脇役ほいほい

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⑧おしまいの日

おしまいの日-1

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突如起きた異変。
サントレイル城の窓から国の外を見渡せば、まるで世界中を黒い霧のようなものが覆っていた。そう、表現するしかない。

先刻、いつものようにサントレイル国の地下牢に居る異端者達の元を訪れたのだが、そこに異端者達の姿はなく、代わりに地下牢には黒い霧が蠢いていたのだ。

地下牢を覆う黒い霧、そして今、世界中を覆う黒い霧。
ぼんやりと、ガラス越しにそれを見つめ、

(結局、異端者とはなんなんだろう。この霧は、彼らなのだろうか)

わからないが、そんな風に思えてしまう。
たが、なぜだろう。少しだけ気持ちが楽になった気がした。
異端者という存在が地下牢から無くなって、長年洗脳のようにあった使命感から解放されたような気分だ。

(なんて、ね。こんなことを考えている場合じゃないな。昨晩、オルラド国が火本(ひもと)の国を奇襲したーー‥‥得体の知れない国。タカサとソラを、私の一時の平穏を奪った国。それをどうにかして、私は死ぬんだ。それを理由に、私は逃げるんだ。リーネを巻き込んでしまった以上、もう後戻りはできない。私は‥‥間違っているのだろうか?)

得体の知れない国、戦争の火種、オルラド国を壊せば世界はそれに怯えることなく暮らせるだろう。
それに備えてジルクはリーネと共に生命を繋ぐ魔術を使うことにした。
互いの高い魔力を蓄え合い、国の危機に備えている。
どちらかの命が消えれば、残った方も死ぬ。
そして、この魔術の本当の対価は‥‥

それを考えたら、この選択は間違いじゃない。ジルクはそう思う。
世界と、自分にとっては。
リーネを巻き込んだことだけは、謝ることしかできない。

暗い気持ちになった時には、あの日の少年少女の笑顔がいつも鮮明に蘇る。

「ヒロとタカサとソラ。私の‥‥最高の友達」

静かにそう口にして、ジルクは顔を上げた。
ヒロが言っていた、形だけの結婚式。きっと、それは行われないだろう。だって、ほら‥‥

(世界が壊れていく音がする)


◆◆◆◆◆

教会内の一室で、一同は沈黙していた。
赤ん坊の姿がなく、いつだって気丈だったラサがとても怯えている。

「たっ、大変よぉ!?外も黒い霧だらけ!」

外の様子を見に行っていた波瑠がそう言いながら慌てて戻って来た。

「あの霧に害があるのかどうかがわからない以上、どうしたらいいのか‥‥」
「ここで大人しくしているべきか、どこかに避難すべきか‥‥」

シハルとヒロが言えば、

「とりあえず、もう少し様子を見ましょう。ラサさんの状態も‥‥その‥‥」

その場に膝をつき、俯いたままのラサを見つめながらカイアが言った。

ヒロは思う。
もしこの霧が異端者だったら、異端者を助けて来た自分は間違っていたのだろうか?
もしかしたら、世界を危機に晒してしまったのだろうか?

いいや、違う。
自分は、自分達は間違ってなんかいない。
人が人を助ける、共に生きるーー当たり前のことをしてきたのだから。

ぶんぶんと首を横に振り、そんな思考を振り払う。
俯いて、時間だけが過ぎていった時、

『世界中の皆さん、聞こえますか』

「ーー!?」

頭の中にそんな声が響いて来て、一同は驚いた。

『今、世界中に広がっている黒い霧の正体はわかりません。ただ、これはオルラド国が関係している。私はそう思うのです』

これは、ジルクの声だ。
どうやら全人類に高度な連絡魔法を送っているようで‥‥

『昨晩、オルラド国は火本を無差別に襲いました。そしてどうやら現在、我がサントレイル国に向かっているのを部下が捉えています。今日を以て、私はオルラド国を壊滅させようと思います。皆さんには、わけのわからない言葉だと思います。でも、きっと世界は変わります。世界は今日、終わって始まる。それでは、時間がないのでこれで‥‥さようなら』

