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第一章【王殺し】
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夜が明ける時刻だろうか。
ノースタウン地方へ向かう三人には、ちゃんとした時刻の判断はつかない。空は灰がかり、まだ暗い。
北へ行くほど、雪が降りだした。
「うう‥‥寒いですな。ここいらは昔、天使だけが暮らす場所で、しょっちゅう雪が降ると言い伝えがありますが、本当に季節関係なく雪が降りますものな」
レンジロウが体を震わす度、彼が装着している鎧がガチャガチャと音を鳴らす。
「しかし、想像がつきませんな。我々は種族関係なく共に暮らしていますから、昔は種族間の戦争があったとか、この大地が空や地底にバラバラにあったとか‥‥」
「そうだな。今じゃ、それが事実なのか、ただのお伽噺なのかもよくわからないしな」
レンジロウの言葉に、エクスも頷いた。
「昔は英雄がいたとも言われているが、その英雄とやらの名前も、歴史には残っていないし‥‥」
かつて、この世界には人間の英雄がいたと言われている。英雄の剣を持ち、世界を分断して争いを終結させたと。
しかし、その名は歴史には残されていなかった。ただ、英雄の剣と言われる剣の造形は語り継がれており、ロンギング国のシンボルマークとされている。
「ふふ。英雄なんて、最初から存在しなかったのでしょうね」
と、シーカーは笑い、
「歴史書にも書いてあるように、【英雄とは、その行いを自らの救いだと捉える傍観者が決めるもの】なのでしょう」
「英雄なんて存在しない、か‥‥そうだな。そんなものが本当に存在し続けたなら、世界がこんな風になることはなかったんだろうな」
エクスはため息を吐いた。吐く息は白く、静かに溶けていく。
「今から行くハルミナの街の名前も、大昔の英雄の友人の名前からとったものと言われていますな!」
「ええ‥‥ハルミナという天使の少女。天使の寿命を生きることはなく、天使にしては早すぎる死を遂げたと言われていますね。ああ、ちょうど見えてきました」
シーカーは前方を見つめる。雪に覆われた大地に、暖かい光が見えてきた。街の灯火だ。
ーー街に入ると、レンジロウはギルド商店に向かった。
エクスはシーカーに案内されるがまま、酒場に入る。
情報収集は酒場からと言い、二人は空いている席についた。レイリルの町の酒場と違い、この街の酒場は昼間から賑わっていた。
酒場内では下らない談笑騒ぎが起きているが、中にはロンギング国の話や、シックスギア、ここ最近の治安の話題も聞こえてくる。
しかし、特に目新しい話題は聞こえてこない。
「おや、スケルじゃないか。久しいね」
すると、老婆がエクス達のテーブルに声を掛けて来た。だが、エクスは疑問気に天使の老婆を見る。スケルなんて名前は知らないからだ。
すると、シーカーが咳払いをし、
「今は、シーカーという名前です、マシュマロ」
なんて言って、エクスは不思議そうな顔をする。
「そちらは?」
マシュマロと呼ばれた老婆がエクスを見れば、
「私の息子です」
「という設定かい?」
シーカーの言葉の後、老婆はすぐにそう返した。シーカーはやれやれと肩を竦め、
「今日は貴女含め、英雄に縁のある方々に会いに来たんですよ」
「ここ半年の、世界の変わり様についてだね?」
「話が早い」
シーカーは席を立ち、マシュマロの家で話がしたいと言った。老婆は頷き、三人で酒場を出る。エクスはまだ、状況が見えない。
一軒の家に案内され、エクスとシーカーはソファーへと促された。家の中にはやたら、写真が飾ってある。
「マシュマロ。単刀直入に言います。彼はエクス。本名はウィシェ・ロンギングです」
「ーー!第一王子様かい?しかし、彼は王殺しの罪で処刑され‥‥だが、実は逃亡していたと聞いたが‥‥」
「全てが嘘ですよ、そんなもの」
「‥‥そうかい。やはり、ね」
マシュマロはエクスをじっと見つめ、
「何か裏があると思っていたんだよ。仲の良い親子と評判だったからね。ウィシェ王子が両親を殺すなんて有り得ないと思っていたよ。ウィシェ王子。遠路はるばるこの様な場所まで‥‥片付いていない部屋で申し訳ない」
老婆は立ち上がり、改めて彼に会釈をした。しかし、エクスは右手を前に出し、
「今の俺はもう王子ではない。エクスという名のただの男だ。普通に接してくれ」
そう言い、深く被っているフードを外す。王子の変わり果てた容姿にマシュマロは驚いたが、静かに彼を見つめる。
「あなたは英雄に縁のある者とシーカーは言ったが‥‥」
「ええ‥‥」
マシュマロは壁に掛けられた一枚の写真を見つめる。そこには二人の天使の男女が映っていた。
「三百年以上も前に亡くなったが、私の父はマグロ、母はマシュリと言って‥‥大昔の争いに関わった人物なんだ。この街の名前である、ハルミナさんとも友人だったんだよ。私も幼い頃、ハルミナさんに会ったことがあるそうだが‥‥あまり覚えていなくてね。でも、ハルミナさんの父が、私の母の後見人で、私もハルミナさんの父にはよくお世話になったし、両親からたくさん、ハルミナさんという、英雄の話も聞かされてね‥‥」
マシュマロは目を細め、懐かしそうに話をする。
「父によく言われたんだ。正義と悪を履き違えてはいけない、自分は一度履き違え、道を誤ってしまったーーけれど、ハルミナさんやその仲間達のお陰で、大切な人達を、世界を取り戻せた‥‥と。だから、父と母、その仲間達が命を懸けて取り戻したこの世界が混沌に満ちるのは、許せはしない」
「‥‥」
エクスはそれを聞き、やはり本当に、昔の時代には自分達の知らない大きな戦いがあったのかと実感した。
そうして、シーカーは話した。
ウィシェ王子が何者かに嵌められたこと。
