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第二部
百四話 運命の鍵 中③
しおりを挟む確かに、さっきのは悪意はなくとも悪質な行為だったよな。
と、頭の中でネズミと頷き合い、現実逃避しながら床に転がっていたらグウェンがそんな俺を見下ろしてすっと両目を細めた。
怒りのマグマがふつふつと湧き出ている仄暗い瞳に凝視されて、背中に冷たい汗が伝うのを感じる。
おかしいな。
確認なんだけど、この魔王みたいなグウェンドルフさんとさっき四阿で可愛く弱音を吐いてた俺のグウェンは本当に同一人物なのか?
あのかわいかった俺の大型犬彼氏はどこへ?
怖すぎて意味もないことを考えていると俺の身体はふわりと浮いて、指も動かさずに魔法を使ったグウェンにくるりと立ち上がらされた。
「あ、ありがと。あの、あいつの不注意で転んだだけだから。切符切られるとしても俺はイエローくらいだから。レッドはあいつだけだ」
自分でも意味不明なことを小さくもごもご言ったら、グウェンは俺を一瞥してから吊り上げているオズワルドに視線を戻した。
「よく分からないが、君に手を出す危険分子は今のうちに排除するべきだろう。怪しい芽は摘んでおくにかぎる」
物騒なことを言い放った彼は、胸ぐらを掴んだまま王子にメンチを切っていた。
「いや怖いって!! 団長、わざとじゃないから、決してわざとじゃない!」
我に返ったオズワルドがそう叫んでじたばた暴れながら「マスルール! 助けて!」と、唖然として固まっているマスルールに救いを求めた。
「あの、落ち着いてください」
引き気味の顔でマスルールがとりなすと、グウェンはちらりと彼を見てから突然オズワルドをぽいっと放り出した。
すかさずマスルールの後ろに逃げ込んだ王子に鋭い眼光を向けて剣を抜く。
「右手を出せ」
グウェンはそう言ってマスルールの後ろにいるオズに向けて剣を構えた。
何すんの?!
叩き斬るの?!
顔を引き攣らせた俺と同じことを思ったのか、オズワルドは首をぶんぶん横に振ってマスルールにしがみついている。
「本当に落ち着いてください……」
マスルールが強張った顔でグウェンに言ったが、「いいから右手を出せ」と、完全にいっている目で恫喝されたオズは「ひっ」と震えて涙目になった。
俺と同じように顔を引き攣らせていたマスルールは、その時ふと何かに気付いたというような顔をした。
「殿下、右手を出してください」
「は?! マスルールお前ってやつは!」
オズワルドの前からどこうとするマスルールを見て、オズは怒りの表情で叫んだが、マスルールが「大丈夫です」とオズの耳元で囁くと、彼は目を見開いた。
「そういうこと……?」
怯えながらもオズワルドがマスルールの前に出て、グウェンの方に右手を差し出して広げて構える。
その動作を見て俺もグウェンの意図を理解した。
黙ってオズワルドにガン飛ばしていたグウェンは、王子が恐る恐る右手を構えた瞬間、剣を振り下ろした。
剣先から勢い良く噴き出した青い炎が爆炎のような渦を巻きながら放たれ、周囲に突風を起こしてオズワルドの右手の中に吸い込まれていく。
「熱っ」とオズが眉を顰めた。
溜まりに溜まった怒りのパワーがえげつない。
多分鼻の先くらい燃やすつもりで放ってる。
グウェンが放った強烈な一撃が全てオズワルドの手の中に吸収されると、オズは右手を引くと「いてて」と言いながら手のひらを振った。
「もう悪魔より怖い」
ぼやきながらちらりとグウェンを見たオズはひっと肩をすくめる。
視線だけで射殺すような殺気を放ちながら、グウェンがオズワルドを見据えてアシュタルトの方に顎をしゃくった。
通訳すると、多分『早くやれ』。
その意を汲んだオズワルドがすぐさまアシュラフの横に出て、正面にいるスイード殿下に向けて右手を突き出した。
俺たちがごちゃごちゃやっていたせいでアシュタルトの相手を一人でこなしていたアシュラフが、「ちょっと、一体何事です?」と訝しげな声をあげて俺たちを振り返った瞬間、オズの右手から激烈な火焔が唸りを上げて噴出し、一直線に悪魔に向かって襲いかかった。
その勢いにたじろいだアシュタルトは結界を張ったが、凄まじい炎はその強さで結界を突き破り、スイード殿下の身体を爆風と共に吹っ飛ばしたらしい。
らしい、というのは、俺はオズが青い炎を悪魔に向かって放った直後、横からグウェンに後頭部を掴まれてキスされたからその様子がよく見えなかったのである。
「ん?!」
このタイミングで?!
ブチギレてるからってお前、今絶対重要な局面だぞ?!
