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第三部

五十八話 再びの絶叫系 後②

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 皆がオズに注目する。彼は難しそうな顔で続けた。

「でも、本当にできるかどうかは俺も確証がない」
「どのような方法ですかな」
「森の……いや、待って。申し訳ない、これは主神様と盟約を結んだ皇族しか知らない話なんだ」

 言いかけたオズがハッとした顔で微かに眉を顰め、それからシスト司教と神官長達にすまなそうな顔をした。

「他国の方に広めるわけにはいかない。申し訳ないけど、俺はこれから少し別行動させてもらいたい。夜明けまでには戻れると思う。フィオーリ司教、それまで悪魔があの円から出ないように見張っていてもらえますか」

 オズが司教に聞くと、瞬きした司教は不快そうな顔も見せず「もちろんです」と頷いた。オズは次に神官長と上級神官に視線を向ける。

「神官長達もいいだろうか。こっちが失敗したときのために、封印を施す方法はそちらでも探しておいてほしい。そのうちレオンハルトが戻ってくるだろうから、あの子を使って王宮にある書庫を探してくれても構わない」
「わかりました。オズワルド殿下に何かお考えがあるのでしたら、その通りにいたしましょう」

 ルロイ神官長が真面目な顔で答えたのを確認して、オズは俺とグウェンを見た。

「じゃあレイナルド、団長、行くよ」
「えっ俺達はオズの方に同行すんの?」

 今しがた皇族以外は知らない事実、みたいな話をしてなかったか?
 意表を突かれて躊躇う俺に、オズは真顔で頷いた。

「俺一人では難しいと思う。今までの経験則で言うと、このパターンならレイナルドがいた方が成功率が上がる」
「ええ」
「君の引き寄せる力を信用してるからね。頼りにしてるよ。総帥はどうする」

 なんか嬉しくないんだよな……その言い方で信用されても。
 俺が心の中で呟いている横で、髭に手を当てた爺さんは考えるように空を見上げた。

「それでは儂は、サエラ殿が用意したという媒体を取りに行って来るとしよう。……しかし、会ったことのない儂では警戒されてしまうかの」
「あ、だったらウィルを連れてってください。今グウェンの屋敷でベルとメルと待ってるので。ウィルにはそう伝えます」

 サエラ婆さんのところに皆で行って、帰ってくるときにベルを森に連れてきてもらえるならちょうどいい。悪魔を封印するときにチーリンの力がどのくらい必要になるかわからないから、ベルも呼んでおいた方がいいだろう。

 そう思って提案したら、オズが軽く手を上げた。

「それなら一度解散しよう。俺も準備があるから必要なものを用意してすぐに戻る。レイナルド、いつもの森の入り口に集合ね」

 早口でそう言ったオズに頷いた瞬間、彼は挨拶もそこそこに転移して消えた。
 一体何をするつもりなのか全くわからないが、俺とグウェンはオズワルドに付き合うという流れになったようだ。

「それでは神官長と上級神官、シスト司教殿、ここはよろしく頼みたい。何かあれば急ぎ知らせてくだされ」
「わかりました。レオンハルト殿下と、皇太子殿下もじきに見えるでしょうから、こちらは大丈夫です」

 爺さんにルロイ神官長がそう返事をして、俺とグウェンは総帥と一緒に一旦森の入り口に転移した。





 返信用の手紙蝶には総帥と一緒にサエラ婆さんのところに行って媒体を取ってきてほしいと声を吹き込み、それを持った爺さんがフォンフリーゼ公爵邸に向かって転移して消えた。ウィルは総帥には数回会ったことがあるから、多分大丈夫だろう。今頃何が起こっているのかと心配しているだろうが、爺さんがある程度説明してくれるはずだし。
 
 でもみんな不安がっているかもしれないから、やっぱり一度帰ってうちの子達の様子を見に行った方がよかったかな、と思っていたら、横にいたグウェンが俺の顔をチラチラ見下ろしていた。

「何? どうかした?」

 何か言いたいことでもあるんだろうか。そういえば今日の夕方もまさに同じ場所で待ち合わせしたけど、そのときも何か言いたそうな顔をしていた。
 首を傾げてグウェンを見上げると、彼は俺と目が合って逡巡するように何度か目を伏せた。まだオズも来ないし待ってみようとじっと見つめていると、そのうち思い切れたのか、彼は真剣な眼差しになって俺と視線を合わせる。

「昨日は……伝えないままになっていた。このままでは機会を失うだろうから言うべきだと思うのだが」
「うん? 何を?」

 何か言い忘れたことでもあったんだろうか。
 そう思って続きを待っていると、また躊躇うような間があってから、グウェンが口を開いた。

「私は、あなたを好いていると思う」

 不意を打たれて心臓がびょん、と跳ねた。
 思わず息を止めて、目を丸くする。
 このタイミングで? と思わなかったわけではない。今って悪魔退治するためにみんなで力を合わせようって流れじゃなかったっけ、と一瞬脳の表皮にツッコミが浮上したが消えた。言われたことが嬉しくて、ときめきの方が勝った。

「ほんと……?」

 グウェンを真っ直ぐに見上げると、彼は頷いた。真剣な目で俺を見つめ、ゆっくりと続けてくれる。

「あなたを見ていると、守りたいという気持ちが湧く。笑顔を見ると安心する。私の隣にいて笑っていてほしいと思う。この数日間、離れていても自然とあなたのことを考えていた。きっと、これが愛しいということなのだと思う」
「グウェン……」

