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第三部

九話 待ち合わせはゴーストタウンの入場口 前①

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「王都は下町も賑やかでいいな」

 街のあちこちを彩るオレンジと紫の花の装飾を目にして、俺は明るい気持ちで呟いた。
 王宮に行って総帥に手紙を渡した後、一人で王都の下町に立ち寄っていた。ちょうど正午を過ぎた街は活気があって賑やかだ。

 さっきグウェンはまだ仕事中で、当然屋敷にはいなかった。その代わり総帥の方はというと、偶然にもその日王宮で用事があったらしく、執務室で無事に会うことができた。
 ラムルで何があったのかは、アシュタルトが関わる話だっただけに事前に報告はしてはいたが、今までサエラ婆さんのことは詳しく話していなかった。
 俺の話を聞いて頷いた総帥は、手紙を読むと黙って何か考えていた。

「占い師殿に礼を述べねばならぬな。お主もご苦労じゃった」

 と言って手紙をローブの中にしまっていたけど、結局何が書いてあったんだろう。真剣な目になっていた総帥の顔が気になる。しかし直截に聞くのは躊躇われて、黙っていた。
 すぐに神官長のところに出かけると言って執務室を出た総帥と共に俺も王宮から出て、ウィルを笛で呼ぼうとしたが思いとどまった。

「ちょうどいいから、ちらっと王都に寄って行こうかな」

 もう二週間ほどで招魂祭が始まってしまう。
 ウィルとベルの衣装をどうするか、早く決めてルウェインに伝えないと仮装パーティーに間に合わない。
 仮装は南領の文化だが、王都でも下町では面白がって仮装をやる地域がある。今年の子どもの流行を確かめようと考えていたことを思い出した。街で子どもの服屋や雑貨屋を見たら、いいアイディアが浮かぶかもしれない。
 まだ早い時間だし、ちょうどいいと思った俺はそのまま王都の下町に向かうことにしたのだった。


 前世でも、ハロウィンの前になると街の中はオレンジと紫で彩られていた記憶があるが、この世界も似たようなものだ。
 やはりゲームでは招魂祭イベントがあるのかもしれない。妙に凝った店の装飾や屋台に飾られたオレンジと紫の造花を見てそう思う。
 でも見ているだけでも楽しいから、いい季節だよな。気候もちょうどいいし。カボチャではなく赤いカブが顔の形にくり抜かれているのは少し違和感を感じるが、そこだけシナリオライターが独自性に拘ったんだろうか。前世の昔話に出てきた大きなカブというほど大きくはないが、野菜を売る店の前に置かれていた赤カブはどっしりしていて存在感があった。

「カブな……何かずいぶん昔に一回だけやらされた気がするな」

 かなり幼少期の記憶が頭の中にもたげる。断片的な記憶だが、俺は土の精霊の衣装を着た母さんに抱っこされて赤いカブ型の服を着ていた。大根みたいに細長いカブの着ぐるみに手足だけ出すやつ。今思い出してもなんなんだよあれ。一体誰の案だったんだ。

 子どもの鞄や靴が置いてある露店をのぞいていたら、隣にあった骨董品の露店の一画に紫色の切り花を売っているバケツがいくつか置いてあり、その後ろに男の子が二人座っていた。ウィルよりも少し幼いくらいだろうか。どちらも生成りのシャツを着た下町の子、といった格好をした男の子二人は、店番なのか花がたくさん入ったバケツの傍に座ってひそひそと話していた。

「まだ見つからないのか」
「うん、帰ってないみたい」
「マジかよ。もう丸一日経つだろう。大丈夫なのかよ」
「どこにもいないんだって。ミミんちの母ちゃんがうちの母ちゃんにも聞きに来てた」
「誰かに誘拐されたのか」

 深刻なトーンで眉を顰めた茶色の髪の男の子に、もう片方の子が不安そうな顔で呟いた。

「そうかもしれないけど、でも、俺もしかしたら幽霊屋敷じゃないかと思って」
「あのボロ屋? お前らまだあそこで遊んでんのか。中は探したのか」
「一応……。俺とダグで」
「それでいなかったんなら違うんだろ」
「でも、あそこは幽霊がいるから。ミミは幽霊に食べられたのかも」
「お前馬鹿か? いるわけねぇだろそんなの」

