悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

八十八話 陽気で不作法な座談会 中②

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 俺はすっと挙手した。
 皆からの注目が集まったので、軽く咳払いしてからマスルールとダーウード宰相を交互に見る。

「なんだかこれを聞くとそんなのはおかしいだろう。なんでそんなことがあり得るんだ、と思われると思うんですが、時間もないので畳み掛けますね。不死鳥の卵の殻とチーリンの角の粉と白薔薇の花びらは、あります。今。ちょっとチーリンの角の粉は貰えるものなのかどうか彼らに確認しないといけないですけど」

 角の件はベル達に相談しなければならないが、多分角に付いた古い角質みたいな薄い粉は取っても良いと言ってくれるのではないかと思う。ベルは子供だからか新陳代謝が良くて、角に薄い粉の膜のようなものが時々出来て拭いてほしいと言われることがある。おばあちゃんはどうか分からないが、雌雄ということは彼女にも協力をお願いする必要があるし、後で頼んでみよう。
 懐中時計に挟まった花びらを見せながら俺が言うと、最初きょとんとした顔をした二人は、時間差でみるみるうちに愕然とした顔つきになって、それから穴が空くくらいの勢いで俺を凝視してくる。
 俺は彼らがその驚きを消化して口を挟むのを待たずに、最後まで言いきるべく話を続けた。

「それから何でしたっけ? 海獣の核石? うん、ありますね。ちょうどラムルに来る途中でクラーケン倒したので、その核石を俺は持ってます。部屋にありますからあとで取ってきます。リヴァイヤサンの爪はリリアンとマークスが持ってるみたいだし、あ、二人はその爪提供してくれるってことでいいのかな?」
「あ…………はい。ぜひ使ってください。マークス、その爪少しくらい削ったって魔防の効果は下がらないわよね?」

 目をパチパチさせながら俺の話を聞いていたリリアンがはっとして隣のマークスに確認する。彼はリリアンを見下ろしてしっかり頷いた。

「多分大丈夫だと思います。でも下がったって構いませんよ。俺はこの剣がなまくらになろうが、ただ全力でリリーを守り抜くだけですから」
「もう、やだマークスったら……」

 皆が驚愕しているこの状況でも圧倒的ないちゃいちゃフィールドを展開する二人から俺はすっと視線を外した。

「じゃあそれで、リヴァイヤサンの爪はあるってことで。それで最後は何だったか……巫女の血? ルシアとライラ達がいるのでOKですよね。ほらこれで解決です」

 言いながら自分でもこれはどういう超展開なんだ、とツッコミを入れたい。
 端的に事実だけ並べて話を終わらせたが、それで構わないだろう。チーリンの角や白薔薇の花びらが何故手元にあるのかなんて、丁寧に説明したところでもっと嘘みたいな話になるだけである。

 まだ衝撃から立ち直っていないマスルールと宰相が俺を見つめたまま固まっている。二人の世界に突入しているリリアン達以外の他の皆もぽかんと口を開けて黙っていた。

 何年も前から集めようと思って無理だったものが急に目の前に全部現れたらそうなるよな。
 俺もさすがにおかしくない? と思うがこれが現実なので仕方がない。
 いずれにしろこれで呪いは解ける。問題解決まであと一歩だな。

「材料を集めて調薬したりする必要があるのかは謎ですけど、それはちょっと俺では自信がないので後で王宮の侍医か専門の魔法士を呼んでください」

 長い沈黙が流れた後、ようやく衝撃が過ぎ去ったのか宰相より切り替えが早かったマスルールが姿勢を正して俺を真っ直ぐに見た。
 本当に皇族の呪いが解けるかもしれないという現実を信じる気になったのかもしれない。彼の琥珀色の瞳の中に微かな光が宿りそれが徐々に明るくなる。

「呪いの解呪方法を教えられた際、調合の仕方も同じように説明されメモに残したので、覚えています。ですが、私も素人なので自信はありません。すぐに侍医か救護室の医者を探してきます」