戴冠式の日に、ソートゥ王女の奪還をすること。
情報や力が必要なことを。
「言いたいことはわかる。だが‥‥シックスギアといったな。彼らの力は強大だ。王を守護した英雄、白銀のヨミ。最年少にして天才と呼ぶに相応しい人間‥‥知恵のマータ。誰も捕らえる事の出来ない悪漢のお尋ね者、混血のリダ。ロリっ娘マジャなどという妙な呼び名だが、生きた人を喰らう魔族。あまり姿を現さないが、中でも最強と言われる人間、パンプキン。そして‥‥ルヴィリちゃん」
「‥‥?」
鮮血の天使ルヴィリの名を呼ぶ時だけ、老婆が悲しそうな顔をしたことにエクスは気づいた。
「ルヴィリちゃんは、この街で生まれ、この街で暮らした子なんだよ。けど、小さい頃に両親を事故で亡くしてね‥‥明るい子が、家に引きこもるようになって‥‥そして、いつの間にか街から姿を消した。数百年の後に、まさか、こんな形であの子の生存を知ることになるなんて‥‥」
「鮮血の天使、ルヴィリ。先刻、イーストタウン地方で会いましたよ‥‥知恵のマータと一匹のドラゴンを狩っていました」
シーカーの言葉に、「そうかい‥‥」と、マシュマロは目を伏せる。
「そうだね‥‥ウェザちゃん。あの子が一番、あなた達の力になれるかもしれない。彼女の治癒術はお婆さん譲りでね。心強い味方になると思うよ」
「最高の治癒術者の子孫、ですね」
「‥‥死者は甦らせれないが、それ以外のどんな傷も癒すことが出来ると言い伝えられている?」
エクスが聞けば、シーカーは頷いた。
「ウェザちゃんは甘い物が大好きでね、昼間はいつも街のカフェにいることが多いよ」
マシュマロからの情報を元に、二人は街にある数件のカフェを巡る。
ウェザは天使と魔族のハーフだが、金の髪と白い翼、赤い目で目立つだろうとのことだ。
しかし、そうではなかった。
テーブルの上に広がるケーキ、パフェ、クッキー、チョコレート、キャンディ、ジュース。
一人の少女が幸せそうにそれを平らげている姿。
別の意味で、よく目立った。
エクスはそれを見て、
「‥‥うまそうだな」
ぽつりと言い、シーカーはため息を吐く。しかし、それを耳にした少女が椅子から立ち上がり、
「そこのお兄さん!わかる!?これ、凄く美味しいのよ!あたくしのオススメはこのマボロシパフェ!下にいくほど色んな味が楽しめるハーモニーなのよー!」
バサバサと翼を羽ばたかせながら少女が言い、
「ちょっとウェザちゃん!埃が立つからバサバサしないで!」
近くに座っていた客が彼女を注意した。
「やはり、君がウェザか」
「ふえ?」
エクスに言われ、ウェザは目を丸くする。とりあえず、彼女がデザートを食べ終えるのを待ち、彼女を店の裏へと呼び出した。
「‥‥えっと、お兄さん達、この街の人じゃないよね?こんなとこに呼び出して、まさか、告白ですの!?キャー!?人間の殿方は大胆ですのね!一目惚れってやつ!?」
なんて、勝手な想像をしているウェザに、
「マシュマロさんから貴女を紹介して頂きましてね」
「え?マシュマロ婆から?なんで?」
「‥‥」
その問いには、エクスが一歩前に出る。
「俺はウィシェ・ロンギング。第一王子だ」
「‥‥」
当然、ウェザは目を丸くして、フードで顔を隠す彼を見つめ‥‥
「おっ、王殺しの!!?」
「それは誤解なんだ」
エクスはウェザに事情を説明した。しかし、
「そっ、そう。でも、あたくしに言われても‥‥確かにあたくしは最高の治癒術者と呼ばれたお婆ちゃんの孫よ。お父さんとお母さんよりも治癒力を持って生まれたみたいだけど‥‥でも、あたくし、そんな危険に首を突っ込むなんて無理よ!英雄の子孫だからって、あたくしに何か出来るわけじゃないし」
それを聞いたエクスとシーカーは顔を見合わせ、
「そうだな。世界がどうこうとはいえ、結局は俺の問題だ。やはり、関係ない者に協力を仰ぐのが間違いだ。すまなかったな、ウェザ。今の話は忘れてくれ」
エクスはそう言い、シーカーと共にウェザの前から去った。
「まあ、当然だな。英雄の子孫とはいえ、彼女は何も関係がない」
「あらら、あっさりと」
熱く訴えかけるわけでもなく、すぐに引き下がったエクスにシーカーは肩を竦める。
「誰かに何かを強いるのは好きじゃないんだ。人にはそれぞれの生き方があるだろう」
「まあ、そうなんですけどね‥‥」
納得できない様子なシーカーを、エクスは不思議そうに見た。
「ああ、いえね。少しばかり拍子抜けしてしまって。貴方と同じくらいの歳をした子達は、暑苦しい子達が多かったもので」
「?なんのことかは知らないが、やはり誰かに協力を仰ぐのは難しいか。腹を括らなければいけないかもな‥‥一人でも」
そんなエクスを、シーカーは黙って見つめる。
エクスには、人間味がある。
だが、どこか冷めているようにも見える。
半年間、理不尽な状況や残された妹を思い涙する姿を見たことはあるが、両親の死に対しては、どこか淡々としているように見えた。
エクスは多くを語らない。だからこそ、彼の考え全てはわからないが。
「お二人共ー」
すると、ギルド商店から戻ったのであろうレンジロウがこちらに駆けて来る。
「レンジロウ殿。仕事は見つかりましたか?」
シーカーが聞けば、彼は大きく頷き、
「ええ。戴冠式までに、逃亡中のウィシェ王子を見つけ出し、ロンギング城に送り届ける人手を集めているようで、見つけることが出来なくとも給料は支給してくれるようで。相当、人手がないようですな!」
それを聞き、エクスは一歩下がる。シーカーがエクスの前に立ち、
「そうでしたか。しかし、もし王子を見つけ、送り届けたら‥‥」
「ええ。王子は今度こそ死刑になるのでしょうな」
「‥‥」
レンジロウは人がいい。できるなら、味方に引き入れたいとシーカーは考えていた。
「そうですね‥‥しかし、まあ、無事にお仕事が見つかったようで、おめでとうございます。さあ、エクス。我々は行きましょうか」
