27 / 33
あかり、初めて喧嘩する
夏樹くんの秘密 1
しおりを挟む
学校が終わって帰る時、あの公園の前を通ると、楽しそうな声が聞こえた。
覗いて見ると、夏樹くんと、夏樹くんと同じ年の子……いや、明らかに夏樹くんより年齢が低い子が数人いた。
キャッキャという歓声とともに、ボールが飛んでいる。コートがないからドッジボールではなさそうだ。夏樹くんと初めて会った時に咲いていた藤棚の藤はとうに散っていて、その下では真面目な顔で鉛筆を握っている子がいる。その周りには、ランドセルがあちこちに投げ捨てられていた。
「あ、あかりねーちゃん!」
夏樹くんが私に気付き、ブンブンと手を大きく振った。私も小さく手を振る。
夏樹くんが私のところまで走って来てくれた。すると、他の子たちも同じようにやって来る。
ボール遊びをしていた子だけじゃなく、藤棚の下で鉛筆を握っていた子も、ノートを抱えてやってきた。
「そっちの子たちは、夏樹くんの友だち?」
「うん。友だち」
夏樹くんがそう言うと、他の子たちが「こんにちはー!」とあいさつをする。
すごい。皆しっかりしてる。
「皆で遊んでいたの?」
「遊んでたっていうか」
コソ、と夏樹くんが私に耳打ちした。
「皆、妖怪に狙われやすい子たちなんだ。だから出来るかぎり、皆で集まってやり過ごしてるんだ」
その言葉に、私は驚いた。
ボールが放物線を描いて空へ投げられる。それをキャッチした子が、「いーちにー、さん!」と言って、三歩歩いて投げた。
藤棚の机で作業している子たちは、宿題をしたり、ゲームをしたり、お絵描きをしたりしている。
その中で、夏樹くんと私は、皆とは少し距離を置いて話していた。
「皆はっきりと妖怪が視えるわけじゃねーんだ。ただ、何かに視られているとか、黒いモヤが視えるとか、体調が悪くなるとか、そういうものが感じ取れるみたいで。で、皆、俺のそばにいたらそういうのが近寄ってこないって言うんだ」
「言うって、夏樹くんは視てないの?」
「うん。なんか視られてるなー、って気配は感じるけど、振り向いたらいなくなってる」
前仲良くなった妖怪が言ってたんだけど、と夏樹くんは続ける。
「俺、良い妖怪には懐かれて、悪い妖怪には逃げられるみたいなんだ。俺自身は怖い思いしたこと、殆ど無いし……」
「そうなの?」
意外な回答に、私は驚く。
だって冬夜くんの対応的に、もっと妖怪の事件に巻き込まれていると思っていた。
……あ、でも確か、『命に関わることはほとんどない』って言っていたっけ。
そう言えば私、冬夜くんから伝聞形で聞いていて、夏樹くん自身から話を聞くこと、ほとんど無かったかもしれない。
「夏樹くんは、今まで妖怪と会っていたら、どうやってやり過ごしていたの?」
「俺?」
んー、と唇を尖らせて、夏樹くんは考える。
「まずあっちから声を掛けられるだろ。で、名前聞いて、話を聞くだろ。大体何かしてほしい、って頼まれるから、自分にできることなら叶えてやるだろ。そんだけ」
「それだけ」
「うん。あ、仲良くなって、何度か家に案内してもらったことがあったりはした」
けど、と夏樹くんは続ける。
「時間の流れが違って、家に帰ったら夜になってたり、日付が変わったりしてたんだよな。そんでにーちゃんにめっちゃ心配かけちゃって。その事を伝えて、『家にはもう遊びに行けない』って言ったら、もうその妖怪とは、会えなくなっちゃった」
そう言って、夏樹くんはさみしそうな顔をした。
……多分、その妖怪は、悪意があって招いたわけじゃないだろう。寂しくて、構って欲しくて、夏樹くんを異界へ招いた。
『寂しい』という感情は悪ではないけど、他者で埋め合わせようとすると、どぶどぶと相手を引きずり込んでしまう。特に妖怪の『寂しい』は、人間の比じゃない。今埋め合わせているものが、すぐに消えてしまうことを知っている。それをなんとか引き留めようとして、神隠しをしてしまう神や妖怪は多い。
