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第三部
五十五話 再びの絶叫系 中①
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そんなことを考えて最近の自分の行動を少し反省していたら、結界の傍にオズワルドが現れた。
転移してきた彼は、俺とグウェンが来ていることを確認するとこちらに駆け寄ってくる。
「レイナルド、来てくれたか」
「状況は総帥と悪魔本人から聞いたよ。お前が最初にこの森に来たんだよな?」
「そう。メルのお母さんが真っ先に飛んできて知らせてくれた」
オズがそう答えた直後に赤い鳥が空から現れて、身軽に翼をはためかせてからオズの肩に止まった。
「その時点でこの術は発動していて、蛇神はすでに悪魔に憑かれてたってことか?」
「うん。ドミヌス様がなんであの輪の中に入ったのかはわからないんだけど、俺が来たときにはチーリンが二頭いて結界を張って見張っててくれてたよ。神官長達が来たらどこかに行っちゃったんだけど、レイナルドを呼びに行ってたんだね」
オズが離れた場所で俺を見守っているベルのお婆ちゃんに視線を止めて、険しい表情を微かに緩めた。
「お婆ちゃん達が悪魔を見張っててくれてたんですか?」
振り向いてお婆ちゃんに聞くと、彼女はこくりと頭を動かした。
ーーええ。そこの人達が来るまでは、私と息子で結界を張って悪魔を見ていたわ。
「蛇神がどうやって悪魔に憑かれたか、見ましたか」
ーーごめんなさい。私達はこの森にいなかったの。強い魔の力と、守り神様が発した怒りの波動に気がついて、駆けつけたらすでにこの状態だったわ。
「なるほど……。ところでベルパパとお爺ちゃんはどこに?」
周りを見回すが見えるところにはいない。俺が首を傾げると、お婆ちゃんは自分の後方をちらりと振り返った。
ーー人が多いから出てこないけど、近くにはいるわよ。私の番は森の動物を火事から逃すために駆け回ってるけれど。
パパもお爺ちゃんも、この森の中にいるらしい。
誰も蛇神が悪魔に憑かれた瞬間を目撃していないというのは、犯人を捕まえるにはなかなか困難な状況だ。しかし今は取り急ぎ、アシュタルトをどう対処するか話し合うのが先か。
蛇神の中にいる悪魔は相変わらずニヤニヤと俺の顔を見ている。こっち見んなよ。気持ち悪いな。
俺はまたオズに視線を戻した。
「火事は全部消火できたのか」
「うん、なんとか。多分大丈夫だと思うけど、今レオンがもう一度確認してる。兄上も俺と一緒に様子を見に来て、今は王宮に報告するために一旦戻ったんだ」
「どう考えても、この火事も犯人の仕業だよな……オズは火を消しながら怪しい人間を見たりしなかったのか」
俺の質問にオズは真剣な表情で腕を組み、肩の上のメルのお母さんと顔を見合わせてから首を横に振った。
「いや、生憎誰も見ていないんだ。火事は森のあちこちで起こってて、もうある程度消えてるところもあった。ドミヌス様が先に消していたのかもしれない。鎮火してた場所も入れると全部で五箇所くらいだったかな」
「五箇所?」
「油でも撒いておいたのかも。端から火をつけたみたいに森全体を囲むように炎が線上に走ってた。それでも火事自体は小規模だったから、幸い消し止めるのも難しくなかったんだけど」
「端から火をつける……」
その説明に俺はまたなんとなく引っかかるものを感じた。
油を撒いておいて、火をつける。その火は線上に燃え上がって森の中に伸びていく。その様を想像して、俺はハッとした。
「そうか、もしかしたら思ってるよりも大きいのか」
そう呟いて、俺は総帥とオズの顔を順番に見た。
「森を上から見たか」
「上から? いや、飛んではいたけど、消す方に夢中になってた」
「一度見に行こう」
説明もそこそこに俺は魔法を使って浮かんだ。隣にいたグウェンもすぐについて来る。オズと総帥も俺に続いて、皆で森の上空まで一気に飛んだ。
森の上に出たら、さっき転移してきたときに感じた既視感の正体がわかった。ここは最初に俺がグウェンと幽霊屋敷から転移して来た場所だ。つまり、禁域の森の真ん中の辺りだということになる。