こうなってしまった以上、シーカーはレンジロウを警戒せざるを得ない。
「あっ、違うであります。実は‥‥仕事、見つからず仕舞いで‥‥」
ははは‥‥と、レンジロウは乾いた笑いを漏らした。どういうことだと二人は振り返る。
「実は、村を出る時に自分もウィシェ王子が生きているという記事を見て。女将やイノリ、アリア殿が本当に王子は王殺しなのかと疑問を言っていましてな‥‥自分も、今になって疑問を感じた次第で。自分が知る王子は、まあ、遠目からしか知りませんが、剣の扱いに長け、妹君と仲睦まじく、王と王妃に愛され‥‥民衆の前に出る時は立派に胸を張られていた‥‥だから、王殺しの事実は偽りのように思えて」
レンジロウは困ったように笑い、
「ですから、我らが世界の王子を殺めてしまうような仕事は、引き受けるわけにはいかなかったのであります‥‥ははは、いやはや、ここまで来たら、何か仕事を探さねばなりませんなぁ」
ーーと。
それを聞いたエクスは胸に手を当てる。
(俺は‥‥父や母の後ろを歩み、まだ、王子という肩書きしかなかった。いつか王になる日まで、まだ時間はあると。だが‥‥そんな風に見てくれる者がいたのか‥‥俺を、立派な王子だと)
フードの下、エクスは誇り高い意識を持つ男に微笑み、
「‥‥ありがとう。レンジロウ。まだ、給料は渡せないが、俺に雇われてみないか?」
「えっ?それはどういう‥‥」
「はい、いらっしゃいませー!本日限りの出店ですよー!薬になるドラゴンの髭、美容に良い魔物の血、この地方には育たない薬草‥‥色々揃ってますよ!あっ、そこのお嬢さん、この髪飾りーー‥‥」
しかし、聞き覚えのある声に、エクスとレンジロウは思わず振り返った。
街中の広場でアリアが品物を広げ、商売しているのだ。
「あっ、アリア殿ぉ!?」
思わずレンジロウが叫べば、
「あっ、イノリさんのお父さん!?なんでここに!?」
「アリア殿こそ!」
「私は見ての通り商売‥‥って」
レンジロウの後ろにエクス達もいて、アリアは首を傾げる。
「お前は商人なのか?」
エクスに聞かれ、
「へ?いや、まあ‥‥ギルドの依頼をこなしたり、商売したり‥‥色々‥‥」
ばつが悪そうにアリアは苦笑し、
「ふむ。見たところ、何やらお金が必要なのですね?」
シーカーに言われ、
「うっ‥‥とっ、とりあえず商売してるんで、話があるんなら終わってからお願いしますよ」
そう言って、アリアは商売に専念し始めた。
「まっ、まさか‥‥イノリとの結婚費用を貯めているのでは!?」
なんて、レンジロウは頭を抱える。しかし、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
街の外から数人の悲鳴が聞こえ、真っ先にレンジロウが走り出した。
「いやはや、本当にヒーローのような方だ」
シーカーが言えば、
「俺達も行くぞ!」
感化されたのか、エクスまでもが走り出し、シーカーは呆れるように笑う。
ーー悲鳴が起きた場所を見て、エクスは目を見開かせた。だが、今度は吐き気に耐え、しっかりと地面を踏み締める。
先日と同じ光景だ。男の生首が転がっている。そしてそれを拾い上げ、喰らう姿。
「ねーえ、もっとカッコいい男をやっちゃってよぉー‥‥食べごたえがないんだけどぉー」
「うるせーな。だったら自分でやりゃあいいだろ」
「アタシは食事をしに来ただけなの!力仕事しに来たわけじゃないの!やかましく言うならアンタを八つ裂きにするわよ」
「やってみりゃいいだろクソババア」
なんて、残酷な光景に似つかわない幼稚な言い合い。
混血のリダとロリっ娘マジャだ。
これで、エクスは六人全員と対峙したことになる。だが、理解した。六人の中で、この二人が最も危険だと‥‥
「ああああああああ‥‥クライス!クライス!!」
今、喰われた男の父親だろうか。息子の名前を叫び、雪の大地に崩れ落ちる。
「ったく、やかましいな。てめぇの食事に付き合ってたら毎回こうだ」
「アンタの人選が悪いんでしょ!」
「まあ、やかましい雑魚は必要ないだろ」
そう言って、リダは大斧を振り上げ、むせび泣く男の真上に振りかざした。
「立つであります!」
レンジロウが走り、男の腕を引いて後退する。
ーードシャアァァァァァァァァァァァァ!!!と、リダが振り下ろした斧は獲物を逃し、雪の大地を割った。当然、彼はレンジロウを睨み付ける。
「あァ?なんだてめぇ!人の邪魔しやがってよぉ!?」
「こちらの台詞であります!さあ、皆さん、早く街の中へ!!」
レンジロウがそう言い、住人達は街の中へ逃げるように走った。
彼とエクス、シーカーだけがその場に残る。
「はっ‥‥人間風情が正義のヒーロー様気取りかぁ?」
「‥‥」
レンジロウは何も言わず、戦いに不向きな槍を構えた。
「はぁーあ。おじさんかぁー。食事にはならないわねぇ」
と、マジャはリダの後ろで欠伸をする。
「お前達の暴挙、これ以上、見過ごせないであります!先人達が築き上げた絆を踏みにじるような行い‥‥終わらせましょう!」
そう言ってレンジロウはリダへと駆けた。しかし、彼は吐き捨てるように笑い、斧を一振りする。眼前まで来たレンジロウの鎧を砕き、腹部の肉を抉った。
「ーー!!!!?」
レンジロウの声にならない悲鳴が上がる。彼の体は血飛沫と共に宙に浮き、雪の上に派手に落ちた。
「ハッ。正義を騙る奴は口ばかりと言うが、正にそれだなぁ!?」
リダは無様に倒れたレンジロウを嘲笑い、彼の胸を踏みつけた。
「くっ‥‥やめろーー!!!!!」
黙って見ていることしか出来なかったエクスは剣を抜き、リダへと振り上げる。彼はやる気なさげに斧を持ち上げ、エクスの剣を受け止めた。
「へえ?俺の斧を受けて耐えれたか‥‥!」
「っ‥‥」
受け止めることは出来た。しかし、ヨミの時とは遥かに力量が違う。
ーー受け止めることしか、出来ない!
