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第二部

八十七話 陽気で不作法な座談会 中①

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※毎度急ですが、長くなってしまったので朝夕二回に分けてお届けします。





 俺は瞬きしてグウェンを見上げた。彼も少し意表を突かれたという顔で俺と目を合わせる。

「不死鳥の卵というのは、殻のことで、それを砕いた粉が必要です」

 意味ありげに俺を見てくるマスルールを見つめ返してから、俺はソファの上に置いてあった鞄に視線を送る。

 あるな。不死鳥の卵の殻は。

「えっと、ちなみに聖獣の角っていうのは?」
「正確に言うと、必要なものは不死鳥の魔石またはそれに相当する力を秘めた癒しの聖獣の雌雄の角の粉、です。不死鳥の魔石は入手不可能ですし、癒しの聖獣は存在自体が稀有である上に、雌雄となると巡り会える可能性はほとんどゼロに近いでしょう」

 それを聞いて俺はまたグウェンと顔を見合わせた。

 いるな。チーリンの雌雄なら、今この鈴園に。

「えっと、確認なんですけど、その癒しの聖獣っていうのはチーリンのことであってますか」
「はい。その通りです。わが国よりも、デルトフィアの方がまだ生息数は多いと思います」
「角の粉っていうのは、角を折って砕かないといけない訳じゃないですよね?」
「チーリンのことはよくわかりませんが、微量でいいので、角を全て手に入れる必要はないはずです」
「ふーん……」

 つ、と視線を逸らすと、ルシアと目が合う。
 ベルパパ達のことはまだ話してないけど、ベルのことは知ってるし、なんとなく察してるだろうな。
 俺はまだ言わないでね、と彼女に目で合図してからマスルールを見た。

「その他の材料も教えてもらっていいですか? 念のため」

 何となくある種の予感がして、神妙な顔をしているマスルールに聞く。
 彼は少し不思議そうな顔をしてから、またすらすらと残りの材料について説明してくれた。

「残りは、海獣リヴァイヤサンの爪、海の獣の核石、千日以上女神の月の光に当てた白薔薇の花びら、生娘である巫女の血、です。この中ですぐに探せるのは海獣の核石と、巫女の血、くらいでしょうか」
「しかし奇跡的に他のものが集まったとしても、白薔薇の花びらは難しいだろう。解呪の媒体に必要な材料が判明してから念のため教会に準備させているが、一度失敗してやり直してから千日は経っていないはずだ」

 宰相が暗い顔でため息を吐いた。
 ラムルの三人に重苦しい沈黙が流れる。

 一方説明された内容を聞いた俺は、内心でまた一人驚愕していた。


 千日以上月の光に当てた、白薔薇の花びら……?



 おいおいおい。



 持ってるぞ。それ。



 まさかの展開に硬直した俺を見下ろしたグウェンが、「どうした」と聞いてきたので、俺は彼の耳に顔を寄せてヒソヒソ声で囁いた。

「持ってるんだよ。俺。白薔薇の花びら」

 そう言うと、グウェンは珍しく絶句してから目を丸くして俺を無言で見た。
 何でだよって思うよな。俺もそう思うよ。
 何事なの? という顔をしているメルを膝の上に乗せて、ポケットからさっき返してもらったグウェンの懐中時計を取り出した。慎重に裏蓋を開いて、ダストカバーの間に挟まっている薄い紙に包まれた乾燥した薔薇の花びらをこっそりグウェンに見せる。

「……なぜ持っているんだ」

 そう小さな声で囁いてくるグウェンに俺は無言になった。

 端的に言うと、理由はオルタンシアから渡されていたから、である。

 実は最近彼女から依頼された魔道具……というかマジックアイテムの作成に必要な材料の一つが、今説明された呪いの解呪に必要なのと同じ、千日以上女神の月の光に当てた白薔薇の花びらだったのだ。

 そもそもは、オルタンシアが実家にあった古い本の中に、惚れ薬の作り方と材料が書かれている箇所を発見したことに端を発する。彼女は何を思ったのか、本気でそれを作ろうと画策したのである。あれは俺が叡智の塔に在学していた頃だったか。もう既にオルタンシアはソフィアに心酔していた。
 作り方は本の内容がかなり難解であったことから解読は後回しにして、彼女はまず材料の方を揃えようと思ったらしい。三年以上前から下準備を始めたのだ。
 あいつはお母さんの実家が教会で、教会の聖堂に集まる月の光に自分で育てた薔薇の花びらを毎夜当て続けた。オルタンシアは実は少しだけ光属性の精霊力も持っている。ほんの少し、魔道具のステータスを上げるような力だが、それも利用していたはずだから限りなく女神の月の光という要件は満たしているはずだ。
 そして本当に千日経って、材料を揃えた彼女は惚れ薬の妙薬を作れと俺に依頼してきたのだ。バカかと思った。

 本の内容が確かに難解で、調薬の知識も乏しい俺は宮廷魔法士の爺さん達に助言を求めようとして、オズワルドに拉致されたあの日、グウェンの懐中時計の裏蓋に一枚だけ花びらを挟んでいたのである。
 まさかこんなところで引き当てられるなんて思わないだろう。悪役令嬢の執念怖すぎるわ。

「いや……俺もまさかこんな展開を迎えようとは……」

 俺はそうグウェンに濁してから少し遠い目になり、この事実を皆に話した方がいいんだろうな、と達観した思いでいた。
 すると今度は俺から見やすい位置にいるリリアンが、隣に座るマークスを見上げて小首を傾げた。

「マークス、確か貴方の剣の柄に、リヴァイヤサンの爪って付いてなかった?」
「ええ。付いてますよ」

 さらっと答えたマークスに、ぎょっとした皆の視線が集まった。

「そうよね、確かその剣の魔防を高めるために特別に装飾されたものだから、それはうちの一級品だったものね。国から出るとき一緒に持ち出してきてよかったわね」
「陛下は怒っているでしょうが、これは俺が闘技大会で優勝した時に下賜されたものですから、盗難にはなりませんよ。俺があの国から盗んだのはリリーだけです」
「マークスったら……」

 また自然にいちゃいちゃし始めた二人を皆と黙って見つめながら、俺はああいう感じで俺とグウェンも周りから見られている訳ね、と謎の納得感を感じた。

「えっと……」


 突き詰めると、つまり、これは解呪に必要な材料が全部揃ってるってことにならないか。
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