 珍しく上擦ったような声でマスルールが早口で言った。

「あの」

 その時、小さな声が部屋の中に響いた。
 皆が声の方に注目すると、ライラの横にいるライルがそっと手を上げている。ほとんど話さない彼女の耳慣れない声に皆が意外そうな顔で耳を澄ませた。

「私、持ってます甘露。……材料を調合するのに必要でしょう。ハチから採取して作ったもので、サエラ様から作り方を教わったので問題なく使えるはずです。不安でしたら調合メモを見て確認してください。それで、もし良ければ調合は私にやらせてください。良ければ、ですけど」

 ライラの声に慣れていると、ライルの声はやはり少しだけ低いように感じた。
 冷静な口調で淡々と言う彼女の言葉を聞いて、ダーウード宰相が目を見開く。彼は双子をじっと観察するように見比べた。

「そうか、もしや君たちはサエラ殿がいた村の出身か……」

 少し強張った顔になった宰相がそう呟いた声を聞いて、俺はやっぱり解呪の方法を探し出した占い師はサエラ婆さんだったのかと把握した。
 
 本当に妙な巡り合わせだよな……。

 まぁ、そんなこともあるよな。俺の周りだし。
 俺はもう何が起こっても驚かないよ。
 俺が達観したした目でライルを見ながらそう考えていると、妹の発言に少し驚いた顔をしていたライラが強く頷いて、ダーウード宰相に声をかけた。

「どうぞライルにやらせてください。この子はサエラ様のお側で何度も占いに必要な媒体の調合を見ています。きっとメモを見れば上手く作れるはずです」

 そう自信を持って話すライラを見て、宰相とマスルールは目を見合わせて頷いた。

「なんと言えばいいのか……私たちは君たちに手伝って欲しいなどと言える立場ではないが、もし手を貸してもらえるのであれば、ありがたい。心からお礼を言おう」

 お爺さんが真剣な表情で言って頭を下げた。
 その言葉の内容が少し引っかかったが、話の流れに戻ってきたリリアンが、ふと思いついたという顔で「ところで」と話し始めたので俺は意識を彼女に向けた。

「これで呪いを解くことが出来そうですが、どうやってアシュラフ陛下を見つけるんですか? 今どこにいるのか分からないんですよね」
「確かに。探しに行くにもこの人数で移動出来ないし、出来るなら街に影響がないようにイラムの中で片をつけたいよな」

 俺は腕を組んでグウェンに寄りかかりながら考えた。
 あいつをこっちから探すんじゃなくて、出来ることなら俺たちのところに誘き寄せたいよな。それには扉の鍵が見つかったと嘘をつくのもいいが、その場合どうやってその情報を奴に知らせるのかという問題もある。

 魔法であいつを召喚することは出来ないだろうか。イラムの中では転移魔法は使えないけど……。

 そこまで考えて、俺は閃いた。

 一つだけ転移を使える方法があるじゃないか。

「「鐘を鳴らせばいい」のではないでしょうか」

 俺が口を開いたのと同時に、ロレンナが同じことを声に出した。
 彼女の冷静な青い瞳と目が合い、俺は大きく頷く。

「やっぱり、あの鐘は皇帝自身も強制転移の対象なんですね?」

 俺の問いに、マスルールとロレンナが首肯した。

「その通りです。あの馬の置物に登録された者は、全員が強制転移の対象者です。そこには皇帝も含まれます」

 この上なく都合が良いじゃないか。
 あいつを鈴園の広場に転移させれば、そう簡単に地上には降りられなくなるから逃げられることもない。

 とんとんと解決策が見つかっていくのが爽快な気分で、俺は機嫌良くメルを両手の上でころころ転がした。メルも「ぴっぴぃ」と鳴いて楽しそうだ。

 実に良い調子だ。この流れで事件解決まであと少しだな。
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