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第二部
九十話 智恵と歴史の天窓 前①
しおりを挟む話し合いが終わって、俺とグウェンはベル達に角のことを相談に行くため部屋から出た。ついでに鈴宮に寄ってクラーケンの核石も取ってくる必要がある。
リリアンとマークスは部屋に留まり、剣の柄からリヴァイヤサンの爪を削り取る方法を話し合っている。ライルは鈴宮に調合に必要な甘露というやつを取りに行った。マスルールとダーウード宰相は一旦それぞれ地上に降りて、下の状況を確認したりライルに頼まれた調薬の道具を取りに行ったらしい。
俺は取り急ぎ不死鳥の卵の殻と白薔薇の花びらをライラに預け、メルを頭に乗せるとグウェンと一緒に部屋を出たところでルシアに呼び止められた。
深刻そうな顔をしたルシアは、後ろにクリスとライネルを連れていた。
立ち止まった俺に、彼女は深々と頭を下げる。
「レイナルド様、本当にすみませんでした。オズワルド殿下のこと黙っていて」
沈んだ声でそう謝ってくるルシアに、俺は腕を組んでちょっと怒った声を出した。
「ほんとだよ。まったく。俺がオズのこと話した時に、言うタイミングはいっぱいあっただろ」
「すみません。最初は状況を楽観視しすぎていました。本当は昨日の段階で、もうお伝えしようと思っていたんです。オズワルド殿下に承諾して欲しくて探したんですけど、殿下が見つからなくて、結局今日の闘技場までずるずると黙ったままになってしまいました。言い訳なんですけど、ごめんなさい」
本当に後悔している、という悲しい表情のルシアを見て俺はため息を吐いた。そんな顔するなら、あの残念王子の許可なんて待たずに話してしまえばよかったのに。
「もうこれからは、そういう大事なことはちゃんと話してよ。俺を巻き込まないようにっていう配慮だったとしても、俺は自分が関わるか関わらないかは人に決められるんじゃなくて、自分で決めたい」
そう言うとルシアはしゅんと肩を落とした。
「はい。その通りです。すみません」
「レイナルド卿、俺もすみませんでした。バレンダール公爵の件にレイナルド卿を巻き込むつもりは本当になかったんです。俺は殿下のことをちょっとよく思い出せないんですけど、多分隠れてろと言われて、俺も強く言い返さなかったんだと思うので」
ルシアの後ろからクリスも申し訳なさそうな顔で頭を下げてくる。
皆が俺を巻き込まないように気を遣ってくれたということはわかるから、俺も心から腹立たしい訳ではないけど、一応怒ってるアピールはしておく。じゃないとこの女優にはこれからも騙される可能性がある。
「俺は今回ルシアにはいっぱい助けられたから、すごく感謝してるんだ。だから俺だってルシアを助けたいし、困った状況になってるなら一緒に協力したい。なんでもかんでも話せってわけじゃないけど、同じ状況下にいるときの情報共有くらいはしようよ」
ルシアにそう言うと、彼女は眉尻を下げて何度も頷いてから小さくなって俺を見上げた。
その泣きそうな顔を見て少し言いすぎたかな、と思い俺は表情を緩める。
「でも公爵のことは、本当に俺に気を遣ってくれたんだよな。ありがとう。今回ルシアが鈴園に居てくれて、俺は嬉しかったよ」
ルシアはくしゃっと顔を歪めてこくんと首を振った。
「私も、レイナルド様がいてくれて本当に心強かったです。アシュラフ皇帝のことは詳しく知らなかったので。だから信じてもらいたいんですけど、バレンダール公爵とお兄ちゃん達のこと以外で私が黙っていたことはありません。話をややこしくしてすみませんでした。でも、レイナルド様のことは私が絶対にお守りしようと思ってたんです」
「うん。ありがとう」
俺はルシアに近づくとしゅんとしている彼女の頭をそっと撫でた。
そもそもはルシアを口止めしたオズが悪いしな。
あいつは皆がすぐに忘れると思い込んでるからか知らないが、共有する情報の取捨選択がおかしい。会ったら一発叩こう。
鋭い目つきで俺を見ているライネルに、俺はルシアから手を離して声をかけた。
「ライネル、お前は何か言うことないの」
「俺? いや……」
「俺はあるよ。昨日の夜助けてくれたのはお前だよな。ありがとな」