上に飛んで、森の全体が見回せるくらい高度を上げると、予想した通りだった。
「これは、魔法陣じゃな」
下を見た総帥が唸るように呟いた。
俺たちの足下には暗闇の中に鬱蒼とした森が広がっているが、火事によって木が焼け焦げた跡はなんとなくわかる。それは蛇神がいる場所を中心にして、魔法円と五芒星を描いているように見えた。明らかに、これが蛇神に悪魔を下ろして円の中に閉じ込めた禁術の魔法陣だろう。
「魔法陣が蛇の周りになかったのはこれで理由がわかった。犯人は森全体に悪魔を召喚する魔法陣を描いたんだ」
「ドミヌス様に何があったのかはわからないけど、何らかの理由で中心円に誘き寄せられたのか。でもそもそもどうやって森に入り込んでこんな術を描けたのか……」
空の上でオズが腕を組み、そう呟くと眉を寄せて頭を軽く振った。
「殿下、犯人の痕跡をどのように辿るかは後で考えましょう。取り急ぎあの悪魔をどうするかを考えねば」
総帥が静かな声で口を挟み、俺も犯人探しは後回しにすることに同意して頷いた。
「その方がいい。あいつが魔法円を壊して出てきたら厄介だ」
「レイナルド、お主はあれを主様から引き剥がせると思うか」
そう聞かれて、俺は顔を顰めて森を見下ろした。
「そうですね……ラムルのときは、取り憑かれた人間を眠らせている間に浄化魔法をかけましたけど、なんせ今回取り憑かれたのは守り神ですからね……」
「うむ」
そもそも神に浄化魔法が効くのか、とか色々懸念はあるよな。
今回は前回の退魔の剣みたいに眠らせる道具もないし。アシュラフのところに行って、退魔の剣を借りてくることも手段としては考えられるが、それも神に効くのかはわからない。
「あの赤い円から出られない今がチャンスってことで、全員で総攻撃したら効きますかね」
「悪魔が主神様の力をどれほど使いこなすかわからぬが、弱るまで戦うとして、それで浄化魔法をかけ一体どれほど時間がかかるかは不明じゃな。最悪また体力が戻った悪魔と戦うことになるかもしれぬ」
「確かに……。蛇はまぁ、どうなったっていいけど、問題なのはグウェンの記憶を盗られたままだから迂闊に殺せないってことなんだよな」
「レイナルド、さりげなく主神様を亡き者にしようとしないで」
オズが小さな声でツッコミを入れてくるが、俺はわざとらしく目を逸らして無視した。
ちょっとだけ、ちょっとだけ蛇神にざまーみろと思っている。
でもそのせいで俺達も対処のために迷惑を被ってるから、素直にあざ笑えないんだよな。
「一旦下に戻ることにしよう。レイナルドが悪魔と話ができるのであれば、何か糸口が見つかるやもしれん」
総帥の言葉に俺達は頷き、もう一度森の中に降下した。メルのお母さんは森の巡回をするらしく、そこで別れて夜の闇の中に飛んでいった。
もう一度皆で話し合ってから俺が結界の傍に歩み寄ると、赤い円の中で悠然と立っているアシュタルトはまたニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
この悪魔に自分から話しかけるのは本当に不本意だが、やむを得ない。
神官長達とも相談して今後の対処を考えたが、悪魔を蛇神から引き剥がす方法は思い浮かばなかった。浄化魔法はかけようとしてみたが、蛇神にはそもそも魔法耐性があるのか、効いているようには見えない。禁術を解こうにも、すでに悪魔が乗り移っている状況では解術しても意味がないかもしれないし、そもそもこの赤い円が消えたらアシュタルトが出てきてしまう。
それならサエラ婆さんに助言を求めようかと思いついたが、生憎今彼女の行方もわからない。八方塞がりだった。
悪魔を止めている赤い円は、いつ消えるかわからない。そのうち犯人が現れて悪魔を解き放とうとするかもしれず、せめて時間的な猶予があるうちに悪魔から情報を聞き出してみようという話になったのだ。
当然悪魔と対話する係になるのはラムルで関わりがあった俺で、総帥と神官長達が少し離れたところから見守る中、グウェンと一緒に結界に近づいた。オズも俺達のすぐ後ろについて来る。
「なんだ。私をここから出す気になったか」
「んなわけねーだろ。おいアシュタルト、お前偉そうに話してる割にその円の中から出てくる気ないな。なんでだ」