「まあ、それが限界か、フード小僧!」
次に斧に力が掛けられた時、レンジロウと同じようにエクスの体も吹き飛ばされた。
「ぐっ‥‥」
雪まみれになり、仰向けに倒れた身を起こしてリダの方を見る。こちらの力量がわかり、深追いはしてこない。
「うーん、もしかして、フードの下はイケメンだったりして!ほら!遊んでないでちゃっちゃと殺しちゃいなよ!イケメンだったらアタシが食べるから!」
なんて、戦闘に参加する気のないマジャが言い、
「気になるんなら自分でやれって何度言ったらわかんだ?ババア」
「ババアじゃねえよ!クソガキが!」
リダの返しにマジャの口調が荒くなる。エクスは立ち上がり、起き上がらないレンジロウの方を見た。彼のことも心配だが、目の前の敵を先に退けなければ何も出来ない。だが、
(圧倒的に強い‥‥確実に勝てない。無理に戦うより、レンジロウを助け、生きて、逃げることを優先しなければ)
エクスはそう考えるが、逃げることも容易ではない状態だ。
言い合いが終わったのか、リダは再びエクスに視線を向け、
「おっ、もう立ち上がったか。確かに活きはいいな」
なんて言って、にっこりと笑う。
ーー逃げ道はない。
エクスは再び剣を構え、
「シーカー!レンジロウを安全な場所へ!」
戦えない彼にそう叫び、自分が囮になろうと再びリダの元へと駆ける。
ーーギィィィィィィン‥‥
大斧と剣がぶつかる鈍い音が響いた。無理に押し返せば、なんの手入れもしていない剣は折れてしまうだろう。
「くっ‥‥」
「力量のわかった相手と長々殺り合う趣味はないからよ、悪いが、ここで死ぬ時間だぜ」
「‥‥!」
その言葉に、それでもまだ、エクスは剣を手放さない、逃げ出さない。横目に、シーカーがレンジロウの体を抱き起こす姿が見えたからだ。まだ、時間稼ぎが必要だ。しかし、
「ぐあっーー!」
受け止めていた剣が押し返され、エクスはその場に尻餅をつく。リダの斧が振り上げられ、
(ここまでかーーっ!)
結局、何も成せないまま死を覚悟した瞬間だった。
ーーガンッ!!!!
大きな音が頭上で響き、
「ああもうっ!シックスギアと関わるのだけは御免だったのに!」
聞き覚えのある声にエクスは目を開ける。
そこにはアリアの姿があった。
包帯をぐるぐる巻いた先の折れた剣で、エクスの首を落とそうとしたリダの斧を受け止めているではないか。
「仕方ないでしょ!あたくしがいて良かったわね!あなたが戦えること、噂で知ってたんだから!」
次に、背後からウェザの声が聞こえる。
彼女は深手を負ったレンジロウに治癒術をかけていた。
何が起きたのか、エクスは拍子抜けしてしまう。
「‥‥へえ?人間の中にもまだ、こんなのがいたのか」
リダは感心するようにアリアに言った。
「‥‥あんたがリダか。一番関わりたくない相手だったのになぁ」
大斧を受け止めたまま、アリアは余裕のある声で言い、
「ちょうどいい。聞きたいことがあるんだ。半年前の天使の村‥‥教会のシスターを覚えてるかい?」
「はあ?」
「リダとマジャ‥‥あんた達二人が訪れたはずだけど」
それを聞き、マジャが頷く。
「ああー、子供一人を選んでこいって言われた時の。ほらぁ、アタシは子供一人を食べて、アンタはそこのシスター犯してたじゃん?」
その話を聞き、エクスはあの時のシスターを思い出した。
「ふーん‥‥半年前ねぇ。あんま覚えてねぇなぁ‥‥」
「‥‥」
「ん?」
アリアの剣に力が入ったことにリダは気づく。
「いやね、実はそのシスター、私の知り合いでね。あんたがその子にしたことを知ってたから、関わりたくなかったんだけど‥‥この状況じゃ、仕方ないか」
ーーギィィィィィン!!
そう言って、アリアはリダの斧を弾いた。
「エクスさん、でしたね!?この戦い、恐らく私達は勝てません!とにかく逃げることを優先しましょう!」
アリアはエクスにそう言う。
「‥‥くくっ、ははは!はあ?勝てないだと?いやいや、お前のその力量だったらまだまだやれるだろぉ?」
なんてリダが言い、
「あーあ。戦闘狂にスイッチが入った‥‥めんどくさぁい」
マジャは呆れるように言った。
「ただの人間が天使や魔族に勝てるわけないでしょう。だから、ここは見逃してもらえませんか?」
そんな交渉をするアリアを、エクスは驚くように見る。それは無茶な話だろうと。
「‥‥ぷっ‥‥面白い男だな。お前の名前は?」
しかしリダは笑い、そう尋ねた。
「男‥‥?‥‥アリア」
「アリアか、女みたいな名前だな」
そう言ってリダはアリアの目の前で立ち止まり、
「いいぜ、力ある男は殺しがいがある。今、生かしておけば次があるってことだしなぁ。今回は別の用で来ただけだし、楽しみはとっといてやるよ」
そう言ってアリアの顎を持ち上げ、唇を奪った。
「ーー!!?」
ドンッ!と、いきなりのことにアリアはリダの胸を押し返す。
「じゃあな、アリア!次の戦いまで死ぬんじゃねーぞ」
「はぁー‥‥アンタの戦い好きにはついてけないわぁ」
そう言ってマジャは呪文を口にし、一面の雪を舞い上げ、景色が見えるようになる頃には二人の姿はこの場から消え去っていた。
アリアはごしごしと腕で唇を拭き、ペッと唾を吐き捨てる。
「だっ、大丈夫か?」
エクスが聞くと、
「最悪だ!?あの男、舌まで入れてきましたよ!?気持ち悪い!!!」
「まあ、男同士なのもな‥‥」
その言葉にアリアはエクスをキッと睨み、しかし、何も言わなかった。
ウェザも治癒術を終えたようで、レンジロウの傷は綺麗に塞がれている。
まさかのアリアとウェザのお陰で、今回もシックスギア相手に生き延びることができた。
ノースタウン地方へ向かう三人には、ちゃんとした時刻の判断はつかない。空は灰がかり、まだ暗い。