口籠もったライネルにそう切り出すと、彼は目を見開いた。
俺があの悪魔に鈴宮に乗り込まれて首を絞められた時、窓を割ったのは多分ライネルだ。
今思えば、床に落ちていた氷は、窓が割れた時に一瞬だけ見えた氷の矢だったように思う。魔物を倒すときにライネルが同じ矢を魔法で出したのを見て、気がついた。
どういう訳か、こいつは部外者が入れないはずの鈴宮に潜り込んでいたらしい。
「ライネルはレイナルド様の護衛として、鈴園に来た日の夜からレイナルド様の鈴宮に張り込んでもらってました」
「は?!」
俺たちのやり取りを見ていたルシアが突然衝撃の告白をする。
俺は目を丸くしてルシアを見た。彼女は手を口元に当ててひそひそ声で伝えてくる。
「これ、私とオズワルド殿下が勝手にやったことでマスルールさんには内緒なので秘密でお願いします。ライネルは昨日の夜までイラムの一層に潜入して、バレンダール公爵を探していたことになってるので」
「……やるなぁ」
あの真面目なマスルールに鈴園に男を入れてもいいかなんて聞いたら、確実に断られるだろう。それなら俺も真似すればよかった。
そう言われれば鈴園に来た日の夜、ルシアは深夜に広場にいてサラとちょっと怪しい動きをしてたからな。もしやあの時カバーがかかっていた荷台の中にライネルがいたのか。
「お前俺の鈴宮に隠れてた訳? 凄いことするね。どこにいたんだよ」
俺がライネルを見て半ば呆れた声を出すと、彼は不服そうな顔でそっぽ向いた。
「ルシアに言われて仕方なくだ。屋根裏にいたけど、梁が多くてそこじゃ寝られなかったから、あんたが寝静まってから一階の侍女の部屋を借りた」
その説明を聞いて俺は地味に驚いた。
そういや昨日侍女の部屋に入ったら、長い間使われていないにしてはやけに綺麗だと思った。ライネルがこっそり使ってたのか。
「昨日は俺が侍女の部屋使ってたから寝る場所なかったんじゃ?」
「……別に、あんたが一階に下りたんだから俺は二階で寝るだけだろ。どちらにしろ明け方にはルシアと一層に下りて、あの眼鏡の側近を見つけて地上に戻ってたからな。あんたが溺れて伸びてる間に、次の試験は地上だから下りてろってルシアにも言われてたし」
嫌そうな顔をしながらライネルが話すことを俺は半ば感心しながら聞いていた。
同じ屋根の下にいたなんて、全然気づいてなかったんだけど。俺も睡眠不足で相当間が抜けてたな。
ルシアが疲れた顔で横から口を挟んできた。
「昨日は本当に大変で、夜オズワルド殿下を探したけど見つからないし、マスルールさんもいなくなるからサラさんもお兄ちゃんのところから戻ってこないし。今日の試験ではライネルに地上にいてもらう予定だったのに、急遽お兄ちゃんと交代して王都に借りてる宿屋までオズワルド殿下を探しに行ってもらいました。だから広間の方にはお兄ちゃんがいたってことなんですけど」
「結局王都でも殿下には会えなかったけどな。そういえばルシア、兄貴が王宮に来てたなんて俺は聞いてなかった」
「ごめん。色々バタバタしてて言うの忘れてた」
ぺろんと舌を出したルシアを見下ろして、頬を染めたライネルが「まぁ、いいけど」と呟いている。
ちょろすぎる。
ごほんと咳払いしたライネルが斜に構えた顔に戻って俺をちらりと見た。
「あんたは結局外に出たり一層に降りたりして鈴宮にはほとんどいなかったから、果たして護衛の意味があったのかは謎だ。俺は一層にはついて行けなかったし」
「いや、昨日の夜はマジで助かった。ありがとう」
「……あんたに何かあったらルシアに怒られるからだ」
急にツンデレみたいな態度になるライネルに苦笑する。でも昨日は本当に絶妙なタイミングだったんだよな。
それにしても、ライネルは完全にルシアに尻に敷かれてる感じがするが、まぁ、そういう関係性を構築してしまえばルシアも近寄るなとは言いづらくなるだろうし、それもありか。
俺が勝手に納得していると、突然後ろから伸びてきた手に肩を掴まれた。
「君達は、さっきから何の話をしているんだ」
低い声が響いて、俺は小さく跳ねた。
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