それを理解したから、その妖怪は会う事を辞めたんだろうな。
夏樹くんには、人間にも妖怪にも友だちがいる。だけど、ちゃんと適切な距離をとっている。
助けられることは助けて、出来ないことは「出来ない」とちゃんと言う。そう言う子は、妖怪の寂しさに引き込まれることはない。
初めて会った時から思っていたけど、夏樹くんからは、「人とちがう」ことから生まれる孤独感を感じない。
「夏樹くんはさ。妖怪が視えて、誰かに嫌われたりしなかった?」
私の質問に、夏樹くんはきょとんとした。
覗いて見ると、夏樹くんと、夏樹くんと同じ年の子……いや、明らかに夏樹くんより年齢が低い子が数人いた。
キャッキャという歓声とともに、ボールが飛んでいる。コートがないからドッジボールではなさそうだ。夏樹くんと初めて会った時に咲いていた藤棚の藤はとうに散っていて、その下では真面目な顔で鉛筆を握っている子がいる。その周りには、ランドセルがあちこちに投げ捨てられていた。
「あ、あかりねーちゃん!」
夏樹くんが私に気付き、ブンブンと手を大きく振った。私も小さく手を振る。
夏樹くんが私のところまで走って来てくれた。すると、他の子たちも同じようにやって来る。
ボール遊びをしていた子だけじゃなく、藤棚の下で鉛筆を握っていた子も、ノートを抱えてやってきた。
「そっちの子たちは、夏樹くんの友だち?」
「うん。友だち」
夏樹くんがそう言うと、他の子たちが「こんにちはー!」とあいさつをする。
すごい。皆しっかりしてる。
「皆で遊んでいたの?」
「遊んでたっていうか」
コソ、と夏樹くんが私に耳打ちした。
「皆、妖怪に狙われやすい子たちなんだ。だから出来るかぎり、皆で集まってやり過ごしてるんだ」
その言葉に、私は驚いた。
ボールが放物線を描いて空へ投げられる。それをキャッチした子が、「いーちにー、さん!」と言って、三歩歩いて投げた。
藤棚の机で作業している子たちは、宿題をしたり、ゲームをしたり、お絵描きをしたりしている。
その中で、夏樹くんと私は、皆とは少し距離を置いて話していた。
「皆はっきりと妖怪が視えるわけじゃねーんだ。ただ、何かに視られているとか、黒いモヤが視えるとか、体調が悪くなるとか、そういうものが感じ取れるみたいで。で、皆、俺のそばにいたらそういうのが近寄ってこないって言うんだ」
「言うって、夏樹くんは視てないの?」
「うん。なんか視られてるなー、って気配は感じるけど、振り向いたらいなくなってる」
前仲良くなった妖怪が言ってたんだけど、と夏樹くんは続ける。
「俺、良い妖怪には懐かれて、悪い妖怪には逃げられるみたいなんだ。俺自身は怖い思いしたこと、殆ど無いし……」
「そうなの?」
意外な回答に、私は驚く。
だって冬夜くんの対応的に、もっと妖怪の事件に巻き込まれていると思っていた。
……あ、でも確か、『命に関わることはほとんどない』って言っていたっけ。
そう言えば私、冬夜くんから伝聞形で聞いていて、夏樹くん自身から話を聞くこと、ほとんど無かったかもしれない。
「夏樹くんは、今まで妖怪と会っていたら、どうやってやり過ごしていたの?」
「俺?」
んー、と唇を尖らせて、夏樹くんは考える。
「まずあっちから声を掛けられるだろ。で、名前聞いて、話を聞くだろ。大体何かしてほしい、って頼まれるから、自分にできることなら叶えてやるだろ。そんだけ」
「それだけ」
「うん。あ、仲良くなって、何度か家に案内してもらったことがあったりはした」
けど、と夏樹くんは続ける。
「時間の流れが違って、家に帰ったら夜になってたり、日付が変わったりしてたんだよな。そんでにーちゃんにめっちゃ心配かけちゃって。その事を伝えて、『家にはもう遊びに行けない』って言ったら、もうその妖怪とは、会えなくなっちゃった」