北へ行くほど、雪が降りだした。
「うう‥‥寒いですな。ここいらは昔、天使だけが暮らす場所で、しょっちゅう雪が降ると言い伝えがありますが、本当に季節関係なく雪が降りますものな」
レンジロウが体を震わす度、彼が装着している鎧がガチャガチャと音を鳴らす。
「しかし、想像がつきませんな。我々は種族関係なく共に暮らしていますから、昔は種族間の戦争があったとか、この大地が空や地底にバラバラにあったとか‥‥」
「そうだな。今じゃ、それが事実なのか、ただのお伽噺なのかもよくわからないしな」
レンジロウの言葉に、エクスも頷いた。
「昔は英雄がいたとも言われているが、その英雄とやらの名前も、歴史には残っていないし‥‥」
かつて、この世界には人間の英雄がいたと言われている。英雄の剣を持ち、世界を分断して争いを終結させたと。
しかし、その名は歴史には残されていなかった。ただ、英雄の剣と言われる剣の造形は語り継がれており、ロンギング国のシンボルマークとされている。
「ふふ。英雄なんて、最初から存在しなかったのでしょうね」
と、シーカーは笑い、
「歴史書にも書いてあるように、【英雄とは、その行いを自らの救いだと捉える傍観者が決めるもの】なのでしょう」
「英雄なんて存在しない、か‥‥そうだな。そんなものが本当に存在し続けたなら、世界がこんな風になることはなかったんだろうな」
エクスはため息を吐いた。吐く息は白く、静かに溶けていく。
「今から行くハルミナの街の名前も、大昔の英雄の友人の名前からとったものと言われていますな!」
「ええ‥‥ハルミナという天使の少女。天使の寿命を生きることはなく、天使にしては早すぎる死を遂げたと言われていますね。ああ、ちょうど見えてきました」
シーカーは前方を見つめる。雪に覆われた大地に、暖かい光が見えてきた。街の灯火だ。
ーー街に入ると、レンジロウはギルド商店に向かった。
エクスはシーカーに案内されるがまま、酒場に入る。
情報収集は酒場からと言い、二人は空いている席についた。レイリルの町の酒場と違い、この街の酒場は昼間から賑わっていた。
酒場内では下らない談笑騒ぎが起きているが、中にはロンギング国の話や、シックスギア、ここ最近の治安の話題も聞こえてくる。
しかし、特に目新しい話題は聞こえてこない。
「おや、スケルじゃないか。久しいね」
すると、老婆がエクス達のテーブルに声を掛けて来た。だが、エクスは疑問気に天使の老婆を見る。スケルなんて名前は知らないからだ。
すると、シーカーが咳払いをし、
「今は、シーカーという名前です、マシュマロ」
なんて言って、エクスは不思議そうな顔をする。
「そちらは?」
マシュマロと呼ばれた老婆がエクスを見れば、
「私の息子です」
「という設定かい?」
シーカーの言葉の後、老婆はすぐにそう返した。シーカーはやれやれと肩を竦め、
「今日は貴女含め、英雄に縁のある方々に会いに来たんですよ」
「ここ半年の、世界の変わり様についてだね?」
「話が早い」
シーカーは席を立ち、マシュマロの家で話がしたいと言った。老婆は頷き、三人で酒場を出る。エクスはまだ、状況が見えない。
一軒の家に案内され、エクスとシーカーはソファーへと促された。家の中にはやたら、写真が飾ってある。
「マシュマロ。単刀直入に言います。彼はエクス。本名はウィシェ・ロンギングです」
「ーー!第一王子様かい?しかし、彼は王殺しの罪で処刑され‥‥だが、実は逃亡していたと聞いたが‥‥」
「全てが嘘ですよ、そんなもの」
「‥‥そうかい。やはり、ね」
マシュマロはエクスをじっと見つめ、
「何か裏があると思っていたんだよ。仲の良い親子と評判だったからね。ウィシェ王子が両親を殺すなんて有り得ないと思っていたよ。ウィシェ王子。遠路はるばるこの様な場所まで‥‥片付いていない部屋で申し訳ない」
老婆は立ち上がり、改めて彼に会釈をした。しかし、エクスは右手を前に出し、
「今の俺はもう王子ではない。エクスという名のただの男だ。普通に接してくれ」
そう言い、深く被っているフードを外す。王子の変わり果てた容姿にマシュマロは驚いたが、静かに彼を見つめる。
「あなたは英雄に縁のある者とシーカーは言ったが‥‥」
「ええ‥‥」
マシュマロは壁に掛けられた一枚の写真を見つめる。そこには二人の天使の男女が映っていた。
「三百年以上も前に亡くなったが、私の父はマグロ、母はマシュリと言って‥‥大昔の争いに関わった人物なんだ。この街の名前である、ハルミナさんとも友人だったんだよ。私も幼い頃、ハルミナさんに会ったことがあるそうだが‥‥あまり覚えていなくてね。でも、ハルミナさんの父が、私の母の後見人で、私もハルミナさんの父にはよくお世話になったし、両親からたくさん、ハルミナさんという、英雄の話も聞かされてね‥‥」
マシュマロは目を細め、懐かしそうに話をする。
「父によく言われたんだ。正義と悪を履き違えてはいけない、自分は一度履き違え、道を誤ってしまったーーけれど、ハルミナさんやその仲間達のお陰で、大切な人達を、世界を取り戻せた‥‥と。だから、父と母、その仲間達が命を懸けて取り戻したこの世界が混沌に満ちるのは、許せはしない」
「‥‥」
エクスはそれを聞き、やはり本当に、昔の時代には自分達の知らない大きな戦いがあったのかと実感した。
そうして、シーカーは話した。
ウィシェ王子が何者かに嵌められたこと。
戴冠式の日に、ソートゥ王女の奪還をすること。
情報や力が必要なことを。
「言いたいことはわかる。だが‥‥シックスギアといったな。彼らの力は強大だ。王を守護した英雄、白銀のヨミ。最年少にして天才と呼ぶに相応しい人間‥‥知恵のマータ。誰も捕らえる事の出来ない悪漢のお尋ね者、混血のリダ。ロリっ娘マジャなどという妙な呼び名だが、生きた人を喰らう魔族。あまり姿を現さないが、中でも最強と言われる人間、パンプキン。そして‥‥ルヴィリちゃん」