敢えて余裕のある声を出して直球を投げてみた。悪魔は赤い目で俺を見て、ニヤリと口角を上げる。
「お前達にはどうすることもできないだろうから教えてやろう。私を使役しようとするこの術を壊すには、少し力がいる。しかしこの身体は私を拒んでいるため思うように力を出せない。そのため先にこの蛇の身体を完全に我が物にしている最中だ」
「……ちょっと待て。つまり蛇神を乗っ取ろうとしてるってことか?」
俺達の反応を見て楽しんでいるだけだろうが、アシュタルトがわざわざ説明した内容を聞いてぎょっとした。
総帥達も声は聞こえているのか、後方から緊迫した気配を感じる。
悪魔は蛇神の身体を見下ろしてふん、と鼻を鳴らした。
「人間は弱いからすぐに扱えるが、これは腐っても神の遣いだからな。今も私を追い出そうと抵抗している。しかし時間の問題だ。位階は私の方が上。夜明けには決着がつくだろう」
「つまり蛇を完全に乗っ取ったら、そこから出てくるつもりか」
「無論。お前達の望み通りこの地を滅ぼしてやる。この身体なら世界の半分は消滅するだろう」
「いやいやいや、何ふざけたこと言ってんだ。魔界に帰れ! 今すぐ!!」
相手は悪魔だと思いながらも、とんでもなく迷惑な物言いに我慢できずツッコミを入れた。
そういう場面じゃないことはわかっているが、地面に大の字になって喚きたい。
なんだってこんな厄介な事件が起きるんだよ!!
一体何のつもりだ魔石の売人は!?
バレンダール公爵のときもそうだったけど、なんで黒幕達は寄ってたかって帝国を滅ぼそうとするんだ?
言っておきたいが俺は今、そんな場合じゃねぇんだよ!!
グウェンの記憶が人質に取られてるっていうのに、その蛇神が悪魔に乗っ取られるとか、カオスもいいとこだろ!!
あんの蛇!!
まんまと悪魔に乗っ取られてんじゃねーよ!! 神のくせに!!
俺は怒りに打ち震えていた。
トラブルが起きるなら立て続けに来るし、厄介事が更なる厄介事を引き連れてくることなんか学習済みだ。
でもな、今回ばかりは間が悪すぎる!
せめてグウェンの記憶を返してから乗っ取られろよ!!
頭の中で蛇神の澄ました顔を平手で叩きまくった。今度はマジでグウェンと餅つくからな。お前が元に戻ったら、お前の腹の上で!!
転移してきた彼は、俺とグウェンが来ていることを確認するとこちらに駆け寄ってくる。
「レイナルド、来てくれたか」
「状況は総帥と悪魔本人から聞いたよ。お前が最初にこの森に来たんだよな?」
「そう。メルのお母さんが真っ先に飛んできて知らせてくれた」
オズがそう答えた直後に赤い鳥が空から現れて、身軽に翼をはためかせてからオズの肩に止まった。
「その時点でこの術は発動していて、蛇神はすでに悪魔に憑かれてたってことか?」
「うん。ドミヌス様がなんであの輪の中に入ったのかはわからないんだけど、俺が来たときにはチーリンが二頭いて結界を張って見張っててくれてたよ。神官長達が来たらどこかに行っちゃったんだけど、レイナルドを呼びに行ってたんだね」
オズが離れた場所で俺を見守っているベルのお婆ちゃんに視線を止めて、険しい表情を微かに緩めた。
「お婆ちゃん達が悪魔を見張っててくれてたんですか?」
振り向いてお婆ちゃんに聞くと、彼女はこくりと頭を動かした。
ーーええ。そこの人達が来るまでは、私と息子で結界を張って悪魔を見ていたわ。
「蛇神がどうやって悪魔に憑かれたか、見ましたか」
ーーごめんなさい。私達はこの森にいなかったの。強い魔の力と、守り神様が発した怒りの波動に気がついて、駆けつけたらすでにこの状態だったわ。
「なるほど……。ところでベルパパとお爺ちゃんはどこに?」
周りを見回すが見えるところにはいない。俺が首を傾げると、お婆ちゃんは自分の後方をちらりと振り返った。
ーー人が多いから出てこないけど、近くにはいるわよ。私の番は森の動物を火事から逃すために駆け回ってるけれど。
パパもお爺ちゃんも、この森の中にいるらしい。
誰も蛇神が悪魔に憑かれた瞬間を目撃していないというのは、犯人を捕まえるにはなかなか困難な状況だ。しかし今は取り急ぎ、アシュタルトをどう対処するか話し合うのが先か。
蛇神の中にいる悪魔は相変わらずニヤニヤと俺の顔を見ている。こっち見んなよ。気持ち悪いな。
