悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第三部

八十六話 パーティーの終わりに 中

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 夜の街は、普段の静けさが嘘のように賑わっている。
 エリス公爵領の庁舎の前には、大きな石畳みの広場がある。今夜はもう遅い時間にも関わらず、様々な衣装を着た人々が行き交い、ランタンや街灯で照らされた会場の中は人でいっぱいだった。

「ちょっと出遅れただけなのに、もうこんなに人がいるのか」

 相変わらずお祭り好きな南領の人々の熱気を感じて苦笑した。先に広場に向かった父さんや母さんと合流しようときょろきょろ周りを見回していると、「レイ」と聞き慣れた声が耳に届いた。
 振り向いて、人混みの中に見つけた顔に手を振る。

「ルウェイン、久しぶり」

 人々の間から、ルウェインとソフィアが現れた。
 二人ともちゃんと仮装している。ルウェインの方はえんじ色の騎士服で、ソフィアは多分、海賊か……? 

「ちゃんと現れたか、レモ。息災そうで何よりだ」
「うん。ソフィアちゃんも元気そうだね」

 ソフィアにも手を振って挨拶すると、つばの広い茶色の帽子を被った彼女は頷いて軽く片手を上げた。
 丈の長い青い上着に黒いベストと裾の広がったズボンを履いているソフィアは男装だが、これ以上なく決まっている。よく見たらこのえんじ色と青の組み合わせは、過去に義賊として名を馳せた海賊と、その海賊を追い続けた騎士の格好か。子供向けの童話にもなるくらい有名な逸話で、海賊の青い服は物語の中でも印象深い。

 よく似合ってるね、と言おうとしたら俺が口を開く前にソフィアは近くにいた令嬢達に声をかけられて、あっという間にとり囲まれていた。隣にいる旦那より女性にモテている。さすがだ。
 ルウェインは苦笑して一人で俺の傍に歩み寄ってきた。

「ソフィアちゃんはいいのか?」
「ああなると抜け出してくるのに時間かかるからな。令嬢達も今日くらいじゃないと思い切って話しかけられないんだろう。そのうちオルタンシアが来るから大丈夫だ」

 それを聞いて俺は頷いた。

 今はユーリスと挨拶回りでもしているのか、ソフィアの秘書であるオルタンシアの姿は近くにない。きっとルウェイン達の方に合流したら、ガードマン並みにソフィアに近寄る令嬢達を牽制して目を光らせるだろう。

「衣装受け取ったよ。ありがとな」

 そう言うと、ルウェインは改めて俺の姿を頭の上から靴の先までチェックするように視線を動かした。

「サイズは問題ないみたいだな」
「うん。ピッタリだった。ウィル達の分もありがとな」

 俺は真新しい衣装の袖を持ち上げてひらひらと振った。今年の俺の長袍は黒だ。上の服が黒い分、下の綿のズボンは白い。
 少し地味な色合いにも見えるが、光沢のある黒い生地に入った金色の刺繍は綺麗だし、帽子はいつもの赤と黒だからまとまりはある。何よりこれを着たらグウェンが喜んでいた。どこまで意識したのか知らないが、ルウェインの采配は間違っていない。

 そう答えた直後に、俺の後ろからうちの子達がぴょこっと顔を出した。

「ルウェイン様、こんばんは」
「クゥ」
「ぴ!」

 俺と一緒に仮装パーティーに来たウィル、ベル、メルが口々に挨拶する。ウィル達の姿を見たルウェインは「よう」と口端を上げた。

「ウィルとベルも久しぶりだな。そっちの鳥はなんだ? 新しいペットか」

 茶色い馬の姿をしたベルを見て表情を緩めたルウェインが、ウィルに抱かれているメルを見て軽く首を傾げた。

「ちょっと一時的にうちで預かってる子。メルっていうんだ」
「そうか。もう一匹いるなんて知らなかったから衣装は作らなかった。悪いな」
「いいよ。メルはまだ小さいから上手く仮装できないし。それより俺達の衣装マジでありがとな。間に合わないかと思ったのに、ウィル達の分まで届けてくれて」

 そう答えて、俺はルウェインに改めてお礼を言った。


 二日前、グウェンから事情聴取という名のお仕置きを受けた俺は、本当に夜になるまでずっと離してもらえなかった。へとへとになってもう終わり、と逃れようとしたら足を掴まれてベッドに引き摺り戻され、最終的に精魂尽き果てて意識が飛んだ。

