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第一章【王殺し】

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美しい金の髪と目をした天使の女性がこちらに微笑んでいる。

「おや‥‥そこは、止めてやる、とかではないの?」

女性は目を丸くし、

「‥‥それは‥‥興味深いプロポーズだね」

それから、クスクスと笑う。
だが、すぐに女性の顔は紅に塗り潰された。

「ーー!!?」

女性は、誰かの名前を悲痛な声で叫ぶ。だが、紅で、見えない。


「私はっ!ーーさんが好きです!初めて会った時から好きでした!!だから、あなたのことをまだまだ全然知らないから、もっと話も沢山したいから!!ーーさんと一緒に居るーーさんはもっと大好きだから!!だから、私は絶対に諦めません!!」

人間の少女が、諦めないと何度も叫んでいる。

「この世界に、悪い奴なんかいない。ただ‥‥生きることに必死な奴らが居るだけさ。あんただって憎悪だなんだ言うけど、それを頼りに、今まで必死に生きてたんだろ?」

人間の少年が、微笑む。

「オレは言ったぜ。もし、どんなことがあろうとも、オレだけはあんたの前に何度でも立ってやる。何回でもオレの意思を伝えてやる。あんたに届くまで、絶対に」

まるで、ヒーローのような少年だ。

「‥‥わかった。頼まれてあげる。ボクは‥‥ずっと信じて待つから。だから、行ってらっしゃい、ーー」

まるで、普通の女の子みたいに笑った魔族の少女。
守りたい人。愛しい人。誰よりも、かけがえのない大切な、人。
満点の星と月の光が輝く空の下、ずっと、傍らにいてくれた。
だから、『これまで見守ってくれて、本当にありがとう』


ーー沈む、沈む。温かく美しい光景が、黒く染まる。

「‥‥僕にはーーみたいに魔術の才も無い。だから人間達は天使や魔族からなんとか奪った四肢やら‥‥目やらを、僕に移植したのさ。わざわざ僕自身のそれを切り離して、抉り取って‥‥ね。ねえ、ネクロマンサーくん。君の記憶にあるんじゃないの?血みどろの記憶がさぁ‥‥」

問い掛ける。長身の男に。
瞼を開け、ぼんやりする視界の中、

「おや、起きましたか、エクス」

やんわりと微笑むシーカーの姿と重なった。

「‥‥ネクロ、マンサー‥‥」
「え?」

エクスはその名を紡ぎ、再び眠りに落ちる。
布団の中、規則正しい寝息を立てて眠るエクスの左目に触れ、

「‥‥成る程。その目の効果、ですかね。ふふふ、まだまだ使い道はありそうですねぇ」

シーカーは一人、静かに笑った。
数分して、ガチャリと部屋の扉が開く。

「あらあら。王子様はまだ寝てるの」

呆れるような声で、ノルマルが部屋に入った。しかし、シーカーはそれをスルーし、

「それで、どうでした?」
「とりあえず、リダとマジャは村から去ったみたい。皆、怯えてなかなか話してくれなかったけど、マジャは食事の為にこの村に立ち寄っただけらしい。いや、ある意味リダもか‥‥」

ノルマルは深く息を吐く。

「ノルマルさん。貴女はシックスギアに敵いそうですか?」
「正直無理。あたしは普通のか弱い女なんでね。時間稼ぎはできても、捕まって食われて終わりかも」
「おやおや‥‥期待外れですね」

シーカーは肩を竦めた。

「でも、あたしには守らなきゃいけないものがある。強大な力に逃げたりはしないよ」
「成る程」
「あんたは実際はどうなの?築き上げられた平和を崩すことは許せないみたいに言ってたけど、本当はこの王子様を使って何をするつもり?こんな風に生き長らえさせて」

ウィシェ王子の目は青い。けれど金の目をしている。腕や足から聞こえる軋むような音。
崩れた肉体を弄ったことはなんとなく理解できる。
それは、ノルマルがシーカーの正体を知っているから、であるが。

「残念ながら、私は何も考えていませんよ。それはもう、昔から」

シーカーはそう言い、人差し指を自身の口元に当て、黙るよう促す。今度こそ、エクスが目を覚ましたようだ。

「ううっ‥‥」

額に手を当て、気分の悪そうな顔をしながらエクスは体を起こす。

「大丈夫ですか、エクス」

シーカーに聞かれ、

「なんだか夢を見た気がするが‥‥いや、そんなことよりも、人が、死んだ‥‥」

先程の光景を思い出し、再び嘔気に襲われる。

「ちょっと王子様!吐くのはもう止してよ」

ゲッ‥‥と、嫌な顔をしてノルマルが言った。

「‥‥あれが、シックスギア。いっ、いったい、どうなって‥‥」
「考えても仕方ありません。貴方は奴等を避けながらソートゥ王女を救うのみです」
「‥‥」

俯き、沈黙してしまう彼にノルマルはため息を吐く。

「所詮は温室育ちの王子様か。ちょっと外に出て、今の民の声でも聞いてみたら?それで、怖いんなら王子は死んだままにしな。あたしは別の方法を一人で考えるまでさ」
「‥‥」