「‥‥?」
鮮血の天使ルヴィリの名を呼ぶ時だけ、老婆が悲しそうな顔をしたことにエクスは気づいた。
「ルヴィリちゃんは、この街で生まれ、この街で暮らした子なんだよ。けど、小さい頃に両親を事故で亡くしてね‥‥明るい子が、家に引きこもるようになって‥‥そして、いつの間にか街から姿を消した。数百年の後に、まさか、こんな形であの子の生存を知ることになるなんて‥‥」
「鮮血の天使、ルヴィリ。先刻、イーストタウン地方で会いましたよ‥‥知恵のマータと一匹のドラゴンを狩っていました」
シーカーの言葉に、「そうかい‥‥」と、マシュマロは目を伏せる。
「そうだね‥‥ウェザちゃん。あの子が一番、あなた達の力になれるかもしれない。彼女の治癒術はお婆さん譲りでね。心強い味方になると思うよ」
「最高の治癒術者の子孫、ですね」
「‥‥死者は甦らせれないが、それ以外のどんな傷も癒すことが出来ると言い伝えられている?」
エクスが聞けば、シーカーは頷いた。
「ウェザちゃんは甘い物が大好きでね、昼間はいつも街のカフェにいることが多いよ」
マシュマロからの情報を元に、二人は街にある数件のカフェを巡る。
ウェザは天使と魔族のハーフだが、金の髪と白い翼、赤い目で目立つだろうとのことだ。
しかし、そうではなかった。
テーブルの上に広がるケーキ、パフェ、クッキー、チョコレート、キャンディ、ジュース。
一人の少女が幸せそうにそれを平らげている姿。
別の意味で、よく目立った。
エクスはそれを見て、
「‥‥うまそうだな」
ぽつりと言い、シーカーはため息を吐く。しかし、それを耳にした少女が椅子から立ち上がり、
「そこのお兄さん!わかる!?これ、凄く美味しいのよ!あたくしのオススメはこのマボロシパフェ!下にいくほど色んな味が楽しめるハーモニーなのよー!」
バサバサと翼を羽ばたかせながら少女が言い、
「ちょっとウェザちゃん!埃が立つからバサバサしないで!」
近くに座っていた客が彼女を注意した。
「やはり、君がウェザか」
「ふえ?」
エクスに言われ、ウェザは目を丸くする。とりあえず、彼女がデザートを食べ終えるのを待ち、彼女を店の裏へと呼び出した。
「‥‥えっと、お兄さん達、この街の人じゃないよね?こんなとこに呼び出して、まさか、告白ですの!?キャー!?人間の殿方は大胆ですのね!一目惚れってやつ!?」
なんて、勝手な想像をしているウェザに、
「マシュマロさんから貴女を紹介して頂きましてね」
「え?マシュマロ婆から?なんで?」
「‥‥」
その問いには、エクスが一歩前に出る。
「俺はウィシェ・ロンギング。第一王子だ」
「‥‥」
当然、ウェザは目を丸くして、フードで顔を隠す彼を見つめ‥‥
「おっ、王殺しの!!?」
「それは誤解なんだ」
エクスはウェザに事情を説明した。しかし、
「そっ、そう。でも、あたくしに言われても‥‥確かにあたくしは最高の治癒術者と呼ばれたお婆ちゃんの孫よ。お父さんとお母さんよりも治癒力を持って生まれたみたいだけど‥‥でも、あたくし、そんな危険に首を突っ込むなんて無理よ!英雄の子孫だからって、あたくしに何か出来るわけじゃないし」
それを聞いたエクスとシーカーは顔を見合わせ、
「そうだな。世界がどうこうとはいえ、結局は俺の問題だ。やはり、関係ない者に協力を仰ぐのが間違いだ。すまなかったな、ウェザ。今の話は忘れてくれ」
エクスはそう言い、シーカーと共にウェザの前から去った。
「まあ、当然だな。英雄の子孫とはいえ、彼女は何も関係がない」
「あらら、あっさりと」
熱く訴えかけるわけでもなく、すぐに引き下がったエクスにシーカーは肩を竦める。
「誰かに何かを強いるのは好きじゃないんだ。人にはそれぞれの生き方があるだろう」
「まあ、そうなんですけどね‥‥」
納得できない様子なシーカーを、エクスは不思議そうに見た。
「ああ、いえね。少しばかり拍子抜けしてしまって。貴方と同じくらいの歳をした子達は、暑苦しい子達が多かったもので」
「?なんのことかは知らないが、やはり誰かに協力を仰ぐのは難しいか。腹を括らなければいけないかもな‥‥一人でも」
そんなエクスを、シーカーは黙って見つめる。
エクスには、人間味がある。
だが、どこか冷めているようにも見える。
半年間、理不尽な状況や残された妹を思い涙する姿を見たことはあるが、両親の死に対しては、どこか淡々としているように見えた。
エクスは多くを語らない。だからこそ、彼の考え全てはわからないが。
「お二人共ー」
すると、ギルド商店から戻ったのであろうレンジロウがこちらに駆けて来る。
「レンジロウ殿。仕事は見つかりましたか?」
シーカーが聞けば、彼は大きく頷き、
「ええ。戴冠式までに、逃亡中のウィシェ王子を見つけ出し、ロンギング城に送り届ける人手を集めているようで、見つけることが出来なくとも給料は支給してくれるようで。相当、人手がないようですな!」
それを聞き、エクスは一歩下がる。シーカーがエクスの前に立ち、
「そうでしたか。しかし、もし王子を見つけ、送り届けたら‥‥」
「ええ。王子は今度こそ死刑になるのでしょうな」
「‥‥」
レンジロウは人がいい。できるなら、味方に引き入れたいとシーカーは考えていた。
「そうですね‥‥しかし、まあ、無事にお仕事が見つかったようで、おめでとうございます。さあ、エクス。我々は行きましょうか」
こうなってしまった以上、シーカーはレンジロウを警戒せざるを得ない。
「あっ、違うであります。実は‥‥仕事、見つからず仕舞いで‥‥」
