悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

八十六話 陽気で不作法な座談会 前②

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 リリアンを見ると、彼女は可憐な顔に笑みを浮かべて首を少し傾けてみせた。

「今かけられている呪いよりも、更に強力な呪いをかけてみるんです。それで呪い自体を上書きしてみたら、今ある呪いは無効になったりしませんか?」

 武の国の元王女が、急に脳筋のようなことを言い始めた。
 力こそ全て、という国に相応しい発想だ。
 隣でマークスが感心したようにリリアンを見つめているが、君はわかっているのか。君のお姫様は今ラムルの皇帝を呪うって言ってるんだぞ。
 ラムルの三人は青ざめてリリアンを見つめている。

「さらに大きな呪いっていうと、たとえば?」

 そう思いつつも斬新な発想だったので、もう少し聞きたくなって続きを促した。
 リリアンは頬に手を当てて小首を傾げ、おっとりとした口調で答える。

「そうですね……たとえば、二十になる前に子供が出来なければ、空からいかづちに打たれ二度と目覚めることのない眠りに落ちる、とかどうでしょう。呪いっぽくないですか? 上書きして悪魔の干渉を回避できないでしょうか。」

 目覚めることのない眠りに落ちる……?
 確かに悪魔の呪いよりも呪いっぽいかもしれないが、それ悪魔より怖くない?
 ほぼ死んでない? それ。

 俺は顔を引き攣らせてラムルの重鎮達を見た。
 彼らも青ざめたまま凍りついたように固まってリリアンを見ている。メルがその三人を見て同じように動きを止めていた。もしかして、そういう遊びだと思ってるのか。

 確かに、より強力なもので打ち消す、という発想はいいなと思うが、いくらなんでも呪うっていうのは刺激的すぎる。

「リリアン、それだともし前にかかってる呪いが打ち消せなかったら、アシュラフ皇帝を二重に呪っちゃうことにならない?」

 そもそも他国の皇帝呪っちゃっていいのか?
 駄目だよな、多分。

 俺がメルを撫でながらそう指摘すると、リリアンは大きな瞳をパチパチ瞬きさせてから頷いた。

「そうですね、確かにそれで解けるかどうかはわからないですね。余計話がややこしくなりそう。すみません、忘れてください」
「より強力なもので打ち消すっていう考えは良いと思うんだけどな。ありがとね」

 彼女があっさり引き下がると、ラムルの三人は見るからにほっとした顔になった。
 俺は少し考えて、グウェンの顔を下から眺めながらリリアンの案をもう少し実現可能な方に修正してみることにした。

「じゃあ、こういうのは? 前にルシアは禁術に光魔法をかけて拮抗させただろ。同じように呪いに対して光魔法の加護みたいなものをかけたら、一時的に呪いを無効化することができるんじゃないか」

 考えながらそう口に出してみると、俺の言葉にルシアが反応して両手を合わせて頷いた。

「なるほど、光の誓約ですね」
「なにそれ」

 聞き馴染みのない言葉にルシアを見ると、彼女はピンときていない俺と皆を見回しながら説明した。

「女神の前に、自分の生活や行動を戒めるような善なる誓いをたてるんです。普通はそれによって自分や他人の精霊力を引き上げたり、加護を付与することができます。誓いを破ったときの代償もありますけど、昔疫病が流行った時に神官達が治癒力を高めるために行ったそうです」

 イメージとしては、ポジティブだな。
 呪いに対して対極に作用する気がするし、根本的な解決法ではないが、一時的な応急処置としてはいいかもしれない。

「それを皇帝をとっ捕まえてからかけてみたらいいんじゃないか。呪いを解く方法が見つけるまで、それでやり過ごしてもらうってことで。でも、どういう誓約にしたらいいか俺にはわからないな。ルシアならどうする?」

 乗り気になって尋ねると、ルシアは先ほどのリリアンのように考えるような顔になってから、俺の顔を見て頷いた。

「そうですね……呪いの方が二十までに子供が出来ないといけないって内容ですから、それに対抗するには、二十まで童貞でいることを誓い、二十歳になったら女神にその身を捧げ、永遠の祈りに従事するっていうのはどうでしょう。それなら呪いの内容にもちゃんと拮抗すると思います」
「…………え?」

 おかしいな。

 女神に誓う神聖な約束のはずなのに、呪いより恐ろしい内容になってる気がするのは、俺の気のせいか。

 向かいのソファに座っているラムルの三人は、いよいよ顔面が蒼白になってきている。メルも真似して「ぴぴぃ」とつぶらな目を丸くしていた。
 俺を抱えたままのグウェンが「もうそれでいいのではないか」と勝手に頷いて話を進めようとするので、俺は慌てて彼の胸をとんとんと軽く叩いた。