そう言って、夏樹くんはさみしそうな顔をした。
……多分、その妖怪は、悪意があって招いたわけじゃないだろう。寂しくて、構って欲しくて、夏樹くんを異界へ招いた。
『寂しい』という感情は悪ではないけど、他者で埋め合わせようとすると、どぶどぶと相手を引きずり込んでしまう。特に妖怪の『寂しい』は、人間の比じゃない。今埋め合わせているものが、すぐに消えてしまうことを知っている。それをなんとか引き留めようとして、神隠しをしてしまう神や妖怪は多い。
それを理解したから、その妖怪は会う事を辞めたんだろうな。
夏樹くんには、人間にも妖怪にも友だちがいる。だけど、ちゃんと適切な距離をとっている。
助けられることは助けて、出来ないことは「出来ない」とちゃんと言う。そう言う子は、妖怪の寂しさに引き込まれることはない。
初めて会った時から思っていたけど、夏樹くんからは、「人とちがう」ことから生まれる孤独感を感じない。
「夏樹くんはさ。妖怪が視えて、誰かに嫌われたりしなかった?」
私の質問に、夏樹くんはきょとんとした。
3
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【総集編】日本昔話 パロディ短編集
Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。
今まで発表した
日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。
朝ドラの総集編のような物です笑
読みやすくなっているので、
⭐️して、何度もお読み下さい。
読んだ方も、読んでない方も、
新しい発見があるはず!
是非お楽しみ下さい😄
⭐︎登録、コメント待ってます。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
児童小説をどうぞ
小木田十(おぎたみつる)
児童書・童話
児童小説のコーナーです。大人も楽しめるよ。 / 小木田十(おぎたみつる)フリーライター。映画ノベライズ『ALWAIS 続・三丁目の夕日 完全ノベライズ版』『小説 土竜の唄』『小説 土竜の唄 チャイニーズマフィア編』『闇金ウシジマくん』などを担当。2023年、掌編『限界集落の引きこもり』で第4回引きこもり文学大賞 三席入選。2024年、掌編『鳥もつ煮』で山梨日日新聞新春文芸 一席入選(元旦紙面に掲載)。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
山姥(やまんば)
野松 彦秋
児童書・童話
小学校5年生の仲良し3人組の、テッカ(佐上哲也)、カッチ(野田克彦)、ナオケン(犬塚直哉)。
実は3人とも、同じクラスの女委員長の松本いずみに片思いをしている。
小学校の宿泊研修を楽しみにしていた4人。ある日、宿泊研修の目的地が3枚の御札の昔話が生まれた山である事が分かる。
しかも、10年前自分達の学校の先輩がその山で失踪していた事実がわかる。
行方不明者3名のうち、一人だけ帰って来た先輩がいるという事を知り、興味本位でその人に会いに行く事を思いつく3人。
3人の意中の女の子、委員長松本いずみもその計画に興味を持ち、4人はその先輩に会いに行く事にする。
それが、恐怖の夏休みの始まりであった。
山姥が実在し、4人に危険が迫る。
4人は、信頼する大人達に助けを求めるが、その結果大事な人を失う事に、状況はどんどん悪くなる。
山姥の執拗な追跡に、彼らは生き残る事が出来るのか!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる