悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

九十六話 月の微笑み 中

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「宮殿には何者かが争った形跡も、血も落ちていませんでしたが……」
「……知らないけど、人に見られないようにわざわざ拭いてったんじゃないか? それより、ここ、どこ? あれから何日経ってる?」

 だいぶ興奮から冷めてきたのか、話し方がゆっくりになってきたオズを見下ろして、俺は組んでいた腕を解いて腰に手を当てた。

「細かいことは後でマスルールさんに聞けよ。とりあえず重要事項だけ簡単に教えると、ここはイラムに隠された初代皇帝の宝物庫だ。アシュラフ皇帝の中には実は俺たちがデルトフィアの王宮から魔界に落とした悪魔が入っていて、今とっ捕まえて呪いの解呪をしてるところ。ちなみにお前がルシアとライネル達とグルだったことも、マスルールさんと通じてたこともとっくに分かってる。以上だ」
「え? …………え?」

 おざなりな俺の説明を聞いて全くわからない、という顔をしたオズワルドが俺とマスルールの顔を交互に見ている。グウェンの方は怖くて見たくないんだろう。

「あの時の悪魔が、アシュラフ皇帝に入っていて、今捕まえて解呪している……は?」
「その通りだよ。わかってんじゃん。今の状況はそれで全部」
「六女典礼は? どうなったの? 不死鳥の雛は?」
「典礼なんてもうとっくにめちゃくちゃになってどうでも良くなってる。メルは……不死鳥の雛は今上でウィルと寝てるけど」
「え……? う、ん。あ、そうなの? みんな健やかならいいか……」
 
 目を白黒させながら俺を見上げているオズワルドは、混乱が極まってきたのかまた顔色が悪くなってきた。

「えっと、じゃあ俺は不死鳥の雛をレイナルドに連れて帰って貰えば……いや、今悪魔の対処してるんだっけ? じゃあ皇帝の悪魔退治をしてから俺はまた王宮に潜入して……ああでもリリー達のことはバレたから……」

 ぶつぶつ言っているオズに、マスルールが気遣うような顔をして「休んでください」と話しかけた。オズの上体を少し倒して自分の膝に彼の頭を乗せる。

「後でまた説明しますから。鈴園まで運ぶので今は身体を休めてください」
「……そうだな。わかった」

 マスルールに嗜められて素直に頷いたオズワルドがそっと目を閉じる。
 俺は前に出て二人に数歩近寄るとオズワルドの横にしゃがみ、マスルールの膝に乗せられた彼の顔を平手で叩いた。

「痛! 何?! 何すんの?! 俺今いい感じに意識失うとこだったよ?!」
「寝る前に俺の鍵! オズ、俺の首輪の鍵はどこにあるんだ?!」

 驚愕した顔で俺を見上げてくるオズワルドに俺も大声で言い返した。

 勝手に寝るんじゃない。
 俺にとって最も重要な問題が残ってるんだよ!
 この首輪のせいで散々痛い目みたんだからな!

 恨みがましくオズを見下ろしてそう言うと、グウェンがすっと近づいて来てオズの頭の近くに膝をつき、横に張られたままだった彼の頭を正面に戻した。

「グウェン何してるの」
「君が叩きやすいようにと思って」

 なんで急に餅つきの合いの手みたいなこと言ってんだよ。

 マスルールは突然始まったオズワルドへの暴挙を目の前にして、治癒魔法をかけ続けながらやめさせたらいいのか、口を出さずに見守ればいいのかわからないという顔で混乱している。

「皆さん、一度落ち着いて……」

 空気になっていたロレンナが後ろから声をかけてきたが、オズワルドがその言葉に被せるようにぼそっと呟いた。

「首輪の鍵は、実はレイナルドには怒られそうで言えなかったんだけど、あの夜イラムにいた子猿に盗られてて……少し前にこの部屋の中に猿がいるのを見たから、もしかしたら鍵はこの部屋のどこかに」

 もう一度ビンタした。
 すかさずグウェンがオズの顔を正面に戻す。

「痛い! ねぇ君たち本当に俺のこと心配してる?! とどめを刺そうとしてる訳じゃないよね?!」
「うるせー! どうやってこの中からあの小さな鍵を探せっていうんだよ! 無くしてんじゃねーよ! ふざけんな!」

 この部屋のどこかにあるかもだと……?!
 そんなの見つかるわけないだろう!

 床にばら撒かれている金貨や宝石を視界に入れながら、俺はブチギレてオズの胸ぐらを掴みがくがく揺さぶった。

「ちょっ、ほんとに、ヤメテ、気絶するから、ヤメ……!」
「殿下! 落ち着いてくださいレイナルド卿!」
「うるせーー!!! 何でこの期に及んでそうなるんだよ!? お前実は俺に恨みでもあるのか?!」
「レイ様、その方頭が外れそうになってます! 落ち着いて!」
「レイナルド、また手が腫れるからそんなものを掴むのはやめなさい」

 乱心する俺に三方向から代わる代わる声がかかり、グウェンが俺の腕を掴んでオズワルドの胸ぐらから手を離させた。
 ぐらぐら揺れていたオズワルドは顔を土気色にして怯えた顔で俺を見上げた。

「大丈夫、デルトフィアの王宮に帰れば俺の部屋のどこかにスペアの鍵があるはずだから……」
「デルトフィアに帰れば……?」

 それまで首輪付けてろってか?!
 これからまだ何が起こるかも分からないのに?!