ははは‥‥と、レンジロウは乾いた笑いを漏らした。どういうことだと二人は振り返る。
「実は、村を出る時に自分もウィシェ王子が生きているという記事を見て。女将やイノリ、アリア殿が本当に王子は王殺しなのかと疑問を言っていましてな‥‥自分も、今になって疑問を感じた次第で。自分が知る王子は、まあ、遠目からしか知りませんが、剣の扱いに長け、妹君と仲睦まじく、王と王妃に愛され‥‥民衆の前に出る時は立派に胸を張られていた‥‥だから、王殺しの事実は偽りのように思えて」
レンジロウは困ったように笑い、
「ですから、我らが世界の王子を殺めてしまうような仕事は、引き受けるわけにはいかなかったのであります‥‥ははは、いやはや、ここまで来たら、何か仕事を探さねばなりませんなぁ」
ーーと。
それを聞いたエクスは胸に手を当てる。
(俺は‥‥父や母の後ろを歩み、まだ、王子という肩書きしかなかった。いつか王になる日まで、まだ時間はあると。だが‥‥そんな風に見てくれる者がいたのか‥‥俺を、立派な王子だと)
フードの下、エクスは誇り高い意識を持つ男に微笑み、
「‥‥ありがとう。レンジロウ。まだ、給料は渡せないが、俺に雇われてみないか?」
「えっ?それはどういう‥‥」
「はい、いらっしゃいませー!本日限りの出店ですよー!薬になるドラゴンの髭、美容に良い魔物の血、この地方には育たない薬草‥‥色々揃ってますよ!あっ、そこのお嬢さん、この髪飾りーー‥‥」
しかし、聞き覚えのある声に、エクスとレンジロウは思わず振り返った。
街中の広場でアリアが品物を広げ、商売しているのだ。
「あっ、アリア殿ぉ!?」
思わずレンジロウが叫べば、
「あっ、イノリさんのお父さん!?なんでここに!?」
「アリア殿こそ!」
「私は見ての通り商売‥‥って」
レンジロウの後ろにエクス達もいて、アリアは首を傾げる。
「お前は商人なのか?」
エクスに聞かれ、
「へ?いや、まあ‥‥ギルドの依頼をこなしたり、商売したり‥‥色々‥‥」
ばつが悪そうにアリアは苦笑し、
「ふむ。見たところ、何やらお金が必要なのですね?」
シーカーに言われ、
「うっ‥‥とっ、とりあえず商売してるんで、話があるんなら終わってからお願いしますよ」
そう言って、アリアは商売に専念し始めた。
「まっ、まさか‥‥イノリとの結婚費用を貯めているのでは!?」
なんて、レンジロウは頭を抱える。しかし、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
街の外から数人の悲鳴が聞こえ、真っ先にレンジロウが走り出した。
「いやはや、本当にヒーローのような方だ」
シーカーが言えば、
「俺達も行くぞ!」
感化されたのか、エクスまでもが走り出し、シーカーは呆れるように笑う。
ーー悲鳴が起きた場所を見て、エクスは目を見開かせた。だが、今度は吐き気に耐え、しっかりと地面を踏み締める。
先日と同じ光景だ。男の生首が転がっている。そしてそれを拾い上げ、喰らう姿。
「ねーえ、もっとカッコいい男をやっちゃってよぉー‥‥食べごたえがないんだけどぉー」
「うるせーな。だったら自分でやりゃあいいだろ」
「アタシは食事をしに来ただけなの!力仕事しに来たわけじゃないの!やかましく言うならアンタを八つ裂きにするわよ」
「やってみりゃいいだろクソババア」
なんて、残酷な光景に似つかわない幼稚な言い合い。
混血のリダとロリっ娘マジャだ。
これで、エクスは六人全員と対峙したことになる。だが、理解した。六人の中で、この二人が最も危険だと‥‥
「ああああああああ‥‥クライス!クライス!!」
今、喰われた男の父親だろうか。息子の名前を叫び、雪の大地に崩れ落ちる。
「ったく、やかましいな。てめぇの食事に付き合ってたら毎回こうだ」
「アンタの人選が悪いんでしょ!」
「まあ、やかましい雑魚は必要ないだろ」
そう言って、リダは大斧を振り上げ、むせび泣く男の真上に振りかざした。
「立つであります!」
レンジロウが走り、男の腕を引いて後退する。
ーードシャアァァァァァァァァァァァァ!!!と、リダが振り下ろした斧は獲物を逃し、雪の大地を割った。当然、彼はレンジロウを睨み付ける。
「あァ?なんだてめぇ!人の邪魔しやがってよぉ!?」
「こちらの台詞であります!さあ、皆さん、早く街の中へ!!」
レンジロウがそう言い、住人達は街の中へ逃げるように走った。
彼とエクス、シーカーだけがその場に残る。
「はっ‥‥人間風情が正義のヒーロー様気取りかぁ?」
「‥‥」
レンジロウは何も言わず、戦いに不向きな槍を構えた。
「はぁーあ。おじさんかぁー。食事にはならないわねぇ」
と、マジャはリダの後ろで欠伸をする。
「お前達の暴挙、これ以上、見過ごせないであります!先人達が築き上げた絆を踏みにじるような行い‥‥終わらせましょう!」
そう言ってレンジロウはリダへと駆けた。しかし、彼は吐き捨てるように笑い、斧を一振りする。眼前まで来たレンジロウの鎧を砕き、腹部の肉を抉った。
「ーー!!!!?」
レンジロウの声にならない悲鳴が上がる。彼の体は血飛沫と共に宙に浮き、雪の上に派手に落ちた。
「ハッ。正義を騙る奴は口ばかりと言うが、正にそれだなぁ!?」
リダは無様に倒れたレンジロウを嘲笑い、彼の胸を踏みつけた。
「くっ‥‥やめろーー!!!!!」
黙って見ていることしか出来なかったエクスは剣を抜き、リダへと振り上げる。彼はやる気なさげに斧を持ち上げ、エクスの剣を受け止めた。
「へえ?俺の斧を受けて耐えれたか‥‥!」
「っ‥‥」
受け止めることは出来た。しかし、ヨミの時とは遥かに力量が違う。
ーー受け止めることしか、出来ない!
