は、英雄ネヴェルの実の娘です。そして彼女の母親は、テンマさんによって殺されていました。しかし少女は‥‥母を、愛した少年を奪ったテンマさんを、最期まで見守り続けました。テンマさんを愛し、見守り、光へと導く笑顔を与えました。だからこそ、エクスの目にはその少女の希望が宿っているのです‥‥」

シーカーはそこまで言い、話し疲れたのか、一息つく。

「そのテンマって人、歴史書の【第二の歴史】と【第四の歴史】に出て来た、世界を壊そうとした人ですのよね?確か歴史書には、ネクロマンサーと、人間を憎み続けた天使の女が予備と呼ばれた男に手を貸したーーってあったけど、そのネクロマンサーが、眼鏡様?」

ウェザの言葉にシーカーは頷き、

「そして、人間を憎み続けた天使の女というのが、英雄ハルミナの母親です。彼女は‥‥夫であるミルダの片眼が奪われた瞬間、壊れてしまいました」
「ふーん‥‥複雑ね。でも、どうしてその魔族の少女とやらはテンマを愛したわけ?理由はどうあれ、さすがに理解できないわ」

ルヴィリの言葉にシーカーは薄く微笑み、

「テンマさんの良心から生まれた少年の名は、ジロウと言います。英雄リョウタロウと‥‥占術士レーツの、二人の血と実験で生まれた息子と言ってもいいでしょう。そして、私もリョウタロウさんとレーツさんに面倒を見てもらった身です。ですからある意味、ジロウは私にとって弟だったのかもしれません。ジロウは自分がリョウタロウさんとレーツさんの息子であること、テンマさんの良心であることを知らないまま、消滅しました‥‥」

何も知らないまま消えてしまい、他の誰にも会えないまま、テンマだけがジロウの最期を知っているのだ、と。

「ジロウは魔族の少女と約束をしていたのです。‘どんな形であれ、必ず帰って来る。テンマも絶対連れて帰る’と。少女はジロウの意思を汲み取り、‘テンマのことを憎まず受け入れてほしい’‥‥ジロウのその願いを笑顔で受け止め、行ってらっしゃいと。それが、ジロウと少女の最後の会話でした。しかし、帰って来たのはテンマさんただ一人。多くの罪を犯し、ジロウを喪った彼は生きることを拒み、眠り続けました。彼が目覚めたのは、戦いが終わった数十年先でした。魔族の少女は眠り続ける彼の目覚めを待ち続け、その憎しみや悲しみは‥‥無償の愛となりました」
「無償の‥‥愛」

そんなものがあるのかと、ノルマルは目を細めた。

「あたくし、おばあ様達から何度も聞かされていたの。人間の少年が、魔族や天使に希望を与えたって。詳しい話は知らないし、名前も教えてくれなかったわ。でも、彼は紛れもない英雄だったって。もしかしてそれが‥‥その、ジロウって人なの?」

ごくりと息を呑み、期待するような目でウェザがシーカーに聞けば、

「ええ‥‥そうですね。ジロウのことです。ただ、英雄の剣を持つだけの、戦う力を持たなかった少年。彼の言葉に、多くの人が動かされました」

その姿は、彼の選んだ道や生き様は、英雄と呼ぶに相応しいでしょうーーそう言いながらシーカーは視線を床に落とし、

「そして‥‥ここから先が重要です。私にはテンマさん‥‥そして魔族の少女との約束があります。本来なら、人間である私はとっくに死んでいますが、生命術士が残した研究資料で不老の肉体を手に入れています」
「その‥‥鉄の、機械みたいな肉体ですか?」

アリアが聞けば、

「これはまた別ですが、後で説明します。さて、テンマさんとの約束ですが‥‥彼は自分の死後、ミルダから奪った金の目を回収してほしいと願ったのです。この目には、悲しみが多く詰まっている。しかし、今は‥‥大切な女性の光で溢れていると。もし、かつての自分のように何かを奪われ、何かを憎み、絶望した者がいれば、この目を与えてほしいと‥‥だから、両目を抉られ、全てに絶望していたエクスに与えました」
「同じように理不尽に両目を奪われた存在‥‥ね」

ルヴィリは頷き、

「はい。さて‥‥魔族の少女との約束を話す前に、ノルマルさんの話を聞いた方が繋がるかもしれません」

と、シーカーはノルマルに視線を移す。

「彼女は歴史書の【第三の歴史】‥‥リョウタロウさんによって分断された三つの大地ではなく、その欠片、もう一つの大地の世界の住人であり、その中に出てくる魔女その人なのです」
「のっ、ノルマルさんが‥‥?」

それを聞いたアリアは驚くように彼女を見た。確かに、彼女は自分は魔女だと称していたが‥‥
一同の視線を浴びたノルマルは静かに目を閉じ、

「そうーーあたしは魔女と呼ばれた女。かつてシャイと呼ばれ、アブノーマルと呼ばれた存在よ」

正直、一同はシーカーの話もまだ理解が追い付いていない部分がある。それなのに、今度は魔女の世界の話だなんて‥‥
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