 俺がまた爆発しそうになるとグウェンが抱き寄せてきて宥めるように頭を撫でてきた。

「グウェっ、グウェンー。あいつむちゃくちゃなこと言うんだよ。俺の鍵、無くしたなんて信じられない」

 泣きそうになりながらグウェンにしがみつくと、彼は「私も彼には思うところがある。デルトフィアに帰ったらすり潰そう」と物騒なことを囁いて俺をあやす様に頭の上に優しくキスを落とした。
 後ろからオズが「何を?! どこを?!」と叫ぶ声が聞こえるが、首輪が外れないという絶望でオズの悲鳴も右から左の俺は、しばらくグウェンの腕の中でぐずぐずしていた。
 その時、遠くから声が聞こえた。

ーーママー。ママがいるよー。

 ベルの声で俺ははっと顔を上げて宝庫の中を見回した。
 オズを見つけた時には一緒にいたベルがいない。青くなって周りを見回すと、山になって積み上がった木箱の向こう側から金貨を踏むような音が聞こえる。

「ベル、どこ? 積み上がってるものに触るなよ! 崩れて危ないから」

 慌ててベルを探して木箱の間をじゃりじゃり音を立てながら歩いていく。

ーーここだよー。

 声が聞こえる方に進み、木箱の山を迂回していくと途中で王冠や錫杖などの装飾品がまとまって置かれた台座があり、その先にベルの尾が見えてほっとした。
 早足に近づくとベルは床に置いてある一枚の額を覗き込むようにして見ていた。

「ベル、危ないよ。ごめんな、話に夢中になってて」

ーーママがいるのー。

 俺を振り返ったベルはそう言って不思議そうに首を傾けた。

「俺がいる?」
 
 謎めいた表現に俺も首を捻りながらベルが見ている額をのぞく。その額の中には絵が入っていて、埃をかぶっているが、それが人の絵だということがわかった。
 描かれている人の顔を見て、俺は目を丸くした。

「君に似ているな」

 後ろからついて来たグウェンが俺の横から顔を出して一緒に絵を覗き込む。
 絵に描かれている人は、確かに俺に似ていた。
 髪が長く、着ている服からすると女性だが、顔つきは俺によく似ていると言える。女の人にしては目元が涼しげで全体的に中性的な顔立ちの人だ。金色の髪と、埃を被っているが恐らく瞳の色も俺と同じ。今俺は女装したままの姿だから、更に絵の中の人に似ていた。

 しゃがんでそっと額を裏返してみると、そこには手書きでメモのようなものが書いてある。こちらも埃を被っているが、少し擦ると掠れた文字が読み取れた。

『即位の祝に。自分の絵を送ってくるなんて、サリアらしい』

「サリア……?」

 当然だが知らない名前だ。
 即位の祝と書いてあるのを見ると、初代皇帝の即位の際に贈られた絵ということだろうか。

「うちの大聖女の名前だ」

 俺の疑問の声を拾ったのは、後ろからマスルールに支えられて歩いて来たオズワルドだった。
 治癒魔法が終わったのか、足の傷は塞がったらしい。まだふらついているが、もう血が出ているというようなことはないようだ。支えているマスルールはかなり心配そうな顔をしているが、オズはやつれてはいるものの言葉ははっきりしている。

「デルトフィアの封印結界を造ってくれた聖女様だよ。彼女自身が名前で呼ばれることを好んでいなかったらしいから、あまり市井には伝わっていない名前だろうけど」
「大聖女……?」

 というと、500年前に魔界の穴を塞いだあの聖女様のことか。
 ラムルの初代皇帝と親交があったんだな。確かに、同じくらいの時期にラムルでも魔の虚を初代皇帝が塞いだと言われていた気がするから、強大な力を持つ者同士、顔見知りだとしても不思議ではない。

 それよりも、なんで大聖女様が俺に似てるんだ?
 そんな設定があるなんて聞いてないな。 

 困惑してグウェンを見上げたら、彼も初めての情報だったようで眉を寄せていた。

ーーママ、もってかえっていい?

「ううん、これは俺じゃないから、ここに置いていこう」

ーーそうなの? 僕ほしかった。

「また今度みんなで絵を描いてもらおう。そしたらみんなの顔も入れてもらえるからその方がいいんじゃないか」

ーーうん! みんなの絵! そうするー!

 ベルが嬉しそうに尾を振るのを微笑んで見下ろして、優しく頭をなでた。確かに、カメラもいいけど絵もいいな。今度腕の良い絵描きを探そう。

 そう考えながら絵は元の場所に返して、皆で宝庫の入り口に引き返し鈴園に戻ることにした。そろそろアシュラフ皇帝の様子を見にいかなければならない。オズも無事に見つかったし、この場所には長居しなくても気になるなら後からまた来ればいい。

 しかし、これであの悪魔の様子がおかしかったことについては謎が解けた、と俺は一人で納得した。

 あいつはひょっとして、さっき俺を見て大聖女様だと思ったんじゃないか。

 あの悪魔は自分を封じた聖女のことを鮮烈に覚えていて、だから目の前に現れてあんなに驚いていたんだろう。

 これまで妙に俺のことを見てくるし、俺の顔に言及してくると思ったら聖女様に似てるってことだったのか。自分を封じた相手の顔が気に入ってるっていうのは謎だが、まぁそういうこともあるんだろう。悪魔だし、奴の趣味に興味はない。

 謎が解けて心の中で合点がてんがいったものの、なんで俺が大聖女様に似てるんだ? という問いは残った。うちの家系って聖女様の血筋を継いでるのか? そんなの聞いたことないけど。
 聖女様が皇家か高位貴族の家に嫁いだとすると、500年の間にデルトフィアの四大公爵家には少なくともみんな血が混ざっている。
 偶然か? 俺は母さん似だし、金髪に緑の目だってうちの国ではそんなに珍しくない。
 そんなことを考えながら、俺はベルとグウェンと共に鈴園に引き返した。
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