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第三部

七十話 ゴーストナイトパレード アンコール 後

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 やがて、最初に下りてきた階段まで戻ってきた。

「よかった。階段ちゃんとあったな」

 聳り立つ岩壁に開いたアーチ状の穴を覗き込んでランタンをかざし、真っ暗な闇の中に階段があるのを確認してほっと息をついた。

「じゃあ、戻るか」
「ああ」

 返事をしたグウェンを振り返ったら、彼はちゃんと俺を見て頷いてくれる。
 リコリスの花が咲いていた場所から離れてかなり薄暗くなってしまったが、ランタンのぼんやりした灯りに照らされたグウェンの顔は少し疲れているように見えた。疲れているというのか、少し、気持ちを持て余しているというような。

「……もう一度会いに行く?」

 思わず、そう言葉が漏れた。
 グウェンは驚いて俺を見下ろしてくる。

「蛇神が元に戻ったら狭間の道は封じられるだろうから、もうここには来られないと思う。もっと話したいなら、レティシアさんに会いに行った方がいいんじゃないか」

 幼少期からずっと一人で離れの屋敷に放置されていたグウェンのことを思うと、もっとお母さんに甘えてもいいんじゃないかと思う。こんな奇跡が起きることなんか、もう二度とないんだから。
 さっきは時間がないから急ごうと思ったけど、よく考えたら急いで地上に戻るのは俺だけでもいい。サリア様を召喚して悪魔の件を片付けたらもう一度ここに戻って、グウェンを迎えに来ても大丈夫なんじゃないのか。残していくのは不安だけど、グウェンがもっとお母さんと話したいなら少しでも長く一緒にいさせてあげたい。

「先に俺だけ戻って悪魔をどうにかしてくるよ。その間、グウェンはまだレティシアさんと話ができる」

 そう言うと、グウェンは微かに目を見開いた。
 俺を見つめて少し考えるような間があったが、彼は小さく首を横に振った。

「レイナルドが戻るなら、私も戻る」
「でも」
「離れてはならないと母にも言われた。悪魔を封じるのも、きっと危険が伴うだろう」
「……グウェンはそれでいいのか?」

 一緒にいてくれるなら俺は安心だけど、グウェンを後で後悔させたくない。
 うかがうように見上げると、彼は今度ははっきりと頷いた。
 
「もう十分だ。母の想いは聞くことができた。地上に戻ろう」
「本当にいいのか?」
「話ができたのは嬉しかった。ここに来られてよかったと思う。しかし、私はもう自分のするべきことがわかっている。今あなたを一人にはしておけない」

 そう言ったグウェンの顔は、もう前を向こうとしていた。きっと内側にはまだ未消化な部分もあるのかもしれないが、それでも俺を見る目は真摯だった。
 グウェンが自分の気持ちを預けようとしてくれるから、胸の中が痺れたようにきゅっとして彼の手を握った手に力を込めた。

「レティシアさんが言ってたこと、俺も同じように思うよ」

 そっと言葉に出すと、彼は俺の目を見た。
 暗闇の中でも星のように輝く彼の黒い瞳を見上げて、俺は微笑む。

「前にお前から、自分には償わなければならないことがあるって聞いたのを思い返す度に、やりきれないような気持ちだった。七歳だったグウェンが経験したことは、多分俺なんかじゃ想像することもできないと思う。でも、レティシアさんが言ったように、グウェンは幸せになっていいんだよ。お前が苦しいときは俺が傍にいるから、一人で背負い込もうとしないで、少しずつ俺にも分けてほしい」

 俺は今まで、グウェンの心の内側に踏み込むことができなかった。グウェンは言葉が少ないし、自分が抱えているものを人に見せようとしない。俺が傍にいるだけで幸せだという顔をしていたから、俺もあえてそこには触れなかった。
 でも、もっと頼ってほしいと思う。グウェンのお母さんが彼の心の穴に直接息を吹き込んでくれた。だから俺はその穴に手をかざして、グウェンの心が回復するまで蓋をしてあげたい。

「お前は一人で頑張ってたよ。でも、もう一人じゃない。俺が一緒にいるから、どんなときでも、お前は一人じゃない」

 十五のグウェンドルフに言いたかった。
 叡智の塔で、彼が真面目にずっと頑張っていた姿を俺は知っている。グウェンはあのとき一人だった。人と群れるのが好きではないのだと思っていたけど、そうじゃなかったのだと知ったとき、俺はもっとグウェンと話せばよかったと後悔した。
 頑張ってるなって、一言でもいいから会う度に言ってやればよかった。

 思い出したら俺の方が泣きそうになってしまい、喉の奥が熱くなった。
 彼は目を見開いて俺を見つめていたが、俺の目が潤んだのを見て彼も瞳を揺らした。
 声に出したら涙がこぼれそうだったから、繋いだ手をぎゅっと握る。俯いて浅く息を吸い、震える吐息を呑み込んだ。

「ありがとう」

 柔らかな声を聞いて顔を上げると、グウェンは目を細めて俺を見ていた。目元が緩んで優しく笑みを浮かべた彼の顔も、少し泣きそうに見えた。

「私はあなたのことが好きだ」

 はっきりとそう言われて、今度は俺が目を見開く。迷いのない目をしたグウェンに見つめられて、本当に泣くかと思った。

「うん。俺も大好き」

 大きく頷いたら、繋いでいた手を引き寄せられて、グウェンの腕が俺の腰に回る。屈んで顔を寄せてくる彼に合わせて少し伸び上がり、目を閉じた。
 重なってくる唇にすり寄るように俺も唇を押し当てる。触れるだけのキスをして顎を引いたら、グウェンの方から追いかけてきた。
 もう一度しっかり重なってくる唇に応えて顔を傾ける。どちらからともなく口が開いて、舌が絡んだ。

「んっ……ん」

 繋いでいた手はいつの間にか離れて俺の頭の後ろに回っている。俺もグウェンの背中に片腕を回してぎゅっと服を掴んでいた。
 気持ちに比例しているのか、どんどん上手くなるグウェンのキスは深くなっていく。舌を引き出すように吸われ、軽く甘噛みされるとビリッとした感覚が脊椎を走り抜けて腰が抜けそうになった。

「ん……ふ」

 頭の後ろに回ったグウェンの手が髪の中に指を差し入れるように滑り、指先が俺の右耳に触れた。ピアスがついた耳たぶをゆっくりなぞられて、ぴくっと肩が震える。
 力が抜けたところでランタンを取り落としそうになり、ハッとして目を開いた。
 俺が身動きしてランタンを持ち直したことに気づいたグウェンが口を離す。

「……夜明けになる。戻ろう」
「あ、うん。そうだな。こうしてる間に悪魔が魔法円壊して出てきてたらまずいよな」

 物足りなそうな顔をしながらもそう言ったグウェンに、すっかりいちゃつきモードだった俺も頷いた。
 とりあえず黄泉の川からは離れて、地上に戻ろう。俺達がいちゃついてるうちに世界が滅びてたら、早く行けって言ってくれたサリア様とグウェンのお母さんに申し開きできないし。

「とり急ぎ、悪魔の件を先に片付けような」

 当初の目的を思い出した俺は階段へ視線を戻す。グウェンが俺から手を離したので、ランタンを掲げてアーチ状になった岸壁の穴を照らした。
 かなりいい雰囲気だったが、仕方がない。
 続きはアシュタルトを片付けてからだ、と頭を切り替えて、俺達はようやく狭間の道への階段に足を進めた。
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