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第一章【王殺し】

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風の噂で聞いた。

王殺しの第一王子、ウィシェ・ロンギングが実は生きていて逃亡中。近い内に賞金首になると。

なんて滑稽な話だ。

それはもはや光には程遠く、どちらかと言えば、そこにあるのは『混沌』だ。

そう考えながら、彼女はため息を吐く。
一体、何が動いているのだろうかーーと。

「ぶふっ!!!!!!」

顔面に強い衝撃と、激しい冷たさがぶつかる。

「わっ!!ノルマルねーちゃん、ごめーん!」

なんて声がして、黒いマフラーを巻いた赤髪の少年が慌てながらこちらに駆けて来た。どうやら雪合戦をしていたようで、投げた雪がノルマルの顔面に直撃したようだ。

「チビ野郎!ノルマル姉になんてことしてんだよ!」

次に、ピンクのスカートを履いた、金髪の少女が走って来て、赤髪の少年の頭を叩いた。

「痛いっ!謝ったからいーだろ!?この男女!」
「なんだと!?」
「はいはい。シイナにリグレット。あたしは大丈夫だから喧嘩しないの」

ノルマルは二人の前へ行き、優しく頭を撫でてやる。それでも二人は口喧嘩を続けていた。ノルマルは苦笑し、村の広場へと視線を向ける。

「オウル‥‥今日も元気ないのね」

そう言うと、

「うん。オウルにーちゃんの父ちゃんが連れ去られてから毎日あんな感じ」

赤髪の少年ーーシイナが困ったように言った。金髪の少女ーーリグレットはノルマルを見上げ、

「ノルマル姉、なんとかならないかな。わたし達の父さんも‥‥」
「うん‥‥村の外に出て、色々考えてる。でも、絶対に連れ去られた人達を助けに行くわ。皆、あたしの大事な家族だもの」

悔しげに歯を軋め、ノルマルは決意を固める。

「ノルマル。先日は情けない姿を見せてしまったが、君の決意を、力を貸してくれないだろうか」
「?」

急に掛けられた声に、ノルマルは振り向いた。そこには先日見限った、第一王子の姿があった。


昼間だというのに、村の中は子供数名が駆け回っているだけで、大人の姿は見えない。
エクスはノルマルと二人で話したいと言い、シーカーとレンジロウは席を外した。

雪が降る中、二人は広場のベンチに並んで座る。

「言っただろう?一ヶ月前、ルヴィリとマータが食料と成人男性を根こそぎ奪ったって。あの日から、皆こわがって、家の中からあまり出なくなった」
「そうか‥‥昨日、イーストタウン地方でその二人に会った。ドラゴンを狩っていたよ」
「ドラゴンを!?何をする気やら‥‥」
「ヨミとリダと戦い、パンプキンとマジャにも対峙した」

それを聞き、ノルマルは目を丸くした。

「たった数日で、シックスギア全員に会ったの?あんな光景に吐いてた王子がよく無事だったね」
「ああ。この目で今の情勢を見て、先人や父が守って来た世界を取り戻したいと思った」

レンジロウが協力してくれること、最高の治癒術者の子孫、ウェザに協力を要請していることをエクスは話す。

「なるほどね。ちょっとでも、動き出したってところか」
「ああ。君が言ったように、俺は温室育ちの王子だ。今は、自分の中で王子は死んだままにしている。だが、必ず国を取り戻す」
「‥‥」

雪合戦を続けるシイナとリグレットはレンジロウを的に選び、彼の鎧に雪を投げつけていた。ノルマルは黙り、ぼんやりと光景を見ている。

「あの二人、君を姉と呼んでいたが、兄弟か?」
「違うよ。二人がもっと小さい頃から遊んであげてたから、そう呼ばれてるだけーーでも」

ノルマルは俯き、

「あたしにとって、大事な人達。ずっとずっと‥‥遠い昔から。やっと巡り会えた、大事な人達」
「?」
「だから、彼らの平和を取り戻さなきゃならない。平和だった日々を崩した奴らを、あたしは赦さない」

そう力強く言って、ザンッーー!と、靴で雪を蹴った。彼女は俯いたまま、

「あんたには期待してないよ。でも、やれるってんならやってほしい。あたし一人じゃ無理だから。戴冠式の日に、あんたの妹だけじゃなく、連れ去られた人達を一緒に助けてほしい」
「‥‥」