 グウェンは自分の感情を拾うように慎重に言葉を選んでいる。そのたどたどしくも真面目な告白に感激して、じんわりと目が潤んだ。

「私には、誰かを愛しいと思う資格はないと思っていた」

 微かに目を伏せてそう続けたグウェンをじっと見守る。まだ迷いが残るような、躊躇うような彼の黒い瞳は、それでも答えを探すように揺れ、「しかし……」ともう一度俺を真っ直ぐに捉えた。

「あなたといるのは心地いい。……私はもうすでに、あなたがいなくなることの方が耐え難いように思う。私から離れないと言ってくれるあなたの言葉を信じたい。私はあなたの知る私ではないかもしれないが、このまま傍にいてもいいだろうか」

 真摯な彼の言葉が胸の内側に落ちてくる。
 滲んでいた目尻から、ぽろっと一粒だけ涙が溢れた。
 グウェンの言葉を心の中で噛み締める。

 お前はやっぱり、すごい奴だよ。
 こんなときにも、記憶がなくても、俺の心臓をちゃんと正面から撃ち抜けるんだから。

 緊張しているのかいつもより更に硬くなっている彼の顔を見上げて、俺はそっと両手を伸ばした。グウェンの頬をそっと挟むと、強張った彼の皮膚を温めるように優しく包む。指先にピアスの結晶石が触れて、堪らない気持ちになった。深く深呼吸して、破顔する。

「うん……もちろんだよ。ありがとう、グウェン。すごく嬉しい。俺、グウェンのこと大好きだよ。記憶がないお前のことも大好き。信じたいって思ってくれるのがめちゃくちゃ嬉しい。ゆっくりでいいから、ちょっとずつ俺のこと好きになって」

 目尻に涙が溜まったままそう囁くと、彼の頬からは強張りが解けて、安心したように微かに目元が緩んだ。
 その表情に懐かしさを覚えて胸がきゅん、としたら、グウェンが俺の手に挟まれた顔を寄せてくる。

 あ、キスされる……?

 えっ、ラッキー……いいの? 
 もう昨日しちゃったからキスは解禁か。

 一瞬いいのか? という言葉が頭をよぎったが、キスの誘惑に勝てない。グウェンの方からしてくれるんだからいいよな、と速攻で『可』の方に舵を切った。
 目を閉じて上を向くと、唇に柔らかな感触が触れる。軽く押し当てるように重なってくる唇の動きは少しぎこちなくて、俺は堪らずグウェンの頬から手を離し、首に腕を回して引き寄せた。
 顔を傾けてちゅ、と吸い付くようにしっかり唇を押し当てると、驚いたグウェンが動きを止めたが、俺の背中に腕を回して抱きしめてくれる。それにまた感動して、俺はそのまま何度も角度を変えて触れるだけのキスをした。

 そのうち持ち前の器用さであっという間に感覚を掴んだのか、グウェンの方からキスを続けてくれるようになり、嬉しくて口を緩めたところにする、と舌が入ってくる。

「んっ」

 驚いたけど、素直に口を開いて迎え入れた。
 昨日も思ったけど、グウェンは何故かディープキスの方が上手い。もしかして記憶はなくても身体にすり込まれてるのか。
 上を向いているから口の中を責められると声が漏れる。首に回した腕でぎゅっと縋りつくようにしたら、背中に回ったグウェンの手に力が入った。ゆっくり探るように舌を絡められて、俺は骨抜きにされていく。
 すごい、気持ちいい。

「ん……ぁ」
「ただいま……うわ!」

 突然オズの大声が響き、思わず抱きついたまま唇を離して横を向くと、赤面したオズが俺達を見て口をわなわなさせていた。準備とやらを終わらせてもう帰ってきたらしい。手に赤くて丸い容器のようなものをぶら下げている。

「君達ほんとに緊張感ないな! 今悪魔に帝国が滅ぼされそうになってるんだけど状況わかってる? むしろその余裕はどこから来るの!?」
「余裕っていうか、世界が終わるかもしれないっていうならむしろこれが正解なんじゃないのか」
「え? うーん……そう、なの? 世間一般的に? 俺には、なんだかぶっ飛んでる解釈に見えるんだけど、これが普通なのか……それならまぁ、いいよ。好きなだけどうぞ」

 世間一般を知らないオズが途端にツッコミの手を緩めてくるので、じゃあ遠慮なく、と続行してもいいなと一瞬思ったが、別に見せつけたいわけではないのでグウェンから手を離した。俺が離すと、グウェンも俺の背中から手を離す。彼はキスを見られても特に何の感情も湧かないのか、いたって涼しい顔をしていた。そういうところはやっぱり変わらないんだな。

「先に悪魔問題を解決しよう。イチャつくのは後にする」
「あ、うん。だよね、よかった」

 オズがほっとしたように息を吐いたのを見て、俺は確かに最近ちょっとネジが緩くなってるよな、と内省した。グウェンがぐいぐい来ない反動で俺の方がオープンになってきている気がする。
 でもグウェンがこの状態だったらこうなるのは自然だろ、とも思うので、俺は自らの恥ずかしい言動をもうしばらくの間は見て見ぬふりすることにした。

「じゃあ二人とも、いい? もう一回森の中に転移するね」

 オズが仕切り直して真面目な顔になり、俺とグウェンの腕を掴んだ。
 
「結局何するんだ? 狭間の道って言ってたっけ?」
「うん、詳しくは転移した先で説明するよ。じゃ、行くよ」

 俺の疑問に答えたオズは転移魔法を発動させて、俺達はまた禁域の森の中に舞い戻った。
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