「ちょっと待てよ。あいつはそもそも童貞なのか? すでに誰かと寝てたらどうする?」

 突っ込むところはそこか? と思わなくもないが、俺が疑問を口に出したら、こんな場面でも真面目なマスルールが口を開いた。

「陛下は、まだ誰とも寝所を共にしていません。以前は結婚前までは婚前交渉をしないといった潔白な方でしたし、悪魔に乗っ取られてからも逆にそういったことには関心がないのかそのような報告はありません」

 するすると皇帝の床事情を漏らしているが、いいのか、それで。

 というか、こんなに大勢に童貞だって把握される皇帝がちょっと憐れだな、と思った。
 話が長くて飽きたのか、メルが俺の膝の上でころころし始めたので、俺は一瞬あまりの可愛さに話を忘れたが、お腹をなでなでしてから我に返ってルシアを見た。

「えっと、ちなみにルシアは光の誓約のかけ方知ってるの?」
「いえ、私は詳しくありません。ルロイ神官長かリビエール上級神官なら、きっと詳細なやり方を教えてくださると思うのですが」
「ちょっといいかね」

 そのまま話を進めようとする気配を察してか、面食らった顔をして固まっていたダーウード宰相が慌てて口を挟んできた。

「色々と考えてもらっているところすまない。実は呪いを解く方法は、既にわかっている」
「「え?!」」

 俺とルシアの声が被った。

 分かってる?
 呪いの解呪の方法が? 

 俺は目を丸くして宰相とマスルールを見つめた。二人とも少し居心地悪そうにしながらも頷いている。

 早く言えよ!
 もう少しであんたのところの皇帝は一生童貞になるところだったんだぞ?!

「どうやるんですか? それなら早くその方法を試してみれば」
「呪いを解くには、身体に刻まれた呪いの印の上に、解呪に必要な媒体を塗り込み浄化魔法をかければ良いとされている」
「呪いの印? そんなのが身体にあるんですか」

 俺の疑問に、今度はマスルールが頷いて自分の胸の辺りを片手で軽く押さえた。

「呪われた皇族には、皆心臓の上に呪いの刻印があります。陛下にも心臓の上に確かに紋様が浮かんでいました」
「じゃあその印の上に媒体ってやつを乗せて浄化魔法をかければいいんですね。解呪の方法が分かっているのに、なんで今までやらずにいたんですか」

 俺が半ば呆れたような声を出して二人を眺めたら、宰相は眉間に皺を寄せて首を横に振った。

「呪いを解く方法は分かっているとはいえ、実行は極めて困難であるといえる」
「……何か問題でも?」
「その方法は、何年も前にスイード殿下に命じられ、とある著名な占い師に皇家の呪いの解呪について調べるように依頼した。彼女は何年もかかってその方法を見つけて来たが、解呪に必要な媒体を作るための材料が問題となった」

 新しい名前が出てきたが、俺はその名前に聞き覚えがあるなと思った。
 確か、スイード殿下って、朝王宮の廊下で貴族のおっさん達が出してた名前だな。

「スイード殿下ってどなたですか?」
「先代皇帝の兄であり、マスルールとロレンナの父君だ」

 そう言われて、目の前に座る二人を見た。
 ロレンナは少し青い顔をしているが、マスルールは硬い表情のまま顔色も変えない。そういえば彼は皇族でありながら父親が皇位を継がなかったから呪いにはかかっていないんだったか。

 ダーウード宰相が沈んだ表情で目を伏せた。

「解呪に必要な媒体の材料となるものは、この世に殆ど出回っていないような貴重なものばかりで、私たちもこれまで幾度となく集めようとしたが、全て集めることは一度もできなかった」

 なるほど。
 一筋縄ではいかないということだな。
 そういえばサエラ婆さんも呪いを解くにはそれ相応の代償がいると言っていた。そういえば、もしかして彼らが頼んだ著名な占い師ってあのお婆さんだったりして。

「ちなみに、必要なものはなんなんです?」

 そう聞いてみると、ダーウード宰相はマスルールを見た。記憶力の良い彼はその材料も正確に覚えているのか、思い出す素振りを挟むこともなくすらすらと話し始める。

「呪いの解呪に必要な材料は、六つあります。最も入手が困難であるのは、不死鳥の卵と聖獣の角です」
「…………ん?」




 不死鳥の卵と、聖獣の角?
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