誰も、自分には期待していない。当たり前だ。強大な力に立ち向かえるわけがない。けれど、勇気を持つことは出来る。エクスは俯くノルマルの右手を握ってやり、静かに言った。

「一緒に助けに行こう」


◆◆◆◆

「エクス、朗報ですよ」

ノルマルと話を終えた彼に、シーカーが駆け寄りながら言う。

「かつての剣から作られた武器、確かにこの村にありました。教会です。ついて来て下さい」
「ああ。レンジロウ!」

子供二人に雪合戦の的にされているレンジロウに声を掛けるが、

「ひいぃぃぃぃぃ、もう勘弁して下さいであります!鎧が錆びてしまいます!」
「シイナ!リグレット!いい加減にしなさい!」

ノルマルが怒鳴ると、二人は雪を投げる手を止めた。

「全く‥‥エクス、あたしも教会に行くわ。協力する以上、確認したいし」
「ああ」

そう言って、四人で教会に向かう。
中に入ると、高齢の天使の神父が迎え入れてくれた。

「話は伺いました。ウィシェ王子でいらっしゃいますね?どうぞこちらへ」

神父はそう言い、教会の奥にある部屋に四人を案内する。その部屋には、まるで十字架のように壁に貼り付けられた一本の剣があった。
なんの変哲もない、銀色の刃を持った剣のように見える。

「七百年程前にこの近くの大地で発掘されましてな。おびただしい魔力を放つ欠片でした。かつて、一代目の王ーーレイル様に仕えた魔族、ネヴェル様に確認したところ、ネヴェル様が所有していた魔剣の欠片だとわかりました」
「七百年も前から?」

シーカーが聞くと、

「はい。ネヴェル様に託されたのです。この欠片で剣を打ち、保管し続けてくれと。誰にもわからないよう、普通の剣の見た目で作られました。ネヴェル様やかつての英雄様達が亡くなられた後、もし、再び世界が脅かされるようなことがあれば、この剣で世界を救える者に託してほしいと‥‥私が神父に成り立ての若き日、あれから七百年。ずっと守り続けて来ました」

神父はそう言い、エクスを見つめる。

「それが、今やもしれませんね‥‥ネヴェル様の願いが宿った魔剣‥‥それを、人間の王子であるあなた様に託す」
「‥‥俺でいいのか?俺は、力なき弱い人間だ」

神父は微笑み、壁に貼り付けた剣を取り上げた。

「ネヴェル様は言っておられました。かつて、英雄の剣を手にした二度目の人間は、力もないただの馬鹿だったと」
「‥‥馬鹿?」
「ですが、誰よりも強い思いを持ち、他人の為に叫び、涙を流した心優しき者だったと。人の強さは力だけではないと、その人間は示したのです」

そう言って、エクスに剣を差し出し、

「力に囚われてはなりません。強さだけが力だとすれば、今、世界を脅かす者達と何も変わりません。この剣の使い方、そして、あなた様の意思が正しき道に向かいますよう、祈りを捧げます」
「‥‥」

エクスは差し出された剣を受け取る。
神父の言う通り、確かに力に固執してしまっていたかもしれない。

「ありがとう。この剣のかつての所有者の願いの為にも、誤った道に進まぬよう、正しく使わせてもらう」
「‥‥ほほ。真面目な方でございますな。今のあなた様は王子ではないのでしょう?少しは肩の力を抜いてもいいと思いますぞ?」
「これでも多少は抜いているつもりなんだがな」

と、エクスは苦笑した。
魔剣を手にし、四人は教会を後にする。

「しかし、歴史に名を残さなかった者の名前を知ることになったな。魔剣の所有者、ネヴェルか。それに、英雄の剣の所有者は二人目と言っていたか‥‥」

マシュマロの両親やウェザの祖父母、今回の話。エクスは興味を惹かれた。

「いやはや、ノルマル殿といいましたか?申し遅れました。自分はレンジロウと言います。色々あって国から理不尽に解雇されましたが、今はエクス殿に雇ってもらっているであります!レイリルに十五歳になる一人娘がいましてなぁ!」