「まあ、それが限界か、フード小僧!」
次に斧に力が掛けられた時、レンジロウと同じようにエクスの体も吹き飛ばされた。
「ぐっ‥‥」
雪まみれになり、仰向けに倒れた身を起こしてリダの方を見る。こちらの力量がわかり、深追いはしてこない。
「うーん、もしかして、フードの下はイケメンだったりして!ほら!遊んでないでちゃっちゃと殺しちゃいなよ!イケメンだったらアタシが食べるから!」
なんて、戦闘に参加する気のないマジャが言い、
「気になるんなら自分でやれって何度言ったらわかんだ?ババア」
「ババアじゃねえよ!クソガキが!」
リダの返しにマジャの口調が荒くなる。エクスは立ち上がり、起き上がらないレンジロウの方を見た。彼のことも心配だが、目の前の敵を先に退けなければ何も出来ない。だが、
(圧倒的に強い‥‥確実に勝てない。無理に戦うより、レンジロウを助け、生きて、逃げることを優先しなければ)
エクスはそう考えるが、逃げることも容易ではない状態だ。
言い合いが終わったのか、リダは再びエクスに視線を向け、
「おっ、もう立ち上がったか。確かに活きはいいな」
なんて言って、にっこりと笑う。
ーー逃げ道はない。
エクスは再び剣を構え、
「シーカー!レンジロウを安全な場所へ!」
戦えない彼にそう叫び、自分が囮になろうと再びリダの元へと駆ける。
ーーギィィィィィィン‥‥
大斧と剣がぶつかる鈍い音が響いた。無理に押し返せば、なんの手入れもしていない剣は折れてしまうだろう。
「くっ‥‥」
「力量のわかった相手と長々殺り合う趣味はないからよ、悪いが、ここで死ぬ時間だぜ」
「‥‥!」
その言葉に、それでもまだ、エクスは剣を手放さない、逃げ出さない。横目に、シーカーがレンジロウの体を抱き起こす姿が見えたからだ。まだ、時間稼ぎが必要だ。しかし、
「ぐあっーー!」
受け止めていた剣が押し返され、エクスはその場に尻餅をつく。リダの斧が振り上げられ、
(ここまでかーーっ!)
結局、何も成せないまま死を覚悟した瞬間だった。
ーーガンッ!!!!
大きな音が頭上で響き、
「ああもうっ!シックスギアと関わるのだけは御免だったのに!」
聞き覚えのある声にエクスは目を開ける。
そこにはアリアの姿があった。
包帯をぐるぐる巻いた先の折れた剣で、エクスの首を落とそうとしたリダの斧を受け止めているではないか。
「仕方ないでしょ!あたくしがいて良かったわね!あなたが戦えること、噂で知ってたんだから!」
次に、背後からウェザの声が聞こえる。
彼女は深手を負ったレンジロウに治癒術をかけていた。
何が起きたのか、エクスは拍子抜けしてしまう。
「‥‥へえ?人間の中にもまだ、こんなのがいたのか」
リダは感心するようにアリアに言った。
「‥‥あんたがリダか。一番関わりたくない相手だったのになぁ」
大斧を受け止めたまま、アリアは余裕のある声で言い、
「ちょうどいい。聞きたいことがあるんだ。半年前の天使の村‥‥教会のシスターを覚えてるかい?」
「はあ?」
「リダとマジャ‥‥あんた達二人が訪れたはずだけど」
それを聞き、マジャが頷く。
「ああー、子供一人を選んでこいって言われた時の。ほらぁ、アタシは子供一人を食べて、アンタはそこのシスター犯してたじゃん?」
その話を聞き、エクスはあの時のシスターを思い出した。
「ふーん‥‥半年前ねぇ。あんま覚えてねぇなぁ‥‥」
「‥‥」
「ん?」
アリアの剣に力が入ったことにリダは気づく。
「いやね、実はそのシスター、私の知り合いでね。あんたがその子にしたことを知ってたから、関わりたくなかったんだけど‥‥この状況じゃ、仕方ないか」
ーーギィィィィィン!!
そう言って、アリアはリダの斧を弾いた。
「エクスさん、でしたね!?この戦い、恐らく私達は勝てません!とにかく逃げることを優先しましょう!」
アリアはエクスにそう言う。
「‥‥くくっ、ははは!はあ?勝てないだと?いやいや、お前のその力量だったらまだまだやれるだろぉ?」
なんてリダが言い、
「あーあ。戦闘狂にスイッチが入った‥‥めんどくさぁい」
マジャは呆れるように言った。
「ただの人間が天使や魔族に勝てるわけないでしょう。だから、ここは見逃してもらえませんか?」
そんな交渉をするアリアを、エクスは驚くように見る。それは無茶な話だろうと。
「‥‥ぷっ‥‥面白い男だな。お前の名前は?」
しかしリダは笑い、そう尋ねた。
「男‥‥?‥‥アリア」
「アリアか、女みたいな名前だな」
そう言ってリダはアリアの目の前で立ち止まり、
「いいぜ、力ある男は殺しがいがある。今、生かしておけば次があるってことだしなぁ。今回は別の用で来ただけだし、楽しみはとっといてやるよ」
そう言ってアリアの顎を持ち上げ、唇を奪った。
「ーー!!?」
ドンッ!と、いきなりのことにアリアはリダの胸を押し返す。
「じゃあな、アリア!次の戦いまで死ぬんじゃねーぞ」
「はぁー‥‥アンタの戦い好きにはついてけないわぁ」
そう言ってマジャは呪文を口にし、一面の雪を舞い上げ、景色が見えるようになる頃には二人の姿はこの場から消え去っていた。
アリアはごしごしと腕で唇を拭き、ペッと唾を吐き捨てる。
「だっ、大丈夫か?」
エクスが聞くと、
「最悪だ!?あの男、舌まで入れてきましたよ!?気持ち悪い!!!」
「まあ、男同士なのもな‥‥」
その言葉にアリアはエクスをキッと睨み、しかし、何も言わなかった。
ウェザも治癒術を終えたようで、レンジロウの傷は綺麗に塞がれている。
まさかのアリアとウェザのお陰で、今回もシックスギア相手に生き延びることができた。
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