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あかり、初めて喧嘩する
夏樹くんの秘密 2
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しばらく考えて、夏樹くんは言った。
「妖怪が視えるって言ったら、『嘘つき』呼ばわりされるって言うのは、知識で知ってるよ。
アイツらもさ、『怖い』って言っても、大人たちには『そんなの気のせい』とか、『気を引こうとしている』とか、まともに取り合ってもらえねーんだって」
なんかそう言うの、しんどいよな。
そう呟く夏樹くんの視線は、ボール遊びをする子たちに向けられた。
「俺も兄ちゃんに、『妖怪が視えること、周りには言うなよ』って言われているし。父ちゃんにも母ちゃんにも、言ってねーんだ。兄ちゃんは、『言っても多分、信じてくれないだろう』って」
「……そう」
「俺はさ、兄ちゃんがいてくれたからよかった。兄ちゃんは視えないけど、最初から信じてくれてさ。それがフツーだと思ってたけど、全然フツーじゃないんだよな」
なあ、と夏樹くんは私の方を見た。
「あかりねーちゃんも、信じて貰えなかったの?」
その問いに、私はふと気づく。
そう言えば私、誰かに自分の過去を話したことがなかった。
どこまで話していいんだろう。夏樹くんは、私より幼い。あまり、暗い話をしない方がいいんじゃないかな。
――そう思ったけど、深みのある目を向けられて、私はするり、と言っていた。
「私もね、信じて貰えなかったの。お母さんに。
何か言う度に、『嘘つかないで』って言われて、人前に出る時は『お母さんの言うことに黙ってうなずけばいいから』って言われてた」
だから、妖怪や悪霊が窓の外にいると泣きついても、妖怪に怪我をさせられたと言っても、『馬鹿なこと言わないで』と言われた。
『人を怖がらせて楽しい!? アンタのせいで、あたしがどんな目で見られてるかわかる!?』
『アンタが不注意だったからでしょ? やめてよね。あたしがダメな母親って言われるでしょ』
『どうしてもっと普通の子に生まれてきてくれなかったの……? 普通に産まなかったあたしのせいなの?』
ああ、あと何を言われたっけ。
具体的な罵声なんて、覚えていないものだ。ただ、怒っているのが怖くて、信じてもらえないのが悲しくて、お母さんの意に添えない自分が恥ずかしかった。
視えているのが悪いんだと、何度鏡の前で目玉を取ろうとしたことか。
「……それで、どうしたんだ? 母ちゃんと仲直りしたのか?」
「うーうん。どうもしないよ。会ってないもの」
わざと明るく言う私に、え、と夏樹くんは目を丸くした。
「売られたのよ。私。お母さんに」
夏樹くんの顔色が、サッと青くなった。
「霊能力者の家系である小野家が、私を引き取るって言ってね。お母さん、お金と引き換えに私を売り飛ばしたの。
私の父親は蒸発して、一人で育ててたし。お金がなかったんでしょうね」
最初は、単に、知らない所へお泊まりしに行くんだと思っていた。けれど、何も分かっていない私を見かねて、小野家の人が説明してくれた。
それを知った時、なんで、と私は問い詰めた。どうしてお母さん、私を売ったの、って。
そもそもお母さん、私がいくら言っても、妖怪とか、幽霊とか、信じなかったじゃん。それを相手にする人の言うことを信じるの、って。
うるさい、と母は言った。
私の大切にしていた貯金箱を、私の大切なものの上で叩きつけて壊す。
『アンタのせいで、あたしの人生が台無しになった! 働いてもすぐにクビになったし、お金も全部アンタに消えてった! だから金で返しなさいよ! ――あたしの人生、返してよ!!』
……もう、ダメなんだな。そう思った。
どうしてこんな人間を、母親だなんて思っていたのか。どうして私は、こんな人間に対して、罪悪感を抱いていたのか。
何もかも馬鹿らしくなって、真面目に彼女の暴言を受け取っていた自分が、とても恥ずかしくなった。