レンジロウはそう言い、懐から娘であるイノリの写真を取り出した。ノルマルは引き気味であったが、写真に写った少女の姿に目を細める。

「そう‥‥あたしはノルマル。一般市民のかわいい魔女様よ」
「???」

そう名乗ったノルマルに、レンジロウは頭の上いっぱいにクエスチョンマークを浮かべた。

「とりあえず、この剣を扱えるようにしないとな」
「自分も装備を新調したいであります。子供達に雪を投げられて心配であります‥‥」
「アリアさんを見習って、数日資金を稼ぎながら魔物討伐の依頼を受けるのはどうでしょう?お金も稼げて鍛練にもなります。私も多少は戦えるようにしましょうかね」

シーカーの提案にエクスとレンジロウは頷く。

「えーっ?あたしは嫌よ。魔物討伐なんてめんどくさいし!」
「女の子にそんなことは頼まないさ」
「‥‥」

そう言ったエクスをノルマルは半目で見た。

「えっ、エクス殿はやはり天然でありますな」
「天然タラシというやつですね」

レンジロウとシーカーはひそひそと話す。

成果が出るかはわからない。だが、四人は戴冠式の日に向けて、力をつけることにした。

「ノルマル」

すると、銀の髪に青いマフラーを巻いた少年がノルマルの前までやって来て、ノルマルはささっと乱れた髪の毛を整える。

「あっ、あら!オウル。どうしたのかしら?」

先程までのやる気なさげな声と打って代わり、かわいらしい声を出すノルマルをエクス達は怪訝そうに見た。

「シイナ達から聞いたんだ。君がまた外に出て、父さん達を助ける手段を考えようとしてるって。そんなの、危険だよ!僕もついて行きたいけど、憔悴した母さんを置いてはいけないし‥‥」
「おっ、おほほ!大丈夫よ!ほらっ、傭兵さん方を雇ったの」

なんて、ノルマルはエクス達を指す。
しかし、フードを被った少年、今や荒れ果てた国の鎧を着た男、ニヤニヤした眼鏡の男‥‥オウルはそんな彼らを訝しげに見つめ、

「傭兵‥‥?怪しくないかい?」
「だっ、大丈夫!知り合いの紹介だから。ほらっ、隣街のマシュマロお婆さんの」
「マシュマロさんの紹介か。それなら大丈夫だね」

それにはオウルは納得したが、

「でも、それでもやっぱり危ないよ。君は僕の大事な妹なんだから」
「ご兄妹なのですか?」

レンジロウが聞くと、

「あっ、いえ。僕、小さい頃にここに引っ越して来て、その頃からずっと彼女と家族みたいに過ごしたんです。だから、妹みたいな存在で」

オウルは照れ臭そうに笑う。

「妹か‥‥それならば、心配になるのは仕方ないな。安心してほしい。彼女は必ず無事にここに帰すよ」

妹であるソートゥを思いながら、エクスは言った。オウルはお願いしますと頭を下げ、ノルマルに無茶はしないでほしいと話し、村の中へと戻った。
それを見送り、ノルマルは大きく息を吐く。

「良い兄貴分だな」

エクスが言うと、ノルマルは不満そうに鼻を鳴らし、

「その様子だと、ノルマルさんは彼のことがお好きなのですね?」
「なるほど!しかし、彼はノルマル殿を完全に妹としか‥‥」

シーカーとレンジロウがそんなことを言うので、

「うっさいわね!あたしと彼には運命があるの!とおーーーーーい昔から、運命で結ばれてるの!」
「おっ、重い愛だな‥‥」

思わずエクスは呆れてしまった。しばらくノルマルはやいやいと言っていたが、四人はハルミナの街に戻り、ギルド商店に向かう。

戴冠式まで二ヶ月を切った。日が近づけば、戴冠式に関する新たな情報も出てくるだろう。
生きているのならばーー‥‥今この時も辛い環境にいるであろう妹を思うと焦りが出てしまう。
かつて、魔剣だったというものを見つめ、先人の思いを感じ、エクスは前へと進んだ。

「シーカー殿、どうしました?」

無意識に。シーカーはため息を吐いていたようだ。レンジロウに聞かれたが、なんでもないと微笑む。

(さてーー彼女の存在はエクスに害を為すのかどうか‥‥やれやれ。無事に事が進めばいいですね)
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