皆が炎に押し飛ばされる悪魔に注目している横で、グウェンは片手で俺の頭をがっちり掴み、少し顔を傾けて深く唇を合わせてくる。
一瞬驚いたものの、突っぱねなかった俺も俺だった。腹立たしさを紛らわすように唇を押し付けられて軽く噛まれた。
「んっ」
轟音を立ててスイード殿下が吹き飛ばされると、グウェンは俺を離して音もなく跳躍し、壁に激突したスイード殿下に一瞬で追いつくとその足の腿に退魔の剣を突き刺した。
俺はキスされていた体勢のまま口を半開きにして、間抜けな顔でグウェンを見ていた。
皆があまりの展開について来れず、それぞれがオズワルドとグウェンを見比べている間に、グウェンはスイード殿下が昏睡したことを確認すると何事もなかったかのように俺の側に戻ってきた。
「排除した」
と淡々とした口調で言い放ったグウェンを皆が引き気味に見ている。
やっつけで倒した感がすごい。
今まで皆で頑張って闘ってる感じだったのに、結末がこれでいいのか、と思いながらも二度目の悪魔との攻防はブチギレたグウェンの物理の力で勝利した。
「ルシア、浄化できる?」
とにかくスイード殿下が昏倒したので、その身体を急いで床の広いところに運び、ルシアを呼んで悪魔を取り除いてもらうように頼んだ。部屋の入り口に避難していた皆も集まってくる。ウィル達はベルパパとおばあちゃんと一緒に今度こそ建物の外で待っていてもらった。
今度もベルのおばあちゃんは協力してくれようとしたが、取り憑かれて間もないためすぐに浄化出来そうだと判断したルシアが一人でやることになった。
解呪のための媒体は、ライラとライルが部屋の扉の辺りに隠して置いていたらしく、天井の瓦礫をどかして掘り起こしていた。
俺は悪魔が剥がれるのを待つ間、後ろから腕を回して抱きしめてくるグウェンにもたれながら疲れたため息を吐き出した。
「あの悪魔が出てきたせいでまた余計な騒ぎになった。あいつ、魔の虚の鍵を見つけるまで諦めないつもりじゃないだろうな」
げっそりした声が漏れると、俺の声に反応したアシュラフが申し訳なさそうな顔をした。
「鍵ですか……。そうですね、せめて悪魔よりも先に鍵を見つけて破壊出来ればいいのですが。底なしの宝庫の場所が失われていなければ……」
その言葉を聞いた周りの皆は、スイード殿下の近くに立っているアシュラフの顔を一斉に見た。
「今底なしの宝庫って言った? 初代皇帝の宝物庫?」
俺の問いかけに、注目されていることに驚いて瞬きしたアシュラフが頷く。
「よく知っていますね。その通りです母上。今では忘れ去られてしまったその宝庫の中に、魔の虚の扉の鍵があるはずなんです」
「えええ?!」
俺もマスルールも、ロレンナも驚愕した顔でアシュラフを凝視した。
宝庫の話ってさっき広場でしてなかった?
そう思ったが、よくよく考えるとオズワルドを探しに行くという話をしていた時、メルはベル達と寝ていたから聞こえていなかったのか。
「いや、アシュラフ、待って。底なしの宝庫の場所ならわかってる」
「え?!」
今度はアシュラフが愕然とした顔をした。
「本当ですか?! 何故?!」
「偶々見つけちゃったんだよ。でもそこはお前も入ったことあるはずなんだけど。……いや待てよ、そういえばメルは生まれたばかりだったし、出る時もカバンにしまってたからどこにあるかは見てないのか。宮殿の鏡の廊下に抜け道があるんだよ。あの鏡の中の一つが秘密の入り口になってるんだ」
そう言うと、彼は目を溢れんばかりに見開いて俺の顔を見つめた。
「確かに、生まれた時はどこか暗い倉庫にいた気がします。まだ目があまり見えていなかったので分かりませんでしたが、なるほど、あれがそうだったんですね」
独り言のように頷いてから、アシュラフはスイード殿下を挟んで向かいに立つ俺を真面目な顔で見た。
「正確なことは口伝の詳細が失われてしまったので分かりませんが、宝庫の中に初代皇帝の王冠があるそうです。魔の虚の扉の鍵は、そこに嵌め込まれているルビーではないかと、本来はそう伝えられていたのではないかと言われています。私も父から宝庫の在処が失われてしまったと聞いて、探すのを諦めていました」
新たに明かされた驚愕の事実に皆何も喋れないでいる。
なんと、扉の鍵はあの宝庫の中にあったらしい。
そう言われれば、宝庫の中には装飾品がまとめて置かれていた場所があったなと、俺はつい先ほど入った倉庫の中を思い返した。
少し気が遠くなって後ろにいるグウェンの胸に寄りかかる。
なるほど。ここでお宝探しにも解決の糸口が現れるわけか。
いいだろう。
こうなったら今夜中に最後まで決着をつけてやる。
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