俺はまたオズに視線を戻した。
「火事は全部消火できたのか」
「うん、なんとか。多分大丈夫だと思うけど、今レオンがもう一度確認してる。兄上も俺と一緒に様子を見に来て、今は王宮に報告するために一旦戻ったんだ」
「どう考えても、この火事も犯人の仕業だよな……オズは火を消しながら怪しい人間を見たりしなかったのか」
俺の質問にオズは真剣な表情で腕を組み、肩の上のメルのお母さんと顔を見合わせてから首を横に振った。
「いや、生憎誰も見ていないんだ。火事は森のあちこちで起こってて、もうある程度消えてるところもあった。ドミヌス様が先に消していたのかもしれない。鎮火してた場所も入れると全部で五箇所くらいだったかな」
「五箇所?」
「油でも撒いておいたのかも。端から火をつけたみたいに森全体を囲むように炎が線上に走ってた。それでも火事自体は小規模だったから、幸い消し止めるのも難しくなかったんだけど」
「端から火をつける……」
その説明に俺はまたなんとなく引っかかるものを感じた。
油を撒いておいて、火をつける。その火は線上に燃え上がって森の中に伸びていく。その様を想像して、俺はハッとした。
「そうか、もしかしたら思ってるよりも大きいのか」
そう呟いて、俺は総帥とオズの顔を順番に見た。
「森を上から見たか」
「上から? いや、飛んではいたけど、消す方に夢中になってた」
「一度見に行こう」
説明もそこそこに俺は魔法を使って浮かんだ。隣にいたグウェンもすぐについて来る。オズと総帥も俺に続いて、皆で森の上空まで一気に飛んだ。
森の上に出たら、さっき転移してきたときに感じた既視感の正体がわかった。ここは最初に俺がグウェンと幽霊屋敷から転移して来た場所だ。つまり、禁域の森の真ん中の辺りだということになる。
上に飛んで、森の全体が見回せるくらい高度を上げると、予想した通りだった。
「これは、魔法陣じゃな」
下を見た総帥が唸るように呟いた。
俺たちの足下には暗闇の中に鬱蒼とした森が広がっているが、火事によって木が焼け焦げた跡はなんとなくわかる。それは蛇神がいる場所を中心にして、魔法円と五芒星を描いているように見えた。明らかに、これが蛇神に悪魔を下ろして円の中に閉じ込めた禁術の魔法陣だろう。
「魔法陣が蛇の周りになかったのはこれで理由がわかった。犯人は森全体に悪魔を召喚する魔法陣を描いたんだ」
「ドミヌス様に何があったのかはわからないけど、何らかの理由で中心円に誘き寄せられたのか。でもそもそもどうやって森に入り込んでこんな術を描けたのか……」
空の上でオズが腕を組み、そう呟くと眉を寄せて頭を軽く振った。
「殿下、犯人の痕跡をどのように辿るかは後で考えましょう。取り急ぎあの悪魔をどうするかを考えねば」
総帥が静かな声で口を挟み、俺も犯人探しは後回しにすることに同意して頷いた。
「その方がいい。あいつが魔法円を壊して出てきたら厄介だ」
「レイナルド、お主はあれを主様から引き剥がせると思うか」
そう聞かれて、俺は顔を顰めて森を見下ろした。
「そうですね……ラムルのときは、取り憑かれた人間を眠らせている間に浄化魔法をかけましたけど、なんせ今回取り憑かれたのは守り神ですからね……」
「うむ」
そもそも神に浄化魔法が効くのか、とか色々懸念はあるよな。
今回は前回の退魔の剣みたいに眠らせる道具もないし。アシュラフのところに行って、退魔の剣を借りてくることも手段としては考えられるが、それも神に効くのかはわからない。
「あの赤い円から出られない今がチャンスってことで、全員で総攻撃したら効きますかね」
「悪魔が主神様の力をどれほど使いこなすかわからぬが、弱るまで戦うとして、それで浄化魔法をかけ一体どれほど時間がかかるかは不明じゃな。最悪また体力が戻った悪魔と戦うことになるかもしれぬ」
「確かに……。蛇はまぁ、どうなったっていいけど、問題なのはグウェンの記憶を盗られたままだから迂闊に殺せないってことなんだよな」
「レイナルド、さりげなく主神様を亡き者にしようとしないで」
オズが小さな声でツッコミを入れてくるが、俺はわざとらしく目を逸らして無視した。
ちょっとだけ、ちょっとだけ蛇神にざまーみろと思っている。