夏樹くんが、おろおろと私を見る。
……やっぱり、話すべきことじゃなかった。
冬夜くんみたいな目だったから、つい、何でも受け流してくれるんじゃないかと甘えてしまった。
「ごめんね、こんな話をして。でも、知っていて欲しいの。家族って、皆仲良しってわけじゃないってこと。仲直りとか、どうしようもない家族もいるってこと……」
あれだけ酷いことを言われても、私は母を憎みきれないでいる。
憎み切れない、とは違うのだろうか。だけど、ふとあの人に言われたことを思い出しては引き戻される。
もう一人の自分が、「あの女をズタズタにしてやりたい」と思うほど激しく怒っていて、そんな自分を見て泣いている。
忘れたらいいのに。
恐れるのも憎むことも悲しむこともやめて、ただ、忘れたらいいのに。
「だからね、夏樹くん。冬夜くんと、ずっと仲良くして欲しいな。それは私には、出来なかったことだから」
「それ、あかりねーちゃんは?」
私の言葉に被せるように、夏樹くんが言った。
「あかりねーちゃんは、俺たちとは仲良くしてくれねーの?」
「そりゃ、もちろん仲良くしたいよ。でも、私は家族じゃないし、」
「家族みたいなもんじゃん!」
夏樹くんが叫ぶ。
周りの子が、何があったんだ、という感じに、手を止めてこっちを見ていた。
「そ、そりゃ、アカの他人? だけど、あかりねーちゃんがそんなこと言われてたら、俺、怒るよ!? そんなの、視えるとか視えないとか関係ねーじゃん! ムスメをモノ扱いすんなって、怒るよ!?
俺、あかりねーちゃんがそんなことを言われるの、俺、……」
そうやって、夏樹くんはボロボロと涙をこぼした。
……ああ、優しいなあ。
夏樹くんは、こんな風に、誰かのために泣ける子なんだ。
「~~っくそ! すぐ泣ぐ自分が嫌になる!」
「わかる~。感情がたかぶると、泣きたくないのに泣いちゃうんだよね~」
私は明るく同意した。
けれどキッ、と、夏樹くんに睨まれる。
「ねーちゃんは明るく言わない! もっと怒るべき!」
「え~。私、結構怒ってるけど」
「もっと! ちゃんと! 怒れ!!」
「妖怪が視えるって言ったら、『嘘つき』呼ばわりされるって言うのは、知識で知ってるよ。
アイツらもさ、『怖い』って言っても、大人たちには『そんなの気のせい』とか、『気を引こうとしている』とか、まともに取り合ってもらえねーんだって」
なんかそう言うの、しんどいよな。
そう呟く夏樹くんの視線は、ボール遊びをする子たちに向けられた。
「俺も兄ちゃんに、『妖怪が視えること、周りには言うなよ』って言われているし。父ちゃんにも母ちゃんにも、言ってねーんだ。兄ちゃんは、『言っても多分、信じてくれないだろう』って」
「……そう」
「俺はさ、兄ちゃんがいてくれたからよかった。兄ちゃんは視えないけど、最初から信じてくれてさ。それがフツーだと思ってたけど、全然フツーじゃないんだよな」
なあ、と夏樹くんは私の方を見た。
「あかりねーちゃんも、信じて貰えなかったの?」
その問いに、私はふと気づく。
そう言えば私、誰かに自分の過去を話したことがなかった。
どこまで話していいんだろう。夏樹くんは、私より幼い。あまり、暗い話をしない方がいいんじゃないかな。
――そう思ったけど、深みのある目を向けられて、私はするり、と言っていた。
「私もね、信じて貰えなかったの。お母さんに。
何か言う度に、『嘘つかないで』って言われて、人前に出る時は『お母さんの言うことに黙ってうなずけばいいから』って言われてた」
だから、妖怪や悪霊が窓の外にいると泣きついても、妖怪に怪我をさせられたと言っても、『馬鹿なこと言わないで』と言われた。
『人を怖がらせて楽しい!? アンタのせいで、あたしがどんな目で見られてるかわかる!?』
『アンタが不注意だったからでしょ? やめてよね。あたしがダメな母親って言われるでしょ』
『どうしてもっと普通の子に生まれてきてくれなかったの……? 普通に産まなかったあたしのせいなの?』