 聞こえてくる話の内容が気になりすぎて、つい聞き耳を立ててしまった。
 幽霊屋敷? それから誘拐。誰かがいなくなったという話をしているようだ。

「でも、あの幽霊屋敷から変な声が聞こえたり、人が消えたりするんだって」
「くだらない噂だろ。ミミがあそこで遊んでたなら、ボロ屋だから穴に引っかかったり床下に嵌まったりしてるかもしれねぇけど。ちゃんと中まで見たのか」
「ううん……庭だけ」
「なんで見ねぇんだよ。もしいたらヤバいだろ。一日経ってんだぞ。下手したら気を失ってる」
「でも中に入るのは怖くて……」
「馬鹿。大人を呼べばいいだろ」
「だってあそこで遊ぶなって言われてるから」

 片方の子がもう一人を叱ったとき、もう我慢できなくて話しかけてしまった。

「ねえ。もしよければ俺一緒に行こうか」

 俺が突然話しかけたら、二人はビクッとしてこちらを見た。
 兄貴分なのか、叱責していた方の目つきが鋭い子どもが、俺の姿を上から下まで素早く眺める。

「誰ですか、お兄さん」

 今日着ているのはいつもの白いシャツと薄手のジャケットでシンプルな服装だが、生地の質はかなりいいから普通の平民には見えないだろう。かといって正直に公爵令息だと明かすのは更に警戒されてしまいそうだ。
 でも、どうやら子供がいなくなった、という話は気になるから詳しく話を聞いてみたい。

「突然ごめんね。たまたま君たちの話が聞こえちゃって。俺は商会で働いてる従業員なんだけど、今日は市場調査に来てたんだ。時間はあるから、誰か探しているなら手伝おうか。幽霊屋敷っていうのに興味あるし」

 なるべく穏やかに、興味があるのは屋敷の方だというような言い方をすると、二人は少し警戒を解いた。
 商会の人間と言いながら、ちょうどポケットに入っていたボードレール商会のロゴが入ったペンを見せると、とりあえず俺への警戒心はある程度緩まったように見えた。
 こういうとき、俺の顔は結構使える。人好きのする人相だし、へらっと笑うと無害そうな印象を持たれることが多い。

「それとも誰か呼んであげようか。警備隊か教会の神官なら、子どもがいなくなったって聞いたら来てくれるんじゃないかな」
「いやそれは……」

 言いよどむ二人に首を傾げると、目つきの鋭い子ではなく、もう片方の子が口を開いた。こっちの子は鼻の頭にそばかすが散っていて、髪の色は赤茶けている。

「多分、ミミの母ちゃんが警備隊には相談してるよ。でもあの幽霊屋敷のことは大人には言ってない。あそこは時々浮浪者が入り込んでるから、近寄るなっていつも言われてたから」

 俺がよそ者だとわかるからか、躊躇いがちにも事情を説明してくれた。なるほど。再三近寄るなと言われていた屋敷で遊んでいたことを知られると、怒られると思っているんだな。
 さっき二人は、いなくなったのが昨日と言っていた。それならその屋敷は早く確認した方がいい。小さな子供がどこかに嵌まって抜け出せなくなっていたら大変だ。

「ならやっぱり俺が一緒に行って探してみるよ。いなかったらそれはそれで本当の誘拐かもしれなくて心配だけど、少なくとも君たちのもしかしたらっていう不安はなくなるだろう」
「……でも」
「俺は今日たまたまこの街に来ただけだから、知り合いもいないし、君たちに黙って大人に告げ口したりしない。不安だったら誰か大人を呼んでもらってもいいけど。探すなら人数いた方がいいし」

 顔を見合わせて迷うような顔をしている二人に、ダメ押しでもう一声かけてみた。

「もう昼過ぎたから、小さな子を探すなら明るいうちがいいだろうね」

 そう言うと、目つきの鋭い子の方が覚悟を決めたという顔で頷いた。

「探してみよう。ルカ、お前はここに残って俺の代わりに店番してろ。俺がこのお兄さんと一緒に幽霊屋敷に行って探してみる」
「ナト兄、大丈夫?」
「ああ。もしダグが来たら俺が探しに行ったって伝えろ。夕方になっても俺が戻って来なかったら、警備隊と俺の親父に知らせろよ」

 最後は遠回しに俺が不審者だったときの対処を頼んでいるとわかるが、不愉快な気持ちにはならない。むしろよく頭が回る子だなと感心した。
 不安そうな顔をしたルカという少年をバケツの前に残し、ナトと呼ばれた目つきの鋭い子が俺の傍に近寄ってくる。

「案内する」
「うん。急いで探してみよう。もし怪我でもしてたら大変だ」

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