でもそのせいで俺達も対処のために迷惑を被ってるから、素直にあざ笑えないんだよな。
「一旦下に戻ることにしよう。レイナルドが悪魔と話ができるのであれば、何か糸口が見つかるやもしれん」
総帥の言葉に俺達は頷き、もう一度森の中に降下した。メルのお母さんは森の巡回をするらしく、そこで別れて夜の闇の中に飛んでいった。
もう一度皆で話し合ってから俺が結界の傍に歩み寄ると、赤い円の中で悠然と立っているアシュタルトはまたニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
この悪魔に自分から話しかけるのは本当に不本意だが、やむを得ない。
神官長達とも相談して今後の対処を考えたが、悪魔を蛇神から引き剥がす方法は思い浮かばなかった。浄化魔法はかけようとしてみたが、蛇神にはそもそも魔法耐性があるのか、効いているようには見えない。禁術を解こうにも、すでに悪魔が乗り移っている状況では解術しても意味がないかもしれないし、そもそもこの赤い円が消えたらアシュタルトが出てきてしまう。
それならサエラ婆さんに助言を求めようかと思いついたが、生憎今彼女の行方もわからない。八方塞がりだった。
悪魔を止めている赤い円は、いつ消えるかわからない。そのうち犯人が現れて悪魔を解き放とうとするかもしれず、せめて時間的な猶予があるうちに悪魔から情報を聞き出してみようという話になったのだ。
当然悪魔と対話する係になるのはラムルで関わりがあった俺で、総帥と神官長達が少し離れたところから見守る中、グウェンと一緒に結界に近づいた。オズも俺達のすぐ後ろについて来る。
「なんだ。私をここから出す気になったか」
「んなわけねーだろ。おいアシュタルト、お前偉そうに話してる割にその円の中から出てくる気ないな。なんでだ」
敢えて余裕のある声を出して直球を投げてみた。悪魔は赤い目で俺を見て、ニヤリと口角を上げる。
「お前達にはどうすることもできないだろうから教えてやろう。私を使役しようとするこの術を壊すには、少し力がいる。しかしこの身体は私を拒んでいるため思うように力を出せない。そのため先にこの蛇の身体を完全に我が物にしている最中だ」
「……ちょっと待て。つまり蛇神を乗っ取ろうとしてるってことか?」
俺達の反応を見て楽しんでいるだけだろうが、アシュタルトがわざわざ説明した内容を聞いてぎょっとした。
総帥達も声は聞こえているのか、後方から緊迫した気配を感じる。
悪魔は蛇神の身体を見下ろしてふん、と鼻を鳴らした。
「人間は弱いからすぐに扱えるが、これは腐っても神の遣いだからな。今も私を追い出そうと抵抗している。しかし時間の問題だ。位階は私の方が上。夜明けには決着がつくだろう」
「つまり蛇を完全に乗っ取ったら、そこから出てくるつもりか」
「無論。お前達の望み通りこの地を滅ぼしてやる。この身体なら世界の半分は消滅するだろう」
「いやいやいや、何ふざけたこと言ってんだ。魔界に帰れ! 今すぐ!!」
相手は悪魔だと思いながらも、とんでもなく迷惑な物言いに我慢できずツッコミを入れた。
そういう場面じゃないことはわかっているが、地面に大の字になって喚きたい。
なんだってこんな厄介な事件が起きるんだよ!!
一体何のつもりだ魔石の売人は!?
バレンダール公爵のときもそうだったけど、なんで黒幕達は寄ってたかって帝国を滅ぼそうとするんだ?
言っておきたいが俺は今、そんな場合じゃねぇんだよ!!
グウェンの記憶が人質に取られてるっていうのに、その蛇神が悪魔に乗っ取られるとか、カオスもいいとこだろ!!
あんの蛇!!
まんまと悪魔に乗っ取られてんじゃねーよ!! 神のくせに!!
俺は怒りに打ち震えていた。
トラブルが起きるなら立て続けに来るし、厄介事が更なる厄介事を引き連れてくることなんか学習済みだ。
でもな、今回ばかりは間が悪すぎる!
せめてグウェンの記憶を返してから乗っ取られろよ!!
頭の中で蛇神の澄ました顔を平手で叩きまくった。今度はマジでグウェンと餅つくからな。お前が元に戻ったら、お前の腹の上で!!
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