ああ、あと何を言われたっけ。
具体的な罵声なんて、覚えていないものだ。ただ、怒っているのが怖くて、信じてもらえないのが悲しくて、お母さんの意に添えない自分が恥ずかしかった。
視えているのが悪いんだと、何度鏡の前で目玉を取ろうとしたことか。
「……それで、どうしたんだ? 母ちゃんと仲直りしたのか?」
「うーうん。どうもしないよ。会ってないもの」
わざと明るく言う私に、え、と夏樹くんは目を丸くした。
「売られたのよ。私。お母さんに」
夏樹くんの顔色が、サッと青くなった。
「霊能力者の家系である小野家が、私を引き取るって言ってね。お母さん、お金と引き換えに私を売り飛ばしたの。
私の父親は蒸発して、一人で育ててたし。お金がなかったんでしょうね」
最初は、単に、知らない所へお泊まりしに行くんだと思っていた。けれど、何も分かっていない私を見かねて、小野家の人が説明してくれた。
それを知った時、なんで、と私は問い詰めた。どうしてお母さん、私を売ったの、って。
そもそもお母さん、私がいくら言っても、妖怪とか、幽霊とか、信じなかったじゃん。それを相手にする人の言うことを信じるの、って。
うるさい、と母は言った。
私の大切にしていた貯金箱を、私の大切なものの上で叩きつけて壊す。
『アンタのせいで、あたしの人生が台無しになった! 働いてもすぐにクビになったし、お金も全部アンタに消えてった! だから金で返しなさいよ! ――あたしの人生、返してよ!!』
……もう、ダメなんだな。そう思った。
どうしてこんな人間を、母親だなんて思っていたのか。どうして私は、こんな人間に対して、罪悪感を抱いていたのか。
何もかも馬鹿らしくなって、真面目に彼女の暴言を受け取っていた自分が、とても恥ずかしくなった。
夏樹くんが、おろおろと私を見る。
……やっぱり、話すべきことじゃなかった。
冬夜くんみたいな目だったから、つい、何でも受け流してくれるんじゃないかと甘えてしまった。
「ごめんね、こんな話をして。でも、知っていて欲しいの。家族って、皆仲良しってわけじゃないってこと。仲直りとか、どうしようもない家族もいるってこと……」
あれだけ酷いことを言われても、私は母を憎みきれないでいる。
憎み切れない、とは違うのだろうか。だけど、ふとあの人に言われたことを思い出しては引き戻される。
もう一人の自分が、「あの女をズタズタにしてやりたい」と思うほど激しく怒っていて、そんな自分を見て泣いている。
忘れたらいいのに。
恐れるのも憎むことも悲しむこともやめて、ただ、忘れたらいいのに。
「だからね、夏樹くん。冬夜くんと、ずっと仲良くして欲しいな。それは私には、出来なかったことだから」
「それ、あかりねーちゃんは?」
私の言葉に被せるように、夏樹くんが言った。
「あかりねーちゃんは、俺たちとは仲良くしてくれねーの?」
「そりゃ、もちろん仲良くしたいよ。でも、私は家族じゃないし、」
「家族みたいなもんじゃん!」
夏樹くんが叫ぶ。
周りの子が、何があったんだ、という感じに、手を止めてこっちを見ていた。
「そ、そりゃ、アカの他人? だけど、あかりねーちゃんがそんなこと言われてたら、俺、怒るよ!? そんなの、視えるとか視えないとか関係ねーじゃん! ムスメをモノ扱いすんなって、怒るよ!?
俺、あかりねーちゃんがそんなことを言われるの、俺、……」
そうやって、夏樹くんはボロボロと涙をこぼした。
……ああ、優しいなあ。
夏樹くんは、こんな風に、誰かのために泣ける子なんだ。
「~~っくそ! すぐ泣ぐ自分が嫌になる!」
「わかる~。感情がたかぶると、泣きたくないのに泣いちゃうんだよね~」
私は明るく同意した。
けれどキッ、と、夏樹くんに睨まれる。
「ねーちゃんは明るく言わない! もっと怒るべき!」
「え~。私、結構怒ってるけど」
「もっと! ちゃんと! 怒れ!!」
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