そこで、連絡魔法は切れた。

「え、なんなの?どういうことぉ?」
「えっと‥‥?」

波瑠とシハルはわけがわからなくて顔を見合わせる。

(ジルク‥‥まさか‥‥)

生命を繋ぐ魔術のことを知っているヒロは目を見開かせた。
ジルクはリーネと共に高めた魔術でオルラド国を壊すつもりなのだろう。どんな魔術なのかはわからない。
ただ、最後の「さようなら」が引っ掛かる。
まるで、お別れみたいな‥‥

(ジルク‥‥本当に成功するの?オルラド国なんて得体の知れない国に、高めた魔術だけで本当に勝てるの?私達はあの日、オルラド国に奪われた。あんな国に、本当に?)

世界は今日、終わって始まる。
それは一体、どんな意味を持つのか‥‥

「ヒロさん?」

腰に下げた剣に手を当てるヒロにシハルが気づく。

「オレ‥‥サントレイルに行くよ!何も出来ないかもしれないけど、でも、約束したんだ。いつか、ジルク様の、友達の力になろうって!タカサとソラと約束をした。それが、今なんだと思う」
「無茶よぉ!あんたが行ったって、無駄死にするだけよぉ!?」

波瑠はヒロの肩を掴み、制止した。

生命の魔術の話をディンから初めて聞いた日、『知っていたら‥‥いざという時、ヒロさんはジルク様を助けてくれるんじゃないかなと思って』‥‥彼はそう言った。
死にたくない、死ぬのは怖い。
でも、この日が来た。
得体の知れない国、得体の知れない魔術。
タカサとソラとの約束。
ーー大切な時間を奪った仇。

「‥‥何も出来ないよ。死にたくない。でも、思い出したんだ。斬り落とされた左腕、オレを守って死んだ二人の温もり。辺りに転がる先生や生徒達の体。一面を覆う、赤。また何も出来ないままジルクを‥‥友達を喪ったら、オレは後悔しかできない。だから、何もしないなんて、今度は出来ないんだ」

カタカタと腕を震わせながらも、肩を掴む波瑠の手を振りほどき、ヒロは外へと向かう。
すると今度はシハルに腕を掴まれた。

「シハル‥‥!止めたって」
「俺も行くよ」
「無駄‥‥え?」

止めたって無駄だと口にしたが、シハルの言ったことにヒロは目を丸くする。
だが、ヒロはすぐに頷いた。
シハルは‥‥記憶が戻っている。昔から、こんな人だ。
全てを喪ってすぐにシハルに出会い、三年間ずっと助けられて来た。
そんな彼は、異端者の子供を助けて死んだ妻の気持ちを理解できたのだろうか。気持ちを、消化できたのだろうか。

「波瑠さんは何かあった時に、ここでカイアとラサさんを守ってくれるかい?」
「‥‥そっ、それは当たり前ですわぁ!でもっ、ヒロとシハルさんの二人でオルラド国が来るかもしれない場所に行くなんて‥‥」

死にに行くようなものじゃないかという言葉を、彼女は飲み込む。

「なるほど。ヒロさんならやはり今のジルク様の言葉を聞いてサントレイルへ向かうと思っていましたよ」

そう言って教会に入って来たのは、先刻帰ったばかりのディンだった。

『城の中に居る異端者が無事かどうか確認してみます』

帰路の途中、彼はそう言っていたが、

「サントレイル国に帰る前に僕もさっきの通信を聞いて、慌てて引き返したんです。途中の村で馬車は用意して外で待たせています。行くのなら、早く行きましょう」
「さっ、さすがディンさん!助かります!」

ヒロはそう言い、

「波瑠、カイア、行って来る‥‥!ラサさんを頼んだよ!絶対にシハルとここに帰って来るから!ジルクとリーネも連れて、絶対に」

そう言って、ヒロとシハルはディンと共にサントレイル国へと向かった。
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