雨の日に君が踊れば

星本きらり

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熱情

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「お散歩いたしましょうシド。今日は気持ちの良い日ですわ。近頃雨が多くて気が滅入ってましたの」

 ルビーがそう言って、シドを庭園に連れ出した。
 桃色のドレスを着て可愛らしく着飾っている。
 薔薇の塀に囲まれ丸石の敷き詰められた小道を並んで歩く。ルビーはその薔薇の匂いを嗅いでにっこりと微笑んだ。

「一週間後に、国民の皆様にお知らせするようですよ。皆さんお城の前に集まって下さるようです。そこで結婚を発表して……また一週間後に挙式ですって。聞いてましたわよね?」
「ああ、聞いていたさ」
「私、今からとってもドキドキしていますの。お手を貸して下さいな」

 シドの手を取り、ルビーは自分の胸にあてた。

「伝わりませんか」
「……そうだね。伝わるよ」
「ドレスはどんなドレスがいいかしら。水色や桃色、それとも純白、赤。ねぇあなた、私には何色が似合いますか……」

 どこかうわの空のシドに向かってルビーは話しかけ続けた。

「……水色かな。私の最近好きな色だ。近頃、雨が好きでね」
「あら、そうなんですの。私はあまり……好きにはなれませんわ」

 シドはそう言うと、聳え立って見える東の塔を見つめた。
 ルビーはその横顔を見つめた。

「……そういえば……少し小耳に挟んだのですが……。あの東の塔のてっぺんに、お父上がまた妾を囲ったとか……」

 どきりとしたシドはルビーの目を見た。

「妾を?」
「あら、ご存知ありませんか?」
「私はなにも聞いてはいないが……」
「そうですか。ならば良いのです。お父上が妾を持つことなど、珍しいことではありませんわ。母上も知っている事ですからね」

 ルビーはそう言ってくすりと笑った。
 それから、シドの背中に腕を回し、胸に顔を埋める。

「日に日にあなたへの想いが増していくようです……」

 愛しすぎて苦しい、そんな想いが伝わるような声だった。
 シドは優しく顎を上げると、その唇にキスをした。

「私もですよ、ルビー」

 薔薇のように真っ赤な嘘が、その場に舞った。



◆◇◆◇



「今日は雨だ!」

 朝目が覚めて、雨が降っていると心が躍った。
 どうか夜まで止まないでくれと願う。
 夜になりまだ雨が降っている日は、シドは噴水の影に隠れレインを待った。

「踊ってくれレイン。君の踊りが見たいんだ」

 レインは雨の中踊って見せた。
 しなやかで艶やかなその踊りはシドの愛を高ぶらせていった。

「好きな色はあるかい?好きな花は」

 踊り終わると、二人は噴水の影にしゃがんでいろんな話をした。

「好きな色は、嘘みたいでしょうけど、ずっと紫でした。だからあなたのその紫の瞳は本当に綺麗で。好きな花は……アガパンサスという花……知っていますか?私の産まれた六月二十五日の誕生花だと母が教えてくれました」
「君の母上は花が好きだったのだな……。知っているよ。こう見えても花には詳しくてね。ではアガパンサスの花言葉は知っているかい?」
「花言葉までは知りません。ご存知なのですか?」
「子供の頃の先生が花好きでね。よく花言葉を教えてもらっていたんだよ」
「それを今でも?」
「ああ、記憶力は良いほうなんだ」
「ふふ、すごい」

 レインが微笑んだ。
 シドの心はそれだけで飛び上がりそうに喜んだ。

「恋の始まり」
「恋の始まり?」
「そう、恋の始まり」
「恋の始まりかぁ。ロマンチックですね」
「花言葉はいつだってロマンチックさ」

 雨粒がレインの頬を伝っていき、シドはそれをそっと拭った。
 少しびくっとしてから、レインはシドの顔を見る。
 その瞳に怯えの色はもはやなかった。
 無言で見つめ合った後、シドはレインに口づけをした。
 優しく、愛しむように、その唇に触れる。
 二人、初めてのキスだった。

 その唇が離れると、レインは言った。

「シド様……僕はいつの間にか、この時間ときが楽しみになっておりました……立場もわきまえずに、僕はなんという事をしでかしてしまっているのでしょうか。怖くて仕方ありません、あなたを愛するなんて……!」
「レイン、怖いのは私も一緒さ。こんな気持ちは初めてなんだ。君に逢いたくて、逢いたくて、触れたくて仕方なかった。雨が永遠に止まなければ良いとさえ思った。この狂おしい気持ちがどこまでも膨らむようで恐ろしい…けれど、私達は決して報われない渦の中に居る。今一番怖いのは、君を失うことだ」

 雨がしきりに頬を伝い、それに紛れ二人の涙もそっと流れた。

 今度は、レインが自分からシドの唇を求めた。
 シドの頬を両手で掴み、情熱的に唇を重ねた。

「ん……んんっ」

 舌を絡ませ、貪るように唇を重ねた。
 互いの頭や顔や背中を撫でながら、その場に転がり無我夢中で。

「ん……はぁはぁ」

 唇が離れると、息を上げながら馬乗りになっているレインを下から見て、シドは言った。

「愛してる、君を愛している!」

「私も……愛しています」

 その日、二人は初めて言葉で愛を確かめ合った。
 まるで磁石のように引き合う愛情は、もはや運命と呼ぶしかない。
 レインは覆いかぶさるように、シドを抱きしめる。


 それはシドの挙式の、前日のことだった―。






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