 そこからまた死んだように眠って、次の朝気づいたときにはベルがベッドの上に顎を置いて俺の顔を覗き込んでいた。子供達の情操教育には良くないとさすがにわかっているのか、枷は外れていたし服もちゃんと着ていたから諸々の痕は見られていない。そこはちゃんとしている人間のパパだった。
 猛烈に空腹だったからマーサに早めに来てもらって皆でご飯を食べ、『そういえば、南領の仮装パーティーは明日からですね』と言った彼女のセリフを聞いて俺はハッと思い出した。

 ウィルとベルの衣装をどうするか、ルウェインに伝えるのをすっかり忘れていた。

 何度か手紙蝶が来て『どうするのか教えろ』と言われてはいた。だけど俺はグウェンの記憶喪失にかかりきりだったから『また連絡する』と返したきりで、結局答えないままだったのだ。

『どうしよう。ウィル、ベル、ごめんな。今年は去年の衣装でもいい?』

 俺自身が自分のミスに多大なるショックを受けて肩を落とし、食堂の椅子に座ってチョコレートプリンを食べているウィルに聞いたら、ウィルはキョトンとした顔になった。

『僕達の衣装なら、レイナルド様の分と一緒に公爵邸に届いています』

 そう言われて、続けてキョトンとしたのは俺の方だった。
 早々に俺の家に移動して、確認したら本当にウィルとベルの衣装も届いていたのだ。


 俺は昨日の驚きを思い出し、口元を緩めながらうちの子達の姿を眺めた。
 ウィルは今年、着ぐるみじゃなくて俺と同じキョンシー衣装を着ている。色も同じ黒だ。ルウェインが勝手に作ってくれていた。

「ルウェイン様、素敵な衣装をありがとうございました。レイナルド様とお揃いで嬉しいです」

 ーーぼくもー。

 ベルが長い尾を揺らしながら「クー」と鳴く。
 角を隠したベル頭には、俺達と同じつばの黒い赤い帽子がちょこんと載っている。細い紐を顎の下に通して留めてある帽子には、黄色い紙が洒落た形に切り取って貼ってあった。
 何も文句はない。とてもかわいい。
 メルには何もないが、俺達が黄色い紙を貼った赤い帽子を被っているから、自分の色と同じだと思っているのか不満はなさそうだ。何故かウィルの胸の中で誇らしげな顔をしている。

「みんなすごくかわいいよ。ありがとな。うちの中でも好評だった」
「お前のを作った生地が余ってたからな。ちょうどこの前ウィルの選定式のために服を作るってサイズも測ってたし」
「ほんと助かったよ。俺はちょっと手が離せなかったから」

 ルウェインに心からお礼を言ったら、悪友は目をすがめて腕を組んだ。

「どうせお前はまた、厄介なことに首を突っ込んでたんだろう」
「いやぁ、俺もまさかこんなに慌ただしくなるなんて思ってなかったから」

 手で頭を掻こうとして、帽子を被っていたことを忘れた。袖が当たって帽子が斜めにずれる。

「それでも普段なら俺にちょっとは状況を説明しようとするだろ。それもなかったから勝手に作っておいた」
「うん、ありがと」

 ルウェインには、グウェンの記憶喪失を説明しなかった。衣装の返事を保留する手前、伝えた方がいいというのはわかっていたが、どうしてもルウェインに会って話ができなかった。
 多分、この友人に話そうとしたら俺は泣いてしまうだろうと思ったからだ。ヒューイやシスト司教に話すのとは違う。上手く説明できないが、俺はあの渦中でルウェインに事情を話していたら、きっと泣いていただろう。だから全部終わってからじゃないと話ができなかった。

「ちゃんと全部片付いたからさ、今度話すよ」

 苦笑いのような表情を作ってルウェインを見たら、じっと俺の顔を見ていた友人は眉を寄せた。それからため息を吐いて、手を伸ばしてくる。俺の斜めにずれた帽子を直し、小さな声で「バーカ」と呟いた。

「お前、王都のコンサートは大丈夫なのか。もう明後日だろう」
「あ、うん。コンサートの準備自体は兄さんが抜かりなくやってくれたから問題ない。俺は明日から特訓だけど」
「……一日でどうにかなるのか?」