エクスは立ち上がり、フラフラする足取りで歩き出した。扉を開き、夕暮れの村へと踏み出す。

風に乗って、鉄のような臭いが鼻を掠めた。先程、少年の首から吹き出していた血が、地面に黒くこびりついている。少年の遺体は、どうなったのだろう。
聞いたことがある。遠い昔、魔族は同族を食っていたと。まさか、全て‥‥

村の中はしんと静まり返っていた。恐怖した村人達は皆、家の中に避難しているのだろう。

平和だった、本当に。ついこの間まで、平和だったんだ。
昔々、争いの時代を生きた者達。そんなの、知らない。

沈み行く夕陽を、ぼんやりと見つめた。

(あのまま‥‥死んでいたら良かった。父上と母上の元に、逝っていれば良かった。だが、妹が‥‥いや、ソートゥだって、生きているのかわからない。わからないことの為に、俺は、何をするつもりなんだ‥‥)

ギリッと、歯を軋め、涙がこぼれ落ちる。

「なんということでありますか!自分が不在だったばかりに、こんなことが!」
「‥‥?」

誰かの悔しそうな叫び声に、エクスは顔を上げた。

「いや‥‥巡回兵のあんたがいたところで、何も変わらなかったさ‥‥」

村人の男が諦めに似た声で言い、

「そうでありますが、それでも許せません‥‥!道徳を無視したこんな行為!!」

鎧を着た男が悔いるように叫んでいる。しかし、

「‥‥今は、そっとしといてくれ」

村人の男はそう言い、肩を落としながら家の中へと入った。
鎧を着た男は俯き、それからこちらに振り向く。振り向けば、フードを深く被った怪しげな男ーーエクスの姿を見て目を丸くする。

「この村の人ではありませんね?」
「‥‥あ、ああ、偶然来て‥‥そこの、宿に」

エクスは顔を隠しながら小さな声で言った。

「なるほど。それで、惨状を目にしましたか‥‥本当に、惨いことです。少年一人の尊い命と、女人に恐怖を植え付けて‥‥」
「女人に‥‥?」
「‥‥見てはいませんでしたか?いえ、見ていないのであれば、あなたのような若き少年が知る必要はないでしょうな」

鎧の男はそう言うが、

「教えてくれ‥‥何が、あったんだ。俺は、宿の窓から光景を見ただけだった。少年が、死ぬ現場だけ、見た。シックスギアのことも、詳しく知らない」
「‥‥うーむ‥‥」

鎧の男はしばらく考え込み、

「魔族のマジャは、ロンギング国の地下牢に極秘に、厳重に幽閉されていた極悪人であります。奴の食事は、『ヒト』なのです」

ヒトーー人間、魔族、天使を示しているのだろう。
だが、ロンギング国に住まうエクスは地下牢へ行ったことはなかったし、幽閉されていた者達の存在も知らなかった。
皮肉にも、視界を奪われた状態で数日、自分が幽閉されることとなったが‥‥

「それから、人間と天使の血を持つリダ。しかし所業は悪魔に近い。奴はトップクラスの賞金首。強い男を好み、弱ければ瞬時に殺害。女性のことは快楽を満たす道具としか思っておらず‥‥この村の女人も被害に遭われました‥‥」
「ーーッ!?」

耳を疑うような話に、エクスは足をふらつかせる。

「‥‥失敬。子供にするような話ではありませんな。しかし、自分は赦せない。このように変わり果てた国を、暴君ソートゥを‥‥」
「暴君‥‥?」
「シックスギアを束ねるのは彼女だと言われています」
「ーー!?」

一気に、頭に血が上る。

「そんなはずはない!ソートゥ‥‥王女は、そんな人物ではない!それにまだ、子供だぞ!?」

エクスは思わず鎧の男の両腕を掴んだ。

「知っておりますとも。ソートゥ王女は幼く、民からすれば愛らしい存在です。しかし、聡明であったウィシェ王子ですら王殺し、残った妹君までも、犯罪者を野に放ち、世界を変えてしまった!」
「ぐっ‥‥!?」

エクスは押し黙る。これは、罠だ。誰かが自分たち兄妹を陥れた、罠だと。
王子には王殺し、王女には暴君の汚名を与え、いったい何が目的なのか。

鎧の男はエクスの手を優しく掴んで振りほどき、

「無理もない。あなたもこんな現実、受け入れられないでしょうな。今は、どこも危険であります。無闇に出歩かないよう、安全な場所にいて下さい」

そう言って微笑み、鎧の男は村を巡回し始めた。

エクスは自分の汚名と、妹までもが中傷されている事実に胸を痛める。
だが、痛むだけ。憎いだけ。苛立つだけ。困惑するだけ。絶望するだけ。
ーー思うだけしか、出来ない。

陽は落ち、闇が無力な王子を追い詰めるように見下ろしていた。
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