 どうにかなるんじゃない、どうにかするしかないのだ。

「多分。心強い助っ人を頼んだから、俺の弾く時間は最短で済みそうだし」

 俺が渇いた笑みを貼り付けて答えると、ルウェインは半ば呆れた顔になって「恥を晒すなよ」と釘を刺してきた。

「俺がお前とこんなに話してるのに、お前の彼氏が横槍を入れないなんて珍しいな」

 そう言われて後ろを振り返る。
 実はグウェンも一緒に来ていた。グウェンは南領の仮装パーティーは今年が初めてだから、何か仮装するか聞いたが首を横に振った。そんな訳で彼はいつもの騎士団の団服を着ている。仮装している男性達はほとんどが神官服か騎士服だから、仮装じゃなくてもこの場に馴染んでいた。

 俺とウィル達を守るように後ろに立っていたグウェンは、振り返るとベルにまとわりつかれていた。

 ーーパパー、ばぁってやるから見ててー。

 グウェンの周りをくるくる回っていたベルは鼻先を彼の手に押し当てて、自分の頭の上にかざすようにくんくん鳴いている。撫でてほしいと思ったのかグウェンがベルの頭に触ると、そうじゃないの、ともう一度グウェンの手のひらを押し上げる。
 何度かやりとりをしていたら、グウェンもベルの意図がわかったのか手のひらをベルの頭の上に広げた。

 ーーいくよー。……ばあ!

 グウェンの手の下に顔を隠したベルが「きゅう!」と鳴きながら頭をぴょこっと持ち上げる。手のひらの横から頭をずらして自分を見上げたベルを見下ろして、グウェンは瞬きしてから口元をふっと緩めた。

「何あれ……かわいすぎて泣ける」

 あまりに愛らしい光景に打ち震えている俺の横で、ルウェインが「うぉ、笑ってやがる」と失礼な呟きを漏らすのが聞こえた。

 グウェンが記憶を取り戻したことが余程嬉しかったのか、ベルは昨日からああしてグウェンにまとわりついている。ウィルはメルを抱きながら、自分も嬉しそうな顔でそれを微笑ましく見守っていた。
 俺は昨日の朝グウェンの屋敷でウィル達がしていたやり取りを思い出す。グウェンが本当に元に戻ったことを確認して、ウィルはほっとした顔で喜んでいた。

『よかったです、僕、グウェンドルフ様がいなくなっちゃったらどうしようって思っていました』
『すまなかった。心配をかけたな』
『キュン』
『ベルも、私がいない間レイナルドを守ってくれてありがとう』
『クゥ!』
『ぴぴ!』
『メルは……みんなを励ましてくれたのか』
『ぴぴぃ』
『そうか、ありがとう』

 ベルもウィルも、グウェンに頭を撫でてもらえて嬉しそうだった。
 微笑ましい会話を思い出して、俺は顔が綻ぶ。
 ベルは相当に嬉しかったらしく、今日もキュウキュウ鳴いてグウェンに自分の存在をアピールしている。子供達を不安にさせたことがわかっているからか、グウェンも根気よく付き合っていた。

 商会の関係者に挨拶をするというルウェインとはそこで別れ、俺は父さん達を探そうと子供達とグウェンを連れて会場内を歩き回った。
 いつもなら俺がウィルとベルを連れてうろうろしていると、ウィル達の愛らしさにやられた人々が声をかけてくるが、今年はそれがなかった。
 何故だろう、と不思議に思っていたが、途中で気がついた。俺達に声をかけようと近づこうとする人は皆、俺の後ろを見て固まり、くるりと方向転換して去っていく。ちらりと後ろを振り返って納得した。
 グウェンの顔がめちゃくちゃ怖かった。眉間に縦皺寄せて周囲にガン飛ばしている。本人にそのつもりはないんだと思うが、俺と子供達に近づく人間を警戒しすぎて威圧感がすごい。騎士団の団服を着てるから余計に近寄り難い雰囲気を放っていた。

「今年はなんだか平和ですね」

 カブの形をしたミートパイを齧りながらウィルが言った。軽食をサーブしてくれる出張カフェで足を休めながら、俺は紅茶を片手に頷く。

「うん。多分ね、これからはもうずっと平和だと思う」 

 毎年やっていた「ばあ」を他人に見せることはもうないかもしれない。
 俺の横で引き続き周りを警戒しているグウェンに苦笑いしながら、俺は彼には来年もう少し顔面の圧が減る仮装をしてもらおうと思った。
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